Workshop for Nipponianippon Communicative Language& Culture Studies

日々雑記いろいろあらーな2004年12月

ポカポカ春庭のいろいろあらーな2004/12
ポカポカ春庭のいろいろあらーな 2004年12月「歳末雑感」
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タイトル |
今日の一冊 |
著者 |
2004
12/02 |
カフェリニューアル |
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| 12/03 |
今日のいろいろ |
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| 12/04 |
うれすじプリンス(ヨン様ブーム) |
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| 12/07 |
アイヌ文様展(アイヌの生活文化と芸術) |
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| 12/08 |
ビニールシート暮し、寒い |
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| 12/09 |
すきま風 |
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| 12/10 |
凍てる夜 |
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| 12/11 |
小春日 |
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| 12/14 |
双子座流星群 |
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| 12/15 |
17才のオルゴール(観劇) |
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| 12/16〜18 |
アニメ・アンダルシアの夏(留学生の感想) |
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| 12/21 |
母と子と命(見えない母と見えない赤ちゃん) |
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| 12/22 |
年忘れ(仲間との会食) |
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| 12/24 |
クリスマス(1992年) |
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| 12/25 |
クリスマスキャロル(劇団昴観劇) |
No.153クリスマスキャロル |
ディケンズ |
| 12/28 |
Tsunami(日本語から世界へ) |
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| 12/29 |
雪 |
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| 12/30 |
読書ノート |
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| 12/31 |
雪の大晦日 |
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2004/12/02 08:56「カフェリニューアル」
カフェのリニューアル、賛否両論ですね。
今回のコメント機能、カレンダー機能も、使いたい人がいれば書き込みをすればいいし、使いたくない人は使わなければいい。足跡やそれぞれのbbsがあるのだから、今までの機能で十分という人も多いだろう。
私は、bbsを設置していないので、コメント機能を使ってくださる方がいれば、大歓迎。足跡欄だけでいいという人は、それでもOK。
ただ、リニューアルのたびに、立ち上がりの重さが増していく気がする。クリックして飛んでいっても、なかなか開かないページがあると、もうイイヤと、待てずに次へ。
春先のリニューアルのとき、絵文字や顔がいやだという意見もあったし、かわいいから大いに使いたいという人もいた。
私は、行替えラインがわりに絵文字を使っている。本文に使うのは最初数回やってみて、すぐやめた。文字以外の情報は、私には不必要だし使いこなせない。でも、本文の中に効果的に絵文字をいれている人もいるし、人それぞれ。
今の状態で気にいらないのは、過去ログが1日から30日へと並ぶのじゃなくなったこと。当月の日記と同じに月末が一番上に来て、若い日付が下になるので、連続した記述があるときは逆からたどることになり、不便だ。
今月の文は順に上へ載せられていくのはいいけれど、過去ログは日付順になる方が読みやすいと思う。
リニューアルの重さプラス年末のきぜわしさもあり、今月はちょっと更新さぼる日が多くなるかも。週休2日、週5回更新というのを続けてきましたが、これからは、適当に休み休み更新するつもりです。
随時更新お気楽継続で、ほそぼそ続けていきたいです。

ぽかぽか春庭2004やちまた日記
2004/12/03 07:41「今日の色いろ」
11月後半に小春日和がつづき、東京埼玉千葉の紅葉はまだまだ赤や黄の色合いが美しい。ところが、今週末には台風接近という。木枯らし一号もすぎて、小春日も続いて、台風も来て、お天気も「いろいろ」
