読者の皆様から
「60年代通信」にいただいた
暖かい励ましのお便り
 16



“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


「読者の皆様からの暖かい励ましのお便りコーナー」
バックナンバーの目次はこちら


「60年代通信」トップページはこちら


その1(1997年4月〜1998年3月)
その2(1998年4月〜1998年6月)
その3(1998年7月〜1998年9月)
その4(1998年10月)
その5(1998年11月〜12月)
その6(1999年1月)
その7(1999年2月 1日〜15日)
その8(1999年2月16日〜28日)
その9(1999年3月 1日〜10日)
その10(1999年3月11日〜20日)
その11(1999年3月21日〜31日)
その12(1999年4月1日〜10日)
その13(1999年4月11日〜20日)
その14(1999年4月21日〜30日)
その15(1999年5月1日〜10日)
その16(1999年5月11日〜20日):このページ
その17(1999年5月21日〜)
「60年代の謎」:お便りの疑問コーナー


 このページは、皆様から、「60年代通信」宛てに頂戴したEメールを紹介させていただくコーナーです。
 いただいたEメールは、誹謗・中傷やそれに類するもの、あるいは、公序良俗に反するものでない限り、基本的に、原文のまま、掲載させていただく方針ですが、用字用語の修正をさせていただく場合があるほか、お名前は、イニシャルあるいはペンネームに代えさせていただいておりますので、ご了承いただければと思います。
 頂いたEメールの掲載について、ご意見、ご希望のある方は、ご遠慮なくお申し出ください。
 皆様から頂戴するEメールだけが、シコシコと家庭内手工業でページを作っている主宰者の唯一の励みとなっておりますので、異論・反論・ご批判など、何でも結構ですので、よろしくお願いいたします。





千葉県市川市・Mさん(40代男性) 1999.05.19
  … 面白いホームページを見つけました

東京都世田谷区・GNさん(30代男性) 1999.05.18
  … 名古屋CMばんざい!

まんねんはじめ さん(男性)1999.05.18
  … アンクルトリス

千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.05.18
  … がんばってください!!

K.Nあんくるさん(男性) 1999.05.17
  … 70年代の?忍者アニメ

HFさん(男性) 1999.05.17
  … 再び「スパイキャッチャーJ3」

主宰者から 1999.05.16
  …突然ですが、言い訳です

大分県・YMさん(男性) 1999.05.15
  … 続「水中モーター」

YMさん(男性) 1999.05.15

  … 感激しました

長崎県長崎市・penさん(40代男性) 1999.05.15
  … はじめまして

宮城県仙台市・伊達男さん(40代・男性)
  … ハチハニーの歌について

HIさん(女性) 1999.05.15
  … ゆかいな宇宙人

Kさん(男性) 1999.05.14
  
… はじめまして(ホンダドリームCB750+水中モーター)

kanokoさん(女性) 1999.05.14
  … はじめまして(70年代[?]の忍者アニメ)

Tさん 1999.05.13
  … ファミリー劇場からお知らせ

祝進 さん(男性) 1999.05.13
  … 慕情のワルツ(+ブルコメのCMソング「ハチ・ハニー」)

SWさん(男性) 1999.05.13
  … 「影丸シール」と「鉄人ワッペンとマジックプリント」+「サンデーシール」

千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.05.12
  … 時代の徒花だった「ローラーゲーム」!

東京都文京区・TSさん(女性) 1999.05.12
  … 清美さま。すごいことになってますねぇ

kem81さん 1999.05.12
  … プラモデルカタログ

東京都世田谷区・HSさん(男性) 1999.05.11
  … 「鉄人28号」のおまけについて

大分のホセ・ヤコピさん(男性) 1999.05.11
  … はじめてお便りします(橋幸夫さんの曲について)






千葉県市川市・Mさん(40代男性) 1999.05.19 … 面白いホームページを見つけました

 鈴木さんへ。
 Mです。
 お仕事ご苦労様です。
 ところで、おもしろいHPを見つけましたので鈴木さんが、興味を持たれるかどうか分かりませんが、暇があるときにご覧になってください。
 気分転換になるかもしれません。
   http://www01.u-page.so-net.ne.jp/jb3/nebusoku/
 私は、1度立ち寄って、メールを出しただけですが、独特の感じのするHPでした。
 では、また。

主宰者から 1999.05.19

 早速、覗かせていただきました。
 なかなか、強烈で個性的なHPでした。
 後日、正式にリンクのお願いをさせていただこうと思います。
 どうも、ありがとうございました。



東京都世田谷区・GNさん(30代男性) 1999.05.18 … 名古屋CMばんざい!

 突然ですが、稲葉小僧さんセサミさん、名古屋CM情報ありがとうございます。
 わたくし、名古屋で1960年代後半を生きてきた30代男です(主催者さんの元同僚)。
 まず、「名古屋牛乳」のCMソングですが、うろ覚えの部分も解決できて嬉しい限りです。あのファンキーなハスキーボイスは印象的でした。
 ところで、CMの映像を覚えてらっしゃいますか?
 私の記憶しているのは、アニメではなく実写で「テトラパックの名古屋牛乳が下町風住宅地の上を飛び回り、子供達がそれを追いかける」というものだったような気がするのですが、実際はどうだったのでしょう?
 ウルトラQ(最終回)の「あけてくれ」で電車が空を飛ぶシーンとともに、私の「不思議もの好き指向」に決定的な影響を与えた映像なのです。
 そして、「マルアイハナカツオ」。
 そうそうそう、と思わず膝をボンゴのごとく叩きまくってしまいました。
 確か、もじゃもじゃ頭の「アメリカ帰りのおばさん」は、丸っこい飛行機で「ぼく」の家までやってくるんですよね。これはアニメでした。
 いまだに名古屋の妹たちと話をするときは、「たっぷり」をわざと「タッポゥ〜リ」と発音したりしてますよ。
 昔懐かしの歌やCMソングはときどきCDになりますけど、映像はなかなか残っていませんね。
 名古屋で有名な「いらんものは米兵に売ろ〜」は、清水義範編「笑説・大名古屋語辞典」というCD-ROMで音と映像を確認できます。
 「ハヤシもあるでよ〜」のオリエンタルのスナックカレーは全国区だったのか、東芝EMI「懐かしのCMソング1966〜1973」に完全版が録音されてます。
 「にくややしゃあがいっぴゃあひゃあっとるでよ〜(肉や野菜がいっぱい入っとるでよ)」のフレーズでは、名古屋弁特有の「ア」と「エ」の中間母音を堪能できます。
 ということで、ローカルネタ失礼いたしました。

