主宰者から
1999.06.21
…テレビドラマ「青春の河」
宮城県仙台市・NOさん(女性)
1999.06.21
… はじめまして(タイガース)
千葉県市川市・HMさん(40代男性)
1999.06.30 … 一度出すと止まりません!(ゴダイゴ+キャロル)
市川のMです。
鈴木さん、ゴダイゴは、立派なGSだと思いますよ。
反対に、当時、フォーリーブスが立派なGSとして通っていたのですから、まさにゴダイゴは、ミッキー吉野とニュー・ゴールデン・カップスとでもいうべき存在だったのではないでしょうか。
ところで、ダウンタウン(漫才師ではないです?!) やサザンが話題に出たのですが、私にとっての最後のGS的存在は、キャロルでした。
高校3年当時、ギンザNOWでしたっけ?ミッキー・カーチスに見出されてデビューしたと記憶しておりますが、まさにカルチャー・ショックを受けた思いでがあります。
当時、ラジオ番組では、キャロルのスタジオ録音のために入場者を抽選で…、などのような企画が沢山ありまして、わたしも、何度か、TBSやニッポン放送のスタジオ録音の観客となり、デビューしたてのキャロルを3度ばかり見てその音にぶっ飛んだ記憶があります(学生服を着て見ていました…)。
キャロルは、初期のビートルズ的なサウンドを得意としていたと思いますが、私は、天下のYAZAWAよりは、むしろジョニー大倉が好きでありまして、そのしびれるような声が大好きであったのを思い出します。
今は、どうされてるんですかね?
なんか、「70年代通信」になってしまってすみませんでした。では、失礼します。
主宰者から
1999.06.30
私は、ロックンロール・バンドとして、単純明快なキャロルが好きでした。デビュー直後にリアルタイムでというよりも、ちょっと人気が落ち着いてからの時期ではありましたが…。
ブルコメに拘りますが、ブルコメは、1970(昭和45)年の秋に「ポピュラーヒット25年史」という2枚組2セット(計4枚)からなるアルバムを出しておりまして、この企画には、小坂一也、平尾昌晃、山下敬二郎、内田裕也、佐川ミツオなどのロカビリー・シンガーも参加しています。
既に、GSブームも一段落した頃で、ブルコメも、このアルバムが出た時期には、色々なテレビの歌番組に出演しては、1950年代後半から60年代前半にかけてのロックンロール・ナンバーを頻繁に演奏しておりました。
私は、このアルバムで、ロックンロールに目覚め、プレスリーやポール・アンカ、ニール・セダカ、デル・シャノン、ライチャス・ブラザース、ヘレン・シャピロ、コニー・フランシス、さらには、エレキ時代まで下って、ベンチャーズなどの「原典」を聞くようになりました。
ただ、ビートルズだけは、入り口は、やはり、ケイブンシャのソノシート時代のブルコメでしたけれども、一応、「オブラディ・オブラダ」の頃からではありましたが、リアルタイムです。
個人的には、そういう流れの中で、「キャロル」と出会う形になりまして、印象としては、GSからニューロックっぽい音楽やニューミュージックなどと総称されるような音楽に移りつつある流れの中で、「キャロル」というのは、いわば、原点への回帰のようなバンドなのかなという風にも感じておりました。
たまたま、最近、購入したばかりの『ロック・クロニクル・ジャパン』(音楽出版社)という本の冒頭に、矢沢永吉さんのロング・インタビューが掲載されており、その中で、天下のYAZAWAも、キャロルが出てきた頃の状況について、次のように話しております。
「ちょうど、あのグループサウンズなるものが終わって、やっぱり時代っていうのは繰り返しているんだなと思いますよね。ずーっとグルグル回っているんですよ。ロカビリーの時代があって、グループサウンズの時代があって、それからキャロルの時代が来て、その間にフォークがあったりってことなんですけどね」
また、ジョニー大倉さんについても、非常に高く評価する発言をされています。
「やっぱりジョニー大倉がすごかったのは、簡単に日本語と英語を混ぜたことだね。あれを日本で発明したのはジョニー大倉ですよ。これは過言じゃないと思うな。矢沢のメロディっていうのは歌謡曲じゃないからね。今でこそ歌謡曲って何?っていうけど、あのころは歌謡曲なのか俺たちのポップなのかで分かれてたからね。俺たちのポップっていうのはまだまだ一部がメシ食えるか食えないかの状態だから。だから僕のメロディのあのグルーヴでやるために、どうしても必然的にジョニー大倉的スタイルが必要だったんですよ。いまでこそ、モーニング・カフェがすべったころんだって絵になるけどさ、あのころはそんなこと言わないんだから。ジョニー大倉には勲一等出さなきゃいけないと思うよ。そこからヒントを得て作詞家はボロ儲けしてるんだからさ。いいこと言うな、俺(笑)」
それから、さらに、ブルコメに拘りますと、例えば、ゴダイゴがミッキー吉野とニュー・ゴールデンカップスだったというようなノリで行くと、「2億4000万の瞳」「ヤクシニー」を歌っていた頃の郷ひろみは、三原綱木とニューブルーコメッツだったかもしれないし、ちょっと遡って、「恋のダイヤル6700」や「学園天国」の頃のフィンガー5、「ランナウェイ」「「トゥナイト」「街角トワイライト」を歌っていた頃のデビュー直後のシャネルズだって、それぞれ、ニューブルーコメッツだったのだと言ってしまったら、それは、やっぱり、単に、井上忠夫(大輔)の作った曲を歌っていたに過ぎないというだけで、言い過ぎなんでしょうね、きっと…。だって、そしたら、「なみだ心」や「殿キンの新東京行進曲」の殿さまキングスだって、ニューブルーコメッツになってしまいますもんね。それも、一面の真実ではあるのかもしれませんけれども…。
大体、「2億4000万…」の頃って、三原綱木は、もう、ニューブリードで棒を振り始めていた時期だったかもしれないし…、それとも、まだ、小田啓義とニューブリードだったかな…。
…が多くなってきておりますが、結構、ここの部分、資料も見ずに、いい加減に書いてます。すみません。
でも、そんなこと言うんだったら、井上尭之バンドで歌っていたころのジュリーだって、ほとんど、大野克夫とニュー・スパイダース&タイガースだったんじゃないかみたいなことになってしまうわけでありまして、収拾がつかなくなってしまいそうですので、また、これも、疲れた私の独り言ということで、許していただけませんでしょうか。

