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話しことばの通い路  ニッポニアニッポン七味日記
妬みそねみひがみ、恨みつらみに負け惜しみ、悩み半分、ふみ読み半分日記

七味日記2003年09月中旬      

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2003/10上旬  2003/10年中旬  2003/10下旬


七味日記2003年9月中目次

2003/09/11 日常茶飯事典 アスカ命日のすれ違い
2003/09/12 日常茶飯事典 高齢者サークル
2003/09/13 日常茶飯事典 ひきこもりと子役カウンセラー
2003/09/14 日常茶飯事典 ダンス発表会
2003/09/15 日常茶飯事典 敬老の日
2003/09/16 トキの本棚 『フラジャイル』読了
2003/09/17 ジャパニーズアンドロメダシアター 『血脈』
2003/09/18 ことばの知恵の輪 振り回す槍
2003/09/19 日常茶飯事典 ファミリーオペラコンサート
2003/09/20 ジャパニーズアンドロメダシアター 『すいか』

七味日記総目次  フリースペースちえのわ

七味日記2003年9月上旬

2003/09/11 木 晴れ 
日常茶飯事典>アスカ命日のすれ違い

 ヒメは、「今日はアスカの命日だから」と、にんじんケーキを焼く。アスカはヨーグルトやケーキやプリンが大好きだった。ほしがるままにいっしょに食べさせていたら、歯が悪くなり、そこから顔に膿がたまるレッキス種うさぎによく発症する病気になってしまった。だから、タイムには干し草中心の食生活をさせ、ケーキなどは食べさせない。人参ケーキもダメ。人参だけタイムに与える。

 ヒメといっしょに、ケーキをお墓に持っていく。アスカを埋めた桜の木の根本にケーキをうめ、「また来年桜の花になって帰ってきてね」と声をかける。
 夕方、ヒメがあいちゃんとカラオケに行くと言うので、いっしょに出て、図書館へ。

 いつもケイタイを携帯していかないので、失敗するが、今日も大失敗。
 ヒメがあいちゃんとカラオケに行って、夕ご飯も食べてくると勘違いしてしまった。7時まで図書館にいて、もう作るのが間に合わないと思ったので、ワカをアスカのお墓参りに誘って、「1周期の法事」として、デニーズで夕食を食べてしまった。ふたりともケイタイは家の中に忘れてきた。

 ヒメはカラオケを早めに終えて家に帰ってみたら、鍵を持って出なかったのに、ドアが開かない。電話してもワカもハハもケータイに出ない。ちょうど救急車のサイレンが聞こえたので、もしかしてふたりのどちらかが事故にでも遭ったんじゃないかと、心臓が止まりそうな思いで、近所中を探し回った。

 私とワカが食事を終えて帰ってみたら、ヒメが「鍵持っていないのに、どこ行ってたの」と怒っている。「どんな思いをしながら探したと思っているの」と、ものすごい怒りよう。「ケータイ持って出ないなら、契約しているのは無駄だから、解約したら!」と、プンプンだ。

 私はヒメが鍵を持っていると思い、夕食を食べてくると思いこんだ勘違い。ヒメは私がケイタイを持っていると思い、救急車の音で事故にでもあったのじゃないかと思った心配性。
 これだけケイタイやインターネットメールが普及しても、すれ違いで会えないこともある。

本日のつらみ:『君の名は』の時代じゃないのに、すれ違い


2003/09/12 金 晴れ
日常茶飯事典>高齢者サークル

 午後、文化センターでセンター祭の最終打ち合わせ。去年と同じことを、同じような利用者で行うのだが、また、毎年同じ愚痴やぼやきが繰り返される。1時半から3時までの連絡会の中で、サークルメンバーに連絡すべき事項は「当日は、本番15分前から楽屋にあてられる研修室が利用できる」という1点の連絡のみ。
 それでも「この打ち合わせに各サークルから必ず1人出す」というのがセンター利用者会議の決まりなので、出ないわけにはいかない。「出席しないサークルは参加辞退とみなす」というのだから。