主宰者から 1999.05.18

 そうなんです、Nさんも、先日、EメールをいただいたSさんと同じように、この「60年代通信」を立ち上げたばかりの頃から、非力な主宰者を励ましてくださったきている方でいらっしゃいます。
 本当に、ありがとうございます。
 さて、オリエンタル・スナックカレーは、そのローカル色の豊かさ故に、地元の皆さんには、全国放送ではなく、ローカル限定の放送と思われるほどだったようでありますが、逆に、その強烈なローカル色によって、全国的に認知されるにいたったCMでありました。私も大好きだったCMで、まだ、ビデオもなかった頃、カセット・テープレコーダーに、その音だけを録ったほどでした。Nさんがおっしゃっている「懐かしのCMソング1966〜1973」などというCDが発売されなければ、貴重なテープとなるはずだったのに…と、今でも、思ったりしています。
 ところで、名古屋の皆さんが、ローカルCMと勘違いされるということは、オリエンタル・カレーというのは東海地方の地場企業だったのでしょうか。
 私は、昭和30年代に、「ローン・レンジャー」か何かのスポンサーだった頃のオリエンタル・カレーのCMソングも大好きでした。
  懐かしい〜 懐かしい〜い あのぉリィズ〜ム
  エキゾチックな あの香り〜
  (中略)
  オ〜リィエンタル カレ〜(チャカチャカチャカチャンチャカチャン←後奏です)
 コブシが回りまくる歌い方と、何ともいえない不思議なメロディー、オリエンタル・カレーのキャラクターの人形が画面に出てきたCMを、できるものなら、もう一度、是非、見てみたいものだと思います。
 現在、ホノルルにいるため、手元に資料が一切ありませんので、調べることもできませんが、このオリエンタル・カレーという会社は、現在、どうなっているのか、どなたか、ご存じの方がいらっしゃら、ご教示いただけませんでしょうか。
 以前も、どこかで書かせていただいた通り、数年前に、会社の同僚とキャンプに行った時、たしか、甲府の郊外のヤオハンで、当時のパッケージのままのオリエンタル・カレーを発見して、喜び勇んで購入し、キャンプでは使わず、そのまま持ち帰ってきたのに、どこにしまってしまったのか分からなくなっております。
 私にとっては、60年代から90年代に至る現在まで、オリエンタル・カレーというのは極めてミステリアスな存在なのであります。



まんねんはじめ さん(男性) 1999.05.18 … アンクルトリス

 おひさしぶりです。
 アンクルトリスHP見させていただきました。
 私もアンクルトリスは以前から注目していました。文章の方も細かい情報がたくさんあって私もずいぶん参考にさせて頂きました。
 現在、CM大辞典なる物を個人的に製作しておりますので、解らない事などはこちらのページを参考にさせて頂きたいと思っております。
 私は68年生まれなので、CM作品の出来不出来は何とかできるものの、時代背景は不明な部分が多いので、これからの更新も期待しております。
 それと、いつも見させていただいてるだけなので、宜しければアンクルトリスの白黒画像があるので御協力させていただければと思っておりますので、宜しければ御連絡ください。
 メールに張りつけてお送りしますのでm(__)m
 それでは、また、今後の活躍を期待させていただきます。
PS
 もし宜しければ名前を出して頂いても結構です。

主宰者から 1999.05.18

 ということで、この「お便りコーナー」では初めて、お名前をフルネームでご紹介させていただくことになりました。
 基本的には、イニシャルかペンネームで匿名性を高くしておいた方が、皆さんにも、気軽にEメールをお送りいただけるのではないかと、主宰者なりの気配りというか思惑もあるわけですけれども、このページの冒頭でも、「Eメールの掲載について、ご意見、ご希望のある方は、ご遠慮なくお申し出ください」と書かせていただいていることでもありますし、Katohさんのご意向に沿えればと思い、お名前を出させていただきました。
 アンクルトリスの白黒画像も、せっかくのお申し出ですので、お言葉に甘えさせていただこうと思います。
 よろしくお願いいたします。
 …ということでありましたが、ご本人の希望により、6月17日に「まんねんはじめ」さんに改めさせていただきました。



千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.05.18 … がんばってください!!

 市川のMです。
 鈴木さん、珍しくHPの更新が行われていないのでどうしたのかと思ったら、海外出張だったのですね。
 私も鈴木さんほどではないですが、以前の会社で海外出張があり、BOOKING等で1日2〜3時間しか眠れないことがありましたが、それは、20代の頃のことですからなんなく出来たことでした
 。一つのことに集中することでも大変なことなのですから、どうか不満でしょうが、HPの方はほどほどにして仕事に集中することをお勧めいたします。
 頭を切り替えないと、以前私がなった自律神経失調症になってしまう恐れがありますから、気をつけてください。
 ちなみに、自律神経出張症?にも気をつけてください!?
 では、頑張ってください。

主宰者から 1999.05.19

 すみません、このメールは、私がデータ更新の際、取り込み損ねてしまい、ほぼ2日遅れでのアップとなりました。
 Mさん、申し訳ございません。
 本当に、いつも、色々とご心配、お気使いをいただき、恐縮です。
 ちなみに、自律神経失調症の方は、3年ほど前に、担当業務が変わった際に、3日間で2度も救急車に乗せられるハメになりまして、経験済みであります。
 仕事の方も、ほどほどに(?)、頑張ろうと思います。
 どうも、ありがとうございました。

K.Nあんくるさん(男性) 1999.05.17 … 70年代の?忍者アニメ

 「少年忍者風のフジ丸」(1964年)、「花のピュンピュン丸」(1967年)、「サスケ」(1968年)、「忍風カムイ外伝」(1969年)、「花のピュンピュン丸」(1969年)、「科学忍者隊ガッチャマン」(1972年)、で、一気に飛んで、「忍者ハットリくん」(1981年)、「忍者マン一平」(1982年)などといったところでしょうか。【主宰者注:以上は、5月14日付で紹介させていただいたkanokoさんからのメールへの私のコメントからの引用です】
 K.Nあんくるです。
 '64生まれの私はこのリストの始めと最後を除いて、全て見た記憶がある(再放送?)ので、とりあえずお答えします。
 多数の忍者というと特撮の「忍者部隊月光」が一番浮かぶ(味方が多数なので)し、特撮なら他にも「赤影」「嵐」「ライオン丸」等があり、そこらだと敵方が、大抵ショッカーのように集団で出てくる忍者なのですが。
 一番可能性が高いのは「サスケ」、もしかしたら「カムイ外伝」ではないかと思います。
 集団忍者ということから、まずシリアス系と推測します。
 そうなると、「花のピュンピュン丸」は「キービシー!(財津一朗風)」の、「忍者ハットリ君」は「ニンニン!」のギャグアニメですからまずハズレ。
 「忍者マン一平」は見てませんが、♪〜ニンニン忍者忍者マン、忍者小学校♪っていう歌詞を聞いた記憶がありますので、まあ、忍タマみたいなものだったと思います。
 忍者学園モノとしては、このリスト以降の有名どころとしては、「さすがの猿飛」もありますが、これはいくらなんでも新しいのでは?
 「ガッチャマン」は「忍装束」じゃありません。
 で、「サスケ」か「カムイ」ですけど、「サスケ」はなんたって「影分身」しますし、忍者の里的な描写が多いです。
 カムイは抜け忍なためか、私には集団戦闘の記憶がほとんどありません。
 大体が忍者ですから、あまり姿を見せないような? とはいっても、ここらのアニメは確かに見てるんですけど、筋の記憶がほとんどないので(結局格好いいシーンだけを楽しんでいた)、あまり自信はありませんが。
 では。  

