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ニッポニアニッポン七味日記
妬みそねみひがみ、恨みつらみに負け惜しみ、悩み半分、ふみ読み半分日記![]()
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七味日記総目次
2003/4 上旬 2003/4 中旬 2003/4 下旬
2003/5 上旬 2003/5 中旬 2003/5 下旬
2003/6 上旬 2003/6 中旬 2003/6 下旬
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七味日記2003年5月下旬目次
2003/05/21 トキの本棚 マチョイネ『ことばの課外授業』 2003/05/22 ニッポニア教師日誌 残業三昧雑感 2003/05/23 ニッポニア教師日誌 ふるいメガネを落としました 2003/05/24 日常茶飯事典 風呂場でめがね発見 2003/05/25 日常茶飯事典 薔薇園と老体会議 2003/05/26 日常茶飯事典 駅前中華と接客サービスマニュアル 2003/05/27 日常茶飯事典 アンチダイエット裁縫 2003/05/28 トキの本棚 『樋口一葉に聞く』とDV 2003/05/29 トキの本棚 『主婦ですみません』 2003/05/30 ニッポニア教師日記 コースデザイン 2003/05/31 日常茶飯事典 伝統工芸展
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七味日記2003年5月下旬
2003/05/21 水 晴れ
トキの本棚>マチョイネ『ことばの課外授業』
午前中Aダンスィング。いつものようにシャワーを浴びて、午後の仕事に向かって気分一新のはずが、めがねが見つからない。
ときどきメガネをかけていることを忘れて、かけたまま顔を洗ってしまうことも。何でも忘れてしまうのだ。せまい2DKの中、心当たりは全部さがしたが、出てこない。
古いメガネをかけて、午後、教授法2コマ。
めがねと自分の目、四つの目「マチョイネ」というあだ名をケニアでもらった西江雅之『ことばの課外授業』読了。課外授業というタイトルだが、学部言語学概論や大学院の授業で聞いた話が、そのままうまくまとめられている。なつかしく面白く読んだ。
ただし、西江さんの授業はソマリアをひとりで縦断した話とか、横っ飛び雑談のほうが面白いので、脇道雑談の楽しさが再現されていないのは残念。
もう、定年かなあ。リタイアしても世界中を飛びまわるのだろう。ユニークな先生のユニークな息子アラン君がどんなふうに成人したのかも見てみたい。
本日のひがみ:徳永、千野、西江、すごい先生方に教わったのに、卒業と同時に返済した言語学
2003/05/22 木 曇り
ニッポニア教師日誌>残業三昧雑感
日本事情、作文2コマ。
日本事情授業では、中国内蒙古出身のバドが「日中交流史発表、中国からの将棋伝来と中日将棋比較」を発表し、なかなか面白かった。
しかし、中国象棋ができる学生はリューさん一人、日本将棋はゼロ。羽生が名人位を奪還したことはもちろん知らず、羽生の名前を知っている人はゼロだった。今年も留学生クラスは皆まじめでいい学生たち。
ワカが旅行中だから、夕ご飯の心配をする必要がなく、授業後ゆっくり教材準備をした。教材準備といっても、日本史の問題集語彙集のコピーと作文テキストのコピー。4冊の作文テキストがどれも帯に短したすきに流しなので今のクラスのレベルに合わせて抜き出し、組み合わせてコピーする、という作業なのだが、たかが、コピーといえども、切ったりはったりしながら時間はとてもかかる。
いつもはあわただしく翌週の分だけやるのだが、今日は時間があるから、数週分まとめて流れを考えてコピーをまとめられた。たかがコピーではあるが、時間があるとないとでは、作業能率が違う。