千葉県市川市・HMさん(40代男性)
1999.06.30 … トッポで思い出したことが...
鈴木さん、市川のMです。
連日のトッポの話題で、私の記憶からずっと忘れ去られていたことを思い出しました。
1980年前後のことだと記憶してますが、以前勤めていたアパレル関係会社にいた時、あるお客様の接待で、六本木の「西の木」という店に行ったときのことでした。
この店は、芸能人や会社役員が来る大変値段のはる店でありまして、私などが接待とはいえ、行けるような店ではありません。
そして、ふと、店内を見ると、いるではありませんか、まさしくタイガースにいた“トッポ”が、そばで座っており、静かにウイスキーか何かを飲んでおりました。それも一人で…。
そばで、誰かが「おい、トッポだ…」などと小声で話しておりましたのを聞いて、私は、なぜか寂しい顔をしたいるトッポを見て、かわいそうな感じに思えたものでした。
とりあえず、私は、接待に来ておりましたので、近寄って話すわけにも行かず、しばらくして、店を出たのですが、なんとも、その当時のトッポは、いろいろ問題があったのでしょうけど、元気がなかったように思いました。
それから、むむむさん、残念ながら私は、上智大生ではありません!
1975年頃は、アルバイトを原宿でしておりました関係上、そこらじゅうにハット+継ぎあてジーパン+サスペンダーの人間が、うじゃうじゃしておりました。
そして、ギターを弾いたりなんかして「時の過ぎゆくままに」を・・・?!
では、失礼します。
主宰者から
1999.06.30
私も、かつて、お店の名前は忘れましたが、会社に入って間もない頃、会話学校で一緒だったチョット派手目の女の子に連れられて、六本木の会員制のディスコに行った時、エラい可愛い女の子が隣のテープルに座っていて、その連れの野球帽を目深にかぶった男が「ツナキさんがナントカ…カントカ…」とか言っているので、よく見たらツナキ・バンドをバックに歌っていた頃の郷ひろみさんだったので、びっくりしたことを思い出しました。
それから、淋し気な芸能人と言えば、大学1、2年の頃だったと思いますが、高校時代の友人たちと八ヶ岳へ登山に出かけた時、長野駅の構内で、たった一人で柱に寄りかかっていた武田鉄矢さんが忘れられません。「母に捧げるバラード」がヒットした後、ちょっと海援隊が息切れしていた時期だったのでしょう、疲れたモアイ像のようでありました。
ということで、ほとんど“町でみかけた芸能人”シリーズのようになってきておりますが、とにかく、「時の過ぎゆくままに」の頃のジュリーは、ホントにカッコ良かったですよね。
ただ、私は、以前も、どこかで書かせていただいた通り、当時、同じナベプロでジュリーのライバル的存在だった布施明さんに私淑しておりましたので、私の場合、着るものも、ほとんど、布施さんのマネっこでありました。
でも、「時の過ぎゆくままに」も「シクラメンのかほり」と同じくらいに好きで、それこそ、よくギターを弾きながら歌っていたものであります。
今でも、この2曲は、歌詞もコードもフルコーラス覚えておりますし、前奏・間奏・後奏も完全に弾けるのですが、家で弾き語りをしていると、次男がすっ飛んできて、私の左手を押さえつけ、「鉄腕アトム」と「ブルーシャトー」を強引にリクエストするので、最近は、フルコーラス歌えたことがありません。
アトムとブルコメが好きな平成生まれの4歳児にしてしまったのは、私の責任なのではありますが…。
ということで、前回に続き、ほとんど、「60年代」とは関係のないタワ言になってしまいました。
最近、心身ともに疲れがひどいせいだと思います。
御容赦ください。


主宰者から
1999.06.30 … 「ニルスのふしぎな旅」の歌詞
歌詞担当(?)の稲葉小僧さんが長野出張中でいらっしゃいますので、今回は、私が、トッポの歌いました「ニルスのふしぎな旅」の歌詞を紹介させていただきます。
ニルスのふしぎな旅
奈良橋陽子、藤公之介 作詞/タケカワ ユキヒデ 作曲/チト・河内 編曲
“Nils! come on
Nils! come on up”
Oh, come on up, Nils 旅に出かけよう
準備なんか いらない
春を探しに 空を行けば
初めて 見るものばかり
Oh, Nils!
その耳を すましてごらん
動物たちの ささやき声に
Oh, Nils!
その瞳 こらしてごらん
朝日が昇る あの地平線を
Oh, come on up, Nils 旅をつづけよう
愛するって なんだろう
夏の湖 緑の森
小さな生命の 息吹
Oh, Nils!
大空に 叫んでごらん
きっと誰かが こたえてくれる
Oh, Nils!
風の中 走ってごらん
きっとみんなが 追いかけてくる
Oh, come on up, Nils 旅をつづけよう
わかりかけた やさしさ
秋の草木に 触れてごらん
ひとりじゃないだろう 君は
※Oh, come on up, Nils 旅をつづけよう
仲間たちと いっしょに
冬の訪れ 淋しいけど
みんなと 地球の上さ
※繰り返し
藤公之介さんやタケカワユキヒデさんの作品であるところに、やはり、1980年代を感じたりするわけであります。
ところで、元ゴールデンカップスのミッキー吉野さんが、タケカワさんのアルバム製作にかかわったことで誕生したと言われるゴダイゴというグループは、やっぱり、ネオGSというような位置付けだったという理解でよろしいのでしょうか。
私はゴダイゴが活躍を始めた1970年代後半には、大学で歌謡曲研究会などというヒマそのもののようなサークル活動をやったりしていたわけですけれども、当時は、かなりアイドルにどっぷりという感じだったので、情けないことに「ガンダーラ」辺りからしか、ゴダイゴを認識しなかったものの、例えば、同時期に出てまいりましたダウンタウンブギウギバンドであるとか、サザンオールスターズであるとかに比べると、ゴダイゴには、かなり、GS的な匂いを感じたりしていたのでありますが…。
とは言え、ダウンタウンも、そもそも宇崎さんは、晩年ではありましたが、ブルコメのサブマネまでおやりになった方であり、「スモーキンブギ」や「港のヨーコ…」で売れた後に、GSトリビュート・アルバムのようなLPを出しておりましたし、サザンにしても、桑田さんの作品には、「チャコの海岸物語」とか「そんなヒロシにだまされて」とか、明らかにGSのオマージュ的な線を意識した作品もあるわけではありますけれども…。
ということで、70年代〜80年代にまで話を広げてしまうと、収拾がつかなくなりそうでありますので、これは、あくまでも、私の独り言だったということで、聞き流してください…、というわけにもいかないでしょうか。