 毎年毎年「参加者が高齢化しているのでうんぬん」という話題が出る。私たちAダンスィングだって、最初の参加1983年から20年連続参加しているのだから、会員たちは皆30代から50代になっている。
 50代にはなったが、古いメンバーたちは、体型を維持し、ダンス技術は年々向上している。どんどん体重が増える一方、ダンス技術は年々衰えている私から見ると、すごい人たちだなあと思う。
 私はピルエットターンも、シェネも、どんどんへたになっている。去年の春、アティテュードターンの練習を続けて、大腿四頭筋広側筋を痛めて以来、「無理はしない」と決めた。無理しないで、楽な動きだけしていると、どんどん下手になっていくのだ。

 Aダンスサークルのメンバーたち、100歳になってもジャズダンスもロックもフラメンコも、かっこよく踊っているんじゃないかしら。

本日のひがみ:せめて体重だけでもなんとかせんと


2003/09/13 土 晴れ 988
日常茶飯事典>ひきこもり親と子役カウンセラー

 やっと、メール設定がやり直せて、ブラウザからメールが出せるようになった。しかるに、ヒメの批評通りに、おばさんの愚痴日記など誰も読みはしないのだった。それでも、みょうがさんが「ちえのわ日記」をサイトトップページにリンクをはって紹介してくださったら、少しはカウンターがまわるようになった。
 ドクター西村は「エイズ予防講演会」で学校を回り、高校生中学生から反響の手紙を受けることが自分自身の励みになると書いている。私たちは、お互いに通信し合っていくことで生きていけるのだと思う。

 私がこれまで50余年続けてきた、とじこもりひきこもり生活。我が子だけを相手にして、本音を誰にも言わない生活を続けてきた。

 ヒメは、この間の親子げんかでも言っていた。「自分の不満や愚痴を全部子どもにぶちまける親を持って、子どもがどれだけ負担になっていたか、わからないでしょ」と、怒りをぶつける。「親のために子どもがカウンセラーになって、必死で親を支えてきてやったんだよ。どれだけたいへんだったか、わかる?自分ができちゃった婚の結果生まれたと知って、本当にこの世に存在して良かったのか、親の人生を不幸にしたんじゃないかって悩んだり、子どもの世話のために母が仕事を十分にやれないことがないようにと、遠慮したり。本当にたいへんな子供生活だった。お母さん、ヒィちゃんが愚痴の聞き役になってあげなかったら、今頃ぺしゃんこでつぶれてたよ。ちゃんと感謝してる?」はい、しています。

 私は、何度も一歩世間に足を踏み出そうとしては、また自分の殻にとじこもる生活を続けた。自分の親と姉妹、子どもたち、それ以外には日記だけが自分をぶつける相手だった。
 生まれて初めて、自分の気持ちを世間に晒すのだ。たぶん、メールがきたとしても、ちょっとでも批判や悪意のメールが混じっていると、たちまち落ち込み、また閉じこもりたくなってしまう。

 「学生と教師」という「ロールプレイ」役割を貼って話すことはできるのに、一人の本音の人間として話すことができない。これは、自己防衛本能が強すぎるからだと、心理の本では読んだ。傷つくことをおそれすぎる。非難や中傷を受けると立ち直ることができない。

 私のような人間関係形成不全症候群の大人というのは、どのくらいいるのだろう。はじめての人に会うときは、緊張して名前をいうのもこちこち。相当親しくなっても、自分の本音や気持ちを言うことができない。書き言葉で、手紙ならある程度自由にものが言える。文通が一番私に合っているコミュニケーション手段。メールは文通の「早い版」と思うから、メールはどんどん出せる。

 でも、54歳で姉は死んだのだ。私だって、54歳でもう死んだことにする。死んだ後、遺書についてどう言われようと、死んだ人は気にならない。う〜ん、できるかなあ、死んだふり。

