読者の皆様から「60年代通信」にいただいた
暖かい励ましのお便り



“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


「読者の皆様からの暖かい励ましのお便りコーナー」
バックナンバーの目次はこちら


「60年代通信」トップページはこちら


その1(1997年4月〜1998年3月)
その2(1998年4月〜1998年6月)
その3(1998年7月〜1998年9月)
その4(1998年10月)
その5(1998年11月〜12月)
その6(1999年1月)
その7(1999年2月 1日〜15日)
その8(1999年2月16日〜28日)
その9(1999年3月 1日〜10日)
その10(1999年3月11日〜20日)
その11(1999年3月21日〜31日)
その12(1999年4月1日〜10日)
その13(1999年4月11日〜20日)
その14(1999年4月21日〜30日)
その15(1999年5月1日〜10日)
その16(1999年5月11日〜20日)
その17(1999年5月21日〜31日)
その18(1999年6月1日〜10日)    
その19(1999年6月11日〜20日)
その20(1999年6月21日〜30日)
その21(1999年7月1日〜10日)
その22(1999年7月11日〜15日):このページ
その23(1999年7月16日〜)
「60年代の謎」:お便りの疑問コーナー

 このページは、皆様から、「60年代通信」宛てに頂戴したEメールを紹介させていただくコーナーです。
 いただいたEメールは、誹謗・中傷やそれに類するもの、あるいは、公序良俗に反するものでない限り、基本的に、原文のまま、掲載させていただく方針ですが、用字用語の修正をさせていただく場合があるほか、お名前は、イニシャルあるいはペンネームに代えさせていただいておりますので、ご了承いただければと思います。
 頂いたEメールの掲載について、ご意見、ご希望のある方は、ご遠慮なくお申し出ください。
 皆様から頂戴するEメールだけが、シコシコと家庭内手工業でページを作っている主宰者の唯一の励みとなっておりますので、異論・反論・ご批判など、何でも結構ですので、よろしくお願いいたします。





YMさん(女性) 1999.07.15
  … お返事ありがとうございました

千葉県市川市・HMさん(40代男性)1999.07.15
  … 60年代通信的ファッションって!?

ANさん(女性) 1999.07.15
  … ★☆★☆★(GSカーニバル’99)

蛞蝓なめちゃん(男性) 1999.07.15
  … CM情報センター

YNさん(女性) 1999.07.14
  … 掲載のお願い

MUU星人さん(女性) 1999.07.14
  
… おいそがしいのに・・・ありがとうございます

蛞蝓なめちゃん(男性) 1999.07.14
  … 昔のCF

abebeさん(男性) 1999.07.14
  … ホームページ見ました

MUUMUU星人さん(女性) 1999.07.14
  … 60年代って楽しかったみたい!

SWさん(男性) 1999.07.14
  … ナポソロ表紙第3弾(最終)

HFさん(男性) 1999.07.14
  … いろいろと書き連ねました

Penさん(男性) 1999.07.14
  … 僕の勘違いかも

主宰者から 1999.07.14
  … 言い訳です

FIさん(50代・男性) 1999.07.13
  … 聴いてみたい井上忠夫の「ガラスの部屋」

YMさん(女性) 1999.07.13
  … お願い(60年代から70年代のテレビCM)

SMさん(女性) 1999.07.13
  … 知りたかったんです、ハリマオのこと

ITさん(女性) 1999.07.12
  … 「ナポレオン・ソロ」の情報ありがとうございます

KNさん(男性) 1999.07.12
  … ソロさ〜ん

AFさん(女性) 1999.07.12
  …
はじめまして(「だんご3兄弟」)

Penさん(男性) 1999.07.12

  … こんにちは(「白馬の騎士」or「白馬の剣士」+映画「伊賀の影丸」)

静岡県富士市・HOさん(男性) 1999.07.11
  … ブルコメのコンサート+紅白初出場時の曲目

Penさん(男性) 1999.07.11

  … 思い出色々(「ナポレオン・ソロ」+「007」+「チロリン村とくるみの木」+「豆腐屋の四季」+「隠密剣士」+「眉月の誓い」+「白馬の騎士」+「お嫁さん」+「名犬ロンドン物語」+「名犬リンチンチン」+「てけてけ大将」+「ボナンザ」or「カートライト兄弟」+「七人の刑事」+「俺の番だ」+「キングコング」+「スーパー・ジャイアンツ」)

SWさん(男性) 1999.07.11
  … U.N.C.L.E(ナポレオン・ソロ)





YMさん(女性) 1999.07.15 … お返事ありがとうございました

 こんにちは。
 早速、お返事がきてとても嬉しかったです。
 そして、情報ありがとうございました。横浜のラーメン博物館は思いつきませんでした。来週から夏休みに入るので夏休み中には必ず行ってみたいと思います。
 それから、学校に資生堂のCMのビデオテープがありまして、今日、そのテープを見てきたところです。
 これからも「60年通信」を見たいと思います。よろしくお願いします。

主宰者から 1999.07.16

 私自身は、まだ、ラーメン博物館には行ったことがありませんので、もし、行かれましたら、また、そのお話もお聞かせください。
 こちらこそ、今後とも、よろしくお願いします。




千葉県市川市・HMさん(40代男性)1999.07.15 … 60年代通信的ファッションって!?

 市川のMです。
 鈴木さん、ますます「60年代通信」のファン層が広がってきたようですね!
 60〜70年代のあらゆることが、今はじめて見る人にとり新鮮だったりするわですから、このHPは、本当に教科書的な意味合いを持っているのではないでしょうか。
 さらに、1960〜70年代のCMや出来事を卒業論文にするというのを聞いて、またまたびっくりしております。
 そんなファンからのお便りを読ませて頂いているうちに、自分のいちばん行動的だったと思われる1969年後半から1976年頃、自分はいったい何に興味があったのだろうか、などと考えていると、どうもファッションだったように思えてなりません。
 そこで、当時の同年代の若者が、どのようにファッションを捉えていたかをまとめてみたくなり、私なりに(かなり自己中心的ですが…)書いてみましたが、あまりにもへたくそなページとなってしまい、また偏りもあるのですが、今のオジさんたちが元気だった(?)当時を少しでも理解していただければと思っています。
 もし、ご迷惑でなければ、一度ご覧になってください。
http://www.ne.jp/asahi/60srace/models/1970F1.html
 70年代の話しになってしまい申し訳なく思っています。
 では、失礼します。

主宰者から 1999.07.15

 番外企画“「ファッション村」の少年たち”、拝見いたしました。
 40年以上にわたり、ファッションとは全く無縁の生活を送ってきた私には、到底、作りえないページでありまして、ただただ、感心しながら、読ませていただきました。
 また、面白いページを作られたら、ぜひ、ご案内してください。
 よろしくお願いします。
 どうも、ありがとうございました。



ANさん(女性) 1999.07.15 … ★☆★☆★(GSカーニバル’99)

++++++++++鈴木清美さま++++++++++
 こんにちは。変なお天気続いていますが、いかがおすごしですか?
 先日、市川版「GSカーニバル’99」の事を教えて頂きましたが、このイベント、都内でもやるそうです。
 都内の方は、日にちが迫っているのですが、
■□■7月31日 開演18:00 中野サンプラザにて■□■
です。
 チケットはこっちは全席指定で5500円の席のみです。ぴあで、まだ売っています。席は、余裕あるようです。
 私、まだはっきりとはちょっとわからなくて申し訳ないのですが、私の大好きなトッポも出るようですし、ぴあの予約電話お姉さんの話では、出演の方々は市川版とほとんど一緒のようです(出演者に関して、正確な事言えなくてすみません・・・)。
 御存じかとは思いますが、いつも教えて頂いてばかりなので、一応、お知らせメールさせて頂きました。
 ・・・今回は、事務的な内容になりまして、申し訳ありません。
 それでは!
+++++++++++ A.N.+++++++++++

