読者の皆様から「60年代通信」にいただいた
暖かい励ましのお便り・その36


“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


「読者の皆様からの暖かい励ましのお便りコーナー」
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「60年代通信」トップページはこちら



その1(1997年4月〜1998年3月)
その2(1998年4月〜1998年6月)
その3(1998年7月〜1998年9月)
その4(1998年10月)
その5(1998年11月〜12月)
その6(1999年1月)
その7(1999年2月 1日〜15日)
その8(1999年2月16日〜28日)
その9(1999年3月 1日〜10日)
その10(1999年3月11日〜20日)
その11(1999年3月21日〜31日)
その12(1999年4月1日〜10日)
その13(1999年4月11日〜20日)
その14(1999年4月21日〜30日)
その15(1999年5月1日〜10日)
その16(1999年5月11日〜20日)
その17(1999年5月21日〜31日)
その18(1999年6月1日〜10日)    
その19(1999年6月11日〜20日)
その20(1999年6月21日〜30日)
その21(1999年7月1日〜10日)
その22(1999年7月11日〜15日)
その23(1999年7月16日〜20日)
その24(1999年7月21日〜25日)
その25(1999年7月26日〜31日)
その26(1999年8月1日〜5日)
その27(1999年8月6日〜10日)
その28(1999年8月11日〜15日)
その29(1999年8月16日〜20日)
その30(1999年8月21日〜25日)
その31(1999年8月26日〜31日)
その32(1999年9月1日〜5日)
その33(1999年9月6日〜10日)
その34(1999年9月11日〜15日)
その35(1999年9月16日〜20日)
その36(1999年9月21日〜25日):このページ
その37(1999年9月26日〜)
「60年代の謎」:お便りの疑問コーナー

 このページは、皆様から、「60年代通信」宛てに頂戴したEメールを紹介させていただくコーナーです。
 いただいたEメールは、誹謗・中傷やそれに類するもの、あるいは、公序良俗に反するものでない限り、基本的に、原文のまま、掲載させていただく方針ですが、用字用語の修正をさせていただく場合があるほか、お名前は、イニシャルあるいはペンネームに代えさせていただいておりますので、ご了承いただければと思います。
 頂いたEメールの掲載について、ご意見、ご希望のある方は、ご遠慮なくお申し出ください。
 皆様から頂戴するEメールだけが、シコシコと家庭内手工業でページを作っている主宰者の唯一の励みとなっておりますので、異論・反論・ご批判など、何でも結構ですので、よろしくお願いいたします。



東京都町田市・真砂子さん(女性) 1999.09.25
  … ごぶさたしています(遊星仮面)

つぼさん(20代男性) 1999.09.25
  … スパイダース

米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.25
  … 補追情報(名犬ロンドン物語)

SOさん(男性) 1999.09.25
  … 恐るべし香港!

米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.25
  … しゃあけい大ちゃん

HFさん(男性) 1999.09.25
  … 「しゃあけい大ちゃん」

ハツトリ・ユウさん(男性) 1999.09.25
  … 泣いてたまるか+名犬ロンドン物語

主宰者から 1999.09.24 
  … 言い訳

米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.23
  … 水沢有美のこと

千葉県船橋市・AHさん(男性) 1999.09.23
  … ああ、なんとあの曲が。初メールです(「0戦はやと」+「泣いてたまるか」)

米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.22
  … テイク違いで身上つぶす?

TUさん(40代男性) 1999.09.22
  … はじめまして(「しゃあけい大ちゃん」と「つんころ大すけ」)

米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.22
  … RE: GIジョー

ハナさん(男性) 1999.09.21
  … 「君といつまでも」の演奏はベンチャーズ

福島県郡山市・FIさん(50代男性) 1999.09.21
  … 最近の阿久悠さんの歌謡評論

米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.21
  … GIジョー



東京都町田市・真砂子さん(女性) 1999.09.25 … ごぶさたしています(遊星仮面)

 ごぶさたしています。
 白黒だったと思いますが、小さくて記憶が鮮明ではないのですが、「遊星仮面」というのがあったと思うのですが、桑田次郎の絵だったと思います。
 当時の男のキャラクタ−にしては、変身したときの髪の毛が長かったり、こめかみの所のダイヤマ−クのあざや身の上がしんこく(だったと思う。詳しい事は覚えていません)で、妙に魅力があったように記憶しています。
 子供のくせにませていたかも。
 資料がありましたら、ぜひ詳しくとりあげてほしいとおもいます。
 どうぞよろしく。

主宰者から 1999.09.25

 ここのところ、企画ページの方は音楽関係のネタが続いておりまして、マンガやテレビのネタを久しく取り上げさせていただいておりませんので、近いうちに、「遊星仮面」を「60年代のテレビ」辺りで紹介させていただこうかと思います。
 絵のタッチは、確かに、桑田次郎さんに似ておりますが、以前、「恐怖のミイラ」の企画ページでも書かせていただいているように、「遊星仮面」は楠高治さんという方がお描きになっていらっしゃいました。
 また、企画ページの方で、色々と書かせていただこうと思いますので、よろしくお願いします。



つぼさん(20代男性) 1999.09.25 … スパイダース

 買ったばかりのパソコンで、毎日インターネットづけです、なかなかGSものが無くて。
 僕はスパイダースが好きです、当時のスパイダースのライヴなんてどうだったのでしょうか。
 特に、今その時代のものが、CDやヴィデオなどでまた復刻されてきてますね、当然僕は、全部買いました。
 あと、欧米には、たくさんのガレージパンクマニアと言うのがいて、そういった人たちの間でも、スパイダースやダイナマイツ、ゴールデンカップス、モップス、アウトキャスト、ヴォルテージなどの、レアなレコードが、高値で売買されてるそうです。
 逆に、タイガースは、全然、無視状態です。
 なぜかと言うと、要するにチープなオルガンの音とファズギターがなっていてヴォーカルは絶叫している。そういう音を求めているからです。だから、タイガースのようなストリングスが裏でなっていてしかもマイナーで美しいメロディーはかえって敬遠されているのでしょう。
 先にあげたバンドは、そういった曲の宝庫なのです。
 確かにスパイダースやカップスの有名な曲(ヒットした)はマイナーで美しいメロディーを奏でています。
 しかし、アルバムに入ってる曲がくせものなのです。
 たとえば、スパイダースの3枚目のアルバムに収録されている「なればいい」という曲は今のアメリカのロックバンドにカヴァーされてますし、アウトキャストなんてバンドは、本国日本では超マイナーですが、その唯一のアルバムに収録されている(これは彼らのオリジナルではない) 「のっぽのサリー」は世界中のガレージファンを圧倒させたといれるほどの名演ですし、モップスの、後に発売禁止になったデヴューシングル(B面の、ブラインドバードと言う曲が引っかかったらしい)などは池袋の中古レコード屋で2万円で売っていました。
 話し出したらきりが無いんですけど、今の、日本の若いバンドもそういったGSのバンドに影響受けてる人たちもいっぱいいます。
 僕などもそうですが、GSを、当時、生で体験した人たちの話は非常に興味があります。

