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話しことばの通い路  ニッポニアニッポン七味日記
妬みそねみひがみ、恨みつらみに負け惜しみ、悩み半分、ふみ読み半分日記

七味日記2003年3月中旬
七味日記総目次
 

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 2003/3 上旬  2003/3 中旬  2003/3 下旬
 
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七味日記2003年3月中旬目次

2003/03/11 ニッポニアニッポン事情 お悔やみ記事
2003/03/12 日常茶飯事典 ホラー苦手
2003/03/13 日常茶飯事典 手紙返信
2003/03/14 ジャパニーズアンドロメダシアター 『ハリーポッター』
2003/03/15 日常茶飯事典 舅一周忌の伝統芸能
2003/03/16 ジャパニーズアンドロメダシアター 『恋に落ちたシェークスピア』
2003/03/17 ジャパニーズアンドロメダシアター 『真夜中のカーボーイ』
2003/03/18 ジャパニーズアンドロメダシアター 『四月物語』
2003/03/19 アンドロメダM31接続詞 絶望書店
2003/03/20 ニッポニアニッポン事情 開戦卒業式

七味日記総目次  フリースペースちえのわ

七味日記2003年3月中旬

2003/03/11 火 晴れ 
ニッポニアニッポン事情>お悔やみ記事

 社会面下欄の死亡記事。年齢や死因、経歴をさっと読む。功成り名を遂げ90才すぎの大往生。40代50代で現役で仕事をしている人の死因は、癌か自殺が多い。子供や配偶者が有名人だと、だれそれの母とか妻とか出る。昨日の朝日夕刊死亡記事、目にとまったのはふたつ。

 一人は56才。民間出身者の校長登用で話題になった、広島県尾道市立高須小学校で、広島銀行東京支店副支店長から転身した校長が、校舎脇非常階段で首つり自殺。去年の4月に校長になって1年。
 民間出身者の学校運営は、今のところ、うまくいった話を聞いたことがない。教育現場を知らず、営利を目的としてそれまでの人生を歩んできた人が校長になったとき。会社の論理をあてはめ、効率主義能率主義で改革を押し進めようとする校長は、たいていつまずく。教員室からの反発を受ける。

 高須小校長は、午前中保護者と花壇整備をしていて、正午から姿が見えず、午後1時10分に学校で首つり自殺。鬱になった人に「ちゃんと死ぬ場所を考えて」なんて言っても無駄なんだろうが、一度は「小学生のために」と小学校校長を引き受けたのだから、これから毎日通学する小学生のことを考えて、せめて自宅で首をつるなりしてほしかった、といったら、死者への冒涜にあたるのだろうか。

 学校の運営を本当に真剣に考え、1年間心を砕いた人であるのだろうと察する。いいかげんにやり過ごせる人なら、死ぬところまで思い詰めないだろうから。でも、やはり、教育の現場に足を踏み入れたのなら、第一番に考えるのは子供のことにしてほしかった。私はこわがりだから、校長が首をつった校舎で4月から勉強するのはいやだ。

 いろいろなことが1年間つもりにつもって首つりまで追い込まれたんだろうが、教育委員会も、PTAも、何の助けにもならなかったのだろう。孤立無援だった校長の心が痛ましい。

 もうひとつの死亡記事。さつま白波という芋焼酎の会社で会長を務め、本坊酒造元会長という肩書きの本坊蔵吉さんが、3月9日、95才老衰による死去。その前日3月8日、妻貴代子さんが88才老衰で死去。これが本当に「老夫婦、共白髪まで添い遂げ、同時に天国へ」だったら、とてもすばらしい人生の最後に思える。

