読者の皆様から「60年代通信」にいただいた
暖かい励ましのお便り・その35


“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


「読者の皆様からの暖かい励ましのお便りコーナー」
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「60年代通信」トップページはこちら



その1(1997年4月〜1998年3月)
その2(1998年4月〜1998年6月)
その3(1998年7月〜1998年9月)
その4(1998年10月)
その5(1998年11月〜12月)
その6(1999年1月)
その7(1999年2月 1日〜15日)
その8(1999年2月16日〜28日)
その9(1999年3月 1日〜10日)
その10(1999年3月11日〜20日)
その11(1999年3月21日〜31日)
その12(1999年4月1日〜10日)
その13(1999年4月11日〜20日)
その14(1999年4月21日〜30日)
その15(1999年5月1日〜10日)
その16(1999年5月11日〜20日)
その17(1999年5月21日〜31日)
その18(1999年6月1日〜10日)    
その19(1999年6月11日〜20日)
その20(1999年6月21日〜30日)
その21(1999年7月1日〜10日)
その22(1999年7月11日〜15日)
その23(1999年7月16日〜20日)
その24(1999年7月21日〜25日)
その25(1999年7月26日〜31日)
その26(1999年8月1日〜5日)
その27(1999年8月6日〜10日)
その28(1999年8月11日〜15日)
その29(1999年8月16日〜20日)
その30(1999年8月21日〜25日)
その31(1999年8月26日〜31日)
その32(1999年9月1日〜5日)
その33(1999年9月6日〜10日)
その34(1999年9月11日〜15日)
その35(1999年9月16日〜20日):このページ
その36(1999年9月21日〜)
「60年代の謎」:お便りの疑問コーナー

 このページは、皆様から、「60年代通信」宛てに頂戴したEメールを紹介させていただくコーナーです。
 いただいたEメールは、誹謗・中傷やそれに類するもの、あるいは、公序良俗に反するものでない限り、基本的に、原文のまま、掲載させていただく方針ですが、用字用語の修正をさせていただく場合があるほか、お名前は、イニシャルあるいはペンネームに代えさせていただいておりますので、ご了承いただければと思います。
 頂いたEメールの掲載について、ご意見、ご希望のある方は、ご遠慮なくお申し出ください。
 皆様から頂戴するEメールだけが、シコシコと家庭内手工業でページを作っている主宰者の唯一の励みとなっておりますので、異論・反論・ご批判など、何でも結構ですので、よろしくお願いいたします。



主宰者から 1999.09.20
  … 皆様、今晩は

ベンジャミンさん(男性) 1999.09.19
  … T・ボーンズと歌本チャートの区分

HFさん(男性) 1999.09.19
  … サーフサイド6

千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.09.18
  … 懐かしの歌本第3回を見て

山形県米沢市・ITさん(女性) 1999.09.18
  … 60年代歌謡曲

ベンジャミンさん(男性) 1999.09.18
  … 「サーフサイド6」の事

愛知県・ハツトリ・ユウさん(40代男性) 1999.09.18
  … 「チャンピオン太」について

STさん 1999.09.17
  … 「サーフサイド6」についてご存知ですか?

HFさん(男性) 1999.09.16
  … 「名犬ロンドン物語」と「とつげき!マッキーバー」

大阪府枚方市・SOさん(男性) 1999.09.16
  … トイレの話ありがとうございました!