主宰者から 1999.09.25

 私は,小学校6年生の時に,実家のある新潟県長岡市の厚生会館という体育館も兼ねた大ホールのステージでスパイダースを見ました。
 当時,私は,既にブルコメのファンでありましたが,演奏技術などについて云々できるような観点では何も覚えておりませんが,とにかく,ステージそのものの楽しさというような意味合いで,やっぱり,スパイダースは凄いなと思ったことだけは鮮明に記憶に残っております。
 ストリングスやブラスなどのオーケストラの入るGSとしては,ブルコメも,その筆頭グループでありますが,シングル盤を離れて,特に,オリジナルの1stアルバムや2ndアルバムでは,オケなしの曲も沢山入っておりますし,特に,2ndアルバムに入っている「太陽の娘」などという曲は,ブルコメにしては,ガレージパンク風な雰囲気を色濃く漂わせていたりしますので,ぜひ一度,お聴きいただいて,ご感想などもお聞かせいただければと思ったりしてしまいます。
 ファンの贔屓目かもしれませんが,特に,1981年の「サヨナラ日劇〜最後のウエスタン・カーニバル」を見た時に,ブルコメは,バンドとしての演奏技術や音のバランス(アンサンブル)が安定しており,歌唱面でも,いわゆるGSとしては,コーラス(ユニゾンが多いですけれども…)も,それなりの水準に達していたため,その安定感というか,完成度の高さが,逆に,グルーヴ感というような観点からは,マイナスになってしまっていたのだろうな,というようなことを強く感じたものでありました。
 スパイダースも,リアルタイムでは,ほとんどシングル盤の曲しか聞いておりませんでしたので,今ごろになって,リマスタリングされた再発CDを聞いたり,当時は,あまり聞かなかったダイナマイツやアウトキャストなども,後追いで楽しませていただいております。
 リアルタイム体験の希薄なGSについても,当時のかすかな記憶と現存する資料などをかき集めて,何れ,企画ページを作らせていただこうと思っておりますので,よろしくお願いします。
P.S.
 「GSを、当時、生で体験した人たちの話」が楽しめる場としては、この「お便りコーナー」でも貴重なお話をお聞かせいただいているロサンゼルスのMさんが主宰されている掲示板Hitomiさんの掲示板があります。ぜひ、一度、ご覧になられては如何でしょうか。



米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) … 補追情報(名犬ロンドン物語)

鈴木様
 こんにちは。
 日本は、まだ、「秋分の日」の晩。
 出張およびパートナーとの打ち合わせも一段落、日本は休みで、業務連絡も空白の時間…、ということで、相変わらず「長尺一人講釈」にはまっていきそうな、そんな予感を感じつつも、自分のキーボードを叩く指に「ドゥ、ドゥ、」と馬のように言い聞かせながらこれを書いています。
1. 名犬ロンドン物語
 まずは、これ。
 しつこいかな、と思いつつ、「宣誓!我々は完全燃焼することを誓います!!」と、一人で叫びながら、以下をアップデートしたく存じます。
 ベンジャミンさんや他の皆様の有用な情報があったものですから、当地で購入した「Total Televison:Penguin Books刊」(20ドルちょっとの小ぶりの電話帖みたいな、グラフィックなんか殆ど無い資料本ですが、1949年からアメリカで放映されたTV番組を全部網羅している、無期懲役囚に熟読させても時間が足りないだろうと思われるごっつい本)であたってみました。
 しかし、ない。
 INDEXにタイトルが見当たらない。
 しばらくあきらめておったのですが、やっぱり諦められない。
 そこで、棚橋式「強引連想・関連サークリング鉄則」というか、Thobo,あるいは Bobo、Sthoboと、ドラマを貫く主題である「放浪・流浪」という言葉を並べてじっくり見つめ倒しました。
 そこで、はたとひらめいたのは、「犬の名前は、ひょっとしたら一般名詞の固有名詞化かも知れない」ということ。たとえば、「ちびっこ大将(あるいはギャング)」の原題が「The Little Rascals(Youngじゃないですよ)」であるように。
 そこで、Roget'sの同意語集をめくり、「Tramp,Vagabondo...」と引いていく。
 あったよ、あった。「Hobo(放浪者、ルンペンなどの意味)」が。
 そういえば昔、英単語詰め込み猛特訓に励んでいた頃、出っくわしたはずの語だ。あとは、芋づる。
 添付したウェッブページに行きついた次第。
 原題は「The Littlest Hobo」でした。
 パンクチュエーション、シラブレーションの問題でありました。
 このキャラクターの由来を辿ると、1958年にカリフォルニアで製作され、Allied Artists配給で公開された劇場用映画が最初、とウェッブに見ることができます。
 そして、その作品の評判の良さにより、1963〜65年の第一期TVシリーズに進化。
 このときは、撮影舞台を米加国境付近に移し、おもにBC州バンクーバー区域でロケが行われていたことも判明(うち三話は、トロント、オンタリオといった五大湖周辺にまで出張っているようです)。
 残念なことに、私の遭遇したページは、1979年にカラー撮影にて新装なったカナダCTVネットでのシリーズに重きがかけられ、あのほのぼの感漂う白黒バージョンを貫いていたストーリー骨子や、キャスティングはいまだ、私にとって日本語主題歌を歌った歌手と音源全貌のごとくもやもやしています。
 ただ、旧シリーズに使われていたという英語主題歌は、わりと丁寧にスポットが当てられています。
 Ronald Stein作、Rand Sparks(フォーク・ミュージック・ギター・プレイヤーとあります)歌、Verveレコード(スタン・ゲッツ、ジミー・スミスやライチャス・ブラザーズがいたレーベル)の人物が、この歌手と作曲者を結びつける役を果たしたようですので、もしかしたら、英語バージョンは録音物で音源が残っているかもしれません。
 Television Greatest Hitsのシリーズを各種編集している、スティーブン・ゴットリーブ氏の名が頭にちらちらして来ました。(氏のこれまでのシリーズでは、「アストロボーイ」「Fireball X−V」といった外国産子供むけヒーロー物、およびアニメ音源が収録されているので、これは今一度各タイトル要チェックとなってきました)
 なお、映画と旧シリーズテレビで使われた英語主題歌は、歌詞が異なるとのこと。
 以下、63〜65年シリーズの英語歌詞
I find adventure everywhere,
and friends with whom I'd like to share.
This is my stop along the way.
Don't really know how long I'll stay.
Stop over. The world is my friend.
Stop over along the road without end.
Traveling around from town to town.
Sometimes I think I'll settle down.
But I know I'd hunger to be free.
Rovin' is the only life for me.
A-driftin'. The world is my friend.
I'm traveling along the road the road without end.
 いやあ、これ書いててジーンとその歌詞の言わんとするところが迫ってきますし、断片的に甦るあの頃の自分史とオーバーラップしてにじむロンドンの姿、そして皆さんの情報で具体的な輪郭が出来てきたドラマ・シチュエーションの姿....。
 さあ、問題は、この英語音源が仮に、先に入手できたとして、メロディは日本語版と同じか?という問題。
 上記のTelevision Greatest Hits中の「アストロボーイ」は、「鉄腕アトム」の日本語主題歌のキーノートははずしていませんが、コーラスのお終いの始末のつけかたがちょっと違います。
 同じく同コレクションに入っていた「マイティ・ハーキュリー」は、ジョニー・ナッシュに歌われていますが、ハーキュリーが明治牛乳を飲み干す姿のバックで日本語で歌われたメロディとあんまりかわりません。
 少しオペラティックかな?
 まずは、こんな報告まで。
 ほかに補追すべきことがまだ他の話題であったのですが、これ書いてるうちに忘れちゃった(あーあ、だからセンチな40男は、耐情緒衝撃性がだんだん衰えていやですね)。
 では、失礼します。

主宰者から 1999.09.25

 仕事が忙しかったり、PCが故障したり、調子が悪かったりで、棚橋さんから頂戴している沢山のメールの処理が遅れておりまして、申し訳ありません。
 「完全燃焼宣言」の宣誓は、心して受け取らせていただきます。
 私の場合、非力で不埒で無節操な自分を顧みず、大風呂敷を広げては中途半端なままになっている企画ページがあまりにも多く、皆様には、大変に申し訳なく思っておりますので、棚橋さんに叱咤される形で、「完全燃焼」のテーマを少しずつ増やしていこうと意を新たにしているところであります。
 いや〜、それにしても、旧シリーズの英語版主題歌、いいですね。
 ちゃんと韻も踏んでいて、格調の高い作りに感心しました。
 全編に色濃く流れる漂泊感、無常感は、芭蕉や山頭火を思わせるものすらありますが、“I find adventure anywhere”や“the world is my friend”というフレーズに、やはり、大陸的な匂いを感じたりしております。
 先日、HFさんからお送りいただいた日本語の歌詞を眺めてみると、ほぼ、原詩に即したものではあるようですが、大陸的な匂いを感じさせる英文フレーズのポジティブなニュアンスは、どうしても、日本語には反映されにくいようであります。 ところで、今回、ご紹介いただいたホームページは、作り手の方のスタンスがアイデンティティ確認というところにあるようで、私としては、米国版「60年代通信」(あちらの内容は70年代以降が中心のようですが…)というような印象を受けまして、大変に興味深く拝見しました。 まだ、「名犬ロンドン物語」のページとトップページを覗いてみただけですが、これから、じっくりと中身を拝見させていただこうと思っています。



SOさん(男性) 1999.09.25 … 恐るべし香港!

