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話しことばの通い路  ニッポニアニッポン七味日記
妬みそねみひがみ、恨みつらみに負け惜しみ、悩み半分、ふみ読み半分日記

七味日記2003年3月上旬七味日記総目次

 2003/2月上旬  2003/2中旬  2003/2月下旬

 2003/3 上旬  2003/3 中旬  2003/3 下旬
 
 2003/4 上旬   2003/4 中旬   2003/4 下旬
 

七味日記2003年3月上旬目次

2003/03/01 日常茶飯事典 おやこ喧嘩
2003/03/02 日常茶飯事典 グットラック反抗期
2003/03/03 ニッポニア教師日誌 講師会議
2003/03/04 日常茶飯事典 灰色心模様と「○○色の童話集」
2003/03/05 ジャパニーズアンドロメダシアター 『中国の小さなお針子』
2003/03/06 ジャパニーズアンドロメダシアター 『ウラノハタケニイマス』
2003/03/07 日常茶飯事典 試験が終わればボーリング
2003/03/08 ジャパニーズアンドロメダシアター 舞踏家大野一雄
2003/03/09 アンドロメダM31接続詞 サイコドクターあばれ旅
2003/03/10 トキの本棚 『キャラクター小説の書き方』

七味日記総目次  フリースペースちえのわ

七味日記2003年3月上旬

2003/03/01 土 曇り午後雨
日常茶飯事典>おやこ喧嘩

 3月4日から期末試験が始まる。中学生になって、家では5分も自宅学習をしようとしないワカ。
 小学校のときも、確かに家では1分も自宅学習をしなかった。でも、それでも皆についていけた。今は、皆においついていくのは至難の業だ。

 ワカが入学試験に合格したときはうれしかったけれど、数学オリンピックメダリストとか、コンピュータプログラミングコンクール優勝者とかに囲まれて、どれだけワカがしんどいか、母は心配でたまらない。ワカは、のほほんとゲーム三昧したい子なのに、クラスみんなが天才秀才。落ちこぼれるのも、みんなでこぼれりゃこわくはないが、たった一人でこぼれっぱなし。

 中2の3学期期末前になっても、まだ勉強しようとしない態度に、ハハの小言攻撃激化。ワカ、ふてくされる。事態は、母子姉弟喧嘩に拡大。
 勉強しようとしない中学生の息子に、母が「勉強しなさい」と小言攻撃、というのは、中学生を持つたいていの母親がやっていること。母の小言に反発反抗するのも、中学生として、あたりまえ。そんな典型的なおやこ喧嘩の顛末。

 9時ころ起きてきたワカ、トーストを食べ終わると、母の攻撃をかわして、歴史教科書を読みはじめた。ちょうど1時間やったところで、ワカは「これで勉強ノルマは果たした」と感じて、ブランチ休憩。11時半にヒメが起きてきた。スパゲッティをゆで、インスタントのたらこソースやツナマヨソースをまぜるだけのブランチ。

 食べ終わると、ヒメはワカに「勉強すると約束したんだから、食べ終わったら勉強しなさいよ」とワカを軽くたたいた。ワカは自分はもうノルマ分の勉強したつもりだったから、ヒメをはたき返した。それでヒメが怒って強くまた叩き返して、よくある姉弟げんかの展開。
 しかし、これまで、口げんかのほかは、ほとんど喧嘩らしい喧嘩はしたことがない二人だったので、たたき合いになった時点で、私が間に入ってとめた。「たたくのはやめて」
 ヒメは怒って泣く。 ヒメにしてみれば、ワカを勉強させようと思って忠告しているのに、お母さんはワカの味方ばかりしているという気持ちだろう。身支度をすると、雨の中出ていった。ひとまわり買い物をするのか、夫の事務所に行くのか、あいちゃんの家に行くのか、どれかだと思ったから、行き先も聞かなかった。

 ワカはしばらくふてくされて地理のプリントを見ていたが、私はもう、勉強についてはワカの判断にまかせようと思ったので、何も言わず、ベッドで本を読んでいた。そのうちワカも怒り出し、ふとんにもぐってしまった。「勉強しろと、うるさいくせに、ちゃんとやっていると無視する」と、思ったのだろう。

 ヒメも、ワカもどうしてこう難しいのだろう。
 昨日、テレビのアニメで「あたしンち」を見ていたら、ヒメは「うちのお母さんとよく似ているね」と、笑う。確かに私はドジばかりしているが、キャラクターはゆずみかんの母とはかなり違う。私はネクラだもの。
 つまり、それはヒメの「うちのお母さんも、ゆずママみたいなあっけらかんとして、どっしりして、おっちょこちょいの明るいお母さんだったらいいのになあ」という願望が言わせた言葉だと思った。私はいつも心配の種を拾って歩くような、根っから心配性の人間だ。楽観主義者になりたいのに、杞の国の人間である。

 毎日ネクラに「どうして、子育てはこんなに難しいんだろう」と、嘆くばかりなのだ。
 8時すぎても何の連絡もないので、夫の事務所に電話をすると「事務所に来ていたけれど、今は映画を見に行っているのでいない。映画が終わるのは8時半ころ」と夫が言う。

