読者の皆様から「60年代通信」にいただいた
暖かい励ましのお便り
 その23



“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


「読者の皆様からの暖かい励ましのお便りコーナー」
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「60年代通信」トップページはこちら


その1(1997年4月〜1998年3月)
その2(1998年4月〜1998年6月)
その3(1998年7月〜1998年9月)
その4(1998年10月)
その5(1998年11月〜12月)
その6(1999年1月)
その7(1999年2月 1日〜15日)
その8(1999年2月16日〜28日)
その9(1999年3月 1日〜10日)
その10(1999年3月11日〜20日)
その11(1999年3月21日〜31日)
その12(1999年4月1日〜10日)
その13(1999年4月11日〜20日)
その14(1999年4月21日〜30日)
その15(1999年5月1日〜10日)
その16(1999年5月11日〜20日)
その17(1999年5月21日〜31日)
その18(1999年6月1日〜10日)    
その19(1999年6月11日〜20日)
その20(1999年6月21日〜30日)
その21(1999年7月1日〜10日)
その22(1999年7月11日〜15日)
その23(1999年7月16日〜20日):このページ
その24(1999年7月21日〜)
「60年代の謎」:お便りの疑問コーナー

 このページは、皆様から、「60年代通信」宛てに頂戴したEメールを紹介させていただくコーナーです。
 いただいたEメールは、誹謗・中傷やそれに類するもの、あるいは、公序良俗に反するものでない限り、基本的に、原文のまま、掲載させていただく方針ですが、用字用語の修正をさせていただく場合があるほか、お名前は、イニシャルあるいはペンネームに代えさせていただいておりますので、ご了承いただければと思います。
 頂いたEメールの掲載について、ご意見、ご希望のある方は、ご遠慮なくお申し出ください。
 皆様から頂戴するEメールだけが、シコシコと家庭内手工業でページを作っている主宰者の唯一の励みとなっておりますので、異論・反論・ご批判など、何でも結構ですので、よろしくお願いいたします。



tm-netさん(男性) 1999.07.20
  … 給食>もう遲いですか?(1960年代学校給食アンケートへの御回答)

kem81さん(男性) 1999.07.20
  … いろいろ(原子力潜水艦シービュー号+原子力潜水艦スティングレイ+宇宙家族+多羅尾伴内)

祝進さん(男性) 1999.07.19
  … 中村メイコのラジオ番組(「パパ行ってらっしゃい」)

千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.07.19
  
… 広告批評

kei(KM)さん(男性) 1999.07.19

  … パラキン特集・・・ありがとうございます

Fumiさん(女性) 1999.07.18
  … 広告関連の情報、とっても嬉しいです

TYさん(男性) 1999.07.18
  … 霊感女優その他について(手塚しげお+とんま天狗)

HFさん(男性) 1999.07.18

  … また色々と書いてみました(原子力潜水艦シービュー号+宇宙家族+中村メイコの人形劇+エースをねらえ)

TKさん(40代男性) 1999.07.18
  … ハリマオの悪役ですが

HFさん(男性) 1999.07.18
  … 「快傑ハリマオ」とそのモデル・谷豊

Penさん(男性) 1999.07.18
  … 「君よ泣かないで」by水戸浩二(+原子力潜水艦シービュー号+スティングレイ+宇宙家族+北条菊子+エースをねらえ+多羅尾伴内)

Hitomiさん(女性) 1999.07.17
  … fashion

稲葉小僧さん(40代・男性) 1999.07.17
  … ようやく帰れる事と、あいなりました・・

keiさん(男性) 1999.07.17
  … 水戸浩二さんが歌っていた曲名が知りたい

主宰者から 1999.07.17
  … 再び、言い訳

ITさん(女性) 1999.07.16
  … ああ、動くブルコメ!

MSさん(女性) 1999.07.16
  … あの女優さんの名は





tm-netさん(男性) 1999.07.20 … 給食>もう遲いですか?

1.小学校時代をどこで過ごしたか  京都市左京区下鴨
2.1年生から6年生までの年代  昭和44年〜49年。一年生の時だけでしたね60年代は。
3.メニューにあるナンバーをベスト5形式で
  1.番外「干しぶどう入りのコッペパン」…避難訓練の時(午前中で授業は終わり)に、持ち帰り用として配っていた。
  2.番外01「脱脂粉乳」…私の時代には、まだコレがありました。とても好きでした。
  3.01「鯨の竜田揚げ」…臭みが好きでした。
  4.40「スパゲティ」…皿についたソースを、パンに擦って食べておりました。先生に「下品」と叱られました。
  5.43「かす汁」…ほんのりと酔っぱらうのが氣持ち良かった。
4.給食にまつわる思い出話 当時、好き嫌いが激しく、ピーマン、人參、玉葱が入っているものは絶對に食べなかった。よって、食べるまで居残りさせられたり、親が呼び出されたりしてきつく叱られたのでますます嫌いに。でも、大人になって酒飲むようになったら、なかなか良い肴として平氣で食べております。カレーは辛口が當然と思っておりましたので、給食の甘口タイプは拒絶していた。未だにバーモンドの甘口は嫌い。
 とまあ、ダラダラと乱文、失禮しました。

