「読者の皆様からの暖かい励ましのお便りコーナー」
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このページは、皆様から、「60年代通信」宛てに頂戴したEメールを紹介させていただくコーナーです。
いただいたEメールは、誹謗・中傷やそれに類するもの、あるいは、公序良俗に反するものでない限り、基本的に、原文のまま、掲載させていただく方針ですが、用字用語の修正をさせていただく場合があるほか、お名前は、イニシャルあるいはペンネームに代えさせていただいておりますので、ご了承いただければと思います。
頂いたEメールの掲載について、ご意見、ご希望のある方は、ご遠慮なくお申し出ください。
皆様から頂戴するEメールだけが、シコシコと家庭内手工業でページを作っている主宰者の唯一の励みとなっておりますので、異論・反論・ご批判など、何でも結構ですので、よろしくお願いいたします。
東京都武蔵野市・初恋天使さん(40代男性)
1999.11.10 
… みんなの「みんなの歌」
東京都武蔵野市・初恋天使さん(40代男性)
1999.11.09 
… 人形劇「影丸」
東京都武蔵野市・初恋天使さん(40代男性)
1999.11.07 
… あの頃の「みんなの歌」など(「ホルディリディア」「ピクニック」「気のいいアヒル」「ドロップスの歌」「手のひらを太陽に」etc)
vegeさん(男性)
1999.11.07 
… 少し、関心があります(栃尾鉄道)
HYさん(男性)
1999.11.07 
… クイズの解答(ブルコメ英文タイトル・クイズ&今井久さんのサイン)
JAさん(男性)
1999.11.07 
… ご存じならばおしえてください(人形劇の「伊賀の影丸」)
東京都武蔵野市・初恋天使さん(40代男性)
1999.11.10 … みんなの「みんなの歌」
鈴木 様
いつもありがとうございます。
明日より週末まで関西の方へ出張でしばらくアクセスできませんのでメールさせていただきます。
「トムピリビ」Tom Pillibi
これも物語性の高い、面白い歌でしたね。
トムピリビはフランスの子供に親しまれている昔話の主人公と資料にはあります。
音楽は Andre' Popp 日本語詞 水野 汀子 編曲 小林秀雄
コピーライトは 海外1960年 国内 1962というところが意外でした。
歌詞は掲示板にあるようですね。
私もこの歌は大変大好きな歌でした。
他には、「プンプンプルカ」(あのことあのこがジャンピンプン…)、「大きな古時計」(おおきなのっぽのふるどけい…)、「アップアップアップリケ」、「調子をそろえてクリック、クリック、クリック」「踊ろうたのしいポーレチケ」「さあ太陽を呼んでこい」「しあわせを売る男」「小さな靴屋さん」「花のまわりで」「回転木馬」「草原のマーチ」「わんぱくマーチ」「たのしいショティッシュ」なんかも好きでした。
映像と音でもう一度見てみたい…。
「どじょっこ、ふなっこ」の映像情報は35年以上前の記憶を呼び出してくれました。
このホームページや皆さんに感謝です。
水面を覗いたうなぎのようなひょうきんなどじょうの顔がったような。岡本敏明作曲、東北地方方言と資料にあります。
ここでひとつ疑問があるのは、水星社の「NHKみんなのうた」では1,2が日本放送協会編、3,4は水星社編となっていること、4冊とも表2には「この楽譜によせて」立川澄人と有り、2より歌詞組の色ページがでついたこと、1のみ協力者、歌手が書かれている(でも曲ごとでない)。
芦野 宏、楠木トシエ、ザ・ピーナッツ、スリーグレーセス、ダークダックス、デュークエイセス、ペギー葉山、ボニ−ジャックス、宮城まり子(敬称略)と言ったなじみの方が列記されています。
大変懐かしいお話を鈴木様、皆さまから頂けたこと、私も昔の思いにしばし浸れたことを心より感謝致します。
主宰者から
1999.11.10
メール、ありがとうございました。
こちらこそ、色々と貴重な情報やら画像やらをお送りいただき、ありがとうございます。
頂戴したメールで言及されていた曲のうち、「調子をそろえてクリック、クリック、クリック」や「さあ太陽を呼んでこい」などは、映像も記憶に甦ってきました。
とりわけ、「さあ太陽を呼んでこい」の方は、あの力強い歌声とともに、モノクロながら海に沈んで行く太陽が赤々と画面に映っていたという印象が強く残っています。
どうも、ありがとうございました。
また、よろしくお願いいたします。
P.S.