広島県福山市・YTさん(男性) 1999.09.16
  … 怪傑ハリマオの悪役俳優の名

AHさん(男性) 1999.09.16
  … 「60年代通信」HP掲載のご報告



主宰者から 1999.09.20 … 皆様、今晩は

 皆様、今晩は。
 現在、月曜日の夜11時半を回ったところでありまして、まもなく、日付も変わろうかというような時間です。
 今日は、珍しく夜10時前に家に辿り着き、NHKの「ふたりのビッグショー」で八代亜紀さんと瀬川映子さんが「こんにちは赤ちゃん」などをデュエットされているテレビ画面などを眺めながら、カミさんと晩ご飯を食べ、続けて、NHK教育テレビの人間講座「歌謡曲って何だろう」の最終回「いまは過ぎた昭和を歌うと」で、小林旭さんが歌う「昭和恋唄」(作詞・阿久悠、作曲・谷村新司)という曲を、しみじみ聞きこんだりしたところであります。
 この「歌謡曲って何だろう」という人間講座は、阿久悠さんが講師を務める12回シリーズで、7月から放送されていたにも関わらず、私は、不覚にも、先週の日曜日に、聖蹟桜ヶ丘の本屋さんで、そのテキストを発見して、初めて番組の存在を知りました。
 ですから、先週の月曜日と今日の2回しか、番組を見ることが出来ず、是非、第1回から見たかったものだと大いに後悔をしているところであります。
 番組の内容や、その感想などは、また、別の機会に書かせていただこうと思いますが、阿久さんは、番組の最後に、「歌謡曲というのは、映画と並んで、20世紀の、ある種の、特異な文化」であり、「時代を自然に語り続けてきた貴重な文化だと僕は信じています」と話しておられました。
 たまたま、最近、「懐かしの歌本の世界」などという企画ページを始めさせていただいておりますが、歌謡曲への拘りというのも、私のテーマの一つでありして、その部分の突っ込みは、まだ全然手付かずの状態でありますので、これから、本腰を入れて、頑張らせていただこうと決意を新たにした次第でありました。
 また、昨日、やはり、たまたま、同じ聖蹟桜ヶ丘の本屋さんで見つけた『読むJ-POP〜1945-1999私的全史』(田家秀樹、徳間書店)という本が大変に面白く、あんまり面白すぎて、今日は、電車の中に上着を忘れてしまったほどでありますが、この大労作を読ませていただき、私も、60年代前後の歌謡曲に絞り込んで、徹底的に拘ってみたいと意欲を燃やしております。
 ということで、今日は、久しぶりに、「励ましのお便りコーナー」宛てのメールがありませんでしたので、何もないのも淋しい気がしまして、こんな私のつぶやきを書かせていただきました。
 メール、お待ちしておりますので、よろしくお願いします。
 ちょうど、日付も変わってしまいましたので、シャワーを浴びて、休ませていただくことにします。
 おやすみなさい。

ベンジャミンさん(男性) 1999.09.19 … T・ボーンズと歌本チャートの区分

 鈴木さん、こんにちは。
 「真赤な太陽」ですが、これはインスト・ナンバーで、演奏がT・ボーンズです。
 ジャドとダニーのハミルトン兄弟がギター、ドラムがジーン・ペロー、オルガンのリチャード・トーレス、ベースのジョージ・ディーの5人で’65年に結成されました。
 翌年、リチャードとジョージが抜け、代わりにトミー・レイノルズとジョー・フランク・キャロロが入りますが、この’66年の夏に今度はドラムのジーンが抜け、4人になったT・ボーンズは編成替えを余儀なくされます。
 ベースのジョーはドラムに、ジャドがリズムギターからベースに、ダニーがリードギター、トミーがオルガンその他となり、このメンバーで’67年の3月に来日公演を行っています。
 ちなみに、ダニーはあの「ダイアモンド・ヘッド」の作者です。
 また、この頃の「歌謡曲」「ポピュラー」の区分ですが、これは「邦楽」「洋楽」と意味するところは同じです。
 では、何故、GSが洋楽チャートに入れられたかというと、初期のGSが洋楽レーベルを借りてレコードを出した事によります。
 すなわち、日本コロムビアではCBS(ブルコメ、ヴィレッジ)、ビクターではフィリップス(スパイダース、サベージ)、日本グラモフォンはポリドール(タイガース)、東芝はキャピトル(ワイルドワンズ、カップス)キングではセブンシーズ(バニーズ)、といったように。
 ですから、通常のコロムビア・レーベルの弘田三枝子や東芝レーベルの加山雄三は「歌謡曲」、どんなに日本向けの曲ばかり録音してようが、リバティ・レーベルのベンチャーズは当然「ポピュラー」となる訳です。
 この、言わば、でっち上げ洋楽は、「驚きももの木・・」のブルコメの回で出てきた、金子さんとかが始めた動きで、エミー・ジャクソンがその第1号になるのでしょうが、レコード会社の専属制度を打ち破る結果になったのは有名な話です。
 但し、’68〜69年のGS乱雑期では、上記のレコード会社でも必ずしも洋楽レーベルを使わなくなっており、また同じ頃東芝では自社レーベルのエキスプレスを作るなどの動きも出て、この’67年のチャートに見られるような区分というのは、60年代後半のごく短い間の徒花だったようにも思えます。
 ’68年以降の、こうした「明星」「平凡」の歌本の中のレコード会社別チャートがどうなっていったか、ぜひ今後「歌本コーナー」で取り上げて頂きたいところであります。

