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ニッポニアニッポン七味日記
妬みそねみひがみ、恨みつらみに負け惜しみ、悩み半分、ふみ読み半分日記
七味日記2003年4月下旬
七味日記総目次
2003/3 上旬 2003/3 中旬 2003/3 下旬
2003/4 上旬 2003/4 中旬 2003/4 下旬
2003/5 上旬 2003/5 中旬 2003/5 下旬
七味日記2003年4月下旬目次
2003/04/21 日常茶飯事典 更年期仲間 2003/04/22 ニッポニアニッポン事情 『プロジェクトX トロン』 2003/04/23 アンドロメダM31接続詞 薬袋黎爾ほか巡回コース 2003/04/24 ニッポニア教師日誌 授業 2003/04/25 日常茶飯事典 私生活と人生の親戚 2003/04/26 ジャパニーズアンドロメダシアター 『黄泉がえり』 2003/04/27 日常茶飯事典 上野の美術館めぐり 2003/04/28 日常茶飯事典 連休読書用本の仕入れ 2003/04/29 日常茶飯事典 みどりの日散歩 コンドル設計の邸宅 2003/04/30 日常茶飯事典 自転車ポタリング 七味日記2003年4月下旬
2003/04/21 月 小雨のち晴れ
日常茶飯事典>更年期仲間
漢字と作文2コマ。
帰りのバスで、「これからお世話になった方のお見舞いに行く」という教授といっしょになる。先週、姉の一周忌の品を渡したときに「更年期がたいへんで」という話を聞いたが、今日は音羽近辺の散歩コースの話。
5年前、この女性教授から、「私は結婚している人は嫌いです。結婚していて、それ以上何を欲張ることがある」と言われて以来、嫌われていると思ったので、こちらから近づくこともしなかったが、なんだかこのごろは「更年期仲間」として公認されたみたい。
今は、それほど嫌われていないのかもしれない。確かに助教授や講師には、まだ更年期の話は通じないかもしれないし、目をかけていた一番若い講師は「結婚!」してしまったし。
私にとって、更年期症状は五十肩だけだったが、更年期についての話し相手はできる。
独身女性教授というのは、私には「おそれおおい、遠い存在」のように思えたが、話してみれば、いい人だ。
本日のひがみ:更年期仲間とはいえ、私の年収の4倍の方とは、タメ口はきけない
2003/04/22 火 晴れ
ニッポニアニッポン事情>NHK『プロジェクトX トロン』
3コマ。午前中、1組漢字。午後、1組教科書と会話。
NHKのプロジェクトX日曜日再放送録画したのを見る。「トロン」の開発について。
番組の作り方はいつもといっしょで、苦難と挫折を乗り越えて、トロンが勝ち組になるまで。
今、私はウィンドーズ2000を使っているが、家電パソコンにトロン搭載機が売り出されたら乗り換えよう。トロンの何がいいか。「無料」だからである。何はともあれ無料と言う言葉に心惹かれる私である。
開発した坂村教授、トロンの報酬を求めたら、今頃ゲイツと肩を並べる世界的大金持ちになれたろうに、それをしないで「かっこいいことをいうようですが、トロンは世界中の人々の、全人類の共通財産です」と言った。
いいねぇ。泣かせる。私には言えないね。ゲイツの半分でもいいから利益を受け取りたい、と思うだろう。私には言えない台詞を言える坂村健をソンケー。そして、次はトロン搭載機を使おうと思う。
本日のひがみ: 無料テッシュ、無料美術館、無料トロン、無料ネット読書、が、わたしのお気に入り
2003/04/23 水 曇り
アンドロメダM31接続詞>薬袋黎爾ほか巡回コース
午前中Aダンス。