サ・ピーナッツが歌っていた「みんなのうた」の曲が思い出せません。どんな歌だったんでしょうか。
キングの歌手の皆さんは、けっこう、「みんなのうた」向きだったような気がしますが、梓みちよさんが歌っていた「リンデンバウムの歌」というのは、あれは、「みんなのうた」じゃなかったですよね。
P.S.のP.S.
ところで、これで、初恋天使さんは猛打賞であります。

東京都武蔵野市・初恋天使さん(40代男性)
1999.11.09 … 人形劇「影丸」
鈴木 様
お世話になっております。
過去のログを調べたのですが、情報に重複などあったらすみません。
形劇は昭和38年11月5日よりTBS系で毎週火曜6時より放送されたようです。
丸っこい影丸はサンデー連載の影丸とは印象が異なり私にはどうも・・・
他に殆ど印象はないのですが、「木の葉隠れ」などの術を特撮を交えるのが売りだったようですが、画面が渦を巻いてぐるぐるしていたのだけが思いだされます。
漫画の影丸は大好きで、村雨兄弟なんかは、今読んでも、大変良く出来ていると思います。
人形劇の影丸の画像データがありましたのでお送り致します。
ご利用下さい。
少年サンデーの予告には「いままでと違う人形劇」とあり、影丸より阿魔野邪鬼がしっかり扱われているのは、影丸のキャラに自信がなかった?というのは勘ぐりというものでしょうか。
人形、1体を1人で扱っていたようです。
ここでいう「いままでの人形劇」とは「チロリン村」あたりのことでしょうか?
主宰者から
1999.11.09
貴重な画像をお送りいただき、本当に、ありがとうございます。
改めまして、過去ログを調べてみましたところ、「伊賀の影丸」関係は、かなり、ありました。恐らく、「快傑ハリマオ」とともに、最も、関連発言の多いのではないかと思われます。
主な発言を列挙させていただきますと、以下のようなところであります。
1998.06.29TKさん、1998.07.11OKさん、1998.08.24稲葉小僧さん、1998.08.25稲葉小僧さん、1999.01.16Kさん、
1999.05.13SWさん、1999.05.24HMさん、1999.06.16SWさん、1999.07.12Penさん、1999.07.20kem81さん、
1999.07.21TKさん、1999.10.17MSさん、1999.10.18稲葉小僧さん
放映時期は、今回の初恋天使さんのメールで初めてお知らせいただいておりまして、これまで頂戴したメールの情報によりますと、人形劇をやっていたのは「ひとみ座」という劇団だったようです。
また、映画の方は、影丸を松方弘樹さん、邪鬼を山城新吾さんが演じられたそうであります。

東京都武蔵野市・初恋天使さん(40代男性)
1999.11.07 … あの頃の「みんなの歌」など(「ホルディリディア」「ピクニック」「気のいいアヒル」「ドロップスの歌」「手のひらを太陽に」etc)
鈴木 様
こんにちは。
現地でメールを読んで頂きありがとうございます。出張からお帰りお疲れのこと思います。
しばし、懐かしさに浸って頂ければと思います。
ご無理のないようよろしくお願い致します。
お礼まで、知っているところで補足させて頂きます。
>「ホルディリディア」
みんなの歌としては初期の曲のようです。
「ホルディア」はスイス語で「今日は良い日・・」の意とあります。
スイス民謡 飯塚 広 作詞 服部 正 編曲
1.みんなでいこう ホルディリディア ホルディりア
若草ふんで ホルディリディア ホルディア
ホルディリディア ホルディリディア ホルディリア ホルディリディア
ホルディリディア ホルディア
2.略
確か、映画「サウンド・オブ・ミュージック」(196X?年)の中でもう歌われていたと思いますが、原語でも殆どが「ホルディディア」および変形のため当時小学生の小生も何ら違和感を感じなかった、名曲?と思います。
