読者の皆様から「60年代通信」にいただいた
暖かい励ましのお便り・その27



“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


「読者の皆様からの暖かい励ましのお便りコーナー」
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「60年代通信」トップページはこちら


その1(1997年4月〜1998年3月)
その2(1998年4月〜1998年6月)
その3(1998年7月〜1998年9月)
その4(1998年10月)
その5(1998年11月〜12月)
その6(1999年1月)
その7(1999年2月 1日〜15日)
その8(1999年2月16日〜28日)
その9(1999年3月 1日〜10日)
その10(1999年3月11日〜20日)
その11(1999年3月21日〜31日)
その12(1999年4月1日〜10日)
その13(1999年4月11日〜20日)
その14(1999年4月21日〜30日)
その15(1999年5月1日〜10日)
その16(1999年5月11日〜20日)
その17(1999年5月21日〜31日)
その18(1999年6月1日〜10日)    
その19(1999年6月11日〜20日)
その20(1999年6月21日〜30日)
その21(1999年7月1日〜10日)
その22(1999年7月11日〜15日)
その23(1999年7月16日〜20日)
その24(1999年7月21日〜25日)
その25(1999年7月26日〜31日)
その26(1999年8月1日〜5日)
その27(1999年8月6日〜10日):このページ
その28(1999年8月11日〜)
「60年代の謎」:お便りの疑問コーナー

 このページは、皆様から、「60年代通信」宛てに頂戴したEメールを紹介させていただくコーナーです。
 いただいたEメールは、誹謗・中傷やそれに類するもの、あるいは、公序良俗に反するものでない限り、基本的に、原文のまま、掲載させていただく方針ですが、用字用語の修正をさせていただく場合があるほか、お名前は、イニシャルあるいはペンネームに代えさせていただいておりますので、ご了承いただければと思います。
 頂いたEメールの掲載について、ご意見、ご希望のある方は、ご遠慮なくお申し出ください。
 皆様から頂戴するEメールだけが、シコシコと家庭内手工業でページを作っている主宰者の唯一の励みとなっておりますので、異論・反論・ご批判など、何でも結構ですので、よろしくお願いいたします。





keiさん(男性) 1999.08.10
  … 寺内御大、ビートルズ&モズライト

千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.08.10
  … バストーンって何?

MUU星人さん(女性) 1999.08.10
  … 結城千帆って・・・・

ITさん(女性) 1999.08.09
  … 最近の盛り上がり

TWさん(男性) 1999.08.09
  … HM様(「バニーズゴールデンコンサート」)

TWさん(男性) 1999.08.09
  … (寺内タケシさんの)サーティエイト出演について

笹だんごさん(男性) 1999.08.09
  … エレクトーン&鍵盤楽器のこと

ベンジャミンさん(男性) 1999.08.08
  …寺内先生のレコード

ベンジャミンさん(男性) 1999.08.08
  … ブルージーンズの17cmLP追補

蛞蝓なめちゃん(男性) 1999.08.08
  … オルガンの話と寺内先生の話

ベンジャミンさん(男性) 1999.08.08
  … 主宰者様の質問とビートルズの前座

Hitomiさん(女性) 1999.08.08
  … 寺内タケシ

主宰者から 1999.08.07
  … 皆様に質問です

keiさん(男性)1999.08.07
  … ブルー・ジーンズのテレビ映像&ブルコメ少し・・・

千葉県市川市・HMさん(男性) 1999.08.07
  … 続・バニーズの謎?!

ベンジャミンさん(男性) 1999.08.06
  … ブルー・ジーンズの17cmLP追加

ITさん(女性) 1999.08.06
  … ブルコメのアルバム・PART2

蛞蝓なめちゃん(男性) 1999.08.06
  … エレキ部落の大統領

TWさん(男性) 1999.08.06
  … エレキ・GS





keiさん(男性) 1999.08.10 … 寺内御大、ビートルズ&モズライト

清美 様
 こんなに盛り上がるとはビックリです。
 ところで、ビートルズの前座のステージですが、私はテレビで見ていたので、曲は全部覚えていませんでしたが、蛞蝓なめちゃんさん(主宰者注:ベンジャミンさんと取り違えていらっしゃるのではないかと思われます)の報告で、イメージが随分よみがえってきました。
 ブルージーンズは御大と加瀬さんがすでにいなくて、精彩を欠いていた記憶があります。ブルコメと尾藤イサオさんが気合が入っていた印象です。(・・・望月浩は未だにどうして?・・・失礼ですが)
 あの当時の流れからいって、当然スパイダースだと思うんですが・・・ねぇ。
 hitomiさんのおしゃっていた、バニーズのコンサート風景・・・実際に見た通りです。
 バカっ丁寧に「寺内でございます。」って言うんです。あの茨城弁で。
 私が見たコンサートでは、黒沢博氏が「太陽野郎」も「太陽の花」もリードをとっていました。(これは間違いありません。)・・・御大の得意のフレーズを見事に弾きこなしていました。

 珍しく一番大きく写っていらっしゃる加藤さ
んが、ほとんど、北島三郎門下の若手演歌
歌手か、はたまた、飛び入り参加の板前さ
んかというような趣きの角刈りに近い髪形
をされており、非常に印象的です。
 こういう写真を見るにつけ、スパイダース
というグループの奥行きの深さというような
ものを、改めて、感じずにはいられないわけ
であります。
 などという私のタワ言の隣には、蛞蝓なめ
ちゃんとTWさんが羨望の眼差しを向ける
であろうモズライトの画像が燦然と輝いてお
ります
 スパイダースの初期のレコードジャケットをお送りします。
 私のモズライトはおまけです。
 両方とも腕が悪くきれいに撮れていませんが、雰囲気は伝わりますか?
 ベンジャミンさん、CD復刻盤は以前出たそうですが、今は廃盤とか・・・
 キングレコードに問い合わせました。再販されるかどうかは分からないそうです。
 TWさん、情報有難うございます。
 ところで、新庄ハジメさんが横浜でお店をやっている話を聞きました。友人と来月行ってきます。
PS
 楽器の話ですが、綱木氏は当時、ギブソンのセミアコ(型式は忘れました)を使っていましたが、ファーストマンに変わる前、ヤマハのSG−5(?)を使っていました。
 一時、GSの間でも随分使われていました。
 ヤマハのギター開発の一環として、モニターの役割だったのでしょうか?
 大野克夫氏のスチールギターは、リードギターの役割も多く、「フリフリ」や「ノーノーボーイ」等では大いに活躍していました。
 フラワーズの小林勝彦氏もそうですね。
 エレキインストからGS時代の、ギターやドラム、キーボードにおける楽器の変遷なども追ってみると楽しいですね。

主宰者から 1999.08.10

 私も、主宰者でありながら、このエレキ・寺内タケシさん・GS関連の盛り上がりぶりには、驚いております。
 皆様から沢山のメールを頂戴し、嬉しい悲鳴を上げている状態です。
 また、貴重な画像をお送りいただき、ありがとうございました。
 特に、スパイダースの「青春 ア ゴーゴー」のジャケットは初めて拝見しましたが、板前さんが写真撮影に飛び入り参加したのではないかと思えるほどの、加藤さんの角刈りに近い髪型が、極めて、印象的であります。
P.S.
 おっしゃられるとおり、主なグループのパート毎の楽器の変遷を、ディスコグラフィーなんかと並行して、時系列に整理してみたりしたら、興味深いのではないかと考えたりしております。
 皆様のご協力もいただきながら、いつか、そんなことも実現できたら楽しいだろうなと思います。
P.SのP.S.
 ビートルズの前座については、スパイダースにも声がかかったものの、「とても自分たちの任ではないので、辞退させてもらった」というようなことを、以前、かまやつさんがおっしゃっていたのを覚えています。
 それから、大野さんのスチールギターには「リードギターの役割」も多かったという文章を読ませていただき、記憶が蘇ってきましたが、2年前の夏にパラダイスキングのライブを見たとき、1本だけだったギターの人がコードを押さえてリズムを刻んでいるのに、リードギターのフレーズが聞こえてきて、不思議に思ったら、ダニー飯田さんがスチールギターで弾いているものだったので、びっくりしたものでありました。




千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.08.10 … バストーンって何?