主宰者から 1999.07.20

 久しぶりに給食アンケートへのご回答をいただき、ありがとうございました。
 給食アンケートにつきましては、ここのところ、仕掛人であるテツオ君からの音信が暫く途絶えておりますが、私としては、長期企画ということで位置付けさせていただこうと思っております。
 給食アンケートへの回答をいただくたびに、毎度、書かせていただきながら、未だに何も実現されていないので、もう書かせていただくことすら空しい気もいたしますが、何れ、手付かずのメニューであります「60年代のくらし」の中で「学校給食」という特集ページを作らせていただき、アンケートへの回答をいただくたびに、ほぼリアルタイムで集計結果が反映されるような形にして、皆様からももっと注目していただけるようなものにしたいと考えております。
 ということで、tm-netさん、給食関係にご関心をお持ちの皆さん、今後とも、よろしくお願いいたします。
 ベスト2に、あの「脱脂粉乳」を挙げられておりまして、多分、今回のアンケートでも、「脱脂粉乳」をベスト5に入れられたのは、tm-netさんが初めてでいらっしゃるのではないかと思います。
 当時も、クラスに何人かは「脱脂粉乳」が好きな子供がいたりしたわけですが、あまり大っぴらに「私は“脱脂粉乳”が好きだ」ということを明らかにしてしまうと、異端視されかねないような雰囲気もあり、「脱脂粉乳」が好きでも、そのことは隠しているケースが多かったように記憶しております。
 「脱脂粉乳」が大嫌いで、「脱脂粉乳」好きの子供たちが異端視されかねない雰囲気を作り出している張本人だった私は、30数年後の今、隠れキリシタンのように、ひっそりと「脱脂粉乳」への祈りを捧げていた子供たちに、心からお詫びを申し上げたいと思う次第であります。
 tm-netさん、勇気ある発言(?)をいただき、本当に、ありがとうございました。
 また、甘口タイプのカレーを拒絶されていたことについては、私も、辛口カレー派でしたので、よく分かります。
 辛党派だった我が家は、新発売されたばかりのバーモント・カレーを買ってきて作ってはみたものの、一口食べただけで、家族全員が「なんじゃ、コリャ!? こんなのは、カレーじゃない」という意見で一致し、後は食べずに捨ててしまい、二度とバーモント・カレーを買わなかったばかりか、テレビで「ハウス・バーモントカレーだよ〜、リンゴーとハーチミツ、とろーりとけてる…」というCMソングの画面が出てくると、一家揃ってブーイングをしていたという、とんでもなく罪深い家庭でありました。
 西城秀樹さん、ハウス食品の関係者の皆様、本当に申し訳ございませんでした。
 現在は、様々なカレーのバリエーションに対する味覚も備わってまいりましたので、我が家でも、色々なカレールーをブレンドしてカレー作りをするようになり、ハウス・バーモント・カレーも、甘口タイプのバリエーションを代表する貴重なカレールーとして使わせていただいておりますので、どうか、お許しをいただきたいと思う次第であります。
 それから、学校給食のカレーというと、具の中に、魚の缶詰(主にサバだったと思いますが…)などが入っていることも多く、ルーの中に、剥離した皮などが浮いていたりすると、デリケートな子供だった私は、それだけで、気持ちが悪くなったりしていたのでありました。
 考えてみると、貧乏人の家のガキのくせに、学校給食に関しては、何かとワガママで身勝手な小学生だったことになるわけでありまして、今更ながら、深く反省しております。
[主宰者注:これまでのところ、学校給食アンケートにつきましては、HMさん(3月8日)市井人さん(3月8日)sesamiさん(3月9日)HIさん(3月21日)蛞蝓なめちゃん(4月2日)YMさん(5月22日)MOさん(6月14日)、今回のtm-netさん(7月20日)の8人の方から御回答をお寄せいただいております]



kem81さん(男性) 1999.07.20 … いろいろ(原子力潜水艦シービュー号+原子力潜水艦スティングレイ+宇宙家族+多羅尾伴内)

 ご無沙汰しておりました。
 私の好きな話題が、出てきましたので、ちょっと書き込みです(^_^)。
原子力潜水艦シービュー号
 これは、映画版とTV版があります。確か?、映画版が先に出来ていたのではないかと?
 TV版は、ちょっと前に、CATVで放送していました。
 映画版では名優ピーター・ロゥレイが登場していまして、計算尺でなにかを?計算してるシーンを覚えています。
 小説では以前、創元推理文庫から出ていました。
原子力潜水艦スティングレイ
 人形劇ですね、これも確か?、「サンダーバード」より早く放送されていたと記憶しています。
 プラモデルのJPGが有りますので、お送りいたします。
 それと人形劇で思い出したのですが、「伊賀の影丸」も人形劇版がありました。人形を操っていたのは”ひとみ座”でした。
宇宙家族
 これもCATVで放送しています。”宇宙家族ジェットソン”でしたか。「宇宙家族ロビンソン」も、CATVにて放送しています。悪役のドクタースミスが、いい味出していました。父親役で登場するガイ・ウィリアムスは、TV版”怪傑ゾロ”で主役でして、「怪傑ゾロ」も、小説が創元推理文庫から出ていました。
多羅尾伴内
 このシリーズの第一作は、確か?、大映だったと記憶しています。二作目以降、東映に移ったんじゃなかったかと?
 CATVは、昔のTVや映画の宝庫ですね〜。導入しておいて良かった〜