この発見は後年、TVの放映で気づいた(何度も見てしまい、目頭が熱くなるのは年のせい?)ところですので、「みんなの歌」との前後関係は不明です。
「みんなの歌」の映像はサウンド・オブ・ミュージックの映像の印象が強く残念ながら思い出すことができません。
もちろん当時の映像・画像はありません。
水星社「NHKみんなの歌1」に収録。
曲はキングレコード「天使のハーモニー」4で東京少年合唱隊の歌として聞けます。
>「ピクニック」
この歌も歌集などに収録される機会も多く遠足(お菓子は300円までだった?)の定番曲でした。
歴史的には戦前より歌われていたものらしく、イギリス民謡とあるだけで、原題、原歌詞、訳詞さえわからないようです。
放映版の編曲は 小林 秀雄。「あひるさん」「やぎさん」は「にわとりさん」「豚くん」「牛さん」に置き換え歌われることがあると歌集にはあります。
丘をこえ ゆこうよ 口笛ふきつつ
空はすみ 青空 牧場をさして
歌おう ほがらに ともに手をとり ラララララララララララ(ラララ)
アヒルさん(ガガガガア) ララララララ ヤギさんも(メェー)
ララ歌ごえ合わせよ 足なみそろえよ きょうはゆかいだ
こうしてキーボードで打ってみると、ずいぶん古風な言いまわしだと気づきましたが、当時はメロディーと弾むリズム、泣き声を使うという飛び道具からか、気づきませんでした。
映像は何かピクニックのような実写であったようですが、題名から記憶にバイアスがかかっているのかしれません。
画像・映像は持ち合わせません。
水星社「NHKみんなの歌2」に収録。曲は「抒情歌愛唱歌大全集」ビクターファミリークラブで小鳩くるみの歌で聞けます。
>「気のいいアヒル」
戦前ボヘミアがドイツに併合された頃紹介され、それがチェコ民謡と呼ばれない理由と資料にはあります。
鈴木さんのメールにありますように、久里洋二さんの楽しいアニメーションとストーリー性のある歌詞展開が楽しい曲です。
高木義夫 作詞、小森昭宏 編曲
1.むかし あひるは からだが大きくて
海も渡れば 魚も食べたよ
ラン ラララ ラン ララララ ランラララ・・・
2.あるひ あひるは 川辺にきたが
とてもはげしい 流れだったよ
(くりかえし)
3.こいつは ちょっと 考えもの
おぼれて 死んだら つまらない
(くりかえし)
4.あひるは 岸辺で ブラブラくらし
足は縮まる 体は弱る (くりかえし)
5.とうとう人間に つかまえられて
気のいい あひるは ブタ小屋ぐらし
(くりかえし)
教訓的というか・・アニメーションはクジラをくわえたアヒルの姿が印象的で覚えている方も多いかと思います。
当時の小学生にとってアヒルが大きいという発想は、石坂こうじ さんの低い声のナレーションで「ウルトラQ」の「1/8計画」の最後の部分「昔人間は・・・」と同様衝撃的なものであったと思います。
アニメーションは幸運にも6カットが水星社の「NHKみんなのうた2」に残されていました。
曲は残念ながら持ち合わせはなく、歌うもしくはDTMするしかありません。
>「ドロップスの歌」
食べ物系の歌としては「アイスクリームの歌」(歌い出し=おとぎばなしの王子でも昔はとても食べられない・・)もありますが「ペロン、ペロン」というおどけた節回しは「ドロップスの歌」ファンが多い理由かもしれません。
まどみちお 作詞 大中 恩 作曲
むかし なきむし神様が
あさやけみてないて ゆうやけみてないて
まっかな涙が ポロンポロン
きいろい涙が ポロンポロン
それが世界中にちらばって
いまではドロップス
こどもがなめますペロンペロン
おとながなめますペロンペロン
アニメーションは中原収一。トリスのおじさんのような鼻に大きな神様が出て参ります。きっとドロップスはカラフルなのでしょうが白黒画面では判りません。