 でも、1日違いという偶然を考えると、ふたつの可能性がある。88才の老妻の死にショックを受けた95才の夫、衝撃のあまり脳や心臓に負担を生じ、翌日死亡。この可能性は高い。
 しかし、また別の可能性もある。95才の夫はすでに脳死状態で、かろうじて機械で心臓を動かしている状態。家族は自然死を望んでいるが、老妻はどうしても夫の死を認めようとせず、心臓の機械をはずしてやることを承知しない。88才の妻が死去してやっと、家族は心おきなく「もう、十分です。自然にまかせてください」と医師に頼むことができた、という場合。
 どちらにしても、老夫婦がいっしょに葬式を出せるのは、うらやましい添い遂げ方であろう。

 ワカに「春休み中に虫歯治療に行かないなら、ゲーム禁止」と言ったら、ようやく歯医者に行った。95才まで共白髪で生きるにも、歯がないと、おいしいものも食べられない。

本日の負け惜しみ:歯だけは丈夫な私


2003/03/12 水 晴れ
日常茶飯事典>ホラー苦手

午前中、Aダンス

 宗教も死後の世界も信じていないのに、いまだにテレビや映画のお化けがこわいのはなぜなんだろう。幼児期のすり込み?
 「シックスセンス」も本当にこわかった。世の中にはホラー大好きって人も多いけどなあ。豊島園のミステリー館に懲りた。後楽園のおばけ屋敷はなんとかしのいだけれど、ディズニーランドのホーンテッドマンションには入ったこともなく、ホラーとは無縁に生きているのだから、このまま、おばけには会わないで暮らしたい。

 学校の怪談、どの学校にもトイレの花子さんや、夜中にひとりで笑うベートーベンの肖像がかかっている音楽室がある。昨日の理科の時間から誰も入室していないのに、位置が変わっている人骨模型とか。
 ああ、私、やっぱり校長が首つり自殺した小学校に赴任できない。小学校教諭の資格は持っていないから、勤務できないんだけどね。

本日のうらみ:日本全国、ここの土地には自殺者もいない事故にあって死んだ人もいない、なんてとこはないんですよね、、、やすらかに、校長先生


2003/03/13 木 晴れ
日常茶飯事典>手紙返信

 手紙の返事を書く。井詩子さんへの返信、原稿用紙にすると40枚という長編となった。要するに読者がいると思うと、私は書きたくてたまらないのだ。
 本の話、映画の話。元数学科教諭の井詩子さんへ、息子が数学ができなくて困っているという愚痴話。
 一日中、本を読んでいたい。一日中ワープロに向かってキーボード打っていたい。読むことと書くことだけして生活できたら、私の天国。読み書き、雑学、散歩とうたた寝。これが私の理想の生活。

 ワカは、地理の成績があまりにひどいので、教官室へ呼び出しをくらった。出したと言っていた夏休みレポートは結局だしてなかったんだって。「これからはちゃんと宿題出しなさいっていわれた」そりゃ言われるだろうな。

本日のひがみ:来信は、夫婦仲良く旅行のお知らせ。返信は、勉強嫌いの子を持つ愚痴


2003/03/14 金 晴れ 
ジャパニーズアンドロメダシアター>『ハリーポッター』

 朝から、日本語教授法を書く。ステップ10まで進んだ。

 夜、『ハリーポッター』を見た。吹き替え版。ワカは学校の英語の時間に英語版を見ている。40人のクラスメートの中で、英語の原作を読んだ者、静山社の翻訳を読んだ者、ロードショウ公開時に映画館でみたもの、ビデオでみたもの。社会現象にまでなったハリーポッターに、これまで全く関わってこないで、「学校で初めて見た」と、いうのは、ワカくらいだったみたい。うちは、全5話そろってビデオになってから、一気に続けて見ようという方針だった。

 ほうきに乗ってやるホッケーみたいなゲームがおもしろかった。少年成長物語ファンとして、第1話だけじゃ「階段下のものおきで寝起きさせられている孤児が、突然魔法使いの出自を知らされ学校で修行をはじめる」だけだから、境遇の変化のほかに成長したのかどうかはわからなかった。何か重要な成長の契機を見落としたのかな。