主宰者から 1999.09.19

 いつも、中身の濃いメールを頂戴し、本当に、ありがとうございます。
 さきほど、別件で資料置き場にしている別宅のアパートに行ってきましたので、ついでに、ちょっと資料を眺めていたら、その「真赤な太陽」の掲載されている記事がみつかりましたので、引用させていただきます。資料は、昨年の秋、ブルコメが載っていたので、思わず買ってしまった『エレキ・インスト大全』(シンコー・ミュージック)という本です。
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T.Bones T・ボーンズ
Draggin'(Liberty 55677) 1964
 製薬会社のCMソング“No Matter What Shape”(邦題“ビートでOK”)[Liberty 55386]の66年3位の大ヒットで有名なT・ボーンズのデビューシングル(主宰者注:この記事の標題にある“Draggin'”という曲のこと)である。作者とアレンジは、ポップス界の名アレンジャーでカスケーズ等を手がけたベリー・ポトキンJr.である。彼らの64年のデビューLP[Boss Drag](Liberty 3346)からのシングル・カットで、ドラッグカーの効果音をバックにギターとサックスが絡む、なかなかグッドなホットロッド・インストである。彼らはLP6枚、シングル9枚と数多くのレコードを残しているが、前述の“No Matter”や“Sippin' N Chippin”(邦題“真赤な太陽”)等のヒット曲は、66年以降にベンチャーズやマーケッツのプロデューサーとして有名なジョー・サラシーノがプロデュースを行うようになってからであり、サウンドもサーフ・インストではなくなり、ポップス・インストに変貌してからである。また彼らは、マーケッツやルーターズとも深く関わりがあったことも判明している。余談であるが、70年代に入り、“恋のかけひき”のヒットを飛ばすハミルトン、ジョー・フランク&レイノルズを作るダニー・ハミルトン(リード・ギター)がいた事でも有名である。
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 それから、歌本の「レコード8社今月のベスト10」にある「歌謡曲」「ポピュラー」の区分については、ベンジャミンさんのご指摘の通りで、別に、曲そのものが、歌謡曲系とかポピュラー系とかいうことではなく、あくまでも、日本のレコード会社のオリジナル・レーベルでレコードが発売されていたか、外国のレコード会社のレーベルを使ってリリースされていたかという部分を反映しただけのことであることを、改めて、確認させていただきたいと思います。
 洋盤レーベルを使って日本人アーチストのレコードをリリースした経緯も、ベンジャミンさんのご指摘の通りであり、「ポピュラー」部門でアーチスト名が入っていないのは、むしろ、「ポピュラー」部分に日本人アーチスト名を入れたくなかったレコード会社の思惑ではないかという気さえしてくるほどであります。
 ブルコメにいたっては、CBSレーベルがソニーに移った後、「さよならのあとで」以降の曲についても、既に、作家の専属制度が緩んでいたにも関わらず、「ポピュラー」部門扱いであったらしいことを、私は、最近になって知りました。
 その辺で、特に、ベンジャミンさんからお送りいただいた歌本に掲載されていた有線放送などのランキングを見ると、その「歌謡曲」部門と「ポピュラー」部門の錯綜ぶりがうかがえて、面白い状況になっています。
 ということで、ベンジャミンさんがおっしゃる通り、私自身も、1960年代後半の、その混沌とした状況について、もっと知りたいと思いますので、何とか、当時の歌本やレコード業界関係の資料を漁ってみようと考えているところです。
 また、お気づきになられたことなどありましたら、色々と、ご教示いただければと思いますので、引き続きまして、よろしくお願いします。



HFさん(男性) 1999.09.19 … サーフサイド6

 昨日に続いてまたお便りします。
 「サーフサイド6」ですが出演者はサンディ・ウィンフィールド(トロイ・ドナヒュー*石浜朗)、ケン・マディスン(バン・ウイリアムズ*牧真史、井上孝雄)、デーブ・ソーン(リー・パターソン*勝田久)、ダフネ・ダットン(ダイアン・マクベイン*馬淵晴子)、チャチャ・オブライエン(マルガリータ・シエラ*魚住純子)の五人です。
 サンディ、ケン、デーブ、ダフネの四人はハウスボート(これの名前がサーフサイド6)に出入していて明らかに主役という感じでしたが、チャチャはクラブの歌手でハウスボートに常時出入していた訳ではないので主役と準主役の中間のような扱いでした。
 だから、書き手の主観によって、主演(4人)+準主演(1人)と見るか、主演(5人)と見るか、異なってしまうと思います。前者のように解釈すれば主演は4人でD・マクベインは紅一点ということになり、後者のように解釈すれば主演は5人で3人の探偵と2人の美女ということになると思います。
 というようなことではないかと思うのですが、どうでしょうか。