 みんな、ひどい目にあって香港から帰ってきました。
 私のほうはタリビットという抗菌剤飲んでいましたので、お腹こわすことなかったのですが、ほぼ全員下痢発熱,入院までする人が出てさんざんでした30人中25人ぐらいアウト!。
 コレラとかチフスではなかったのですが、血便出て大騒ぎしてるのもいました。やっぱり、衛生観念が違うのか、我々のほうが弱いのかよくわかりませんが、煮沸してもだめだそうです。
 日本人の腸では太刀打ちできないそうです。なんちゅうとこじゃ!
 300メートル以上のビルでも竹の足場を組んで仕事してるし、風水とかなんとかややこしい法則で町を作っているし、ニセものとホンものが入り乱れイヌとネコがいない活気ある町香港でした。
 寒い夜はネコ汁だそうです。オエー!
 マカオは、ずーと昔の日本を見てきた感じです。
 路地裏でさんぱつ屋さんが店開いてるし、裸足歩いている人も見ました。
 100ドルもカジノで負けました。日本円で1500円なりです。たくさんスロットマシンで出るのですが、後は回収されました。まーええか、マカオに税金納めて帰ったことにしょうです。
 1999年12月20日にポルトガルから中国に返還とのことでした、というわけで、今日はこのへんで失礼します。
 出かけるときは忘れずにタリビット!

主宰者から 1999.09.25

 香港でお腹をやられるというのは,今時としては,珍しいのではないかという気がしますが,屋台のハシゴなんかをすると,ヤバいのかもしれません。あるいは、ヤシ油あたりでしょうか。
 ちなみに,私は,十数年前の話になりますが,平気でした。
 何れにしても,コレラとかチフスとか,やっかいな病気ではなかったそうで,何よりです。



米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.25 … しゃあけい大ちゃん

鈴木様
 「しゃあけい大ちゃん」、とうとう来たか、という感じです。
 といっても私もこの番組に関する記憶は、絵筆についた水性絵の具を乱暴に水の中で拡散させた如く、完璧に乳白色系に濁っております。
 私は小学校低学年の土曜の昼下がりの再放送で見ていた記憶があります。
 「若者たち」や「鉄道公安36号」といった、強力再放送番組の前後にTBSでやっていた記憶があります。
 国際放映系ではないんですか?
 思い出せるのは、大ちゃんが着ていたカスリっぽい和服にズック(下駄か?)、何故か学生帽という、一歩間違うとバカボンというコスチュームや、たしか困ったことやうれしいことがあったときに語り掛けていた小鳥の友達がいたような記憶、それと大ちゃんが、その見るからに円満な体形から発散する、これまた心優しい、周囲の人々への接し方(上原ゆかりだったろうか?小さな女の子にすら誠実に、同じ目線と立場で接するので、とっちめられたり、立場がなくなる場面に追い込まれると「しゃあけぇ...しゃあけぇ..」を連発してひたすら汗をかく)という断片的なことばかりで、例によってうろ覚えゆえ、全編を貫くセット・シチュエーションもわからなくなってるし、確信もありません。
 私もぜひ、このドラマの詳細知りたいです。エノケンはサンヨーだと思います。
 「.....あらま綺麗とよく見たら、サンヨー、カラーテレビ...」というコマソンだったであろうか?
 それから渡辺のジュースの素は、小学校低学年時に、放課後にカギっ子を夕方まで遊ばせておく「子供クラブ」というシステムにいやいや身を任されていたときに、何かと言うとシスコの「エースコイン」(シスコインかな?和同開寶とか天保銭を模った袋菓子クッキー)とか、東鳩「オリーブ・ビスケット」といった、しけたおやつと一緒に与えられていました(個人的には、この系統だと「ギンビスおしるこビスケット」が好きでした)。それも合成樹脂のカップを使って、比較的熱いお湯で出すのですよ(たいていグレープ味)。
 お湯+粉末ジュース=安全>ただの水道水+人工甘味料+食紅、という発想だったんでしょうか?
 そんな配慮をしてもらう一方で、子供達に用意された部屋の本棚には、なぜか、貸し本流れの、「....二級酒でいいか?...」なんてセリフが氾濫する、マジックとGペンで一気書きしたような、教育上よろしくないマンガ単行本が平気で転がってたから、世話無いよ。
 でも、とてもありがたがって、いまの親御さんなら目をむくようなものを飲み干していましたね。
 では、失礼します。 棚橋 真澄

主宰者から 1999.09.25

 「しゃあけい大ちゃん」という番組は,多分,長岡では見ることができなかったのではないかと思いますので,東京に引っ越された棚橋さんは,色々と番組を見ることがお出来になり,今更ながら,うらやましい気がします。
 新潟には,まだ,NHKとBSNしかなかった子どものころ,東京に行くと,民放キー局がすべてみられることが驚異であり,うらやましくて仕方がなかったのを思い出します。
 東京に行くとと書きましたが,正確には,清水トンネルをぬけて,群馬県に入り,高崎を過ぎて埼玉に近づくにつれ,沿線の住宅の屋根に,長岡なんかでは決してみることのなかった背の高いテレビアンテナがたっていて,「ああ,この辺までくれば,民放キー局が全部みれるんだ」と車窓から外を眺めながら,いつも思ったものでありました。
 東京に引っ越された時の,そのチャンネルの多さに驚かれたであろう棚橋さんのご感想などもお聞きしたい気がします。
 単に,テレビのチャンネルの多さだけでなく,1960年代における長岡と東京のギャップというのは,ひょっとすると,現在の日本とアメリカの違いどころではない落差があったのではないかという気がしておりまして,子供心に感じられた“カルチャーショック”のような実体験をお持ちでいらっしゃったら,また,いつか,お時間のある時にでも,お話をお聞かせいただければ,などと勝手なことを思っております。



HFさん(男性) 1999.09.25 … 「しゃあけい大ちゃん」

 また、お便りします。
 「しゃあけい大ちゃん」は、確か、金曜日午後6時から30分番組で、TBSで放送していました。
 大ちゃんは地方(岡山?)から都会(東京?)へ出てきた天衣無縫な少年で、”しゃあけい”と言うのが口癖でした。
 何かあると、”しゃあけい、こらえてつかあさい”とか、”しゃあけい、勘弁してつかあさい”というような言い方をしていました。
 大ちゃんを都会で預かる夫婦は殿山泰治と市川寿美礼が扮していました。
 最後に石川進が歌った主題歌を。

     しゃあけい大ちゃん
  みんな笑おうと大ちゃん平気な小僧
  山で育ったまあるいお人好し
  どうぞ勘弁してつかあさい
  しゃあけいしゃあけい
  どうせなんとかなるじゃろうて
  みなさん教えてくれんかのう
  でっかい体にためいきもれる
  しゃあけいしゃあけいがんばれ大ちゃんがんばれ