 ファンタジーコアファンの人には、『指輪物語』は原作も映画も評価できるけれど、なぜ『ハリー』がこれほど売れるのかわからない、と言う人が多い。私も指輪のほうがだんぜん好きだが、ハリーはハリーでいいんじゃないかな、というのが原作読まずにビデオみた印象。

本日のそねみ:魔法使いになるにも、出自は大切なのね、家柄も人柄もない我が家は、、、、


2003/03/15 土 曇りときどき雨 
日常茶飯事典>舅一周忌の伝統芸能

 11時まえに家を出るはずだったが、身支度をはじめてみると、あれがない、これが見つからないと大騒ぎ。「だから、昨日のうちに準備しておきなさいといったでしょ」と言いつつ、ばたばたと着替え。
 ヒメは、去年の春買った黒のスーツ。中のブラウスのボタンがぱっつんぱっつんで「勝手に服が小さくなった」状態だったが、上に上着を着てしまえば、たいして目立たない、ということにした。
 ワカのスーツはズボンのすそがつんつるてんになっている。あとでスソをおろすことにして、今日はつんつるてんのまま。「雨だから、スソがぬれなくていい」ということにした。「来年の卒業式にも着るんだから、背は伸びてもいいけれど、太ったら着る服がないよ。せっせとプールで泳ぎなさいよ。」と申し渡す。
 私の上着も、もちろんボタンがはまらないが、まあ、もともと太っていたんだから、仕方がない、ということにした。
 それで出かけようとすると、今度はヒメの黒い靴が見つからないと玄関でおおさわぎ。まったく準備の悪い一家だこと。

 舅の一周忌と納骨。読経の坊さんは、この前の戒名授与のときの人とはまた違う。いろんな僧がアルバイトで順番におつとめをしているらしい。何家の誰の法要かということも知らない。受付の人が、それくらいは坊さんに連絡していると思ったのだけれど、そういう連携もなく、受付は受付のアルバイト、読経坊主は読経のアルバイトらしい。

 ま、こちらも「ご用意されているお位牌やお写真を、どうぞ正面に」と言われても、夫も姑も「位牌も写真もありません」と言う。姑が「それでよし」としているんだから、私はなんでもよし。

 この前の、戒名授与のときのメンバーに、姑の甥、舅のいとこが加わっただけだから、お焼香もあっという間におわってしまった。法事に呼ぶべき舅の親戚たち、82歳の舅の死を「まだ若いのに先立ってしまって」と、嘆いたという舅の兄、姉たちだ。90歳を越えているので、田舎から東京へ出てくることもできない。「うちわだけで行います」という連絡だけして、東京にいる親戚だけの法事。

 今回は読経だけで、坊主の説教はなく、読経を「伝統芸能」として楽しんでいればよかったから、居眠りもしなかった。そのかわり、朝ご飯も食べずに出てきたので、おながかぐうぐう鳴った。

 実家の曹洞宗のお寺の読経とは、いろいろ違う。
 鎌倉時代、武士層や農民層に仏教がひろまったときに、武士や農民がもともとが持つ芸能の好みが、読経声明のメロディに影響しているのかどうか、知りたいと思った。浄土真宗、一向宗などが受容された地域に固有であった田楽とか、神楽歌とか、相互に影響しあっているんじゃないのかなあ。

 説教節や念仏踊りが、仏教から生まれた芸能であるということはよく知られているが、仏教の声明や念仏読経が芸能側から影響を受けて変化していく過程を、各宗派の読経メロディ、御詠歌の比較からできそうなものなのに。音楽学をやっている人で、そんな暇そうなテーマ、やっている人いるかな。
 と、仏教芸能史をネタに、あれこれ「下手の考え休むに似たり」をやっているうちに、本堂読経の部は終わり、納骨室にお骨を収めて焼香して全部終わり。
 姑と夫の「完全無宗教感覚」にあっている一周忌ができて、よろしかったんじゃないだろうか。形式は仏教だが、完全ビジネスライクなコンピュータ制御納骨堂と、アルバイト感覚の読経。