主宰者から 1999.07.16
 
 サンプラザでも「GSカーニバル」があるというのは、知りませんでした。
 何れにしても、私は、現在、大変な金欠状態に陥っておりますので、とても行けませんが、もし、akiさんがいらっしゃるようであれば、また、ステージの様子や感想など、お聞かせいただきたく思います。



蛞蝓なめちゃん(男性) 1999.07.15 … CM情報センター

  CM情報センターというのは、近年、昔のCF(Commercial Film)をテレビ番組で放送したり出版物に掲載したりという需要が増えてきたために、その権利処理の取次ぎをするため、ACCの中にできた組織です。
 ACCというのは、民間放送連盟、広告主協会、広告業協会など日本の放送広告関係の業界団体が、よってたかって作った団体です。
 ACCは "All Japan Radio and Television Commercial Confederation" の略だそうです。
 CM情報センターは、第三者(要するに放送局とか出版社とかイベント主催者)がCFを利用する際に、そのCFの広告主と代理店と制作会社に対する使用許可依頼を「有料」で代行するところです。
 詳細は下記をご覧ください。
http://www.acc-cm.or.jp/index_menu.html
 どこまで協力してもらえるかは分かりませんが、とりあえず相談してみるのも、いいと思いますよ。

主宰者から 1999.07.16

 さらに、追加の参考情報まで頂戴し、本当に、ありがとうございます。



YNさん(女性) 1999.07.14 … 掲載のお願い

ご挨拶とお願い
 私達はインターネットのエンドユーザーを増やすべく、平成8年4月1日株式会社ジェイデータを発足いたしました。
 弊社はこれまで、インターネット情報誌(会員誌)J.D.Pressを発行してまいりました。平成10年4月24日には、当誌をご覧いただいた多くの方からの「ぜひ市販を」の御要望をうけまして季刊雑誌「ホームページガイド」[発行:ゴマブックス]として新装創刊いたしました。
 国内外サイトの情報を網羅しつつ、初心者ユーザーにやさしい情報誌をめざしております(詳しくはホームページガイドHP[http://www.hpguide.ne.jp /]をご覧ください)。
 つきましては、貴サイトのhttp://plaza8.mbn.or.jp/~60net/ を『ホームページガイド』に掲載させていただきたく思います。
 掲載の詳細は以下の通りです。
内容
 1. ページタイトル
 2. URL
 3. ホームページの画像(トップページ)
 4. キャッチコピー(こちらで執筆)
 5. 120字程度の簡単な説明文(こちらで執筆)
発行予定日 平成11年8月28日
 掲載料等をお支払いすることは出来ませんが、ご了承ください。
 もしも不都合、掲載不可等の事情がございましたら、編集担当Nのメールアドレスまでご連絡いただきたく存じます。
 また、掲載不可等の連絡は、誌面の原稿入稿日の関係上、なるべく7月29日までにお願いいたします。
 誠に勝手なお願いかと思いますが、何とぞよろしくお願いいたします。

主宰者から 1999.07.16

 ということで、昨年に続きまして、「60年代通信」を『ホームページガイド』に掲載していただくことになりました。
 毎度、申し上げている通り、この「60年代通信」をご覧いただき、ご支援をいただいている皆さんのお蔭でありまして、本当にありがとうございます。
 引き続きまして、今後とも、よろしくお願いいたします。



MUU星人さん(女性) 1999.07.14 … おいそがしいのに・・・ありがとうございます

 何気に出したメールに、すぐ、お返事くださり、びっくり+うれし〜+感激いたしました。
 お仕事は何をされているかわからないのですが、なんだか徹夜もあられるのに、この初心者マークにメールくださり、インターネットって<楽しいものなのね>と感じさせてくださいました。
 また、いきなりの{教えて・・}攻撃で、なんだかk挨拶もいたしませんで、申し訳なかったなーと反省しきりです。
 コレから時々おじゃまさせていただきます。(もうおじゃまになってますけど・・・)
 では、お盆で休みなので、またまた、メールさしあげました。
 そして、長岡といえば「峠」−司馬遼太郎の?!<河井継之介ー字が違ってるかもーが好きでしたけど>
奇心旺盛なMUU星人より

主宰者から 1999.07.16

 『峠』は私も好きな小説です。
 司馬遼太郎さんは、私が高校1年生の時、私の母校であります新潟県立長岡高等学校の創立100周年記念イベントで講演もされました。
 何れ、長岡関連のページで、『峠』や河合継之助のことなどにも、言及させていただくことになるかと思いますので、そちらも、併せまして、よろしくお願いします。



蛞蝓なめちゃん(男性) 1999.07.14 … 昔のCF

 こんにちは。
● YMさん(女性) 1999.07.13 … お願い(60年代から70年代のテレビCM)
 広告関係なら、やっぱり電通さんかな...。
http://www.dentsu.co.jp/
 ホームページでCMは見られませんが、銀座に広告をテーマにしたギャラリーなんか持ってたりしますんで、 http://www.dentsu.co.jp/DHP/DOG/co_social/index.html
 電話して、お願いしてみてはいかがでしょうか。
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蛞蝓なめちゃん
http://member.nifty.ne.jp/odasan/
--------------------------------------------------
主宰者から

 貴重な参考情報をありがとうございました。



abebeさん(男性) 1999.07.14 … ホームページ見ました

 どうも、初めまして。アベベと申します。
 「明星」という検索で探していたら、この「60年代通信」が出てきたので、拝見した次第です。
 僕は、ブルーコメッツのシングル曲の解説のところしか見ていないのですが、その文章を一通り目を通した限りでは、相当その頃に詳しいということと、オリコンチャートをよく見ているように思いましたが、きよみさん(でいいんですよね。)は週間明星の1971年から1974年を持っていらっしゃるのですか?
 僕は今、大学生なのですが、とても、オリコンチャートを見るのが好きで、今のチャートも見ますが(もちろん曲も聴きますが)、過去のチャートも一生懸命探しています。他にもオリコンチャートの過去の修正された累積得点を探したりしています。
 それと、以下に書いた累積得点を知っていましたら、教えて下さい。
小樽のひとよ/鶴岡雅義と東京ロマンチカ(88,???)88.2万枚
想い出まくら/小坂恭子(85,???)85.3万枚
女のねがい/宮史郎とぴんからトリオ(84,???)84.8万枚
傷だらけの人生/鶴田浩二(81,1??)81.1万枚
心のこり/細川たかし(80,???)80.1万枚
学生街の喫茶店/ガロ(77,2??)77.2万枚
悪魔がにくい/平田隆夫とセルスターズ(72,5??)72.5万枚
旅の宿/よしだたくろう(??,???)70.0万枚
 そして、今年の3月に東京と大阪に行ったときに、オリコンが発行した「コンフィデンス年鑑」の中にある週間シングルチャートを載っているだけ、全て図書館でコピーしました。
 だから、基本的には1968年からあるのですが、途中、年鑑の72、73年合併版と74年版のチャートに関しては、それぞれ4週に1つ、2週に1つというふうに全て週間チャートが載っていない分がありました。
 それが71年1月から74年3月までです。この分に関しては、日本で一番高い週間雑誌「コンフィデンス」の当時のを見れば、分かるのでしょうが、国会図書館にもこの頃のはありませんでした。
 しかし、ちょっと前に同じようにオリコンチャートを見るのが好きな人から70年代の「週間明星」には当時のチャートが毎週30位ぐらいまで載っていたらしいということを聞いたので、国会図書館に電話で問い合わせたのですが、いつ頃があるのかまではわからないとのことでした(因みに僕は福岡に住んでいます)。
 きよみさんの文章の中に当時の週間明星や平凡を詳しく見たように取れる文章があったので。
 もし、当時の週間明星等に載っていた1971年1月から1974年3月までのシングルチャートを持っていましたら、是非情報提供して頂けないでしょうか(本音はコピーさせてほしい)。
 いきなりあつかましいことをお願いしてすいません。
 ではメール待っています。
1999年7月14日 2:19