主宰者から 1999.05.17

 先日も書かせていただいたように、私の場合、70年代に入ってからのアニメというのは、「天才バカボン」以外、ほとんど見ておりませんので、70年代のアニメについては、'55年生まれの私なんかより、'64年生まれのKNさんの方が、やはり、はるかに妥当な回答者でいらっしゃると思います。
 KNさん、どうも、ありがとうございました。



HFさん(男性) 1999.05.17 … 再び「スパイキャッチャーJ3」

 過日、CBSソニー版の「懐かしのテーマ大全集」を聴く機会がありました。
 これには、例の”スパイキャッチャーJ3の主題曲(歌がないというので)”が入っています。
 結論から申しますと、これは、ただ、オープニングの部分を採録しただけのようです。
 しかも、ナレーションから始まって、主題歌がはじまるところで、劇中の音楽(作曲:菊池俊輔)に変わっています。
 そして、さいごに台詞の部分になって終わります。
 もうひとつ、東芝EMI版で同様のものがありますが、これは完全に歌だけが収録されています。
 両方に入っている解説カードを見比べると、制作協力の音源提供で、東芝EMI版はポリドールがありますが、CBSソニー版にはありません。
 やはり、これは、以前書いたように、東芝EMI版はポリドーリから音源提供を受けたのに対して、CBSソニー版はなんらかの理由で音源の使用許可を手に入れることができなかったと思われます。
 そこで、オープニングの歌の部分を差し替えて、お茶を濁したのではないのでしょうか。
 やはり、この手のものは、こういうことが結構あるようです。
 また、その点を考えると、題名が「懐かしの”主題歌”大全集」ではなく、「懐かしの”テーマ”大全集」というのも微妙にミソのようです。

主宰者から 1999.05.17

 このHFさんのメールは、5月16日にいただいたものですが、16日付の「言い訳」でも書かせていただいたように、ほぼ、丸1日、インターネットの接続環境を奪われてしまう形となっていた上に、私が、日本とは19時間も時差のあるホノルルにいるため、紹介させていただくのが遅くなりました。ハワイ時間では、1日しか遅れていないことになっておりますが、日本時間でいうと、2日も遅れたことになります。
 HFさん、皆さん、ごめんなさい。



主宰者から 1999.05.16 … 突然ですが、言い訳です

 みなさん、今晩は。
 日曜日(16日)の夕方に成田を発って、現在、ハワイのホテルで、この文章を打ち込んでいます。
 実は、ハワイは日本と19時間も時差がありますので、こちらに着いてから、トップページの“60'sえれじい”を書かせていただいても、私的には、一応、日曜日中に更新が出来るというような腹づもりでいたのですが、私が、いつも利用している接続プロバイダーのアクセスポイントをチェックしてくるのを忘れたため、Nifty Serveからのインターネット接続にしようと思っていたところ、この機能は、ホノルルでは使えないことが判明し、CompuServe経由でNiftyからメールを送ったりして、アクセスポイントの電話番号を確認しているうちに、この言い訳のアップも遅れてしまいました。
 すでに、ホノルル時間でも、日曜日の夜10時半を回ろうとしております。
 ハワイへ向う飛行機の中では殆ど眠ることが出来ず、月曜日の未明(こちらの時間では、日曜日の朝)にホノルル国際空港に着き、そのまま、ホテルにチェックインし、今回の取材目的である会議のオリエンテーションを受けた後、会見や会議の開会式取材など、ハードなスケジュールが続き、もう、前後不覚状態に入りつつあります。
 この「お頼りコーナー」で紹介させていただかなければならないメールも頂いておりますし、トップページの“60'sえれじい”とも合わせ、データ更新を行いたいところですが、もう、自分が何をしているのか分からない状況になってきておりますので、とりあえず、ベッドに入らせていただくことにします。
 勝手な都合で、誠に恐縮ではありますが、何卒、ご了承いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。



大分県・YMさん(男性) 1999.05.15 … 続「水中モーター」

 大分のYMです。
 鈴木さん、体調は戻られましたか?
 私も脱サラしてから人間ドックに行ってないので、そろそろ体が心配になっているところです。
 さて、「水中モーター」は、意外と反応が大きく、うれしく思っています。
 そして、今日、久々に更新された「60年代通信」を見たら、Kさんという方が、今も玩具屋で売られているのを発見されたそうですね。
 報告が遅れたのですが、前回メールを出してから、玩具屋で聞いたら、やはり売られていると聞き、矢も楯もたまらず買ってしまいました。
 価格はなんと、280円でした。
 三十年前に200円だったものが、現在でも、この価格というのは、正直言って、驚きです。
 もちろん、三十年前ものとまったく同じものと言っていいでしょう。
 でも、ちょっとだけ違うところを発見しました。
 それは、
@台湾製である。MADE IN TAIWAN と書かれている。
A単体で買ったのだが、以前、プラモなどに付属していたのと同じ赤い胴体だった。
B電池のプラス極に接する金具(モーターの軸のカバーのような形で取り付けられている)の中央に、丸い穴があくようになった。
Cスイッチの役目をするモーターに付いた金具が角張ったものに変更されている。
Dこれが一番大きな点だが、品質が大幅に落ちている。というのは、電池ケースの中のスプリングが強すぎるために、スイッチを入れようとしてケースを回転させただけでケースがはずれることがある。また、単に置いておいただけで、ケースがパカンとはずれてしまった。さらに、舵の部分などに傷があるのに、そのまま出荷されている(ちなみに私は、そのスプリングを少し切って短くして使いました)。
 B、Cは品質向上のための変更でしょうが、Dはいただけません。
 まあ、この時代にこの価格なのですから、品質が落ちるのは致し方ないといったところでしょうか。
 電池の性能が向上したからか、推進力は以前よりも高いような気がします。
 「ええ! こんなに小さかったっけ?」と思ったのは、自分が大きくなったための錯覚でしょう。
 外箱にしつこく「安全な遊び方」を書いてあるのは、PL法に対処するためのものでしょう。
 デジカメで写真を撮って送れるといいのですが、残念ながらデジカメを持っていません。
 スキャナは持ってるのですが、ファックス兼用のため、薄いものしか取り込めません。
 まあ、機会があればお送りしたいと思ってます。