 仏教が「儲け主義、お布施稼ぎの堕落」などと批判を受けて久しいが、ここまで徹底して「お墓産業、葬式産業」としてビジネス化すれば、かえってスッキリする。経営母体は真宗のお寺。一応、宗教法人。

 一同、タクシーで移動。白山の五右衛門で、湯豆腐精進コース。炭火長火鉢がふたつなので、暑かった。突き出し、田楽、揚げ出し豆腐、ごま豆腐、あえもの。湯豆腐がメイン。茶飯とみそ汁。ヒメの感想、「豆腐精進コースのデザートは豆腐チーズケーキか、豆乳プリンかと期待したのに、みかんひとつだけでがっかり」

本日のつらみ:豆腐コースデザートには、豆乳プリンを!


2003/03/16 日 曇り
ジャパニーズアンドロメダシアター>『恋に落ちたシェークスピア』

 百円レンタルビデオ『恋におちたシェークスピア』を見た。
 アカデミー賞7部門獲得というコスプレ映画。私、基本的にコスチュームプレイ好きです。ストーリーがつまらなくても、衣服や装置を博物館感覚で見ていれば楽しめる。
 「ビバ演劇!いやぁ、芝居って、ほんとすばらしいですよね」みたいな。ストーリーはおまけ、って思うくらい、どうでもいいようなものだったが、この時代の町中や居酒屋の雰囲気は出ていて、よかった。
 でも、この衣裳や室内装飾とか、考証家からみたら、元禄時代に文化文政期の髪型だったりするって程度のものなんだろうか。それとも、これぞまじりけなしのチューダー朝ファッションだったのか。ま、私にはチューダー朝もスチュアート朝も、違いがわからないからよしとする。

 『ロミオとジュリエット』を執筆するときに、シェークスピアは、芝居好きの新興ブルジョアの娘ヴァイオラと恋をしていたという話。シェークスピアに恋している娘ヴァイオラは、ウェセックス卿夫人となるよう、親に結婚を決められ、シェークスピアとは「結ばれることのない恋」でした。(実在のシェークスピアは、年上金持ち未亡人だった恐妻に頭が上がらなかったらしいです)

 ヴァイオラはどうしても役者になりたくて、男装してロミオ役を演じる。当時の芝居のお約束で、少年が女装してジュリエットを演じる。歌舞伎の女形と宝塚の男役が共演するような倒錯ぐあい。
 フッフッフ甘いね。日本だったら幸四郎が女形で、松タカが宝塚男役で、アンドロギュヌスの染五郎がからまって3Pくらいやらないと倒錯にはならない。どうだ、シェークスピアよ。まいったか。

 話がずれた。シェークスピアである。
 この映画では肝心の本番前に、この少年女形は声変わりして女声が出なくなっちゃうのだけど、声変わりしても、っていうか、80歳すぎてもちゃんと女役ができる歌舞伎の勝ちだね。どうだ、シェークスピア、勝ったぞ。勝ってどうするってこともないが。
 でも、江戸時代女形の最高齢役者って何歳だったんだろう。私の印象では女形ってものは、化粧の鉛毒でみんな若死にするような気がしていたが。さらに話がずれた。戻るクリック。

 芝居小屋に、エリザベス1世が突然現れたりする。
 エリザベス一世の女優、晩年の大女王という感じが、よかった。幼い頃姉にいじめ抜かれて性格ひん曲がり、権力握ってからは周りに男を侍らせてあらゆるプレイを試みた結果、こんなすれっからしの出し殻ばばぁみたいな顔になったけど、実はまだまだベッド現役です、という雰囲気を出していて、いい味。
 女王が馬車に乗るとき、乗り口の前に水たまりがある。周りの男どもが一瞬の躊躇ののちマントを差し出すのを待たずに、「遅すぎる」といいながら乗り込む姿は、絶対君主とはかくあるべしという感じ。
 日本だって、テレビの中では黄門様は津々浦々旅するし、八代将軍は江戸の長屋や芝居小屋にも出入りしているから、エリザベス1世がシェークスピアの小屋に出入りしたいのなら、出入りを許す。