主宰者から 1999.07.16

 さて、お尋ねの「週刊明星」の件ですが、私が高校生の頃、確かに、週刊明星には、真ん中辺に色々なカテゴリーのセクションページが見開き構成で続いており、その中に、音楽関連情報のコーナーがあって、オリコンのチャートも、私の記憶では、毎週50位まで載っておりました。
 当時でも、オリコンは、確か、1冊5000円近くしておりまして、とても、高校生の買えるような媒体ではありませんでしたから、私は、このオリコンのチャート見たさに、毎週、週刊明星を購入し、チャートの掲載されているページをスクラップしておりました。
 そのスクラップは、まだ、どこかにとってあるはずですが、毎度、色々なところで書かせていただいている通り、膨大な資料の山に埋もれて、どこにあるのか、分からなくなっております。
 私は、小さい頃から、異常に収集癖が強い割には、それに反比例するかのように、片付け能力とか整理能力というのが著しく低い人間でありまして、資料がたまればたまるほど、悲劇的な状況は深刻化する一方で、気がついたら、四十路を迎え、東京の極めて貧しい住環境のもとで、身動きが取れなくなってしまっているというのが実状であります。
 ですから、ご要望にお応えしたい気持ちは山々ですが、いつか、資料の発掘に成功する日まで、お待ちいただかなければなりません。
 オリコン大好き人間でしたから、大学時代は、何冊か、あの5000円もするオリコンを買ったこともありましたし、オリコン・ウィークリーが創刊された時には、もう嬉しくて、創刊号から、かなりの時期まで買いつづけました。それも、どこかにとってあるはずですが、どこにあるか分からなくなっています。
 私も、Aさん同様、国会図書館でオリコン年鑑のバックナンバーをコピーしたりしましたが、年間チャートしかコピーしてありません。
 逆に、週間単位のチャートについては、Aさんの方が、私などをはるかに上回る資料をお持ちのようですから、こちらこそ、情報の提供をお願いしたいくらいです。
 今年の夏には、一度、別宅の資料を全部チェックするくらいの作業をしてみたいと思っておりますので、もし、明星のチャートのスクラップが見つかった時には、こちらから、また、連絡させていただきます。
 何れにしましても、今後とも、よろしくお願いいたします。
 どうも、ありがとうございました。
P.S.
 お尋ねの累積売り上げ枚数は、オリコン創立30周年記念で出版された『1968-1997 ORICON CHART BOOK』のものと思われますが、私も、基本的には、オリコンのデータとしては、この『1968-1997 ORICON CHART BOOK』と『ORICON No.1 HITS 500』を組み合わせて使わせていただいておりまして、それ以上のデータは、私も、現在、手元には、持ち合わせておりません。



MUUMUU星人(女性) 1999.07.14 … 60年代って楽しかったみたい!

 たのしいメールのやりとりで、始めて昨日メールした私はワクワクしてしまいました。
 私だけの思い出ではなかったのねーって。ナポレオン・ソロの話で盛り上がっていましたが。
 私はイリヤ・クリヤキン(いったいどこの国の名前なの?)が大好きで小柄なキャラクターがズートすきでした。
 彼は最近バーチャル空間をメインにしたシリーズのビデオでお父さん役で出ていてなつかしく見ました。
 スパイものでどなたか「それいけスマート」ご存知では?
 こないだまで大賑わいだった、ミスタービーンみたいなお間抜けスパイ物でしたが・・・・結構、わらえてました。
 まだ、メールはじめて2ケ月、よろしくおねがいします。
MUUMUU星人

主宰者から 1999.07.16

 すみません、昨晩は、SWさんから頂戴したメールの画像処理とコメントを張り込んだ辺りで、前後不覚状態となってしまい、ここからは、2日遅れのコメントとなってしまいます。
 MUUMUU星人さん、たびたびのメール、ありがとうございます。
 「それいけスマート」ってありましたね。私は、ほとんど、覚えておりませんので、どなたか、ご存じの方、どんな番組だったか教えていただけますでしょうか。
 よろしくお願いします。



SWさん(男性) 1999.07.14 … ナポソロ表紙第3弾(最終)


鈴木様
 いつもお気づかい、ありがとうございます(今日は早く帰れたからノッてます)。
 先日、もう聞くこともないだろうとしまい込んでいたレコード、ソノシートが、何と、バザー用の荷物の中に紛れているではありませんか、危機一発(テストでこう書いてしまい点数をもらえなかった記憶が…007及びファントマのバカヤロー)奪還に成功、今度UPします(プレーヤーがないのでMP3で送れません、画像でご容赦を)。
 さて、ナポソロ第3弾表紙シリーズ最終回です(後数冊有りますが通常のH.P.Bなのでつまりません)。
 ナポソロで気づいた点
@イリヤのフルネーム…イリヤ・ニコヴィッチ・クリヤキン
Aウェーバリーのフルネーム…アレグザンダー・ウェーバリー(課長…トップと思ってましたが、まだ上がありそうです。TVだと部長だったかな)
B作者はフレミングではないようです、企画段階での参画はあったようですが。 TV企画先行型なのでありがちな色々な作者が書いています、1作目はあのマイク・アヴァロンです。
Cコミックは「ぼくら」で江波譲二
D映画は「消えた相棒」「ソロ対シカゴギャング」「ミニコプター作戦」「罠を張れ」「消された顔」「スラッシュの要塞」「地球を盗む男」
 画像に対して文章はこれくらいでよいですか、少なかったら言ってください。
 失礼します。

主宰者から 1999.07.15

 文章の量などにまでお気使いいただき、本当に、恐縮です。
 貴重な画像をお送りいただいているだけで、もう、感謝の言葉もないくらいでありますから、文章の量にまで注文をつけさせていただくなど、恐縮の極みでありますので、 Watanabeさんの意のままにお書きいただければと思います。
 よろしくお願いいたします。



HFさん(男性) 1999.07.14 … いろいろと書き連ねました(「ナポレオン・ソロ」+「大脱走」+「荒野の七人」+「隠密剣士」+「白馬の剣士」+「テケテケおじさん」+「ちびっこギャング」+「ボナンザ」+「渡辺篤史」+「グー・チョキ・パー」+「手塚しげお」+「少年探偵団」+「関みどり」[少年ケニヤ]+「新諸国物語」)