本日のねたみ:誰とでも、すぐ話ができる娘


2003/09/14 日 晴れ 989
日常茶飯事典>ダンス発表会

 12時半に文化センター集合。最初に照明を確かめる。カラーライトの配線ができていないので、「フラダンス発表」「歌謡曲リズムダンス発表」の間に、舞台裏に回って、コードをつなぐ。このあと、他のサークルが配線をいじらないことを祈りつつ。

 1時半から3階ものおきスペースで、柔軟体操、振り付け確認など。ものおきには冷房がないので、ものすごく暑い。2時55分から1階の楽屋がわりの研修室へ。
 
 3時10分から、Aダンスィングサークル発表。どこかのサークルが配線をいじって、スイッチが逆になってしまい、照明がめちゃくちゃになってしまった。おまけに、前の発表の人たちが舞台裏にスイッチオンになったままのマイクを残していったのに気づかず、半分くらいまでゴチンゴチンというマイクにぶつかる音が響いていた。フィナーレでは、私だけ、舞台マイクのコードに足がひっかかって、ころびそうになった。

 なんだかんだでいろいろあったけれど、終わってしまえばすべてよし。楽しかった。くまの着ぐるみダンスと呼ばれようと、LLサイズおばはんパパイヤと自称しようと、1年間練習したダンスを発表して、人様の前で踊ったのだ。

 ことばを話すのではなく、踊るという行為は、自由にできる。太めの体を晒して踊っても、ぜんぜん苦にならない。
 どんなに下手な踊りだろうと、1年に1回でも2回でも、人前に自分の姿をさらすという緊張感があるから、みんな1年間を生き生きと暮らしていけるのだ。人に見てもらうってことはとても大切なこと。他の人と同じようには足があがらないとか、回転できないとか、太っているから恥ずかしいとか、そんなの吹き飛ばして、自分が楽しく踊ること。

 ヒメが見に来てくれる。ヒメの批評「一番年上の60代の方、すごく生き生きしていて動きもきれいだった。タキシードジャンクション踊った、3人組。わたしのうしろの席の人たちが宝塚みたいって、言っていた。ほんとにじょうずだった。文化センター発表サークルの全部の中で、このグループが一番見応えがあるって、言っていた人たちもいたよ。お母さんはね、動きはシャープで切れがよかったけれど、人の振りを見ながら後追いしているのが、よくわかった」
 あれま、ワンテンポ遅れると後追いしているのが分っちゃうから、半テンポずらしでごまかしたつもりなのに。
 私は発表会打ち上げに参加。ヒメはワカと姑宅へ。

本日の負け惜しみ:宝塚みたいに踊る人、パパイヤおやじダンサーズみたいに踊る人、個性はいろいろあっていいの!


2003/09/15 月 晴れ 990
日常茶飯事典>敬老の日

 ヒメとワカは、おばあちゃん家にお泊まり。敬老の日の祖母宅訪問。ワカは、昨日おとといと続いた辰巳プールでの都大会を終えた足でそのまま行った。

 ヒメの敬老の日プレゼントはバナナケーキ。とてもおいしく焼きあがった。
 ワカからのプレゼントは中学校水泳秋期区大会のフリーリレー1位とメドレーリレー3位の賞状。ヒメに「あんた、それ、お母さんの誕生日のときもプレゼントって言ってたじゃない。使いまわしかい。安上がりな!」と、つっこまれていたが、母にとっても、おばあちゃんにとっても、なによりのプレゼントであることは確か。

 今日の辰巳プールでの大会を最後に水泳部をリタイアし、いよいよ本格的な帰宅部になるという。これが最後の水泳賞状だろうから、貴重だ。

本日のつらみ:「帰宅部なのに、全国大会!」というフレーズに笑えた


2003/09/16 火 曇り 991
トキの本棚>『フラジャイル』読了

 ホームページ作りにかまけて、前半だけ読んで、後半をほうっておいた『フラジャイル』をようやく読了。『フラジャイル』後半には、正剛、大学生のときに父親が死んで、借金を背負ったということなども書いてあった。