主宰者から 1999.09.19

 fukayaさんがおっしゃられる通り、チャチャ・オブライエンをどういう位置付けで捉えるかによって、「紅一点」とも「美女二人」とも書けるのだろうと思います。
 新聞の番組欄には名前が出ておりませんでしたが、馬渕晴子さんなんかも声の出演をされていたんですね。
 …ということで、HFさんの文面からもお分かりかと思いますが、データを更新した日付は1999年9月19日ですが、メールを頂戴したのは、前日の9月18日のことでありました。
 昨日、今日と、私がプライベートの用事で立て込んでおりまして、その用事の合間を縫いながら、メールをチェックしたり、編集作業やデータ・アップなどを行っているため、日曜日の深夜に「お便りコーナー」の更新をしているような状況です。
 先週は、せっかく、敬老の日にトップページの“60sえれじい”を書かせていただき、定例通り、今日の日曜日にも書かせていただけば、私の夏休み前後で、ペースが狂ってしまったローテーションを正常化できると思っていたのに、結局、“60sえれじい”には手が回らないままとなりそうです。
 今週も、ウィークデーのデータ更新を試みようと思っておりますので、また、よろしくお願いいたします。





千葉県市川市・HMさん(40代男性) 1999.09.18 … 懐かしの歌本第3回を見て

 市川のMです。
 いや〜「懐かしの歌本」第3回、大変楽しく拝見させていただきました。
 ところで、あまり詳しくは分からないのですが、東芝のポピュラー部門第7位「真赤な太陽」は、T.ボーンというグループが歌ったものではないかと思われます。
 “SIPPIN' 'N CHIPPIN”が洋題(1966年4月16日チャートイン)。
 “日本では、彼たちの全米大ヒット・ナンバー「ビートでOK」よりもこの曲の方が受けた。明るく親しみやすいメロディと女性バック・コーラスのブレイクが印象的で、ほんわかとしたインスト・ムードが良かったのかもしれない。ところで、彼達のファースト・アルバムにはチキータ・バナナや清涼飲料水などのコマーシャル・ソングをアレンジし楽曲がフィーチャーされている(日本盤シングルの解説には、この作品もその種の曲だったと記されている)。むろん本作も収録されているが、シングル・ヴァージョンとテイクが違い、こちらも出来が良い。ややテンポが遅く女性コーラスもカット。実にオーセンティックなエレキ・サウンドに仕上がっている。こちらも御一聴を。”
 ということが、学陽書房発行「60年代ロック&ポップスのすべて」に書かれておりました。
 ちなみに、私は、この「真赤な太陽」を聞いたことがないです(笑)!
 また、キングのポピュラー部門の中で、「マザー・イン・ザ・シャドー」と「マザース・リトル・ヘルパー」の2曲は、ローリング・ストーンズの初期の曲であります。
 このキング・ポピュラー部門を見てみるとキングだけではないのですが、この頃の日本のワールド・ミュージックのヒット曲とは、映画主題歌や独自にレコード会社が注目させていた(?)カンツォーネやシャンソンの曲が、ビルボート・ヒットチャート等とは別個に日本独自でヒットしていたというか…、させていたというか、そんな状態だったのではないかと思われます(リジオラ・チンクエッティーの「雨」等)。
 事実、世界的にもヒットしていたベンチャーズにしても、独自に1966年以降は日本専用に(?)曲を書いていたにもかかわらずポピュラー部門にチャートされていたのもなんか変…。
 確か私の記憶では、渚ゆう子の「京都の恋」は、ヒットしていたのに外国の曲だからといってレコ大の特別賞かなんかになってしまったような・…。
 なんか良く分かりません…、詳しい方いらっしゃったら教えてください!
 取り止めがない文章になって申し訳ありませんでした。
 では。失礼します。

主宰者から 1999.09.18

 私も、昭和40年代前後の日本における洋楽市場の実態というのは、あまり、よく知りませんので、これから、色々と勉強させていただこうと思っておりますが、牧野さんがおっしゃるように、映画の主題曲やレコード会社による販売政策上の重点盤などが売れていたようですし、特に、レコード会社が独自に発表するランクには、そうした思惑が反映されているような気がしないでもありません。
 また、牧野さんのご指摘の通り、今回、「懐かしの歌本の世界」第3回で紹介させていただいたランキングを見ていると、やっぱり、「歌謡曲」と「ポピュラー」のカテゴリー分類の基準がよく分かりません。
 それから、外国曲とレコ大のお話では、岩崎宏美さんの「聖母たちのララバイ」、西城秀樹さんの「ヤングマン」が外国曲ということで、レコード大賞の対象外となったことが思い出されます。