 以上、「しゃあけい大ちゃん」でした。

主宰者から 1999.09.25

 私は,まったく記憶にない番組で,題名すら,初めて知ったような状況ですので,助かります。
 メールを読ませていただくと,なんとなく,後年,丸井太郎さんが主役だった番組「図々しい奴」の主人公にイメージがダブってきてしまいますが,大ちゃんを演じていた俳優さんは,どなただったのでありましょうか。
 石川進さんが歌われた主題歌の作詞・作曲は,どなただったのでしょうか。
 …などと,色々と知りたいことが出てきてしまいました。
 私も,また,色々な資料などを当たってみまして,何か,分かりましたら,皆さんに伝えさせていただこうと思います。



ハツトリ・ユウさん(男性) 1999.09.25 … 泣いてたまるか+名犬ロンドン物語

 ハツトリ・ユウです。
 千葉県船橋市・AHさんのメールにある「泣いてたまるか」ですが、私もじじくさかったので(笑)大好きでした。
 あのドラマは、子どもながらにホロリとくる場面が多く、不覚にも、よく涙したことを覚えています。
 渥美清さんと青島幸男さんが交代(?)で主役を演じておられましたが、私が一番泣いたのは、青島幸男さんが主役をされた回で、犬が人間になるというような話(詳細は覚えてませんが・・)でした。
 ところで、主題歌のフルコーラスの歌詞は、まだどなたも紹介されていなかったでしょうか?
 あの哀愁のある主題歌は私も大好きですので、重複するかもしれませんがご紹介しようと思います。
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TBS連続テレビ映画「泣いてたまるか」
主題歌「泣いてたまるか」
作詞 良池まもる/作曲・編曲 木下忠司/唄 渥美清
1.天(そら)が泣いたら 雨になる
 山が泣くときゃ 水が出る
 俺が泣いても なんにも出ない
 意地が涙を・・・泣いて 泣いてたまるかヨ
 通せんぼ
2.海は涙の 貯金箱
 川は涙の 通り道
 栓をしたとて 誰かがこぼす
 ぐちとため息・・・泣いて 泣いてたまるかヨ
 骨にしむ
3.上を向いたら キリがない
 下をむいたら アトがない
 さじをなげるは まだまだ早い
 五分の魂・・・泣いて 泣いてたまるかヨ
 夢がある
#TBSテレビ 昭和41年4月17日〜43年3月31日 日曜午後8時〜8時56分
 出演 渥美清、青島幸男、左幸子ほか
 監督 飯島敏宏
出典 ビクターファミリークラブ「思い出のテレビ黄金時代」(12枚組CD)
#3番の歌詞の「下をむいたら」の部分は「下を向いたら」のミス プリだろうと思われますが、例によって資料原文のママです。
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 最近、話題になっている「名犬ロンドン物語」ですが、じつは私は、主題歌の録音テープを持っております。ただ、私がなぜこれを持っているのか、情けないことにその記憶がまるっきり無いのです・・(苦笑)
 テレビから録音したものでないことは確かですので、もしかすると、先日ご紹介した山形のHNさんから何枚か古いレコードを借りて録音させてもらったときのうちの1枚だったかも知れません(前後に録音されている曲から判断すると、この可能性が高いです)。
 もし、そうなら、レコードが出ていたことになるわけですが・・・
 現在、我が家のテープレコーダーは(これも情けないことに)すべて壊れているのですが、再生ボタンを押し続けていればかろうじて聞けるという器械が1台あるので、久しぶりにこれで再生して聞いてみました。う〜ん、田辺靖雄と言われれば、そうなのかも・・・。
 ちなみに、歌詞はHFさんご紹介のものと完全に一致しています。

主宰者から 1999.09.25

 「泣いてたまるか」で青島幸男さんが演じたエピソードとして、私の記憶に唯一残っているのも、犬が人間になるというストーリーです。
 見ていて泣いたかどうかは覚えておりませんが、「101匹わんちゃん大行進」と同じダルマシアンが人間になってしまうもので、青島さんが上下つなぎのブチ模様の衣装をつけていた姿だけが、なぜが、強烈に印象に残っています。
 主題歌のフルコーラスは、以前、どなたかが紹介されていたような気もしますが、改めて、紹介させていただこうと思います。
 「名犬ロンドン物語」の主題歌の音源をお持ちでいらっしゃるということで、これまでの皆様からのメールを拝見していても、音源をお持ちの方はいらっしゃらなかったようですので、極めて、貴重なものではないかと思われます。
 「60年代通信」のオフライン・ミーティングのようなイベントでもやらせていただけるようなことがあれば、ぜひ、お聞かせいただきたいものだと思います。



主宰者から 1999.09.24 … 言い訳

 皆様、今晩は。
 今日は、仕事が忙しく、さきほど、終電で帰ってまいりました。
 実は、一昨日、今年の3月に買ったばかりのノートPCの液晶画面のバックライトが突然、点灯しなくなってしまい、昨日のデータ更新は、会社のノートPCで、どうにかこうにか、実行したのですが、今日は、その会社のPCも調子が悪く、メールソフトとホームページ作成ソフトを同時に開くことができなくなってしまい、しょうがないので、エディターソフトでページ作りを強行しようと思ったら、エディターソフトも同時に開くことが出来ず、しょうがないので、ホームページ作成ソフトだけを開いて、この「言い訳」を書かせていただいております。
 そういう状況であるため、メールを頂戴している皆様には、誠に申し訳ございませんが、PCの調整が終わるまでは、メールのアップができない状況となってしまいますので、悪しからず、ご了承ください。
 私ごときでは、PCの調整ができない可能性も高く、最悪の場合、今日のお昼に修理に出してきた、バックライトが点灯しなくなったノートPCが戻ってくるまで、「60年代通信」そのもののデータ更新が、一切、行えなくなる可能性も大きくなっております。
 皆様には、本当に申し訳ございませんが、厳しい状況をご理解いただき、ご寛容を賜りますよう、伏してお願い申し上げる次第であります。
 1日も早く、正常化できるよう頑張りたいと思いますので、よろしくお願いいたします。



米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.23 … 水沢有美のこと

鈴木様,こんにちは。
 私の、そちらに届くメールのレイアウトがガタガタになっていないと知り、安心しました。
 どうも、こんなことでご丁寧な追伸をお書き頂き、お手間を取らせて済みませんでした。
 さて、鈴木様の心血注入シリーズである「懐かしの歌本の世界」ですが、プリンターでハードコピーをとり、夜ベッドに入ったときに、ナイトキャップ代わりにゆっくり読んでいます(自宅で酒を飲む習慣がないので、就寝前は大抵好きな本を読みつつ夢の国へと入って行きます)。
 ところが、この「歌本特集」、ナイトキャップどころか、濃厚な内容と、鈴木様の独特の味のあるキャプションに心が踊ってしまい、「エスタロン・モカ」か、「タウロポンS」のような効き目を発揮しています。
 ところで、第三回特集の、クラウン・レコードのベスト10の第五位にランクされていた、「兄弟の星」で、西郷輝彦とデュエットをしていると思われる、水沢有美さんのことですが、彼女、少女歌手転じて、後に「俺達の旅」で、主人公が下宿する一階が定食屋さんである家(ご主人は名古屋章だったか?)の娘さん役をやっていた、割とハイトーンの声のきっぷの良いキャラクターの女優さんではないでしょうか?
 きっぷのいいキャラクターを演じる女優さんということですと、テツオさんがいつか触れていた「細腕繁盛記」で、舞台となった熱川山水館で園佳也子の仲居頭さんの下でしごかれる、しつけのなっていない現代っ子仲居さんを演じたり、「パパと呼ばないで」で、石立鉄男が居候する米屋さんの家の次女(つまり、松尾佳代の妹役)を演じていた人が折に触れて思い出されますが、どんなプロフィールを持った女優さんでしょうか?
 あのころのドラマや映画(とくに東宝)でよくみかけるのですが?
 間違ってるかも知れませんが、「この顔と名前にピンときたら...」ということでお便りしました。
 歌本といえば、今から10年以上前、下北沢のモダン骨董ブティックで平凡か明星か忘れましたが、昭和36年のものを2冊買った記憶があります。
 橋幸夫などは、巻頭にかなりボリュームを割いた特集がすでに組まれていたり(それを見ると、もはや「南海の美少年」などはクラシックの感あり)、デビュー間も無い弘田三枝子のその後の大爆発を誰も予期しないかの如き、小さな扱い、或いはその当時のリバイバル・ブームを反映した、「君恋し」や「無情の夢」「流転」などの曲の大特集に混じって、各国民謡や校歌集まであるジョイパック構成。ちょっと、カルチャーショックを受けたり、ビニールクロスのかかった、紙ナプキンに三角に包まれたフォークを使って、ネクタイ・背広姿でスパゲティを食べる藤島桓夫がやたら「貧しいモダン」に見えたり...。
 余談はこの辺にして、失礼致します。