 95年初版の本だが、この中に書いてあることで、「このことを2003年の今まで知らなかった。この本を読んではじめて知った」と言えることが、たったひとつしかないことに、まず驚いた。知らなかったことは、月光ことナタリア・バーニーのレズビアンサロンに集まった女たちのこと。

 それ以外のトピック、たとえば、ネオテニーのこと、トランスジェンダーのこと、どのトピックも、95年には、世間一般には広まっていない話題だったのではないか。それが、2003年には、すでに「文化トピックとして消費され尽くされてきた」という感すらある。この早さに驚いたのだ。たった8年の間に、20世紀から21世紀へと進む間に、ものすごいスピードで、世の中のある部分が変化した。
 95年には多くの人に未知であった概念をまとめて、正剛が本にした。2003年には誰もがその概念を「昔からあたりまえであった」がごとくに使いこなしている。すごいな正剛。すごいな世の中のスピード。
 95年にインターネットを使いこなしていた人がどれだけいただろうか。フツーのおばさんが自分の個人ホームページを持つなど、遠い話だと思っていた。「情報」が大きく変わり、私たちの意識の深層も変わっているに違いない。
 97年にインターネットをいれたときはダイヤルアップで、とても遅くて、これではネットを使うより本を調べた方が情報が早いと感じたものだが、2002年にADSLにして以後、どんなことを調べるにも、まず、Googl検索。ネットだけで、だいたいのことはわかってしまう。辞書を引く回数は減らないが、百科事典やイミダス知恵蔵などを引く回数は確実に減った。

 携帯電話ひとつとってみても、私は、94年に中国の地でトップビジネスマンたちが携帯を駆使して仕事をしているシーンを初めてみたのだ。94年の日本国内にも携帯電話を駆使しているビジネスマンはいたのだろうが、自分の狭い生活範囲で出会うことはなかった。それが、帰国してみると、周囲の人たちはどんどんケイタイを持つようになり、「うちはいらない」とがんばってきた我が家でも、99年にヒメが高校に入ったら連絡が必要になり、買うことになった。

本日のつらみ:ケータイ普及して公衆電話が減った。電池切れの日に探し回った赤電話


2003/09/17 水 晴れ 992
ジャパニーズアンドロメダシアター>『血脈』

 午前中Aダンス。

 午後、ビデオにとっておいた『血脈』を見た。佐藤愛子の作品、『戦いすんで、日がくれて』のほかは、軽いエッセイだけ読んできた。『血脈』も、佐藤家の「濃い」人々に疲れそうだから、読まなかった。
 ドラマは、宮沢りえ主演というので、見てみた。りえが特別好きな女優ではないのだけれど、少年少女ビルドゥングスウォッチャーなので、スポーツ界では、伊藤みどり、田村亮子のウォッチングが終了して、今は福原愛。芸能界では宮沢りえ、安達祐実。
 宮沢りえ、リハウス引っ越し少女から見てきて、波瀾万丈経て、女優として大成できるかどうかの、今がみどころ。りえ、主演の佐藤シナ(女優三笠まり子)役。娘の佐藤愛子役は石田ゆり子。

 ドラマ、やっぱり「濃すぎる」人々に疲れた。佐藤紅緑が緒形拳、佐藤八郎が勝村政信、佐藤節が中村獅童、佐藤ハルが木内みどり、島村抱月が筒井康隆、もう、配役も濃い人ばかりで、演技ぎんぎんで。筒井の演技っぽくない「誰を演じても筒井康隆がそこにいる」の棒読みが一番ほっとした。筒井は、断筆以後、執筆再会しないほうがよかった。大根役者として十分楽しめる。

