読者の皆様から「60年代通信」にいただいた
暖かい励ましのお便り
 その24



“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


「読者の皆様からの暖かい励ましのお便りコーナー」
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「60年代通信」トップページはこちら


その1(1997年4月〜1998年3月)
その2(1998年4月〜1998年6月)
その3(1998年7月〜1998年9月)
その4(1998年10月)
その5(1998年11月〜12月)
その6(1999年1月)
その7(1999年2月 1日〜15日)
その8(1999年2月16日〜28日)
その9(1999年3月 1日〜10日)
その10(1999年3月11日〜20日)
その11(1999年3月21日〜31日)
その12(1999年4月1日〜10日)
その13(1999年4月11日〜20日)
その14(1999年4月21日〜30日)
その15(1999年5月1日〜10日)
その16(1999年5月11日〜20日)
その17(1999年5月21日〜31日)
その18(1999年6月1日〜10日)    
その19(1999年6月11日〜20日)
その20(1999年6月21日〜30日)
その21(1999年7月1日〜10日)
その22(1999年7月11日〜15日)
その23(1999年7月16日〜20日)
その24(1999年7月21日〜):このページ
その25(1999年7月26日〜)
「60年代の謎」:お便りの疑問コーナー

 このページは、皆様から、「60年代通信」宛てに頂戴したEメールを紹介させていただくコーナーです。
 いただいたEメールは、誹謗・中傷やそれに類するもの、あるいは、公序良俗に反するものでない限り、基本的に、原文のまま、掲載させていただく方針ですが、用字用語の修正をさせていただく場合があるほか、お名前は、イニシャルあるいはペンネームに代えさせていただいておりますので、ご了承いただければと思います。
 頂いたEメールの掲載について、ご意見、ご希望のある方は、ご遠慮なくお申し出ください。
 皆様から頂戴するEメールだけが、シコシコと家庭内手工業でページを作っている主宰者の唯一の励みとなっておりますので、異論・反論・ご批判など、何でも結構ですので、よろしくお願いいたします。





ベンジャミンさん(男性) 1999.07.25
  … 初めてお便り申し上げます

Hitomiさん(女性) 1999.07.25
  … タイガースの映画について

ANCHORさん(男性) 1999.07.24
  … ダニー飯田さんの記事を読んで

ITさん(女性) 1999.07.23
  … タイガースの映画について

福島県郡山市・FIさん(50代男性) 1999.07.23
  … 忠臣蔵と新撰組

三重県桑名市・稲葉小僧さん(40代男性) 1999.07.23

  … 主宰者様、お待たせいたしました。帰ってきた稲葉小僧です

千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.07.22

  … GSソングいろいろ

abebeさん(男性) 1999.07.22
  
… 「チャート関連フリートーク掲示板」というのを作りました

ITさん(女性) 1999.07.22

  … ああ、動くブルコメ・第二弾

三重県四日市市・TSさん(男性) 1999.07.22
  … 舟木一夫のファンクラブの入会方法教えて下さい

MUUMUU星人さん(女性) 1999.07.22
  … またまた質問で〜す。テンプターズの・・・

祝進さん(男性) 1999.07.21
  … 追伸(ミネビタール)

祝進さん(男性) 1999.07.21
  … パパ行ってらっしゃい

祝進さん(男性) 1999.07.21
  … パンビタン

MUUMUU星人さん(女性) 1999.07.21
  … 谷豊

TKさん(男性) 1999.07.21
  … 出演作品(大竹タモツさん+吉田義夫さん)