主宰者から 1999.07.20

 「原子力潜水艦シービュー号」というのは、私の記憶には殆ど残っておりませんが、「スティングレー」の方は懐かしいです。
 以前、確か、「キャプテンウルトラ」→「キャプテンスカーレット」→「スティングレー」という連想で、ちょっと話題になりましたが、こうして、貴重な画像をお送りいただき、懐かしい絵柄を拝見できて、非常に嬉しく思います。
 我が家にも、何とか、CATVを導入したいものだと思っておりますが、経済的理由とカミさんの反対により、なかなか、実現されません。
 私は懐かしヒーローもの見たさに、長女と長男はアニメもの見たさに、それぞれCATVの導入を主張しておりますが、それでなくても、親父も子供たちもビデオを見る時間が長いことに懸念を抱いているカミさんは、CATVの導入を頑として認めてくれません。
 この際、「60年代通信」をご覧いただいている皆様のご協力をいただいて、署名運動でもさせていただこうかとも思ったりしている次第であります。
 何れにいたしましても、どうも、ありがとうございました。



祝進さん(男性) 1999.07.19中村メイコのラジオ番組(「パパ行ってらっしゃい」)

主宰者 殿
 番組名は「パパ行ってらっしゃい」で、パパ役が沼田曜一。
 中村メイコは、娘役とママ役と近くの男友達「ゴンちゃん」か「ガンちゃん」、それに、となりの奥さんと関西弁をしゃべるその娘の5役を演じわけていました。
 主題歌も少し覚えています。
  お口もクチュクチュ磨いたら
  駅までパパをお見送り
  パパ行ってらっしゃい
  パパ行ってらっしゃい
  パパ行ってらっしゃい
 この番組はテレビが家に来てからは、ほとんど聴かなくなったので、昭和33年頃までだと思いますが、このあとも暫く続いていたのでしょう。
 鈴木さんがご存知だとは驚きでした。
 これを覚えている人に会ったことがありませんでしたので。

主宰者から 1999.07.19

 40年来の“謎”を解明いただき、感謝感激であります。
 「パパ行ってらっしゃい」。メールを読ませていただいて、記憶の埃が払われたような思いです。
 確か、目覚まし時計がジリジリジリと鳴る音から、番組が始まったように覚えています。出演者として、恐らく毎回、紹介されていた「ヌマタヨウイチ」という名前も甦ってきました。
 「時計が何時か」という主題歌の部分を覚えているのは、私が幼稚園の頃、時計を読めるようになるのが遅かったので、そのコンプレックスのせいだったのかなと思ったりしております。
 この番組で、娘役を演じる時の中村メイコさんの舌足らずの話し方は、今も、はっきりと耳に残っています。
 それから、この番組を思い出す時に、必ず、一緒にセットで思い出されるのが、多分、栄養剤だと思いますけれども、「パンビタン」という商品のCMソングです。恐らく、この番組のスポンサーだったのではないかと思うのですが…。
 暫く前までは、この「パンビタン」のCMソングも、ある程度は覚えていたはずなのですが、年のせいでしょうか、最近は、もう、思い出せなくなってしまいました。今、この歌を思い出そうとすると、「パンシロンでパンパンパン…」が浮かんできて、困ってしまいます。
 何れにしましても、どうも、ありがとうございました。
 …と書かせていただいてから、改めて思いだしましたが、問題のCMソングは「パンビタン」ではなく、「ミネビタ」だったかもしれません。
 「ミネビタ」の方は、
  ♪♪ あーとーは また あした
      ミネビタ・ドリンキング ♪♪
 というようなフレーズが出てきたと記憶しております。



千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.07.19 … 広告批評

 市川のMです。
 鈴木さん、不整脈は、私も、以前、かなり持っておりましたが、現在はほとんどなくなりました。
 やはり、環境を変えることによって直ったのだと思いますが、それはなかなか難しいですよね?!
 適度な運動も必要ですから、歩くだけでも週に1度、お近くの公園などで歩かれた方がいいと思います。
 腰痛と肩こりも心臓に良くないと思いますので、ストレッチを何通りかやられて、腹筋と背筋を少し鍛えられるとだいぶ違うと思いますが、なかなかむずかしいですよね!
 なんか無理なことばかり書き並べて、ちっとも「60年代通信」的なメールになっておりませんが、お許しください!
 ところで、手塚ワールドいいですね!
 今度機会があったらぜひ見てみたいものです。
Fumiさんが言っておられた「広告批評」についてですが、1993年頃にNHK・BSで放送していた「青春タイムトラベル CM」は、それこそ1960年代から1990年代初頭までのCMについての討論会形式でかなり多くの当時放映されていたCMを流しておりました(「広告批評」が構成していた)。鈴木さんは、たぶんその番組を録画されているかもしれませんが、結構楽しめる資料性がある番組でした。
Hitomiさんへ。“ファッション”村・・・見ていただきありがとうございました。良かったら、HitomiさんのHP見させてください!
 では、失礼いたします。