真夏日が100日も続いた異常な暑さの今年の夏。上陸した台風の記録的な数。こうして「異常気象」が続けば、異常が普通になるのかしら。
先週末、六義園、滝野川公園などをひとまわり、東京の紅葉を見て歩いた。
古河庭園で「バラライカコンサート」を楽しんだ。東京中の「紅葉マーク世代」が集まってきたのかと思うほど、芝生広場に中高年がぎっしり居並ぶ。演奏中にも遠慮無くおしゃべりを続ける女性グループや、秋の一日を静かに寄り添ってすごす年金世代夫婦。
私は一人ゆっくりと秋薔薇やと紅葉をながめる。秋薔薇はプリンセスオブウェールズもマダムサチも美しく咲いていたが、銀杏にも楓にも、まだ緑の部分が残り、紅葉しきっていない木がある。今年は色づいた葉が散らずにいつまでも木にとどまり、紅葉が長く楽しめた。
梢の紅葉、散り敷いた落ち葉の色。赤や紫の木の実の色。六義園の「紫式部」の実が美しい紫色をみせて実っていた。
「キタノ・ブルー」と呼ばれる画面作りで評価を高めた北野武監督が、芸大大学院映像研究科新設で、教授に就任。びっくり。
唐十郎が横浜国大の演劇学研究科を担当することになったときより以上のサプライズ。新設研究科に注目を集める効果は大きい。「国立行政法人」の型から飛び出した大型新人が「いろいろ」に咲き誇って、将来の映像文化を担う人材が育っていくと期待しましょう。

2004/12/04 15:23「うれすじプリンス」
今年も「流行語大賞」とか「十大ニュース」とか、一年を振り返るイベントや賞の発表の時節になった。
「流行語大賞」と「今年のヒット商品番付」の両方に名を残したのが「冬ソナ」と「セカチュウ」
社会に浸透し、売れまくった。
セカチューこと『世界の中心で愛を叫ぶ』は、ケータイサイトを通して「活字を読んで物語を味わう」ことを若い世代に復活させる現象となった。
書籍の部では、今年一番の300万部の売り上げ。映画、テレビドラマ、それぞれの主題歌など、関連商品も大いに売れた。
映画やテレビのロケ地をよそにとられてしまって、観光に生かすことができなかった原作のモデル地では、ロケ誘致に失敗した責任問題まで起きてるそう。
セカチューが若い世代に浸透したのに対して、冬ソナこと「冬のソナタ」は、「熟年世代の女性」を夢中にさせた。こちらも、主題歌から、韓国春川ツアー、ヨンさま写真集まで、売れ続けている。
今年一番の「プリンス」をあげるなら、愛妻の病状をいたわるプリンスもさることながら、韓流プリンスフィーバーがNo.1の社会現象であった。
今年2月に新大久保のコリアンタウンを巡ったときも、「去年に比べて客足が伸びているね」というきざしはあったのだが、年末の忘年会あたりに繰り出すとたいへんなことになっているかもしれない。
「今年どれくらい売れるだろうか」と予想しながら韓国輸入本屋で見た関連本、すごい売り上げになっているのだろう。
「日本事情」という授業で、「日本と自国の交流史」発表を続けている。韓国留学生は、例年と同じに歴史的な「百済と日本の交流史」「江戸時代の朝鮮使節」「従軍慰安婦問題」などを取り上げたレポート発表、人物交流史のひとつとして「柳宗悦の朝鮮白磁の紹介」などの発表があった。
そして、今年の新傾向として「韓日文化交流史 大衆流行歌の交流」「最近20年間、日本で公開された韓国映画、韓国で公開された日本映画」など、韓流ブームを含めた映画や歌の交流を取り上げた学生が増えた。
日本の女性がヨン様ひとりに夢中になることは、「なんだかなあ」とは思いながらも、韓国留学生にとっても、悪い気分ではないという。
「どうして日本の女性はそんなにペ・ヨンジュンが好きなの?」と韓国留学生に聞かれて、サッカーのベッカム様ブームともイルハン王子のときとも違う何か、タイタニックブームのときのデカプリオフィーバーとも違う何かがあるのだけれど、それがなんだか、うまく説明できなかった。なぜなら、BS放送ないし、地上波放送は夜おそかったので、みていないから。
でも、何度も放映された名場面集(雪だるまキッスとか)と、ストーリーは何時の間にやら頭に入り込んでいる。
ヨン様ブーム。ひとつは、日本の70年代ころまでの「純愛路線」が復活したような恋愛ドラマであったこと。ハラハラはしても、けっしてどぎついシーンはない。二人の愛の進展を見守り、さわやかに感情移入ができたこと。ヨンジュン顔は、日本の少女漫画の王道をいく顔立ちであることなどなど。解説を見聞きしても、いまひとつ、わからなさがあった。
今年、韓国映画を例年以上にたくさん見た。
日本映画では、全編韓国語の映画『ホテル・ビーナス』も面白かった。日本人出演者もセリフは全員韓国語というこの映画を見て、腑に落ちることがあった。
主演の草なぎ剛(くさなぎつよし=チョナンカン)を核にしたグランドホテル形式の映画。ホテルの宿泊客のそれぞれの人生模様が描かれる。海辺のどこともわからない町。ホテルビーナス周辺の住民たちは、みなコリア語を話すが、そこは、韓国でも朝鮮でもない。どこかよその国の中のコリアンタウン。
もし、この映画が、日本の町でロケーションが行われ、日本語でセリフを話したらどうなるのか、ということを思いながら、映画館の椅子にすわっていた。
そうしたら、この映画の不思議なリアリティと不思議なファンタジーを同時に可能にしているのが、「日本映画でありながら、全員韓国語を話す」という距離感にあるのではないかと思えてきたのだ。
同じ映画を日本語吹き替え版にしたDVDなどで見たら、ずいぶん印象がちがってくるのではないか。全員英語じゃダメ。全員フランス語じゃもっとダメ。全員韓国語の距離感。
ヨン様フィーバーも、この「不思議なリアリティと不思議なファンタジー」の微妙な配合ぐあいが、ぴったり日本の熟年女性に受けたのではないかと思う。