 ワカは8時すぎに1回起きてきた。「サラダのきゅうりを薄切りにして」と、頼む。しぶしぶキュウリを切っていて、終わったら、食べずに寝てしまった。夜9時すぎ、ヒメが帰ってきて起こしても、起きてこないですねていた。

 ヒメは映画『セレンディピティ』を見てきたという。「面白かった」と、ごきげん。黙って出ていったのを心配して損した。

本日のひがみ:「あたしンち」のように笑っていたい


2003/03/02 日 晴れ
日常茶飯事典>グットラック反抗期

 ワカ、朝からまだ「スネ夫」継続。起きてきて牛乳を一杯飲んだと思うと、またごろりと横になり、口もきかずにすねている。ごはんも食べない。
 私は弱気の母親だから、たちまち意気消沈。反抗期の息子に対処できない。夕方、ヒメが起きてくるまで、ずっとワカのスネ夫反抗と私のシオシオさめざめが続く。

 ヒメが不登校のはじまり頃、何も食べない日が続いたことを思出すと、また、ワカも「学校生活に耐えられない」「食べられない」「不登校」という道をたどるのかと心配になる。

 ヒメにとっては、「1年半、中学校に行かなくても、なんとかなったじゃない」という1年半だったかもしれないが、私には永遠に続くかと思われる、苦しいつらい1年半だった。単位制高校に合格し、なんとか通学していけそうだと納得するまで、不安と苦悩のどん底にいた。

 ヒメの不登校の原因、「生徒会会長として頑張っていたのに、生徒会を生徒管理の手先と思っている生徒指導教師と対立してしまった。教師からのイジメに耐えられなくなり、学校へ行けなくなった」と、いうことを、ヒメが私にうち明けたのは、高校2年の夏になってからのことだった。

 ヒメは「教師のイジメが原因っていう本当のことを最初にいったら、どうなったと思う。お母さんは絶対に、教育委員会に持ち込んだり、新聞に投書しようとしたり、裁判するって大騒ぎすると思ったから、教師が原因ということは言いたくなかった。こうして、高校にも行っているし、もう、本当のこと聞いても、裁判するって思わないでしょ」と、ほとぼりがさめてからうち明ける結果になったことを説明した。

 実際、もし不登校中にこの話を聞いたら、私は学校に乗り込み、逆上のあまり、娘をいじめた教師をナイフで刺すくらいのことはしたかもしれない。娘のほうが冷静であった。「もし、本当の原因を話していたら、お母さんが騒ぎまくって、高校進学どころじゃなかった」と、ヒメ。

 しかし、ヒメがうち明けるまで、ずっと私は、小児科の医者から言われた「お母さんが子育てしながら大学院に通うとか、子どもを実家に預けて単身赴任するとか、がんばりすぎていることが思春期の娘には負担になるんですよ」という言葉をまともに受けて、自分を責め続けていた。

 なにしろ悲観主義者で、なにごとも悪い方へ悪い方へと考え、不安スパイラルに落ち込むのだ。理屈では「だいじょうぶ、学校へ行かないでも子供は成長していくし、それなりにつかみ取るものがあるんだから」と思う。
 何でも活字で納得する方だから、奥地圭子さんの本も斎藤学さん、渡辺位さんの本も山のように読んだ。だから、頭では「不登校は不登校として経験である」「不登校だからこそ可能な子どもの成長がある」と言える。

 けれど、もう一度あの1年半を繰り返せと言うなら、はっきりと「私にはもう1度でよくわかったから、ほかの方、ご経験になってください」と、この貴重な人生経験のチャンスをお譲りしよう。
 東京シューレでは、兄弟姉妹で不登校はよくあることだったが、我が家の場合、フリースクールに通うのさえいやだというからなあ。東京シューレ親の会に、せっせと通ったのは私だけ。娘は1度もシューレに足を運ばなかった。

 ヒメが不登校になった頃、「私一人でふたりの子を育てている。誰にも相談できないし、誰にも助けて貰えない」という思いの圧力が、自分の心を押しつぶしていた。この圧力がヒメにも向かい、ヒメもその圧力がいやだったのだとは思う。
 実際には、姉にも妹スモモにも助けてもらってきたのだが、私には「たった一人で」という意識が抜けなかった。
 今もそう。私が愚痴を笑ってしゃべりあう友達を作れず、ひきこもりになる性格であることが一番のネックなのかもしれない。

 ヒメは学校がなければ、昼夜逆転生活に戻る。不登校のときから「朝、寝て、夜起きる夜行性が本来の私。学校なんてもんに合わせて、自分の生活スタイルをねじ曲げることはない。夜行性の動物に昼間起きていろといったら、死んじゃうよ」と、いう。