主宰者から 1999.07.19

 色々とご心配いただき、ありがとうございます。
 体には気をつけているつもりですが、今朝は目眩を伴う頭痛のため起きることが出来ず、会社を休んでしまいました。
 Mさんがおっしゃる通り、私も、胃痛や不整脈、頭痛や目眩というのは、「環境を変える」ことによって治るのではないかと思っておりますし、私が通っている医者も、はっきりモノを言う方ですので、「会社を辞めれば、こんなのは、すぐ治る」と平然と言い放ったりしております。
 早く、「環境を変える」ことができるような“環境”を自分の力で作り出せるようになりたいものだと思います。
 牧野さんがお書きになっていた「青春タイムトラベル CM」は、それこそ、「60年代のTVCM」の参考資料として貴重なものでありました。「ありました」と書かせていただいたのは、実は、このビデオも資料の山に埋もれて、現在、行方不明となっておりまして、ここのところ、TVCMの更新頻度が落ちてきているのは、忙しいのもありますが、この参考資料が行方不明になっていることも大きく関係しております。
 それから、手塚ワールド、なかなか良いです。基本的にミーハー人間なものですから、あれだけ、あらゆる商品にわたって手塚作品のキャラクター・グッズが揃っているという一点だけで、評価してしまっている側面も否めませんので、あまり期待して行かれると、がっかりされるかもしれません。
 基本的には、手塚作品のキャラクター・グッズを販売するお店なのですが、もうちょっと、昭和30年代の横丁コーナーを充実させてくれるといいなとは思います。できれば、手塚作品のキャラクター・グッズだけでなく、当時の駄菓子屋においてあったチープな品々も置いてくれたりすると嬉しいのですが、その辺は、池袋にあるナンジャ・タウンの役割ということでしょうか。
 HitomiさんのHPは、私も時々、お邪魔しておりますが、60年代のガレージ音楽を中心テーマに深く掘り下げられたな内容は物凄いものであります。
   Trans World '60s Punk:Cutie Morning Moon http://www.kiwi-us.com/~hitomi/ Join '60s garage
   Paradise(BBS)English Only http://cgi.kiwi.ne.jp/~hitomi/chat/gb_s.cgi
 掲示板も併設されておりまして、そちらも、その量と質には、圧倒されてしまいます。
 「60年代通信」など、まだまだ、足元にも及びません。
 私も、もっともっと、頑張らなければと思っております。



kei(KM)さん(男性) 1999.07.19パラキン特集・・・ありがとうございます

清美様
 本当にご無沙汰しております。
 タイガース、ナポレオン・ソロ、ハリマオ、隠密剣士、少年ケニヤetc。
 私も、お話ししたいことがたくさんあったのですが・・・なかなか書き込めませんでした。
 hitomiさんのところに、日野元彦さん、村下孝蔵さんの訃報の投稿をしたのですが、またまたダニー飯田さんのことは書きずらく、こちらで紹介していただいたので、想いを書かせて頂きます。
 パラキンは4、5年前から、色々集め始めましたが、清美さんも、きっと、お持ちのモノだと思いますので、それは控えます。
 九ちゃん、九重佑三子さんが大好きで、一番最初に買ったレコードも「明日があるさ」と「レモン片手に」(これは知らないでしょう)・・・超レアです(今でも大事にとってあります)。
 何年か前に、「夢であいましょう」のビデオが発売されましたが、その中でパラキンが「シェリー」を歌うシーンと「電話でキッス」を歌うシーンが(何と2曲ともフルコーラス)あって、涙モンです。
 また、「7時にあいまショー」の坂本九特集のビデオでも、「勉強でチャチャチャ」を踊りも交えて見れます。とにかく小4から小6にかけて、初めて九重佑三子さんに女性として憧れました(ダニーさんと離れてしまいますが・・・)。ジョージ大塚(有名なジャズドラマー)がパラキンに在籍していたことは、「ルーツ・オブ・ジャパニーズ・ポップス」で知っていましたが、その「7時にあいまショー」で一緒に踊っています(これもレア)。
 きっと、ビデオはお持ちでしょうね。
 私にとって、初めてポップスの愉しさを教えてくれたグループです。
 もう一つは、ザ・ピーナッツ(これは別の機会に・・・)。
 それまでは、「三波春夫」「三橋美智也」「村田英男」「春日八郎」等の流行歌一辺倒で、ロカビリーも「僕は泣いちっち」「星は何でも知っている」等々の・・・歌謡曲よりのものでした。
 もっと書きたいことはあるのですが、長くなりますのでこの辺で・・・
 佐野修さんの心情はなかなかお察しできないでしょうが、心よりご冥福をお祈りいたします。
 清美さんもお身体に(本当にムリなさらず)充分留意され、今後とも60年代通信を続けて下さい(引退後お手伝いできればと、真剣に思っている今日この頃です)。
 また、投稿させていただきます。
主宰者注:7月17日付でメールを頂いているkeiさんと同じペンネームですけれども、別のkeiさんでいらっしゃいますので、kei(KM)さんとさせていただきました]

主宰者から 1999.07.19

 パラキンは、ブルコメなどのGSに比べると、リアルタイムの体験度がいま一つ薄いのですが、それでも、やっぱり、私達の世代にとっては、ぎりぎりリアルタイムでありますし、アメリカン・ポップスの楽しさを教えてもらったバンドだったことは間違いないと思います。
 坂本九さん、石川進さん、九重佑三子さん、佐野修さんといったボーカルの皆さんの歌声も忘れられません。
 パラキンの音源や映像に関しては、私などより、松戸さんの方が、はるかに豊富にお持ちのようで、羨ましいです。
P.S.
 村下孝蔵さんの訃報も驚きました。昨年でしたか、BSで放送された加山雄三さんのトリビュート番組で、「ブラックサンドビーチ」を弾いていた姿が思い出されます。