 久しぶりにお便りします。
 「ナポレオン・ソロ」R・ボーンは「大脱走」には出演していません、彼が出演していたのはおなじジョン・スタージェスが監督した「荒野の七人」です。また二人の上司はアレキサンダー・ウェイバリー(レオ・G・キャロル*声*真木恭介)です。
 ちなみにスラッシュ(Thrush)は Technical Hierarchy for the Removal of Undesirables and the Subjugation of Humanity の略だそうです。
 最初の声の配役は、ソロ・・矢島正明 、イリヤ・・野沢那智ではなくソロ・・田口計、イリヤ・・愛川欽也だったそうで実際にそういう日本語版も作られたそうですが放送はされなかったそうです。
 「隠密剣士」は、
   隠密剣士(S37年)・・・・・大瀬康一(初代)
   新・隠密剣士(S40年)・・・林真一郎(二代目)
   隠密剣士(S48年)・・・・・荻島真一(三代目)
となります。
 天津敏の役名は確か風魔小太郎でした。海外では”忍者”がうけたそうで、出演者のクレジットで”牧冬吉”が”大瀬康一”より前に出てしまったそうです。
 「白馬の騎士」は「白馬の剣士」の誤りでしょう。
 「てけてけ大将」は「テケテケおじさん」が正解。
 アルファルファがでていたのは「ちびっこギャング」です。
 「ボナンザ」は放送局、放送時間、声の配役などが放送時期によって変わりました、「カートライト兄弟」もそのうちのひとつです。
 「渡辺篤」は正しくは「渡辺篤史」です、というのも当時「渡辺篤」という役者さんが別におられたのです、「お笑い三人組」で江戸家猫八扮するクリーニング屋の”はっちゃん”の父親役を演じていた人です。
 「グー・チョキ・パー」途中で主人公の一家が入れ替わってしまった、最初は小島正雄が主演で役名が荒岩寧(あらいーわねえというダジャレ)次は、小山田宗徳で職業が医師で名前が”大藪”でした。清水章吾(花木章吾という役名)や今陽子(デカベビーという仇名だった)も出ていました。
 「手塚しげお」「矢車剣之介」のころは「手塚茂夫」だったがスリー・ファンキーズに入ってから「手塚しげお」とひらがなに改名しました。
 「少年探偵団」明智小五郎を演じたのは富岡浩太郎(初代)しかし記憶にあるのは若柳敏三郎(二代目)のほうですね。ちなみにこの番組で生コマーシャルをやっていた真山知子という人、現在は蜷川幸雄夫人です。
 「関みどり」「少年ケニヤ」で”ケイト”を演じた”関みどり”は当時の東映ーNET系のテレビ映画にはしばしば出演していたようですが、確認できたのは「白鳥の騎士」の雪姫役だけです、またこれには「少年ケニヤ」で”ゼガ”を演じた”岩城力也”もでています。
 「白鳥の騎士」は沢村精四郎主演で時は奈良か平安、一連の「新諸国物語」の流れをくむ物語です。
 と以上細かくバラバラと書いてしまいました。
 本日はこれにて失礼いたします。

主宰者から 1999.07.15

 HFさんならではの詳細な情報をいただき、本当に感謝しております。
 どうも、ありがとうございました。



Penさん(男性) 1999.07.14 … 僕の勘違いかも(「大脱走」+「荒野の七人」+「009ノ1」+「秘密探偵JA」+「ザ・ガードマン」+「少年探偵団」[怪人20面相]+「まぼろし探偵」+「月光仮面」+「アイアン・シャープ」+「七色仮面」+「アラーの使者」+「黄金バット」+「暗闇五段」)

 鈴木さま、どうも。
 ITさんの御指摘でハッと気が付いたのですが、「大脱走」でも、ロバート・ボーンとデビット・マッカラムが共演していたというのは、僕の勘違いかもしれません。
 その頃、「荒野の七人」も見ていて、それには、ロバート・ボーンとジェームス・コバーンが出ていたのを、「大脱走」にも同じく、ジェームス・コバーンやスティーブ・マックウィーンやチャールズ・ブロンソンなど、「荒野の七人」と重複する俳優がたくさん出ていたので、ごちゃごちゃになっているようです。
 申し訳ありません。
 ちなみに、「大脱走」は女優がひとりも出ておらず、他にも、ジェームス・ガーナーなど、本当に豪華メンバーでした。
 「00」のついたものでは、「009ノ1」などもありましたね。
 川津裕介の「秘密探偵JA」は、当初としては、かっこ良かったです。
 「ザ・ガードマン」の後に、この役に付いています。
 探偵といえば、なんといっても「少年探偵団」ですが、「怪人20面相」というタイトルでも放送されたと思います。
 大平透の低音の笑い声がかっこ良かった。
 そういえば、東映は「まぼろし探偵」や「月光仮面」、それに、「アイアン・シャープ」という千葉真一が演じた宇宙からの侵略者と戦うヒーローなど、放映して欲しいですね。ビデオと違ってフイルムはそこがいいところですね。
 千葉真一は結構少年達のヒーローでした。
 ほかにも、「七色仮面」、「アラーの使者」、「黄金バット」(これは映画)、ああ、そして、寺田ヒロオのまんがをテレビ化した「暗闇五段」がありましたね。

主宰者から 1999.07.15

 「まぼろし探偵」も「七色仮面」も「アラーの使者」も、本当に懐かしいです。
 どの作品も、何れ、「60年代のテレビ」のコーナーで取り上げさせていただけたら、と思っております。




主宰者から 1999.07.14 … 言い訳です

 皆様、今晩は。
 現在、7月15日の午前1時を5分ほど回ったところです。
 私的に言いますと、7月14日…ということはパリ祭の日ということでありますが、その25時5分を回ったところということになります。
 昨晩は、結局、体がもたず、午前4時くらいで眠ってしまいましたので、徹夜にはなりませんでしたが、今晩は、もう完全に火ダルマ状態に陥っておりまして、貫徹を覚悟しなければならない状況となりました。
 そこで、誠に申し訳ありませんが、今晩の「お便りコーナー」のデータ更新につきましては、今日のお昼くらいまでに、頂戴したメールをアップさせていただくにとどめさせていただきます。
 既に、昨日のうちにメールを頂戴していたPenさん、HFさん、SWさん、MSさん、abebeさん、アップが遅れて申し訳ありませんでした。SWさんのメールは、いつものように貴重な画像が添付されておりますが、その画像処理を行う時間も取れないため、画像は、明日、アップさせていただきます。また、それぞれのメールに私が付けさせていただいているコメントや、該当ページや該当メールへのリンクなども、今日のアップでは省略させていただき、明日、改めて、作業を行わせていただこうと思っています。
 本当に、申し訳ございません。
 それから、今日のお昼以降にメールを頂戴した蛞蝓なめちゃん、ANさん、HMさん、本当に申し訳ありませんが、「お便りコーナー」へのアップは明日になりますので、悪しからず、ご了承ください。
 ということで、今晩アップさせていただく8本のメールにつきましては、いただいたメールのテキストを、そのままコピー&ペーストしただけという形になりますので、よろしくお願いいたします。
 明日から、また、頑張りますので、どうか、御容赦ください。