写真集でほほえむヨン様は、「肉体改造」の努力のたまものという筋肉を見せている。かなり露骨な筋肉の付け方と思うが、写真の中の貴公子はあくまでファンタジーのかなたにいる。生々しい「肉体」とは一歩ことなる「夢の国のプリンス」であり続ける。(整形疑惑も出ているが、そのうちドーピング疑惑もでかねない筋肉改造)
空港で「お手振り」するヨン様、怪我をしたファンにわびるヨン様。どのヨン様も生身の人間でありながら、空想のかなたでアタシを抱きしめてくれる、ファンタジーを裏切らないプリンスなのだ。
「ブラピ?好かないねぇ。ベッカム?浮気してろよ」などと、どんなプリンスを見てもふん、と鼻であしらい「ハンサムだからといって、惚れやしない」と、言っていた自称「いい男評論家」の友人も、今回は見事にハマって、「冬ソナ全編完全放映版」にそなえて、DVDレコーダーを買うそう。この買物も「冬ソナ関連グッズ」の売り上げ額に計上すべきだろう。

2004/12/07 11:42「アイヌ文様展」
布と糸と針の手仕事を見るのが好き。自分で作るのも好きだけど、今は時間がないので、見て歩くだけにしている。染色、キルト、刺繍、レースなどを楽しく見てきた。
アーリーアメリカンキルトも、東北地方の刺し子も、フランス刺繍も、布と糸の手仕事作品がさまざまな色彩を描き、シンフォニーを奏でる。
私たちの文化の多様性のひとつとして、留学生に紹介しているものに、アイヌの文化がある。アイヌの布の手仕事もとてもすばらしい。これまで、写真集などで見たり、東京国立博物館アイヌ文化のへやで、伝統のアイヌ工芸品を見たことはあったが、現代作品として新しく作り上げたばかりのアイヌ刺繍作品を直接見る機会に恵まれなかった。
12月4, 5日に、ホクトピア展示ホールで「アイヌ文様展」(主宰は関東ウタリ会)が開催された。関東ウタリ会の作品展は、そう広くない会場でのアットホームな展示だった。夕方の短い時間ではあったが、ひと針ひと針に思いがこめられた作品の美しさを味わった。
展示されていた作品は、木綿の上着、鉢巻き、手提げ袋などに、さまざな伝統模様の刺繍をほどこしたもの。
どの作品も、仕事の合間にひと針ひと針縫い上げてできあがったのだという。
伝統的なアイヌの衣服は、樹皮の繊維で織られた衣、アトゥシという。現代では、木綿のほうが簡単に手に入るから、新しく作られる作品は木綿衣(カパラミプ/チカラカラペ)に木綿糸で刺繍した作品が多い。
切り抜きの布をアップリケのようにあてて、糸でかがりつけ、チェーンステッチを基本に刺繍をしていく。うずまき文様(モレゥ)、十字文様(ウタサ)などを組み合わせて、多様な文様が描き出される。
切り抜きの布や刺繍の模様には基本になる型があるが、基本を組み合わせて新しい模様を生み出す方法は限りなくあり、人それぞれが自分独自の組み合わせを作り出すことができる。しかし、これまでに残され保存されている模様の組み合わせだけでも、一人の作り手が一生かかっても作りきれないほどのパターンがあるという。
アイヌは「ひと」という意味。ユーカラなどの口承詩歌のすばらしさは、早くから熱意ある研究者によって知られてきた。しかし、工芸品は「北海道アイヌみやげ品」としては多くの人の手に渡ってきたが、芸術の一分野として正統な評価が与えられるようになったのは最近のことだ。
近年ようやくアイヌ工芸についても、様々な展覧会が開催されるようになった。各地で開かれるアイヌ刺繍教室、アイヌ工芸教室などに参加して、アイヌ文様刺繍や、木彫りなどを習う人も増えてきた。アイヌ語を習う人たちもいる。
私の出講している大学のひとつでもアイヌ語が学べる。アイヌ語学演習 、アイヌ文化論、日本基層文化論などが開講されていて、留学生のなかにも、授業を受けたという人がいる。
「日本にきてはじめて、アイヌ文化を知りました。日本に少数民族がいること、全然知らなかった」という人に、「日本の人でも、アイヌ文化のことをよく知らない人が多いし、ちょっと前まで旧土人保護法という法律があって、アイヌの人々が差別を受けた時代もあったんだよ」などの話をする。
アメリカのネイティブの人たち(インディアン)、オーストラリアのアボリジニなど、どこの少数民族も迫害されてきた歴史を持つ。
アイヌの人たちもまた、江戸時代までの蝦夷地としても、北海道として日本領土にされて以後も、迫害を受けてきた。アイヌ文化も否定され、同化政策がとられてきた。
アイヌの人々が「自分たちの文化を誇りに思い、伝統を絶やさないようにしたい」と、胸をはってユーカラや伝統工芸の保存に取り組み始めてから、まだそれほどの時間はたっていないのだ。
そう広くない展示会場、ひとまわりするのもそんなに時間がかからない。じっくりひとつひとつの作品を見たい気もしたが、私が訪れた時間は、ちょうど夕ご飯時だった。会場内のテーブルでは、おにぎりなどを広げた展示関係者が、おしゃべりしながらごはんを食べているときだった。和気あいあいで仲間同士の話がはずんでいるところを、おじゃましちゃ悪いかなと思って、ささっと会場をめぐったが、どの作品も、とてもすばらしい出来で、美しかった。

2004/12/08 08:02「ビニールシート暮し、寒い」
20年使い続けた、たてつけの悪いベランダの出入り戸をあけようと四苦八苦の娘。開かないのに腹をたてて、「もう、こんなボロ戸、イヤ!」と、ガラス戸を蹴った。ガラス戸の真ん中をければ、そりゃもう、ガラスですからバリッミシミシと、放射線状に筋が入った。
危ないから、ガムテープをめったやたらにはりつけて、飛び散らないように押さえて、「ガラスの後始末と、ガラス屋へ注文するのは、責任とってやりなさいよ」と娘に言う。娘は「おこずかいから弁償するから、注文するのは、ハハがやって」という。「何で私がやらなきゃなんないの、あんたが蹴ったんだから、自分で何とかしなさいよ」と言い争っているうちに数日すぎた。
うら若い娘がガラスを蹴るなんて、そんなしつけの悪いこと。私は、たてつけの悪いガラス戸の真ん中を蹴飛ばすような娘を育てた覚えはない!