ベンジャミンさん(男性) 1999.07.25 … 初めてお便り申し上げます

 はじめまして。
 Hitomiさんの掲示板でこちらのHPの紹介がありましたので、寄らせていただきました。
 ベンジャミンことKSと申します。
 ブルコメの事についてこれ程詳しい内容を見る事が出来るなんて思ってもみませんでした。
 とても一度では隅々まで見られないと思いますので、これからも寄らせてもらいます。
 私もブルコメをきっかけにGSにはまって行った(おそらくリアルタイムぎりぎりの世代の)者です。
 うろ覚えになってしまっている事がいろいろあり、自分の記憶違いも HPの中で発見出来ました。
 「雨の赤坂」直後のウェスタンカーニバルでのステージを、ずっと着流し姿だと思っていましたが、実は羽織袴が正解だった事。
 尾藤さんがこの時はカップスのステージに客演したので変だなとは思いましたが、まさかあんな格好でセリから上がってくるとは。当時、さすがにこれはないだろうと正直思いました。
 シングル盤紹介で、「最後のウェスタンカーニバル」で演奏したB面曲は「銀色の波」だけと書いてありましたが、私が観た2日目1回目では「甘いお話」も演奏しました。CD には入っていませんが、あの収録はタイガースが出た後半2日でのものだと思いますので、おそらく各バンドのセットリストはタイガースの時間分、少しずつ変えられていたのではないかと考えていたのですが。
 私は北海道の田舎で生まれ育ちましたから、どんなに当時GSが好きでも、生で観る事なんてかなわぬ夢でした。
 ですから、あのウェスタンカーニバルを3階席から観て、ジャッキーさんのドラムのフレーズが「青い瞳」だと気がついた途端、私の視界は涙でゆがみ始めました。
 しかし、それは懐古なんかではなく、ずっと抱き続けてきた(GSを容易に観る事が出来る環境に対しての)田舎者のコンプレックスから、ようやく解放された喜びの涙だったと思っています。
 少し前に、水戸浩二の事が書いてありましたが、当時の歌本をみると’67年の6月1日に「君を信じて」(阿蘇健詞・北原じゅん曲)でクラウンからデビューしています。
 1番の歌詞は、
   星がとんだね 夜風が甘いね
   話しても 話しても
   つきない 君と僕
   すねたりしないで いい娘だろ
   いつものように ほほえんで
   お休みって お休みって
   言っとくれ
   (せりふ)
    嘘だろうって? 嘘なもんか・・・
    僕は君を信じて
    どこまでも どこまでも
    つっ走るぜ・・・・わかる?・・
です。
 ’68年春の歌本では、「君さえいれば」(水島哲 詞・北原じゅん 曲)という曲が載っていましたが、これも’67年の曲のようです。
 それでは失礼いたします。
 お身体に気をつけて下さい。

主宰者から 1999.07.26

 Eメールにありました「さよなら日劇ウエスタンカーニバル」で演奏されたB面曲の件ですが、実は、先日、改めてCDを聞いてみたら、ちゃんと「甘いお話」も入っておりまして、おっしゃられるように日にちによって、ちょっとメニューが変更されていたのかもしれませんし、あるいは、私の記憶違いかもしれません。
 先日も、「お便りコーナー」で書かせていただいたのですが、私は、多分、初日のステージだったと思いますが、大きなカセットデッキのデンスケを持ちこんで、3階席の最前列で全ステージを録音するという違法行為を働いておりまして、既に、そのカセットテープも行方不明状態ですけれども、何度も、聞いたのでよく覚えており、そのテープでは、「銀色の波」に入る前に、井上さんのMCで「次ぎは、マニアックな曲をやります」と言って、「銀色の波」をフルコーラスで演奏していたはずでありまして、明かに、CDのステージとはメニューが異なっているように思ったりはしています。
 何れにいたしましても、ブルコメ特集のページにしても、一昨年のHP立ち上げ直後に作らせていただいたもので、ページの作りが、例えば、最近、作らせていただいているタイガースのページなんかに比べると粗製乱造気味というか、作りが軽すぎた気がしておりまして、今後、順次、加筆訂正をしていきたいと思っておりますので、また、よろしくお願いいたします。



Hitomiさん(女性) 1999.07.25 … タイガースの映画について

タイガースの映画について
〈最初の出演映画〉
「ドリフターズですよ前進前進また前進」1967(昭和42)年10月
〈主演〉
「世界は、ボクらを待っている」1968(昭和43)年4月
「華やかなる招待」1968(昭和43)年12月…併映は、ドリフ映画
「ハーイ・ロンドン」1969(昭和44)年7月
です。

主宰者から 1999.07.26

 タイガースの出演映画について、正確な放映時期をご教示いただき、ありがとうございます。
 先日、私が書かせていただいた放映時期で、大体、合っていたようです。
 「ドリフターズですよ前進前進また前進」は、見ているはずだと思うのですが、タイガースがどういう形で登場し、映画の中の演奏曲目などは、全然、覚えていません。
 私も、改めて、調べてみようと思いますが、もし、どなたか、ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけませんでしょうか。
 よろしくお願いいたします。