 市川のMです。
 いやいや、これほどまで、専門的に知っている方がいるとは思いませんでした!本当に感激ですね!
TWさん<本当にありがとうございました。
蛞蝓なめちゃんさん<本当にありがとうございました。
 やっと納得して「バニーズ・ゴールデン・コンサート」を聞けます。
 ところで、“60’sえれじい”を見て思い出したのですが、ミッキー・カーチスさんは、1963〜5年頃は、ミュージシャン以外にカー・レーサーだったんですね。
 式場壮吉(今は、歌手オーヤンフィーフィーの旦那ですが…)や当時の大スター・レーサー生沢徹らと共にレースしてたんです。
 私は、趣味の関係からミッキー・カーチスさんといえばレーサーという感じがいまもしています。
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 寺内先生の事ですが、「レッツゴー運命」のLPの解説の中に、確か“バス・トーン(間違っていたらすみません)”というのを使って演奏したと書かれていたと思うのですが、これって、今で言う“ファズ”を使ったということなんでしょうか?
 「エリーゼのために」なんかで、凄い音出していましたが、これがそうなんでしょうか?
 詳しく分かる方がいらっしゃったら教えてください!!
 では、長々と失礼しました。
P.S.
 これだけ盛り上がったら、なんかレコード会社に投書して、寺内先生の再販されてないLPのCD化を「ティーンルック」のように実現させたいですね!

主宰者から 1999.08.10

 本当に、エレキ・寺内タケシさん関連や、キーボード関連のお話では、皆さん、非常にお詳しくいらっしゃるので、驚くやら喜ぶやら、私も、個人的には、大騒ぎしております。
 ミッキー・カーチスさんがレーサーもやっていたというようなことは、言われてみれば、かすかに記憶に残っているような気がします。
 先日の「ふたりのビッグショー」では、いわゆる噺家と申しましょうか、落語の上手さがハンパではないことにも、びっくりしました。
 寺内タケシさんだけではなく、まだ、CD化されていないエレキ関係やGSなどの音源というのも、結構、ありそうですので、そうしたレコードについては、「60 年代通信」でも、大いに話題にさせていただき、少しでも、レコード会社の皆さんにCD化を検討していただけるような動きに資することができるといいなと、私も思います。



MUU星人さん(女性) 1999.08.10 … 悠木千帆って・・・・

 お久しぶりです。今日も猛暑でございました。おー、あちち。
 子供達が帰っていましたので忙しく「通信」久しぶりに見ましたら、悠木千帆のことが・・・
 最初、テレビのドラマでは、なんか若妻役だったように思いますけど・・・お手伝いさんだったのかしら?
 あんまり美人ではないけども、なかなかおもしろいキャラクターだったので、けっこう気に入ってみてました。
 ちょっとサザエさん的なドラマだったかな?
 彼女は「ウルトラQ]に出ていた「岸田森」氏とご夫婦で(彼は後に病没)また、この岸田森が、子供ながらも、私は気に入っていました。
 そして、その妻が、なんか庶民的な顔の彼女だったのが、なんとなくうれしいような、悠木千帆ってカッコいいような。
 それ以来 樹木希林は、気になる女優さんでしたネ。
 内田裕也との結婚も、そろいのジーンズでじみ婚でしたし。いいな〜とおもったものでした。
 ところで、ウルトラQでは、カネゴンの話を一番覚えているのですが、ほかに、なにか覚えている方がありましたら、教えてくださいませんか?
 タイトルバックのウニャラと画面がゆがむのと、岸田森の横顔はインプットされてますが・・・・

主宰者から 1999.08.10

 東京も毎日、暑い日が続いておりますが、今日は、久しぶりに凌ぎやすい1日でありました。
 ウルトラQといえば、私は、衝撃的だった第1回放送のゴメスとリトラやペギラ、グリーンモンス(だったかな…)、ジャミラ(これはウルトラマンだったかも…)など、印象に残っている怪獣は沢山あります。
 円谷プロ系は、手塚プロ系と並んで、現在も、ビッグ・ビジネスを展開されている状況でありまして、画像の使用などについては、細心の注意を払わなければなりませんので、まだ、ウルトラQやウルトラマンなどについては、「60年代通信」では取り上げさせていただいておりません。
 何れ、何らかの形で、取り上げさせていただきたいと思っておりますので、また、よろしくお願いします。



ITさん(女性) 1999.08.09 … 最近の盛り上がり

 最近、GSやエレキ関係の話題で盛り上がっていますね。
 ところで、ブルコメが、ベンチャーズと共演したことがあるという事は知りませんでした。すごいですね。
 同世代の友達には口が裂けても言うことのできない事実ではありますが、実は、私がはじめて行ったことがあるコンサートというのが、ベンチャーズのコンサートでした。しびれました。
 皆様、大変な知識の持ち主の方ばかりでいらっしゃいますので、これからもたくさんのことをこのページでやりとりしていただきたいと思います。

主宰者から 1999.08.09

 Eメール、ありがとうございます。
 「大変な知識の持ち主の方ばかり」の皆様のご協力をいただきながら、これからも、TANAKAさんのような10代の若い皆さんの間でも、“60年代”が市民権を持つことができるよう、微力ではありますが、私も、頑張らせていただこうと思います。
 私は、まだ、ベンチャーズをライブで見たことがありませんので、ベンチャーズについては、TANAKAさんの方が“リアルタイマー”ということになるかもしれません。
 これからも、お友達には「口が裂けても言うことのできない」ような“60年代”への熱い思いを、このホームページで、沢山お聞かせいただければと思います。
 これからも、よろしくお願いします。



TWさん(男性) 1999.08.09 … HM様(「バニーズゴールデンコンサート」)

 鈴木さん、こんにちわ。
 度々で恐縮です。
 HMさんご質問の「バニーズゴールデンコンサート」での太陽野郎≠ニ太陽の花≠フリードですが、太陽の花≠ヘ御大と思いますが、太陽野郎≠フほうは黒沢博氏です。
 あのコンサートには行けなかったんですが、あの時期のコンサートはおおむねライブ盤のスタイルだったように記憶しています。
 一部は寺内さん抜きのステージ、二部から御大登場!
 津軽じょんがら節≠ナはギターの弦を切っての熱演...ご存知ですよね。
 そして、エンディングはハードデイズナイト≠ニいう構成です。
 それと、モズライトアベンジャーは、68年か69年ころの発売だったように思います。
 ファーストマンはこれといっしょに、AKGのマイクロフォン(セレクトマスターという例の束子型)の発売もやっていたように思うんですが・・・