 今日も、夕方起きてくると、「そんな14歳の反抗期少年ほっておきな!」と、夜行性活動開始。
 「でも、朝から何も食べないんだもん、お母さん心配で」「そんなもの,おなかがすけば、一人でカップ麺でも何でも食べるでしょ。だいたい反抗したいんだったら、親が買った物なんか食べずに、自分で稼いだこずかい出して、コンビニでもどこでも行って買ってくればいいんだから」と、威勢がいい。
 「自慢することでもないけれど、ヒイちゃんが14歳のときは、こずかい有り金全部と20万くらい貯まっていた貯金通帳と全部持って家を出たんだからね。これでしばらくは一人で生活していけるって、計画たてて家を出たんだから」と、自慢する。
 「それに、お母さんは私が14歳のときは、もっとガンガン怒っていて、バトルしたじゃないの。どうしてワカにはもっと怒らないの。差別だ差別だ」という。

 ヒメのときは小児科の医者にも、スクールカウンセラーにも「反抗する子供をガンガン怒ったりする、そういう母親の態度が悪い」と責められて、「それじゃ、黙って見ているだけにしたほうがいいのか」と思うと、「母親が黙って見ているだけだから、子供は見放されていると感じてしまう」と言われていたよその親もいた。
 まあ、どのような態度をとろうと、結局「母親が悪い」といわれてしまうことが、東京シューレの親の会でわかった。どっちにしろ悪いのなら、怒るのは疲れるから、もうやらない。怒るエネルギーはもう尽きた。

 「ヒイちゃんが中学生のとき、お母さんに黙ってフィールドオブビューのコンサートにいったことがあったでしょ。あのとき、お母さん、がみがみ怒ったね。ヒイちゃんが黙っていなくなって、どこいっちゃったか分からないから、朝からずっと心配したんだから」と思い出す。
 不登校のはじめころ、学校休んでいるのに、私に言わずに、夫にだけうち明けて、ファンクラブに入っているグループのコンサートに行ったのだった。

 帰ってきたとき、ぎゃんぎゃんと怒鳴り散らした。黙って出て行ったこと以上に、夫には話していたことに腹をたてたのだ。普段は子育てにまったく関わらない父親には言えるのに、なぜ毎日世話をしている母親に言わないのか、それこそ差別だ、差別だ。

 ヒメは「うちは家出をしても、お父さんの事務所に逃げ場があるから、いいよね」と、すましている。親と対立したときに、祖父母の家とか、知り合いの家とか、逃げ場を持てる子供はラッキー。
 我が家の場合、夫は「遠縁のおじさん」のような役割。夫としては、父親の役割を果たすより、ときどきものわかりの良さそうな顔をして子供を受け入れてやる方が楽だろうが、擬似母子家庭の母親として二人の子供を育てた私は、「ふだん、父親らしいことをしないで、父親面するな」と思ってしまう。たぶん父親面しているのではなく、「遠縁のおじさん面」をしているのだろう。
 私だって子育ての苦労はなしに「いい顔」だけして、子供に慕われる遠縁のオバサンになれたら楽ちんだよう。

 「今、ワカが反抗期なのはわかるけど、反抗するならお母さんに反抗しないで、男の子なんだからお父さんにすればいいのに。」と、ヒメに言うと、「いつもいない人に反抗したって仕方がないじゃない」ま、確かにそうである。

 夕食をいっしょに食べるよう、ヒメがワカを説得してもまだ、すねたまま。しかたがないから、ほっておいて、ヒメにフィレカツと揚げ餃子の夕食を出す。私は食べる気もしないので「ちょうどいいからダイエットする」と食べないでいた。

 ヒメは自分の「反抗心得」を語る。
ヒメ、「高校生中学生がプチ家出とか言って、2・3日友達と遊び回って、親に銀行振り込みさせて金をもらったりするけど、気がしれない」
私、「お金を送ってくれないなら、カツアゲ万引きするとか、援助交際するって言って、親を脅すらしいよ。親は子供が警察のやっかいになるよりましだと思って、お金振り込んじゃうんじゃないの」
ヒメ、「だいたい、親の金で生活しているうちは親の方針に従え。親の言うことを聞きたくないなら、二度と戻らない覚悟で家を出て、自活しろってんだ。お母さんも、ちょっと子供がすねたからって、そうやってメソメソぐずぐずサメザメしてないの」と、とても偉そうな「反抗期評論家」である。
 「お母さんは子供が元気で、おいしいと言ってごはんをいっぱい食べて、いっしょにテレビ見て笑っていられればそれで、十分なのに、なんでいつもさめざめしていなくちゃならないんだろう」嘆きの母。

 ヒメは、「だいたいお母さんは、本人がしたいことなら仕事はなんでもいいといいながら、ワカがガテン系になったらいやなんだから」と、批判する。それは違う。ガテン系がきらいなんじゃない。好きでもないことを、いやいややることが嫌いなんだ。
 大工が好きなら大工、鳶が好きならとびでいい。ただし、「家を建てたり寺を建てたりすることに誇りを持っている大工」とか、「とびの仕事が好きでたまらないとび」になって欲しい。そういうところが「エリート主義」?なのかもしれない。