日頃残業を自由にやれる男たちは、こんな風に余裕をもって仕事ができるのか、といまさら気づく。
いつもは帰りの電車の中で、献立を考え冷蔵庫にあるものを思い浮かべ、スーパーで買う物を考え、料理手順もシュミレーション。帰宅してから30分で一汁二菜を仕上げる。そりゃあ、「チンする料理」も増える。
独り身の気分を味わうため、駅前でラーメンを食べる。
そうか、家事をしなくていい人たちはこんなふうに仕事に専念できるんだ。子供を持って第一線で仕事もこなしている才女たち、夫が全面的に協力してくれる人であるとか、実家の母親が育児家事は全部担当しているとか。
「たった一人、孤立無援で子育て家事すべてと仕事をこなしてきた私はえらかったなあ」と、自分をほめてやったが、ラーメンをすすっているうちに、まあ、私に子供がいなくて、学問に専念できる環境があったとしても、たいした仕事はできなかったろうと、現実を悟る。
店の屋号が満州餃子というので、旧満州に単身赴任していた半年でも、たいした仕事はできなかったことを思い出したのだ。子ども二人を預かってくれたスモモの協力があった半年なのに、日々の授業に追われただけで、半年すぎてしまった。
家に帰ってから、ヒメの帰宅までに作った料理は、「冷凍牛丼の具」を解凍し、「レトルトフカヒレスープ」に卵液を流し込んでいっちょあがり。ヒメには「20才をすぎたら、親の世話にならずに生活しなさい」と言ってある。しかし、ヒメは、親がいなければ自分で作るが、いると思うと「おなかすいた、何か作って」という。牛丼とスープに「えー、これだけ?超手抜き。サラダくらい付けてよ」と文句。「サラダが欲しかったら、自分で作りなさい」というと、「ま、これだけでいいか」と食べる。娘の「自立した学生度」はチョー低い。
本日のねたみ:家に帰るとあったかい食事が待っている生活
2003/05/23 金 曇り
ニッポニア教師日誌>ふるいメガネを落としました
ビデオ、会話3コマ。
水曜日に消えたメガネは、まだみつからない。
アリが、いつものめがねと違うことに気づく。さっそく10課の形容詞連体修飾の導入に使う。
「新しいめがねです。」「古いめがねを落としました。」「古いめがねをさがしましたが、ありませんでした」「新しいめがねを買いました」
事実としては「新しいめがねがでてこないので、古いめがねを引っ張り出してきた」のだが、ま、文例としてはわかりやすいでしょう。
本日のつらみ:どこかに置き忘れたメガネと鍵と財布を捜し回ることで、一生の持ち時間の一割は使ってしまっている私
5月24日 土 曇り 875
日常茶飯事典>風呂場でめがね発見
ワカ、金曜夜、東北旅行から帰宅。 「疲れた」と言っていたが、楽しそうでよかった。おみやげは、冷麺とワカ手作りの南部せんべい。お父さんにはゆべし、おばあちゃんには秀衡塗の箸。南部せんべいは、せんべいのタネを鉄板の焼き型に流し込んでいっちょできあがり。
伝統工芸研究の東北旅行から帰るとさっそく、ワカとヒメはゲーム屋ショッピングひとまわり。「テレビゲームは現代日本の伝統工芸」だと。
ワカがお風呂掃除をして、めがねを発見。おふろにはいるときにはずして、窓のところに置いたのだった。いつもはそんなところに置かず、服を脱ぐのといっしょに棚におくから、風呂の窓を探してみようと思いつかなかった。とにかく見つかってよかったよかった。
「って、いうことは僕が旅行に行ってる間、だれも風呂掃除しなかったっていうこと?」「決まってるじゃない、風呂掃除はあんたの仕事でしょ」そういえば、ワカがいない間、シャワーをあびただけで、お風呂に入らなかった。
本日のうらみ:メガネ探しに時間をとって、バスタイムなし
2003/05/25 日 晴れ
日常茶飯事典>薔薇園と老体会議
午前中、古河庭園へ。薔薇が見頃。とても混んでいた。今日はバラ園だけ見て、日本庭園へは降りなかった。
午後、文化センターで、センター祭参加サークルの第1回会議。去年と同じく、参加者たちが半分理解、半分勝手な思いこみで説明を聞き、わけのわからん質問をする。