水星社「NHKみんなのうた3」に収録、画面は9カットも出ておりました。
残念ながら、演奏などは持っておりませんが、鈴木様のご指摘で、楠トシエさんの歌声が頭で鳴り始めました。
記憶とは不思議なものですね。
楠木トシエさんと言えば、「確かお笑い3人組」、左中右どの家だったかは?かなりあやしい、違ったかな。
CMの女王は天地総子さん、中村メイ子さん、弘田三枝子さんといますが・・確か、「ヴィックス」「アツギのタイツ」「ヴァーモントカレー」「カッパ黄桜」なんかが代表作でしたね。
「キャンロップ」は違うんですね。
(余談ですが最近のヴァーモントカレーのCMで流れる曲がクィクアイマニマニのアレンジに聞こえるのですが)
>「不思議なじゅうたん」や「ふしぎな少年」
「魔法のじゅうたん」は確か懐かし番組で放送がありましたが、黒柳徹子さんの出演で、
NHKの屋上から飛び立ち、空からご招待のお友達の学校を訪問するという作りでしたか?
勝どき橋を通る特撮場面がいかにもミニチュアしていて大好きでした。
「ふしぎな少年」は太田博之の「時間よ!止まれ・・」というやつでしたね。「子供ニュース」はどこがどう「子供」だったのか全く記憶がないんです。きっとCM的にトイレタイムだったのかもしれません。
>「銀河少年隊」
人形が残っているとは。
関西には毎月出張が3日〜一週間あるんですが、ごくまれに古本屋さんを回るくらいで。
たしか少年隊長はロップという名ですね。主題歌の最後で連呼していたせいか覚えています。
作曲は富田勲さん、凄いですよね。
確か「ビッグエックス」「ジャングル大帝」「新日本紀行」「キャプテンウルトラ」も、確か。
記憶で書いているので、違っていたらすみません。
竹田人形座は「空中都市008」もですよね。
ところで、前回のメールで補足を。
「線路は続くよどこまでも」「みんなの歌」としての記憶は少なく小生の場合は、やはり歌のメリーゴーランドで良く歌われていたことを覚えています。鈴木様は「みんなの歌」でのご記憶はお有りでしょうか。
資料によれば、みんなの歌の映像は実写で、静岡県函南付近で撮影された特急の「はと」(こだま型 ボンネットタイプ)と手を振る子供たちの写真が残されております。
調べてみると、この形の「はと」が東京−大阪を走った期間は短く昭和37年10月1日より39年9月末までなっており、これよりおおよその時期は特定されると思います。ちなみに39年10月1日は新幹線開業です。
昭和38年ころの可能性は高いと思います。
「手のひらに太陽を」もまったく同様の曲です。鈴木様お書きのように作詞はやなせたかしさん。作曲はいずみたくさんですね。
こちらはCopyrightが1965年となっております。資料にはやなせ氏のイラストが1枚掲載されておりました。
小生、神奈川県小田原に生まれ、5才で長野県松本へ、テレビはこのころから家に有り、7才で東京港区へ。
昭和39年9才で東京三鷹市へと転々する中での60年代でした。
資料や記憶が散逸しやすい状況だっただけに、60年代には執着が大きいようです。
判らないことばかり、60年代ファンの皆様にヒントが頂ければと思っております。
特に、「みんなの歌」「歌のメリーゴーランド」、昭和37〜39年頃の少年雑誌(サンデー、マガジン、キング、少年、画報:なぜかこの2年は希少のようで)学研「科学」などについても情報は少ないように思い、苦労して集めていて、鈴木さんのホームページをみつけびっくりしました。
「気のいいアヒル」「ドロップスの歌」「手のひらを太陽に」の画像ファイルを添付しました。
初恋大使(武蔵野市在住45歳)
情報の整理も大変ですし、ホームページも大きくなって大変のようですね。ご迷惑かとも思っておりますがご勘弁ください。60年代ファンの方のためにも頑張ってください。添付資料はメールということもあり、抑えさせて頂きました。お仕事も忙しいので大変ですね。今後ともよろしくお願いします。