主宰者から 1999.09.23

 ナイトキャップ代わりに「懐かしの歌本の世界」などをお読みいただき,本当に,恐縮至極であります。
 さて,水沢有美さんという歌手あるいは女優さんについて,さきほど,「60年代通信」の「テレビ・ドラマ」のページにリンクを張っていただいたり,こちらからも「リンク集」で紹介させていただいたりしている,驚異のHP「テレビドラマ・データベース」で検索をかけさせていただいたところ,棚橋さんのご指摘通り,1975(昭和50)年から日本テレビで放映されたドラマ「俺たちの旅」の出演者リストの中に,確かに,水沢有美さんという方のお名前を発見することができました。
 私も,このドラマは,ほとんど,毎回のように見ていたはずですが,この水沢有美さんという方は,まったく,覚えておりません。あるいは,ビデオでも見れば,思い出すかもしれませんが…。
 それから,「パパと呼ばないで」の松尾嘉代さんの妹役の方も,まったく,見当すらつきません。
 お役に立てずに,申し訳ありません。
 また,「お便りコーナー」で,メールを紹介させていただき,皆様からの情報を待たせていただこうと思います。
P.S.
 「歌本」は,先日,べんじゃみんさんから何冊かお貸しいただいたり,私も,古本市や神田の古本屋で買ったりして,少しずつ,増やしておりますので,暫く,継続企画として頑張ろうと思っております。



千葉県船橋市・AHさん(男性) 1999.09.23 … ああ、なんとあの曲が。初メールです(「0戦はやと」+「泣いてたまるか」)

 私には昔から好きで忘れることのできない歌があります。「見よあ〜の空に〜、遠く光る〜も〜の〜」0戦はやとの歌です。
 最近の歌の歌詞はすぐに忘れてしまうのに、その昔幼い頃に歌った歌の歌詞はいつまでも覚えているものです。今頃こんな曲を思い出しているのは私くらいなものなのだろうとずっと思っておりました。
 昨日は試しに「見よあの空に遠く光るもの」で検索してみたのです。
 それでたどり着いたのが「60年代通信」です。
 こんなHPがあったことに驚きました。懐かしい0戦はやとの画像や説明。
 私も必ず見ていたのに内容についてはほとんど覚えておりませんでしたが、絵を見ると、ああ、そうそうこんな顔。よくこの飛行服や帽子を描いたっけと、遠い記憶が蘇って参ります。挿入されている画像はTVで主題歌が流れるときに毎週見ていたものですね。本当になつかしい。
 そういえば金色をこんじきと読むのがかっこいいと歌うときにちょっと得意になっていた記憶を思い出しました。また、その哀愁を帯びたメロディーも好きでした。でも2番の歌詞はほとんど忘れていました。
 0戦はやとの記事を読みながら、昔の友人と遠い少年の日の思い出を語り合っているような、なんだか懐かしく嬉しい気持ちになりました。
 私には、もうひとつ心に残る歌があります。
 「そ〜らが泣〜いたらあ〜めになる〜」の「泣いてたまるか」です。
 小学校の遠足のバスの中で私はそれを歌いましたがみんなの反応がいまいちでした。
 当時確か、「泣いてたまるか」の裏番組だったと記憶しているのですが、「青春とはなんだ」だか「これが青春だ」だかをやっていて、他のみんなはそっちのテーマソングの方を歌っていました。
 自分の好みが例外なのかと、そのとき感じたことを覚えています。(じじくさかったんだ)
 遠足は小学校の6年のときだと思いますので、[泣いてたまるか」の放送があったのは,昭和41年のことだと思います。
 この歌のことを覚えている人はあまりいないだろうと思っていました。
 ところが,今日は「泣いてたまるか」で検索していたら、また「60年代通信」にたどり着きました。
 「0戦はやと」の歌が好きで、「泣いてたまるか」の歌まで好きだったという私と同じ(じじくさい?)少年がここにもいたんだと、親しみを感じてしまいます。
 「空が泣いたら 雨になる  山が泣く時ゃ 水が出る  俺が泣いても 何んにも出ない  意地が涙を泣いて泣いてたまるかよ 通せんぼ」
 この曲はイントロも好きでした。「ちゃ〜ら〜ちゃ〜らららった、ちゃ〜らららら、ちゃらら、ちゃらら、ちゃ〜ら〜ららら〜」と、イントロもつけて歌っていたものです。最後の「通せんぼ」のところ、最近私は「夢がある」だとばかり思っていました。そうか、「通せんぼ」でしたか。ひょっとしたら「夢がある」は2番の歌詞なのでしょうか。そういえば2番もあったような・・
 「上を向いたらきりがない  下を向いてもあとがない」だったような。
 昔は,全部,歌っていた気がしてきました。
 昔の記憶が少し蘇る。だけど、そのあとは全然思い出せません。なんだったっけなあ。
 改めて,30年以上の年月を感じてしまいます。
 すみません。あまりの懐かしさと、私の大好きだった歌を二つとも記述なさっていることに驚き、書きたいことを先に書いてしまいました。
 私は千葉県船橋市に住むASと申します。
 昭和29年生まれです。私たち前後3年くらいの頃がテレビっ子と言われた最初の年代ではないでしょうか。当時のTV番組は私たちの思い出のアルバムみたいなものですものね。
 失ってしまったと思っていた記憶を蘇らせる宝物がいっぱいの鈴木さんのホームページ。
 これからまたじっくり、1個ずつ大事に開いていきたいと思います。
 長く続けて下さい。

主宰者から 1999.09.23

 先日,神田の古本屋さんで,『少年画報』の別冊『0戦はやと』特集(カッパコミックスの『鉄腕アトム』みたいなヤツ)を発見しましたが,現在(と言いつつ,いつもなのですが…),極貧状態にあるため,購入はしませんでしたけれども,その裏表紙に,明治キンケイインドカレーの広告が掲載されており,「『0戦はやと』をみたら,カレーを食べよう」とか何とかいうコピーと各局での放映時間なども入っていて,番組のスポンサーが明治製菓だったことを知りました。
 私にとっての“幻のブランド”として非常に懐かしい存在である「明治キンケイインドカレー」が,これまた懐かしい『0戦はやと』のスポンサーだったことに驚いた次第であります。



米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.22 … テイク違いで身上つぶす?