「発表の部は、全部視聴覚室で行う。この点は去年と同様」と説明しているのに、何度も「私たちの会は高齢者が多く、大きい道具を運ぶのは無理だから、2階の和室がいい」と支離滅裂にくりかえす。だいたい、自分たちがどこのサークルであるか、という基本的なことさえ言わずに、なぜ和室で発表してはいけないのか、理由を説明しろと繰り返す。
会長の回答を聞いて、やっと、このサークルが「琴の演奏を和室で行いたい」と主張しているのだ、ということがわかった。和室を使えない理由は、去年から説明されていることで、発表団体が少なくなり、センター管理上、発表場所を一カ所にまとめたいということである。去年同じ説明を聞いても納得せず、今年蒸し返したのだから、また来年同じ主張を繰り返すだろう。
「高齢化だろうと少子化だろうと、自分たちの既得権益は絶対に手放したくない。自分たちの利益を損なわずに改革してほしい」という世に多い主張といっしょ。
「展示発表を希望する団体は、展示室パネルや机の設置日に、机を運ぶ体力を持った人に参加させる義務がある、参加できない団体に発表スペースは与えない」という説明を受けると、「私たちは高齢者が多くて、そんな体力のある人はいない」と文句をつける。
「サークルの中に、机ひとつ椅子ひとつ運ぶ力のある人がいないなら、代理でかまわないから、家族友人知人に声をかけてください。とにかく会場設置はサークルが自主的に行うべきことで、センター職員の仕事ではない」と、説明を受けても納得しない。
我々はセンターに活動場所を借りているだけで、センターが行っている区の行事に参加しているのではない。「自主サークルが集まって行う自主的なセンター祭なのだ」という基本的な概念を理解せずに、なぜ、センターの職員が全部やらないのか、という思いを持っているので、なかなか話がすすまない。
60代70代の主婦たちに「会議での発言訓練ができていない」と言っても、無理なことはわかっている。が、それにしても公的な場での発言訓練を受けていない人の話を聞き取るのは、なかなか技術がいるのだと実感する。だれがどこで、どのようにしたいのか、そんなことすら、不特定多数の人にわかるように発言するのは難しいようだ。
日本はオンザジョブ訓練が職業訓練の大半だから、仕事を持たなかった人にとって、身内やご近所でのおしゃべり以外に、公的な場で話す機会はごく少ない。
70代60代の主婦たちなら「女は生意気なことを言うな、男の言うことに黙って従っていないと、嫁のもらい手がいないぞ」と教育された口であろう。小学校の保護者会などでも、何を言いたいのか、まとまらない発言がよくあった。彼女たちは「黙って従った」結果、無事嫁にも行けただろうが、自分の主張を人に伝えるのに苦労する結果となった。
今、初等教育では「国際化」に乗り遅れまい、という英語教育の早取りが流行中だが、英語のカタコトを話せるようになる前に、母語での発言がきちんとできるよう訓練すべきであろう。このままだと、英語も日本語もカタコトの人間ができあがるだろう。
ヒメの6年生の時の担任が「国語教育とは道徳教育」と、保護者会で話したことがあった。驚いた。
『走れメロス』は、「友達を信じることが大切であることを教える」。『蜘蛛の糸』は、「利己的な心によって結局は身を滅ぼす。ホトケのような他への慈悲が大切なことを教える」なんていう国語教育をしているのである。
ヤメテクレ!『走れメロス』を読んで、子供が自分の心で友情を感じ取るなら、それはよい。道徳教育として教え込むことではない。そのうち、国語の評価も「愛国心が強くなった」子供が「5」、「国のために戦う」という決意を述べられない子どもは「1」、なんて評価になっていくかもしれない。
国語教育の時間は、「普通の人が普通に暮らしていくための、読み書きの能力」を、きちんと身につける場であってほしい。老人になっても、趣味のサークル会議で「きちんと発言し、他者の発言を聞き取り理解する」ことば教育を!