蛞蝓なめちゃん(40代男性)
1999.06.29 … 1980年のトッポ
ごぶさたしてます。
トッポで思い出したのが、昔NHKで放送された「ニルスの不思議な旅」 (1980/1/8〜1981/3/17放送)
で、加橋さんは、この主題歌を歌っておられました。
当時、「トッポがアニメに転向か...」と思ったものです。佐々木功 さんのように、ロカビリーからアニメ歌手に転向された事例もございましたから。
1980年3月29日に銀座三越の屋上(!)で、「春休み特別アトラクション」としてアニメソングのイベントがございまして、田中星児さん、山本正之さん、小鳩くるみさんらと、ステージを務めておられました。
写真はそのときのものです。
主宰者から
1999.06.29
こちらこそ、ご無沙汰しております。
にも関わらず、貴重な貴重な画像をお送りいただき、本当に恐縮であります。
と、さりげなく書かせていただいておりますが、この画像は、メッチャクチャ貴重な画像ではないかという気がしてきておりまして、本当に、本当に、ありがとうございます。
メールを頂いて、そう言えば、トッポが「ニルスの不思議な旅」も歌っていたんだという感じで思い出しましたが、ここまでの一連の話題の展開の中では、私の認識から、完全に抜け落ちておりました。
ほとんど、ミッシング・リンクを埋めていただいたような感じでありまして、本当に、有り難く思います。
1980年の3月というと、ちょうど、「さよなら日劇ウエスタンカーニバル」の1年前ということになるわけですが、この頃のトッポのお仕事というのは、アニメ関連のイベントなどが多かったということなのでしょうか。
何れにいたしましても、本当に、ありがとうございました。
また、引き続きまして、よろしくお願いいたします。
P.S.
ロカビリー歌手のアニメソングと言えば、「風のフジ丸」の鹿内タカシさんや「オバQ」の石川進さんなどの例もありますから、皆さん、それなりに、アニメソングも歌っていらっしゃったようであります。ちなみに、ブルーコメッツも、NHKの「みんなのうた」で、小田センセイの「ぶたが逃げた」という曲をアニメーションをバックに歌い、当時、結構、評判になったことも思い出しました。


Hitomiさん(女性)
1999.06.29 … 「タイガースストーリー」の予約特典EPの画像
こんにちは。
「タイガースストーリー」の予約特典EPが見つかりましたので、画像をお送りします。
HPのファイルに余裕がないのは、承知してますので、もし、これを載せるのが苦しいようでしたら、個人的にお楽しみくださってかまいません。
縦長の厚紙のブック型になっていてカラーと白黒のグラビア及びディスコグラフィーがついています。
レコードのレーベルは、A面が初期のタイガース、B面が後期のタイガースの写真になっています。
主宰者から
1999.06.29
本当に、たびたび、メールをありがとうございます。
こんな貴重な画像を個人的に楽しませていただいては、バチが当たりそうですので、早速、紹介させていただくことにします。
この初期の方の写真は、タイガース・シングル盤ディスコグラフィーでも言及させていただいた、渡辺プロダクションと渡辺音楽出版、ワーナーミュージック・ジャパンの共同企画でワーナーから発売された“J−POPヒットバレード〜HISTORYOFWMP”という全40タイトルの一大シリーズの中のタイガース盤でも使われているもののようです。
どうも、ありがとうございました。