Fumiさん(女性) 1999.07.18 … 広告関連の情報、とっても嬉しいです

☆:*:☆:*:☆ きよみさまへ ☆:*:☆:*:☆
 久々に、メールさせて頂きます。
 Fumiです。
 前回メールした時は、見られなかったのですが…、ここ最近、CMのページをいろいろと見させて頂きました。
 私の好きな「イエイエ」(レナウンCM)も見られて、感激です。(ちなみに、何かの雑誌に載っていたイエイエの切り抜きを手帳に入れています。)
 きよみさんのことなので、もうチェック済みかも知れませんが…、私がよく買っている『広告批評』という雑誌で、先月号から”広告20世紀”という企画を3ヶ月に渡ってやっています。(今月で2回め)1900年から、現在までを特集しているので、60'sに関しては、さすがにきよみさんの『60年代通信』のほうが、全然詳しいのですが、なかなか面白かったです。
 ということで、これだけのお話なのですが…、これからも、いろいろと未熟者のFumiに見せて(教えて)ください。
 楽しみにしています。

主宰者から 1999.07.18

 『広告批評』で”広告20世紀”などというシリーズ企画をやっているのは知りませんでした。
 早速、私も、拝見させていただこうと思います。
 ここのところ、再び、CMコーナーのデータ更新から遠ざかっておりますが、また、頑張ろうと思いますので、よろしくお願いします。
 どうも、ありがとうございました。



TYさん(男性) 1999.07.18 … 霊感女優その他について(手塚しげお+とんま天狗)

 久しぶりにメールします。
 先日話題になった「霊感女優」で、思い出した事があります。
 「霊感女優」さんが、60年代の某ヒーローを演じた男優さんと結婚したのですが、「霊感」ですぐに離婚してしまった、という事です。新聞の女性週刊誌の広告欄で呼んだような気がするのですが、その「霊感女優」が先日話題になった人と同一人物だったかは良く覚えていません。
 ところで、先日、矢車剣之助役の手塚しげおさんも話題になっていましたが、「60年代のテレビ番組表」の1966年1月1日昼の部の番組表中「とんま天狗」欄にも手塚しげおさんの名前がみえます。
 手塚さんは剣之助役でとんま天狗に何回かゲスト出演をしていたのを覚えています。
 そうすると、この日は矢車剣之助ととんま天狗の二大時代劇ヒーローの夢の競演が行われた記念すべき日だったわけですね。

主宰者から 1999.07.18

 私の記憶には、その「霊感女優」なる方は、まったく残っておりませんので、出演されていた番組は、私が見ていたローカル局では放映されていなかったのかもしれません。
 「60年代のテレビ番組表」については、自分でページを作っておきながら、気付きませんでした。
 手塚しげおさんのお名前を入力したのは覚えておりましたが、そのことと、「とんま天狗」と「矢車剣之助」がすっと結びつきませんでした。
 ご指摘をいただき、気が付いた次第でありまして、どうも、ありがとうございました。
 また、よろしくお願いします。



HFさん(男性) 1999.07.18 … また色々と書いてみました(原子力潜水艦シービュー号+宇宙家族+中村メイコの人形劇+エースをねらえ)

 続けてお便りします。
 「原子力潜水艦シービュー号」は、映画「地球の危機」の映画化で、雪男から恐竜まで雑多で怪奇な生物の登場した海洋冒険ドラマです。
 「宇宙家族」は、未来のジェットソンという一家の生活をえがいたアニメでした。
 「中村メイコの人形劇」、これにつては3月18日付でTYさんという方が質問していて、22日付で私が回答していますので参考にしてください。
 「エースをねらえ」の作者山本鈴美香は、後に新興宗教の教祖になったという話です。

主宰者から 1999.07.18

 毎度、仔細な情報を、本当にありがとうございます。
 「中村メイコの人形劇」につきましては、失礼しました。
 頂戴するメールの数が増えてきているため、その編集作業をさせていただくのに手いっぱいで、内容が、なかなか頭に残らないという部分もありますが、自分の知らない番組などについては、情報が素通りしてしまいがちだという側面は否めません。
 何かと不手際が多くて、恐縮ですが、これに懲りずに、今後とも、よろしくお願いいたします。
 どうも、ありがとうございました。



TKさん(40代男性) 1999.07.18 … ハリマオの悪役ですが

 姉から教えられて「60年代通信」へやってきました。
 姉は23年、わたしは26年生まれです。
 姉と電話で「ハリマオ」のことを話した時に、すぐに、頭に浮かんだのは、吉田義夫さんのやられていた悪役のことです。
 顔はすぐにイメ−ジできたのですが(なんせ東映時代劇の悪役でよくみたものですから)、お名前のほうは年のせいか失念いたしました。
 ちょうど、手元にありました「天晴れ時代劇」という本で調べましたら、どうも吉田義夫さんらしいとわかりました。
 「アラフラの蛸」という宝石の話がでてきたようにおもいますが、思いこみのはげしい性格ですから...

主宰者から 1999.07.18

 吉田義夫さんという悪役の俳優さんがいらっしゃったことを、なんとなく、思い出しました。
 そうすると、阪神タイガースの吉田・前監督と同姓同名ということになりますね。
 その吉田義夫さんが出演されていた東映時代劇には、どんなものがあったのでしょうか。
 東映の時代劇というと、古くは、「紅孔雀」なんかがありましたし、大川橋蔵さんの「真吾十番勝負」なんかも、よく見に言っておりましたが…。
 何れにしても、どうも、ありがとうございました。
 今後とも、よろしくお願いいたします。
P.S.
 お姉様にも、くれぐれも、よろしくお伝えください。



