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話しことばの通い路  ニッポニアニッポン七味日記
妬みそねみひがみ、恨みつらみに負け惜しみ、悩み半分、ふみ読み半分日記

 七味日記2003年8月中旬
 

  七味日記総目次

2003/7上旬   2003/7中旬   2003/7下旬

2003/8上旬
   2003/8中旬  2003/8下旬 

2003/9上旬   2003/9中旬   2003/9下旬 


七味日記2003年8月中旬目次

2003/08/11 ジャパニーズアンドロメダシアター 『誘拐』
2003/08/12 ジャパニーズアンドロメダシアター 『戦場のピアニスト』
2003/08/13 アンドロメダM31接続詞 千夜千冊
2003/08/14 日常茶飯事典 お盆帰省
2003/08/15 ニッポニアニッポン事情 2チャン鶴余波
2003/08/16 日常茶飯事典 山東省出征記録画集
2003/08/17 アンドロメダM31接続詞 風野春樹という本名
2003/08/18 ことばの知恵の輪 ハーレクイン
2003/08/19 トキの本棚 『猫とみれんと』
2003/08/20 日常茶飯事典 フラジャイル正剛

七味日記2003年8月中旬

2003/08/11 月 晴れ 
ジャパニーズアンドロメダシアター>『誘拐』 (ネタバレ主犯の名記入)

  夜、テレビ放映の『誘拐』を見た。内容を全然知らなかったが、永瀬キョンキョン夫刑事が「いつ三億円バッグがすりかわったのか」と疑問に思ったのと同時に、渡哲也が主犯と気づいた。ポイントは「生きていれば26歳になっている息子の写真」。ゴミ公害事件が26年前に起きたというのとつながったら、すぐに主犯がわかった。ヒメとワカは「渡哲也主犯説」に「うそっ、まさかそんな!」
  で〜も、やっぱり渡哲也が犯人でした。だけど、目撃証人や喫茶店経営老夫婦までが共犯とは気づかなかった。推理ものの「犯人を自分で割り出す楽しみ。最後まで作者にだまされる楽しみ」両方が味わえて、なかなか楽しめた映画でした。

  三人でドラマや映画放映を見るときには、ギャグにつっこみを入れたり、ラスト予想をしたりしてワイワイと見るのを常とする。
  ヒメが映画館で映画を見るのが嫌いなのは「途中でおしゃべりしたくても、しゃべれないで、じっと黙って見ていなくちゃならないから」
  推理ものの謎解きも「絶対、こいつが犯人」とか「トリックはこう」という推理を話し合いながら「探偵学園Q」「名探偵コナン」「金田一少年の事件簿」などの漫画を読み、テレビアニメを見るのがヒメとワカの「観賞法」。
 わかった時点で「犯人はおまえだ」とテレビ画面に向かって指さすのが我が家の流儀。

 被害者側弁護士が、はめられて弁護士資格を剥奪されたとか、偽証した男に再証言を求めたら、その男は三日後に「交通事故」で死んでしまった、などのエピソードは「絶対に現実にこういうことが起きている」という程度にはヒメ、ワカも「現実社会」を理解できる年頃になった。『誘拐』には悪役として企業側しか出てこなかったが、現実社会では政治家法律家が絡んでくるだろうとも。

 水俣病の存在が世に出てから勝訴まで長い時間がかかったことも、この映画の背景にあるだろう。手塚治虫の『キリヒト賛歌』も思い出す。

本日のつみ:公害を出す企業

2003/08/12 火 雨のち曇り 
ジャパニーズアンドロメダシアター『戦場のピアニスト』

  三人で『戦場のピアニスト』を見た。

  ユダヤ人の悲劇は、繰り返し映画化されてきた。この映画の中でも、ワルシャワの町が壊滅し、町中のユダヤ人家族がみな収容所へ送られてしまう。
 ユダヤ人ゲットーで飢えて死んだ人、地下組織を組んでゲリラ戦を行って死んだ人、強制収容所への「二度と戻れぬ旅の列車」に押し込められる人

 そんな中、生き延びたピアニストは本当に運がよかった。ユダヤ人を匿えば自分にも死の危険があるとわかっていても、彼を助け、かくまおうとする人間がたくさんいた、という事実。ピアノの音に心を動かされ、敵のドイツ将校さえ、彼をかくまったという事実。人間性と音楽へのオマージュ。