千葉県市川市・ともみんさん(女性)
1999.06.28 … はじめまして、当方長岡生まれの古いモン好きです[もー30歳](60年代アニメ+「青春の鐘」+長岡が舞台の映画+宇野誠一郎)
長高(主宰者注:新潟県立長岡高校のことです)出身の主宰者さま、はじめまして。
私はそのお隣の高校(O手…伏せ字になっとらんっちゅーに)を出た者です。(しかも女子)
出たっつっても、ざっと12年前でしたので、まだ、駅前には長崎屋があって、そこの上のボウリング場の入り口ではA~haの「テイク・オン・ミー」がエンドレステープでガンガンにかかっていた時分に高校時代を過ごしました。
そんな身空で、60年代アニメが大好きな私です。
主宰者さまと、メールを送っているみなさんの濃い話題はスゴイ!
マンガやグッズの映像素材なんか見てるだけで圧倒されます!
でもみなさん、やっぱアトム寄りですね。
私は、鉄人のほうが好きなので、ちょっと、そっちの方に身びいきしておるのですが。
ところで、いきなりですが主宰者さまに質問!
『青春の鐘』についての記載はありましたが、もう一本長岡が舞台の、昭和30年代位に製作された映画を、首都圏の深夜映画で見たことがあるんです。
『青春の…』にくらべると、もうちょっとダーティーな内容で、打ち合いとかあったり、長岡まつりの民謡流しの模様が挿入されたりしていたことは覚えてますが、主演俳優など肝心なことは全く覚えてないのです。
作風から言って、多分東宝と松竹以外の会社によるものだと思うのですが。
その映画のタイトルや主演俳優を御存じでしょうか。
もし、御存じなら、ぜひHPで取り上げていただきたいと思います。
それと、もう一件。主宰者さまは、宇野誠一郎氏の音楽には、造詣は深くございませんか?
「ひょっこりひょうたん島」「ネコジャラ市の11人」などのテーマソングにはまってしまったのですが…
時代がちがうかな?
ともあれ、60年代アニメについては、スカパーのおかげで、触れる機会が多くなって、喜びの極みを感じている私です。(スカパーでのオススメは「遊星王子」ですね)
「60年代通信」は、とにかく記載が多いので、少しづつしか読むことができませんが、これからも末永くチェックさせていただきます。
では、このへんで。
千葉県市川市在住の元長岡モン:「ともみん」
主宰者から
1999.06.28 … 長岡が舞台の映画あれこれ
私たちの世代、というか、少なくとも、私にとっては、「鉄腕アトム」と申しましょうか、手塚治虫というマンガ家は、もう、何をどう表現したらいいか分からないくらいの絶対的な存在でありまして、もちろん、「鉄人28号」をはじめとする横山光輝センセイの作品も大好きではありましたが、「アトム寄り」と見られてしまうようなニュアンスは、随所に出てしまうのだろうと思います。ご容赦下さい。
さて、お尋ねの件でありますが、既に、「60年代通信」でも、どこかで何度か書かせていただいておりまして、ご指摘のように「記載が多いので」、自分でも、どのページで書かせていただいたのか分からなくなっておりますけれども、小林旭のダイナマイト・シリーズの作品をおっしゃっておられるのではないかと思います。
この映画は、長岡出身の女優(名前は忘れました。長岡ロケの紹介記事が載っていた新潟日報のコピーを持っているはずなのですが、資料の山に埋もれて何処にあるのか分からなくなっております)も出演しており、東京ぼん太さんなんかも共演されていたはずです。
「ぴあ」の映画辞典などでも探したりしておりますが、なぜか、該当すると思われる作品が掲載されておりませんので、新潟日報のコピーを早く見つけ出したいと思っているところです。
ご指摘の通り、東宝でも松竹でもなく、「撃ち合い」が得意だった日活の作品であります。
作品名が分かり次第、ビデオを入手して、「60年代通信」でも取り上げさせていただこうと思っております。
蛇足になりますが、これも、既に「60年代通信」の「お便りコーナー」で話題にさせていただいておりますけれども、もう一本、長岡でロケが行われた映画がありまして、こちらは、目黒祐樹さん(長岡出身の俳優である近衛十四郎さんのご子息で、松方弘樹さんの実弟でいらっしゃいます)やデビュー直後の森田健作さんなどが出演された「栄光の黒豹」という作品です。
こちらは青春スポーツ映画というような趣きのもので、私も、封切公開時に長岡の映画館で見ておりまして、長年にわたって題名が謎だったのですが、今年の初めに、新潟大学のサッカー部時代に、この映画にエキストラで出演された方からメールを頂戴し、題名や出演者が詳しく分かった次第です。
この映画は、松竹の製作でありまして、ですから、長岡でロケを行った映画としては、日活の2作品、松竹の1作品が確認されております。東宝や東映にも、あるのではないかと思っておりまして、時間をかけて探してみたいと考えています。
東宝には、「山本五十六」という映画もありますので、恐らく、その中では、長岡でロケを行った場面もあるのではないかと思ったりもしています。
宇野誠一郎さんについては、とても造詣が深いなどといえる状況ではありませんが、もちろん、「ひょっこりひょうたん島」はリアルタイムでありますし、「アトム」の後番組の「悟空の大冒険」の音楽担当は宇野誠一郎さんでした。
やっぱり、「アトム」が絡んでしまいます…。
…ということで、今日は、長男→次男→長女と回ってきた夏風邪が私のところにやってまいりまして、会社を休ませていただいたのでありますが、夕方から起き出して、この「お便りコーナー」のページ作りなどをやっております。
この際ですので、さきほど、松竹と日活に電話をかけまして、課題となっております、映画の件を確認してみました。
まず、題名がはっきりと分かっている「栄光の黒豹」ですが、ビデオ化はされておりませんでしたが、フィルムの在庫を確認していただいたところ、プリントが1本だけ残っている状態でした。プリントが残っているのに、ビデオ化されていないということは、プリントの状態が悪いのではないかと思い、お尋ねしたところ、「必ずしも、そういうことではありません」というお答えでした。
続きまして、日活にも電話をさせていただき、こちらは題名が分からないままお尋ねをしたわけですが、「小林旭のシリーズで東京ぼん太が共演しているのなら、『ダイナマイト』シリーズではなく、『あいつ』シリーズでしょうが、『あいつ』シリーズについては、ビデオ化されていません」ということでした。こちらは、題名が分からないため、フィルムの在庫は確認していただくわけにもいきませんでした。
ただ、ともみん さんが「首都圏の深夜映画で見た」とおっしゃられているのが、小林旭の『あいつ』シリーズだったとすると、一応、こちらも、少なくとも、1本はプリントが残されているということになりそうです。
両社とも、営業目的以外のフィルム貸し出しもされているということで、例えば、「60年代の長岡・町並み研究会」とか何とか称して、会費制にして有志を募り、上映会をするというような形については、可能だということでした。
これが、営業目的となると、自治体単位の映画館組織の許可をもらうなど、ややこしい手続きを踏まなければいけないようでありますが…。
ですから、今後、この「60年代通信」などを通じてビデオ化の署名運動をするとか、購入希望者を募って、一定人数に達したところで、それぞれの映画会社に、ビデオ化をお願いするとか、あるいは、両作品ともビデオ化される見通しがつかないようであれば、やはり、この「60年代通信」などを通じて視聴希望者を募り、上映会を実現させるといったようなことも考えられなくもありません。
会社を休ませてもらったのをいいことに、ヒマそうなことをしたり、ヒマそうなことを書いたりしているわけでありまして、長い長い文章になってしまいました。
そういうことでありますので、長岡の関係者の皆様、そういう展開になった際には、ひとつ、ご協力方、よろしくお願い申し上げます。