主宰者から 1999.08.09

 こちらこそ、日に何度もメールを頂戴し、恐縮です。
 サーティーエイトの方は、まだ、先の話ですし、ビンボーな私も、何とか、見に行けるようにしたいと思います。
 まだまだ、エレキ・GSの話題は続くと思いますので、これからも、リアルタイマー&現役プレーヤーならではの情報を期待させていただきたいと思います。
 引き続きまして、よろしくお願いいたします。



TWさん(男性) 1999.08.09 … (寺内タケシさんの)サーティエイト出演について

 鈴木さん、こんにちわ。
 寺内さんシリーズ続いてますね。嬉しいです!
 ところで、Keiさんよりご質問の サーティエイト出演のことですが、 12月12日(日曜日)に出演決定です。
 2ステージ(各ステージ1時間)の入れ替え制で、一部は午後7時〜8時、二部は午後9時〜10時です。
 なお、10月24日(日曜日)は三根信宏氏&シャープファイブが出演します。
 三根氏は8月1日にも出演されましたが、華麗・繊細かつ豪快!あいかわらずのテクニックを披露されました。
 詳しくは下記URLをご参照下さい。
   http://member.nifty.ne.jp/ray-ishi/38/ibent.html



笹だんごさん(男性) 1999.08.09 … エレクトーン&鍵盤楽器のこと

>上の画像で見る限り、「YAMAHA Electone」の方はファンクションの切り替えが
>レバー状のものだったことが分かりますし、「ACE TONE」と「YAMAHA
>Electone」の両方とも、ボリューム・コントロールかトーン・コントロールが良く分
>かりませんが、本体上面の左側にダイヤル状のコントローラーが見えております。
 このダイヤルは、おそらく、メインボリュームと思われます。
 当時のメーカー(ヤマハ)が、どういった趣旨で作ったかはっきりと分からないし、どれほどの機能があったか決定的な事はいえないのですが、エレクトーンという楽器は、今では、ソロ楽器というイメージが強く、単体でバンドの音を出す事を可能にしている感があります。
 手許のヤマハ刊行のエレクトーン事典にも、"創生期の演奏補助機能、エレクトーンで初めて実用化されたオートリズム"という一文があって、要するにドラマーの替わりにリズムが出てくるアレですね、ちなみに72年発売機種でオートリズムが採用されてます。
 ここで見る事の出来るファンクション(正式にはドローバー?)は、ハモンドっぽい音に近づける機能と思われます。
 ちょっと、写真ではタブレット(音色を全く変える)かドローバー(ハモンドの音に近づける)かはっきり分かりませんが、当時の音では、いずれにしても、バンドアンサンブルに溶け込ませるのは、非常に技術の居る事だと思うんです。
 私は、鍵盤本体もそうですが、当時の奏者が使用していたアンプも気になります。
 鍵盤用のアンプは、果たして、何時頃から存在したのか?
 アマチュアバンドの場合は、ベースアンプを使用するのが普通だったんですよね。
 それで、ACE TONE が楽だったかいうと、これは私も大人になってから弾いたから解りますが、とても最高峰ハモンドには遠い音で、ACE TONE製作者達の研鑽は尊敬に値するものですが、こちらも、バンド内では浮いた音になってしまう。
 カップスのミッキー・吉野がいざ弾いたら、先輩達の技術が凄いもんだったと指摘してるのは、その辺が大きいのでしょう(そういう意味でボルテイジ曽根さんも偉大である)。
 黎明期、ミッキー吉野は、ローランドのアドヴァイザーになってる筈。
 いずれにせよ、当時は、鍵盤>ドラム>ベースの順にプレイヤーが居なかったから、プレイヤーと製作サイドとの確執があったにせよ、技術的には遅れたんでしょうね。
 これは、楽器がとんでもなく高価だった事もあるけど、男の子がピアノを習うと馬鹿にされた風潮もあったんですよね、かといって、当時、女性キーボードロッカーは少ないし。少し遅れて参入してきた沢松さん(+ピーターパン)辺りかな。
 あまり役に立たずすみません。

主宰者から 1999.08.09

 いつも、仔細な情報をいただき、ありがとうございます。
 実際に、演奏された方ならではの内容のメールで、GS黎明期の鍵盤楽器の取り扱いの苦労が偲ばれます。
 「あまり役に立たずすみません」など、とんでもない話で、本当に、貴重なお話をありがとうございます。
 ますます、小田さんや大野さんに、その辺の事情をお聞かせいただけないものだろうかという思いを強くしている次第であります。
 今後とも、引き続きまして、よろしくお願いいたします。



ベンジャミンさん(男性) 1999.08.08 …寺内先生のレコード

 鈴木さん、こんにちは。
 ブルージーンズの「レッツ・ゴー・クリスマス」と「ビート・クリスマス」のジャケット写真を添付します。
 PC初心者でありますので、添付ファイルを使うのはこれが初めてであります。
 寺内タケシとブルー・ジーンズのレコードは、'63年にバンドを再編してエレキ色を強めた後でも、レコード会社がキング、東芝、テイチク、コロムビアと混在しています。
 シングルはキングが殆どで、LPはキングが一番多く、次いで東芝と寺内先生が脱退する'66年まで両社からはコンスタントに出ています。
 グループ付きのシンガーのバッキングの関係もあったのでしょうが、当時のナベプロの力もあったとは言え、何がここまでリリース状況を複雑にさせていたのか、是非詳しい方にお聞きしたいところです。

主宰者から 1999.08.08

 日に何度もメールを頂戴し、本当に、ありがとうございます。
 しかも、貴重な画像まで添えていただき、恐縮至極であります。
 あの時期のレコード会社との契約関係は、ブルコメの場合も、一体、どうなっていたのだろうと思うことがしばしばでありまして、CBSコロンビアだけでなく、ケイブンシャからもソノシートが発売され、尾藤イサオさんのバッキングでは、ブルージーンズと内田裕也さんと同じLPで、東芝からもレコードが出たりしております。
 私も、長年、疑問に思っていた点でありまして、ベンジャミンさん同様、当時の事情に詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけると、ありがたいと思っております。
 よろしくお願いいたします。



ベンジャミンさん(男性) 1999.08.08 … ブルージーンズの17cmLP追補

 おはようございます。
 寺内タケシとブルー・ジーンズの「レッツ・ゴー・・・シリーズ」(17cmLP)ですが、私は持っていませんが、これまでこの欄で紹介された他に、以下の2枚があります。(何れもキングレコード)
SS-66「レッツ・ゴー・スイム」(1965)
    真珠貝の歌/小さな竹の橋/南国の夜/カイマナ・ヒラ
CT-40「レッツ・ゴー・エレキ」(1965)
    逃亡者/夢のマリナー号/十番街の殺人/ダイアモンド・ヘッド
*このCT No.のレコードはピクチャーレコードだったそうです。