HFさん(男性) 1999.07.18 … 「快傑ハリマオ」とそのモデル・谷豊

 谷豊は実在の人物で、幼少のころ一家でマレーに移り住みました。
 彼が、一時、日本に帰国しているとき、現地で暴動が発生して肉親が殺され、これが契機となって、彼は悪に染まりはじめます。
 マレーに戻ると、徒党を組んで裕福な家に押し入ったり、金持ちを襲ったりして、強盗団のボスになってしまいました。
 戦時中は特務機関の手先となって色々な工作に係わったらしく、そのためか、軍のプロパガンダにより国策映画「マライの虎」が作られ”義賊”に祭り上げられたようです(軍の協力者が強盗団のボスではまずかったからでしょう)。
 昭和17年にマラリアで死亡、享年32歳でした。
 戦後ハリマオ(マレー語で”虎”をさす)と呼ばれた彼をモデルにした「魔の城」が山田克郎により日本経済新聞に連載されました。
 その中では”ハリマオ”はあくまでも英雄であり、ある種のダーティさは削られ冒険ロマン小説となっていました(もっとも”ハリマオ”自体は小説の中では脇役的な存在だったようですが)。
 この”ハリマオ”を主人公にして、英雄としての側面だけを引っ張りだしたのが、テレビ映画「快傑ハリマオ(ワープロなどで文字変換するとなぜか”快傑”より”怪傑”が先に出てくるのでひじょうに多くの文章が”怪傑ハリマオ”になっています、驚くことに今年の一月にでた某社のビデオには堂々と”怪傑ハリマオ”と印刷されていました)」です。
 このなかでも、”ハリマオ”の正体として、海軍特務機関・大友道夫中尉という設定はなされていますが、彼の行動面において、軍との関係は希薄です(つまり彼が軍人だということは最初の設定だけで全体としてはそれとは無関係に行動してるような印象をうけます)。
 主演の勝木敏之(本名:長内章蔵)は、この後、「隠密剣士」などに出演しましたが、役者としては芽が出ず、廃業したそうです。

主宰者から 1999.07.18

 仔細にわたる「快傑ハリマオ」関連の情報をありがとうございました。
 お送りいただいたメールを読ませていただき、私も、和田勉さんがNHKを辞められた後の初監督作品としてメガホンを握られた「ハリマオ」を、半蔵門の東條会館に試写会で見に行ったときのことを思い出しました。
 あの映画のシナリオ構成は忘れてしまいましたが、なぜか、暴動で肉親が殺される場面だけ鮮明に覚えておりますし、主役を演じた俳優のキャラクターによるところも大きかったのではないかと思いますが、テレビのハリマオに比べると、かなり「強盗団のボス」的な性格が前面に出されていた印象を受け、テレビの「快傑ハリマオ」的な作品を期待して試写会に行った私は、何か、肩透かしを食ったような感想を持ったものでありました。
 今にして思うと、恐らく、和田勉さんとしては、軍のプロパガンダによる国策映画や、その後の小説やテレビなどで描かれた「ハリマオ」のイメージに対して、より実態に近い「ハリマオ」を描かれておきたかったのかもしれません。
 何れにしましても、忘れていた映画の試写会のことを思い出せていただき、ありがとうございました。



Penさん(男性) 1999.07.18 … 「君よ泣かないで」by水戸浩二(+原子力潜水艦シービュー号+スティングレイ+宇宙家族+北条菊子+エースをねらえ+多羅尾伴内)

 keiさん、僕の名前もケイだけどね、水戸浩二さんのは一曲しか知らない。

 「君よ泣かないで」 作詞:若木香 作曲:北原じゅん
  泣かないで泣かないで 君よ泣かないで
  涙をふいて いつものように
  たとえ別れが つらくても
  笑顔をみせて もう一度もう一度
  君よ泣かないで

 原子力潜水艦シービュー号?う〜ん聞いたような記憶が・・・・。
 だけど、サンダーバードのような人形劇でスティングレイというのを覚えています。
 歌もスティングレイ、スティングレイと繰り返していました。
 NHKの「宇宙家族」はあの頃とても夢がありましたね。
 人形劇といえば中村メイ子がひとりですべての登場人形の声を担当していた確か外国版の番組もありました。
  ♪俺達を守のはテックスタック保安官〜
とかいう歌でした。
 アメリカのアニメもけっこう放送されていましたね。
 MSさん、北条菊子さんでしたね、そうそう、恐山。
 霊感女優ねえ、漫画家でもいましたね。
 「エースをねらえ」を書いた女性、「ムー」などでしばらく執筆していました。
 多羅尾伴内を好きで作詞などでペンネームにしているのが大滝詠一ですね。
 松尾伴内は僕の弟の友達の従兄弟ですが(笑)。

主宰者から 1999.07.18

 水戸浩二さんの歌、ありがとうございました。
 私も、さすがに、曲名と歌詞を覚えているというところまではいっておりませんで、何れ、別宅の資料の山の中から、何か出てきたら、補足させていただこうと思っています。
 また、私は、シービュー号というのは覚えておりませんが、「スティングレー」の主題歌だけは、よく覚えておりまして、以前も、ちょっと話題になりかけて、稲葉小僧さんのメールで主題歌と番組の概要は判明したものの、詳しい内容までは追求されておりません。
 中村メイコさんが一人で何役もおやりになっていた番組としては、私は、ラジオで毎朝、放送されていたものが忘れられません。主題歌も少し覚えているのですが、色々と資料を調べてはいるものの、この番組に言及されている資料は、いまだに見たことがありません。
 これは、ホームドラマのようなもので、中村メイコさんが、パパ、ママ、その子供など何人かの役を声色を変えながら演じる番組でありまして、主題歌の一部としては、
 ♪ ママ 「キータン 何時か わかるでしょ?」
    子供 「わかりますよー ええとね… ええとね… わかんない」 ♪
というようなフレーズが出てくるものでした。
 どなたか、覚えている方がいらっしゃいましたら、教えていただけませんでしょうか。
 よろしくお願いします。