むむむさん(女性)
1999.06.28 … 明治製菓のページありがとう
鈴木清美様
タイガースの明治製菓のページ、嬉しい。
ありがとう。
特に、あのポスター。私は捨てちゃって、もう見れないので、すごく懐かしい。
前にも書きましたけど、あのポスターって本当に大きいし紙質も良くて、雑誌の間に入っているような物とは全然違う素晴らしい物でした。
A.N.さん、21歳でタイガースのファンなんですか?
トッポのレコードは、何枚か持っているので、そのうち画像upしますね。
殆どのタイガース・ファンにとって、本当のタイガースはトッポがいる時で、シローくんの入ったタイガースは"続タイガース゛っていう感じなんですよ。
でも、脱退の経緯があるので、ちょっと複雑ですが。
HMさん、もしかして、大学って上智ですか?
いっつもジュリーの「悪魔のようなあいつ」の格好をしている男の子がいました。
彼は、しっかり、卒業アルバムにも、その格好で写ってましたけど。
ところで、清美様、もし、もし、このHPをクローズするようなことがありましたら、絶対に事前にアナウンスして下さいね。
タイガースのところ、私のパソコンに保存したいので・・・。
これからも画像&文章楽しみにしてます。
主宰者から
1999.06.28
喜んでいただけて、私も、嬉しいです。
しかも、今回は、むむむさんやHitomiさんだけでなく、新たに仙台のタイガース・フリークと思しき方や20代の方などからもメールをいただき、本当に、ホームページを作って良かったと実感しております。
広告の中で、明治製菓も「名作ポスター」と自賛しておりましたが、それに値するだけのものではあったようですね。
トッポのレコードの画像は、Hitomiさんから、早速、「1971花」を送っていただきましたので、もし、お送りいただけるようであれば、別のものでお願いできると、大変に助かります。
厚かましいお願いで恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
P.S.
「本当のタイガースはトッポがいる時で、シローくんの入ったタイガースは“続タイガース”」というのは、私のようなリアルタイムのタイガース・ファンではなかった人間にとっても、実感として分かります。
タイガースのシングル盤ディスコグラフィーも、確保されている画像データの関係もあり、とりあえず、「美しき愛の掟」までで、一旦、区切りをつけようかと思っているほどですが、でも、個人的には、「ラブラブラブ」とか「都会」とか、後期の曲にも好きなものがありますので、画像データが確保されれば、また、随時、ページを追加していこうと思います。
P.S.のP.S.
「このHPをクローズするようなこと」は、私が著作権法違反で刑務所入りにでもならない限り、ありえないだろうと思っています。基本的には、「60年代通信」というHPは、大げさですが、私のライフワークのようなつもりで作らせていただいておりますので、私がこの世に存在している限りは、続けさせていただくつもりです。
今週の「60'sえれじい」でサーバー容量に言及させていただいたため、ご心配されていらっしゃるとすれば、少なくとも、画像データを外したりしているのは、内輪向けの隠しページの部分だけですし、INDEXに反映させていただいているような企画ページにつきましては、原則として、一旦アップしたページのコンテンツを補充することはあるかもしれませんが、コンテンツを削除するようなことはしない方針ですので、ご安心ください。
何れ、現行のレンタル・サーバー契約では、また、容量が足りなくなると思いますが、もう、URLを変更したり、50MBものデータを移管したりする作業も大変ですので、現在、利用しているサーバーは、そのまま維持させていただき、新しいサーバーをレンタルして、新規のデータは、すべて、そちらにアップするような形で対応していこうと考えております。
何れにいたしましても、皆様におかれましては、この「60年代通信」と、末永く、お付き合いいただきますよう、改めまして、よろしくお願いいたします。


Hitomiさん(女性)
1999.06.28 … 「1971花」の画像+トッポの画集「イヴ」+小橋玲子の佐久間のCM+ベスト盤「タイガース物語」の予約特典EP
こんにちは。
加橋かつみ「1971花」の画像を送ります。
ここに、ユーミンの「愛は突然に」も収録されています。
さて、68年冬の「天地創造ものがたり」のソノシートのイラストは、トッポが描いたもので、時期は、どっちが先か忘れましたが、ティーンルック誌で、限定予約販売でトッポの「イヴ」という画集もでています。
黒い表紙のシックなデザインでした。
小橋玲子って、たしか、今でもある佐久間の三角形のイチゴで中味がミルク味の飴のCMやっていたと思います。
解散後のベスト盤「タイガース物語」の予約特典のEPは、33回転7インチにLPサイズのレーベルで、タイガースの写真が貼ってありました。
収録されているのは、当時は、未発表だった「夢のファンタジア(この曲は、チョコのおまけのピクチャーシングル収録)」「白いブーツの女の子」「愛するアニタ」「Lovin'Life(ハーイ ロンドンで歌っている)」でした。これらは、レジェンド・オブ・タイガースのCDに収録されていますね。
P.S.
小橋玲子がCMしていたのは、サクマのいちごミルクでした。
主宰者から
1999.06.28
早速、トッポ関連の情報を色々とお寄せいただき、ありがとうございます。
「解散後のベスト盤『タイガース物語』の予約特典のEP」につきましては、私がHitomiさん宛の私信メールの中でお尋ねしたもので、私が「タイガース物語」(LP2枚組2セットの大型ベスト盤)を購入したのは、発売後かなり時間がたってからだったため、そういう予約特典EPがあることさえ、知りませんでした。
音源としては、全部、結果的に、レジェンド・オブ・ザ・タイガースに収録されているものだったようですので、参考にさせていただこうと思います。
どうも、ありがとうございました。


ANさん(女性)
1999.06.27 … 初めてメールさせて頂きます(タイガース+トッポのソロ作品)
初めまして。
HP拝見させていただきました。
私は、今、21才なのですが、今年に入ってから、GSにハマりだして、特にタイガースが、本当に大好きです。
CD,7inch,12inch,どんどこ集めています。
周りでタイガース好きな友達は、やっぱりいないので、興味は走る一方なのに、なかなか情報を得ることができなくて、お母さんに当時のことをしつこく聞いたり、このまえ、CS放送でやった「華やかなる招待」と「ハーイ!ロンドン」を毎日のように、うれしくって観たりしています。
そして、今日、初めて、HPを見させて頂いて、ピクチャーレコードのことや、絶対見ることができなかったチラシなど、目にすることができて、とっても感激しています!
私は、タイガースの中でも、特に、トッポの声のやわらかさ、歌い方が大好きで、今、トッポのソロ作品を、渋谷・新宿・下北沢・お茶ノ水など、懸命になって探しにレコード屋さんをまわっているのですが、どうしても見つかりません。
ソロ作品は、5年前位にCDで再発されたということで、CD屋さんで店員さんに聞いて、調べてもらったものの、廃盤とのことでした。(なので、とりあえず、URCのコンピレーションにライブ盤が3曲入っていたので、購入しました。)
トッポのタイガース後のソロ作品というのは、当時、どのような評価をされていたんですか?
セールス的には、今イチだったのでしょうか?
それとも、すごくレア盤として扱れてる為に、なかなか中古屋さんでも、お目にかかれない・・・ということなのでしょうか?
なんでもよいので、なにか教えて頂けると、大変有り難いです。
よろしくお願い致します。
HP作り、とても大変でしょうが、私には、涙ちょちょぎれる位に嬉しくって、お勉強になるお話が満載なので、これからもマイペースに頑張ってください。
それでは!
★☆A.N.☆★
主宰者から
1999.06.27
ホームページを作らせていただいている目的の一つに、ちょっと大げさですが、60年代の生活や文化を若い世代の皆さんにも知っていただきたいということもありますので、Nさんのような若い方から、こういうメールをいただき、本当に、主宰者冥利につきると申しましょうか、嬉しく思っております。
さて、お尋ねのトッポのソロ作品の件ですが、私も、ずっと探しておりますが、まだ、入手できておりません。
トッポのアルバムとしては、「パリ1969」、「1971花」、「PARISU」などが発売されているはずですが、残念ながら、私も、見たことがありません。
ただ、荒井由実の作曲家としてのデビュー作品として余りにも有名な「愛は突然に…」[作詞・加橋かつみ、作曲・荒井由実](「1971花」に収録)は、3年ほど前にソニー・ミュージック・エンターテインメントから発売されたCD「『いちご白書』をもう一度〜荒井由美作品集」に収録されています。
私が持っているトッポのソロ作品に関する情報は、この程度のものですが、頂いたEメールを「お便りコーナー」で紹介させていただこうと思っておりますので、また、詳しい方から情報をお寄せいただけるのではないかと思います。
…ということで、「お母さんに当時のことをしつこく聞いたり」という辺りに引っ掛かりを感じたりもしないでもありませんが、本当に若い若いタイガース・ファンから、嬉しいメールを頂戴したわけでありますので、どうか、皆様、トッポのソロ作品をはじめ、色々な情報をお寄せ下さいますよう、改めて、お願い申し上げます。
よろしくお願いします。