ANCHORさん(男性) 1999.07.24 … ダニー飯田さんの記事を読んで

 久しぶりにおじゃましました。
 少し前の話題で申し訳ありませんが、ダニー飯田さんの追悼記事を読ませていただきました。
 記事にもあるように、亡くなられる少しまえに、NHKのBSでお元気そうな姿を拝見したばかりだったので、大変ショックでした。
 その日のニュースを聞いて、私のホームページ「ピーナッツホリデー」の「ひとりごと」欄にも簡単ではありますが、追悼の文を書かせていただきました。
 私が、ダニー飯田とパラダイスキングの生のステージを見たのは、昭和53年10月8日、愛知県勤労会館での坂本九20周年全国縦断リサイタルのゲストコーナーで、森山加代子さんも出ていらっしゃいました。
 その九ちゃんももういない。
 ずっと佐野修さんといっしょにたのしいポップスを歌いつづけていらっしゃって、他の歌手の方たちが、歌謡曲や演歌に行ってしまったのに、ダニーさんは最後までアメリカンポップスを愛し歌い続けてこられました。
 素晴らしい方でした。
 特集記事ありがとうございました。
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           ★ピーナッツ・ホリデー★
http://www1.neweb.ne.jp/wa/peanutsfan/peanuts%20holiday.htm
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主宰者から 1999.07.24

 私は、最後の出演番組となったBSの放送は拝見しませんでしたが、2年前、偶然、ライブのステージを見ることができて、本当に運が良かったと思っています。
 おっしゃられるように、ダニー飯田さんは、最後まで、アメリカン・ポップスの楽しさを現役として私達に教えてくださった素晴らしい方でありました。



ITさん(女性) 1999.07.23 … タイガースの映画について

 昨日の夜、私は、ザ・タイガースの「華やかなる招待」という映画のビデオを途中まで見ました。
 夜も、結構、遅かったので、途中になってしまいまして、今日は、最後まで見たいと思うんですが、ヒット曲がたくさんあって、とても、おもしろかったです。
 ジュリーは美しいですね。かっこいいというよりも。
 まだ、「ハーイ・ロンドン」という映画もあるので、これからみたいと思います。
 これらの映画は、いつのものなんですか?
 もしご存知でいらっしゃったら、教えていただければと思います。
 それから、他にも、彼らの主演映画はあるのでしょうか?

主宰者から 1999.07.23

 タイガースの主演映画は、すでに、「60年代通信」でも取り上げさせていただいている「世界はボクらを待っている」というのが、最初の作品です。
 ご覧になられた「華やかなる招待」は、主演映画としては2本目で、「ハーイ!ロンドン」が3本目でした。
上映時期についてですが、「世界はボクらを待っている」は「花の首飾り」がヒットしていた1968(昭和43)年のゴールデンウィーク前後の頃、「華やかなる招待」は「青い鳥」がヒットしていた1968(昭和43)年の暮れ頃、「ハーイ!ロンドン」は「スマイル・フォー・ミー」がヒットしていた1969(昭和44)年の夏頃だったと記憶しております。
 他にも、作品名は忘れてしまいましたが、東宝の怪獣映画だったか若大将シリーズだったか、あるいは「寅さん」シリーズだったかと、とにかく、その辺の映画と併映されていたドリフターズの映画なんかにも、タイガースが出ていたはずです。
 天地真理さんなども、ドリフターズの映画には出たりしていましたから、ナベプロの歌手は、結構、ドリフの映画には出ていたのだろうと思います。
 何れにしましても、タイガースの映画については、正確な上映時期をご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけませんでしょうか。
 よろしくお願いします。



