パンビタンは武田薬品でしたね。
月光仮面のスポンサーがそうだったのではないでしょうか。
♪パンパンパンビのパンビタン
パンポンパンととんできて
赤くて小さいまあるい玉
一粒飲んでごらんなさい
こんなに元気になりました
○○○のマークのパンビタン
パンパンパンビのパンビタン
ところで、「パパ行ってらっしゃい」の歌詞、一部間違えていたと思います。
「お口もくちゅくちゅ磨いたら」は、「お靴もピカピカ磨いたら」だったと思います。
祝 進


MUUMUU星人さん(女性)
1999.07.21 … 谷豊
稲葉小僧さんの造詣の深さにはもうびっくりです!
皆様、どこでどう、おしらべになるのか!!!
HFさん、谷豊についての情報、わかってやっとホットしました。軍人じゃなくて盗賊団の方が絶対おもしろうございます@@@
鈴木さんのおかげで、たのしいインターネットライフですが、夜がすぐ終わってしまいます。
コレと巷ではやりの(熊本のゲーセンで)DDRで一日がくれていきます。
では・・お体お大切に・・・・
MUUMUU星人
主宰者から
1999.07.21
私ごときの体にまでお気遣いいただき、本当に恐縮です。
稲葉小僧さんやHFさんをはじめ、この「お便りコーナー」にメールをお送りいただく皆さんの博識ぶりには、私も、ただただ、驚くばかりであります。
皆様、今後とも、引き続き、よろしくお願いいたします。

TKさん(男性)
1999.07.21 … 出演作品(大竹タモツさん+吉田義夫さん)
大竹タモツさんと吉田義夫さんの出演作品リストを添付します。
どの作品をみたかは、記憶にはほとんどありません。
ただ魁偉な風貌が、子供心につよくのこっております。
ところで、タイトルに大竹タモツの名がありますが、役名は「陳秀明」となっております。
本によると、吉田さんは、当時の子供向け映画で、よく、外国人の役をやられていたようです。
すると、この大竹タモツなるひとは吉田さんのこと?
吉田さんと大竹さんの出演作のリストを添付いたします。
瞬時に調べられるのは、インタ−ネットの効用ですね。
松竹の「寅さんシリ−ズ」に、劇団の座長役で出ていらっしゃいました。
主宰者から
1999.07.21
添付いただいた出演作品リストによりますと、大竹タモツさんは、「お江戸紳士録」(右太プロ)[1934]、「笑ふ地球に朝が来る」(南旺映画)[1940]の2作品だけですが、吉田義夫さんは、「天草秘聞 南蛮頭巾」(宝プロ)[1952]から「夢みるように眠りたい」(映像探偵社)[1986]まで60作品以上がリストアップされております。
吉田さんの方は、作品数が多いので、1950年代から70年代にかけての馴染み深い作品を中心に主だったところを拾ってみますと、「エンタツちょび髭漫遊記」(宝プロ)[1952]、「大菩薩峠」(東映京都)[1957]、「宮本武蔵 般若坂の決闘」(東映京都)[1962]、「伊賀の影丸」(東映京都)[1963]、「大怪獣ガメラ」(大映東京)[1965]、「ゴジラ対ヘドラ」(東宝)[1971]、「男はつらいよ」シリーズ(松竹大船)の「寅次郎忘れな草」[1973.08]、「私の寅さん」[1973.12]、「寅次郎相合い傘」[1975.08]、「葛飾立志篇」[1975.12]、「寅次郎夕焼け小焼け」[1976.07]、「寅次郎純情詩集」[1976.12]
などがあります。
大竹タモツさんと吉田義夫さんとでは、出演時期に、あまりにも開きがありすぎるので、少なくとも、今回、添付いただいた資料の大竹タモツさんと「快傑ハリマオ」に出演されていた大竹タモツさんというのは、別人ではないのかという気もしてきます。
吉田義夫さんの方は、「男はつらいよ」に劇団の座長として出演されているということを読ませていただき、はっきりとお顔が浮かんできました。
間違いなく、「快傑ハリマオ」で「陳秀明」を演じられていた方であります。
「男はつらいよ」の冒頭部分で寅さんが見る夢の場面でも、よく出演されていたように記憶しておりまして、それこそ、寅さんが、“マカオのトラ”とか何とか称して“ハリマオ”もどきの夢を見た回があったことも思い出しました。
どなたか、この「大竹タモツさん」と「吉田義夫さん」の謎を解明していただけませんでしょうか。
よろしくお願いします。

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