千葉県市川市・HMさん(男性)
1999.06.27 … ご無沙汰してます(「タイガースのテーマ」+アドベンチャー+レーシングカー+「悪魔のようなあいつ」)
市川のMです。
鈴木さん、お元気でしょうか?
毎日、ザ・タイガースの話題、楽しく拝見させていただいています。
メールを出そうとチャンスをうかがって(?)おりましたところ、昨日の「ザ・タイガース・シングル盤・ディスコグラフィ/番外編
PART1/明治製菓のCM・その2」において、 “世界はボクらを待っている”−“ぼくら村の少年”ー“なかよし”ー“小橋礼子”・・・」と連発された文章を見て、これぞチャンス到来とばかりにメールを出させていただいたわけであります(笑)。
ところで、一つ質問なのですが、昔タイガースがステージ(?)で、“モンキースのテーマ”の歌詞を変えて、“タイガースのテーマ”として歌っていたと記憶しているのですが、この曲は、何らかの形でレコーディングされたのでしょうか?
ぜひ、聞いてみたいもものですが…。
また、MNさんが言っておられた六本木のアドベンチャーで毎週演奏されているというヴェンチャーズ(なんかこだわってしまいますが・・)
・GS・オールディーズを見に行かれることが近い将来ありましたら、ぜひお誘いください。
何年か前まで、よく六本木のケネディ・ハウス」というところで、ワイルド・ワンズのステージを見ておりましたのでたまにはその手のものを聞いてみたいものだと思ってしまいました。
ところで、お願いがあるのですが、鈴木さんのHPの「60年代のおもちゃ」の中のレーシングカーの特集をぜひ私のHPの企画ページ「THE
LEGEND OF HOMECIRCUIT」の中でリンクを貼らせて頂きたく思うのですが、いかがでしょうか?
http://www.ne.jp/asahi/60srace/models/HomeCircuit1
では、よろしくお願いいたします。
P.S.
そういえば、ジュリーの主演したTVドラマ「悪魔のようなあいつ」でのジュリーのコスチューム(ハットにぼろぼろジーンズ、そしてサスペンダー)を、よく真似していたことを、ふと、思い出しました。大学時代のことでしたが…。
主宰者から
1999.06.27
こちらこそ、ご無沙汰してしまい、申し訳ございません。
相変わらず、仕事が忙しいのと、「60年代通信」のデータ更新も、ページ毎の作りが重くなる一方で、なかなか、メニューの幅をあまり広げることが出来ずに、ジレンマに陥っているような感じです。
でも、やっぱり、GSも、私にとっては、「60年代通信」的には、大変に重要なテーマですし、そのGSを象徴するタイガースについては、おろそかな扱いは出来ないと思っておりますので、こういう展開については、皆さんのご理解をいただければと思う次第です。
お尋ねの、「タイガースのテーマ」ですが、タイガースの初めてのLPである「オン・ザ・ステージ」で、当時の、生々しい音を聞くこともできますし、最近、ちょっと話題にさせていただいた「レジェンド・オブ・ザ・タイガース」の中にも、スタジオ録音バージョンが収録されています。
それから、六本木のアドベンチャーは、私も、是非、一度、行ってみようと思っております。今月から第4土曜日に安西マリアが出演するということですので、できれば、7月か8月くらいに行ってみたいところです。
安西マリアに拘らず、My・Rice Girlsも見てみたいので、もっと、早いタイミングで、My・Rice
Girlsを見に行くというようなパターンでもいいかもしれません。
以前は、ゴールデンカップスのデイブ平尾さんのお店で六本木にある「ゴールデンカップ」に、よく行っておりましたが、また、GS系のライブハウスにも行ってみたいと思います。
それから、リンクの件ですが、リンクは基本的に大歓迎ですので、どうぞ、リンクをお張りになってください。
よろしくお願いします。


KNさん(男性)
1999.06.27 … ナポレオン・ソロはよく見てた
「アンクルから来た男」は好きでした。
そのあと、あまり人気はなかったようですが、「アンクルから来た女」というのもあった様に記憶してます。
女優は誰だったか忘れましたが、相手の男優はイギリスの名優「レックス・ハリスン」の息子の「ノエル・ハリスン」でした。
彼は、あとで、「スティーブ・マックイーン」主演の映画、「華麗なる賭け」の主題歌「風のささやき」を歌ってます。
とってもいい曲で、17cmシングルを買いました。
主宰者から
1999.06.27
「ナポレオン・ソロ」は、まだ、SWさんからお送りいただいた画像をアップさせていただき、それに関連して皆様から頂いたメールをアップさせていただいているだけですが、何れ、「60年代のテレビ」のコーナーで、きちんと取り上げさせていただこうと思っておりますので、よろしくお願いします。
どうも、ありがとうございました。