福島県郡山市・FIさん(50代男性) 1999.07.23 … 忠臣蔵と新撰組

 拝啓、またお便りいたします。郡山のF.I.です。
 いやー、鈴木さんがその昔、忠臣蔵に”お熱”だったとは驚きです。
 私は、「大忠臣蔵」は残念乍ら全話観ることなかったのですが。
 私が中学生の時かと思うのですが、NHKで「赤穂浪士」をやってて、あの芥川也寸志(?)の独特のテーマ音楽で始まるドラマはかなり観ました。
 長谷川一夫が大石役で吉良が滝沢修かと思います。創作で堀田隼人なる人物が登場して、その役の林与一が人気が出て、紅白の審査員にもなったと思います。
 突然、話は飛びますが、芥川也寸志は「地獄変」(キャスト:中村錦之助・仲代達也・内藤洋子)のテーマ音楽も担当していて、曲風は似てます。忠臣蔵は視聴率が稼げるのか、NHKでは結構大河ドラマで登場しますが、民放では珍しい。
 ただ、テーマ音楽は結構重かった?ではありませんか。
 私も忠臣蔵を結構観てきて、最近は少々食傷気味。
 どちらかと言えば新撰組に入れ込んでます。 特には「」ですね。
 私の住んでいる福島県も会津という幕末に活躍した藩があって、今でも会津の人達は「前の戦争」というと、第2次大戦でなく、戊辰戦争を指すそうですから、更に出身が山口県などと言うといい顔しないそうです。
 そんなわけで私も新撰組には殊更思い入れがあったりするんですが、最近テレビで放映された新撰組は随分変わったと言えます。
 今、土方歳三は局長の近藤勇より大変な人気であるようで、特に女性にもてる(いろいろ土方歳三を調べて、あの肖像写真を観て(やさ男!)で一遍にまいってしまう)。
 ただ、司馬先生の「燃えよ剣」は史実と離れていすぎるように思います。
 あんなストイックでないと思います。
 もし、これからドラマ化するなら、「土方歳三」は栗塚旭でなく、感じとしてはま、中条きよしが近いかなと思ったりしてますが、ちょい年を取りすぎているし。
 時代劇もあまり人気ないので、今世紀中も21世紀も無理か。
 「忠臣蔵」と「新撰組」どちらも集団ドラマ、栄光、そして悲劇へと、・・・日本人は滅びの美学というのが好きなんですね。
 先日、自殺した江藤淳も殉じたくらいに。
 ちょっと、取り留めがなくなってしまいました。
 最後に、ブルーコメッツ「ブルーシャトー」の替え歌「盛りトンカツ、いずみにんにく・・・」のフル・コーラスを誰か知っていたら教えて下さい!

主宰者から 1999.07.23

 もちろん、ご存じのことと思いますが、土方歳三は、私が住んでいる東京都日野市の出身ですので、市内の生家跡には土方歳三記念館などというのもありますし、隣の駅の高幡不動には、数年前に「土方歳三の像」などというのも作られました。
 また、近藤勇も調布の出身で、天然理心流の道場も、もともと三鷹の辺りが一大勢力だったようですし、三多摩地方というのは、新撰組の源流といってもいいような場所みたいです。
 それから、FIんは、長岡にお住まいだったわけですから、先刻ご承知でいらっしゃると思いますが、戊辰戦争といえば、私の故郷であります新潟県長岡市も、激戦場の一つでありました。
 私が東京で学生生活を送っている頃、両親と姉の3人で会津地方に家族旅行に行ったところ、「長岡から来た」というと、旅館でも食堂でも土産物屋でも、大歓迎されたそうであります。
 ご存じのように、長岡藩は、倒幕か佐幕かで国論が割れている時に、河井継之助が「武装中立」を訴え続けていたわけですが、結局、政府軍(官軍)には受け入れられず、最後は、奥羽列藩同盟の一員として、会津藩などと共に官軍と戦うことになり、戦傷を負った河井が会津へ敗走する途中でこの世を去りました。
 山口県のご出身の方は会津では苦労されるのでしょうが、長岡の人間には、今だに親近感を持っていただける所以です。
 考えてみると、私は、長岡出身で、東京に来てからは、ずっと、新撰組の源流とも言うべき三多摩方面に住んでおりまして、何か、戊辰戦争とは深い縁があるのかもしれません。
 さて、話はガラリと変わりまして、ブルーシャトーの替え歌です。
  ♪♪森トンカツ 泉にんにく かーこんにゃく まれテンプラ
     しずかにんじん ねむールンペン ブルーブルーブルーシャトー♪♪
 「あなたが僕を…」以降と、「きっとあなたは…」のサビの部分については、私が知らないだけかもしれませんが、こういう替え歌部分はなかったと思います。
 昭和43〜44年頃、前田武彦さんが司会の「マエタケ大放送」という番組があり、その中で、ゲストが視聴者からのリクエストで色々なことをやらされるコーナーがあって、「いつもスーツ姿のブルコメがヒッピーの格好で“ブルーシャトー”を歌う」ことになり、ブルコメのメンバー全員が、「ゲバゲバ90分」の「あっと驚くタメゴロー」のハナ肇さんみたいな衣装を身にまとい、この替え歌を自分達で演奏しながら、しかも、「森トンカツ、トンカツ、トンカツ…」とエコーをつけて歌ったことがありました。
 さすがに、まだ、ビデオデッキはありませんでしたので、録画することは出来ませんでしたが、この時の放送は、カセットテープに録音して、何度も聞いたものでありますが、ブルコメも、替え歌で歌っていたのは、最初の部分だけでした。
 このテープも、資料の山の中ですが、また、聞いてみたいものだと思っております。