 りえの演技は、ラストシーンの「チェホフの『かもめ』を演ずる三笠まり子」の部分が一番良かった。すなわち、三笠まり子は、女優を続けるよりも、佐藤愛子の母、サトーハチローのママ母、佐藤紅緑の後妻、佐藤シナとして生きたほうが正解だったな、と誰でも感じる程に、『かもめ』のあの有名な台詞をへたくそに言ったからだ。
 あんた、これじゃ、松井須磨子のあとをついで、チェホフ演じようなんて、思わないでよかったよ。妻として母として生きてよかったんじゃない、と、みんなが言ってやれる佐藤シナ像を作り上げた台詞術。あれ?もしかしたら、あれは演技じゃなくて「地?」

本日のかがみ:ドサ回りの一座でもかがみのある楽屋がもらえるなんて、うらやまし。我が一座の楽屋は小学校体育館の道具置き場が多かった。


2003/09/18 木 晴れ3
ことばの知恵の輪>振り回す槍

 今日の「語源トリビア」。
 ザ・ブームの宮沢和史によると、ボサノバとは、「新しい流れ」の意味。ノバが「新しい」は知っていたが、ボサの意味を知らないから、ドドンパとか、チャチャチャみたいに、特に意味を持たない音楽や踊りの型へのネーミングかと思っていた。サルサが英語で言うとソースにあたる意味というのも聞いたことあるが、ボサノバは、そうか、「新しい流れ」か。

 カタカナのことばの方を先に覚えてしまうと、語源など考えずに使ってしまうから、元の意味を知ると「へぇ!」と、うれしい。ゴシックが「ゆがんだ真珠」の意味とか。

 シェークスピアShakespeareが「振り回す、槍」Shake spearだというのも知らなかった。
 おしりにeがついても同じ言葉というのは、赤毛のアンが「わたしのアンは、annじゃなくて、anneだからねっ」と主張していたので、へえ、英語の名前はeがついてもつかなくてもいいのか、と少女のころ思ったのだけれど、Shakespeareのspeareは、spearと同じだったんだ。

 でも、カタカナで先に覚えると、絶対に「シェイク+スピア」だとは思わず「シェー+クス+ピア」だと思うもんね。禿げたオッサンが、シェーをしながらクスッと笑って雑誌「ぴあ」を眺めている図が思い浮かぶ。オッサンは禿げなでながら「よし、映画はやっぱり『恋に落ちたシェークスピア』を見よう」なんぞとぶつくさ言ってるんです。

 学生時代にいっぱい頭に詰め込んだ人は、詰め込んだことを切り売りして、一生食べていくことができる。学校であまり詰め込まなかった人は、こうやって、ひとつひとつ「へぇ!」とボタンをたたきながら楽しむことができる。
 私は合計26年間も学校教育を受けた人間なのに、7回出席した卒業式ごとに、「学校から受けたものは学校に返却!」と、律儀に返済していたから、未だに楽しみをたくさん拾うことができる。何を聞いても「へぇ!」を連発。

本日の負け惜しみ:学校で身につけたことで、実際に重宝しているのは、職業専修校で覚えたブラインドタッチ早打ちの技だけ。おしゃべりをするのと同じスピードで打てる。テレビニュースの速記録がとれる


2003/09/19 金 晴れ 
日常茶飯事典>ファミリーオペラコンサート

 夕方、姑と待ち合わせて、パーシモンホールで、コンサート。オペラや日本の歌曲。久しぶりに声楽を生で聞いて楽しかった。
 出色は、ウクライナのバンドラという民族楽器を弾き語りしたオクサーナというソプラノ。次によかったのは小野和歌子というメゾソプラノ。