稲葉小僧さん(男性)
1999.06.26 … まだまだ長野に滞在中・・
お久しぶりになってしまいました。
インターネットカフェの場合、メイル発信が規制されている物もあるようです(で、先週は、hpは見られたのですが、メイルを送ることができませんでした)。
いやぁ、ご繁盛で何よりです(^.^)
私はと申しますと、まだまだ桑名には帰れそうにもなく、おまけに、休みは待機人員に組み込まれてしまって、一時帰郷も無理になりました・・
ま、稼げるから良いか!と割り切っていますが^_^;
そう言えば、長野市内で、とてもマニアックな古本屋を見つけました。
虫コミックスや古い雑誌などを置いてあるのですが、やはりというか何というか、御値段のほうが・・数1000円の値段ではねぇ・・
波長が合うのか、私が話し掛けると店長さんも気さくに応えてくれて・・
やはり「古本を売ってください!」って話になってしまいましたが^_^;(で、私としても「売ったり処分できるくらいなら、本のタメに家は建てません!」との決め台詞を放ちまして・・^_^;)
最終的に、店にあった早川sf全集を一冊、200円で買ってきました(この値段も凄いけどね(^.^))
面白い生活だけど、やはり端末の無い生活はツライです・・
長野より稲葉小僧
ps、前述のような理由で、メールは、こちらからの送信のみになります。返信は、ありがたいのですが読む(受ける)手段がありません・・あしからず・・
主宰者から
1999.06.26
出張先から、たびたび、メールをお送りいただき、ありがとうございます。
「古い雑誌」というのは、どの辺りが置いてあるのでしょうか。
インターネットカフェというくらいですから、メールの受信も出来るようにしてくれたらいいのにと思いますが、そういうわけにもいかないのでありましょうか。
何れにしても、引き続き、お体に気をつけて、頑張ってください。


HOさん(男性)
1999.06.25 … Re: Re: 初めまして(ジャッキードラムの分析)
鈴木様
キーボードが苦手ですが、なんとか頑張ってみます。
ジャッキーさんにインターネットの件を問い合わせたところ、見ていないとの返事でしたので、プリントアウトして郵送しました。
A4の用紙50枚近くになりました。
ジャッキードラムに関する分析は、小学校の時からすでに行っており、もし、キーボードが打てるのでしたら、おもしろい話が提供できるのですが。
悔しい気さえします。
主宰者から
1999.06.25
本当に、苦手なキーボードに何度も向かっていただき、恐縮です。
ジャッキーさんは、あまり、細かいことに頓着されない方でいらっしゃるようですので、きっと、お忘れになっていらっしゃるのかもしれませんが、「驚きももの木20世紀」の事前取材の際に、担当ディレクターのIさんが「60年代通信」のブルコメ特集をプリントアウトされ、ご覧になっていただいていたように記憶しております。
何れにしても、わざわざ大部のプリントアウトを送付していただき、恐縮しております。
どうも、ありがとうございました。


主宰者から
1999.06.25 … 昨日(1999年6月24日)付のHitomiさんからのメールへの返事の続き(ジャガーズ+ブルコメ+黒沢進さん+スパイダース)
それから、昨日、以前ツタヤで借りてきたジャガーズのCDのライナーをコピーしておいたものが見つかり、大森眸のお名前でお書きになられていた解説文を拝見しました。
以前も、どこかで書かせていただきましたが、ジャガーズがカバーした「キサナドゥーの伝説」のオリジナル盤であるデイブ・ディー・グループのシングルは、私が初めて自分で買った外国グループのシングル盤でしたけれども、私は、基本的に、当時の、外国グループの状況などは、あまり知りませんので、ただただ、感心して読ませていただきました。
黒沢進大先生との対抗ページで解説が掲載されているので、ビックリした次第です。
ジャガーズが「ブルーシャトー」と「北国の二人」をカバーしていることについて、「後にブルコメ同様ムード歌謡に傾斜してゆくジャガーズの一面を示唆しているようだ」とお書きになっていらっしゃいますが、「さよならのあとで」の直後に出た「恋人たちにブルースを」を聞いたとき、私も、ジャガーズはモロにブルコメの路線をフォローしてきている感じだなという印象を持った記憶があります。
Hitomiさんもご存じかと思いますが、それ以前に出た「マドモアゼル・ブルース」も、橋本淳さんがブルコメと一緒にヨーロッパを旅行した際の取材をもとに、当初は、黒沢進さんが評価して下さっている数少ないブルコメのLPである「ヨーロッパのブルーコメッツ」の中で使うことを前提に書かれたもので、直前になって、採用が見送られ、ジャガーズのナンバーとして筒美京平さんが曲を作られたというような経緯だったと記憶しております。
ところで、黒沢進さんは、GS研究の同人誌のようなものを出されていた頃から、色々と読ませていただき、勉強させてもらった方ですので、もし、お会いする機会がおありになるようであれば、一面識もない方ではいらっしゃいますが、よろしくお伝えください。
先日、発行されたばかりの『ロック・クロニクル・ジャパン』(音楽出版社)を読んでおりましたら、「日本語のロックの礎を築いたGSの革新性【グループサウンズの時代】」というコラムで、黒沢進さんが「やっぱり日本のロック史を語るなら、少なくともスパイダース、それも66年のファースト・アルバムあたりから語るのが筋じゃないの」という持論を改めて展開されており、「そうだ、そうだ」と一人頷いている次第であります。


Hitomiさん(女性)
1999.06.24 … タイガース(ピクチャーレコードの広告)
こんにちは。
タイガース、もりあがっていますね。
ピクチャーレコードの広告を送ります。(たしか これはまだお送りしてなかったと思うのですが・・・)
主宰者から
1999.06.24
貴重な画像をありがとうございます。
ピクチャーレコードそのものの画像は、先日、むむむさんからお送りいただいておりますし、Hitomiさんからも、ピクチャーレコードの別バージョンの広告はお送りいただいておりますが、確かに、ピクチャーレコードのこのバージョンの広告は、まだ、紹介させていただいておりませんでした。
やはり、この広告でも、対象商品の代表格は、「デラックス」といった印象が強いものになっております。


宮城県仙台市・NOさん(女性)
1999.06.23 … タイガース(ティーンルック+明治のCM)
メール、ありがとうございます。
レジェンド・・・に入っているのは最後のものですね。
その前の2回分(最初のはサリーのが無いんですが、そのうち絶対探します)と、ティーンルック・明治などのCMのビデオもありますよ。
あと、映画にも、結構、明治が・・・面白いです。
ところで、タイガースのファンなんですか?
私はみのるさんの大ファンです!
では。
主宰者から
1999.06.23
私は、ブルコメのファンクラブに入っていた狂信的ブルコメ・ファンではありましたが、同時に、いわゆるGS大好き少年でありましたので、タイガースやスパイダースなどは、ステージも見に行きましたし、レコードもそれなりに持っておりました。
いただいたEメールでお書きになられていた「ティーンルック・明治などのCMのビデオ」というのは、何としても、拝見させていただければと思っております。
…ということで、是非とも、NOさんのご協力をいただき、懐かしいCMなどを紹介させていただくことができればと考えています。
NOさん、よろしくお願いします。
皆様も、お楽しみに!!


