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グループサウンズ


ザ・タイガース
シングル盤デイスコ・グラフィー〜番外編


《タイガース関連ページへのリンク》


明治製菓のCM〜その2
明治製菓のCM〜その3

タイガースのシングル盤ディスコグラフィー
 今月(1999年6月)の1日に、「ザ・タイガース シングル盤ディスコ・グラフィー」で、「君だけに愛を」以来、7カ月ぶりに「銀河のロマンス/花の首飾り」をアップさせていただいたところ、あっと言う間に「お便りコーナー」でタイガースの話題が盛り上がってしまい、改めて、タイガース人気の凄まじさと申しましょうか、タイガース・ファンの皆様の熱意というようなものを、改めて実感した次第です。
 一連のEメールでは、特に、タイガースが起用されていた明治製菓のCMと、そのノベルティーグッズに話題が集中する形となりましたので、今回は、急遽、「ザ・タイガース シングル盤ディスコ・グラフィー」の「番外編」ということで、タイガースと明治製菓のCMにスポットを当てて、当時の状況などを振り返らせていただこうと思います。



 まず、右の画像をご覧いただこうと思いますが、これは、ちょうど、「モナリザの微笑」を歌っていた頃のタイガースでありまして、私の記憶によれば、まさしく、この画像のようなユニフォーム(当時、GSの舞台衣装というかコスチュームは「ユニフォーム」と呼ばれておりました)とマイクで、「チョッコレイト、チョッコレイト、チョコレートはメ・イ・ジ」という余りにも有名な明治製菓のCMソングを自ら演奏して歌うタイガースのCFが、テレビで流されていました。
 念のため、色々と資料を調べてみましたところ、明治製菓の社史『明治製菓の歩み〜買う気でつくって60年 1916-1976』に掲載されていた年表によりますと、「1967(昭和42)年12月1日 タイガースCMに初登場」とあります。
 既に、「ザ・タイガース シングル盤ディスコ・グラフィー」でも取り上げさせていただいている通り、3枚目のシングル盤である「モナリザの微笑」が発売されたのは、1967(昭和42)年8月25日のことでありまして、4枚目のシングル「君だけに愛を」のリリースが1967(昭和42)年12月25日でありました。

 したがいまして、明治製菓の社史にあったように、「タイガースCMに初登場」が12月1日のことでありますから、今回は、珍しく、私の記憶通り、そのタイミングは、まさしく、「モナリザの微笑」がヒットしている頃だったことになります。
 このタイガースが起用された頃の状況について、明治製菓の社史『明治製菓の歩み〜買う気でつくって60年 1916-1976』には、次のように書かれています。

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 チョコレートは明治!
 わが国の経済は、所得倍増の軌道をひた走り、“20世紀の奇跡”といわれるめざましい発展を遂げていった。
 昭和44(1969)年には自由世界第2位のGNPを達成し、豊かな時代の出現となった。
 この時代にマッチして、チョコレートは大衆の味として豊かさのシンボルとなり、大量に安価に提供されチョコレート時代が到来した。しかし、これは他面から見ると業界の激しい競争への突入であった。
 わが社は、創業以来の開発・技術力を背景に、ヤング層の嗜好に合った「ミルクチョコレートデラックス」を中心に、「ハイミルク」「ブラック」のトリオ商品を創出し、“チョコレートは明治”というコマーシャルを強力に打ち出して、全国販路の拡張に努めた。
 42年ヤングのアイドルであるザ・タイガースをCMに登場させ、爆発的な人気のうちに、まず、増売に拍車を掛けた。さらに、43年タイガースを中心とするグループサウンズ合戦、44年全国歌謡フェスティバルと相次いで展開し、45年には万国博会場で決勝大会を行い、ヤングと子供たちの熱狂的な人気を集め、トータルマーケティングの成果を発揮した。黄、赤、黒のカラフルなトリオ商品は、強力な呼びかけによって高いシェアを築きあげた。
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 実は、私の手元には、もう一つ、別の明治製菓の社史『明治製菓の歩み〜創業から80年 1916-1996』(1997年10月1日発行、編集・明治製菓(株)社史編集委員会)のコピーもありまして、そちらには、次のように書かれていました。