本日のつらみ:女は黙って従ってろ、という国語教育だった
2003/05/26 月 曇り
日常茶飯事典>駅前中華と接客サービスマニュアル
漢字、作文2コマ。
昼ご飯を駅西側に新装オープンした中華の店で食べる。オープン記念だったので、半額サービスだったから。フカヒレ醤油煮、トウガンと海老の煮物、五目オコゲの3品。客のほとんどは中国人。
午後、ヘアダイとカット。半分はいねむり、半分はサービス業における接客教育の未来展開を考えた。21世紀の日本のコア産業は、情報とサービスだろうが、ものつくりには長けていたこの国も、新分野への教育はまだまだ未開発である。
『Think or die』の中に、六本木ヒルズ近くのレストランに行って、20分待たされた話があった。20分待たされたことで、料理の味も雰囲気も台無し。レストランの評価は最低ランクになった。レストランは、味、値段以上に店の雰囲気とサービスで勝負する時代。どのようにウェイターウェイトレスを訓練し、接客力の向上をはかるか、これが店の生き残り条件になるだろう。
夕食に、ヒメとワカをさそって、また同じ店へ行く。オコゲがおいしかったから、ふたりにもおこげを食べさせようと思って。夕方も客の半分は中国人で、各テーブルから聞こえてくる会話は中国語。ヒメに「何か知ってる単語が聞き取れる?」と聞くと「全然ダメ」。たぶん、福建語とか、広東語なんだろう。
オコゲのほか、春巻き、フカヒレ煮、鳥とカシューナッツのいためもの、牛肉オイスターいため、ごはん、ビール、マンゴープリン、アンニンドーフをたのんだ。ヒメの評。今日はいいけれど、半額サービス期間が終わって、この倍の値段払うのなら、同じ値段の寿司かイタリアンを選ぶ、という。私は微妙。イタリアンより中華の方が好きだから。
さて、サービスである。半額サービスは、オープン時しかしないのなら、あとは味とウェートレスの腕。昼と夕方ではウェートレスが違う人だった。どちらも日本語カタコトの中国女性アルバイト。昼は年輩で、日本語に慣れているがややぶっきらぼう。夕方は若い女性がふたりいて、一人は日本語にも接客にも慣れている先輩。一人は固い顔で緊張している、いかにも「中国から親戚をたよって出てきました」という雰囲気の女性。先輩はテーブルのあとかたずけをする際は「しつれいします」とお客に断ってから、というように、指導している。しかし、ふたりとも笑顔がなく、ぶっきらぼうは昼と同じ。
中国の人にはついつい「教えてやりたい」感が強くなり「接客マニュアルを伝授したい」と思うが、ヒメは「余計なことをするんじゃない」と怒る。それもそうだが、笑顔ひとつでサービスになるのに。マクドナルドを見習え。
マックで、店長さんが新入りに笑顔の作り方、入店した客への顔の向け方、客の視線のとらえ方を指導しているところに出くわしたことがあったが、さすが「スマイル無料」のサービスを心がけている会社である。しかるに、客がいる前で教育していた点はマイナス。客の前で、客への笑いかけ方を指導するのは、酔客を手玉にとる法を、客の隣に坐っているホステスに話すキャバレー店長のようなもの。カモの前で詐欺の手口を話す詐欺師のようなもの。企業秘密にしておけ。
マックやディズニーのサービスとて完璧であるわけではないが、ほかより数段はましである。サービス教育はマクドナルド大学とディズニー大学に学ぶべし。
ディズニーでアルバイトを体験した学生の言葉。「ディズニー大学でサービス教育を受けたら、二度と無心にディズニーランドのアトラクションを楽しめない。キャスト(サービス係員)の立ち居振る舞いを無意識に採点してしまっている自分に気づいて、楽しめなくなる。ディズニーを楽しみたいなら、アルバイトすべきじゃない」
サービスを売る21世紀にあって、あらゆるレストラン、美容院など、接客が要求されている業界では、接客教育が生き残りを分けるだろう。
本日のひがみ:ディズニーキャストマニュアル以上のサービスを受けたことのない日本人
2003/05/27 火 曇りときどき小雨
日常茶飯事典>アンチダイエット裁縫
漢字、SFJ3コマ。