主宰者から 1999.05.15

 ご心配いただき、誠に恐縮です。
 体の不調は、精神的なものと、肉体的というか生理的なものと両方に起因しているようで、行きつ戻りつというところです。
 そちらも、お体だけは、十分に気をつけて、くれぐれも、ご自愛ください。
 さて、水中モーターの件ですが、いかにも技術系の方らしい、仔細なご報告をありがとうございます。
 私も、以前、書かせていただいたように、水中モーターには、特別の思い入れを持つ人間ですので、どうやら、全国的に、まだ、販売されているようでありますから、私も、何れ、購入して、私なりのレポートもさせていただこうと思いますが、また、何か、情報がありましたら、お知らせください。
 どうも、ありがとうございました。
(主宰者注:なんと、同じ日に、同じ九州にお住まいで、同じイニシャルの2人のYMさんからメールをいただきました。
 “続「水中モーター」”のSubjectでメールを頂戴した大分県のYMさんと、“「感激しました」”のSubjectでメールを頂戴したYMさんは、別々の方でいらっしゃいますので、よろしくお願いします)



YMさん(男性) 1999.05.15 … 感激しました

 インターネットを始めて半年余りですが、本日、偶然にこのホームページを発見し、大変懐かしく、また、いたく感動しているところです。
 私も昭和30年代の生まれのため、古き良き時代を思い出させていただき感謝しております。
 膨大な資料を収集し、ホームページに作り上げていくことには、多大な努力と時間、費用がかかることと思いますが、これからも読者を楽しませてくださいますようお願いします。
 とりあえずは、お礼まで。
(九州の片隅で応援しております。)


長崎県長崎市・penさん(40代男性) 1999.05.15 … はじめまして

 はじめまして、いつも見せていただいています。
 長崎に住む45歳、KHといいます。
 僕は、今時、珍しく、貸し本漫画屋をやっていますが、古い雑誌もいくらか残っています。
 デジタルカメラ持っていたら、色々HPにアップしたいところですが、ここを見て安心しきっています。
 Mさんのとこで、ここのことを書いたのはわたしです。
 いやはや、このサイトを発見した時は狂喜しました。ナショナルキッドと伊賀の影丸の大ファンです。
 HPで彼らの扮装で写真で出たりしています(笑)
 写真は友達に送って、アップしてもらったのです。
 なにから話していいやら、いやあ、楽しい世界ですねえ。
 僕、ナショナルキッドの仮面脱いだとこの写真メンコ持っていますよ。
 「隠密剣士」、CSでやってるんですか?ああ、見たいですねえ。
 またゆっくり、遊びに来ようと思います。
 春の夜は眠い。
 また、60年代の子供の頃を舞台にした「永遠の夏休み」という小説などもあります。
「永遠の夏休み」 http://www2s.biglobe.ne.jp/~hashimot/eien.htm
ナショナ・ルキッド http://www2s.biglobe.ne.jp/~hashimot/eien.htm
怪傑ハリマオ 1. http://www2s.biglobe.ne.jp/~hashimot/eien.htm
怪傑ハリマオ 2. http://www2s.biglobe.ne.jp/~hashimot/eien.htm
 こんな詩も書きました。
   空地少年
  アラーの使者は白い馬に乗って
  秋の枯れ葉に舞いながら走っていく
  空き地で野球をしてると
  スポーツマン金太郎とじゃじゃ馬くんがやって来た
  ぼくらも仲間に入れてよと
  ナガシマ君もやって来る
  ストップにいちゃんもポテト大将も
  コンドルキングはトランプで遊んでる
  みんな日が暮れるまで泥だらけになって
  さあ野球をしようぜ
  ボールはテニスボールさ
  グローブは手のひら
  まぼろし探偵のバイクが僕の家の前に捨てられていて
  雨に濡れだんだん錆びていった
  「やあ!」 バイクの音がしたかと思うと
  少年ジェットだ後ろに乗りなよ
  誰か追いかけて来るよ?
  「だれだ!」
  正義の味方 月光仮面だ!
  競走だ マッハ三四郎も追いかけて来た
  七色仮面が空き地を夕焼けの色に染め
  伊賀の影丸は山奥へ帰ってゆく
  風のフジ丸も帰ってゆく
  ぼくたちもみんな帰ろうとしていると
  夕焼けのそらをナショナルキッドが
  飛行機のように飛んでいった
MELODY 「恵一の世界」 http://www2s.biglobe.ne.jp/~hashimot/

主宰者から 1999.05.15

 Mさんの掲示板は、いつも拝見させていただいておりますし、「60年代通信」にも言及していただいておりましたから、本来であれば、こちらから先にご挨拶申し上げなければいけないところを、誠に失礼をいたしました。
 貸し本漫画屋さんをされていらっしゃるということですが、貸し本屋さんというのは、本当に懐かしい響きを持つ言葉です。
 私が小さい頃、近所には3軒の貸し本屋さんがあり、単行本の漫画版「少年ケニヤ」などは、何度も、繰り返し借りてきては読んだものでしたし、『少年』や『少年画報』、『冒険王』、『まんが王』などの月刊漫画雑誌は、私の小遣いでは買うことが出来ず、毎月、借りて、読んだものでした。
 『平凡』や『明星』の付録だったポスターや歌本などは、格安の値段で売っていて、時々、歌本だけ、買ったりしていました。
 東京に出てきた頃、昭和40年代の末ですが、私が住んでいた荻窪には、古本屋が数軒並んでいる通りに、1軒だけ貸し本屋さんがあり、とても、懐かしい気持ちがしたのを覚えています。
 でも、その貸し本屋さんも私が学生のうちに、店を閉めてしまわれ、とても残念に思ったものでした。
 考えてみると、貸し本屋さんというのは、駄菓子屋さんとともに、60年代に幼少期を過ごした人間にとっては、極めて重要な役割を果たしていた貴重な存在だったわけです。
 「60年代通信」でも、まだ、手付かずのままになっている「60年代の暮らし」のコーナーで、ぜひ、貸し本屋さんと駄菓子屋さんは取り上げさせていただきたいテーマでありますし、また、そうした折りには、現役の貸し本屋さんとして、色々とお話をお聞かせいただけると有難いと思います。