 「子供のころから、お前は頭で生きていくしかないんだから、と言われて育ってしまって、美貌もなし、愛想もなし、勉強でもするしか生き方がなかったんだもの、仕方がないでしょう。エリートめざしてエリートになり損ねたから、屈折しちゃったの」と、自己分析。
 なんの雑誌やら新聞で読んだんだか、「三流の優等生」という言葉を見つけて笑えた。私は自分のことを優等生と思わなかったが、三流のという形容をするなら、確かに私も「三流の優等生」だったなあ。一流になれない自分を自覚できる程度の能力は持つ三流の優等生。

 『グッドラック』が始まったら、ワカがふとんから出てきた。ヒメが「見るの?」と、聞くと、うなずいて、テレビを見始めた。「食べられそうなもの何?フォーなら食べられそう?」と聞くと、「食べる」という。
 ヒメが「食べるなら自分で作って食べなさいよ」と言うと、ワカは自分で作って食べた。「見てたら、私もフォー食べたくなったから作ろう。お母さんもさめざめしてないで、食べなさいよ」と、ヒメがいうので、私も、ヒメのフォーを少し分けて一口食べた。ワカが食べ始めたので、私もメソメソさめざめは、とりあえず、中断。

 フォーをひとくち食べたら、フィレカツも食べられそうな気がしてきたが、せっかくダイエットできそうなので、やめておいた。いつもダイエットしなくちゃ、といいながら食欲に勝てないのに、子供に反抗されて食べる気もなくなった、っていうチャンスは大事にしましょう。これで500グラム減?

 『グッドラック』は、いつも通りの展開。ドラマが始まったとたんに、ラストシーンまでのストーリーが推測できて、とりたてて波瀾万丈もない。
 たぶん「自分の思ったとおりにストーリーが展開するのが心地よいドラマ」という、水戸黄門的存在なのかもしれない。

 ワカのためには「グッドラック」なドラマ。どうして突然グッドラックでスネ夫を中止したのか、わかんないけれど、ワカは、フォーを食べながら、笑ってテレビを見ていた。とりあえず、今日はこれでいいかと、寝てしまう。

本日の、負け惜しみ:フィレカツ分のダイエット成功


2003/03/03 月 くもり午後雨 春一番突風
ニッポニア教師日誌>講師会議

 コース修了式は1時半から、会議は2時からだったが、ワカのために早めに家を出た。うるさい母親がいないほうがいいと思って。
 
 11時30分に駅の北口で、美容室の割引クーポンを配っていた。「1時半までに到着しなければならないんだけど、間に合うならカットとヘアダイをお願いしたい。間に合わないなら別の時間にくるから」というと、自信たっぷりに「間に合わせますから」と言う。太めのおばさんにカットとヘアダイをしてもらう。
 電気のおかまをかぶると、染料が頭皮にしみてぴりぴりした。とても我慢できなかったので、電気を止めてもらう。全部終わったのは1時15分前だった。「間に合わせます」と約束した予定時間より長くかかったのは、電気を止めたせいらしい。

 電車を降りたのは1時10分すぎ。電話を入れて「出がけに用事ができて、間に合わないから、修了式欠席。会議だけ出る」と連絡。
 2時から講師連絡会議。4時半まで。

 帰りに、ヒメのリクエストのポテトパイを買う。しかし、ワカは夕食のビントロ丼も半分残し、パイも食べなかった。

本日のつらみ:白髪は染めたが、心は灰色


2003/03/04 火 晴れ 
日常茶飯事典>灰色心模様と「○○色の童話集」

 ワカ「歴史は昨日ちょっとやったから、まあ、何とかなるでしょう。代数はやってもわからないから、やらなくてもおなじ。代数は2学期末に限りなく最下位に近かったから、3学期末にさらに落ちてもたいした差はないでしょう」と、代数を完全放棄の期末予報をして出かけていった。
 朝ご飯は卵豆腐のみ。でも、2科目だけだから、おなかが空いた頃帰宅できる。同学年120人中、代数最下位でも死にはしないから大丈夫。

 12時半ごろワカ帰宅。私もスーパーで買い物をして帰ってきたところだから、まだお昼ご飯を作ってなかった。
 昨日残したポテトパイを食べながら、「歴史はそこそこ。記述問題には半分くらいしか書かなかったけど、それでも点はくれるでしょ。代数は、計算違いがなく、書いたのが全部あっていたとして75点というところ。ってことは、他の人はみんな全部書けていて、またまた平均点90点とかいうところだろうな」それでも、まったく手も足もでないという状態ではなかったからか、食欲はもどった。
 そして「今からやっても、あしたの古典英語技術は、どうせ間に合わないでしょう」といいながら寝てしまう。私も疲れるから、もう「勉強しろ」は言いたくもない。