たてつけの悪いガラス戸に腹をたてたとき、いつだって、私はアルミサッシの外枠を蹴っていたのだ。「開け、ゴマ」と、となえてアルミ外枠を蹴る高等手段を学ばずに、ガラスの真ん中を蹴飛ばす愚か者を育ててしまった母の不徳。
12月5日明け方6時すぎ、風速40Mが東京に吹き荒れたあと、ガムテープでのおさえはきかなくなり、ガラスはべりべりと崩れていった。この風さえ吹かなければ、当分ガムテープで押さえたまますごそうと思っていたのに。こうして私は、師走に日本へやってきた台風27号の被害を受けた中の一人となった。
割れたガラスを全部サッシ枠からはずして、ガラス屋へ電話を入れる。
緊急対応というふれこみでイエローページに載っていた「ガラスの応急処置迅速」の業者は、「今日中にガラス入れ替え可能、80X70センチのガラスだと、工事費込み25000円」という。
もうひとつの個人業者は、最初おばあちゃんが出て要領を得なかった。次に嫁さんが出て、「いまうちのは葬式に出ていて連絡できないから、帰宅したら連絡をいれる」という。嫁さんが隠居のおじいちゃんに見積もりを聞くと、工事費込み10000円という。いったいいつ連絡をくれるのかは不明だが、半値以下の値段なので、こちらの業者に決める。
ということで、冬のさなか、ガラスを取り払った戸は当然風が吹き込む。雨戸なんぞ無い。いつになるのかわからない業者からの連絡をまっている間も、寒い。しかたがないので、ビニールシートをガムテープで貼付けた。すきま風は吹き込むが、なにもないよりはまし。
あの大風の日、公園のビニールシートハウスは大丈夫だったのだろうか。風にはたはたとふるえるビニールシートの窓を見つめて、「部分的ビニールシートハウス疑似体験」の冬の夜。12月になってもつけないで我慢していた石油ストーブをつけた。それでも寒い。
すきま風も冷たいが、すぐ取り替えてくれる25000円 より、いつになるのかわからない10000円 を選ばざるをえないふところ具合のせちがらさが、よりいっそう身に染みて、、、、寒さ倍増の年の瀬。

2004/12/09 08:35「すきま風」
北風吹き抜く寒い朝も心ひとつであたたかくなる、、、、はずなんですが、、、、家の中が寒いせいか、心の窓のすきま風がいっそう寒々と迫ってくる。
心のガラス窓にピシッとひびが入ったのに、「これはちょっと線の模様が入っただけ」と見てみないふりをしていた。
ほうっておくうちにひびは放射状に広がり、ひび割れは隠しようもなくなった。どんどん割れ目はひろがる。それでもほうっておいたら穴があいた。すきま風が吹き込む。寒い。手当も修理もしなかったむくいだから仕方がないけれど。
人の心のガラス窓は、こわれやすくはかないもの。

2004/12/10 07:57「凍てる夜」
「凍てる夜もしらじら壁を見て眠る」
夏の暑さはどうにしてでもしのぐけれど、寒いのはやっぱり苦手です。
2004/12/11 14:45「小春日」
今日の東京は、ぽかぽかの小春日和。
明日は旧暦(陰暦)の11月1日。「小春」は、陰暦10月のこと。だから、暦の上では、明日からポカポカの暖かい日があっても、「小春日」とは言えない、と、天気予報のお兄さんは解説していた。
今日は、「最後の小春日和」ということになるらしい。
手持ちの歳時記では、「小春は陰暦10月の異名、小六月ころくがつとも言う」と、書いてある。暖かくなっていくのが当然のような春の陽気に比べて、寒さの中、ぽっこり見つかった「儲けもん」のような「小春日」の語感がとても好きなので、これから先の冬本番のなかに暖かい日があっても「小春日和」と呼びたい気がする。
今日ようやくガラス屋さんが来て、ベランダ出入り戸のガラスが入った。あたらしいガラスをいれてもらい、にわかビニールシートハウスはおしまいになった。
でも、ガラス屋さんにも修理できない心のガラス窓は、壊れたまま冬を越しそう。
心の罅は広がる一方だが、せめて、最後の小春日の、小さな春を貯めておこう。木枯らし身にしむ宵に、冷え冷えとした真夜中に、最低気温を記録する明け方に、「小春日、こはるび」とつぶやいたら、少しは暖かくなるかもしれない。

2004/12/14 11:43 「ふたご座流星群」
冬の夜空に、「双子座」から、星が降る。夜空に流れる星は、一瞬のきらめきを曳きながら燃えて、燃え尽きる。
東京のくすんだ空では、そうたくさんの流れ星はみえないだろうと思っていたが、それでもときどき夜空を見上げていた。9時、10時、、、、。東京の空はどんどん雲が多くなってきた。これでは無理かなと、思いつつ寝てしまう。夜明け前にピークになるというので、もしかして早起きしたら見られるかなと期待しながら夢の中へ。
起きたらもう明るかった。流れ星にたくさん願いをかけたかったのに。ざ〜んねん。
ふたご座の明るいふたつ星、カストルとポルックス。