 でも、いくら美女が男装していたとしても、自分が恋こがれている娘が、髪を男のような短髪に変え、髭を蓄えたからといって、その顔を見て、自分の恋している娘だとまったく気づくことがないものなんだか。シェークスピアは「長い髪と髭のない鼻の下」に恋をしていたとでもいうのか。というのが、ツッコミどころでした。ヴァイオラの顔は適度に知的で、すてき。
 シェークスピア役の男優は、なんか品のない女たらしの顔をしている。居酒屋で殺されちゃうライバル劇作家の方が、傑作を書けそうな人だった。

 ヴァイオラと引き裂かれたシェークスピアのその後。ヴァイオラから創作のヒントを得て『十二夜』を書いた、ということになっている。
 ヴァイオラのその後。バージニア州の農園に投資して失敗したウェセックス卿を助けんとし、ヴァイオラの父親は、莫大な資金と共にヴァイオラをアメリカに送る。映画は、ヴァイオラが海岸を内地に向かって一人で進むというシーンで終わる。

 ヴァイオラは、新天地で彼女が望んでいたような生き方ができたのだろうか。ラストのイメージでは、「シェーン、カムバック」の声に送られて、アラン・ラッドが荒涼とした砂漠地帯に馬を進めていくのと同じような、死に向かって進んでいく絵柄だったのだ。

 ヴァイオラの男装している服の中に、ジョン・ウェブスターが鼠を突っ込むシーン。ヴァイオラは「きゃーキャー」と大騒ぎして鬘がとれ、男じゃないことがばれてしまう。あそこで鼠ごときでキャーキャーわめかずに、落ち着き払ってしっぽをつかんで、ジョンの口の中に鼠をねじ込んでやるくらいの気概があったなら、ラストシーンも変わってくるんだろうなあ。
 南部プランテーションで黒人奴隷を容赦なくこき使う女地主として、絶大な勢力をもち、エリザベス一世宮廷以上の豪華なサロンの主になって、芝居を上演させて晩年を過ごすというような。
 でも、鼠で逃げる女は、結局「新天地、天国みたいな海辺だが、そこは地獄の一丁目」に進んでいくような、せつないラストシーンにするしかないだろう。

 エリザベス朝イギリスが舞台でも、アメリカ映画なんだから、女が毅然として男に勝ってはいけないのだ。ジャンヌ・ダークも、最後ははかなく殺されなくてはならないのだし。
 やっぱり、江戸歌舞伎戦闘美少女より強いキャラはそうそう登場しない。またもや歌舞伎はシェークスピアに勝ち点3。

 ジョン・ウェブスターが「上昇志向持ち貧民層代表」のような役柄で狂言回しに使われている。横文字名前に弱い私は、このどぶ鼠をいたぶっておもちゃにしている小汚い坊主が、後に「ウェブスター辞典」を編纂したのかあ、と思って見ていた。

 ところが調べてみれば、辞典の方はノア・ウェブスターで、ジョン・ウェブスターとは、国も時代も違う人だった。思いこみが強いので「ウェブスター辞典はシェークスピア時代に編纂された」などと、学生に知ったかぶりで吹聴するところだった。
 ジョン・ウェブスター作『マルフィ男爵夫人』という戯曲を、円が上演したことがあるというのだが、私はまったく知らなかった。
 
 なんでもネットで確認できる時代になって、自分の無知蒙昧を日ごとに痛感することができ、ケンキョになれてよい傾向だ。

本日のそねみ:映画には出てこなかった、シェークスピア夫人。私も「資産持ち未亡人」になりたかったが、「金なし自由業の見捨てられ妻」である


2003/03/17 月 小雨ときどき曇り 
ジャパニーズアンドロメダシアター>『真夜中のカーボーイ』

 午後、真夜中のカーボーイをまた見てしまった。暇がないと言いつつ、テキスト書きはほうっておいて、テレビをつける。日本公開時にみたのは、70年か71年か忘れてしまったけれど、その後もテレビで何回か見ているのに。