MNさん(男性)
1999.06.23 … アドベンチャーに安西マリアが出演
今月から、第四土曜日は、安西マリアがゲストでアドベンチャーに出演します。
第四土曜日は、午後8時30分頃からで、5000円です。
一度お越しください。
ただし、土曜日は私はいませんが、会員制のため、入るには、My・Rice Girlsの並木稔の知り合いと伝えれば入れます。


主宰者から
1999.06.23
「60年代通信」をご覧の皆様は、先刻、ご承知のことかと思いますが、安西マリアと言えば、和製ポップス時代の幕を開けたエミージャクソンの「涙の太陽」をリバイバル・ヒットさせ、1973(昭和48)年度の日本レコード大賞の新人賞に輝いた歌手であります。
私も、時間とお金があれば、是非、一度、おうかがいしてみたいと思います。


YMさん(男性)
1999.06.22 … RE: 青春の河
鈴木様
有難う御座居ます。
グレン・コーベット、テッド・ヘッセル、二人とも思い出しました。
間違い無くこの番組です。
昭和40年だったのですね。13歳でした。
大変、懐かしく思います。
懐かしついでに恐縮ですが、同じ年代に高崎一郎が森永製菓提供で、民放ラジオで今週のベストテンの司会をしていました。
私が、今でも、一番好きな曲で、BOBY MARTINのDON’T FORGET I STILL LOVE YOU(邦題 死ぬまで変わらぬ愛)がベストテンの3位程度まで上がりました。
勿論、米国でも、BILLBOARDかCASH BOXの10位ぐらいだったと思います。
この曲及び、この歌手(女性歌手で、多分元々はカントリーの歌手と思います)に関する情報が有れば、御知らせ下さい。
この曲は私の青春の一ページです。
主宰者から
1999.06.22 … 祝さ〜ん、お元気ですか?
「青春の河」については、私のリアルタイムの記憶がなくて、すみませんでした。
改めてお尋ねの、ボビー・マーチンも、名前くらいは知っておりますが、歌手や曲に関する情報までは、自分の知識としては、持ち合わせておりません。
あの頃の米国のドラマや歌に詳しそうな方も、「お便りコーナー」の常連の皆さんの中には、何人かいらっしゃるかと思いますので、また、どなたかから、情報をいただけるかもしれません。
とりわけ、祝進さん、しばらく、メールを頂戴しておりませんが、お元気でいらっしゃいますでしょうか。
「60年代通信」では5月24日のメール以来、お声をお聞かせいただいておりませんし、Mさんの掲示板でも、6月8日の書き込みが最後でいらっしゃるようですが…。
また、祝さんからメールをいただけるのをお待ちしておりますので、よろしくお願いします。


静岡県富士市・HOさん(男性)
1999.06.22 … Re: 初めまして(ジャッキー・ドラム)
鈴木様
さっそくのご返事ありがとうございました。
私はあまりEメールが得意では無く、キーボードをうつ事に面倒な部分を感じており、苦手のぶるいになりますので、長いメールは書けませんが、ジャッキーさんとは個人的におつきあいをさせてもらっています。
今でも、バンドを組んでドラムを叩いてますが、その影響を与えたその人が、ジャッキーさんだったのです。
ジャッキードラムの追求は、かなりやりましたよ。
お返事待っています。
主宰者から
1999.06.22
キーボートが苦手でいらっしゃるそうで、何か、誠にご無理な返事を差し上げてしまったことになってしまい、重ねまして、申し訳ございません。
もし、東京にいらっしゃるようなことがございましたら、ご連絡をいただき、是非、一度、お会いしてお話をお伺いできればと思います。
私も、昨年の秋に、テレビ朝日の「驚きももの木20世紀」の取材に同行させていただき、ジャッキーさんに、直接、お話をお伺いすることができました。
その際には、基本的にテレビの取材だったので、あまり、十分にお話をお聞かせいただくことができなかったので、後日、一度、お会いする約束をさせていただいたのですが、ちょうど、私が風邪をひいて寝込んでしまったり、ジャッキーさんも急用が入ったりして、結局、お会いすることができないままになっております。
また、連絡をさせていただいて、何とか、お時間を頂戴できないかなと考えております。
それは、ともかく、ジャッキーさんに影響されて、ドラムをお始めになり、今でもバンドを組まれていらっしゃるということですが、やはり、ブルコメの曲なんかをカバーされていらっしゃるのでしょうか。
私は、幸いなことに、ここ5〜6年の間に、たまたま、新しいジャッキー吉川とブルーコメッツのライブを2回ほど見る機会に恵まれ、どちらのステージでも、ブルコメの曲と一緒に、50年代のロックンロール・ナンバーが中心の構成に、ジャッキーさんという方は、基本的に、8ビートのロックンローラーなのかなと思ったりしている次第です。
ご本人は、ジャズから入ってこられた方だと理解しておりますので、其の辺のお話もお伺いしてみたいと思ったりしています。
大石さんは、やはり、8ビートのドラマーとしてのジャッキー・ドラムを追求されていらっしゃったということでしょうか。
すいません、長いメールになってきておりますので、この辺で、取り敢えず、やめておきます。
また、よろしくお願いいたします。


主宰者から
1999.06.21 …テレビドラマ「青春の河」
今月6日付のメールと8日付のメールでYMさんからお尋ねのあったテレビドラマ「青春の河」につきまして、情報が確認できましたので、お知らせいたします。
『アメリカTV映画ハンドブック』(洋販新書、1982年)では、次のように紹介されております。
1965(昭和40)年1月〜 フジテレビ 「青春の河」 It's a Man's
World は、静かな地方都市を舞台に、ハウスボートで共同生活をする3人の大学生が主役の青春コメディー。主演はグレン・コーベット、テッド・ヘッセル、ランディー・ブーン。62〜63年、NBC放映。
ということで、YMさんのご記憶と2年ほど、ズレがありますが、如何でしょうか。
ちなみに、手元にあります朝日新聞の昭和41年1月と4月のテレビ番組欄のコピーで確認したところ、全ての曜日を見てみましたが、「青春の河」という番組は見当たりませんでした。
したがいまして、昭和40年の3月から放送が始まり、年内いっぱいで終了したものと思われます。
以上、誠に簡単ではありますが、ご報告でありました。
よろしくお願いします。