宮城県仙台市・伊達男さん(40代・男性) … ハチハニーの歌について

 はじめまして。
 1959年生まれのブルコメファンです。
 ハチハニーの歌のソノシートですが、昨年秋に中古レコード店で手に入れました。
 この曲は、番組名は忘れましたが、合同酒精がスポンサーになっていた歌番組のCMでよく聞きました。
 この件については泉麻人氏のエッセイでも触れられて居ます。
 ソノシートは見開き2ページになっていて、表紙は吉沢京子をスリムにしたようなモデルさんがハチハニーワインのボトルを持って微笑んでおり、タイトルは「ブルーコメッツハチハニーの歌」となっています。
 その裏は楽譜、右側はブルコメの写真と合同酒精からのメッセージ、裏表紙はハチハニーの広告という構成です。
 スキャナーがないので画像を送れなくてすみません。
 最後に歌詞をご紹介します。(草原の輝きに似た曲です)
  「ハチハニーの歌」
   (作詞 橋本淳  作曲 井上忠夫)
  ハニー ハニー ウーウー
  たそがれ色の湖で あなたが見つけた幸せは ハチハニーハチハニー
  ハニーワイン
  恋するあなたの涙のしずく ハニーハニーハチハニーワイン
  ハチハニーハチハニーハチハニー ハニーワイン
仙台市 伊達男より

主宰者から 1999.05.15

 私より若いブルコメ・ファンの方から、極めて貴重な情報をお知らせいただき、感激しております。
 メロディーを完全には思い出せませんが、確かに、軽快な曲だったことは記憶に残っていますから、あるいは、「草原の輝き」の習作として位置付けられるような曲だったのかもしれません。
 先日も書かせていただいたように、何れ、ブルコメ特集のページの中で、この「ハチハニー」のCMソングは取り上げさせていただこうと思っており、このCMソングを歌うことになったときにも、ちょっとした物議をかもした記憶も残っておりまして、その辺の経緯も含めて書かれていた『週刊平凡』の記事なども紹介させていただければと思っています。
 私も、東京の中古レコード屋さんは、色々と回っておりまして、昨年、子供のころに持っていて無くしてしまったコロンビアから出ていたソノシートは見つけましたが、ハチ・ハニーのソノシートは、まだ、見たことがありません。
 また、泉麻人さんが「ハチハニー」のCMソングに言及されている書名などもお教えいただけますでしょうか。
 よろしくお願いします。



HIさん(女性) 1999.05.15 … ゆかいな宇宙人

 こんにちは。
 海外の60年代ファンにたのまれて探しているものがあるのですが、ケロッグのコーンフレークで、66年ごろオマケにつけていた人形で「ゆかいな宇宙人」というシリーズです。
 できれば、これを手に入れたいのですが、もし売っているところやどんなものかご存知の方がいらっしゃったら教えていただけないでしょうか。
 私も子供のころケロッグのおまけを集めていたことあるのですが、これは、記憶がありません。
*************** Hitomi I************************
Trans World '60s Punk:Cutie Morning Moon http://www.kiwi-us.com/~hitomi/ Join '60s garage Paradise(BBS)English Only http://cgi.kiwi.ne.jp/~hitomi/chat/gb_s.cgi
Download '60s Garage Comps Database:Searchin' For Shakes http://www.kiwi-us.com/~hitomi/searchin.htm

主宰者から 1999.05.15

 私は、子供の頃も、今も、ほとんど、コーンフレークを食べない人間ですので、全く、存知あげませんが、これまで、「お便りコーナー」でコーンフレークがちょっと話題になった時期もありましたので、どなたか、詳しい方がいらっしゃるかもしれません。



Kさん(男性) 1999.05.14 … はじめまして(ホンダドリームCB750+水中モーター)

 みなさん、はじめまして。
 私は60年生まれの男性です。
 今でも、69年発売のホンダドリームCB750というオートバイにはまっています。
 もちろん、実用中です。
 他にも、60年代のものは、皆さんと同じように、捨てられずに(むしろ探している)います。
 アニメのソノシートなども多少持っています。
 機会があれば紹介したいです。
 さて,大分のYMさんや,市川市のHMさんが話題にされている水中モーターですが,私も当時よく風呂場などで兄弟たちと遊んだことはよく覚えています。
 その水中モーターを、ついこの間、玩具店で発見しました。今でも売っているのです!!!
 そのときは買おうかどうか迷いましたが、ぜひ近いうちに手に入れて,2歳の娘と風呂で遊びたいと強く感じている今日なのです.
 では,詳細は、後ほどレポートします。

主宰者から 1999.05.14

 水中モーターが現役だったとは、知りませんでした。
 購入された際には、ぜひ、また、レポートしていただければと思います。
 私も購入したいと思いますので、どこで発見されたのか、ご教示いただけますでしょうか。
 よろしくお願いします。



kanokoさん(女性) 1999.05.14 … はじめまして(70年代[?]の忍者アニメ)

 はじめまして。
 楽しく読ませていただいてます。
 私は1971年生まれの27歳です。
 ひとつ質問というか、もし、ご存じなら、教えていただきたいことがあるのです。
 うろ覚えなのですが、忍者のアニメです。10〜12人ぐらいの忍者がばあーっと出てくるものはあったでしょうか。そこだけが、今のところ頭にうかんでくるのです。
 「これかも」と思うものがあったら、教えて下さい。
 よろしくおねがいします。

主宰者から 1999.05.14

 お尋ねの件ですが、ちょっと、ヒントが少なすぎるというか、漠然としすぎているかなという気もしますが、1971年生まれでいらっしゃるということは、1970年代前半から半ばくらいにかけて、放映されていた忍者もののアニメということではないかと思われます。
 手元の資料では、70年代の忍者アニメというのは、それほど、ありません。
 というか、この際ですから、日本のテレビアニメ黎明期からの忍者アニメものを、羅列させていただきますと、「少年忍者風のフジ丸」(1964年)、「花のピュンピュン丸」(1967年)、「サスケ」(1968年)、「忍風カムイ外伝」(1969年)、「花のピュンピュン丸」(1969年)、「科学忍者隊ガッチャマン」(1972年)、で、一気に飛んで、「忍者ハットリくん」(1981年)、「忍者マン一平」(1982年)などといったところでしょうか。
 私の場合、70年代以降のアニメというのは、ほとんど、リアル・タイムでは知りませんので、どなたか、詳しい方からの、情報を待たせていただいたほうがいいかもしれません。
 ところで、ぜんぜん、関係ないですが、現在やっているアニメで、忍者モノあるいは時代モノということでは、どちらも、NHK教育テレビになりますが、「忍たま乱太郎」と「おじゃる丸」は、ウチの子供も私も大好きな作品です。