 やっと、あこがれのマイアミに着いたのに、バスの中で死んでしまうダスティン・ホフマンの姿に、今回もしみじみしながら、わたしもマイアミにたどり着けないんだろうなあ、と思う。たぶん、「マイアミにはたどり着けない仲間」を確認するために、この映画をテレビでやるたびに見てしまうのだろう。

 私のばあい、めざしてせいぜいハワイのワイキキ、ハワイめざしてたどり着けるのは、せいぜい常磐ハワイアン。そんなところが関の山の人間であるのに、未だにマイアミへ行くんだ!と思いたいところが私の思いきりの悪いところ。

本日のひがみ:喫茶店マイアミでアメリカンでも飲んでいるのが関の山


2003/03/18 火 曇り
ジャパニーズアンドロメダシアター>『四月物語』

 土曜日に借りた『四月物語』を見た。ヒメが岩井俊二&松たかファンなので。

 松たか?木村拓哉を省略してキムタクと言えば2文字のショウエネだが、松たか子をマツタカと省略しても1文字減っただけなのに、それでも省略するのは、「私はこの子をよく知っているんですぅ」と主張したいためという。私にはそこらのファン心理はわからん。

 冒頭、幸四郎一家勢揃いで、東京に出る娘を見送る。しかるに、あの一家だったら、ほんとうは一家全員そろって引っ越しに参加するんじゃないかな、というイメージが先行するので、ワンシーン、エキストラでもいいから他人で一家をそろえた方がよかったと思う。

 幸四郎夫人、映画初出演おめでとう、これであなたも女優の仲間入りしていたのね。「高麗屋の女房」で作家になったのと、どちらが先だったのか。

本日のねたみ:はい、私は「染五郎とともに」を毎週欠かさず見ていた先代染五郎かくれファンでした。高麗屋女房うらやましいぞ


2003/03/19 水 晴れ 
アンドロメダM31接続詞>絶望書店

 午前中Aダンス。

 絶望書店にいきついてしまい、朝からずっとネット読書。小谷野もてない氏と絶望主人の「遊女の平均寿命」論争ではだんぜん絶望氏の勝ち。ここでももてない氏は無惨な姿をさらしてしまっている。
 絶望主人の「投げ込み寺過去帳からみた遊女の寿命」「新聞検索による少年犯罪」「ネット古本商売のファウンデーション」どれも感服。書き手の自己満足だけでなく、読み手に与えるものがある。
 それに対して、もてない氏は「歴史や文学について、書きたいことがあるなら、論文にして発表しろ。論文として認められないなら、何か言ったことにはならないのだ」と、わめいている。紀要論文だの学会発表だけが、学者にのしあがるためのステップである、という認識以外に考え方を知らない学者業界人。
 でも、小谷野って、まわりの人に学者として認めて貰えているんだろうか。肩書きが「東大非常勤講師」しかなくなって、「田中優子とか佐伯順子の悪口言ったために、就職口がだめになった」と嘆きを入れていた。おもしろい。

 ネットというものがあるからには、トンデモ学問を含めて、これからは「学問インフレーション」の時代。みんな、自分の学説を紀要だの学会だのという狭い業界内ではいずり回ることなく、どしどし学説発表したらいい。「学会誌にジャッジが必要」と同じコトしたいのなら、世界中の人がジャッジして、学説を評価してやればいい。最初はトンデモだけがはりきるだろうが。トンデモはおもしろいからいいや。
 一方、絶望書店の方は、肝が据わっている。「当店唯一新刊書の販売」をしている『文化ファシズム』は「この妄想を買え」という惹句つき。ほめ殺しコピーなのかと思ったら、ほんとうに妄想本なのだ。
 久本福子のサイト、妄想に充ち満ちていて、すごすぎ。「創価学会と朝日新聞と西武」にあやつられた柄谷行人と浅田彰は、久本の論文を盗用する、熊野大学の講習料は高すぎでボッタクる、という大悪人。
 もう、トンデモの世界観満開。久本の夫が経営していた葦書房はこの陰謀によって乗っ取られ、中上健二、李良枝はじめ、太地喜和子などは皆、陰謀によって不可解な早死にをとげたという。