 やはり、「ヤングジャンボリー」でよかったんですね。
 ブルコメの「キャラバン」でのジャッキーさんのドラムソロのときのスティックは、普通のタイプではなくティンパニーのスティックのような先がダンゴになっているやつで、バスタム中心のソロでした。あまり派手なソロではなく、やや拍子抜けしたように記憶しています。
 ビートルズの前座のドリフターズですが、ボーカルは仲本さんです。
 これはビートルズのブートCD音源の中に入っていました。



蛞蝓なめちゃん(男性) 1999.08.08 … オルガンの話と寺内先生の話

 こーん、ばーん、わっ。
鈴木様
 まずは、オルガンの件ですが、戸外で撮影された小田啓義さんのオルガンは、確かにエレクトーンです。
 ブルージーンズの鈴木八郎さんやバニーズの荻野達也さんも使っておられました。
 荻野さんのは真っ黒に塗られています。
 小田啓義さんは、新製品として発売されたエーストーンの2段鍵盤のドローバー式のものもお使いになっておられた記憶があります。
 詳細は忘れてしまいましたが、一般的に電子オルガンの音色は、プリセットされたフルート系4" とか ストリングス系8" とかを、(1)オンオフスイッチで選んで混ぜ合わせるものと、(2)ドローバーで任意の比率で混ぜ合わせるものと、 (3)レバースイッチを使って、決まったステップで混ぜ合わせるものがありました。エレクトーンは 0を含む4段階のレバースイッチで、右の写真のエーストーンはたぶんオンオフスイッチです。
 音色につけられた数字は、8"(フィート)が通常の音高で、16" がオクターブ下、 4" がオクターブ上になります。これはパイプオルガンのパイプの長さを表す数字だそうです。5度上というのもあって、混ぜると金属的な響きになります。
 エフェクトは、たいていビブラートとサスティーン(音の減衰時の伸び具合)の調節がありまして、他に1段鍵盤ではバランス・コントロールがございます。右手でメロディ、左手でコードを鳴らすと、メロディが聞こえなくなってしまうので、鍵盤の右にいくほど音量を上げるように調節します。
 また、鍵盤の左1オクターブを、さらにオクターブ下げることができる機種もありまして、これを使うと、短い1段鍵盤でベースとコードとメロディが同時に弾けるわけです。その部分のキーの色は白黒反転しておりました。オプションでベースの足鍵をつけることができる機種もありましたね。
 ボリュームはたいていフットボリュームを使います。ピッチコントロールは必ずついています。
 ヤマハの左のふたつの大きなダイアルが何だったかはっきり思い出せませんが、たぶんピッチコントロールとバランスではなかったかと思います。
 ハモンドオルガンの音は柔らかくて特徴があるのですが、他のオルガンはみんな同じに聞こえてしまいます。
 機種による違いというのはあまり意識したことがありません。
 んでもって、次はブルージーンズのレコードの話。
Kei 様
 CDはほとんど会社に持って行ってしまって、今、手もとにありませんが、「ビート!ビート!ビート!」は1〜4集までCDで復刻されています。kei さんの紹介された「ブルージーンズ・ゴールデンアルバム」、それから「バニーズ誕生」も復刻されていたと思います。月曜日から夏休みなので、確認はちょっと待ってください。「ブルージーンズ・ゴールデンアルバム」は私が初めて買った30cmLPで、「雨の想い出」が好きです。
HM様
 「バニーズ・ゴールデン・コンサート」は持ってたかどうか思い出せん...。シングル盤だと、「愛のリメンバー」「東京のサンセット」では寺内先生は演奏していません。「太陽野郎」「太陽の花」は演奏しています。でもライブ盤では不明です。
 加山雄三さんの「夜空の星」「走れドンキー」「蒼い星くず」は、寺内タケシとブルージーンズがバック演奏しています。そのころ、寺内先生はキングからレコードを出しておられましたから、たぶん映画の「客演」みたいなもんじゃないでしょうか。
 小学生のエレキバンドとは驚きですね。1967年だとアベンジャーはまだ発売されていなかったかも知れません。写真を見ただけでは分かりませんが、アベンジャーのヘッドについている Mosrite のロゴは印刷で、安っぽかったです。アベンジャーは兄の家の物置にあるのですが、昔撮影した写真が下記に置いてあります。
   http://member.nifty.ne.jp/odasan/museum/mosrite.html
ベンジャミン様
 「バニーズのクリスマスパーティ」は持っています。子どもがきゃあきゃあとうるさかったです。でも、楽しかったでございます。「ビート・クリスマス」は存じませんでした。

主宰者から 1999.08.08

 毎度、仔細な情報をいただき、ありがとうございます。
 鍵盤楽器の仕組みや機能などについて、色々と勉強させていただきました。
 私も、子供のころ(昭和43〜44年くらいだったと思います)、近所に出来た「中越文化センター」という公的な施設の1階に、いわゆる備え付けのエレクトーンのようなものが設置されていて、そのエレクトーンで、色々と音色を変えて、遊んだものでありました。
 ただ、私の場合、そうした場合に弾くメロディーが、「ブルーシャトー」の前奏だったり、「雨の赤坂」の間奏だったりしておりましたから、他の子供たちからは、奇異の目で見られておりました。
 また、貴重な画像まで、添えていただき、恐縮至極であります。



ベンジャミンさん(男性) 1999.08.08 … 主宰者様の質問とビートルズの前座

 鈴木さん、こんにちは。
 ベンチャーズとブルコメのTV競演ですが、西郷輝彦と由美かおるが司会をしていた30分番組(「ヤング・ジャンボリー」だったかな?ちょっと自信ない)で、両バンドが出ていたのを見た覚えがあります。
 ただ、競演したナンバーの曲目は覚えてません。
 ベンチャーズが「ブルドッグ」、ブルコメは「キャラバン」を演奏したのは覚えてます。
 あとフルバンドによる「10番街の殺人」にのせて、何とかダンサーズが踊っていました。
 ブルコメはこの番組の準レギュラーだったはずです。
 西郷輝彦がベンチャーズの曲目を「ブルドッグ」と紹介したときに、由美かおるが「まぁステキ!」てな事をいったのを妙に覚えてます。
 あと、ビートルズ日本公演の前座曲目ですが、'66年6月30日のものらしき録音が手元にあります。
 聞き直してみました。
 E.H.エリックがブルーコメッツ、ブルージーンズの両バンドを紹介して始まります。
1.ウェルカム・ビートルズ/全員?(ブルコメ、尾藤イサオ、内田裕也)
  ブルージーンズが演奏に加わっているのかまでは聴き取れません。終盤、尾藤さんと裕也さんが交互に「ウェルカム!ジョン・レノン!」「ウェルカム!ポール・マッカートニー!」「・・・!リンゴ・スター!」「・・・!ジョージ・ハリスン!」と叫んでます。
2.のっぽのサリー/ザ・ドリフターズ
  1分程度の演奏で、終わってから加藤茶が「バカみたい!」と叫び、長さんが「逃げろー!」と言って退場。
3.ダイナマイト/尾藤イサオ
  バックはブルコメ。
4.朝日のない街/内田裕也
  バックはブルージーンズ。
5.恋にしびれて/望月 浩
  最初に聴いたときは何故この人が?と思い、びっくりしました。やはりナベプロの力だったんでしょうか。バックはブルコメ。
6.キャラバン/ブルーコメッツ
  1分半くらいの短い演奏。ブルージーンズも合同なのかは不明。
 これで終わっております。