Tさん 1999.05.13 … ファミリー劇場からお知らせ

 「60年代通信」、拝見致しました。
 わたくしどもは、CSデジタル放送のファミリー劇場と申します。
 現在、「隠密剣士」も「怪傑ハリマオ」も、好評放送中です。
 是非一度ごらんになってみてください。
 尚、弊社ホームページにも是非。
   http://www.tfc.co.jp/hiroba/cs_st/family_ch/   
 これからもよろしくお願いいたします。
 お邪魔致しました。

主宰者から 1999.05.13

 貧乏な私も、早く、CS放送を見ることが出来る環境になりたいものだと思っております。
 今後とも、よろしくお願いします。



祝進 さん(男性) 1999.05.13 … 慕情のワルツ(+ブルコメのCMソング「ハチ・ハニー」)

大分のホセ・ヤコピさん
 私も好きな曲でした。
 確か「慕情のワルツ」という題ではなかったでしょうか。
 LPを一枚持っていたのですが、暖房器のそばに置いてあったために、ひん曲がってしまい、ジャケットだけでも取っておけばよかったのに、捨ててしまいました。
 もう15年くらい前の話です。
 その中に入っていました。
 逆に私のほうでタイトルを忘れてしまっている好きな曲があるのですが、ご存知でしょうか。
 歌詞はこんな具合です。
   あ〜か〜い〜 ゆ〜うひ〜の〜 ま〜つば〜やし〜
   ふたり〜で ひ〜ろおおった ま〜つぼおっく〜りを〜 おぼえてい〜るかい
   さみしいと〜きはおもいだすんだ ふるさとを
   なみだ〜ながし〜て う〜た〜う〜んだ〜
 続いて、唱歌「ふるさと」の歌になります。
 「玄海千鳥」という曲も好きでしたがこちらは曲をあまり覚えていません。
 ところで、これは話題になったことはありますか。
 ここ二日ばかりグループサウンズを聞いていて思い出したのですが、ブルーコメッツのCMソングで「ハチハニーワイン」というのがありました。
 二人の男女が海辺や森の中で戯れているシーンに、ブルコメの歌が重なるのです。
 イメージは「ブルーシャトー」といった感じでした。
 この曲は今聞くことができるのでしょうか。
祝 進

主宰者から 1999.05.13

 早速の貴重な情報、いつものことながら、ありがとうございます。
 課題の曲につきましては、私も、資料で調べてみます。
 それから、ブルコメのハチハニーのCMソングにつきましては、まだ、「60年代通信」上では話題になっておりませんが、元ファンクラブ会員としては、当然ながら、大きいテーマでありまして、何れ、ブルコメ特集のページ内では取り上げさせていただこうと思っています。
 一応、資料的には、ブルコメがハチハニーのCMソングを歌うことになった時の、『週刊平凡』の記事のコピーは、私の資料の山のどこかに埋もれています。
 当時、ノベルティー・グッズとして、CMソングのソノシートがあったはずで、こちらも、いつか、メーカーに確認して、入手したいものだと思っております。
 それから、「何処へ」とは別に、松原智恵子が主演していたドラマの主題歌もブルコメが歌っていたはずで、その確認も、私の課題の一つとなっております。


SWさん(男性) 1999.05.13 … 「影丸シール」と「鉄人ワッペンとマジックプリント」+「サンデーシール」


鈴木様
 今回は、市川市のHMさんの「影丸シール」世田谷区のHSさんの「鉄人ワッペンとマジックプリント」を送ります。
 影丸の方は、私のシールアルバムから、鉄人は未使用品からです。
 当時は、貼りたい欲求に勝てず、何点か,このシールアルバムに張っていました。
 シールについては、綱島理友氏著「アトムシールと鉄人ワッペン」淡交社刊にて、4色でけっこうな点数が紹介されています。
 未購入ですが昨年夏ぐらいに書店に並んでました。
 なんと1600円もするので、古書殿堂入りを待っています。

主宰者から 1999.05.13

 毎度、貴重な画像をお送りいただき、誠に恐縮です。
 ここのところ、体調が悪いこともあり、心身ともに疲れ切っているため、新規の企画ページの更新が大幅に滞っておりますので、「お便りコーナー」で色々なテーマや素材を提供していただいている状況は、非常に助かります。
 本当に、ありがとうございます。
 それにしても、シールアルバムとして、お使いになっていらっしゃる「鉄腕アトム」と「101匹わんちゃん大行進」のセイカノートも、60年代に幼少期を過ごした人間にとっては、本当に、懐かしいものであります。
 表紙にご自分で書かれた「しーいるあるばむ」というタイトルの囲みや折り返し、また、お名前の囲みなど、いかにも、子供が一生懸命に作った“お宝ノート”を実感させるものがあり、実に、絶妙の味わいを醸し出しているではありませんか。
 貴重な“お宝”画像を、手間ヒマかけてお送りいただいていることに、本当に、感謝させていただきたいと思います。
 私は、先日、市川市のHMさんから頂戴したEメールにお返しする形で、「雑誌の付録の帯状シールということでは、以前も、書かせていただいたかもしれませんが、私が覚えているものとしては、『少年サンデー』の別冊で“伊賀の影丸”の数回分をまとめたものに付いていた“影丸”シールが印象に残っております」と書かせていただきましたけれども、一番下で紹介させていただいている「影丸ワッペンシール」の画像こそ、まさしく、私が言及させていただいたものであります。
 私は、何気なく、ただ、「“影丸”シール」と書かせていただいておりましたが、今回、お送りいただいた画像を拝見して、「アトム」シールに続いて「鉄人」ワッペンが登場してきた後だけに、両方を折衷したような「“影丸”ワッペンシール」という工夫を凝らしたものであったことに、改めて、気付いた次第でありました。
 ところで、私は、貧乏人のくせに、淡交社さんから出ている「アトムシールと鉄人ワッペン」(綱島理友著)は、しっかり買ってしまいました。
 でも、現在、市川のMさんからお預かりしている大量のシールやワッペンと、Watanabe さんのコレクションを合わせたら、恐らく、この本の中身より、凄いことになるのではないかと思っています。
 「60年代のシール・ワッペン・バッジ」をテーマにした企画ページの立ち上げが遅れておりますが、実際に、展開を始めた折には、また、色々と、ご協力やご教示をいただくことになるのではないかと思いますので、どうぞ、よろしくお願いします。
 どうも、ありがとうございました。



千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.05.12 … 時代の徒花だった「ローラーゲーム」!