三重県桑名市・稲葉小僧さん(40代男性) 1999.07.23 … 主宰者様、お待たせいたしました。帰ってきた稲葉小僧です

 いやー、桑名へ帰ってきたら、話題になってる「原子力潜水艦シービュー号」がケーブルテレビでやるってプログラム表に書いてある!
 こりゃ、何かの因縁ですな^_^;
  宇津井健の「スーパー巨人(ジャイアンツ)」も放送してるし・・なんか、世の中「60年代通信」を中心に回ってないかしら?とも思える、今日この頃です(^.^)
 さて、ネルソン提督とクレイン艦長のお姿を拝見したら、また何か書きに来るとしましょう。
 ティンコンコンコンコ・・・・・・の艦内音が懐かしいなぁ・・
稲葉小僧

主宰者から 1999.07.23

 お帰りなさい。お疲れ様でした。
 Eメール、ありがとうございます。
 また、これからも、従前同様に引き続きまして、よろしくお願いいたします。
P.S.
 ウチも早く、CATVを見られる環境にできるよう頑張ろうと思います。



千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.07.22 … GSソングいろいろ

 市川のMです。
 GSの曲について、たえず思っていたことがあります。それは、当時とっても親しみ(?)がある曲がヒットすることが結構ありましたよね?
 たとえばブルコメの「ブルー・シャトウ」は、本人たちも言っているように「月の砂漠」(題名があっているかどうか…?!)をヒントにしたとありますが、私は、テンプターズの「純愛」という曲がクラシック(?)である「アランフェス協奏曲(・・・だったでしょうか??)」にとっても影響を受けているのではないかと常々思っておりました。
 村井邦彦先生が真似をしたなどとは申しませんが(笑)、前半部はなんかそんな感じでした(こんなこと考えるのは、私だけでしょうか?!同じようなことをお考えになっていて方いらっしゃいますでしょうか?)。
 後年、井上順が「オブラディ・オブラダ」にそっくりな「昨日・今日・明日」を出しましたが、当時の日本の音楽っていうのは、かなり“そのような”傾向があったのでしょうか?
 …などと、いろいろ書いてしまいましたが、当の本人はそれらの時代の曲を今でも暗記しているほど好んで聞いていましたので、決して悪意はございません。
 GSファンのみなさますみませんでした(!)。

主宰者から 1999.07.22

 実は、昨日、MUUMUU星人さんから、ショーケンが歌っている曲の題名が知りたいというメールを頂き、それが、タイガースの「美しき愛の掟」とテンプターズの「純愛」が一緒になってしまっておりまして、そのメールを、これからアップしようとしているところに、牧野さんからのメールが来まして、その偶然に驚いております。
 私も、昨日、「純愛」の歌い出しの部分の「どうして〜分かってくれないの〜 僕らは若いけど 愛に生きている」(だったですよね…)を口ずさんで、「恋のアランフェス」(アランフェス協奏曲)に似ているなと思ったところでありまして、その連想の類似に、さらに驚いている次第です。
 この「アランフェス」は、私が高校の頃、NET系列で放映されていた「大忠臣蔵」という三船敏郎が大石蔵之助を演じたドラマでも、主題曲として使われていて、私は中学から高校にかけて四十七士の名前を全部覚え、三波春夫の「大忠臣蔵」というLP5枚組のセットまで買ったほどの忠臣蔵フリークという“不思議な少年”でありましたので、その番組のことまで思い出してしまいました。
 話がズレまくっておりますが、井上順の「昨日・今日・明日」も、「今日から明日へ続く…」の歌い出しのメロディーは、確かに、おっしゃる通り「オブラディ・オブラダ」そのものですし、いわゆるGSではありませんが、チューリップの初期のヒット曲である「心の旅」なんかも、歌っているうちに、ビートルズの「ハローグッバイ」になったりしてしまいます。財津さんは、大変なビートルズ・フリークとして有名な方ですから、当然といえば、当然なんでしょうが。
 パクりと言えばパクりなのかもしれませんが、良く言われることではありますが、ある種のオマージュという側面もあるでしょうし、それぞれのアーチストのオリジナリティが確立されていく初期のプロセスとして、自分が傾倒したり、私淑したりしているアーチストの模倣に近い段階があることは、別に、ポピュラー・ミュージックに限らず、どの芸術分野でもありがちなのではないかという気はします。
 そういう意味合いで、オリジナリティが確立される以前の色々な作曲家の初期の作品を検証してみるのも面白いかもしれません。
 私の場合、洋楽については、あまり詳しくありませんので、ちょっと限界があるかもしれませんが、GSに限らず、60年代の和製ポップス黎明期の様々な作品を、そういう視点で眺めてみるようなことも出来ないかなとか思ったりしてみてもいます。