 気分はまだまだグレイ系。そう簡単に、晴れ晴れ空色とか、ぽかぽか春色、というわけにはいかない。

 こどものころ読んだ「ラング世界童話集 ○○いろの童話集」について。訳者のひとりが川端康成であることがわかった。小学校低学年のときの感受性の2割くらいはこの童話集で作られたと思うので、川端の名をみつけて、感慨しきり。
 川端の小説はあまり好きではなかったのに、この作家の文体によって育ったのだと思うと、不思議。世の中すべてご縁ですなあ。

本日のひがみ:若草色、空色、バラ色、あかね色、ラングを読んでいた頃は、世界が希望の色いっぱい


2003/03/05 水 曇り
ジャパニーズアンドロメダシアター>『中国の小さなお針子』

 午前中Aダンス。
 午後、私はひとりで渋谷へ。家にいると、勉強しようとしないワカにいらいらして、また暗い一日になりそうだから、前から見たかった『中国の小さなお針子』を見ることにした。

 行きがけに大盛堂の文庫店で津島佑子『快楽の本棚』と、『織田信長全合戦』を買う。
 「信長全合戦」は、ゲーム「信長の野望」に夢中のワカを、少しでも歴史記述へ向かわせたいという、切なる親ばかの買い物。ゲーム三国志にはまっている人が全員中国史に向かうわけでも、FFにはまっている人がみんなファンタジーノベル読者になることもない、とわかってはいるが。

 開演10分前にブンカムラの映画館に着いたら、150席くらいがほぼ売り切れで、私は142番だった。なぜ満席かというと、今日は映画サービスの日で、1800円の入場料が1000円だったから。
 前から3列目の席だが、それほど見づらくなかった。一番いやなのは、前に上背のある人が座って、頭が字幕を隠すとき。今回は、前の人が大きくなかったので、よかった。身長150p、日頃は高い棚のものを取ろうとするときに不便を感じるくらいですむが、映画館では影響大。

 中国の話だが、フランス制作なので、タイトルロールなどはフランス語だった。あとでパンフを見たら、原作脚本監督のダイ・シージエは、フランス在住の中国人作家。フランスでは原作が40万部のヒット。フランス語原題は『バルザックと小さなお針子』

 あらすじ。文化大革命中の71年。知識青年農村下放再教育をうけることになった19歳のマー(両親は文学者)とルオ(父親は歯科医)。過酷な村の労働に従事しながら、村の仕立て屋の孫娘、「小さなお針子」という呼び名の娘に、バルザックやフローベルの小説を読み聞かせることで、重労働やいつ帰れるとも分からない将来の不安に耐える。
 お針子の祖父は文学を知ることで孫娘がしだいに変化していくことに不安を感じる。実は仕立屋の祖父も「水滸伝」などの小説を好み、「違う世界を知る喜び」がわかる人なのだ。わかるから孫娘の変化が不安になる。

 ルオと恋仲になったお針子はバルザックの小説を知ることによって自意識に目覚める。ルオの子をみごもるが、25歳前の女性には結婚が許されない。
 妊娠を知ったら祖父はルオを殺しかねない。中絶せざるを得ないお針子を助けるために、マーは町の産科医をたずねて、非合法の中絶を頼む。産科医が自分も罪に問われるかもしれない手術をしてやる気になったのは、マーが服の裏に書き留めたジャン・クリストフのことばを読んだから。訳者がマーの父親だとわかったからだ。
 産科医が「名訳だ。文体でマーの文だとわかる」という言葉を聞き、マーは泣き出してしまう。私はこの場面が一番好き。この「文体」がマーにとって「父の存在」であり、文化であり、自分を育てた環境への思いの凝縮なのだ。文体の力。

 そして、言葉の力はお針子を変える。中絶によって「自分が今までと違う人間に生まれ変わったような」思いを経験したお針子。中絶という過酷な身体経験によって自意識を裏打ちされ、お針子は村を出ていく。自分で自分の人生の運をためすと。
 ルオもマーもその決意を止めることはできない。もし止めたりしたら、自分たちがここから出ていけるかもしれないという望みも、否定することになるだろう。お針子をこの村に縛り付けることは、だれにもできないのだ。

 27年後、村はダム建設で水底に沈む。中国トップクラスの歯科医となったルオと、フランスでバイオリニストとして活躍するマーは上海で再会し、お針子とすごした日々を回想する。マーは82年にお針子が深釧に居るという話を聞いて探したが、香港へ行ったらしい、といううわさだけしかわからなかった。

 学校に行く機会がなかった少女が、都会にたった一人で出ていって、どんな人生をたどったか。彼女が幸福に暮らしたという描写がないということは、悲惨な末路をたどったことを暗示するのだろう。
 それでも、彼女が「自分の人生を自分で決定した」ということに、この映画の最大の輝きがある。たぶん、未熟な決定だったのかもしれない。もう少し待って、もう少し学んでから出ていったなら、違う人生もあったろう。18歳の彼女が7年待てば、結婚が許される25歳になり、マーと結婚するチャンスを得たかもしれない。でも、その青春の7年を彼女は自分の決断で自分のものにしたのだから、だれも何も反対はできない。その7年間は彼女のものだし、それから先の人生も。