FIさん(50代・男性) 1999.07.13 … 聴いてみたい井上忠夫の「ガラスの部屋」

 拝啓、郡山のF.Iです。
 久々の「ブルコメ」の話題、しかもコンサートでの井上忠夫のソロ「ガラスの部屋」
 この映画はイタリヤかどっかの映画ですね。
 奇妙な3角関係の映画で、女優は確かメタメジチ、男優がレイモンド・ラブロックで、お金持ちで繊細な役柄で、最後は交通事故でクラクションがなりながら死んでいる?シーンが覚えてます。
 もう一人が、アラン・ヌーリーかな。
 何十年も前なのに、どうして、こうすらすらと名前が出てくるのかな?と自分でも苦笑してます。
 でも、この映画の主題歌は、よく覚えています。あの旋律とナイーブな雰囲気の映画によくマッチしてました。
 あの頃のヨーロッパ映画は元気でしたね。
 若者の感性に訴えるものがありました。
 その歌をあの”井上忠夫”様が歌っていたとは!超レアものですね。
 ぜひぜひ発掘して聴かせて下さい。
 映画で歌ってた歌手はちょっと思い出せない。

主宰者から 1999.07.13

 「ガラスの部屋」につきましては、私は、映画そのものは見ておりませんが、よく遊びに行っていた友人が兄貴と部屋を共有しており、その部屋に、男性2人の間に女性1人が挟まれる形でベッドインしている「ガラス部屋」のポスターが張ってあったのを覚えています。
 雑誌の記事などでも、「ガラスの部屋」のグラビアページをよく見ていた記憶があり、レイモンド・ラブロックを「綺麗なお兄さんだな」と思ったものでありました。
 「ガラスの部屋」の主題曲は、無機的な電気ピアノ(だったと思います)の前奏が印象的な曲で、サウンドトラックの曲では、ヴォーカルの声色も硬質の響きがあったように記憶しておりますし、井上忠夫さんも、結構、金属的な声色だったので、曲調に良くあっていたように覚えています。
 さきほど、ちょっと、gooで「ガラスの部屋」をキーワードに検索してみましたら、やたらに、H系のホームページがひっかかってきて、思わず、そちらに引きずり込まれそうになってしまいましたが、誘惑に打ち勝って検索を続けましたところ、古いサントラ盤のレコードをインターネットで通販しているホームページが見つかり、それらによりますと、歌っていたのは、ペピーノ・ガリアルディという歌手だったようです。
 やはり、カンツォーネの歌手の方でいらっしゃるのでしょうか。
 どなたか、詳しい方がいらっしゃったら、教えてください。私は、カンツォーネというと、ボビー・ソロとジリオラ・チンクエッティくらいしか知りません。あ、ミーナもそうか…。
 また、古い映画のパンフレットを通販で売っているサイトもあり、そのリストの中には、「ガラスの部屋」と並んで「ロミオとジュリエット」(オリビア・ハッセーが出ていたバージョンです)なんかもあって、当時、私は、レイモンド・ラブロックとレナード・ホワイティングを「綺麗なお兄さん」の双璧としてインプットしていたのを思い出しました。
 なんか、こんな風に書いていると、私に、そのケがあるような感じになってしまいますが、そのケはありませんので、悪しからず…(頭の毛もないですが)。でも、美少年というのも、美少女と同じように、いいなと思います…とか書くから、怪しげになってしまうわけですが…。
 ちょっと、関係ない話になってしまいました。
 井上さんの「ガラスの部屋」は、LP「ヤングビート2」に入っていたような…、入っていなかったような…、記憶が定かではありませんので、改めて、確認してみます。
 どうも、ありがとうございました。



YMさん(女性) 1999.07.13 … お願い(60年代から70年代のテレビCM)

 突然のメールで失礼します。
 私は、東京の大学に通う4年生です。
 現在、卒業論文に取りかかっておりまして、その内容というのが「テレビCMからみる社会の相互関係」〜1960年代から70年代を中心に〜ということで取り組んでおります。
 60年代から70年代のCMや広告は本では見ることが出来るのですが実際の映像をみたことがありません。
 もし、何か映像をみることの出来る場所や方法を御存知でしたら教えて頂けないでしょうか。
 お手数だとは存じますがよろしくお願い致します。
 ・・・卒論に取り組んでいて60年代や70年代のことを学ぶうちに、とってもそのころに若者だった両親たちがとてもうらやましく思います。
 戦争を知らない団魂の世代の方々が今の世の中を作っていったと感じますし、それまでの生真面目だった日本人の部分を打破していってくれたと感じるからです。
 友人は「女性誌からみる時代の変容」という題目で、これはアンアンやノンノが創刊される70年代を中心に取り組んでいます。
 これからどんどん60年代から70年代のことを知りたいと思っております。

主宰者から 1999.07.13

 1960年代から70年代のTVCMを実際に見ることができる場所や方法というのは、かなり、限定されてしまうことになると思います。
 横浜にラーメン博物館というのがあって、そこでは、ラーメン関連のTVCMだけではありますが、60年代から現在に至るまでのTVCMが見ることの出来る場所として、比較的、有名です。
 「これからどんどん60年代から70年代のことを知りたいと思っております」という心強いお言葉でありますので、今後とも、「60年代通信」とよろしくお付き合いくださいますよう、お願いいたします。
 「女性誌からみる時代の変容」という題目でアンアンやノンノが創刊される70 年代を中心に取り組んでいらっしゃるお友達の方にも、よろしくお伝えください。
 どうも、ありがとうございました。
P.S.
 「戦争を知らない団魂の世代の方々が今の世の中を作っていった」というのは、お若くいらっしゃるのに、なかなかの慧眼ではないかと思いますし、恐らく、その通りなんだろうと思います。私も、そういう団塊の世代の皆さんの背中を追いかけながら、これまで頑張ってきたような気がしてなりません。



SMさん(女性) 1999.07.13 … 知りたかったんです、ハリマオのこと

 先日、カラオケにて、この名曲、ハリマオの主題曲、
  ♪♪ま〜かな太陽〜♪♪
 を、ふと、歌いまして、いったいこの人なんだったの???という訳で今晩検索してみました。
 本名「谷豊」とか言われるのでしょうか。軍部の諜報員らしい・・・なんだか白い軍服を着ていた場面は覚えているのですが・・・よければ彼に付いて詳しいこと教えてくださいませんか?
 少女時代の胸踊るドラマにまた会いたい気分です。
 よろしくおねがいします。

主宰者から 1999,07.13

 「60年代通信」では、既に、何度か、「怪傑ハリマオ」について話題になっておりまして、「60年代のテレビ」のコーナーに「怪傑ハリマオ」のページを作らせていただいているほか、「お便りコーナー」でも、昨年の8月27日(KTさん)10月13日(KTさん)12月23日(HFさん)12月24日(HFさん)、今年に入ってかは、1月18日(RNさん)1月21日(C.Masaさん)1月30日(HMさん)2月9日(MDさん)3月12日(SWさん)3月22日(SWさん)3月27日(SWさん)5月13日(Tさん)5月15日(penさん)6 月12日(まんねんはじめ さん)7月1日(YHさん)7月12日(penさん)のメールやそれぞれの頂戴したメールへの私からのコメントなどで、「ハリマオ」について、言及されております。
 また、どなたが、お詳しい方がいらっしゃいましたら、情報をお寄せいただけませんでしょうか。
 よろしくお願いします。