 市川のMです。
 鈴木さん、体調いかがですか?
 私も2年間、人間ドックに行っていないので、少々心配です。
 ところで、1968年から1970年頃まで、日本中(もしかしたら東京中心かもしれませんが)を熱狂させた「ローラーゲーム」をご存知だったでしょうか?
 私が中学生だった頃、毎週土曜日の夜7時から東京12チャンネル(サッポロビール提供)で、1時間枠で放送されていました。
 当時は、まだまだ外国から入ってくるあらゆる物が珍しい時代でありましたから、音楽であり、TV映画であり、プラモデルであり、とにかく新鮮であったと記憶しております。
 率直なところ“カッコいい”というのが本音でありました。
 そんな中、突然(?)放送を開始した「ローラーゲーム」はまさに、スピード感あふれる“プロレス”のごとくファンを掴んでいきました。
 アメリカのゲームらしく1周100mのオーバルコース(コーナーにはバンク角15度の傾斜がつく)をローラースケートを履いたプロ2チームが男女別にそれぞれ争い合う、本格的な格闘技(?)でありました。
 アメリカでは、かなり古くから行われていたプロスポーツであり、野球のようにリーグ戦を行い総合優勝を争う形式をとっていました。
 日本には、1968年から、TV放送で初めて登場し1年あまりで爆発的な人気スポーツとなったのでした。
 しかし、1970年に、初の日本人チーム「東京ボンバーズ」が誕生し、アメリカのトップチームであった「ロサンゼルスサンダーバード」と日本において対戦した頃から人気に翳りが見え、ついに東京12チャンネルも放送を中止してしまうのでありました。
 私は、うちの両親が大のファンであった関係上2回ほど、日本武道館と後楽園アイスパレスに、連れていかれており、超満員の観衆の興奮度を肌で感じたのを鮮明に覚えております。
 今考えてみますと、このスポーツは、ある種“プロレス”に通じるすっきり感とでも申しましょうか、アメリカのショーマンシップとでも言いましょうか、とにかく「ロサンゼルス・サンダーバード」は、プロレスで云う正義の味方でありました、そして、その他のチームは、全て“ヒール”をつかさどっていたように記憶しております。
 殴る蹴るの限りを尽くす他チームに対し、最後の最後で逆転で勝利を掴む“サンダーバード”(かつて日本プロレスにいた“吉村道明”のようにとでもいえますが・・・)と云う図式がなんともたまらなかったのだと思うのであります。
 こんなところが日本人の心をくすぐり、大人気になった1番の要因ではと考えてしまいます。
 ところが、「東京ボンバーズ」は、ヒールになりきれず「サンダーバード」と正義の見方同士の闘いをしてしまったために、「ローラーゲーム」本来の面白さを、逆に、スポイルしてしまう原因となり、日本における衰退の原因を作ってしまったと思われます。
 今から3年前に、「ローラーゲーム」が復活し、外人チームを呼んでの対抗戦が行われ、TVでも深夜特番として、放送されましたが、すでに以前のような面白さを感じる事はありませんでした。
 60年代を飾るスポーツとは云えないかもしれませんが、“時代の徒花”だったんだと、当時日本で行われた時のパンフレットを見ながら、しみじみ考えているところであります。
 長々と、マイナーな事を書いてしまい誠に申し訳ございませんでした。(たびたび重い画像申し訳ありません)

主宰者から 1999.05.12

 色々とご心配いただき、ありがとうございます。
 2月の半ばに体調を崩してから、すでに、3カ月ちかくになり、これほど長引いたことは、かつて、ありませんでしたので、さすがに、年齢的な問題もあるのかなと、改めて、思い知らされております。
 同年代でいらっしゃるMさんをはじめ、皆様も、本当に、体にだけは、十分にお気をつけてください。
 体調の低迷が、やはり、気力にも影響を及ぼしているようで、最近の企画ページの更新頻度の低下は、はっきり言って、その辺りに大きな理由があるような気がしています。
 それだけに、今回のように、新しいテーマを提起していただいた上に、その素材までご提供いただき、非常に助かっております。
 本当に、ありがとうございます。
 ところで、ローラーゲームは、私もしっかり覚えていますが、多分、ちょうど、新潟にもUHF局である新潟総合テレビ(NST)という新しい民放が誕生し、長岡でも、ようやくチャンネルの数が増えた頃だったにも関わらず、残念ながら、新潟放送(BSN)でも、NSTでも、放映されず、雑誌の記事でしか、見たことがなかったように思います。
 何度かブームが盛り返したボーリングなんかに比べると、その一過性の強烈さということでは、ほぼ同じ時期に人気を博していたキックボクシングと似たような存在だったのかなという気がします。




東京都文京区・TSさん(女性) 1999.05.12 … 清美さま。すごいことになってますねぇ(+「ロウめん」)

 清美さん、人間ドックは無事終了しましたか?
 ところで,AOLを見ていたら,60年代に関するページが出てきて,web検索していたら,清美さんのホームページが見つかりました。
 久しぶりに覗いてみたら,すごいことになってますね。
 こんなに発展していたとは……。
 その中で,お便りの方が「ロウ丸めん」のことを書いてましたが,あれは飛ばして遊ぶものでしたっけ?
 私が小学校の時は,「ロウめん」と呼んでいて,「ロウめん」で「ロウめん」の端を弾いて,「ロウめん」がひっくり返って裏面になったら,ひっくり返した人の勝ちで,その「ロウめん」をゲットできるというような遊びでした。最初はロウで硬いので,弾く方も弾かれる方も威勢がいいのですが,そのうちにめんこがヨレヨレになってしまい,ズルをする子供は,爪を使って欲しい「ロウめん」をひっくり返していたものです。
 そうして遊んでいた記憶があるのですが,これは,上尾だけで流行っていた遊び方だったのかしら?
 ちょっと疑問です。
TSより

主宰者から 1999.05.12

 久しぶりのEメールをありがとうございます。
 実に、顧みますれば、この「60年代通信」を立ち上げた当初、「一体、この先、どうなるのだろう」と不安におののきながら、ページ作りを進めていた私を励ましてくれたのが、今回、お便りをいただいたTSさん横浜のKHさんなど、会社の同僚や元同僚といった“身内”の皆さんのメールだったのであります。
 ご指摘の通り、アクセスをいただいている皆様や、この「お便りコーナー」にEメールをお送りいただいている皆様などのお蔭をもちまして、何とか、今日まで「60年代通信」を継続させていただくことができたのであります。
 皆様、本当に有難うございます。
 さて、「ロウめん」についてですが、先日も書かせていただいた通り、私にとっては、メンコと言えば、長方形の実写ヒーローものやプロ野球選手や大相撲の関取などが映っていたものと殆ど同義でありまして、「丸メン」とか「ロウめん」とかで、本気で遊んだ記憶が全くと言っていいほど、ありません。
 どなたか、「ロウめん」の遊び方に詳しい方がいらっしゃいましたら、TSさんの疑問に答えていただけませんでしょうか。
 よろしくお願いいたします。




kem81さん 1999.05.12 … プラモデルカタログ

 ご要望にお答えして、懐かしそうなのをお送りいたします。
 現在、鋭意取り込み中ですが、しかる後には、完全な状態でファイルを送ることが出来るでしょう。
 現在は、これにて御容赦いただけますことを願っております。