宮沢賢治の『双子の星』では、チュンセ童子とポウセ童子がでてくる。賢治の描いた「双子の星」は、ふたご座ではなくて、どうやら「かんむり座」にあるふたつ星をながめて作った、という説が有力なのだというが、私にとっては、賢治の双子の星も「双子座のカルトス・ボルックス」も、夜空のムコウの願い星。
ほとんどの流星群の場合、母天体(流星のもとになる物質の発生源)は彗星で、彗星のチリが流星となる。流星ダストは地上100キロメートルあたりから猛スピードで大気圏に突っ込み、光を発する。
たとえば、毎年8月にたくさんの流星を観測できるペルセウス座流星群。流星のもととなる流星ダストを放出した彗星(母彗星)は、スイフト・タットル彗星。
しかし、ふたご座流星群の場合には、彗星ではなく小惑星が、流星ダストのもとになっているのだという。小惑星ファエトン(小惑星番号3200番)のかけらが、双子座流星群になる。
流れ星の正体は、彗星や小惑星のダスト。「屑」でしかないのだと、解説があっても、私にとっては、星は星。
科学的な説明以上に、私にとっては、「ふたご座」という星座の名前と、「流星群」という言葉のひびきが、冬の夜空を見上げる気分を盛り上げる。
恒星として宇宙の中に自分の存在を確立し、悠久の時の流れの中で輝き続ける星に比べて、流れ星の輝きは一瞬の間。
星屑の、一瞬の輝きにすぎないとしても、かまわない。100億年の寿命で輝く星も、数秒で燃え尽きる流星も、宇宙の時の流れの中では、同じ「ひととき」なのだ。
つらい冬のさなかに、ふりしきる流星群。夜空に輝く流れ星を思いながら眠りにつく。せめて夢のなかで願い事をとなえることにしよう。
願いをかなえるには、三度となえなくちゃならないから、長たらしいお願いをしているヒマはない。「カネ、かね、かね」光が放射状に流れてきえるまでに三度いうには、これだけでせいいっぱい。
ピカッ!ほら、流れ星。かね、かね、かね!
夢の世界にお寺の鐘がゴォ〜ンと、鳴り響く。三度のカネの音、かねかねかね。これで願いが実現しました、、、って、、、夢だけでもいいから、星の数ほどの金、金、金にとりかこまれてみたいのに。

2004/12/15 08:07「17才のオルゴール」(青年劇場観劇)
春庭カフェ日記いろいろあらーな2004年11月16日の「ひらがなのてがみ」で、青年劇場『17才のオルゴール』公演を紹介しました。
視覚障害者の友人が、「視覚障害者のための演劇補助音声ガイドつき公演」を成功させようと、音声ガイドの作成、切符販売など「縁の下の力持ち」としてがんばっています。
日本障害者センターの文化事業のひとつとして行われる初めての演劇公演。友人は、病気がちの体ではあるけれど、公演成功へ向かって一生懸命活動しています。
でも、友人の話によると「音声ガイドをつけるほうはうまくできたけれど、切符を売るのって、とってもたいへん」ということです。売れ行きに一喜一憂する友人。「とってもよいお芝居なんだけど、広報活動が足りなかった」などの反省点はいろいろあるようですが、反省はあとのことにして、とにかく、今週末、ホールに人がきてくれなければ。
今週末の土曜日、時間がとれる方いらっしゃったら、、ぜひ調布グリーンホールで『17才のオルゴール』をみてください。アクセス:新宿から京王線で調布駅南出口より徒歩1分。
青年劇場『17才のオルゴール』
日時:2004年12月18日(土)
開場:午後1時 開演:午後2時 〜4時
会場:調布グリーンホール・大ホール
チケット:一般4500円 ユース(学生&20才以下の方)2500円
上演についてのお問い合わせ先
特定非営利活動法人 日本障害者センター「17才のオルゴール」上演実行委員会
電話03−3207−5621戟@
FAX03−3207−5628
ホームページに、演劇内容の紹介などがありますので、ごらんください。
日本障害者センター http://17sai.shogaisha.jp/
青年劇場「17才のオルゴール」紹介ページ http://www.seinengekijo.co.jp/f-17.html

2004/12/16 09:25「アニメ 茄子アンダルシアの夏」
「日本の文化って、いうと、何を一番先に思い浮かべる?」と、留学生にたずねる。
観光ガイド本に出ていたり、「日本の文化紹介」などのテキストに紹介されている茶道とか歌舞伎とか伝統文化を答える学生もいるが、子どものころの体験として、日本という国の存在を意識した最初がアニメだったという学生も少なくない。
「『一休さん』というアニメをテレビで見ていて、この中にでてくる国は日本だって聞いたのが、日本を知った最初です」
「ドラエモンも自分の国でつくったアニメと思ってみていたら、日本のものだったって知ってびっくりした」
「『ワンピース』っていうアニメの大ファンだったので、日本に留学しようと思った」など、アニメによって日本に親近感をいだいた留学生が少なくない。