abebeさん(男性) 1999.07.22 … 「チャート関連フリートーク掲示板」というのを作りました

 どうも。アベベです。
 昨日、僕のホームページ「アベベのホームページ」に”チャート関連フリートーク掲示板”というのを作りました。
 ここは、主に題名でも分かるとおり、過去のチャートの質問、今のチャートを見ての感想、過去のチャートで知りたいこと、何でもありの掲示板です。特にオリコンチャートを中心に話題が出来ればと思っています。
 オリコンが出来る前の65年頃からオリコンシングルチャートが正式に始まった68年以降、70年代、80年代、90年代、いつでも構いません。是非一度、いらして下さい。
 アドレスは、
    http://www.freepage.total.co.jp/abebe/index.htm
です。
 ここの中の”チャート関連フリートーク掲示板”というところをクリックすれば、そこに辿りつきます。
 では、これからも、よろしくお願いします。
 あと、きよみさんの作られている「60年代通信」のリンクを貼りたいのですが。

主宰者から 1999.07.22

 私の場合、60年代中心ですので、あまり、参画させていただけないかもしれませんが、掲示板、頑張ってください。
 それから、リンクは大歓迎ですので、どうぞ、お張りになってください。
 よろしくお願いします。



ITさん(女性) 1999.07.22 … ああ、動くブルコメ・第二弾

 最近プールの監視員のバイトをはじめた私は、早くも真っ黒に日焼けしてしまいました。
 今は美白の時代であるというのに・・・!
 鈴木さんはいかがお過ごしですか?
 何のお仕事をされていらっしゃるのか分かりませんけれども、だいぶお忙しそうでいらっしゃるようなので、どうか体にはお気をつけて頑張っていただきたいと思います。
 さて、私は先日、鈴木さんが「サヨナラ日劇ウェスタン・カーニバル」のブルーコメッツを見に行かれたというメールを読んで、すごくすごくうらやましかったです。
 動く姿も見たことがないのに、本物を見たいという高級な夢はいまいち持てませんけれども、ただただ、いいなあーと思いました。
 「サヨナラ日劇」のCDは、私も今年の3月ぐらいに購入いたしました。ダカダカダカダカとドラムが鳴って、「ヘイ、ジャッキー!!」と言う声がするところから始まるあれですね。もう、聞くたびに私も共に叫んでしまいます。
 ところで、ブルコメも大好きな私ですが、最近、鈴木さんの「60年代通信」の中で、橋幸夫の特集の欄を発見して、嬉しがっています。
 橋幸夫も大好きなんです。
 声にしびれます。
 これからも、どんどん、橋幸夫にもせまってください。

主宰者から 1999.07.22

 ここのところ、「60年代の歌謡曲」は、御三家をはじめ、久しく手付かず状態ですけれども、歌手単位でページ作りを始めると重くなって大変ですので、そういうページも長期企画として続けさせていただきますが、それとは別に、60年代の歌謡曲を1曲ずつ取り上げさせていただくような軽めの企画ページを始めさせていただこうかと思っておりますので、よろしくお願いします。
 橋幸夫さんも、私を歌謡曲に開眼させてくれた偉大な歌手のお一人として、是非、沢山の曲を取り上げさせていただこうと思います。


三重県四日市市・TSさん(男性) 1999.07.22 … 舟木一夫のファンクラブの入会方法教えて下さい

 こんにちは。
 初めてメール差し上げます。
 僕の母が、昔からの舟木一夫の大ファンでして、2年くらい前から、ずっと、ファンクラブに入会したく、探しているようです。
 申し訳ありませんが、お返事下さい。
 お待ちいたしております。
四日市大学 TS

主宰者から 1999.07.22

 舟木さんのファンクラブの入会方法につきましては、私も、周囲に会員になっているような人がおりませんので、よく分かりません。
 舟木さんのオフィシャル・ホームページもないようですので、舟木さんの事務所である(株)アイエスにお問い合わせいただくのが、一番、早いと思います。
 ということで、あまり、お役に立てずに、申し訳ございません。
 これからも、「60年代通信」と、よろしくお付き合いいただきますよう、お願い申し上げます。