主宰者から
1999.11.07
「みんなのうた」の貴重な画像、ありがとうございます。
どれも、皆、とても懐かしい気がいたします。記憶の端に、しっかりと残っていたようです。
「ホルディリディア」は、あの頃、「おおブレネリ」とともに、スイスのイメージを膨らませてくれる歌でした。
特に、「ホルディリディア」の方は、ヨーデル独特のファルセットの歌い方が入っていたのが印象的でした。
後年、現在の会社に入って、スイスへ出張で行くたびに、この2曲は、私の頭の中で響いておりました。
「ドロップス」の歌の楠トシエさんは、恐らく、天地総子さんや松崎しげるさんなどと共に、歌ったCMソングの数の多さでは、今なお、有数の記録保持者であることは間違いないと思います。
「線路は続くよどこまでも」は、明確に、「みんなのうた」で聞いていた記憶がありますが、残念ながら、映像の方は、思い出せません。
「おお牧場はみどり」なども、以前、BSでTV放送30年記念か何かで「みんなのうた」の当時の映像が紹介され、私の記憶の中では、外国の映像だったはずなのに、牧場というよりは日本の農場という感じで、足踏み式の水車まで出てきて、驚いたものであります。
「おおブレネリ」や「ホルディリディア」なども、湖に映るスイス・アルプスの山々といった映像の印象が残っているのですが、これも、実際には、日本の風景だったのかもしれません。
P.S.
ちょっと、書き足りなかったことがありますので、補足させていただきます。
「ドロップスの歌」は、今でも、ウチの次男が見ている「おかあさんといっしょ」で、現在の歌のおねえさんとおにいさんが歌っておりまして、しっかりと、歌いつがれております。でも、私は、この曲を聞くと、楠トシエさんのダイナミックな歌声が頭の中で響き出します。作詞のまどみちおさんについては、今更、何をか言わんやという感じもいたしますが、今回のタイ出張で、アユタヤに行ってゾウに乗ったとき、地元のガイドさんが、タイで有名なゾウの歌といっしょに、まどさんの代表曲である「ぞうさん」も歌ってくれました。

vegeさん(男性)
1999.11.07 … 少し、関心があります(栃尾鉄道)
こんにちは。
初めて、このホームページを見ました。
私は、東京都目黒区在住の30歳会社員です。
妻が長岡出身( 中越高校の近くの新保地区)で結婚後も何回か長岡へ足を運んでいるのですが、栃尾鉄道の事は何回か話しに聞いていたので、少し興味のあるところだったのです。
妻の実家に隣接するすぐ裏を電車が走っていたらしく、いまでも雑草が生えてはいるものの、そのまっすぐな直線と道幅から、すぐに路線跡と分りました。
この2週間程、1歳半の子供を連れて妻が里帰りしているのですが、今週火曜水曜と休みをとって迎えに行ってきます。
今回から、少し周辺景色を意識して、行ってみようかと思います。
これからも、興味のある話があれば、情報提供をよろしくおねがいします。
主宰者から
1999.11.07
メールアドレスから推察させていただきますと、WebTVでホームページをご覧になられているようですが、特に、画面に問題はなく、ご覧いただけておりますでしょうか。
もし、何か、問題があるようであれば、出来る範囲で対応させていただこうと思いますので、よろしくお願いします。
さて、奥様は新保地区の方でいらっしゃるということですから、中学は、やはり、東北中学校の学区でいらっしゃったのではないかと思います。だとすると、私の中学の後輩ということになりますし、何れにしましても、よろしくお伝えください。
今年の夏に帰省した際には、私は、かつて、「だいがくまえ」「どあいぐち」「ながくら」などという駅のあった悠久山寄りの方の廃線跡を回ってきました。