ヒメは夏物スカートを縫うという。型紙もつかわないイージーソーイング。本を見て、直に布地にチャコで線をひいて縫うだけ。
「毎年、洋服が私に無断でちぢんでしまうので、毎年、新しい服が必要になる」というヒメ。去年の夏の終わりに買っておいた、2メートルで250円という見切り品の布地を使う。
「太さに合わせてつぎつぎ服を作るより、おしゃれをしたいならやせる方が手っ取り早いんじゃないの」と言っても、「いいの、今の自分が好きだから」と気にしない。50キロのときは50キロの自分が好きだし、60キロになったら60キロの自分が好きだからいいのだと。
それって、ダイエットの努力をしたくない、というだけの話じゃないかしら。
「お菓子を作ることと食べること、服を作ること全部好きなんだから、お菓子も作らず服も作らないでストレス貯めるより、思いっきりお菓子作って食べて、服も作れば、ストレス知らず」と言うのだ。
布地を裁断して、ミシンを出してきたら、電気コードがなくて、おおさわぎで探すはめになった。結局部屋の角の、ぐちゃぐちゃに物が積み上がっている中から出てきた。去年私がダンスの衣裳を縫って以来、ミシンコードはそこに転がっていたらしい。
3時間くらいでハイビスカス模様のスカートが一着できあがり。試着して「かわいい!」と、うれしがっているが、ヒメは1997年の42キロからとどまり知らずの体重増加。もうこれ以上は健康上キケンだ。
ナンシーの死は40前だった。ナンシー関の体型になる前になんとかしなければ。才能に恵まれた人には夭折もありだが、何のとりえもない我々は、長寿ギネスに挑戦する以外、老後の楽しみはない。
本日のつらみ:LLサイズ洋裁より、ダイエット
2003/05/28 水 晴れ
トキの本棚>『樋口一葉に聞く』とDV
午前中Aダンスィング。午後、教授法2コマ。
井上ひさし『樋口一葉に聞く』読了。
前田愛との対談の中で「女房が演劇制作をやりたいと言い出して、女房が作った劇団の旗揚げ公演として一葉伝を書くことになった」という裏話が出てくる。
井上のDVバタード妻だった好子前夫人、こまつ座を作ってプロデューサーとなり、亭主は妻をナグリながらも座付き作者として戯曲を書く。バタード女房は劇団の演出家に走り、劇作家亭主を捨てて再婚するも、何年か後に離婚。
劇作家は共産党幹部の娘と再婚。息子をもうける。その後の家庭争議を知っていて読む、「女房が劇団を作ったので、戯曲を書いた」という、その作品が『頭痛肩こり樋口一葉』。
「女房を殴ったりする男が書いた本なんて読みたくもない」という人もいるのは認めるし、最近の井上の考え方はどうもおかしい、偏ってきた、と思う人もいるだろう。
そういう人に「いや、作者本人の性向人格と作品は別」などと言うつもりもないし、どう読むかも読む人の自由だ。
しかし、井上ひさしが暴力夫であろうと、共産党幹部の婿であろうと、私が読む限りにおいて、彼の作品はおもしろい。
ところで、井上は現在の妻(米原万里の妹)のこともなぐるのだろうか。願わくは現夫人は武術の達人であらんことを。井上が殴りかかるや「エイヤッ」と、逆襲なさいませ。武力革命!満身創痍のペンクラブ会長もまた見所多し。
中学校の女子体育を、いまだに男子と別々に教育している学校も多いと聞くが、それなればなおのこと、年に一回婦警を呼んで、女生徒の前でちょこっと実演して見せて「痴漢に襲われたときはこうやって身を守れ」なんてお説教するのでなしに、全女生徒に身を守るための武術を身につけさせて、反撃可能な身体を鍛えるがよかろう。キックボクシングでも、K1でも、テコンドーでも。
また、結婚前の花嫁教育を行うに、料理や生け花なぞより、夫婦げんかのさい勝てる武術を身につけさせるべきである。亭主のDVから身を守るための武力は、武力ではないだろう。
なにしろ「自衛のための武器ミサイルその他の兵力を保持する軍隊は、これを軍隊と呼ばない」と教えられ、私たちは立派な「戦後民主主義者」に育ったのだ。日本海を超えてミサイルが飛んできたら防衛せよと教える国が、「亭主に殴られっぱなし」の妻を育ててはいかんだろう。