Hitomiさん(女性) 1999.07.17 … fashion

 こんにちは。
 「“ファッション村”の少年たち」、非常におもしろく読ませていただきました。
 実は、私のHPでは、ベルボトムは、いつから流行ったかという話題がでていたところでした。
 とりあえず、ベルボトムの前に、すその広いパンタロンが流行ったということはわかりましたが、KIYOMIさんのようなきちんとした考察はしていません。
 ところで、KIYOMIさんのお好きなブルーコメッツは、最初から最後までスーツ姿のGSでしたが、多分流行を反映しているのでしょうが、スーツのシルエットが結構変化してますね。
おまけ 私もニコルのTシャツ持ってました。

主宰者から 1999.07.17

 私の方は、ファッション系は全く疎い人間でありますので、ブルコメのスーツの変遷も、その背景等は何も分かりません。
 ただ、シングル盤のジャケット写真などを見ても、Hitomiさんがおっしゃるように、結構、変化しておりますので、見る方が見れば、それなりに60〜70年代の流行スーツ変遷史のようなものを語っていただけるのかもしれないですね。


稲葉小僧さん(40代・男性) 1999.07.17 … ようやく帰れる事と、あいなりました・・

 主宰者様、お身体のほうは、大丈夫でございましょうか?
 たまには、休まないと倒れてしまいますよ・・お互い、若くないし・・
 こちら、なんとか、長野での仕事もエンドになりそうです(正確には、7/19いっぱい仕事して、海の日に帰るのですが)
 こちらには古本屋が少ない!と、初めはブツブツ言っていた私ですが、なんとフリーマーケットで明治時代に書かれた書籍を見つけてしまいまして、今、その「仙術と忍術」って本を読んでいるところです(いやー、これだけでも収穫ありました!・・って、いったい私は長野に何しにきたのやら・・(^^ゞ)
 ちなみに、代金は、100円でした(定価は10銭(^.^)) さーって!帰ったら、しばらく前に出されていたお題(^.^)の原子力潜水艦シービュー号でも書きましょうかねぇ・・実は私、このシービュー号のプラモデルを持っています(もちろん、フライング・サブ付き!)
 あ、フライング・サブで思い出しましたが、シービュー号って、このフライング・サブの他に、ミニサブって装備してませんでした?
 確か、昔に見た記憶があるのですが・・
 ではでは・・
 次は、桑名のマイホームからメールいたします・・
長野から、稲葉小僧

主宰者から 1999.07.17

 長期の出張、ご苦労様でした。
 そちらは、お体の具合は、如何ですか。出張でお疲れのことと思います。
 私の体の方は、比較的、落ち着いてきておりますが、先週、先々週と、ちょっと仕事がハードになったため、不整脈のような症状が2度ほど出てしまい、ちょっと、あせってしまいました。
 暑さも増してまいりまして、夏バテ気味の感じもありますので、自重していきたいと思っております。
 さて、「原子力潜水艦シービュー号」というのは、私には、全く記憶にありませんので、解説を期待しております。
 出張帰りでお疲れのところ、誠に恐縮ですが、無理をしない程度に、よろしくお願いします。
 本当に、出張先の厳しい環境下で、度々、メールを頂戴し、ありがとうございました。
 帰られましてからも、引き続き、よろしくお願いいたします。



keiさん(男性) 1999.07.17 … 水戸浩二さんが歌っていた曲名が知りたい

 「60年代通信」楽しみに拝見しています。
 少年時代のあの時にタイムスリップしたようで、当時の自分を振り返りながら、懐かしく拝見せせてもらっています。
  「60年代通信」にすっかりはまってしまいました。
 前々から気になっていたんですが、昭和41年前後、テレビ番組「あなた出番です」で、デビューした水戸浩二さんが歌っていた曲が思い出せなくて。
 当時、阿木譲・車英二?さんなど活躍されていたような記憶がありますが、その中で、自分は,水戸浩二さんが好きでよく歌ってたんですが、どなたか水戸浩二さんに関する事をお知りの方、情報をよろしくお願いします。
 「60年代通信」応援しています。
 頑張って下さい。



主宰者から 1999.07.17

 水戸浩二さん、懐かしいです。
 「あなた出番です」の出身歌手としては、泉アキさんと水戸浩二さんが最も売れた歌手だったように記憶しておりますが…。
 同じタレントスカウト番組の「ホイホイ・ミュージック・スクール」出身の布施明さんとか、望月浩さんとか、叶修二さんとか、あのラインの歌手だったと記憶しておりますが、演歌系では、同世代に愛田健二さんなどという方もいらっしゃいましたよね。
 残念ながら、私も、水戸浩二さんの顔と歌っている姿は、何となく浮かんできますが(なぜか、途中で、顔が愛田健二さんや平浩二さんになってしまったりしておりますけれども…)、具体的な曲や歌詞の方は、思い出せません。
 どなたか、お詳しい方がいらっしゃいましたら、また、教えていただけませんでしょうか。
 よろしくお願いします。