主宰者から

 「これにて御容赦」など、とんでもない話でありまして、本当に、貴重な画像を、ありがとうございます。
 早速、わがままなお願いにお応えいただき、誠に恐縮です。
 やはり、プラモデルの王道とも言うべき、自動車や艦船の写真に、納得したりした次第です。
 そういえば、確かに、あの頃(私が知らないだけで、今でも、そうかもしれませんが…)、お城というのも、プラモデルの重要なフィールドであったことを思い出しました。
 ヤマダとかコグレというのは、私は、あまり、知らないのですが、その道では、それなりに極めていた会社だったのでしょうか。
 引き続き、よろしくお願いいたします。



東京都世田谷区・HSさん(男性) 1999.05.11 … 「鉄人28号」のおまけについて

 初めて御目文字致します。
 「60年代通信」、とても懐かしく拝見させて頂いております。
 少し気になったことが有りましたので、メールさせて頂きます。
 「鉄人28号」のページ後半での記述に、「TVアニメ『鉄腕アトム』は明治製菓の提供で、マーブル・チョコレートとそのオマケだったアトムのシールというのは、私達の世代には、ほとんどワンセットで強烈な印象を残しています。一方、TVアニメ『鉄人28号』のスポンサーは『一粒で300メートル』の名コピーで知られる江崎グリコでした。私は、いろんなところで書かせていただいている通り、チョコレートといえばグリコのアーモンド・チョコレートというほどのアーモンド・チョコ狂いでしたが、これでもらえる鉄人28号関連のプレミアムというのは記憶にありません」と有りましたが、当時小学校低学年だった私の記憶では、マーブル・チョコの鉄腕アトムのシールは最初は台紙から剥がして貼り付ける通常のシールでしたが、途中から擦って転写張り付けをするマジックシールに変更されました。
 また、マーブル・チョコの容器の指定部分を指定数量集めて送ると、下敷き程の大きさ(A4かB5サイズ)で台紙に沢山のイラストが描かれた大きなシールが当たるキャンペーンが有ったと記憶しております。
 対する鉄人28号ですが、グリコのおまけに鉄人のワッペンがはいってました。
 大きさは1.5cmほどで、形は西洋のエンブレムの様な形をしていて、シールとは格段の厚みのあるハードな物で裏紙を剥がすと粘着部があり貼り付けられるものでした。
 また、これも先述同様に、指定された部分を指定枚数送ると、大きさは4〜5cm位の特大ワッペンが当たるキャンペーンがあったと記憶しております。
 当時同級生の間では、これをコレクションするのがはやっており、その枚数や種類の多さを競っておりました。
 1969年の夏、小学2年だった私は、祖父母と同居する為に引っ越しをし、当然転校することになりました。
 いつも一緒に遊んでいたグループのメンバーで、私がに密かに想いを寄せていた女の子が、転校の餞別にと自分のワッペンのコレクションを全部くれました。
 一挙に増えた鉄人のワッペンのコレクションを前に、とても悲しくて、収集をそれ機に止めてしまったほろ苦い想い出は今も忘れられません。
 話しが外れてしまいましたが、そんな訳でグリコは鉄人のワッペンをオマケにつけていました。ちなみに、私は昭和31年生まれですが、昭和33年初頭(当時1歳半)から『少年』連載の「鉄人28号」や「鉄腕アトム」を愛読していました。
 最初は絵だけを見ていたそうですが、3歳にならない内にひらがなは読めたそうです。
 「鉄人28号」や「鉄腕アトム」を読みたいがためだけに、字を覚えてしまったそうです。
 おかげで3歳半から習字の塾に通わされました。
 何が幸運で、何が災難なのか分かりませんが、必要は何よりの源だと思います。
 支離滅裂の文章になってしまいました。
 これからも楽しく懐かしいHPを作って下さい。
********************************
現住所は世田谷区だけれども、
生まれも育ちも葛飾の葛飾っ子
職業はシステムエンジニア
家族は妻一人に6歳の長男と3歳の長女
現在、長男とガンダムに興じてます
from HS
********************************

主宰者から 1999.05.11

 ご指摘の通りであります。
 この「鉄人28号」のページをアップしたのは、「60年代通信」というホームページを立ち上げた年の暮れ、1997年12月4日のことでありまして、その後、私も、色々と勉強をさせていただき、江崎グリコにも、鉄人ワッペンという強力なプレミアムがあったことを知るに至りました。
 実は、市川市のHMさんからお預かりしている膨大なシール・コレクションの中には、その鉄人シールも存在しておりますし、ご指摘の、マーブルチョコレートのフタを集めて送ると貰えたマジックプリントのシートなども含まれておりまして、本当に、“うどん屋の釜”状態で、一向に立ち上げが実現できない「60年代のシール・ワッペン・バッジ」大特集ページの中では、必ず、仔細に取り上げさせていただこうと思っております。
 何れにしても、貴重なご指摘をいただき、ありがとうございました。
 今後とも、よろしくお願いいたします。


大分のホセ・ヤコピさん(男性) 1999.05.11 … はじめてお便りします(橋幸夫さんの曲について)

 はじめまして。
 私、44歳になるふつうのサラリーマンです。
 小さい頃から歌がすきで、橋幸夫西郷舟木、よく歌ったものです。
 貴殿のページを拝見し、なつかしくなり、メールを送ることにしました。
 kiyomiさんは、橋幸夫さんのファンクラブのかたですか。
 もし、お詳しいのならひとつ分からないことがあるのですが、お教えいただけないでしょうか?
 実は、曲名がわからないのです。
 昭和37年頃の歌だそうです。
 歌詞は、少しわかります。
   待てど会えずに夜がきて
   霧が降る降るひめやかに
   あの人といつもきた街角レストラン
   僕の影だけあおざめて・・・
   会いたくて会いたくて・・・
 こんなかんじの歌詞なんです。
 ちょっと間違いがあるかもしれません。
 この歌の題名がわかったら是非教えていただきたいのです。
 突然のメール大変失礼とはおもいながら、思い切ってメールしました。
 よろしくお願い申し上げます。
大分のホセ・ヤコピより

主宰者から 1999.05.11

 私は、橋さんをはじめ、60年代の青春歌謡が大好きな人間でありますが、橋さんのファンクラブには入っておりません。
 お問い合わせの歌についても、のちほど、資料を調べて、何か分かりましたら、また、紹介させていただきますが、どなたか、詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけますでしょうか。
 よろしくお願いいたします。


“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


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