ITさん(女性) 1999.07.12 … ナポレオン・ソロ

 「0011ナポレオン・ソロ」に関する、鈴木さんをはじめとした皆様の沢山の解説、本当にありがとうございました。
 大変感謝しております。
 Penさんが、「大脱走」でもロバート・ボーンとデビット・マッカラムが共演していたとご指摘なさっていらっしゃいますが、私はデビット・マッカラムだけだったと記憶しています。駅のホームで撃たれた役であったと思います。しかし、一度しか見ていないので、たまたま見逃しただけかもしれません。
 私は現在、山形県米沢市という市の短大に通っておりまして、米沢市は山形県の中でもかなり南部に位置しているせいだと思いますが、図書館の新聞には、鈴木さんのご出身でいらっしゃる新潟県のテレビ放送表も載っていました。
 あのドラマは小さな子供向けのドラマではなかったせいもあってか、新潟の場合は夜11時ごろから放送されていたようですね。当時としてはかなり遅い時間だったのではないでしょうか。
 私は出身が青森県ですが、前に母親にきいてみたところ、夜8時頃から見ていたような気がすると言っていました。
 当時としてはきわどいシーンでも、今となってみるとかわいいものとなってしまうところに時代の流れを感じます。
 私もリアルタイムで見たかったのになあ、とためいきをつきつつ、この時代に生まれなかったことを心から悔やんでいます。



主宰者から 1999.07.12

 この一つ前のKNさんから頂戴したメールのところでも書かせていただきましたが、結構、この手のスパイ系列の番組というのは、60年代にとっては、結構、重要なファクターだったのかなという気が、さらに、強くしてきております。
 スパイものそのものの面白さはもちろんですが、それとは別に、ちょっと固めの話になりますが、やはり、その背景には、米ソ対立に象徴される冷戦構造に対する不安感のようなものも、漠然と、その根底に流れていたのではないかというような気もいたします。
 その辺りは、また、機会を改めて、色々と考えさせていただきたいと思っています。
 何れにしましても、ありがとうございました。
 また、よろしくお願いします。



KNさん(男性) 1999.07.12 … ソロさ〜ん

 お久しぶりです。
 あんくることK.Nですです。
 私の使用してますハンドル、あんくるは、主としてナポレオンソロのアンクルから取りました(あとは好きなプロレスのアンクルホールドと、単純におじさん)。
 その「0011ナポレオンソロ」が、近年、衛星でやっていたとは。
 私の田舎の静岡では、'78頃に平日4時枠で再放送されてまして、大好きでした。
 資料とかはないので、私の記憶では付け足すものはありませんが、整理しますと、ナポレオン・ソロ=ロバートボーン=矢島正明、イリア・クリアキン=デビッドマッカラム=野沢那智でした。
 那智さんの「ソ〜ロさん」の軽さが好きでした。
 続編に、「0022アンクルの女」っていうのがありました。
 007の重みからみると、いい意味でB級の感じが漂ってました。00ナンバーを使うことから、当然、ジェームスボンドものの影響だとは思ってましたが、同じイアン・フレミングだとは知りませんでした。
 007の日本での影響は、映画では三橋達也主演のシンジケートものとかでしょうが、マンガでは、サイボーグ009(ネーミングだけ?)、ホモホモ7(byみなもと太郎)などがあると思われます。
 それでは。

主宰者から 1999.07.12

 今回の「0011ナポレオン・ソロ」関係も、若い女性からの問いかけだったということもあるのかもしれませんけれども、以外と、皆様からの反響が多く、驚いております。
 タイガースを除くと、この手の話題での反響メールの多さということでは、以前、この「お便りコーナー」で出てきた「スパイキャッチャーJ3」に迫るような感じです。
 結構、スパイ系列の番組というのは、60年代にとっての重要なファクターだったのかもしれません。
 何れにしても、どうも、ありがとうございました。
 また、引き続きまして、よろしくお願いします。



AFさん(女性) 1999.07.12 … はじめまして(「だんご3兄弟」)

 こんばんわ、初めまして。
 私はFと言うもので、大学生をしております。
 「だんご3兄弟」で検索していてここのHPに来ました。
 なぜ、突然メールをいたしましたかというと・・・実はレポートを書いていまして、まことに勝手ながらその資料としてこちらのページを参考にさせていただいたからです。
 本来なら、お断りをいれてから参考にすべきだったのですが、何せ提出当日に発見し、書いていたものでして・・・ほんとうにすみませんm(_ _)m、著作権の侵害ですよね。
 でも、そのおかげで、なんとかレポートが間に合いました。
 本当にありがとうございました。
 しかし、最近、この歌を、あまり耳にしなくなったような気がしませんか?
 一時のあのブームはどこへ…、やはり夏には合わないからでしょうかね。
 実は、私も、3兄弟ならぬ3姉妹(現在20歳、高1、小6の見事に4つ違い)で、その長女などをしているので、この歌を聴いたとき、ふと、自分に当てはめてしまった記憶があります。
 ですから、kiyomiさんのお子さんの写真を見たとき、「きっと私が小学生くらいだったら3人一緒に歌っていただろうなぁ。そして、やはり三女はどっか間違って歌って、私に指摘されるのだろうなぁ・・・」と、しみじみと思ってしまいました。
 ちなみに、家の場合、6,7年前まではうたのとおりでしたが、ここ1,2年は「自分が一番三女」になってます(今反抗期の真っ最中らしいので:笑)
 今は、大学のため、一人暮しをしていますが、やはり兄弟がいて良かったと思っています(昔は一人っ子や2人兄弟がうらやましかったこともありますが)。
 私の友人の間では、3人4人兄弟も特に珍しくはないのですが、三女の同級生を見ていると、3人はかなり少ないようです。
 今は、子供を育てにくくなったとか、女性が子供を欲しがらないとか言うようですね。
 しかし、家族は、人が初めて関わる人間関係ですから、そこから社会性や集団でのあり方を育むには、兄弟は必要不可欠なものだと思います。
 集団とは人が3人以上集まったときのことを言うそうなので、やはり兄弟は3人以上が望ましいと私個人的には思うのです。
 私は女なので、将来、子供を産む可能性があるので、出来れば、私も3人欲しいなぁと思っています。
 人数が多ければ多いほど、親の負担は重くなりますし、子供も我慢しなければならない点が多くなるわけですが、兄弟から学ぶものには変えられないと思います(みんなには多いと言われました)。
 そうそう、○○○○、×××、△△△△に入る企業はどこなのでしょう?
 以前、そういう替え歌があるとは聞いた事が合ったので、結構、気になります。
 それでは、かなり長いメールで、しかも独り言のようになってしまいましたが、この辺で失礼致します。

主宰者から 1999.07.12

 私の駄文をレポートの資料としてお使い下さったそうで、重ねまして、ありがとうございます。
 ウチも、現在、長男が小学校5年生で、どうやら、第二反抗期に入ったらしく、「自分が一番、長男」状態となっております。
 もっとも、Fさんのように、女の子ばかり3人だと、はっきり、長女、次女、三女となるわけですが、ウチのように、長女、長男、次男というような組み合わせになりますと、字句通りの次男は、確かに次男となるわけですが、上と下に挟まれた二番目という意味合いでは、長男が「次男」的存在にもなるわけで、その辺の解釈は、なかなか、難しいものがあります。
 たまたま、「ダンゴ三兄弟」で引っかかっただけでいらっしゃるようですが、よろしければ、時々、「60年代通信」にお立ち寄りいただいて、また、ご意見やご感想なども頂戴できればと思います。
 今後とも、よろしくお願いします。
 どうも、ありがとうございました。
 …ということで、メールを送らせていただいたのですが、またまた、Returned Mailで戻ってまいりました。
 Fさん、この私のコメントをご覧になられましたら、改めて、正しいメールアドレスを教えてください.
P.S.主宰者の独り言
 大学のレポートや論文関係で、この「60年代通信」にお問い合わせいただいたのは、このFさんが、実は、お三方目でいらっしゃいまして、以前、M大学の女子学生の方新潟大学の方からも、ご活用いただいた旨のメールを頂戴しております。
 いやー、「60年代通信」も、だんだん、1週間ほど風呂に入っていないミック・ジャガーのようになってきました。
 「垢出ミック」なんちゃって…。
 典型的なオヤジ・ギャグで失礼いたしました。