主宰者から 1999.08.08

 早速、ご丁寧な回答メールを頂戴し、恐縮です。
 西郷輝彦が司会の番組ということですから、TBSの「ヤング・ジャンボリー」で間違いないと思います。
 ブルコメの「キャラバン」というと、ステージでは、ジャッキーさんのドラム・ソロということになるわけですが、時間が制約されるテレビ番組なんかの場合は、やっぱり、ドラム・ソロはなしか、大幅に短縮されたのでしょうね。
 それから、ビートルズ公演の前座プログラムですが、志賀さんがお持ちの音源というのは、当時、放送されたか、販売されたかしたものなのでしょうか。それとも、個人的に、現場で録音されたものだったのでしょうか。
 何れにしても、極めて、貴重な音源ではないかと思います。
 何年か前に、日本テレビの開局40周年(だったかな)番組で、ビートルズとエルビスとマイケル・ジャクソンという日テレが招聘したアーチストの来日公演を再放送したことがあって、私も録画させてもらいましたが、ビートルズのビデオはデジタル処理によって画質が鮮明になっており、前座のプログラムも放送してくれればいいのに、と思ったものでありました。
 それから、司会のE.H.エリックさんは、私が現在の会社に入ったとき、ウチの会社が毎年、ビートルズの宿泊ホテルだった東京ヒルトン(現在のキャピトル東急)で開催していたイベントの司会もやっていただいていたことがあり、「ああ、この人がブルコメも前座を務めたビートルズ公演の司会をやった人なんだなぁ」と感慨に浸ったものでありました。
 とにかく、貴重な情報をお知らせいただき、本当にありがとうございました。
 これで、また一つ、数十年来(?)の疑問を解いていただくことができました。



Hitomiさん(女性) 1999.08.08 … 寺内タケシ

 こんにちは。
 実は、GSで売上記録を作ったLPは、寺内タケシとバニーズの「Let's Go 運命」です。
 これは、シングル中心の若いGSファンだけでなく、もっと大人の人たちにも受けたということかもしれません。
 手元にあったソロ名義のEPのジャケットがおもしろいので、画像を送ります。
 エルクのギターとアンプに囲まれて写っていてこれだけでも楽しめますが、良く見ると寺内さんのシャツの模様がなんとエレキ・ギターです。
 ところでブルージーンズ、オールスター・ワゴン、ブルー・エースという3組のエレキ・バンドが共演したクリスマスアルバム「ビート・クリスマス」65年10月発売に、ヴァン・ドックスと小畑ミキをボーナストラックに追加したCDが、昨年の11月にP−VINEレーベルから再発されています(PCD1483)ので、興味ある方は、ぜひご一聴を。

主宰者から 1999.08.08

 貴重な画像とCD情報をありがとうございました。



主宰者から 1999.08.07 … 皆様に質問です

 皆様、今晩は。
 ここのところ、エレキ・GS関連の話題が相次いでおりまして、ほとんど、“「60年代通信」夏休みスペシャル〜エレキ・GS編”というような趣きでありますが、このエレキ関連の話題が盛り上がっている間に、エレキ関連、とりわけ、ベンチャーズにお詳しい皆様にお尋ねしたいことがあります。
 実は、ブルーコメッツは、1967(昭和42)年に、テレビの番組でベンチャーズと競演(右の画像)しているはずなのですが、私は、残念ながら、その番組を見ておりません。
 そこで、もし、この番組をご覧になられた方で、まだ、その時のことを覚えている方がいらっしゃいましたら、何という番組で、どんな曲目が演奏されたのかを教えていただけませんでしょうか。
 それから、ちょっと、しつこくて申し訳ありませんが、先日のキーボードに関わる一連の話題を再び蒸し返させていただきますと、このベンチャーズとの競演番組では、小田センセイが弾いておられるのは、私の見慣れた「エーストーン」ブランドのオルガンではありません。
 ベンチャーズとの競演番組の画像では、よくお分かりにならないのではないかと思いますので、もうちょっと、分かりやすい画像も合わせて紹介させていただきます。
 上の画像は、珍しく、オルガンを外に持ち出して、撮影されたスチール写真(一番左)で、そのキーボード部分を拡大したのが中央上の画像です。
 ちょっと分かりにくいかもしれませんが、オルガン本体の前面向かって左側に「YAMAHA Electone」という文字が浮き彫りにされております(中央下の画像)。ベンチャーズとの競演番組に出演した時に、使われたのは、まさしく、このオルガンであります。
 一番右は、皆さんも見なれたオルガンではないかと思いますが、本体にお馴染みの「ACE TONE」のブランド名が付いております。
 ですから、1967(昭和42)年当時の時点で、小田センセイは、「ACE TONE」と「YAMAHA Electone」という2種類のオルガンを使い分けていらっしゃったことになるかと思います。
 ちなみに、ベンチャーズとの競演番組で「YAMAHA Electone」をお使いになられていた小田センセイは、この年の暮れに行われた「第9回日本レコード大賞授賞発表音楽会」の際には、「ACE TONE」の方をお使いになっておられました。
 上の画像で見る限り、「YAMAHA Electone」の方はファンクションの切り替えがレバー状のものだったことが分かりますし、「ACE TONE」と「YAMAHA Electone」の両方とも、ボリューム・コントロールかトーン・コントロールが良く分かりませんが、本体上面の左側にダイヤル状のコントローラーが見えております。
 この2枚の画像も、詳しい方が見れば、それぞれのオルガンの特性をはじめ、色々と指摘すべきポイントがあるのかもしれないと思い、敢えて、画像をアップし、皆様に、ご覧いただいている次第であります。
 ということで、ベンチャーズ関連、キーボード関連にお詳しい皆様、どうか、よろしくお願いいたします。