山形県米沢市・ITさん(女性) 1999.09.18 … 60年代歌謡曲

 先日は、「青春とはなんだ」について解説していただき、どうもありがとうございました。
 主題歌は、布施明さんが歌っていたんですね。なんだか聞いたことのある声だなあと思っていたのです。
 布施明さんといえば、「霧の摩周湖」が大好きです。
 あの頃の歌謡曲って、本当に、名曲ぞろいだなあと最近感じているところです。今も確かに良い曲がたくさんあると思うのですが、60年代をはじめとした、昔の曲というのは、詞に重みがあって、もちろん曲も好きですが、どちらかというと詞の方に深く入ってしまいます。
 そんなわけで、今日は、誠に勝手ながら、私が好きな60年代の曲を紹介させていただきます。
「虹色の湖」中村晃子/「恋の季節」ピンキーとキラーズ/「ブルーライト・ヨコハマ」いしだあゆみ/「知らなかったの」伊東ゆかり/「愛のきずな」安倍律子/「愛するってこわい」ジュン&ねね/「初恋のひと」小川知子/「真っ赤な太陽」美空ひばり/「二人の銀座」和泉雅子・山内賢/「恋泥棒」奥村チヨ
 ということで、昭和40年代の前半頃にヒットしたのではないかと思われる、女性歌手を中心とした曲をほんの一部とは思いますが、10曲ほど紹介させていただきましたが、私が良い曲だなあと感じる曲に共通していることが多いと思われることは、詞、曲共に大人っぽい「哀愁」がただよっていることです。
 今の曲には、この要素があまり含まれていないということも、私が60年代歌謡曲を愛してやまないという事実につながっている気がしてしまう訳なのです。
 ですから、鈴木さんの素晴らしい企画の数々のうちの一つにあたる、「レコードジャケットに見る60年代の女性アイドル」のコーナーは、嬉しく拝見させていただきました。
 これからも、60年代の歌謡曲を聞き続けると思いますが、私の知らない名曲がまだたくさんあるのではないかと思うと、とてもワクワクしてきます。

主宰者から 1999.09.18

 TANAKAさんが挙げてくださった曲目は、私も大好きなものばかりです。
 特に、あの頃、GSサウンドとミニスカートということでは、TANAKAさんに挙げていただいた歌手の皆さんの他にも、黛ジュンさんであるとか久美かおりさん、泉アキさん、梢みわさんなどの名前が浮かんできます。
 ここのところ、企画ページのデータ更新インターバルが開き気味ですが、TANAKAさんがお好きだとおっしゃる60年代の歌謡曲について、「懐かしの歌本の世界」などで、色々と取り上げさせていただこうと思っておりますので、よろしくお願いします。



ベンジャミンさん(男性) 1999.09.18 … 「サーフサイド6」の事

 鈴木さん、こんにちは。
 私は「サーフサイド6」をTVで観たことはありませんが、ナイトクラブの歌手、チャチャ・オブライエン役の女優さんの名前は、手元の資料にありました。
 マーガリタ・シェラという人です。
 3人の探偵の楽しみは、ガールフレンドのダフネ(ダイアン・マクベイン)と、事務所代わりの波止場につないだハウスボートで、1日中のんびりと“青春する”こと、と書いてありますから、このダフネだけを見た場合に「紅一点」となり、チャチャ・オブライエンまで含めて見た場合が「2人の美女」だったのでしょう。
 ただ、事件といってもその中身は、素行調査、財産相続権、老人問題、離婚・結婚、といったありふれたもので、麻薬とか人種問題とかの今時のテーマはあまり出てこなかったようです。
 「実に健康的で、人畜無害な他愛もないお話が、毎回繰り広げられた」との事でした。

主宰者から 1999.09.18

 まことに適切なフォローをしていただきまして、本当に恐縮です。
 私自身も、テレビのドラマは一度も見たことがないのに、色々と情報を読ませていただくたびに、何となく、番組の雰囲気がイメージされてきております。
 日本では、現在、子供向けのアニメですら、暴力シーンや殺戮シーンが多用されるケースも珍しくないわけですが、当時は、米国のドラマでさえ、生活相談的なネタを題材にドラマが作られていた時代だったんだと考え込んでしまいます。
 もちろん、番組のテーマによっては、暴力シーンや殺戮シーンが必要になることはあるのでしょうが…。