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 ●“チョコレートは明治”

 チョコレートは“豊かな時代”の象徴として受け入れられ、当社がチョコレート時代をリードすることになった。
 なじみの深い“♪チョコレートは明治…”のコマーシャルが、強力に流れたのは、42年である。この年、ヤングのアイドルのザ・タイガースをコマーシャルに起用したのをはじめ、43年にはグループサウンズ合戦、44年、45年には「全国ヤング歌謡フェスティバル」を相次いで開催して、ヤングとこどもたちの熱狂的な人気を集めた。
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 昭和40年代前半のタイガースを中心としたGS人気を軸に展開された一連の販促キャンペーンは、先行した昭和30年代後半の「鉄腕アトム」のシールやマジックプリントの販促キャンペーンと共に、明治製菓という企業の社史という観点からも、特筆に価するものだったようです。
 ということで、具体的に、当時のタイガースが起用された広告について、個別に見てまいりたいと思います。 まず、最初は、先日、Hitomiさんからお送りいただいた「グループサウンズ合戦」の招待キャンペーンであります。 下の画像は、見えない文字も多いと思いますので、例によりまして、私が打ちこみます。

 明治チョコレートの
 グループサウンズ合戦
 26,000名様ご招待
 ニッポン放送公開録音
 第2弾
 第5回〜第9回
 明治チョコファンが3人集まれば
 GS合戦のうわさ…
 あなたはもういらっしゃいましたか?
 爆発的な人気で第2弾に突入して
 いよいよ残るは8・9の2合戦だけ!
 若さとビートと興奮を体中で味わう
 ラストチャンスです。ご応募ください!
  第5回合戦3月16日(土)/第6回合戦3月17日(日)
  第7回合戦3月25日(月)/第8回合戦4月10日(水)
  第9回合戦4月20日(土)

 私のザウルスポケットのカレンダーで確認しましたところ、月日と曜日の関係から、これは、1968(昭和43)年の3月から4月にかけて実施されたもののようです。各グループの写真のユニフォームからも、時期的には、そういうことで間違いないと思います。
 画像は、恐らく、新聞広告ではないかと思われますが、一番大きく写っているのは、言うまでもなく、タイガースでありまして、左から、トッポ、タロー、ジュリー、ピー、サリーで、やはりジュリーが一番大きく、ジュリーからの吹き出しの中に、「明治チョコレートのグループサウンズ合戦/26,000名様ご招待/ニッポン放送公開録音/第2弾第5回〜第9回」の部分が入っております。また、ピーとサリーからの吹き出しの中には、「チョコレート チョコレート チョコレートはメイジ」の文字が入っています。
 このGS合戦のその他の出演グループも、小さい写真で写っておりますが、左上から、リンド・アンド・リンダース、ヴィレッジシンガーズ、ジャガーズ、カーナビーツ、フォーリーブスの順に並んでいます。
 写真の中には入っていませんが、各回の出演グループとしては、第7回にワイルドワンズ、内田裕也とザ・フラワーズ、第9回にゴールデンカップスなどの名前も見えます。




 私は、最初、明治製菓の社史を読んだ時、“GS合戦”というのは、文化放送でやっていた「チョコで選ぼうGS日本一」の間違いではないかと思いましたが、Hitomiさんからお送りいただいた画像でも、確かに、「グループサウンズ合戦」とありますから、そういうキャンペーン企画もあったわけであります。
 一方、明治製菓の社史では、私の記憶には強烈に印象に残っている「チョコで選ぼうGS日本一」には全く言及されておりませんので、あるいは、「チョコで選ぼうGS日本一」という企画は、「GS合戦」の一環として行われたのかなとも思ったりしておりますが、Hitomiさんからお送りいただいた画像を見ると、「GS合戦」はニッポン放送の公開録音番組だったわけですから、辻褄が合わなくなってしまい、混迷の度合いは深まるばかりです。
 どなたか、其の辺の事情をご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけませんでしょうか。
 次に、ご覧いただきますのが、「タイガース・デラ・プレゼント」と銘打たれた、タイガースのノベルティグッズのプレゼント・キャンペーンの広告です。
 Hitomiさんからお送りいただいた画像は、恐らく、週刊誌に掲載されていたものと思われますが、私の手元にも、同じ内容で、私が育った新潟県の地元紙であります「新潟日報」に掲載されていた広告の画像がありましたので、合わせて紹介させていただきます。