奥様の実家近辺の新保辺りの廃線跡も、何か、よすがとなるようなものがありましたら、また、お教えください。
今後とも、よろしくお願いいたします。

HYさん(男性)
1999.11.07 … クイズの解答(ブルコメ英文タイトル・クイズ&今井久さんのサイン)
はじめまして。
HYと申します。
現在、24歳という年齢でありながら GSの魅力に惹かれ日頃からGSを愛聴しています。
どちらかというとカルトGSよりはブルー・コメッツ、スパイダース、サベージ、ヴィレッジ・シンガーズなどのA級GSの方が好きです。
私は、渋谷の郵便局で働いていますが、先日、お客様として来られたパープル・シャドウズの今井久さんとお話しすることができました。
サインをお願いしたら「HYさんへ 小さなスナック PurpleShadows 今井久」と書いてくれました。
・・・・・この歳で今井久さんのサインを持っている人は少ないんじゃないかと思います。宝物にします。
さて、ブルー・コメッツのタイトルクイズの解答をお送りします。
一応、全問正解の自信はあります。
ちなみに、私のお気に入りのブルコメ作品を五つあげるなら、
@甘いお話
Aマイ・オールド・タウン
B草原の輝き
Cこころの虹
D海辺の石段
「虹と雪のバラード」や「しあわせの海」なども結構好きな作品です。
これからも、「60年代通信」を楽しみにしています。
主宰者から
1999.11.07
GSやブルコメのファンとおっしゃる若い方からメールをいただけると、本当に「60年代通信」を開設させていただいてよかったと嬉しくなってしまいます。
本当に、ありがとうございます。
さて、ブルコメ特集の中の「英文タイトルクイズ」にお答えいただき、ありがとうございます。
さすがに、全問正解でいらっしゃいます。
パープルシャドウズの今井さんのサインをお持ちということですが、実は、私も、パープルシャドウズは、ブルコメ以外で、唯一、サインを頂いているGSでありました。
私が会員だったレコード屋さんのイベントで、ちょうど、パープルシャドウズの3曲目の「さみしがりや」という新曲が出た頃に新曲発表会があり、そのライブに行った際、レコードの即売会のようなものがあって、「小さなスナック」「ラブサイン」「さみしがりや」「サウンド・オブ・サイレンス」の4曲が収められたコンパクト盤を購入し、そのジャケットにサインしていただいたのを懐かしく思い出しました。
ということで、今後とも、引き続きまして、よろしくお願いいたします。

JAさん(男性)
1999.11.07 … ご存じならばおしえてください(人形劇の「伊賀の影丸」)
私も伊賀の影丸を、少年時代わくわくして何度も読み返していました。
たしか、日本テレビ?で夕方「伊賀の影丸」の人形を使った番組があり、かなりストーリーもリアルに再現してあったと思いますが、前々からもう一度この作品をまた見てみたいと思っていたのですが、ご存じでしたらおしえてください。
主宰者から
1999.11.07
実は、人形劇の「伊賀の影丸」は、すでに、過去に何度か話題になっておりますが、また、さらに、情報をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんので、お送りいただいたメールを「お便りコーナー」で紹介させていただき、お詳しい方からの情報を待たせていただこうと思います。
…ということで、補足情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。

あなたも「60年代通信」に是非お便りしましょう
E-mail:kiyomi60@bb.mbn.or.jp
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