鈴木様
 「読むJ-POP〜」、面白そうですね?私も欲しいなあ。望郷の念というか、探求の念から....。
 ところで、T-BONESがページをにぎわせているじゃありませんか。
 “No Matter What Shape (Your Stomack In)”のLPに収録されている“Sippin' N Chippin'”のステレオ・テイクであり、かつ別テイクのものなんですが、米Collectible Records(他にVogues、Seekers,Peter &Gordonといった良心的なパッケージものや、特定のオールディーズ・ステーションのスペシャル・エディション編集盤を沢山出しています)からCDのフォーマットで売られている復刻盤で聴く事が出来ます。
 本年6月、シカゴのVirginメガストアで手当たり次第に仕入れたCDのうちの一枚です。
 かなり以前に、東芝リバティの「真っ赤な太陽」の中古モノラルシングルを買って、「ああいい感じだなあ」と思っていたものが、ステレオで聴けるのかなあ、と軽い気持ちでいたのですが、聴いてみて、別テイクだと判った次第。
 ちょっと出来がスカスカかなぁ、と思ったものの、数度聴いたら、とても素朴で良くなってきましたよ。
 女性コーラス(それともファルセットの男声?)は、コードをなぞる形でうっすらと残っていますが(このアルバムテイクを先に録音したのなら「残す」という表現はあべこべですが)、サビのおしまいの「ナ、ナ、ナナ、ナァー」とうい印象深いコーラスの切り返しはありません。
 そのかわり、ドラムがリフレインにつないでいます。
 全般的にややスローなテンポですね。
 レコード全盛時代は、元来が、オリジナル・ジャケットや各国別にはこだわらないからと、予算の貧困を聞えの良いポリシーに転嫁させ、「まず、音源を数多くゲットするのが第一」という方針で再発でも編集盤でも、手に入るものをコレクションしていましたが、CDの時代に入ってオールディーズ・ファンを当惑し、誘惑し、思わぬ出費に誘うのが「ボーナス・トラック」、「別テイク」、「没テイク」、「スタジオ・トーク入り」という、オールディーズの編集盤・復刻盤に多く見られるようになった媚薬であります。
 米EMI-Capitolから出ている“Rock'N'Roll Legendary Master Series”などは、とてもアメリカ人が編集したとは思えない、“Well-tailored”な出来で気にいっていますが、このシリーズ中の“Hippy Hippy Shake−The Swinging Bluejeans Definitive  Collection”では、“Hippy Hippy Shake”のマスターが、テイク5の完走バージョンから取られていたことを解き明かす、スタジオトークとカウントダウンが冒頭に一分ほど入っています。
 そして、レイ・エニスのカウントダウン「1、2、3」とイントロの間が短かったので、以前、他の盤で入手出来たステレオテイクの出だしがなぜ、一瞬ポーズをかけたテープデッキをあわてて解くような「ぐにゃっ」とした感じで始まるかがよくわかります。
 そのほか、Billy J. Kramer のコレクションではLennon−McCartneyの“I'm In Love”をマスター発掘して登場させてますが、冒頭のトークで、背景に聞えるジョークの声の主は、John Lennonではないだろうか?と思ってるんですが、他人の空似かな?
 Johnがそんな場に立ち会っていたなら、Beatles Chronicleあたりが見逃がすわけないですよね?
 その他、Wild Onesの「青空がある限り」、この曲のブラス交えたバージョンを最初に聞いたのですが、東芝キャピトルのオリジナルシングルのGS映画サントラ音源のような仕上がりのチープ&シンプルな良さも後から改めて聴いてかみしめたり....。
 そういえば、昭和41年の日活映画「逢いたくて逢いたくて」の、劇中の日米合同映画製作発表の船上レセプションで主人公の園まりに歌われる「何でもないわ」の映画サントラバージョンの、ブラス&ドラムの快活なビートに絡むストリングスが格好良い。その場面の設定上、外人客がフロアでその曲に合わせて踊っているのですが、ブラスは決め所はちょっぴりオリエンタルな音階をなぞったり。それを見た後で買った「やさしい雨」のB面収録レコード・バージョンの腰の無さにがくっときたり....。
 ちなみに、この映画でやはりこの劇中映画に出る設定(それとも単なる応援か?)の中尾ミエの「忘れさせて」のボーカル、アレンジも最高にクール。忘れちゃいけない伊東ゆかりの「すてきなカプチーナ」の宮川メロディのお洒落さ。
 残念ながら、園まり以外のこの2曲、意固地にもこれまで手に入らない(単にマーケット・チェックをさぼってるだけかな?)。
 それとも、将来レコードまたはCDで入手したとき、「スカッ」と、第一印象を裏切るか、それとも新たな楽しみ方を覚えるか?
 誰か、あのかっこよかったサントラ集成でもいいから出して!!
 それで身上つぶしてもいいとまではいいませんが…...。
 では、失礼します。

主宰者から 1999.09.22

 立て続けのメール、ありがとうございます。
 さきほど、社内の会議で、ノースカロライナ州から来月、州知事を団長とする経済ミッションが来日することが話題になり、YAHOO!を通じてノースカロライナ州の最近の動きをチェックさせていただきましたら、ハリケーンだけでなく、州史上最大のストライキもあったそうで、何かと大変な時期に、メールを沢山いただきまして、本当に恐縮です。
 さて、いつものことながら、T-BONESに関する極めてディープなコメントをいただき、本当にありがとうございます。
 洋楽系は不勉強でありまして、“No Matter What Shape (Your Stomack  In)”も“Rock'NRoll Legendary”も、聞かせていただいたことがありませんので、これから、追々、私も、楽しませていただこうと思います。
 「洋楽系は不勉強」と書かせていただいた割には、「邦楽系も不勉強」でありまして、「青空のある限り」のブラス入りバージョンも、「何でもないわ」の映画サントラバージョンも、「忘れさせて」も、「すてきなカプチーナ」も、何れも、聞いたことがありませんので、こちらも、何れ、フォローさせていただきます。
 ということで、訳の分からない返信メールで申し訳ありません。



TUさん(40代男性) 1999.09.22 … はじめまして(「しゃあけい大ちゃん」と「つんころ大すけ」)

 はじめまして。
 はまってしまうHPです。
 ところで、ずっと心にひっかかっているドラマがあります。
 「しゃあけい大ちゃん」と「つんころ大すけ」という題名だったとおもいます。どちらもお相撲さんの新弟子が、いろいろ失敗したりして、成長していく話だったと思うのですが、ものごころついてから?、活字や映像でまったく出会ったことがありません。
 「しゃあけい、しゃあけい」という大ちゃんの口癖がずっと頭の中にあるんです。
 話変わって、渡辺のジュースの素、な〜つかしーですね。
 うらめしかったサンヨーカラーテレビもエノケンじゃなかったかな。
 ちなみに56年生まれです。

主宰者から 1999.09.22

 さて、お尋ねの「しゃあけい大ちゃん」と「つんころ大すけ」という題名のドラマですが、残念ながら、私は、全く記憶にありません。
 頂戴したメールを「お便りコーナー」で紹介させていただき、また、お詳しい方からのメールを待たせていただこうかと思います。
P.S.
 「うち〜のテレビにゃ 色がない」のCMソングを歌っていたのはエノケンさんだったと思いますが、あれは、サンヨーでしたっけ。そうすると、ハマクラさんの「ララララ サンカラー ばら」というCMソングもサンヨーだったと思いますので、エノケンさんの後が、ハマクラさんだったのでしょうか。