主宰者から 1999.07.17 … 再び、言い訳

 皆様、おはようございます。
 昨晩は、久しぶりに21時前に家に帰ることができたのですが、食事の後、ちょっと横になっていたら、朝まで眠ってしまい、先月11日から続いていた連続データ更新記録も、連続36日で途切れてしまいました。
 忙しくて夜中の3時とか4時まで起きている時には、何とかデータ更新をやってきたのに、逆に、早く帰れた時には、油断してしまうのか、データ更新ができなくなってしまう、という皮肉な展開となってしまうようです。
 というか、やらなければいけない仕事が目の前にある時には、気分転換(?)の意味も含めて、データ更新を行いたくなるわけでありまして、ホームページの更新頻度というのは、仕事の忙しさに比例するものなのかもしれません。
 …などと、訳の分からないことを考え始めている土曜日の朝であります。
 何れにしましても、昨日のうちにメールを頂戴していたMSさんとITさん、メールのアップが遅れてしまい、申し訳ありません。
 これに懲りずに、引き続き、よろしくお願いいたします。



ITさん(女性) 1999.07.16 … ああ、動くブルコメ!

 昔の歌手やグループの動く姿というものをあまり見たことがなく、特にグループ・サウンズについては、まずほとんどありません。
 見たことがあるのは、ワイルドワンズと我がブルーコメッツのみです。
 ですから、ごくたま〜にブルコメの動く姿を見たりする機会があると、発狂します。
 だいたい、私は、これまでに、動く彼らを何回見たかというと、2回か3回しかなかったと思います。
 生の彼らを見ることが出来たという鈴木さんが心からうらやましいです。ぜひ、その時のエピソードなど、もっと詳しく教えていただきたいです。
 ちなみに、私がこれまでに見たことのあるブルコメの中で、唯一ビデオテープに収めてあるものが、友達のお母さんが私のことを哀れに思って送ってくださった、「サヨナラ日劇ウェスタンカーニバル」のときの映像です。
 ・・・私が生まれて1カ月くらいの頃のものらしく、この時にさえ間に合っていない自分を恨めしく思ってしまいます。

主宰者から 1999.07.17

 何か、とっても、切実な感じで、読んでるこちらも切なくなってくるような気がします。
 TANAKAさんが唯一、ビデオでお持ちの“動くブルコメ”だという「さよなら日劇ウエスタンカーニバル」には、私は、3日間、通い詰めました。
 この時にも、私は、大きなカセットデッキを持ちこんで、3階席の最前列で録音しておりましたが、その時のテープも、現在は、行方不明です。
 ただ、ご存じかもしれませんが、この時のCDは発売されておりますので、私も、購入しました。
 それから、ブルコメというグループは、幸いなことにレコード大賞を受賞していることと、解散後も、それぞれに、音楽の道を歩んでいることから、今日にいたるまで、当時のGSで、現時点でメンバーが集まって、ちゃんとした音が出せるのはブルコメだけだと言われていることもあり、「さよなら日劇ウエスタンカーニバル」の後も、何度か、テレビで演奏をしています。
 その殆どは、録画してありますが、それらのビデオも、やはり、資料の山に埋もれて、すぐには出せない情況です。
 ただ、何年か前に、そういうビデオだけを8mmビデオに編集して、海外出張などのときに、飛行機の中で見たりしていたものがあって、これは、ちょっと探せば、比較的、簡単に見つかるかなと思っています。
 それから、昨年の秋に、「驚きももの木20世紀」という番組で、ブルコメの特集を組んだ回があったのですが、それは、ご覧になられていませんでしょうか。
 この「驚きももの木20世紀」では、昭和41年と42年の紅白の映像も流れましたし、当時の芸能ニュースっぽいフィルムとか、解散直前のブルコメの映像とか、私にとっても、非常に、貴重な映像が、かなり、入っていました。
 また、ブルコメも、全盛期に何本かの映画に出演しておりまして、私の手元には内藤洋子(喜多嶋舞のお母さん)と共演した「としごろ」という映画のビデオもあります。…というか、購入しましたから、当然、あるはずなのですが、これも、現在、行方不明状態で、先日、仕方がないので、レンタル・ビデオ屋さんから借りてきて、ダビングしました。



MSさん(女性) 1999.07.16 … あの女優さんの名は

 Penさんの「北条・・・・」という女優さん。たしか、北条菊子さんといわれました。猫系の顔立ちで、切れ長の眼が美しい方でした。霊感女優ともいわれていましたけど・・・やっぱり恐山ですか。はぁ〜
 ちょっと山田五十鈴の娘さんにも似てたよーな気が・・・・
@それと風魔小太郎ー主役の大瀬康一よりすきでしたわ。堂々として彼も結構切れ長の眼でステキでした。年子の弟に確認してやっぱり彼ってカッコよかったよね!と語り合いました。
 8月の終わりに湯布院映画祭にて片岡千恵蔵「多羅尾伴内」を見に行こうと楽しみにしているのですが。
 いったいこの人は?
 昔、予告編の「あるときは・・・・またあるときは謎の・・・・」の口上だけ聞き疑問のままでした。
 この疑問が8/25解けるらしい。
 何か彼についてご存知の方いらっしゃいましたら・・・・
 映画がまたいっそうたのしめそーです。

主宰者から 1999.07.17

 北条菊子さんという女優さんは、私は、残念ながら、覚えておりません。
 お顔を拝見すれば、思い出すのかもしれませんが…。
 「湯布院映画祭」のお話も、また、今度、是非、お聞かせいただきたいと思います。
 よろしくお願いします。






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