 タイトルロールがフランス語だったので、残念。漢字バージョンも作って欲しかった。
2002年カンヌ映画祭ある視点オープニング作品。『村の郵便配達』は、見ようかどうしようか迷っていたが、息子役はマーを演じたリュウ・イェだというので、それじゃ、見に行こうかという気になった。

 ことばの力を再確認することができる映画のひとつ。

 映画が終わって、ブンカムラ通りを駅に向かい、ブックファーストに入る。いつも大盛堂にいってしまうので、ブックファーストに初めて入った。大型書店が渋谷に開店したというニュースは以前に見たのだが、駅からは大盛堂のほうが近いので。

 何を買う予定もなかったが、店員の質はどうかと思い、児童書コーナーに行って「正確なタイトル忘れたんですけれど、ラングの童話集ありますか。なんとか色の童話集っていうんですけれど」とたずねると、すぐ「こちらです」と案内してくれた。
 これなら、買う気になるね。本屋の店員が、作家名も書名も何も知らずに、どこにどの本がおいてあるのか、まるでわかってない本屋で買うのはいやだ。大盛堂より、広さがあるので、この次はこちらで本を探そうという気になる。スケールメリット。

 池袋は、西武リブロは各フロアが別々なので、一冊だけ目的の本をさがすにはいいが、ぶらぶら探すにはむかない。それでジュンク堂の方へ行ってしまう。散歩コースとしての本屋は、1,いすにすわれる、2,広い。3,店員が本を知っている、この3点はゆずれない。

 ラングの「〜色の童話集」シリーズ、ぱらぱらと各巻の目次を立ち読み。
 四十数年前に読んだ本の目次を読んで、タイトルから内容を思い出すかと期待したのに、全然思い出さない。あれぇ?という感じ。あんなに夢中になって全巻読んだのに。
 アンデルセンは、タイトル見ただけで全部内容を思い出せる。家に本があって、繰り返し読んだからか。ラングは図書館の本だったから、繰り返し家で読むことはなかった。それでも、ひとつくらいはタイトルみたらパッと物語がよみがえってくるってものが、あるかと思ったのに。

 ラングとアンデルセンによって、10歳ころの私は自分の住むせまい地域だけでなく、「世界」という広大な場所があることを知った。自分が暮らしているのとは違う生活の仕方があり、文化があると知ったのだ。そこへ行ってみたいという「テラ・インゴグニダ」へのあこがれを育てたというのに。
 目次をながめるだけでなく、中味を読めば思い出すかと思ったが、それには立ち読みじゃなくてちゃんと読まねば、と本を棚に戻す。
 テラ・インコグニダへ。私はケニアに行くときも、中国に行くときも、自分で決定することができた。

 お針子は、バルザックを知ることで、広い世界に出ていきたくなった。自分で自分の行き先を決めた。彼女の人生にとって、その後にどんな過酷な人生が待ちかまえていようと、あのとき、彼女には自分で決定することが大事だったのだ。

本日のそねみ:活字の広大な世界をまえにして、自分の世界の広がりを信じられる若い心


2003/03/06 木 曇りのち雨 
ジャパニーズアンドロメダシアター>『ウラノハタケニイマス』

 夕方、雨が降り出す中、西荻窪へ。西荻WENZスタジオで、Fuらっぷ斜公演『ウラノハタケニイマス−−春と修羅をめぐる散歩』を見た。7時半開演9時まで。
 ジャズダンス仲間の息子、ミラクルが出演している。ミラクルママの隣に坐ってみていたが、途中で眠った。

 これはなかなかないことだ。私は根っからの貧乏性だから、注文したラーメンがどれほどまずくても、これで腹を下すという心配がない限り、たいていの場合全部食べるし、たとえ無料招待券で入場した映画演劇がさっぱりおもしろくなくても、最後まで見る。まずいラーメンでも作った人の労力への敬意として残しては悪いと思うし、つまらない映画でも、作った人はそれなりの努力をして作ったのだろうと思うからだ。

 それが、自腹で入場料払って演劇を見に行って、出演者の母親が右隣に座っているのだから、礼儀としてもちゃんと彼の演技だけでも見なくちゃ、と思って意識したのに、どうにも眠気を誘われ、退屈で眠ってしまった。最前列で見ているのだから、出演者の意欲をそいでしまったとしたら、悪いことをした。
 私の左隣の女性は、あくびを繰り返していたが寝てはいないらしい。彼女の「ファー」というあくびの息の漏れる音連続と、私の居眠り姿。ごめんね。ちゃんと見ることができなくて。

 パンフの制作ごあいさつ。『春と修羅』からイメージされる感覚を再現した、と出ている。『春と修羅』は好きな詩集だし、自分の受け取った印象と違う詩の受け取り方があっても、また面白いだろうと見る気になったのだが、まったく感応することがなく、よほど相性が悪かったらしい。

 これなら、ただ『春と修羅』を、棒読みでもいいから朗読してくれた方が、よかった。なんだか「独りよがりの前衛的現代音楽」を聞いているのと同じような気分。わからん。「役者の即興による演劇」というので、一回ごとに違う舞台になるらしいが、もう一度見る気力なし。