 文字が見えないでしょうから、新潟日報に掲載されていた広告の文章を、私が打ち込ませていただきます。
もれなくさしあげます!!
明治チョコファンのキミだけに!

タイガース・デラ・プレゼント


◎キミだけに語りかける
 タイガース・レコードシート
 〜あなたにささやくジュリー
 〜あなたとデートするトッポ
 〜あなたに電話するピー
 〜あなたと散歩するタロー
 〜あなたとドライブするサリーの5種類。
 あなたが欲しいのはどれ?

タイガース・ミニアルバム
 いつもタイガースと一緒にいたい……というあなたにさしあげたい、ボクたちのカラー写真セット(6まい入り)です。
 ポケットにしのばせてネ。
 スタンドにもなります!

タイガース・ジャイアントポスター
 「ジュリー」「トッポ」「ピー」「タロー」「サリー」「全員」の6種類。
 でっかいポスターをつくりました。
 舞台衣装をぬいでくつろいだ
 ボクたちの素顔のスナップです。
 お好きな人のをどうぞ!

 ということで、この時のノベルティグッズのソノシート(広告では「レコードシート」と書かかれておりまして、確か「ソノシート」というのは朝日ソノラマの商品名であるため、こういう場合には使われなかったのだろうと思います。私なんかは、「ソノシート」という言葉の方がしっくり来ますので、「ソノシート」という言葉を使わせていただきます)は、歌ではなく、語りだけだったようです。
 この語りモノの音源は、どこかで、何かの機会に聞いたこともあるような気もするのですが、ダビングしたテープが手元にあるのかないのかも判然としませんし、ましてや、今すぐに、その音源を確認するようなこともできないのが非常に残念です。
 どなたか、音源をお持ちの方がいらっしゃいましたら、どんな内容なのか、その概略だけでもご教示いただけませんでしょうか。

 ということで、今回は、初期のころの明治製菓のタイガースCMを取り上げさせていただきましたが、こうして見てみると、タイガースが宣伝していた対象商品というのは、基本的には、「デラックス」だけだったのでしょうか。

 私の印象としては、当時の明治製菓の代表的なチョコレート商品だった「ハイミルク」「デラックス」「ブラック」の3種類と、昭和40年代前半に登場した新製品「チョコバー」なんかも含まれていたように思っていたのですが…。

 デラックスのパッケージが黄色いに銀のストライプということで、イメージ的にタイガースということだったのでしょうか。

 ちなみに、明治製菓の社史によりますと、私の記憶に、明治製菓の代表的な商品としてインプットされている「ハイミルク」「デラックス」「ブラック」の3つは、何れも、昭和30年代に登場したものでありました。

 明治製菓の社史『明治製菓の歩み〜買う気でつくって60年 1916-1976』と『明治製菓の歩み〜創業から80年 1916-1996』の年表によりますと、「ミルクチョコレートデラックス新発売」が1957(昭和32)年1月21日、「チョコレートブラック新発売」が1961(昭和36)年2月9日、「チョコレートハイミルク新発売」が1962(昭和37)年1月8日となっております。
 それから明治製菓といえば、私達の世代にとっては、何と言ってもマーブルチョコレートということになるわけですが、その「マーブルチョコレート新発売」は1961(昭和36)年2月18日のことでありました。

明治製菓のCM〜その2」(近日公開! 乞う!! ご期待!!!)に続く

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