『アニメ』『テレビゲーム、インターネットゲーム』は、「日本からの文化発信」として留学生にも関心が高いもののトップにくる。
「京劇と歌舞伎の比較」とか「日本琵琶と中国琵琶の奏法のちがいについて」などのコアな発表をする留学生もいるけれど、「一番関心をもっている日本文化について発表する」という授業で、アニメを取り上げて発表する留学生が毎年いる。
アニメ大好き留学生がいる一方、「アニメなんて子どものもの、大人が観賞するものじゃない」と思っている留学生もいる。
日本のアニメ作品の水準の高さをわかってもらうため、アニメ観賞をすることも「日本事情」の授業となる。
スタジオジブリの『風の谷のナウシカ』『となりのトトロ』などを「日本のアニメ映画を知ることができる作品」として見せたこともあったが、最近では、ジブリ作品はメジャーになって、留学前に自国の吹き替えビデオなどで見てしまった、という学生も多い。
できれば、作品の内容が日本の文化や社会生活、家族の問題などに関わり、「日本事情」の題材として関連できるもの、というのが望ましいのだが、全員が初めてみる作品、長くない、日本語が分かりやすい、全部の条件をみたすものは見つけにくい。
「日本のアニメ映画を見て感想文を書く」という「日本語文章表現=作文」の90分授業1コマ。
感想文執筆の時間を30分をとることにすると、残り時間は60分。集合やAVホールへの移動時間を入れると、さらに映画鑑賞時間は少なくなる。
『茄子アンダルシアの夏』を選んだのは、全編47分という長さが最適だったから。
「寒い冬に、少しでも熱い思いをしたい」という理由もあったけれど、60分以内で見終わる作品というのが、これ以外ライブラリーになかったという理由、クラスの留学生たちは、まだ誰も見ていない作品だった、などが選択理由。
カンヌ映画祭で上映され、好評を博した作品であるというし、私自身が「一番好きな乗り物は自転車」なので。
作品の舞台は、スペインのアンダルシア。自転車ロードレーサーが主人公。夏のアンダルシア地方を、数十台もの自転車が駆け抜ける。自転車の疾走感が好きな人には、とても爽快な画面。わたしも、自転車走行描写の部分は、大いに楽しんだ。
日本語能力検定1級に合格している留学生がほとんどで、私が受け持っている中では一番日本語能力の高いクラスだが、それでも、「理解できない日本語表現があって、セリフの半分はわからなかった」という。 しかし、映画のいいところ、聞き取りができない部分があっても、画面からストーリーはつかめる。「内容がわからなくて、退屈した」という学生はいなかった。
「人間ドラマ」としての内容については、留学生によって評価がわかれた。
(以下、留学生の感想紹介)
2004/12/17 08:02「アニメ 茄子アンダルシアの夏(2)」
視聴覚教材を利用する場合、精読にあたる聞き取りかた「精視聴」をして、ひとつひとつのセリフを理解しながら聞き取りを行う場合がある。
『Shall we ダンス?』を使って、精視聴授業をしたことがある。一度通して見る(通視聴)。次に、聞き取れなかった部分を巻き戻し、繰り返して聞いたり、シナリオの読み合わせをしたり、理解できなかった表現を確認する。
日本の家庭問題や社会的背景を話し合ったりしながら、最後に確認の視聴。理解できなかったところを確かめながら再視聴する。
また、分からない部分は気にせず、分かった部分から推測しながら、全体のストーリーを理解する「スキミング視聴」という方法もある。
今回の『アンダルシアの夏』は、スキミング。
一度だけの視聴でどこまで理解できたか、わからない言葉などは気にせず、登場人物の気持ちなどを推測しながら見るように指示する。
自転車レースに関する専門的な言葉や、省略された表現などは、わからなくてもいいから、ストーリーをの流れをつかんでいく。
学生によって日本語能力に差があり、さらには社会的な興味や知識などもそれぞれであるので、この作品に興味をもてた学生もいるし、つまらなかったという学生もいた。
30分で400字〜600字程度の感想を書く。
日本語能力検定1級合格者は、「漢字2000字の読み書き習得、日本語語彙1万語修得。社会生活する上で総合的な日本語能力を有する」という基準をクリアしている。
しかし、映画のセリフとなると、省略された表現も多く、日常会話が聞き取れる程度では難しい場合がある。
日本人大学生に、英語の映画を字幕なしにみせて、30分で英語で感想文を書けという課題を出した場合「ライティング能力が低いっていうより、日本語でさえ感想文が書けない」と、英語担当の先生が嘆くのを聞いているので、日本語による感想文、多少のまちがいはあっても、自分の感じたことをそれなりに文章にまとめていると思う。
男性20代の感想