 西荻駅前で、ミラクルママと11時くらいまでおしゃべり。
 ミラクルが今回出演するについて、舞台制作費分担として5万円を主催者に払った。その金もママが出したというので、う〜ん、ちょっとなあ。息子の才能を信じる気持ちは、母親の生き甲斐だろう。しかし、演劇やり続けたいなら、食う住むはまだ親の世話になるとして、演劇に関わる費用くらいは、ミラクル自分で稼げよなあ、と私は思ってしまう。

 働き者の母に似ないで、経済力のまったくなかった実父に似てしまった息子を、愛し続け支え続けるミラクルママに乾杯!と、いっても、ビールを一人で飲んだのは私。ママは食事とコーヒーだけ。

 ミラクル実父は、離婚した当初は毎月養育費25万円振り込んできたのだという。夫の働きのなさ、経済観念の欠如、借金がどんどん増える一方なのに耐えられず離婚したミラクルママ。夫が養育費も借金によって振り込んでいることがわかり、借金するなら振り込まなくてもいいと言ったら、まったく送金は途絶えてしまい、一人で働きながら息子ふたりを育て上げた。えらい!

 現在はボーイフレンドと仲良く落語を楽しみ、いっしょに旅行し、楽しそう。現在が幸福なんだから、ちょっとは愚痴の聞き役になってもらってもいいだろうと、私も「うちの息子にとって、父親像が希薄なので、男の子としてちょっと心配」とか、「息子がちっとも勉強しないで困る」とか、余計な愚痴まで話す。

本日のひがみ:ミラクルママは超美人


2003/03/07 金 雨 
日常茶飯事典>試験が終わればボーリング

 ワカ、期末最終日。今の読解力、資料探索力があれば、学びたいことが見つかれば、自分で学ぶ方法を探すことはできるだろう、という楽観論にすがるしかない。

 クラスメートと「期末終了記念ボーリング大会」をしてきた。池袋で天丼を食べ、「3学期終了、中2クラスまもなく解散記念、中2最後の友情ボーリング大会」なんだって。
 遊ぶ友達がいることはうれしいが、友達は天才秀才たち。皆塾へも行き、家庭教師もいて、一日に1時間2時間は勉強しているのだ。1日に5分も自宅学習をしていないワカは、「試験が終わって解放された」と、遊ぶ必要がないくらい、ふだん解放されっぱなしではないか。とはいえ、とにかく試験が終わって私もほっとした。

 今の中学校を退学するなら、中国でもハワイでも留学するとか、山村留学して山仕事を手伝いながら通学するとか、新聞販売店に住み込んで働くとか、生き方暮らし方はいろいろあるよ、とワカに勧めてはみるが、そんな積極的な生き方を選べるようなら、心配はしない。ワカが学校をやめた場合、何もしたくなくて家にひきこもり、昼夜逆転でゲーム三昧、という姿が目に浮かぶ。

 ひきこもりはひきこもりで生き方であり、人間存在のしかたである。と、頭で理解しても、実際、家の中に図体だけでかくなっていく息子が青白い顔無精ひげで、パンツをとりかえる気力もなく、夜中にカップラーメンをすすり、と想像していくと、なんでもいいから、とにかく一人で食って生きていける生活力は身につけて欲しいと思ってしまう。

 そういう「生活力」だの「たくましく」だのという価値観が、ひきこもりを差別することになる、って言われるんだろうが、そうは言ってもね。

本日のつらみ:ボーリング、ガーターばかりの我が人生



2003/03/08 土 曇り
ジャパニーズアンドロメダシアター>舞踏家大野一雄

 午後、ビデオにとっておいた「大野一雄 生涯舞踏家」を見た。土方巽と並ぶ舞踏のカリスマ大野一雄。

 2年前に舞台で転倒してから、脳梗塞、アルツハイマーを罹患、車いす生活に。痴呆もすすむ。若いときから父と共に踊ってきて、父の生活も舞踏もすべて理解してきた息子慶人は「日ごとに子供に返っていく」と言う。

 子供に戻るにつれ、生まれ故郷への望郷がつのる。「函館に帰りたい」という願いをかなえるため、たぶん最後の故郷行きになるであろろう函館公演が企画される。公演といっても、果たして大野が舞台でおどれるかどうかわからないままの企画だ。

 2003年2月2日に妹の弾く三味線と共演し、アンコールの拍手を受ける姿がハイライト。踊るといっても、車いすに坐り右手をひらひらさせたり、握った手をぱっと開いたりする動きを繰り返すだけなのだが、そこに生涯を舞踏につぎ込んだ存在感が凝縮され、圧倒的。崇高ででさえあった。

 バレエ、モダンダンス、コンテンポラリー、ジャズ、ロック、ストリートダンス、民族舞踊、およそ舞踊は何でも好きだった私が、唯一感応しなかったのが舞踏である。市川雅さんの研究会に出入りしていた頃は、招待券をもらっていくつかの舞踏公演を見に行ったが、どうにも舞踏とは相性が悪かった。