さて、『頭痛肩こり樋口一葉』である。 台本は全部は掲載されていなくて、その代わり最初の構想による劇中劇仕立ての台本が載っている。劇中劇構想のほうは、初日一ヶ月前になって全部破棄したという。
で、作品として評価するなら、やはり井上ひさしがDVであったとか、なかったとか、関係ないと言わざるをえない。従来の、『明治の恋』などの半井桃水との恋物語を中心にした新派的な一葉像であるなら、薄幸の才女として内面の誇り高さと外面のつつましやかさと恋に悩む乙女心と、適度にチャンプルー。なのだろうが、井上の一葉像は、「あの世からの視点でこの世をながめている女」というキーワードによって、ひとつの肖像を完成している点で評価できる。
一葉は強い。戸主として明治の世を闘い抜いた。武術の達人ではなかったが、筆一本で闘った。結核には負けたが世間には負けなかった。戸主であるから、婿をとる以外の結婚は許されず、したがって夫からの迫害を受ける必要もなかった。
井上は一葉を「幸福な作家」と呼ぶ。作家としての頂点で死ぬことができ、書けなくなったあとの苦悶も流行らなくなったあとの悲哀も味わうことがなかったからだと。
DV夫に対して、「カウンセリングを受けた方がいい」とお勧めするし、共依存妻には、夫から抜け出して自立せよと、伝えたい。でも、DV夫が作った劇作品も、アルコール依存の詩人の詩も、殺人を犯した死刑囚の小説も、私にとって、評価は作品の中でするしかない。
本日のうけみ:寝技も受け身も、学べよ娘たち
2003/05/29 木 晴れ
トキの本棚>『主婦ですみません』
日本事情、作文2コマ。
往復の電車で青木るえか『主婦ですみません』を読了。おおいに笑えた。ヒメが大学図書館から借りてきて「ぜったいおもしろいから」と回してきた。
お笑い文章界(そんなものがあるかどうかは知らないが、私のジャンルの中では)にとって、「ナンシーの新作がもう出ないとなると、どうしたものやら」と、ヒメともども「笑える本」ニュースターを捜していたのだが、いいのがみつかった。
斉藤美奈子も笑えるが、もうちょっと軽いジャンルで、ナンシー後継者をさがしていた。ただし、ナンシーのネタが「テレビのタレント」であるので、新ネタは次々と出てくるのに対して、るえかは自虐ネタなので、早晩ネタ切れのおそれはある。解説を書いている中村うさぎが、ブランドもの消費、ホスト狂い、整形ときて、新ネタ掘り当てにちょっともたついている感がある、という前例もある。
とにかく、るえか(かえる好き)は徹底的に「駄目主婦」の自分を笑いのめし、芸になっている。
そして、るえか同様掃除大嫌いで、ときどき部屋から多量の虫を出現させる私とヒメ、冷蔵庫の奥から「液体状になってしまった野菜」「カビにおおわれた元はなんだったか思い出せない食品」を発見する私には、大いに「るえかに比べりゃ私はマシ」と幸福になれる主婦ぶりであった。
私は、3週間に一度はDKに掃除機をかけているもんね。DK換気扇は、ワカが4年生のとき家庭訪問が「希望する家庭のみ」とされて以来、掃除していないが、動いているので問題ない。汚れすぎで動かなくなったら掃除するのだ。もしかして、るえかよりマシというほどでもないか。かれこれ6年も、換気扇は汚れたまま動いているのだ。えらい。
うちの換気扇もエライが、るえかのダンナもえらい。ちゃんと社宅もある一流企業に勤めているらしく、転勤も2年に一度繰り返す総合職っぽい。地方の小金持ち出身の汗かき男。るえかと「だれからもうらやましがられない仲良し夫婦」を15年も続けているのだ。
本日のねたみ:「究極の割れ鍋に綴じ蓋夫婦大賞」を贈呈
2003/05/30 金 晴れ
ニッポニア教師日誌>コースデザイン
ビデオ、会話3コマ。
3コマ目、1組の会話の授業で、アリが真剣な顔で「今やっている練習についてじゃないけれど、質問がある。聞いてもいいか」と、言うので、どうぞ、と答える。
アリは、「この教科書は何%わかればいいのか」と言う。「単語や例文を100%完全に覚えなくてもいいですよ。でも、文法項目は50%は覚えてね」と答えてみたが、アリの質問の意図は、何%くらいわかればいいのか、ということではなかった。