  ロマン・ポランスキーの画面。廃墟になったワルシャワの町をシュピルマンが歩くシーン。戦火によってダメージを受けた町とわかっているが、廃墟好きにはたまらない「美しい」画面なのだ。私のような「廃墟写真集」があると必ず眺めてしまう「廃墟美」観賞家にとって、これはまた、廃墟映像の傑作といえるものが残ったな、という感じ。
  ポランスキーは、自分自身の体験とシュピルマンの自伝を合わせてこの映画をとったというのだが、まあ、それは本当なんだろう。しかし、この廃墟の映像をとりたいがために、廃墟となったワルシャワが出せる話を選んだんじゃないか、ってゲスのかんぐりをしたくなるくらい、ポランスキー美学が伝わった。
  バブルはじけて経営難で放棄されたホテルなんていうチンケな廃墟でも、廃墟となるとそれなりの趣が出てくる。それが、戦火による廃墟なれば、死屍累々ががれきの下にあることが幻視され、廃墟度完璧。

  人はこのようなカタストロフィを必要とする。江戸の華のひとつである「火事」。燃えさかる炎の美しさ、木と紙でできた家が完全に燃え尽きた焼け跡のくろぐろとした空虚。これを江戸市民は見物した。
  今の世で「神戸地震の跡地を見物しよう」とか「北海道台風被害をながめるツアー」なんてのを企画したら、非難囂々になるだろう。本音ではみんな見たいからテレビワイドショウが垂れ流す映像に見入るのに、実際のツアーをするとなると、「被害者の気持ちをうんぬん」の建前があって、だれもやろうとはしない。
  うれしそうに、台風後増水した川を流れていく家をながめていたのは、ちびまる子と友蔵じいちゃんのみである。

本日のひがみ:私がひけるのはバイエルまで


8月13日 水 晴れ 957
アンドロメダM31接続詞>千夜千冊

  『千夜千冊』の8月8日付け『鬼の日本史』の中に「午頭天王」と表記されていたので、「ごずてんのう」のことだったら、午ではなく牛、「牛頭天王」ですよ、というメールを編集部あてにおくった。編集部から「誤植をなおした」という返事が来た。きちんとした応対とことばづかい。

  8月8日の門前小僧のときに応対した新人君が「ものすごく気をつかって、きちっとお茶を用意しています」という風だったのと同じく、社内教育が徹底していると思った。社員のお茶の出し方ひとつ、ことばづかいひとつで「その会社の内容がわかる」と、何かのビジネス本に書いてあったのをみたことがあるが、なるほど、社員をみれば会社がわかる、というのはこういうことかと思う。
 これまで、一般の会社と何の縁もなく、まずまずの応対をしていたのは、『地球の歩き方校正紙』を届けに行ったD社の受け付けくらいしか知らない。
  それにしても、私がこれまで出かけた先というのが、このような応対ひとつできないような場所ばかり。自分の周辺の程度を知る。まあ、私に相応の周辺だったのだと思うが。

  二十数年前『アルジェリアノート マグレブ・ノバ』という本の帯に「南アフリカの記録うんぬん」というコピーがついていたので、「アルジェリアやマグレブ地方なら、南じゃなくて北アフリカじゃないですか」と編集部に電話を入れたことがあった。腰巻きのキャッチコピーとしてはおそまつだし、北アフリカで起きた地震のため、瓦礫の下敷きになって亡くなった著者に失礼だ。しかし電話に出たおっさんは「いやあ、アフリカといえば、南の方の暑い国と思ったので、ハハハ」という程度の応対だった。

 マグレブ地方が北アフリカか南アフリカか、というのは大きな差だが、ごずてんのうが「午頭」か「牛頭」か、というのは、見のがしても『鬼の日本史』書評内容読解には差し支えないようなことだ。なんだか、重箱のすみをつっつく小姑のような気がしないでもなかったが、編集部がどういう対応をとるのか、という興味でメールをおくったのだった。編集工学研究所は、きちんとした会社である。

  片づけをはじめようと一瞬は思ったが、松岡正剛『編集工学』を読む。おもしろい。『遊』誌上で、門下生を募集し、応募書類がわんさか来た中から300人を選び、さらに60名を木曜塾日曜塾門下生にして、1979年4月から無料講座として松岡が1年間講義をしたのだということを、今知った。なんで、なんで、募集があったときにまったく気がつかなかったのだろう。まあ、応募したとしても書類選考で落とされていたと思うが、このときの松岡の講義を聴くことができたらよかったのになあ。1979年4月から、私はスワヒリ語講座に通い、79年と80年はケニアにいた。20数年ずいぶん遠回りして編集工学研究所にたどり着いたんだなあ。台風の中、たどり着いたが、遅すぎた。私の脳はごちゃごちゃのままで錆つき固まってしまっている。