 電波系サイトというのがたくさんあることを知ってはいたが、用もなかったので、読むことはなかった。が、はじめてこのような「主観のなかにのみ生きている人」の書いた物を読めて、おもしろかった。この奇妙な本を、自分のネット古書店のトップで売ることにした店主の気骨は伝わる。

 これを誤解して「変な本を売るへんな店主」と思う人もいるのではないかと心配だが。ネット読書をする人は、やたらに思いこみが強く、なんでも自分の思いこみにひきつけて、誤読が生き甲斐みたいな人がたくさんいるらしいとわかってきた。

 SFをバックボーンにしているサイコドクターと、文楽をため込んでいる絶望書店。絶望書店の過去日記を全読したので、サイコドクターの過去日記全読をはじめたが、長いのでなかなか終わらない。

 日記サイトは山のようにあるが、不特定多数を相手に文章を書く、という行為の「芸の差」は歴然としてある。この芸の差が「安定したおもしろみ」になる。別段、読者をおもしろがらせるために書いているのではなく、書きたいから書いているのだろうから、読みたい人だけ読めばいいのだけど。
 
  精神科医師サイコドクターは、「今から大精神科医として出世するのと、SF小説史に残る大傑作を書く才能をもらうのとどちらがいい?って、神様に聞かれたらどうする」と問われたら「SF」と答えそうな雰囲気がある。というか、文学演劇にシンパシィがある文章と、そうでない文章を比べたら、私の好みは明らかで、絶望書店の過去日記は全部読めたし、サイコドクターの過去日記も、もうすぐ読了する。

本日のそねみ:妄想世界に生きることのできる幸福


2003/03/20 木 曇り 
ニッポニアニッポン事情>開戦卒業式

 90年湾岸戦争開始の日、私は日本語学校のクラスで、留学生たちが「開戦までカウントダウン」をするのを聞いていた。

 今日のイラク攻撃開始、湾岸戦争以上に戦争はテレビの中にあり、私の生活はいつもの通りのぐうたらで、いつものとおりのしまりのない一日。小泉のしょうもない記者会見をテレビでみたくらいで、ミサイルも弾丸も、ただテレビのなかにある。テレビと新聞がなければ、いつもの一日。

 でもね。この日記は一応22世紀まで子々孫々がつながって、我が子孫たちが読者となるという前提で書いている。もしかしてこの日が「だれかがボタン押しちゃった。あ〜あ、押してみたかったのね」という日の始まりになるのか、と思うと、絶望というわけで、今日も絶望書店の黒薔薇と日記を読んで終わり。

 ベランダから世間を眺むれば、本日も日本は平和なり。団地中学校卒業生が胸に造花つけ、手に卒業証書の紙筒もって中央広場で記念写真のとりあいっこ。団地とその周辺のご近所仲間に別れをつげ、これから君たちは偏差値で振り分けられたコーコーに行くのね。

 ワカの中学校卒業式。校長の告示はさっさと終わってよかったのに、学長代理の祝辞がやたらに長くて空疎。
 在校生席では、ミニ軍事評論家やら、ミニ国際関係評論家やらが、各自空爆作戦論評を展開し、おしゃべりタイムができてよかったとか。

 「先輩、高校へ行っても、僕たちのこと忘れないでください」とか言って、泣いてみようか、という在校生イベントは、結局だれもやらなかったというが、そりゃまあ全員進学の中高一貫校の中学卒業式で泣けるやつはえらい。

本日のうらみ:イラクの民は爆撃に泣く
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