午後、教授法2コマ。受講生40人を超え、疲れる。40人いると、半分は話を聞いていない。20人のちゃんと聞いている学生だけにしてほしい。
今日もネットをひとまわり。薬袋黎爾『駄目人間血風録』は、髪を完全カットしたと書き、カット前の写真がある。予想通りの顔だった。リコーそう。東浩紀もOBと書いてあった。みないれいじ君、東浩紀路線へ行きそうな気がしてきた。
青木みや日記は未だに更新なし。うさぎや更新なし、サイコドクター、のだなのだ、絶望書店、みょうがのつぶやきなどなど。西村ドクター、最近お疲れかと思っていたが、今日は「愛子様」に噛みついていて、やっぱりドクターは何かに噛みついて叫んでいるのが似合っていると思う。
おもしろいことに、サイコドクターと西村ドクターは何のつながりもなく、双方ともお互いの存在は知らないだろうに、ふたりとも青木みやのページをのぞくことは共通している。特に共通ネットワークがないと思うのに、リンクページが共通していることはよくある。つまり、それだけ私が興味をそそられるコンテンツが狭いということかもしれない。全然関係ないところから同じ人のページに出てしまうこともよくある。最近では全く関係ないキーワードやリンクから、何度も中澤港をヒットした。
本日のそねみ:我が家のゲーム漬けぼっちゃまとは出来が違うね、薬袋黎爾くん!
2003/04/24 木 朝小雨のち曇り
ニッポニア教師日誌>授業
日本事情、作文、2コマ。
ギーは、1年の作文と日本事情の単位を認定されていないので、2年の作文と日本事情の受講を認めないことにした。2Eの日本事情だけ履修させるように教務から連絡を受けたが、2Eと2Bはいっしょに履修して欲しいと要望する。
今年こそ、少人数でまとまってやりたい。来年はまたレベルまちまちの人たちが大量に来るというので、今年くらいはこじんまりとやる。多加さん幸さん、今年の1年生はたいへんという。人数が多いだけならなんとかするが、レベル上下の差がありすぎるのだという。
本日のなやみ:今から来年の低レベルを心配
2003/04/25 金 朝小雨のち曇り
日常茶飯事典>私生活と人生の親戚
ビデオ会話3コマ。
ヤンさんビデオ。ほかの初級ビデオ教材より、「ヤンさんの東京私生活」という内容が留学生には受けるのだが、いかんせん15年前の製作だと、車の形とか、ラジカセの型が、いかにも古い。しかし、ヤンさんのあと、新バージョンの「普通の私生活」シナリオでの初級教材ビデオはいいものがない。佐久間先生、新しいのを作って!
「私生活」に関して、思い出したのが、『人生の親戚』。
小説主人公まり恵のリアリティは、著者の私生活ふう記述とからめた部分によって支えられている。著者も、意識的に自分自身と息子をモデルとした語り手の知り合いとして、彼女に関わったことを記述する。
もし、著者の私生活と全然関係のない、完全な三人称小説主人公の物語としてまり恵が描かれていたら、はたしてこの主人公の存在を「アリエネー」と言わずに受け入れることができるだろうか、という疑問。
一生車いすで生活することになった息子と、知的障害を持つ息子。その二人が心中のようにして崖から落ちて死ぬ。まり恵の南米コミュニティでの生活。受難。神を持たない人のための宗教的な雰囲気に満ちた葬儀、葬儀後に明かされる真実。
話としては、すらすら読めるし、まり恵さんに感情移入できるし、小説としては成功していると思う。
『人生の親戚』は、小説のナラティブ語り方が生み出すリアリティの問題を、私に宿題として与えてくれました。でも、夏休みも冬休みも宿題は最後の最後までほっておいて、結局提出しないのが、我が家の伝統。
本日のうらみ:大江健三郎全集もうさぎタイムに齧られてしまいました
2003/04/26 土 曇り