要するに、このコースはハードすぎて、とてもついていけない、というコースの設定に対する不満を述べたかったのだ。「We don't want to be maneged like child」
「毎日宿題宿題、予習しろと責め立てる。漢字の宿題をやり残したりすると、叱られる。質問すると、そんなことは教科書に書いてあるからちゃんと読めと叱られて終わり」という不満。
ショーは「トキ先生は学生をリスペクトして、グローインアプする気持ちを出させてくれる。私たちは成長したい気持ちはちゃんと持っている。でも、何かといえば、奨学金をもらっているんだから、ちゃんとやれといわれ、質問すれば、スカラシップスカラシップ、口を開けばスカラシップという。奨学金を受け取っているのは確かだが、それを理由に支配されることはない」と怒る。
地理学専攻で南アフリカに留学し、ケープタウンでマスターを取得してから、日本に来た。彼が憤って早口の英語でまくしたてるようすは、ナイロビ下町のタンカ切りのようだ。
「このコースに責任を持っている先生は、きちんとことばを身につけてほしいから、学生に厳しく言うのです。私はパートタイムレクチャラーだから、コースについての責任がない。コースの設定について何も言うことはできない」と、あやまると、「いいんだ、私たちが今日言ったことを、気にしなくていい。私たちは、トキ先生が学生を成長させるために一生懸命になってくれる先生だから、不満を言ってみただけだ。コースを変える力がないことは気にするな」と、学生たち。
おとなしいダナも最後には口を開いて「私たちはサイコロジカルプロブレムを抱えていて、フラストレーションが大きくなっている」と言う。
私にはどうすることもできないコース設定の問題ではあるが、なんとかして学生のために少しでもわかりやすく楽しい授業を心がける以外のことはできない。英語が下手なので、学生がすっきりした気持ちになれるようなことがで、うまく言えない。うまく言えなかったが、学生の気持ちはよくわかった。
毎日どっさり漢字と作文の宿題が出て、単語も覚えなければならない今のコース設定は、学生の負担が大きいと思う。文法内容がわかっていなくても、宿題をこなさないと叱られるから、結局わからないまま次に進む。ますますわからない。学生も不満がたまる。
彼らは一般の学生に比べて、非常に優秀なエリートたちである。国では最高の知識階級として優遇されてきた。それで「ことばがよくできないからって、子供扱いされるのはいやだ」という学生の主張となる。
コースデザインについて、われわれが口をはさめるのは、せいぜいメインでないテキストについて、新しいものが出たときに論評して「使ってみましょう」と提案するくらいなのだ。
学生たちは「あした天気がよければ、自転車で海岸に行ってみる」というので、「それじゃ、いい週末を」と言って授業をおわる。
本日のつらみ:帰宅して天気予報を聞いてみると、明日からは台風模様。やれやれ、学生たちの気晴らしはしばらくお預け
2003/05/31 土 雨
日常茶飯事典>伝統工芸展
台風の影響でときどき強い雨。
夕方、ヒメが大学に介護体験の事前講習(どこかの養護学校の先生の講演会)に出かける。雨でもでかけなくちゃならない。今日の講演会は必修ではないが出席をとっていて、出ておかないと教職課程の必修単位「介護体験」を受けるのが不利になる、という。教育実習のほか、介護実習も教職課程の必修項目になったのは、数年前からだと思うが、まあ、周りに老人も障害を持つ人もいない家庭で育った子供が多くなった昨今では、必要なことなのだろう。
ワカと日本橋へ。「伝統工芸50年展」を見た。
新聞に工芸展の作品が掲載されて、ワカが「見たい」と言うので招待券をもらったのだが、ワカ体調が悪い。私と同じで、閉鎖された建物の中に入ると圧迫感を感じて気持ちが悪くなるのだ。心理的なものなので、「自分にこの空間は合わない」と感じるともうだめ。エレベーターしかり、デパートしかり。心理的なものなので、閉鎖されていると感じるかどうかは、その日の気分による。私の場合、外の景色が見えるかどうかが、重要なポイントで、「ここから出ていける出口がある」と認識されていれば、それほど圧迫感がない。