本日のかみ:千夜千冊の紙に神やどる


2003/08/14 木 雨 
日常茶飯事典>お盆帰省

  坂下のアパートに泊る。「自宅に盆棚をつくるのはめんどうくさいから」と、自宅からアパートへ移動している両親と姉の位牌にお線香。たしかに、母にとっては、この坂下の家が自分の家だったのだし、姉にとっても結婚後に何回か引っ越した家より、子ども時代をすごしたこの地に両親といっしょに帰るというのは納得。出窓を盆棚がわりにして、写真と位牌、お花、お供え。
  「お寺に盆迎えに行ったんだけど、盆提灯を持っていくの忘れたから、たばこに火をつけて、ママ、この火に入っておいでって、迎えてきた」と、蜜柑の弁。お線香立てに、たばこがささっている。最期は肺ガン併発の母にしてこの娘あり。

  蜜柑の子どもたち4人、相変わらずにぎやか。かわいいけれど、うるさい。5歳の末っ子ジュジュはますますパワーアップ。ミニチュアダックスフントの2匹、うるさい。かわいいけれど、うざい。

  伯母が入所しているグループホームへ。自宅に残してあった写真を伯母に渡すと、自分が持っていたアルバムなのに「あらぁ、こんなにちゃんと写真をまとめてくれてありがと。まあ、こんな昔のも。なつかしい」と、初めて見るような顔で見ている。今朝のことは忘れるが、昔のことは覚えているのだから、写真があれば、当分昔の思い出にひたれるだろう。

  伯母を連れ「やすらぎの湯」に入る。温泉につかり、休憩所でお茶を飲む。「ねぇ、おまんじゅうを食べようよ」と伯母がいうので、買ってくる。ホームではきまったおやつの時間のほかに買い食いをすることはできない。しかし、もう88歳になっていろんなことを忘れていく人に対して、健康に悪いから甘いものばかり食べてはだめ、なんて禁じることもない。ホームの職員には、老人の健康を管理するという職務があるが、私たちはたまに会うだけなので、伯母を甘やかす。
  私とスモモは「おまんじゅうが好きなら、好きなだけ食べればいい。夕食があまり食べられなくなって栄養が片寄ったとしても、好きなもの食べられるだけ食べて残り少ない余生を過ごしたほうが、食事管理して長生きするより幸福じゃないか」と、話す。健康管理するホームの人から見たら、迷惑なことかもしれない。
  近くのそばやで夕食。伯母と私はてんぷらそば。伯母はおまんじゅうを食べたあとでも、おそばも全部食べる。

  スモモは毎月ホームへ顔を出し、服を買ってやったり、誕生日に花やプレゼントを届けたりしているが、いくたびに「まあ、なつかしい。何年ぶりで会うんでしょう」と言われるのだと。今日はついに「おまえ、名前なんだったっけ」と聞かれていた。
  自分のアルバムを眺めて、あんなに贔屓にしていた「露子」「ゆきみ」の写真を見ても「どこの人?」と聞く。私のこともしだいに忘れていくのだろう。
  ただ、最愛の柿実さんが早死にしたことも、普段は忘れているようなので、その点はよかった。アルバムを見て、「今日は、柿実は来ないんだねえ」と伯母が言うから、「柿実さんは去年死んじゃったでしょ」と、話すと「そうだねえ、なんで死んじゃったんでしょ」と、思い出す。思い出すが悲しみに浸る前に忘れる。一昨年のきんこおじさんの死は比較的覚えているのに、去年の柿実さんの死は、もはや霞がかかった状態で受け止めたから、衝撃が少なくてすんだのだろう。

  NPO設立講座に通って、痴呆老人問題にも詳しくなっているスモモ、「年寄りにとって、自分がだんだん物事を忘れていくという現実はとても怖い、不安な出来事なんだから、その不安をしずめるように接してやらなければならないと教わったけど、目の前で惚けたことをしでかされると、腹が立つんだよね」
  現実にぼけ老人を抱えている人は、毎日たいへんだろう。たまに会うだけだから、やさしくしてやれるのだ。