愛知県・ハツトリ・ユウさん(40代男性) 1999.09.18 … 「チャンピオン太」について

 ハツトリ・ユウです。
 「チャンピオン太」の話題が出たところで、よい機会なのでご紹介させていただこうと思うのですが、20年以上前、私が懐マン関係のサークルなどに参加していたころに知り合った女性で、それ以来、長く文通を続けていたHNさん(山形市在住)という方がいらっしゃいます。
 この方は、私など遥か足元にも及ばないものすごい方で、私が昔のテレビ番組のことで何かちょっと質問すると、すぐにレポート用紙に「主題歌」「副主題歌」「挿入歌」「主な配役」「放映リスト」などをびっしりと書き込んで送ってくれました。
 彼女は「60年代通信」に寄せられる読者の質問のうち、少なくともテレビ番組と劇場映画については、ほとんど解答可能(しかも、放映リスト付きで!)ではないかと思われます。
 ここ10数年は年賀状を交換するだけのおつき合いなのですが、久しぶりに手紙を書いて、「60年代通信」のことをお知らせしようと思っています。
 もし、彼女がインターネットのできる環境であれば、超強力なブレーンになっていただけると思われますので・・。
 昔、彼女からいただいた手紙の束は、いま私の家の物置の奥深くのどこかに埋もれてしまっているのですが、たまたま手の届くところに2通だけあって、その中に「チャンピオン太」についてのレポートがあります。
 彼女のすごさがお分かりいただけると思いますので、今回はそれを丸写しでご紹介しようと思います。
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チャンピオン太(ふとし)フジTV 月曜夜 7:30〜8:00 白黒作品 6カ月 22回
S37.11. 5 死神酋長
     12 復讐鬼
     19 必殺!原爆攻め
     26 正義の腕
   12. 3 頑張れ!!若獅子
     10 対決!一角獣
     17 鉄腕2少年対動く山
     24 恐怖のバトルロイヤル
     31 (「百万ドル歌謡曲大会」のため放送休み)
 38. 1. 7 キングゴリマンとの対決
     14 ノックアウトQ対唐手三角跳び
     21 対決!アラビヤ魔法
     28 怒れる熊男
    2. 4 執念のふくみ針
     11 こころの敗北
     18 開眼!ノックアウトWQ
     25 お家が欲しいんだ
    3. 4 決闘七里ケ浜
     11 盲目の老剣士
     18 呪いの空手打ち
     25 燃える闘魂
    4. 1 帰ってきた友情
     8 荒れ寺の決闘
(出演)
遠藤恵一(大東 太)/寺島信子(大東美和子 太の母)/高木秀代(ルリ子 太の友人?)/沢井三郎(大西社長)/弘光時夫/国方 伝/津沢彰秀(ウルトラマンのホシノ少年)/アントニオ猪木(死神酋長?)
特別出演 力道山(力道山)
脚本  田辺虎男 他
監督  石川義寛 他
原作  吉田竜夫…だっけ?
制作  フジテレビ
     NAC(現・国際放映)
☆遠藤恵一…当時は中学生だったと思います。
「少年チャンピオン」(フジTV「チャンピオン太」[S37]主題歌)
      作詞   高橋繁夫
      作・編曲 田代与志
      歌    ビクター児童合唱団
(カーン)
1.…稲葉小僧さんのメールにありますので省略…
2.…稲葉小僧さんのメールにありますので省略…
3.心優しく 力は強く
  黒い瞳に みなぎるファイト
  勝利を目指す ロケットだ
  どんな敵でも 恐れるものか
  若いリングの 熱血児
  (ノックアウト! Qだ!)
  僕等の少年チャンピオン
☆2番と3番の間に(カーン)が入っているかもしれません。
「紅顔のファイター」(同上)
      作詞   高橋繁夫
      作・編曲 田代与志
      歌    古賀さと子
1.貧しいけれど 胸をはり
  チャンピオン太は 明るいぞ
  あの敵も この敵も
  プロレスの プロレスの
  技で打ち勝つ ファイトこそ
  若さに燃えて 紅(くれない)の
  頬をかすめる そよ風さ
2.悲しい時は 星を見る
  チャンピオン太は 誓うんだ
  あの星も この星も
  ただ一つ ただ一つ
  願いをこめて あおぐ時
  僕のひとみに とびこんで
  一緒にやろうと 光るのさ
(出典)HNさん(山形市在住)からいただいた手紙(すべて原文のまま)
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 手紙の中で「原作 吉田竜夫…だっけ?」とありますが、実際には「原作:梶原一騎、まんが:吉田竜夫」ですね。冒険王連載時には梶原一騎氏の名前が掲載されなかったわけですが、その経緯は梶原一騎氏の自伝的漫画「男の星座」に詳しく紹介されています。どこまでが真実なのかはわかりませんが・・・。
 今回、3月25日放送分のタイトルを見て、笑ってしまいました。

主宰者から 1999.09.18

 世の中には、物凄い方がいらっしゃるものだと、感嘆させていただいております。
 そのHNさんという方には、くれぐれもよろしくお伝え下さい。
 もし、インターネット環境をお持ちでないようであれば、1週間に1度くらいのペースで、「60年代通信」をプリントアウトしてお送りするというくらいのことをさせていただければとも思ったりしております。
 いただいたメールを読ませていただきますと、アントニオ猪木さんなんかは、アントニオ猪木としてではなく、ちゃんと役付きで出ていたようですから、是非、一度、このドラマを見てみたいものだと思いますが、もう、フィルムあるいはビデオは残っていないのでしょうか。
P.S.
 アントニオ猪木さんの「燃える闘魂」は、ひょっとして、「チャンピオン太」のエピソード・タイトルから採ったものだったのでしょうか。
 それにしても、手紙でやり取りされていたこれだけの濃密な情報を、皆さんで共有させていただけるというところに、改めて、インターネットの有り難さというものを実感している次第です。





STさん 1999.09.17 … 「サーフサイド6」についてご存知ですか?