keiさん(男性) 1999.08.07 … ブルー・ジーンズのテレビ映像&ブルコメ少し・・・

 清美 様
 バニーズ&ブルージーンズの投稿で名前を書き忘れたkei=KMです。
 ブルー・ジーンズをテレビで見た方はいらっしゃると思いますが、私が見た番組を思い出したので、紹介させていただきます。
 1965年の後半だと思いますが、キングレコードの歌謡パレードのような番組で偶然、ブルー・ジーンズが出てきて、「ユア・ベイビー」と何と「スキー・ア・ゴーゴー」を演奏しました。これは「ビックリ!」後にも先にもこの2曲の演奏風景はこれっきり!です。(ビデオがあったらなぁ)
 また、電話リクエスト番組がフジテレビでありましたよね。確か「青島幸夫」と「小林大輔アナ」(ヒットスタジオに出る前)の進行で、電話でリクエストを受け付け、歌手が歌うって・・・?ヘンですよね。予め予測できる訳ないんですから。その時ブルー・ジーンズの「津軽じょんがら節」を初めて見て「こりゃ!スゴイ!ヴェンチャーズ以上だ!」・・・と思った中学1年の冬でした。それからレコードを集め始めました。
 「レッツ・ゴー」シリーズの中では「・・・フーテナニー」だけありません。
 「ビート!ビート!ビート!」シリーズは第3集、4集は持っていますが、1、2集がありません。
 脱退後出た「ブルー・ジーンズ・ゴールデン・アルバム」がCDで復刻されれば、一番のお薦めになるんですけれど・・・。
 その曲名を紹介します。
1.涙のギター(ブルコメも演っていた:すぎやまこういち作)
2.雨の想い出(現在もステージで演っている名曲:加瀬邦彦作)
3.ダイヤモンド・ヘッド(あまりにも有名なヴェンチャーズの曲)
4.黒田節(名演)
5.夜路(今いち?:寺内タケシ作)
6.夜霧のなぎさ(私のベストワン!:寺内タケシ作)
7.津軽じょんがら節(寺内節を世に知らしめた曲)
8.越後獅子(重厚なサウンドでベースがカッコいい)
9.ユア・ベイビー(唄もので寺内氏のファルセットボイスが聞ける)
10.ブルー・ジーンNo.1(サーフィンインスト:加瀬邦彦作)
11.ハートで歌おう(ユア・ベイビーの二番煎じ:加瀬邦彦作)
12.涙の十字路(夢見るションソン人形に似ている:加瀬邦彦作)
13.草津節(草津良いとこ〜・・・のトレモロがgood)
14.急がば回れ(当時のバンドテーマでアレンジが凝っている)
 これに「スキー・ア・ゴーゴー」が入っていれば完璧なんですが・・・
 以上、長くなって申し訳ありませんでした。
PS
ベンジャミンさん、「ビート・クリスマス」は知りませんでした。
蛞蝓なめちゃんさん、「モラレス」・・・懐かしいです。
T・Wさん、サーティーエイトに出演って本当ですか?
清美さん、ブルコメ第1集にある「ウェルカム・ビートルズ」はビートルズの公演の際、前座に出ていた全員で歌っていましたよ、裕也さんが唄を覚えきれていないのが印象的でした。「シャウト・アンド・ブルース・ビート」「隠れた恋」、2集では「マイ・オールド・タウン」「太陽の娘」・・・クリスマスソングの「ブルー・キャンドル」「バラのクリスマス」等が好きです。

主宰者から 1999.08.07

 寺内タケシさん関連で、色々な皆さんからメールを頂戴し、リアルタイムでの沢山の思い出や体験を、興味深く読ませていただいています。
 さて、keiさんは、武道館でのビートルズ公演をご覧になられていらっしゃるようですが、前座で出演された皆さんというのは、ブルコメも含め、どの程度の曲数と曲目を演奏されたのでしょうか。
 手元に資料がありませんので、ウロ覚えで書かせていただきますが、松戸さんがお書きになっていたブルコメや内田裕也さんのほかにも、尾藤イサオさんやドリフターズの皆さんなども出演されていたと記憶しております。
 ご記憶の範囲でお聞かせいただけるとありがたいです。
P.S.
 ブルコメのLPへのコメント、ありがとうございます。
 「太陽の娘」を気に入ってくださっている方が多いようで、ブルコメ・ファンとして、非常に嬉しいです。



千葉県市川市・HMさん(男性) 1999.08.07 … 続・バニーズの謎?!

 鈴木さん、寺内先生の反響凄いですね!
 市川のMです。
Kei様Hitomi 様蛞蝓なめちゃん様TW様ベンジャミン様
 いろいろ教えて頂きありがとうございました。なんか、今までくすぶっていたものが晴れたような気がいたします。
 アバウトな性格でしたので、深く考えずに、当時(小学校6年から、中学1年生頃)、仲間と、エレキ・バンド(エコーズなんて、つけておりました…、恥ずかしいですが…?!)を結成して、ヴェンチャーズやバニーズのコピーをしておりました。
 リード・ギターを担当していたY君は、モズライトもどき(今まで、本物?だと思っておりましたが、蛞蝓なめちゃん様の言われた>モズライト・アベンジャーという名前で、ヘッド部分のM字型の切り込みが、「類似品」ではないことを主張しております。で、これが確か 48,500円 でした。<…ではないかと今思いました)で、「レッツゴー・運命」や「未完成」、そして、ヴェンチャーズやランチャーズの曲を本当に小学生かと思うぐらい上手く演奏していたのを、今さらながら、覚えております。
 それだけ、当時はバニーズ(寺内先生ですが…)は、エレキ少年の憧れの的だったのだとしみじみ思いました。
 ちなみに、私の担当は、サイド・ギターとベースでした。
 ギターの名前は、お金がなかった私の家では、日本製の・・・(名前までも忘れてしまいました!)で、池袋西武デパートで親に買ってもらったものでした。
 ちなみに、私は、このギターをワイルド・ワンズ加瀬邦彦仕様に作り直すんだと、ボディを逆さにして無残にも壊してしまいました(笑)。
 ところで、この場を借りて皆さんに再度質問なのですが、「バニーズ・ゴールデン・コンサート」において、「太陽の花」でリードを取っているのは、寺内先生でしょうか?
 そのあとの「愛のリメンバー」や「太陽野郎」は、どうみても寺内先生ではなさそうなのですが・・・。
 それともう1つですが、加山雄三の「夜空の星」の編曲は寺内先生だと思うのですが、当時は東芝に寺内先生は所属していたのでしょうか?
 そして、このレコードの伴奏を実際に演奏していたのは寺内先生ですよね?
 そして、「青い星屑」もそうでしょうか?
 なんか子供相談室のようになってしまいましたが、よろしくお願いします。
P.S.
1967年当時、日本最年少のエレキ・バンドとして人気を誇ったエコーズ
 恥ずかしいのですが、1967年当時の私のバンドの写真です。この右が私で、左のY君の持っているのが問題のモズライトですが、これはどのモデルだったのでしょうか?

主宰者から 1999.08.07

 やっぱり、東京の小学生は凄いです。
 当時、小学校6年からエレキバンドなどを組んでいた連中は、私の回りにには、おりませんでした。
 以前、どこかのページでも書かせていただきましたが、小学校の卒業式の後の謝恩会で、私たちは、ブルコメのモノマネをしたのですが、井上忠夫役の私が持ったフルートは竹の杖に銀紙を巻いたものでしたし、三原綱木役のM君が持ったファーストマンのリバプールは、木工所だった友人のS君の家でベニヤ板で型を抜き、ポスターカラーで色を塗ったものでありました。
 牧野さんが、ホンモノのエレキギターでバンドを組んでいた頃、私たちは、ハリボテの楽器を持って、レコードに合わせて口パクのモノマネをしていただけだったのであります。情けない…。
 私が、初めて、友人と3人で、フォークルのようなギター2本とウッドベース1本のグループを作り、人前で演奏したのは中学3年の文化祭の時でありました。
 謝恩会の写真も中学の文化祭の時の写真も、私の手元には残っておりません。
 昔の同級生が持っていたら、是非、見せてもらいたいものだと思っております。
 お送りいただいた画像の写真も、今となっては、大変、貴重なものだと思います。