ジャパニーズアンドロメダシアター>『黄泉がえり』
午後、ヒメワカと『黄泉がえり』を見た。出かけるときはいつも3人一緒だから、ふたりとも何も気づいていなかったけれど、実をいうと3人そろって映画を見るのは実に久し振りのこと。前回いっしょに映画館へ行ったのは10年くらい前の『思ひ出ぽろぽろ』くらいじゃないだろうか。
私とヒメは時々いっしょに見てきたけれど、ワカには難しすぎて分からない映画だったり、字幕が読めないから無理だったりして、ようやく3人いっしょに見られるようになった。
『黄泉がえり』は、3人ともおおよそのストーリーは知っていた。しかし、竹内結子のあおいが黄泉がえりの一人だということに、私とヒメはまったく気づかず、ワカはあおいがアパートに帰って草なぎの平太に会うところくらいから「こいつ、死んでるな」と気づいたんだという。
だいたい、ワカは、普段でも「死んだ人の気配を感じることができる」人なのだ。スモモもそうだから、そういう体質が遺伝したんだろう。私はまったくそういうことはなく、寺へ行っても墓場へ行っても死んだ人を感じることはない。
私はこの世のすべての現象を把握しているわけではないので、自分に分からないことだから、絶対にあり得ない現象であるなどと言い切ることはできない。たぶん、感じる人には感じられるのだろう、くらいしかわからない。
スモモが墓参りに行ったかえりに、ときどきだれか先祖を連れて帰ってしまい、しばらくいっしょにいることになってしまうのを、むしろうらやましく思う。お母さんを連れて帰れたら、どんなにうれしいだろう。孫をひとりも見ないうちに死んでしまったお母さん。お母さんに、ヒメとワカを見てもらいたい。でも、スモモが連れて帰る先祖は、たいてい私たちが生まれる前にすでに死んでいた人ばかりで、本当に会いたい人は出てこないと言っていたが。
そういう「死んだ人に会いたいなあ」という思いと、阿蘇の山の中の磁力が合体すると、死んだ人が黄泉がえる。
何千人もの黄泉がえりが出現した阿蘇山中の村。
黄泉がえりの愛する人に再会した人は、それぞれ、これからの人生を生きていく勇気を与えられる。
自分を生んだために命を落とした母親忍足亜紀子に、医師田中邦衛の娘伊藤美咲が「生んでくれてありがとう」と、手話で言うところとか、哀川翔の周平が極楽とんぼの英也に「玲子を頼む」と託し、東心の英也兄が「全部分かった上で頼んでいるんだ」と諭すところとか、もう泣けて、泣けて。
死んでしまった人も、いっしょうけんめい自分たちの幸せを願ってくれている。それに気づくだけでも、残された人は幸せになるために、精一杯これからの人生を過ごしていける。たった3週間であっても、それを伝えられた人はいいなあ。
草なぎの平太も、あおいが「私が会いたかったのは平太、あなたなの」と言う言葉を聞いたことで、十分に報われたのだ。
ただひとつの疑問。平太以外の、死者に会いたいと願う人々は、会いたい人が死んでいると知って願っていた。平太だけはあおいがすでに死んでいることに気づかないで、会いたいと願っていた。
阿蘇の不思議な磁力パワーは、この願いをどちらも差別なく受け取り、会いたい人を黄泉がえらせてくれたっていうことなんだね。
磁力パワーの及ぶ範囲に、角膜でも骨でも、DNAが残されていることが黄泉がえりの条件だった。物理的な条件に関しては、あるとないの区別がはっきりしているのに、「願い、思い」という精神的な条件に関しては、「強い思い」をどうやって判定したのか、基準は何だったのか、よく分からない。
日頃は「亡くなった糟糠の妻の供養を怠らず、忘れたことはありません」と公言して同情票で当選した町長の妻が黄泉がえらず、若い後妻に溺れて先妻のことなんかとっくに忘れ果てていることなんかが描かれたら、基準がわかって面白かったけど、話が美しくなくなるかも。