 五十嵐麻利江は、司会もこなして軽妙な味を出していたが、歌に関してはオクサーナや小野の「天賦の才」と比べると、自ら「私はオクサーナさんの前座をつとめた」というのが、謙遜に聞こえず、「その通り」に聞こえた。フィナーレの乾杯の歌のときも、声を張り上げてソプラノを勤めるのが痛々しいくらいで、「無理せんで、ええから。ここは、ひとつ若いもんにまかせて、、、」と、声をかけたくなった。父も声楽家、恵まれた家庭環境ですくすくと育ったのだろうが。天賦の才がだれに与えられるかは神の采配。サリエリには与えられず、ヴォルフガング・アマデウスには与えられた采配。

 これまで、姑は、舅といっしょにでかけるか、姑の姉、横浜の洋子伯母を誘って出かけていた。
 洋子伯母は、定年まで音楽教師を勤めた人だから、コンサートとなればなおさらだ。どうして嫁を誘う気になったのかな、と思い「洋子伯母さんは、ご都合が悪かったんですか」と聞いてみた。
 「洋子姉さん、80歳をすぎたら、とたんに足腰が悪くなって、家の中を歩くだけなら大丈夫だけれど、外を歩くにはお嫁さんについてきてもらわなくちゃならないの。そしたら、コンサートの券、3枚いるでしょう?今回は2枚しかなかったから」ということだった。

 嫁になって20年たつけど、姑とでかけるのは、子どもが小さいときは動物園遊園地、入学後は学校行事などにいっしょに行くだけだった。姑と二人だけで出かけることはめったにない。姑は話し好きな人で、私はあいづちだけですむ。こちらから話題を探したりしなくてもいいから、いっしょにいて楽な人。もっと、一人暮らしの姑のお相手をつとめるよう、心がけるべきなのだろうなあ。

本日のいきみ:麻利江が高音をだそうとするとき、いきんでいるように聞こえてこちらも息苦しかった


2003/09/20 土 雨 
ジャパニーズアンドロメダシアター>『すいか』

 夜、『すいか』最終回。このドラマが大いに気に入ったヒメ「どうにでも続編作れるんだから、シリーズ化してほしいなあ」と願っている。

 まず、配役がよかった。ヒメの好きな女優、小林聡美=さえない信用金庫のOL基子、きょんきょん=勤務先信用金庫の金を横領着服した馬場ちゃん。
 私の好きな女優、白石加世子=基子の母、子離れできない梅子。片桐はいり=馬場ちゃんを追う刑事、ぬいぐるみフェチ。
 ほかの、浅丘るり子=教授、ともさかりえ=漫画家、市川実日子=下宿のオーナーも、よかった。
 賄い付き下宿「ハピネス三茶」を舞台に、女たちのさりげない日常生活と自分探し。毎回、よく笑い、しんみりし、三人で楽しめた。

 ヒメは「どうなるのか心配なのは、きょんきょんが捕まるかどうかだけなのに、毎回毎回、次はどんな話だろうって、楽しみだった。こんなドラマ初めて」という。これまでは、ジェットコースタードラマ、毎回毎回波瀾万丈でないと、退屈していたヒメだった。
 
 基子の母、梅子が癌で入院する騒ぎの回のときは、母子の会話にもらい泣きしているヒメ。
 今年の春、私が膀胱炎になったとき、「血尿が出た、子宮癌かもしれない」と大騒ぎしているのに、ヒメは「そんなの、どうせたいしたこと無いよ」と、平気な顔をしていた。でも、もしかしたら、あのとき、ものすごく心配してくれていたのかも知れない。
 診察受けてみたら、よくある膀胱炎。私にとっては初めての病気ですごくつらかったが、ヒメにとっても「もしかしたら」とつらかったのかも。

 白石加世子母の癌は初期で、おなかも切らずに内視鏡で治療ができる軽いものだった。癌と聞いて、一度は死を覚悟したことで、梅子は少しは子離れできたみたい。

 私の子離れはのんびりゆっくりそろそろと。

本日のぬいぐるみ:片桐はいりのぬいぐるみ、目になっているボタンを付け替えたら、「知性が減った気がした」ぬいぐるみの知性はボタン目にやどる

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