米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.22 … RE: GIジョー

鈴木様
 返信ありがとうございます。
 もしかして、私のメール、受信されるときに、へんてこなIndentionが付いてしまっていませんか?
 そんな予感がするのですが、もしお手を煩わせているようでしたら、お詫びいたします。あのぉ...そのぉ...というか、こういう症状の治し方が、判らないんですわ。
 それから、貴メールにあった、「ヒネガキ」の件ですが、私の場合、似たような時期に入っていったのは、中学校の3年くらいからですかね。霧島昇は、私も大好きで、よく聴きました。「なつかしの歌声」や、「帰ってきた歌謡曲」などよく見ておりました。
 岡っ晴もいいし、ほかに、その頃興味があったのは昭和30年前後に萌芽する都会歌謡(山田真二、三浦洸一、曽根史郎など)ですかね?
 私の場合、今まで続いているように、人生通年での興味や鑑賞の対象として、はまってしまったのが60年代という、一つの時代のスライス中の事物で、たまたまリアルタイムの私の60年代は、皆と同じ物にあっぽん口をあけてはまっているのみ以外の、疑問なんかなくて....。
 でも、はしかの如く、自己主張的な脱線をして行った時期が、あとで、きちんと訪れたという印象を持っていますね。
 ただ、私の場合、60年代への、更なる、ちょっぴり年を取った人間の、万華鏡的視点による回帰であったということなんですが。
 何はともあれ、あのような年頃に、方向や時期こそ違え、脱線や拘りを成長期に大いに楽しめたことはグレートなことではないでしょうか?
 みな、読者の方々は、鈴木様の実りある「変体的行動」、「拘り」の成果が大好きで集まっていらっしゃると思っています。
 どうか、「ハンデ」だなどとおっしゃらないで、「楽しむこと」「自由に語り合うこと」を一緒に楽しみましょう!!
 では、失礼します。

主宰者から 1999.09.22

 たびたびのメール、ありがとうございます。
 心優しきお言葉、こちらこそ、かたじけなく存じます。
 本当に、ありがとうございます。
 お言葉に甘えさせていただき、これからも、今までのような「変態的」な「拘り」を大切にさせていただきながら,HPの維持・発展に努力させていただこうと思いますので、引き続きまして、よろしくお付き合いくださいますよう、お願いいたします。
P.S.
 お察しの通り、実は、棚橋さんから頂戴しているメールでは、double quatationの部分が、”というような形に化けてしまっております。その直しは、全然、たいした手間ではありませんので、どうぞ、お気になさらないで下さい。
 私も、ハードのこと(これはソフトの問題というべきでしょうが…)は何が問題なのか、要するに、PC回りに詳しいわけではありませんので、よく分かりませんし、増してや、その対策など、全く分かりません。
 メールを頂戴できるという有り難い事実の前には、そんなことは全くの些事でありますので、どうぞ、そのまま、メールをお送りいただければと思います。
 よろしくお願いします。



ハナさん(男性) 1999.09.21 … 「君といつまでも」の演奏はベンチャーズ

 お久しぶりです。
 本文の「しかも、「君といつまでも」はポピュラー部門でも、2位にランクされておりまして、こちらは、おそらく、エレキ・インストものと思われますが、演奏はどなたがされていたのでありましょうか。」の演奏は、ベンチャーズと思います。

主宰者から 1999.09.21

 早速、メールをお送りいただき、ありがとうございます。
 そういえば、先日、BSで放送された「永遠のエレキキッズ」のステージでも、ノーキー・エドワーズさんが加山さんの歌う「君といつまでも」のバッキングを担当されておりました。
 どうも、ありがとうございました。



福島県郡山市・FIさん(50代男性) 1999.09.21 … 最近の阿久悠さんの歌謡評論

拝啓
 久々というか、またというかお便りいたしますが、「河井・・・」でなく、昨日の鈴木様の「歌謡・・」等に情報提供(とっくにご覧になってるかも)を少々。
 鈴木様の触れられたNHKの番組は、私の住んでる郡山市内の郊外型大型書店に、阿久悠さんが最近著した題名を忘れましたが書籍コーナーにあって、私の娘(高校3年:西郷輝彦大ファン)と共に手に取って、見たのが3月程前です。
 番組は 私も1回観ました。
 阿久悠さんの訥々した語り(と言っては本人に失礼か?)である曲についての色々な、作詞・作詞等にまつわるエピソード(似たようなものをBS2でもやってましが)や、その曲の時代性・意義等結構面白いと思いましたが、鈴木様程思い入れが無い私には毎週、見るのもしんどいかな?と感じました。
 本も買ってません。
 今月の月刊誌「文芸春秋」P330ー341に小林亜星との対談で、「歌謡曲ベスト100を選ぼう」が掲載されてます。最後に阿久悠さんの「歌謡曲よ蘇れ」とありますので、歌謡曲の今日的状況が理解出来ます。
 今回はあっさりと。 また、お便りさせて頂きます。
敬具

主宰者から 1999.09.21

 早速、メールを頂戴し、恐縮至極です。
 阿久悠さんの「歌謡曲ってなんだろう」は、たった2回しか見ていませんので、軽々に感想を書かせていただくのも申し訳ないのですが、最後の2回を見た限りでは、番組の企画上、そういう要請を受けていらっしゃったのかもしれませんが、ご自身の作品も含めて、もう少し、歌謡曲というものを、一旦、突き放した上で、コメントしていただけたら…、というような印象は受けました。
 とはいえ、昭和40年代〜50年代にかけて、その時代を代表する歌謡曲の作り手でいらっしゃったことは間違いないわけでありますので、その意味合いでは、番組そのものが、極めて貴重なものだったのではないかと思います。
 それから、「文芸春秋」の記事についても、私は、存じ上げませんでしたので、早速、購入して読ませていただくことにします。
 どうも、ありがとうございました。



