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ドイス「K]・アフリカ旅行記(けん玉持ってモザンビークを旅した記録)

旅行の行程

モザンビークを旅行しようとすると、問題がいくつか
出てきます。

@モザンビーク旅行関連の書籍がほとんどない・・・



A英語圏ではない・・・ポルトガル語だ。

B病気も怖い・・・

 アフリカを旅行する時でも、モザンビークは情報も少ないし、観光スポットも少ないし、敬遠される方がほとんどだと思います。
 この旅行記が少しでも参考になれば幸いです。




 
はじめに

 
 これといって記録に残すような部分も情報も少ないように思ったのですが、バスの値段やら宿泊場所の情報だけでも、今後同じように旅行される方にとって参考になれば幸いと思い、筆を執って・・・といえば格好がつくのですが、実際にはパソコンを起動させてみました。

 モザンビーク、首都があるのは一番南。いつも地図を見るたび、なんだか窮屈な思いというか、地図に負けるというか、安心してそれを見ていられない感覚を抱いていました。

どんなところなんだ?何があるんだ?どんな人が住んでいるんだ?

考えても、人の話をチラッと聞いてもイメージは湧きません。

なら見てこよう。どうせ行くならけん玉持って。

いや、むしろけん玉を持って世界を歩くのが目的なのかも知れません。

  腰に持病があり、赤茶色の大地をモザンビークに走るオンボロバスで渡りきるには不安もありました。夏の北部はエライ暑い、さらに年末年始は犯罪も多いと聞いていると、どんどん行く気がなくなります。一人旅の前の隊員旅行で体調が良かったら行こう。疲れたら帰ろう。そんな程度の心構えです。

けん玉を多くの人に紹介したい。けれどそれも「出来たらやろう」。いや、思い切ってけん玉を全部置いていこうかな。そんな考えがリュックに手を入れ、準備したけん玉の内の十本を我が家の床に置かせました。残るは二十本。

そんなこんなで、なんとも中途半端な気持ちで始まった今回の旅です。

 
  ここまでけん玉、けん玉と、私と面識のない方が読んだら恐らく意味不明な文章になってしまいました。けん玉はそう、誰もが知っているあの遊び道具ですが、私には日本記録保持者なんて仰々しい名前がついています。しかし、そんな大げさな肩書きとは関係なしに、けん玉はきっと世界中で楽しんでもらえる遊びだ、もっと多くの人に触れてもらおう、世界中にけん玉の名を轟かせてやろう、と考えているのであります。

いつか世界大会を・・・。それはまだまだ先の先の先のさらに先のことだとしても、一歩でも近づくためにJOCV(青年海外協力隊のことです)に来たと言っても半分は事実なのです。

そんな自分でもちょっと変わり者だと思ってしまう(でも変人ではないかなと思っています)私の、ちょっと変わった旅の記です。

モザンビークの事だけではなく、けん玉についても少しでも興味を持って頂ければ、幸いです。

本文は私の日記を元に書いています。汚い発言、言葉遣い等多々ありますが御容赦ください。

以下、本文はそれぞれのリンクからご覧ください。


旅の前にダーツの注射

日本人ですか?

島から出て行け・・・WWFの指令

マシンボンボは満員御礼

モザンビーク警察に呼ばれ、エライ怒られた

ポイ捨てはだめ?

水面まで15cm・・・ザンベジ川を渡る

アフリカの夏・・・朝6時でも汗だくになれる

アフリカの夏・・・寝ているだけで汗だくだ

んなもんで席が取れるか!ボケ!

日本といえば、お尻を自動で洗ってくれる便器

えらそうなガキ

えらそうなガキ その2

世界遺産・モザンビーク島

世界遺産・ウンコビーチ

世界遺産・モザンビーク島を観光する

ウンコビーチのラッシュアワー

マンゴー売りの少女

ナンプラでのけん玉デモンストレーション

最低の宿

モザンビーク・列車の切符販売システム

ラジオ出演

モザンビーク鉄道の旅       「最低やな・・・」

モザンビーク鉄道の旅 その2  「お前も走って行け」

モザンビーク鉄道の旅 その3  「雨おとこは幸運のしるし」

モザンビーク鉄道の旅 その4  「走れること、それが彼らの絶対条件」

モザンビーク鉄道の旅 その5  「踊りだす乗客たち」

100万匹のモリモリを見た

麻薬の密売人か?! 100円払え、このやろう!

クアンバ

北では賄賂も割高だ

ニアサ州リシンガ

このクソガキが

紅白も除夜の鐘もないし・・・

兄弟

金がない

マラウイ湖       「初めての日本人客」

マラウイ湖 その2  「言われなくても泳がない」

マラウイ湖 その3  「お前らみんなドロボウか」

マラウイ湖 その4  「だれにでも1本、木が必要だ」

マラウイ湖 その5  「住血吸虫に感染するのか・・・」

マラウイ湖 その6  「バオバブの巨木」

ちゃお

きっと


あとがき 

モザンビーク、南から北まで陸の旅はこうして終了しました。

マプトに着いた時には、なんてキレイで大きな街なんだ、とモザンビークに着いた日には思いもしなかった感想が一番に出てきました。

シャパに乗っても、歪みのないイス、開閉も苦にならないドア、きっちりと四人ずつしか乗っていない席。デラックスシートにさえ感じ、走っている車も、全部ピカピカの新車に見える程です。

日本で十年、首都で十年、それから地方で十年。そんな風にトヨタ、ニッサン、マツダの車は乗り継がれているのかも知れない、白瀬隊員(ナマーシャ)とそんな話をしたのを覚えています。

これまで、任地とマプトから出たことが無かったのですが、一度外に出て、改めて自分のいた場所を見てみると、違った目で見れる気がします。これもまた旅のおもしろいところかな、と思います。

モザンビークを違った視点で見るために今度は外の国に――もちろんけん玉を背中に担いで――旅に出てみたいと思っています。

 

 

今回、たった二十本のけん玉、たった十回のけん玉教室、空の下。

ほんの数百人が日本のけん玉を見て、触っただけで、

――けん玉を広めてきました――

なんて言えるほど私はホラ吹きではありません。

それでけん玉が広まるのなら、世界中に広めてみせましょう。

でもきっと、けん玉を触った内の何%かの人はけん玉が好きになったのではないかな、と思います。けん玉を今手に持っている人たちは今頃、

「これ、日本人から貰ったんだ」

なんて自慢をしながら、家で、学校で、公園で、白い砂浜で、けん玉をしているかもしれません。

 

これから先、いつか誰かが、私の置いてきた二十本のけん玉に出会って、

――たもっちゃんのけん玉、あったよ――

と言ってくれれば嬉しいこと、その上はありません。

超がんばって、運にも恵まれてモザンビークでけん玉が広まり、作るようになったら、今回出会った人たちは、「おれは昔からしっていたんだよ」と言って自慢するかもしれない――そんなことを想像すると、ちょっとがんばろうかと思います。

 

ベイラに二本。

キリマネに四本。

ナンプラに四本。

モザンビーク島に四本。

リシンガに二本。

シュアンガに五本。

今回の二十本のけん玉。いつまでも活き続けて欲しいと願っています。

けん玉は、少しだけ、旅に味をつけてくれた気がします。

土地の人と触れ合う機会を、少しだけ、多めに与えてくれた気がします。

 

旅行の際は、是非バッグの底にけん玉を。

 平々凡々のつたない文章を、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

               2005年1月吉日  窪 田  保




































モザンビークやナミビアの写真など