本日なやみ:いつか私も「私はだれ?」

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2003/08/15 金 雨 
ニッポニアニッポン事情>2チャン鶴余波

  2チャンネルの折り鶴は、60万羽に達する見込みとか。
  くらげん日記に気になる記述。「今日は、いろいろ平和とか戦争について考えた」とあるので、日頃はそんなこと考えたこともない2チャンネラーの若者何人かが、8月15日について意識する結果になったのなら、折り鶴オフ会も意味があったとは思う。しかし「靖国神社にでも行ってみようとおもったのだけど、雨がふったから行かなかった」と、ある。雨じゃなかったら、靖国へ行ったのかも知れない。

  ヒロシマで鶴に慰められる霊があるとしたら、その人たちの中には靖国への参拝を喜ばない人も混じっているかも知れないとは、つゆほども思わない、靖国も原爆ドームも全部いっしょくたに「なんか、戦争で死んだ人に関係するとこ」としか思わない人たちが確実にいる。

  「2チャンネルを利用しよう」と企む利口者が現れないことだけを願う。2チャンネルのウェブ上での先駆的役割はすでに終わっている、という評価もあるが、現実に影響力を持ち得ることは、今回の折り鶴で証明されたように思う。2チャンネルで煽られれば、「平和のために参戦しよう!武器をとれ、戦おう」という呼びかけに応じる者がでないとは限らない。触法未成年の顔写真をさらすことや覗くことを喜ぶ人もいれば、煽りにのる人だって確実にいる。

本日のたみ:無辜のたみも戦犯もヤスクニで同居


2003/08/16 土 雨 
日常茶飯事典>山東省出征記録画集

  ワカは文化祭の練習で午前中、学校。待ち合わせをして、姑訪問。
  仏壇を買ったというので、お線香を立てに来たのだが、姑は案の定「お寺にお迎えなんかに行ってないのよ、でも、同じでしょ」と、気にしていない。盆迎えも盆送りも、生きている人の心を平安のためにする行事だから、姑が「いつもいっしょにいるから、わざわざ迎えに行くことなんかないのよ」と思っているのなら、それが一番だ。

  二階で、舅が描いた「山東省出征記録画集」のアルバムを見た。戦争中に中国でスケッチしたものを元に再画し、色鉛筆彩色したもの。個人の記録だから、資料的な価値はないかも知れないが、姑には保存をすすめる。画集出版が一番いいのだろうが、姑はしきりに「おじいちゃんの入院で蓄えを全部使ってしまったから、お金残っていないのよ」という。
  免疫療法という健康保険のきかない治療を続けたからだ。入院しているホスピスから、免疫治療を受ける病院まで、タクシーでの往復、一回の治療代が何十万とかかる。それを半年以上続けたのだ。ホスピスに入るとすぐに亡くなる人が多い中、半年も余命を延ばせたのは、治療のおかげと姑は満足している。
 「ヒメの学資保険にと積み立てていた分も全部治療費に回してしまったから、入学祝い金は出せない」と、去年言われていたから、もうお金がないことはわかっていたが。

  姑の気持ちに「できる限りの治療はした」という満足感があり、心残りなく舅を送り出せたのだから、お金が残らなかったことを云々することはできないし、出版しましょうとは提案できない。家のかたづけと事務所のパソコンの接続がすんだら、とりあえず、ウェブで保存公開をするつもり。

  嫁の立場から言うと、治癒の見込みがない病気に高い免疫療法を続けてお金を使い切るより、姑の老後のために余裕を残しておくほうが、舅は安心して旅立てたのではないかと思う。でも、舅が免疫療法を続けている間、私は姉のホスピス転院の方にかかりきりで、姑になにひとつしてやっていないのだから、何も言えない。

  「テレビで『大地の子』再放送してたから、見たの。トキさん、よく写っていたわね」と、姑。
  『大地の子』の最初の放映では、満州墓参団シーンがカットされていた。「エキストラで出演しているっていうから、ずっと見てたけど、どこに出てたの?」と、あちこちから言われた。中国から帰ったあと「『大地の子』にエキストラ出演したから、ぜったいにドラマ見逃さないで」と、大宣伝したのに、うつらなかったのだ。
  しかし、拡大版放映のときは墓参りシーンがあり、ビデオ録画して、めでたく「ほんとに出演したんだってば」という証明ができた。
  姑はビデオを持たない人なので、今回やっと、墓参りシーンを見た。仲代達矢の後ろに立てばカメラワークに入ると計算して、涙ふくハンカチの脇からカメラ目線でレンズ位置を確かめている笑えるシーンを見たのだ。満州に倒れ伏した人々を思って泣くシーンなのに、「あのカメラ目線は笑える」と、親せき中の評判をとったエキストラ演技。