映画の後、スタバでお茶。
ワカが「あおいが死者だとすぐ気づいた」話や、わたしとワカには、安積紳一郎がどのシーンに出てきたのか、全然わからなかったのに、ヒメは安積が何かの番組で「私はここに出ています」と紹介しているのを見ていたから、ちゃんと気づいた、とか、いろいろおしゃべり。
こんなふうに、いっしょに映画を見て、いっしょにおしゃべりする楽しみが出てきた。子供が成長するといっしょに遊びに行く回数が減ってくると思っていたが、これからは別のお出かけができる。
本日のつらみ:若い頃虫もつかなかった私、年取って霊もつかない
2003/04/27 日 曇り
日常茶飯事典>上野の美術館めぐり
午後、ワカと上野へ。芸大美術館で、韓国国立博物館所蔵の近代日本画展と通常展を見た。芸大美術館が開館して以来、ずっと来ようと思っていたが、やっと来ることができた。これまでは、東京都美術館まで来ているのに、芸大までは足をのばさなかった。
ワカに、中3の美術の時間に「日本美術史」をやるかもしれないから、見ておくと、「ああ、この人もこの人も本物を見た」って思えるから、よく見ておきなさいよ、と言う。
日本画はあまり見たことのないワカ。展示されていた絵の作者名で、ワカが知っていたのは「徳川慶喜」一人だけ。へぇー、15代さんは絵もうまかったんだ、とふたりで感心。なかなか器用に描いていた。働き盛りで隠居したのだから、絵でも描いていないと間がもたず、上達したのかもしれない。
卒業制作として残された自画像。それぞれの個性や、取り入れている時代の描き方が面白い。野獣派風あり表現派風あり。これを描いたときには皆「我こそは世界一の絵描き」と、思っていたのだろうが、半分はまったく名を知らなかった。早世した者、戦死したもの、挫折したもの。藤田嗣司や青木繁などはすぐわかる顔。
次に西洋美術館。タペストリー展と通常展。
こちらも「世界美術史」の授業のとき、紹介される絵がたくさんあるから、ようく見ておきなさいよ。「美術の教科書に出てくる絵ばっかりだよ。っていうか、この美術館にあるから美術の教科書に載っているんだけど」
ワカは、なかなかトリビアうんちくがあって、「レオナルドの絵のうち、本人が全部描いたのはモナリザだけで、あとは全部、工房の弟子に指示して書かせたものを、レオナルドの名で発表しているんだ」と詳しい。
ルーブル美術館の画集を熱心に見ていた時期があったから、そのころ仕入れたネタか。私はまた、裸婦像に興味が出て熱心に見ているのかと思っていた。思春期ですから。
タペストリーはとても大きいので、全体をぱっと見ただけでは、すみずみに何が書かれているか目に入らない。家に帰ってパンフレットをしみじみ見れば、ああ、ここにこんな犬が書かれている、とか、気がつく。もう疲れてきて、駆け足で見たので、本当はもっと時間をかけて見る価値のあるものだったのだろうに。
本日のそねみ:卒業制作をただで受け取る芸大、今、藤田や青木を売れば、、、
2003/04/28
日常茶飯事典>連休読書用本の仕入れ
漢字作文、2コマ。
仕事を終えて渋谷へ。ブックファーストで7冊約7000円のお買い物。文庫と新書だから、買おうかなあどうしようかなあと迷ったときは、ええい買っておけと、言えるほどのおこづかいがつかえてうれしい。
迷わず買った本。西江雅之『ことばの課外授業』。書籍広告を見て、おお、西江先生ぜったいに買わなきゃ、と思っていた。真木悠介『気流のなる音』。単行本を買おう、買おうと思っていたら、文庫が出た。筑摩から初版が出たのが77年。もう26年もたっている。宮沢章夫『茫然とする技術』。図書館で借りて読んで、「文庫になったら買うぞ」と思っていた。斎藤美奈子『読者は踊る』。単行本のときも、文庫になったときもちょっと迷ったが、今回は「ヒメも読むだろうから、二人で楽しめればお得」と、買う理由がついたので、買った。