ベンジャミンさん(男性) 1999.08.06 … ブルー・ジーンズの17cmLP追加

 鈴木さん、こんにちは。
 蛞蝓なめちゃんさんの情報に、私の手持ちのレコードを補足させていただきます。
 寺内タケシとブルー・ジーンズのクリスマスEPですが、下記の2枚がキングから出ています。
SS-36 レッツ・ゴー・クリスマス(1964)
      ジングル・ベル(ホット・ロッド)/赤鼻のトナカイ(ツイスト)
      サンタが町にやってくる(サーフィン)/ブルー・クリスマス(スカ)
 このレコードはタイトルの字体が違うものと、バックカラーが違うもの、3種類を 見た事があります。( )内のリズムアレンジになっています。
SS-86 ビート・クリスマス(1965)
      ホワイト・クリスマス/わらの中の七面鳥/きよしこの夜/別れのワルツ
 こちらは特にリズムの表記はありません。
 1968年には、寺内タケシとバニーズで「バニーズのクリスマス・パーティー」というのが出ています(SS-238)。
 曲目は、「ジングル・ベル/ブルー・クリスマス」、「サンタクロースがやってくる/ホワイト・クリスマス」であります。

主宰者から 1999.08.06

 またまた、貴重な情報をありがとうございます。
 エレキ系には、あまり強くないので、私から提供させていただく情報が少なくて、皆様には、本当に申し訳なく思っております。
 ベンジャミンさんをはじめ、お詳しい皆様で大いに盛り上がっていただき、私も、色々と勉強させていただこうと思います。
 引き続きまして、よろしくお願いいたします。



ITさん(女性) 1999.08.06 … ブルコメのアルバム・PART2

 ブルーコメッツのアルバムで私が持っているものは、「オリジナルヒット第1集」、「オリジナルヒット第2集」、「ヨーロッパのブルーコメッツ」、「アメリカのブルーコメッツ」、そして先日申し上げた「LIVE&MORE」ぐらいです。
 私も、鈴木さんと同じで、たぶんオリジナルヒット第2集を一番聞き込んでいるのではないかと思います。
 このアルバムで、シングルの中におさめられていない曲の中で私の一番のお気に入りとなっている曲は、「ラヴァーズ・シェイク」という曲です。
 鈴木さんもおっしゃられているように、この曲は私がブルコメに持っていた曲のイメージとは少し違ったのですが、なぜか彼らにはお似合いの曲のように思えました。
 このアルバムの中で、もう一つ大好きな曲をあげるとすると、「太陽の娘」という曲になるでしょうか。1番と2番の間にある間奏がかなりかっこいいです。なんというか、当時の最先端の都会的センスを感じるというか、やはり技術あってのサウンドという感じがするのです。
 第1集の方にはインストなんかも含まれていて、かなり画期的なアルバムですね。
 「星に祈りを」という曲は、知っている曲でした。たしか、ブルコメではない何かのグループが歌っていたような気がしたのですが、気のせいだったかもしれません。
 でも、きっと、私のように、このような時代に興味のある10代の方でなくても、きっと聞いたことのある曲だと思いますよ。有名な曲だと思います。
 「思い出のメロディー」に、すでにブルコメが出演していたとは知りませんでした。5〜6年前ということですが、まだそのころは中学1年か2年くらいだったので、60年代に目覚める前だったのかもしれません。誰かが、ビデオを持っていないかどうか聞いてみたいと思っています。
 去年の年末に、「レコード大賞40周年記念」とかいうかんじの番組がテレビでほうそうされたんですけれども、鈴木さんはご覧になりましたか?
 私は、ブルコメがレコード大賞をもらったことがあるという事実をまだ知らなかったのですが、昔の歌には興味があったのでビデオを撮りながらぼけーっとみていたところ、「第9回大賞受賞のブルーコメッツのみなさんです」という声で、一気に目が覚めました。井上さんは、ご病気になられたとかで姿は見られませんでしたが、ほかのみなさんは、きちんと出席されていました。
 もし、井上さんが出席されていたら、5人できちんと演奏する予定だったらしいです。
 やっぱりプロなんだなあ、と、改めて思ってしまいました。
 ・・・言い忘れましたが、ブルコメのアルバムの中で、「G.S.R.」というのがあるんですが、このアルバム自体はCDになっていなくて、LPの方も捜すのが難しかったので、その中から、「花の首飾り」と「夕日が泣いている」をブルコメがカバーして歌っているものが収められている「カルトTOロックFROMGS」というアルバムの方も最近手に入れました。
 アレンジに工夫があって聞きごたえがありました。
 他に、タイガースやワイルドワンズなどさまざまなGSの曲が収められています。

主宰者から 1999.08.06

 私と同様に、「オリジナルヒット第2集」を一番聴きこんでいらっしゃるということで、やはり、あの頃のブルコメには、一番、パワーが秘められていた時期だったのだろうと思います。
 ブルコメのLPを振り返ってみて、残念に思うことがいくつかありまして、その一番目は、「オリジナルヒット第3集」以降が作られなかったことです。
 つまり、シングル盤でいうと「心の虹」から「草原の輝き」辺りまでの頃で、一度、オリジナルLPを出してほしかったと思いますし、「涙の糸」や「海辺の石段」辺りの頃でも、例えば、実験的な筒美作品と井上作品をA/B面でそれぞれまとめるような企画もののオリジナル盤なんかもあったらよかったのにと思っています。
 「オリジナルヒット第2集」以降は、「ヨーロッパ」と「アメリカ」を除くと、オリジナル作品のアルバムは「ベストもの」だけになってしまいます。
 あとは、外国曲のカバーもののLPだけで、いわゆる「オリジナル・ヒット第1集」と「オリジナル・ヒット第2集」と同じように、メンバーのオリジナル作品をまとめたものがありません。
 それから、昭和42年の後半から昭和43年の前半にかけての辺りの、いわゆる全盛期のステージのライブ盤というのも、残しておいてほしかったと、いつも残念に思います。
 これは、ブルコメだけではなく、他のGSについても、ライブ盤は驚くほど少なくて、何か、特別な理由でもあるのかなと思ってしまうほどです。
 TANAKAさんが言及されていた「オリジナルヒット第1集」に入っていた「星に祈りを」は、「若者たち」のヒットで知られるブロードサイドフォーのレパートリーとして、より知られている作品です。
 第1集の特徴として、インストもののほかに、「星よ星よ星よ」と「星に祈りを」というフォーク系の曲が収められていることが挙げられると思います。
 そういえば、スパイダースの2ndアルバムにも、PPMの「500マイル」が入っていました。
 4〜5年前の「懐かしのメロディー」に出た頃、ブルコメは同じNHKの「歌謡ステージ」にも出演して、「ブルーシャトー」と「北国の二人」を歌っておりました。
 そのちょっと後には、フジテレビの「ものまね王座」で、ガンちゃんが決勝で井上忠夫さんのモノマネをした時、ニューブリードのバンマスとして棒を振っていた三原綱木さんがギターを弾いたり、高橋健二さんも応援出演したりしました。
 昨年の暮れの「レコ大40周年記念番組」の際には、井上さんも出演の予定でしたが、確か、前日になって、病気のため、出演をキャンセルされたということを、年明けにジャッキーさんから電話でお聞きしました。メンバーの皆さんも、久しぶりにテレビの生番組で演奏されるのを楽しみにしていらっしゃったようで、非常に、残念がっておられました。
 それから、「from GS to ニューロック カルト編」というCDに入っているブルコメの「花の首飾り」は、「GSR」には入っておりませんので、非常に、貴重な音源だと思います。
 恐らく、「GSR」用に録音されながら、実際には、LPに入らなかったものではないかと思われ、「GSR」に入っているタイガースの曲は「モナリザの微笑」だけでした。
 私も、ブルコメの「花の首飾り」は、昨年、CDを買うまで、聞いたことがなかったほどです。
P.S.
 というメールをお返しした後で、また、いくつか、書きたいことが出てきましたので、補足させていただきます。
 「星に祈りを」は、私が中学の頃、友人と組んでいたトリオのフォークグループのレパートリーにしておりましたし、「若い二人の行く手には 今日にも まさる 喜びがある」という辺りをパクった私の詩が、中学2年の時、私のクラスの学級歌として採用されたのを思い出しました。
 それから、「GSR」の中では、「青い瞳」が、アコースティック・バージョンと申しましょうか、アンプラグド・バージョンと申しましょうか、生楽器をフューチャーしたアレンジで録音されており、私のお気に入りとなっております。