 テレビ画面の中で手をひらひらさせている大野一雄は、ほんとうにその手のひらひらが生命そのものだよと表現しているような、すばらしい表現力を示しているのだ。それは96歳という年齢が獲得したものかもしれないし、アルツハイマーによる痴呆症状の進行という病歴が与えた奇蹟なのかもしれない。

 先日「徹子の部屋」でみた、100歳の銀座バー経営者、有馬秀子。頭脳明晰、端然とした美しさを保つマダム。100歳のバーマダムもいいと思ったが、大野の96歳、体は脳梗塞で動かず、頭は痴呆症で働かず、それでも踊る姿、こちらもすごい。

 私はまだ秀子、大野の半分の年齢。あと半世紀はがんばってみようと言う気になる。

本日のねたみ:大野、秀子の若さ


2003/03/09 日 晴れ 
アンドロメダM31接続詞>サイコドクターあばれ旅

 朝からネットサーフィン。駒込近辺に在住または職場があると思える精神科医の『サイコドクターあばれ旅』というサイトを見つけて、一日中読んでいた。

 SF小説の書評と、日常雑記と、精神科領域の事項解説が主なコンテンツ。なぜここへ行ったかというと、「物集高見」を検索したら、Googleの何番目かのところに「女性推理小説家大倉燿子の本名は物集芳子、物集高見の妹」ということを記述した読冊日記というのがあり、トップページは「サイコドクターあばれ旅」だった。

 こういう、なぜ、ここへたどり着いたのかわからないというご縁は大切だよなあと、勝手に縁をつけて、やるべきことをしないでだらだらと読んでいく。読む方はだらだらでも、中味はとても面白かった。けっこう笑えるところがあったし。

 期末試験をなんとか終えたワカは、2時から6時まで4時間ゲームを続けた。昨日の午後、新しいソフトを買いに行ったのだ。勉強は5分で集中力がとぎれるが、ゲームは10時間続けてもいいのだと。
 昨日、ヒメとワカは「休日恒例、ゲーム屋古本屋めぐり」に出かけた。ゲームソフト屋を何店かめぐり、古本屋で攻略本をさがす。最後に図書館でCDを借りて、ひとめぐりが終わる。
 ワカが買ったのは、『信長の野望』『太閤立志伝』。いったいいくつのバージョンがあるのやら。ゲームの中の地方の小さな土豪の兵力まできっちり把握する力があるなら、元素記号くらい覚えたらどうか、と言いたいが、言わない。また、喧嘩になる。

 ワカ、「歴史の試験が、戦国安土桃山時代限定だったら満点なのに」とのたまう。昔、くらげん、ひつじたちも「入試問題がFFだったら、どこでも入れるのになあ」と言っていたっけ。ゲームがこれだけ社会に浸透しても、未だに「入試問題がドラクエ、FF、ポケモンの三科目」というところはない。そりゃそうだね。
 試験科目が「ゲームトリビア」だけならよかったね、っていったら、ワカ、「ぼくの学校、ゲームの裏の裏まで知り尽くしているヤツ、ゴロゴロいるから、僕、どうせ最下位」

本日のうらみ:ああ、サイカイ、サイですカイ

2003/03/10 月 晴れ
トキの本棚>『キャラクター小説の書き方』

 大塚英志の『キャラクター小説の書き方』を立ち読みして、帯やあとがきに、この本がこれまでの「小説の書き方」のたぐいと、どれほど違って画期的か、なんてぶちあげてあるので、おおいに期待して買ってしまった。

 種本は『ハリウッド脚本術』である、とうち明けてあるのは正直でよろしいが、最後の方になると「とにかくたくさん先行作品を読め」という結論におちついたので、「いたいけな青少年に780円も出させて、小中学校の国語教師が耳タコで言っている言葉をくりかえして終わりはないよなあ」という気になった。ま、いたいけな青少年はこんなハウツーは買わないからいいか。

 この本の読者層はコバルト文学新人賞でもねらう中学生高校生かと思ったが、実際の購入層は、オタク理解に苦しむオバハンだけかも。ゲームとゲームノベライズしか読まない息子が、何考えて期末試験に5分間も勉強しないでいるのか理解できないと悩むオバハンその他。

 久美沙織の『ドラクエ』ノベライズも全部読んだことがないけれど、久美の文体はパラパラと拾い読みした限りでは、子供に読ませて大丈夫と思える文章だった。しかし、他のゲームノベライズはページをところどころ拾い読みしただけで、あんまりな文体なのでげんなりし、もっと文章力つけてから小説書けよなあという気分だけが残る。

 大塚のハウツーを読んで、ちゃんとノベライズが書ける作家が出ることを期待しよう。

本日のつらみ:「たくさん読め」なら、私でも書ける

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 2003/3上旬   2003/3中旬   2003/3下旬
 
 2003/4上旬   2003/4中旬   2003/4下旬
 

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