今日、授業中『アンダルシアの夏』というアニメを見た。『アンダルシアの夏』は自転車レースをする青年のことを描いたものである。最初はアニメなので、あまり興味はなかったが、見ていると何か感じるものがあった。
主人公の名はぺぺという。兵役へ行き、帰ってきたら自分の恋人が兄の嫁さんになっていた。ショック。そのあとぺぺは自転車レースに自分の身を投じる。
ぺぺはレースの道を走り続ける。たとえ、レースの果てが「負け」という可能性が高くても、ふりかえ見ずに(添削:ふりかえらずに)「勝ち」への信念のもとにまっすぐ走り続ける。結果的に勝利というものを手におさめることになる。
レースの道は、まるで人生の道のように感じるものがあった。
人生もそうである。なにもかもいやなことがあっても、瞳をそらすことなく走り続ける人こそが、人生の勝利者になることだと深く感じた。
<感想つづく>
2004/12/18 10:16「アニメ 茄子アンダルシアの夏(3)」
男性20代の感想(日本語文章表現能力は高くないほうだが、アニメに関しては一家言ある学生)
(誤用誤文のまま)
今日の授業は、みんなで図書館の地下1階AVホールで『アンダルシアの夏』というアニメを見ました。
内容は、ある主人公は、兵役中で自分の彼女が兄をとられてしまって、そのつらいことを超えるため、自転車のレースチームに入った。レースに集中して、チャンピオンになったというものがたりです。
映画の監督はアニメ界で有名な宮崎監督の弟子と言われていますが、あまりたいした作品ではないと考えられます。なぜなら、この作品はまず時間が短く(ただ45分ぐらい)、主人物について、ちゃんと描いてなかったです。
それから主人公は自転車を乗り、一生懸命を走っていた面で映画の大部分をつかってしまい、ほかの面について、省略しすぎだと思います。したがって、この映画は私の好みではない。もしお金を払って見に行くとしたら、ちょっと遠慮したいと思います。これは、映画に対して私の思ったことです。
男性20代の感想(短期留学で、日本語能力にはまだまだ足りないところがあるし、大学院入試へむけてちょっと不安になっている学生)
(誤用誤文のまま)
さっき見た映画は、平淡で短いストーリーだが、私にとっては深く意味が含まれている。主人公は競輪レースに参加して、最後まで辛抱強くチャンピオンを取って、極めて根性がある人だ。
最初に普通のスピードで走って、途中で砂漠の風がいくら強く吹いても、胸を張りきってゴールに前に行くのが一番印象的に強い。
選手たちは一定のスピードで走るのがいわゆる走りだすための充電期で、今、日本にいる私と似ている。というわけは、日本で留学しているのが、心をくつろぐとか、勉強だとか、次の人生の最大試験の準備だから。試験というと大学院への進学のテストだ。今の時期が終わって、国に帰ってから、もうすぐ坂へあがるダッシュのタイミングが迫ってきた。
私もあの選手たちのように力を入れて走るのか、まだわからないが、とりあえず何も考えずに前向きに未来に向かって「絶対受かる」との信条を信じて行きたいと思う。
女性20代の感想(日本語能力はまだ不足部分が多いがまじめな努力家)
(誤用誤文のまま)
今日は先生と一緒に映画を見ました。『アンダルシアの夏』というアニメを見ました。
主人公は、自転車レースで優勝をしました。しかし優勝をするまでの過程は本当に苦しいでした。その何百人の中で優勝を得ることは本当に毎日の努力を重ね、汗を流しながら意志強く練習した結果だと思います。
もっと主人公を苦しめたのは元彼女が自分が兵隊に行った間、自分の実の兄となかよくなり、結婚までしてしまったことです。レースで優勝したが、心の底はちょっと悲しかったです。兄と彼女が優勝のお祝いをしましたが、受け入れなかった。やはりすぐには許せなかったでしょう。主人公が山で村を見おろしながら涙を流すことを見て私も涙が出そうになりました。
今日アニメを見て嬉しいでした。その中で悲しいドラマが隠してあるのが少し寂しいで
したが、主人公がこれから美しい未来が待っていると思います。主人公がもっともっと強くなって夢を叶ってほしいです。
女性30代の感想(クラスで一番年齢が高いので、お姉さん的に慕われている、社会生活経験も豊かな学生)
(誤用なし)
今日、『アンダルシアの夏』を見て、いろいろ感じた。一言で言えば、人生というのは、本当に甘いものではない。
主人公のぺぺが軍隊に行っているうちに自分の彼女カルメンを兄にとられ、そのつらさをまぎらわせるために、自転車レースで走り続けている。人生の中で最も辛いことを乗り越え、仕事に没頭し、優勝していく主人公の姿は、とても格好よかった。
自分の人生を振り返って見ても、やはりいろいろなことがあった。喜怒哀楽を味わえてきたと思う。しかし、悲しいこと辛いことを乗り越えていくことによって人間は成長していくと思う。日本での留学生活ひとつをとりあげても、もちろん楽しいこともいっぱいあったが、寂しいことの方が多かった。