  主役脇役でもなく端役チョイ役ですらなく、ワンシーン、ワンカットのエキストラで、しかもカメラ目線というのが、「私の存在モード」を象徴しているので、気に入っているシーンだ。

  姑は「詩吟とお習字と童謡を歌う会に入ったから、毎日忙しくて」という。78歳にして生まれて初めての一人暮らしを楽しんでいるらしい。一人暮らしで元気でいられるうちは心配ない。声を出すのは健康に一番。

本日のつらみ:仲代達矢にサインもらいそこねた


2003/08/17 日 雨 
アンドロメダM31接続詞>風野春樹という本名

  雨続き。で、一日片づけもせず、ウェブサーフィンでぐだぐだとすごす。

  「喜多哲士ぼやいたるねん」のリンクぺージに、「サイコドクターあばれ旅・風野春樹」は本名だと書いてあったので、びっくり。絶対にペンネームウェブネームだと思っていた。SF批評家の名前ならありだけど、精神科医の名前としたら「うそっ」と思う心理は、これいかに。ただし「本名」というのもネタかもしれないが。
  SFセミナー世話人の風野満美が奥さんと思うから、やっぱり本名なんだろうな。

  ぐるぐる回っていると、何から飛んでも「ことばリンク」と「SFリンク」に出てしまう。自分の興味がせまいことがわかる。青木みやが更新復活していた。ぜんぜん見たことも会ったこともない人なのに、更新にほっとするのも「ネット心理学」でありましょう。青木みやは、SFにまったく関係ないドクター西村の頁から飛んでいった人なのに、SFセミナーの人だった。

  私がSFを夢中になって読んだのなんて、ふた昔以上も昔のこと。60年代70年代のSFしか知らなくて、近年のSF小説の進化ぶりもまったくわからない。それでもSF小説が好きっていう人の日記は面白く読める。ぐるぐる回って「ヘビメタビジュアル系が好き」とか、「死体写真コレクター」とかいう人の日記にたどりついたとしても、読み続けることができない。私という人間の感性感覚はきわめて幅狭いもんなんだろうな。

本日のひがみ:精神科医にして、SFにぴったりの本名、うらやましいぞ


2003/8/18 月 曇りのち雨 
ことばの知恵の輪>ハーレクイン

  夕方雨の中を買い物に。自分の買い物なら雨の中わざわざ出かけはしないが、うさぎタイムのトイレシートが一枚もなくなったので。商店街でトイレシートと干し草を買う。ヒメがホームセンターで買った干し草は割安だったが、タイムのお好みにあわず食べ残す。こんな草にも味のよしあしがあるんだ。ベジタリアンはベジタリアンなりに、なかなかグルメなのだとわかり、あと2キロも安物が残っているけれど、高い方の干し草を買うことに。飼い主の倹約生活もうさぎ様には関係ない。

  タイムの種類ハーレクインとは、フランス語でいうとアルルカン。顔の半分を黒く半分を白く塗っておどけていた道化師に由来する種名とか。フランス語のアルルカンは、絵画のタイトルで見ていたから知っていたが、アルルカンとハーレクインは同じことばってことを初めて知った。へぇ×20。
  ハーレクインシリーズを読んだことがなかったので、今までハーレクインのハーレは、ハーレー彗星とかハーレーダビットソンのハーレーと同じで、クインは、女王さまのことかと思っていた。ラブストーリーにひたって、ハレばれし、女王様気分になるのかと。以上、うさぎサイトで見つけた、トリビアでした。

  うさぎサイト画像の純血ハーレクイン種ブラックジャパニーズ色は、本当に顔の半分が黒、半分が茶色。背中の黒と茶色はきれいな縞模様。このブラックジャパニーズというのは、「うるしの黒色」ってことだろう。ハーレクインはオランダでブリーディングされた種だというが、黒い色といえば、ジャパンすなわち漆の色だったのだ。

 我が家のタイムは顔半分が黒、半分は黒茶まじり。背中は黒と茶のまだら。大きさも純血ハーレクインの半分。たぶん、ミニうさぎが混ざっているのだろう。まあ、純血ならば公園に捨てられることもなかった。とりあえず、人様にペット自慢するときは「自慢じゃないが、れっきとしたハーレクイン種の、なんだかよくわからない混じり方の雑種!」自慢になっていないが。