 懐かしく、コメントを見させていただいております。
 「サーフサイド6」についての質問です。
 子供のころ、土曜日の夜7時台か8時台に放映されていたかすかな記憶があります。
 オリジナルのテーマ曲と共にはじまる、探偵もので、トロイドナヒューが出ていたと思います。
 また、チャチャオブライエン(役名)と言う女性歌手が出ていたのを記憶しています。
 あの女優はどなただったのでしょうか?
 放映年月、時間、放送局等ご存知でしたら教えてください。

主宰者から 1999.09.17

 私自身は、「サーフサイド6」という番組については、残念ながら、リアルタイムで見た記憶がありません。
 手元の資料(『アメリカTV映画ハンドブック』[洋販新書])では、次のように紹介されております。

「サーフサイド6」 Surfside6 1961(昭和36)年10月〜 TBS
 フロリダのマイアミ・ビーチを舞台に、3人のヤング私立探偵が活躍する捜査アクション。同じワーナー製作の「サンセット77」の“ヤング版”といったシリーズ。主演は、映画「避暑地の出来事」(59)でスターダムにのぼった2枚目トロイ・ドナヒューと、リー・パタースン、バン・ウィリアムズ、それに紅一点のダイアン・マクベイン。60〜62年、ABC放映。

 また、昭和37年4月7日(土)のテレビ番組表を見ると、夜8時から9時までの1時間枠で放送されており、声の出演として、石浜朗さん、牧真史さん、芥川隆行さん、高塔正康さん、梶哲也さん、白銀道子さんの名前が紹介されています。
 リアルタイムでご覧になられていた皆さんからも、情報をお寄せいただけるように、「お便りコーナー」で呼びかけさせていただこうと思います。
 …というメールを送らせていただいた後で、もう一つの資料(『昭和30年代のTVガイド』[ごま書房])にも、この番組についての解説がありましたので、引用させていただきます。
「サーフサイド6」 TBSテレビ 後8:00〜9:00
 エフレム・ジンバリストJrと、ロジャースミスが私立探偵を演じた「サンセット77」に続く“探偵もの”。
 ドラマの舞台は、陽光まばゆいフロリダのマイアミビーチ。その波止場につないだハウスボートを事務所とする3人のヤング探偵と、彼らのガールフレンドである二人の美女が主人公で、一同のもとに次々に持ち込まれる難事件を、5人が協力して解決する---というのが毎回のストーリー。
 主演は映画「避暑地の出来事」でスターになったトロイ・ドナヒューとリー・パタースン、バン・ウイリアム。

 ということで、最初の資料の解説では「紅一点」とあったのが、二番目の資料の解説では、「二人の美女」となっておりまして、番組自体を見ていなかった私は、どうなっているのか、よく分かりません。
 この辺も、どなたか、お詳しい方がいらっしゃいましたら、お知らせいただけますでしょうか。
 よろしくお願いします。



HFさん(男性) 1999.09.16 … 「名犬ロンドン物語」と「とつげき!マッキーバー」

 先日に続き、またお便りします。
 まず、「名犬ロンドン物語」の主題歌は、まだ、書かれていないと思うので…

  名犬ロンドン物語

   見知らぬ この街 さまよい 来れば
   遥かな 想い出 胸に よみがえる
   友を 求め行く
   旅は 果て無き さすらい

   あの街 この街 幸せは いずこ
   一夜の 宿りか いつまでか 知らず
   今は 歩みとどめ
   休む 果て無き さすらい

   またも 続け行く
   旅は 果て無き さすらい
   我が さすらい

 やはり、歌っていたのは田辺靖雄の様な気がします(記憶にある声は)。
 「とつげき!マッキーバー」は、厳格な軍隊式の私立学校ミリタリー・アカデミーでのいたずら小僧のマッキーバー少年(スコット・レイン*田上和枝)とそれに振り回される校長ハービー・ブラックウェル(アーリン・ジョスリン*熊倉一雄)というコメディでした。
 以上、ふたつの話題について書いてみました。

主宰者から 1999.09.16

 それにしても、「名犬ロンドン物語」の主題歌の音源は、一体、どこにあるのでしょうか。もう、存在していないのでしょうか。
 私は番組を見たこともありませんので、メロディーは、もちろん、知りませんけれども、歌詞を拝見しながら、田辺靖雄さんが歌っていらっしゃるのをイメージすると、それなりに雰囲気が出てくるような気もしてきますが…。



大阪府枚方市・SOさん(男性) 1999.09.16トイレの話ありがとうございました!