伝統工芸展なるものを見ようとするのは、ジーサンバーサンがほとんどだから、ワカには「この場所は中学生のくるとこじゃない」という意識が先にきてしまうのだ。
工芸そのものは人間国宝の作品を中心に戦後50年の工芸逸品がずらりと並んでいる。陶芸、金工、漆、染色織物、人形などなど。
ひとつひとつの作品はすばらしい色や形を出していて、すごいのひとこと。志村ふくみの着物、鹿児島寿蔵や堀柳女の人形、富本憲吉や浜田庄司の陶芸。すごい美意識と美を確かなものとして表現できる技。
この技のすごさをワカに感じてほしかったけれど、わたしがワカに言ったのは「この竹細工さ、きれいだけど、デザイン盗作して中国で作らせたら、百円ショップで売れる」というしょうもないことば。
どうしてこんなことしか息子に言えないのか。まじめに、まともなことを中学生に説教臭く言うのが照れくさいのか。息子に「これらのすばらしい作品を眼福として目に焼き付けておきなさい。技をみがき、美に結晶させることのできる人々を尊敬しなさい」なんて、言葉で言える親がいるなら、親子断絶なんてどこにもない。言葉で息子に伝えるにはどうしたらいいんだ。
盗んだデザインで作った竹細工には百円の価値しか生まれない。寸分違わずイミテーションを作ったとしても、オリジナルの存在は厳然と輝いて残る。でも、ふたつ並べられて、寸分違わないとしたら、それはいったいどういうこと?そんなことを話してみたかったのだ。
オリジナルとコピーの問題。絵には画家独自のタッチングで鑑定するなどの方法があると聞くけれど、工芸品のオリジナリティとは何か。伝統の技というのは、伝統が続けばつづくほど、統一された技になるだろう。そのとき、作者のオリジナリティを保証する物は一体なんだろうか、そんなことを話してみたかった、、、、ような気がする。
ワカは秀衡塗を見学してきたので、漆工芸に詳しくなっている。秀衡塗は、お椀が中心。漆に菱形金箔を貼るのが特徴。今年は伝統工芸技術伝承者の試験を受けた人の出来が悪く、それでも7人を合格者としたが、年々伝承者を確保するのが難しくなってきている、など、見学の結果知った話を教えてくれる。プラスチックで作られた秀衡塗のイミテーションと本物を出されて、見学に行った「伝統工芸研究班」「秀衡塗研究班」メンバーの中学生10人、だれも、どれが偽物か、区別できなかったのだという。
さっと一回りしただけで、「どこでもいいから坐ってやすみたい」とワカが言うので、ランドマークでお茶を飲む。気取った感じの喫茶店が多い中、ファミレス的なランドマークすら、ワカはあまりくつろげないらしい。「わたしたちは気軽なレストランをめざしているんですよ、でも、気軽な中にも老舗の格式はなくさないようにがんばっているからね、みたいな。無理して気軽さを出そうとしています、という雰囲気がいやだ」と言う。
紅茶のカップをながめて「デニーズやサイゼリアで使っている百円ショップで買ってきたような食器類」と値段が違う品であることを、確認している。ワカは老舗デパートと相性が悪かったようだ。
帰宅してもワカの「気持ち悪い」はなおらず、夕ご飯はかぶの漬け物を食べただけ。ワカ分のネギトロ丼は「わーい、二食分食べられてラッキー」という大食漢のヒメがたいらげる。これ以上太るとせっかく作ったハイビスカス柄のLLスカートも着られなくなるぞ。
ワカ、るえかの本を電車の行き帰りに笑いながら読む。3人で回し読みして「るえか」の存在を一家で知ったからには、もう、掃除に関して怖い物はない。ワカも、我が家の惨状が特別なものではないと知ったろう。いや、やはり少数派か。とにかくミシンのコードはみつかったのだ。
本日のなやみ:ここにいる私はホンモノ?
七味日記総目次
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