  タイムは、我が家に来て、ハーレ女王ではなく、はればれキングとして君臨している。先代うさぎアスカの反応から感じる家庭内序列は「ヒメ、母、アスカ、ワカ」だったが、雄のタイムは「タイム、ヒメ、ワカ、母」と思っている様子。いいんです私、最下位でも。

本日のひがみ:人間様は「無農薬天日乾燥魚沼郡こしひかり」じゃなく、「生協無洗米」を食べている


2003/8/19 火 曇り 
トキの本棚>『猫とみれんと』

  午後、事務所に行く。夫が「パソコンをとりあえずワープロとして使う」というので、一太郎をインストールする。
 
  文鳥堂で飯間浩明『不思議な日本語、遊ぶ日本語』購入。
   『不思議な〜』は、先月新刊が出たときに本屋で見かけて、どうしようかなって手に取った。日本語というタイトルがついていれば一応見る。タイトルが平凡なのと、目次の感じから「ありがち日本語うんちく」と思って買うのをやめた。でも、ネットサーフィンでyeemar's homepageに出て、面白かったので、買う気になった。

  本屋はしご、芳林堂で寒川猫持『猫とみれんと』を買う。
  猫持も、単行本が出たときにさんざん迷ったが「文庫になってから買う」と決めたもの。本を目方で買っている私にとって、歌集というのは、コストパフォーマンスが贅沢すぎる。
  三十一文字の一字一句、行間も味わえとか言われても、1頁に2首しか配列してなければ、300頁の本でも、文字数は1800。ページの白さがもったいなくて、歌集は文庫か古本でなければ買えない。猫持、やっと文庫になったので買えた。

  単行本出版時の評判通り、面白い。笑えた。歌集で笑えるというのは確かに貴重である。これが短歌か?という評もあるだろうが、31文字コピーが短歌昇格したサラダ以後、何でもありだ。しかるに、文庫になってまだ、1頁2首だと、ページの余白がもったいない気がしてしまう。
 ちなみに、『サラダ記念日文庫版』は1頁3首、啄木歌集は8首、茂吉歌集は20首。1文字いくらで換算する私は、短歌批評家にはなれないでありましょう。

  さて、猫持の文庫186頁と187頁の4首はこんな歌
  「すうどんはネギにカマボコ二切れに七味無料で三十五円」「すうどんに揚げが入ればキツネなりこれは一杯四十五円」「かけそばに揚げが入ればタヌキなりこれも同じく四十五円」「昼下がり自転車で来る紙芝居つんと鼻つく酢こんぶ5円」
  文庫一冊530円見開き2ページあたり5円なり。たった5円で、昭和30年代大阪のうどんや酢こんぶ、味もにおいも130円分味わえるなんて、超お買い得。とはいうものの、うどんすすって酢こんぶかみしめながら、いつもの3倍ゆっくり読んでも30分で終わってしまった。

  関西では、キツネにいれる油揚げもタヌキに入れる揚げ玉も、両方とも揚げというのか。紙芝居のおまけは酢こんぶだったのか、など思いめぐらすうちに、50年前がよみがえる。

  お稲荷さんの境内で見た紙芝居のおまけは水飴だった。必ず割り箸の先につけた水飴を練りながらおっさんの話を聞き、最後に一番白っぽく練り上げた子におまけが与えられた。3,4歳の私は一度もおまけをもらえたことがなく、二本目の水飴を得意そうにくわえる小学生がとてもうらやましかった。
  お稲荷さんの隣の家から坂下の家に引っ越した5歳以後、紙芝居を見た記憶がない。
  姉が幼稚園に通うようになって、紙芝居自転車が巡回する場所まで連れて行ってくれる人がいなくなったからなのか、自分で絵本を読めるようになってからは部屋で本を読むほうがおもしろくなったからなのか。

本日のねたみ:もう一本のおまけ水飴ほしかった

2003/8/20 水 曇り 
日常茶飯事典:フラジャイル読書

 午前中、Aダンスィング、レッスン。
 図書館で正岡正剛の本を借りる。フラジャイルほか、高くて買えない本ばかりなので予約しておいたのだ。午後、グダグダ借りてきた本をながめて一日終わり。

本日のおもみ:『フラジャイル』、寝っ転がって読むには重すぎ、腕がつかれた
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