Penさん(男性) 1999.07.12 … こんにちは(「白馬の騎士」or「白馬の剣士」+映画「伊賀の影丸」)

 鈴木様、早速のアップありがとうございます。
 僕のは、思い出すまま、楽しみとして書いていますので、資料的意味合いが薄いので申し訳ないです。
 「白馬の騎士」は「白馬の剣士」だったかもしれません。これは北条・・・という美しい女性が出ていました。後に恐山に入った人です。
 山城新吾といえば、映画「伊賀の影丸」。これを、是非、放送して欲しいと思うのは、僕だけでしょうか。
 影丸は松方弘樹、山城新吾は天野邪鬼でした。
 「隠密剣士」の悪役では天津敏といいましたかね、あの人が演じた風魔の首領が凄みがありました。
 一番初めは伊賀者が相手だったのか甲賀だったか忘れましたが、ハリマオになった人が首領だったと思います。
 根来衆とか色んな忍者をあの番組で知りました。
 あれで、全国の少年が色んな材料で手裏剣を作り、板壁などにカツン、カツンと音を立てて遊ぶ風景が生まれたのだと思います。
 地上転回、バック転なども真似したくなり、草むらを見つけては身を潜めると言うような学校帰りの奇妙な行動もみられたのでした。

主宰者から 1999.07.12

 「僕のは思い出すまま楽しみとして書いていますので資料的意味合いが薄いので申し訳ないです」とお書きになられていますが、橋本さんも、以前、ご指摘くださっていたと思いますけれども、確かに、「60年代通信」というホームページは、どちらかというと、資料的な裏付けに拘っている面が強いことは確かではあるものの、かといって、それだけでは、やはり、面白さも半減してしまうでしょうし、私自身は、資料的な部分が骨格で、その上に、皆様の体験やら思い出やら思い入れなどが肉付けされて、ホームページ全体が形作られていくようになればいいな、と考えさせてきていただいております。
 私のヨタ文も、はっきり言って、かなり、「思い出すままに楽しみとして書いて」いる側面が強いことも、ご覧になられている通りであります。
 しかも、主宰者の私が、どちらかというと散文的な人間のせいもあるのでしょうが、メールを頂戴する皆様も、私に合わせてくださるのか、散文的な色彩の強い文章をお書きになられる方が多いように思われますので、むしろ、橋本さんのような韻文的なセンスをお持ちの方のメールは、極めて、貴重なものだと考えさせていただいております。
 ですから、「申し訳ないです」などというのは、とんでもない話で、本当に、メールをお送りいただいて、感謝しておりますので、これからも、よろしくお願いいたします。
 どうも、ありがとうございました。



静岡県富士市・HOさん(男性) 1999.07.11 … ブルコメのコンサート+紅白初出場時の曲目

 
鈴木様
 またまた、メールをさせていただきます。
 お願いが一つありまして、「むらさき日記」を歌っていた頃の(中学3年の時に見られたと書いてありましたが)ブル・コメを見られたとのことですが、曲目を教えてください。
 非常に興味があります。
 紅白に出演したときの曲目で、1966年(昭和41年)は「青い瞳」となってましたが、「青い渚」ではなかったか、と記憶しています。
 いかがでしょうか。
 文章が少ないメールで、不躾で失礼かとは思いますが、これだけの文を打ち込むのに、かなりの時間を要しております。
 次回また質問をさせて下さい。
 よろしくお願いいたします。

主宰者から 1999.07.11

 お尋ねの件ですが、まず、私が中学3年の時に見たブルコメのコンサートは、本当はいけないのですが、当日、会場にラジカセを持ち込んで録音したテープを、以前、長岡の実家から東京に持ってきているはずなのに、これもまた、資料の山に埋もれて、どこにあるのか分からなくなっております。
 ただ、このテープは、もう、既に、何回も聞いておりますので、記憶に残っている範囲で書かせていただきます。
 まず、第一部のオープニングは「ブルーシャトー」でした。
 緞帳が上がったとたん、ステージの方から冷たい空気とともに、当時、レコードクリーナーのスプレーなんかに使われていた香料と同じ香りが流れてきたのが、とても、印象的でした。
 あとは、オリジナル曲としては、「青い瞳」「青い渚」「北国の二人」「海辺の石段」「むらさき日記」などが演奏されたと思います。
 以前も、どこかのページで書かせていただいておりますが、この日は、小田さんがお子様の病気のため、第一部には間に合わず、第一部は、キーボード抜きの楽器編成で、キーボードのパートをかなりの部分、三原さんがギターで補われ、そのプロとしてのテクニックに、驚いた記憶があります。
 オリジナル以外では、三原さんのソロ構成のパートがあり、ガットギターで「禁じられた遊び」を演奏され、「五木の子守唄」を弾き語りされました。
 あとは、モノマネで、井上さんが布施明の「霧の摩周湖」、三原さんがにしきのあきらの「もう恋なのか」を歌われました。「霧の摩周湖」の後奏部分では、何か、クレイジーキャッツかドリフターズかというような「落ち」がつけられていたように記憶しております。
 第一部だったか、第二部だったか忘れましたが、「キャラバン」の時に、かなり長めのジャッキーさんによるドラム・ソロも入りました。
 それから、キーボードの伴奏をはっきりと記憶しておりますので、第二部だったと思われますが、当時、ヒットしていた映画「ガラスの部屋」の主題歌を井上さんが歌われたの覚えています。
 クロージングは、「空の彼方に」でありました。
 このコンサートの後、会場だった柏崎市民会館の楽屋で、ブルコメ・ファンクラブ長岡支部の特別集会が開かれ、私もお姉さんたちにまじって、メンバーの皆さんとお会いしたのですが、情けないことに、この時のことを殆ど何も覚えていません。それほど、緊張していたのだろうと思います。色紙にサインもいただいているはずですし、記念写真もとっていただいているはずなのに、それも、もう、どこにあるのか、分からなくなってしまいました。
 ただ、メンバーの皆さんと握手をさせていただいた時に、特に、井上さんがとっても強く、私の手を握ってくださったのを覚えておりまして、家に帰ってから、そのことをお袋に話をしたら、ウチのお袋はノーテンキな人でありますので、私が井上さんとの握手でケガをしてしまい、こともあろうに、井上さんのところへ抗議に出かけて行くという、とんでもなくバカバカしい夢を見た、という後日談も残っております。
 ということで、あまり、きちんとしたお答えになっておりませんが、また、テープの発掘に成功した折には、当時のステージ構成や演奏された曲目などは、改めて、ホームページで、きちんと報告させていただこうと思います。
 それから、昭和41年にブルコメが紅白歌合戦に歌手としての初出場を果たした時に演奏した曲は「青い瞳」でした。
 以前、NHKがBSで「懐かしの紅白」という番組を放送しており、それを録画して、もう何度も見ておりますので、間違いありません。
 その時のビデオというかフィルムは、昨年の秋に、「驚きももの木20世紀」でブルコメ特集が組まれた時にも、放映されています。
 長くなりましたが、こんなところでよろしいでしょうか。
 また、引き続きまして、よろしくお願いいたします。
 どうも、ありがとうございました。
 …というメールを返させていただいたのですが、Returned Mailで戻ってきてしまいました。
 HOさん、もし、この私のコメントをご覧になられましたら、改めまして、正確なEメール・アドレスを教えていただけませんでしょうか。
 何か、キーボードが苦手で、メールを送っていただくのにも苦労されていらっしゃるようなのに、追い討ちをかけるようで、誠に恐縮ですが、よろしくお願いいたします。