MUUMUU星人さん(女性) 1999.07.22 … またまた質問で〜す。テンプターズの・・・

 ★いまを去るン十年まえ、ま、60年代か70年なのですが<テンプターズ>いまNHKでぬけさく綱吉、その人をやってるショーケンコト萩原健一が、かわいらしくも情熱的に歌っていたこの歌のタイトルが知りたいのですが???
 歌詞は多分こうだったと・・・・
♪僕は君の為に重い罪をおかし 鎖につながれてもかまいはしない〜♪うでと、うでをかさね、誓い合った愛は だれも〜だれも〜離せはーしない〜♪
 かなりお間抜けなことに、私、リンクしたのがいきなり「励ましのメールコーナー」だったのでした。
 ひぇー。
 弟と話していたら そのことに気がつきびっくり!
 改めてHP拝見させていただきました。申し訳ございません。
 私やっぱり、生まれ故郷はお間抜けMUU星でございました。
 恥ずかしながらの告白です!!!
 え〜とお見捨てなきよう今後ともよろしくお願いいたします。
あ〜またやってしまったのMUU

主宰者から 1999.07.22

 楽しいEメールをありがとうございます。
 さて、お尋ねの件ですが、タイガースの歌とテンプターズの歌を一緒にされてしまっているようです。
 まず、前半の♪僕は君の為に重い罪をおかし 鎖につながれても かまいはしない〜♪は、タイガースの「美しき愛の掟」の歌い出しの部分でありまして、後に、歌謡大賞、レコ大、レコ大最優秀歌唱賞と、華麗なる受賞歴を誇ることになるソロ歌手「沢田研二」への道に第一歩を記したかに思えるようなジュリーの熱唱が印象的な曲でありました。
 この「お便りコーナー」でタイガース・ネタに関連しては必ずご登場いただいているむむむさんも、お気に入りの作品だったと記憶しております。
 そして、後半の♪うでと、うでをかさね、誓い合った愛は だれも〜だれも〜離せはーしない〜♪は、テンプターズの「純愛」という曲のサビの部分でありまして、これまた、ショーケンの熱唱が当時のGS大好き少年少女の心を揺さぶりまくった作品であります。
 この2曲は、こういう取り違い方をされてもいいほど、曲想としては、結構、近いものがあったような気もしますし、「美しき純愛の掟」とかいうタイトルで一本化してPYGが演ればよかったのに…というのは冗談ですけれども、何か、絶妙な取り合わせと言えるかもしれません。
 どちらの曲も、いわゆる全盛期ではありましたけれども、その人気のピークをちょっと過ぎたかなという辺りのタイミングに発売された曲でしたが、私も、この2曲は、大好きです。



祝進さん(男性) 1999.07.21 … 追伸(ミネビタール)

 ミネビタではなくて、ミネビタールではないでしょうか。
   ♪ミネビタール ミネビタール
     みんな元気でいつまでも
     犬がワンワン吠えている
     猫がニャンニャン○○○んでる
     ○が○○○○てる
     坊や○○に嬉しそう
 なんだか歯抜けですいません。
祝 進

主宰者から 1999.07.21

 何度も、メールをいただき、本当に恐縮です。
 「パパいってらっしゃい」は、主題歌か番組の冒頭部分で、子供が「パパの鞄を持ってあげる」というような場面もあったような記憶が甦ってきております。
 お送りいただいた「パンビタン」の歌は私も懐かしく思い出させていただきましたが、あの歌ではなくて、もっと、明るく軽快でリズミカルな曲だったようなイメージが私には残っておりまして、ミネビタも「ミネビタール」ではなく、「ミネビタ」あるいは「ミネビタ・ドリンキング」とかいう商品名だったように思えてならないのですが…。
 でも、何しろ、恐らく、私が、現在の次男(幼稚園の年中で来月に満5歳になります)くらいの年齢の時の話でありまして、いまだに文盲である次男の日ごろの言動を見ていると、自分の記憶も、頼りなく思えてきますので、あるいは、諸々の記憶も、私の思い込みによる部分が大きいような気もしております。
 何れにしても、何度も、お手を煩わしてしまい、申し訳ありません。
 どうも、ありがとうございました。