 台風は大丈夫でしたか?
 こちらは雨がたくさん降りました。メール有難うございました。
 東京の府中市は今年の5月の連休に行きました、行ったというよりも、そこを通って田無市というところのプラネタリウムを見に行ったのです。
 日本で一番大きいと紹介されていたので興味があったのです。
 私は天文学というか星を見るのが好きで、機会があれば、あちこちのプラネタリウムを見に行ってます。
 しかし、今は一、番大きいのは、愛媛県にあるそうです。
 府中市はたしか刑務所でも有名でしたね!
 昔の小学校の理科室に、棺おけに入っていた人体模型は子どもながら怖かったです。
 赤と青色の血管がむきだしの、おまけに、棺おけは古い木でできてまして、あたりには気味が悪い標本が並んでまして、もう1つおまけに、部屋も暗くて、ここの掃除をやらされたときは、ションベンちびりそうでした。
 くみとり式の便所は、そりゃ悪いことやってまして、だれかが入ってる時、くみとり口から石ほうりこんでドッポーンとやってくそまみれにしてやるのが遊びでした。
 さんざん悪いことやって、先生には毎日のようにしかられていました。
 ウッデイのほうは、たしかに、後で発売されたものでして、その当時は十分な性能でしたが、いまとなっては、133MHZのクロックはチト遅すぎます。
 いまでは、ギガヘルツの時代にはいって、時代の進歩にようついていけません、あまりにも早過ぎます。
 それから、17から19日までホンコンへ職員旅行に行ってきます。
 たまには、息ぬきも必要かと思います。
 それではまた!

主宰者から 1999.09.16

 東京は、ちょっと風が強いかなという程度で、ほとんど、台風の影響は感じられませんでした。
 ご心配いただき、ありがとうございます。
 もう10年以上前になりますが、私も、社員旅行で香港に行ってきましたけれども、市街地の路地裏などは、「60年代通信」的観点から、大変に興味深い景観を見せていたのを覚えております。
 でも、そうした景観も、さすがに、もう変わってしまっているかもしれません。
 何れにしましても、香港への職員旅行、お気をつけて、楽しんでいらしてください。




広島県福山市・YTさん(男性) 1999.09.16怪傑ハリマオの悪役俳優の名

 始めまして。
 悪役の名前は、吉田 義夫さんだと思います。
 元阪神の選手と同じ名前だったと記憶しています。
 昔から、悪役で沢山のテレビに出ていました。
 また、ハリマオ役の俳優は、勝木季之と記憶しています。
 彼は、ハリマオの後はほとんどテレビでは見られません。
 ただ1度、隠密剣士で、松前藩の武士の役で見たのが最後でした。
 いまどうされているのか、ご存知でしたら、お教えください。

主宰者から 1999.09.16

 ハリマオの出演者に関する情報をいただき、ありがとうございました。
 勝木敏之さんにつきましては、私も、残念ながら、現在、どうされていらっしゃるのか、存じ上げませんので、いただいたメールを「お便りコーナー」で紹介させていただき、どなたか、お詳しい方からの情報を待たせていただくことにさせていただこうと思います。
 ということで、皆様、よろしくお願いします。
P.S.
 大竹タモツさんについては、昨年8月27日のKTさん昨年12月23日のHFさん今年7月1日のYHさんのメールで言及いただいておりまして、吉田義夫さんについては、大竹タモツさんとの比較で、今年7月21日にTKさんから頂いたメールで言及していただいております。



AHさん(男性) 1999.09.16 … 「60年代通信」HP掲載のご報告

鈴木 清美 様
 以前、NEC(日本電気株式会社)のパソコンVALUESTARに添付するマニュアルへのホームページの掲載についてメールを差し上げたHです。
 その節は、たいへんお世話になりました。
 おかげさまでユーザーの方々にも好評で、秋以降、ノートパソコンのマニュアルにも掲載されることになりましたので、ご報告いたします。名称とURLは次のように掲載いたします。
   60年代通信 http://plaza8.mbn.or.jp/~60net/
 もし、掲載について不都合や問題などありましたら、たいへんお手数ですが、9月17日までにその旨お返事をいただけますようお願いいたします。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。

主宰者から 1999.09.16

 こちらこそ、色々と有り難うございました。
 錚々たるサイトと共に「60年代通信」もご紹介いただいているマニュアルを拝見し、本当に、嬉しく思いました。
 また、お世話になりますが、よろしくお願いいたします。
 どうも、ありがとうございました。





“「60年代通信」掲示板”(http://www64.tcup.com/6405/kiyomi60.html
を開設いたしましたので、ご活用ください。よろしくお願いします。


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