      
Penさん(男性) 1999.07.11 … 思い出色々(「ナポレオン・ソロ」+「007」+「チロリン村とくるみの木」+「豆腐屋の四季」+「隠密剣士」+「眉月の誓い」+「白馬の騎士」+「お嫁さん」+「名犬ロンドン物語」+「名犬リンチンチン」+「てけてけ大将」+「ボナンザ」or「カートライト兄弟」+「七人の刑事」+「俺の番だ」+「キングコング」+「スーパー・ジャイアンツ」)

 鈴木様。
 久しぶりですというか2回目です。
 「0011ナポレオン・ソロ」の2人は「大脱走」でも共演してましたね。原作は007と同じイアン・フレミング。さいとうたかをが漫画にしてたような気がします。007のほうはボーイズ・ライフに連載していましたね。
 「チロリン村とくるみの木」なども、NHKに最終回しかビデオが残っていないとか残念ですね。
 ドン・ガバチョの声はやっぱり藤村有弘さんじゃなくっちゃね。
 僕は緒方けんと林隆三の出てた「豆腐屋の四季」がとても印象に残っています。
 ほかに「隠密剣士」はゴジラと並んで凄い人気でしたね。
 今の外国人が忍者を知ったのはこの番組が輸出されたことが影響していることは間違いありませんね。
 それが、後の「007は2度死ぬ」につながったと思います。大瀬康一も良かったですが、林真一郎も大好きでした。彼はその前に多分NHKの「眉月の誓い」にも出ていたと思います。そのあと山城新吾と共演で「白馬の騎士」そして「隠密剣士」に抜擢という感じでした。
 3代目もいましたね。え〜と、荻・・なんとか。
 梓みちよの歌う「お嫁さん」も、テレビドラマでやっていました。これは、ほのぼのとして、とても好きでした。
 ムーンライダースの歌に「名犬ロンドン物語」というのがありますが、ラッシーのほかに「名犬リンチンチン」、「名犬ロンドン」、ほかにもあったような気がします。
 「てけてけ大将」というフイルム早回しのも面白かったですね。
 映画でもありましたが、アロファロファが出ていたのは何でしたっけ?あれも笑いました。
 「ボナンザ」は、長崎では、「カートライト兄弟」というタイトルでした。
 GSのモップスが「七人の刑事」に出ていた時を、誰か覚えていませんかね。あのドラマは結構流行歌をBGMにしていましたね。「帰ってきたよっぱらい」とか。
 谷啓、植木等、ハナ肇、藤田まことが交代で主役を務める「俺の番だ」?だったですかね、あれは夢中で見てました。
 当時、教育テレビも娯楽に飢えていた僕たちには有り難いものでした。「キングコング」もこれで見ました。
 今月はNECOで「スーパー・ジャイアンツ」を放送していますね。
 まとまりがないまま色々と思い出してみました。
MELODY 「恵一の世界」 http://www.nttl-net.ne.jp/melody/

主宰者から 1999.07.11

 「大脱走」にロバート・ボーンも出演していたというのは、私の記憶からは欠落しておりました。
 「隠密剣士」は荻島真一だったと思いますが、これも、私の記憶には、三代目ではなく二代目でインプットされておりまして、自分の記憶のいい加減さに愕然としております。
 最近は、「60年代のテレビ」のデータ更新が滞っておりますが、また、近いうちに、新しいページを作らせていただこうと思って降りますので、また、よろしくお願いします。
 どうも、ありがとうございました。


SWさん(男性) 1999.07.11 … U.N.C.L.E(ナポレオン・ソロ)

鈴木様
 H.P.B「アンクルから来た男」抜粋です。
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アンクル機関(国際特務機関) U.N.C.L.E(UNITED NETWORK COMMAND for LAW and ENFORCEMENT)
 ニューヨーク市の国連本部ビルから数区画はなれたところにいくつかのピルが並んでいる。このビル群の南のはずれに三階建ての白い石の建物がある。これはこのあたりの他の茶色のビルにくらべるとだいぶ真新しく見える。このビル側の反対の端、つまり北端は駐車場になっている。これらの茶色の建物の二、三階にあまり暮し向きのよくない数家族が住んでおり、その下の通りに面した一階はおんぼろの商店や、事務所になっている。デル・フロリア洋服店はこの界隈のちょうどまんなかあたりの茶色のビルの一階にある。また白いビルの一、二階は「仮面クラブ」という名の高級キイ・クラブ・レストランになっている。さて白いビルの三階には落ちついた感じの事務所がある。その入口には、「アンクル」と書いてある。この事務所では、これといってどうということない人たちが郵便物を整理したり、訪間客と仕事の話をしており、見たところ何か慈善事業計画をしているごく普通の機関か、何かの財団法人のこれまた変哲のない事務所であるかのようにみえる。これらの建物はみんなアンクルという名の機関の持物なのである。
 ここでこのビルを取り巻く四つのすっかりいたんだ茶色のビルを取り除けたら、そのうしろにはまさに驚くべき建物があるのだ。これらのおんぼろビルの奥にあるこの大きなビルには、その一階から三階までを埋める近代的事務室からなる一大統合機関が隠されているのだ。ここには迷踏のようにいりくんだ鋼鉄の廊下と多くの部屋があり、そのなかでは国籍・信条・経歴こそちがえ、いずれおとらずきびきびした油断のない身のこなしの青年たちが働いている。それに高度に専門的ないろいろな近代的な機械や設備がぎっしりと備えつけられている。
 このビルには階段がなく、四台のエレベーターがあるだけだ。
 地下室からイースト・リバーまで地下道が通じていて、海にも出られる。屋上には大きなネオンの広告があって、その支柱には強刀な短波アンテナと精巧な送発信装置がしこまれているのだ。
 こここそアンクル機関の心臓であり、頭脳であり、また本体なのだ。
 ここの機関員は非常にいろいろな国籍にわたっている。そうして機関の活動範囲もそれに劣らずあらゆる国に及び、国境などにはまったく無頓着で、遠いヒマラヤの彼方から毎日短波で遠絡がくるといったことは朝飯前で、だれも篤かない。公認国際電信略号帳によれば、ヒマラヤ地域には短波局はひとつも登録されていないはずだが、そんなことを気にする者はだれもいない。
 アンクル機関憲章によれば、同機関は次のような組織になっている。
  第一課 政策
  第二課 作戦
  第三課 特務
  第四課 通信
  第五課 保安・人事
 そして、ナポレオン・ソロはアンクル三課の主任特務員である。
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 だそうです。

主宰者から 1999.07.11

 いつも、貴重な情報と画像をありがとうございます。
 テレビの「ナポレオン・ソロ」シリーズでは、確か、クリーニング屋か何かの奥の秘密の入り口からUNCLEのオフィスに入っていく仕掛けになっていたように記憶しております。
 何れにしましても、長文のデータをテキスト化していただき、本当に、ありがとうございました。






“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


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