米国ノースカロライナ州・MTさん(40代男性) 1999.09.21 … GIジョー

 鈴木様、ご無沙汰しています。
 猛威を振るったハリケーンから避難するようなコースで出張をしていました。
 旅の終わりに、「さあ、戻ってページを読もう!」というモードに自分が入っているのを感じました。
 不在中の、貴ページへの、読者の皆様からの「励ましのお便り」を玩味熟読し、改めて皆さんの「掘り下げの深さ」に感心してしまっています。
 元来が、「執着心が強いくせに、うろ覚えの人生40年」というタイプなので、目を覚まされる思いで読ませて頂きました。
 「名犬ロンドン物語」については、貴ページに掲載された、よくご存知の読者の方々からの情報で、一気に何枚も薄皮が剥げた気がします。
 残るは、やっぱり主題歌をオリジナル音源で通して聴きたいということですね。(主題歌を歌っている線が濃厚な、田辺靖男氏は当時キングでしたっけ?レコード用の録音はされなかったんでしょうかね?)
 今回の旅に出る前に、身の回り品の補充をしようと、近所のWalmartに行ったら、35周年記念バージョンというパッケージで、GIジョーの2体入りセットが44ドル99セントで売られており、つい出来心というか、真っ先にそれを買ってしまいました。
 一体は、64年モデルの復刻品(歩兵:ファティーグ、ブーツ、M1ライフル、鉄帽、作業帽、銃剣、水筒、銃帯、手榴弾、アーミーマニュアルが附属、背嚢やメス・キットは無し、認識票、階級章は密閉パックを開けてないのではっきりしませんが、付いてないようです)、もう一体は、正式名称をもう忘れちゃいましたが、現代の海兵隊仕様で、顔も劇画チック、装備も「プレデター」っぽいあまり興味の沸かないもの。
 レジに並ぶと、私と同じ位の年齢の男性客数人が、この買い物をじろじろ見ます。
 家に帰って開けてみると、今から32年前の正月に、親を拝み倒して、後の10ヶ月以上、大きな買い物を我慢するのと引き換えに買った、あの時のGIジョー(輸入元はどこだったでしょう?三栄貿易?少年マガジンの広告を見て、熱心な”コンバット”視聴者だった私はその3次元体感グッズともいえそうなこの人形に、ノックアウトされていた)購入時の100分の1も感動が沸かない。
 何故か?
 今の目で見ると、各部のデフォルメが目立ち、いかにも幼児向けという感じ。体の材質が、昔のものに比べ、より軟質のプラスチックになっているようで、これなら昔のみたいに、酷使しているうちに手指がポキンと折れることもあるまい、また、小銃までオリーブドラブ色で塗っていやがる、などと、大人のプラクティカルな視点で見てしまったり......。
 その昔買ったのは、海兵隊モデルで、購入場所は秋田書店の販売部。
 小石川にあり、大型ショーケースにGIジョーやら、各種の輸入ジオラマ、プラモデル完成品多種を展示し、少年達の購買意欲をあおっていた。プラモだけでなく、「マンガの描き方」などの単行本も大量に置いてあった(「ミラクルA」など買った記憶あり)。買い物をすると、「冒険王」の付録の余りだとか、0011とか0012とかの「ナポレオン・ソロ逆三角形黄色バッジを、普段は少年客の過度の「冷やかし」に厳しかった店のご主人がニコニコとサービスしてくれました。
 その海兵隊モデルはそのショーケースに陳列されていた、火炎放射器武装のものをそのまま買ったのですが(当時1500円だったかな?これで小学館の図鑑が何冊も買えますし、あるいは、給食費とソロバンや習字の月謝を全部払っても釣りが来たでしょう)、「ライフルの方がいい」と、私はわがままを言い出し、スポンサーの親も、この出費に、我がことのように真剣になってしまい、とうとう、歩兵用のライフルのストックがない、ということで、店のご主人は儀杖兵用の白い塗装のM1ライフルを持ち出し、「これおまけするから勘弁してよ」と相成った。
 アパートに帰って待つものももどかしく、箱からGIジョーを取り出しているとき、正月2日の昼前後、テレビでアチャコと伴淳の「二等兵物語」の放映を埋め草的にしていたようだ。
 記憶違いかな?
 海兵隊員に白い儀杖兵用のライフル。実戦ではすぐに敵に発見されちゃいそうな変な組み合わせですが、それで良かったんでしょう。
 それからブリスター・パックに入った「通信兵キット」、「ブローニング機関銃セット」、「海軍救命ボート」といったちっぽけな割にとても高かったアクセサリーを頃合を見計らってこれまたねだって、海兵隊路線からさらに脱線する如く加えていきました。
 ちなみに最近書店で購入した、「Montgomery Ward Catalogs」の、1950〜1960年代の少年向け玩具通販部門の復刻本を見てみると、1964年〜1966年はGIジョーの当たり年だったと窺え、大きなスペースが割かれています(その時期以降は、マテル社のホットホイールなどにその場を追い出されています)。
 そしてその値段の安いこと!!
 基本コスチューム付きのフィギュア本体が、ディスカウントあるものは2ドル以下、各種備品付きのフットロッカーは3ドル以下.....。“Collect Them All!”という煽り文句も頷ける。
 当時の360円=1ドルの固定レートや代理店側の諸掛、輸入数量の多寡の関係考えた場合、日本での販売単価は雑誌広告費ふくめ雪だるまの如く色々な要素が積み上げられ、その結果、私は法外な買い物を親にねだっていたものだと、改めて思う。同級生とキット交換をしたりしていました。
 同級生の兄弟にバットマンのアクション・フィギュア(GIジョーより体の肌色がきつく、材質もより柔らかい、キャプテンアメリカなどもラインアップにあったシリーズ中の一品。これ、どこの製品だろう?IDEAL社?)を持っているのがいて、そのコスチュームをGIジョーに着せたりして....。
 そういえば、その当時「コメットさん」の一編で、GIジョーがわんさかと登場してきたものを覚えてます。玩具をぞんざいに扱うあの兄弟に一斉蜂起する、という筋だったでしょうか?
 その後、タカラがさらに幼児っぽくというか、宝塚チックに顔などをデフォルメしてライセンス生産し始めた頃には、もうこの玩具で遊ばなくなり、キットも時とともに散逸していく。
 テレビでは「コンバット」の本放送はとっくに終わっており、「ラット・パトロール」、「ジェリコ」、「ギャリソン・ゴリラ」等の時代を経て戦争物の新作米国製TVドラマは徐々に見かけなくなっていった。
 実際問題、実際にあったあの大戦に基づいたドラマ、マンガ、玩具が氾濫し、それらに熱中していたあの時代とは何だったんでしょうね?
 私も当時、西郷輝彦(大田博之もいたかな?)が出てくる予科練の映画とか、「ハワイマレー沖海戦」の再映などを見にいってましたし、別冊少年サンデーの「あかつき戦闘隊」特集などは冒頭付録の日米動員機体の一覧図とともに何度も読みなおしていました。
 おそらくそうしたヒロイックな指向の、末期のストーリーマンガでしょうか?
 タカラが有料電話で流していた、「リカちゃん電話」のGIジョー・バージョンのやつがあったが、安っぽく興奮した、戦局急を告げる作戦指令が爆弾の炸裂音を背景に聞えてくるという代物で、もうそんなものには何の感動も覚えなくなっていた。
 大震災に見舞われる二年程前の、神戸元町ガード下ガラクタ街に、仕事のついでに立ち寄った。
 とある店の軒先に、GIジョーの耐火服だか、ジェミニの搭乗服だかを着込んだモデルがカードボードの箱付きで売られていた。
 店の中のオヤジに、「あの外にあるGIジョーだけどね...?」と話し掛けると、「あれはマニアのやでぇ」といい、値段をいうどころか話を打ち切られ、私の顔に「ちょっと冷やかしてるんだよ」と書いてあるとでも言わん様子であった。
 昔もそのときも入手するのに苦労がいる玩具だなあ、と改めて思ったものだ。
 「へっ、誰が買うかよ!」と店を後にしてから数年後の先日、復刻版とはいえ、やっぱり買ってしまった。
 二日前に、食料品スーパーの雑誌ラックにこうしたフィギュアのコレクター雑誌が置いてあり(何でこんなものあるのか?)、買ってしまった。
 そして、その中にあった広告につられて、“The Ultimate Soldiers”という、カリフォルニアのメーカーが中国で製造させているフィギュア・シリーズ中の、D-Day、29歩兵師団兵のキットを買ってしまった。
 これは、正直いって、すごい精密な出来映え。デティール、手に持ったときの重量感、表情、アクセサリーの精巧さ、どれをとってもいうことなし。
 他に、第二次大戦時の独軍兵、英国兵も各種バリエーションあり、次々に買いたくなってしまった。
 だが、これで復刻GIジョーはノスタルジー喚起役としての機能しか、私との関係において果たさなくなるのか...。
 またまた、長尺一人戯言になってしまいました。
 では、失礼します。

主宰者から 1999.09.21

 ハリケーンの影響は、あまり受けずに済んだ様子で、何よりであります。
 さて、GIジョーですが、私は、その存在を知っていたという程度で、棚橋さんのようにディープな関わりを持つことはありませんでした。
 ただ、棚橋さんがお書きになっているように、当時の多くの少年たちを虜にしてしまった一大ムーブメントであったことは確かでありますし、「60年代通信」的にも、ぜひ、皆様の声をお聞かせいただきたいテーマでありますので、「お便りコーナー」でメールを紹介させていただき、話題が広がることを期待させていただこうと思います。
P.S.
 私の場合、ちょっとヒネたガキでありましたので、いわゆる同年代の男の子たちが成長の過程で関心を示していく事柄に関しては、あえて、無関心を装う(というよりは、本当に、あまり関心がなかったりしたのですが…)ことで自己主張をするというようなところがあり、例えば、小学校の頃で言えば、戦車や戦闘機や戦艦などのプラモデル、あるいは、それこそGIジョーなどというものに、周囲の関心が向いている時期に、あえて、誕生日のプレゼントに縫いぐるみを買ってもらうというような、変態的行動に出る癖がありまして、高校時代にも、周囲がバイクやロックへと傾倒していく中で、トッテツの廃線跡を歩いてみたり、東海林太郎や霧島昇などの戦前の懐メロに拘ってみたりしたものでありました。
 「60年代通信」などというHPを主宰させていただいている今となっては、こうした性癖が、皆さんと話題を共有させていただく上でハンデとなっていることを痛感し、大いに反省しているところであります。





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を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


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