蛞蝓なめちゃん(男性) 1999.08.06 … エレキ部落の大統領

 こんにちは。
HM様Kei様Hitomi 様 盛り上がってきましたねー。
 寺内先生の話題となると、読んでいるだけではつまらない...。
 後には17cmEP盤と30cmLP盤に収束していきますが、かつては25cmLP盤とか17cmLP盤とかございました。
 ジャンルを超えたブルージーンズの名演奏は17cmLP盤のシリーズに見ることができます。
・レッツ・ゴー タンゴ! SS-72 真珠採り/ジェラシー/ラ・クンパルシータ/エル・チョクロ
・レッツ・ゴー・歌謡曲! SS-73 女心の唄/忘れな草をあなたに/まつのき小唄/かえしておくれ今すぐに
・レッツ・ゴー・ラテン! SS-74 チェリー・ピンク・マンボ/タブー/キサス・キサス・キサス/花火
・レッツ・ゴー フーテナニー SS-88 かわいい小鳥/ドンナ・ドンナ/雨に消えた想い/500マイル
・レッツ・ゴー・民謡! SS-115 津軽じょんがら節/さのさ/おこさ節/黒田節
・レッツ・ゴー・スキー! SS-116 スキー・ア・ゴー・ゴー/白銀は招くよ/雪山讃歌/スケーターズ・ワルツ
・レッツ・ゴー・マーチ! SS-128 軍艦マーチ/星条旗よ永遠に/錨をあげて/セントルイス・ブルース・マーチ
・レッツ・ゴー・ハワイアン SS-138 小さな竹の橋/真珠貝の歌/ブルー・ハワイ/南国の夜
・レッツ・ゴー 越後獅子 SS-140 越後獅子/木遣りくずし/草津節/通りゃんせ
 不幸にして「クリスマス」は持っておらないのですが、さまざまなジャンルの曲をエレキで演奏あそばされておられます。
 独立しようとした寺内先生とそうはさせじとする渡辺プロの確執があって、ブルージーンズ脱退後、1年間は病気療養という名目で演奏活動を停止されておられましたが、そのときのエネルギーが「バニーズ誕生」「世界はテリーを待っている」に結集されたのでしょうね。
 実は、どちらもLPは持っていないのですが、友人に借りて聞きたおしたので、よくおぼえています。
 "Comin' Home Baby" や「朝日のごとくさわやかに」なんて、聞きほれたもんです。
 「正調寺内節」は数あるというか、数えきれないほどある寺内先生のアルバムの中で、最高傑作と言ってよいのではないかと思います。
 大石吾郎さんは、当時の 輿石秀之 さんでございます。彼が脱退したあと 鈴木義之さんが加わったわけですね。
 バニーズが活躍したころは、わしもエレキ小僧で、寺内節をいっしょけんめいまねっこして練習したもんです。
 モズライトは、フェンダー以上に憧れの的で、ホンモノが買えない青少年のために、全音からモラレスという類似品(重かった)や、それも買えない貧乏人のためにグヤトーンからもっと軽くて安い類似品が発売されました。
 そのうち、綱木さんのギターで有名なファーストマンが、モズライトと契約して国産モズライトを発売いたしました。モズライト・アベンジャーという名前で、ヘッド部分のM字型の切り込みが、「類似品」ではないことを主張しております。
 で、これが確か 48,500円 でした。貧乏な私は、さらにこれの中古を約 10,000円で買ったのでした。きゃははは。
 Kei さんは、復刻版65年モズライトをお持ちだそうで、うらやましい限りです。
 ちなみに、先生のホンモノは、下記にお写真がございます。
   http://www.amy.hi-ho.ne.jp/suzuhen/guitar.htm
蛞蝓なめちゃん Name-chan, the slug
 http://member.nifty.ne.jp/odasan/

主宰者から 1999.08.06

 私の場合、エレキブームにはちょっと乗り遅れた世代ということになりますので、皆さんのリアルタイマーならではの濃密な話題を、ただただ、感心して読ませていただくのみであります。
 バニーズも、鈴木義之さんは覚えておりますが、大石吾朗さんがいらっしゃった頃は、あまり記憶にありません。
 それでも、後追いで、ベンチャーズや寺内タケシさんやブルージーンズなんかを聴かせていただいておりますので、この話題をどんどん深めていただければと思う次第であります。



TWさん(男性) 1999.08.06 … エレキ・GS

 鈴木さん、こんにちわ。
 たてつづけての「エレキ・GS」嬉しいです。
 Keiさんがおっしゃるように、モズライトのサウンドはいいですね〜音が伸びるというのか...
 大石吾朗さんからお聞きしたんですが、バニーズのモズライトはサンバーストカラーだったのを、銀座のヤマハに持ち込んで、ピアノと同じ塗装でブラックにリペイントしたとのこと(音はちょっとかわるようです)。
 Keiさんは65’モデルをお持ちのようですが、羨ましい!
 自分も94年に、加山雄三さんのKCモデル≠ェ復刻発売の時、入手しようと手をつくしたのですが、残念ながらダメ・・・
 聞くところによると、このモデルはロサンゼルス在住のS氏(日本の方です)の手によるものだそうです。
 こちらもオールドモデルに劣らないいいサウンドですね。
 ところで、寺内御大ですが、12月12日(日曜日)錦糸町のライブハウス「サーティエイト」に出演が決まっています。
 ますます健在?ですね。
追伸
 「世界はテリーを待っている」CD発売されるといいんですが...

主宰者から 1999.08.06

 私の場合、いわゆるベンチャーズ〜加山雄三(エレキの若大将)〜寺内タケシ〜ブルージーンズという辺りのラインは、ちょっと、遅れ気味の世代であるという関係もありまして、リアルタイマーとしての経験をベースに、皆さんのお話に加われないのが、とても残念です。
 それでも、後追いの形で、ベンチャーズも寺内タケシさんもブルージーンズも、色々と聞かせていただいておりますので、リアルタイムどっぷりの皆さんのお話を興味深く拝見させていただいておりますので、引き続きまして、よろしくお願いいたします。





“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


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