迷ったのに買った本。松浦寿輝『エッフェル塔試論』。文庫で1500円もする本を買って、途中で読みたくなくなったらどうしよう、という迷い。大塚英志『みるみる小説が書ける6つのレッスン』。この前買った『キャラクター小説の書き方』があんまり感心しなかったので、まただまされるぞ、と思ったのだが「ま、いいか」と、買ってしまった。560円なら、つまらなくてもそれほどの損でもなしと思い、1500円なら読みこなせなかったら大損と思うあたりが、私の金銭感覚を表しているなあ、と線引きするために買った。佐藤雅彦『毎月新聞』本当は文庫になってから買いたかったが、この大きさがいいのだろうと買った。
ヒメは、大学図書館で阿刀田高のシリーズを借りてきた。ガリバー、旧訳聖書、ギリシア神話、シェークスピア、アラビアンナイトの「知っていますか」シリーズ。ガリバーを読んでみたら面白かったから、図書館にあったのを「連休どこにもいくあてのない一家の中ですごす読書」として借りたのだと。
今年は休みが飛び石になったことと、中国香港の風邪のせいで、海外旅行も半減。どこにも行く当てがない一家にとって「いやぁ、サーズが心配だから、海外旅行はちょっとね」と言える。
読書三昧はいい休み方。
本日のひがみ:サーズは気にしないが、毎年金欠病
2003/04/29 火 晴れ
日常茶飯事典>みどりの日散歩コンドル設計の邸宅
ワカは事務所の手伝いに行く。私は11時にいっしょに家を出て、自転車で「恒例みどりの日公園めぐり」に行く。
いつも最初は駅前の公園。去年と同じく、エコロジーリサイクルフリマをやっていた。帽子を忘れたので、100円くらいの帽子があったら買おうと思って寄ったのだが、ちょうどいい帽子はなかった。それで鍋がさめないように温めておくプレートを買った。100円と値がついていたが売り子の方から「50円にしときます」というので、もし使い物にならないような品でも、50円なら悔しくない、と買った。
古河庭園に12時に着いた。コンドル設計の旧古河虎之助邸が、1時からガイドつきで公開されるというので、庭で12時半まで待つ。12時45分から当日受け付け分が始まるというので、少し早めに受付へ行ったが、もう20人くらい並んでいた。名前電話番号を書いて、525円入館料を払った。庭園は東京都の管轄だが、邸宅の管理をしているのはニューオオタニホテルの「大谷美術館」
ガイドは、アルバイトの大学生坪井嬢19才。坪井嬢のお姉さんはこの邸宅でピアノのBGM演奏係などをしていて、去年の7月にここを借り切って結婚式を挙げたそう。貸し切り代金30万のほか、衣裳食事代などはほかのホテルの結婚式と同程度の料金だって。
1階部分は客用のスペースなので、ビリヤード室、食堂など。庭園美術館の旧朝香の宮邸と同じような感じ。2階は、和室のプライベートスペース。朝香の宮邸はプライベートスペースも洋室だったと思う。
足尾銅山の古河一族は男爵を受爵してもそこはやはり成金で、根っからの貴族じゃないから、プライベートには和室が必要だったとみえる。
建築の専門家じゃないから、ようはわからないのだが、朝香の宮邸や駒場近代文学館になっている旧前田邸など洋風建築は、どうも西欧本場の邸宅に比べ、豪華さに劣るような気がする。
それに対し数寄屋の家や茶室などは簡素な作りであっても、ひとつの宇宙を構成していて、広がりが見事と感じる。身びいきなのか、宇宙観の感じ方の違いなのか。