祝進さん(男性) 1999.07.21パパ行ってらっしゃい

 また、間違えていたような気がします。
 宮城マリコが、隣の奥さんと娘の役を演っていたような気がふっとしたのですが。
祝 進



祝進さん(男性) 1999.07.21 … パンビタン

 パンビタンは武田薬品でしたね。
 月光仮面のスポンサーがそうだったのではないでしょうか。
  ♪パンパンパンビのパンビタン
    パンポンパンととんできて
   赤くて小さいまあるい玉
   一粒飲んでごらんなさい
   こんなに元気になりました
   ○○○のマークのパンビタン
   パンパンパンビのパンビタン
 ところで、「パパ行ってらっしゃい」の歌詞、一部間違えていたと思います。
 「お口もくちゅくちゅ磨いたら」は、「お靴もピカピカ磨いたら」だったと思います。
祝 進



MUUMUU星人さん(女性) 1999.07.21 … 谷豊

 稲葉小僧さんの造詣の深さにはもうびっくりです!
 皆様、どこでどう、おしらべになるのか!!!
 HFさん、谷豊についての情報、わかってやっとホットしました。軍人じゃなくて盗賊団の方が絶対おもしろうございます@@@
 鈴木さんのおかげで、たのしいインターネットライフですが、夜がすぐ終わってしまいます。
 コレと巷ではやりの(熊本のゲーセンで)DDRで一日がくれていきます。
 では・・お体お大切に・・・・
MUUMUU星人

主宰者から 1999.07.21

 私ごときの体にまでお気遣いいただき、本当に恐縮です。
 稲葉小僧さんやHFさんをはじめ、この「お便りコーナー」にメールをお送りいただく皆さんの博識ぶりには、私も、ただただ、驚くばかりであります。
 皆様、今後とも、引き続き、よろしくお願いいたします。

TKさん(男性) 1999.07.21 … 出演作品(大竹タモツさん+吉田義夫さん)

 大竹タモツさんと吉田義夫さんの出演作品リストを添付します。
 どの作品をみたかは、記憶にはほとんどありません。
 ただ魁偉な風貌が、子供心につよくのこっております。
 ところで、タイトルに大竹タモツの名がありますが、役名は「陳秀明」となっております。
 本によると、吉田さんは、当時の子供向け映画で、よく、外国人の役をやられていたようです。
 すると、この大竹タモツなるひとは吉田さんのこと?
 吉田さんと大竹さんの出演作のリストを添付いたします。
 瞬時に調べられるのは、インタ−ネットの効用ですね。
 松竹の「寅さんシリ−ズ」に、劇団の座長役で出ていらっしゃいました。

主宰者から 1999.07.21

 添付いただいた出演作品リストによりますと、大竹タモツさんは、「お江戸紳士録」(右太プロ)[1934]、「笑ふ地球に朝が来る」(南旺映画)[1940]の2作品だけですが、吉田義夫さんは、「天草秘聞 南蛮頭巾」(宝プロ)[1952]から「夢みるように眠りたい」(映像探偵社)[1986]まで60作品以上がリストアップされております。
 吉田さんの方は、作品数が多いので、1950年代から70年代にかけての馴染み深い作品を中心に主だったところを拾ってみますと、「エンタツちょび髭漫遊記」(宝プロ)[1952]、「大菩薩峠」(東映京都)[1957]、「宮本武蔵 般若坂の決闘」(東映京都)[1962]、「伊賀の影丸」(東映京都)[1963]、「大怪獣ガメラ」(大映東京)[1965]、「ゴジラ対ヘドラ」(東宝)[1971]、「男はつらいよ」シリーズ(松竹大船)の「寅次郎忘れな草」[1973.08]、「私の寅さん」[1973.12]、「寅次郎相合い傘」[1975.08]、「葛飾立志篇」[1975.12]、「寅次郎夕焼け小焼け」[1976.07]、「寅次郎純情詩集」[1976.12]
などがあります。
 大竹タモツさんと吉田義夫さんとでは、出演時期に、あまりにも開きがありすぎるので、少なくとも、今回、添付いただいた資料の大竹タモツさんと「快傑ハリマオ」に出演されていた大竹タモツさんというのは、別人ではないのかという気もしてきます。
 吉田義夫さんの方は、「男はつらいよ」に劇団の座長として出演されているということを読ませていただき、はっきりとお顔が浮かんできました。
 間違いなく、「快傑ハリマオ」で「陳秀明」を演じられていた方であります。
 「男はつらいよ」の冒頭部分で寅さんが見る夢の場面でも、よく出演されていたように記憶しておりまして、それこそ、寅さんが、“マカオのトラ”とか何とか称して“ハリマオ”もどきの夢を見た回があったことも思い出しました。
 どなたか、この「大竹タモツさん」と「吉田義夫さん」の謎を解明していただけませんでしょうか。
 よろしくお願いします。



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を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


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