今日の散歩テーマは「コンドル」ということにして、上野の岩崎邸へ行く。2時半すぎに着いたが、洋館の公開が始まったばかりなので、長蛇の列。1時間待ちという。
それで、近くの天ぷらやに入って昼ご飯にした。天久、かき揚げ丼2000円。そりゃうまいことはうまいが、私ならてんやの600円かき揚げ丼で十分だ、と思った。愛想のないおばさんが二人でやっていた。お茶おかわりを頼んだが「あ、今お湯が終わったのでちょっと待って」と、言われたまま忘れられた。もう行くこともないだろうが、まあ、わたしのようなフリの一見さんは相手にしていない店だろうから、私が行かなくても商売繁昌は続くだろう。
岩崎邸へ戻っても、列の長さは減っていなかった。洋館はまた来ればいいから、庭と和館だけ見て戻る。
小石川植物園は、閉園時間で入れず、六義園へ。駒込から住宅街と染井霊園の中を抜けて西ヶ原商店街霜降商店街を通る。
今日は散歩のおまけつき。「おふろセット」を持ってきたので、今月新装開店した「やなぎ湯」に寄る。ジェットバスとか、露天風呂もある。今日の露天風呂はワイン風呂。
打たせ湯で、腰や肩に水流をあてる。ほぐれる心身。人もあまり混んでいなくてよかった。風呂上がりにロビーで、ビールを飲む。
7時に帰宅。ワカは、「メッセンジャーを2件やって、事務所の洗濯して買い物して、11時から5時までの拘束で働いて四千円」のアルバイトだった。ヒメは夕方まで寝ていて、「腹減った」という。唐揚げを揚げて、西ヶ原商店街で買ったお総菜レンコンはさみ揚げと含め煮で夕ご飯にした。
本日のつらみ:かき揚げ丼にお茶サービスなし
2003/04/30 水くもり時々雨
日常茶飯事典>自転車ポタリング
午前中Aダンス。
午後、昨日行けなかった小石川植物園に行こうかと思ったが、雨の具合が分からないので、やめにした。
昨日の自転車ポタリング、楽しかったが、小石川植物園に入れなかったのだけが残念。
上野の岩崎邸を3時半過ぎに出てから、急いで小石川植物園へ。4時2分前に着いた。4時閉門4時半閉園。しかし係りのおじいさんは「閉門時間だよ」と言って入れてくれなかった。
あきらめて自転車を回したら4時のチャイムが鳴った。つまり、おじいさんは閉門時刻前なのに、門を開閉する自分の権限を示すために「終了」と言ったのだ。
でも、定年後の楽しみとしてこれくらいの「権限を誇示する」しかないのだろう、とあきらめた。閉門2分前に来た人に対して、「園内にいられるのは、あと30分しかないですよ」と言いながら入れてくれる人もいるだろうし、「閉門」のひとことで、自分の権限を示したい人もいる。いろいろである。小石川から六義園へ向かう。
六義園は通常5時閉園のところ1時間延長されていて、入ることができた。しだれ桜は葉桜になっている。ソメイヨシノではなく江戸彼岸桜だと説明が書いてあった。
今年の春休み、このしだれ桜の夜桜ライトアップをはじめて見たのだった。
夜8時、駒込で降りて、夜桜ライトアップへ。とても混んでいた。東京に引っ越して18年になるのに、ここの夜桜を見るのは初めてだと思ったら、ライトアップが始まったのは去年から。去年好評だったので、今年も文京区が実施したのだって。去年は舅の葬式、姉の葬式で、夜桜見物どころではなかった。
4月10日を「桜吹雪忌」と呼ぶことにしたと、くらげんBBSに書き込み。「去年はホスピスへ向かう救急車のなかから桜を見たね、桜を見るたびに悲しくなるが、それでも桜は美しい」と。
4月末の今は、葉桜若葉が美しい。もみじの若葉も。桜は花を、もみじは紅葉をめでるものではあるが、若葉の生命力というのも、人を元気にさせてくれる。
本日のうらみ:時間に律儀すぎる門番
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