人々は表に出さなくても、自分なりの「秘密」を抱えている。その秘密を心の中に秘めて、強く前向きに生きていくことこそ大事なことではないだろうか。
====================
日本語文章表現能力にも差があり、誤用もあるが、留学生たちはストーリーをおおむね好意的にうけとめ、内容をとらえている。また、感想として、自転車レースを「人生の道を走ること」にあてはめ、自分の留学生活によせて感想をもつ学生が多かった。
主人公のつらい立場に同情しつつ、ひたむきにゴールへ向かって走り続ける姿を、自分への励ましのように受け止めている。
「日本のアニメ作品を楽しむひとときをすごす」という授業コンセプトにとっては、適切なヒトコマになったと思う。
作文を書いたあと、文法的な誤用などについて添削をして返却するが、いつも学生には「自分自身の感じたこと思ったことを、どんどん表現していくようにしてください。間違いをしないようにということだけに注意を払うより、とにかくたくさん書くこと。間違いは添削を受けて、そのあと注意して直していけばいいことだから」と、要望している。
この留学生クラスは日本人学生に比べて平均年齢が高い。故国ですでに大学を卒業してから留学してくる学生もいるし、幼稚園教師をやめて留学し、日本語教師をめざしている人、日本出資の企業に就職したが、もっと日本語能力をつけたいと考えて留学した人もいる。短期留学で日本に来て、帰国後すぐ大学院入試を受ける人、漠然と留学したが旅先ですばらしいガイドに会い、「通訳ガイド試験」をめざそうと思っている人。
それぞれの目標にむかって、走り続けている。
アンダルシアの夏を駆け抜ける自転車レースのものがたり。これから日本の冬をすごす留学生にとっても、思い出に残るアニメ映画になったようだ。

2004/12/21 00:26 「母と子と命」
18日土曜日、駅のホームで二人の視覚障害の女性と待ち合わせ。Mさんとその友達Kさん。新宿で乗り換えて調布駅まで。
以前に三百人劇場でMさんとごいっしょしたことがある。そのときはMさんのご主人(弱視の方)がいっしょだったので、ガイドヘルプはしなかった。
私は「視覚障害者のための朗読講座」は受講したが、ガイドヘルプについてはきちんとした訓練を受けていないので、いつもちょっと緊張する。どうしても、階段やエスカレーターの前で、もたもたするし、歩くスピードも早いのじゃないかと心配になってしまう。
私の腕にMさんがつかまり、Mさんの肩にKさんが手を置いて3人つながって歩くので、土曜日の新宿駅で乗り換えるのがたいへんだった。新宿駅南口におりてしまったために、京王線に乗り換えるのに、ぐるりと遠回りして、ガイドヘルパーとしては最悪だった。きちんと案内できなくて申し訳ない。
調布駅からはボランティアの人がグリーンホールまで案内してくれた。
1:30開場に間に合うはずだったのに、新宿駅で手間取ったため、2時の開演時間をすぎてから席につく。青年劇場『17才のオルゴール』公演。
最初は産院のシーン。幸せな妊婦たちの中、おなかの子どもをどうしようかと悩んでいる高校生有加に幸子が語りかける。幸子の娘友子は生後3日目に高熱を発し、脳性小児マヒになった。友子を育てていこうと決意する幸子に励まされ、シングルマザーになることを選ぶ有加。
17年後、幸子と有加は再会し、有加の息子光は、友子は友達になる。友子の介護ボランティアをしている静香と光は同級生だった。禁止されているバイクや喫煙のため停学処分中の光にも悩みがあり、優等生の静香にも苦しい心がある。思春期をむかえた友子にもさまざまな葛藤が生まれる。友子の介護を続ける両親や兄、静香にもさまざまなトラブルが起こる。
役者たちはそれぞれ熱演で、とくに友子役の女優さんは足の硬直や手のふるえなど、脳性マヒの身体特徴をリアルに再現している。劇を見た脳性マヒの方は「わたしよりマヒの動きが上手」と、ユーモアのある批評をしたそう。
ハンディを持つ人、支える家族、介護ボランティアそれぞれの人が抱える悩みをみつめ、重いテーマを観客の中に残す。
劇の中で、生きていくことに希望がもてなくなった友子が「どうして私を生んだの。普通の体に生んでくれないのなら、生んでくれなくてもよかった」と叫ぶ。
さまざまな葛藤を経て、最後のシーンで「生んでくれてありがとう、命をありがとう」という原作者町田知子さんの詩が、ホリゾントに映し出される。感激的なことばで、涙が出る。
観劇のあと、新宿でMさんKさんとティータイム。コーヒーやおしるこをいただきながら話した。ふたりとも「う〜ん、ちょっと重かった」という。
Mさんのお子さんは生後6ヶ月であること、今日はご主人が世話をしてくれたので、観劇に出てこられたという。話し続けるうち、赤ちゃんはまもなく目の手術を受けることがわかった。
さらりと「視神経の癌なんですよ」と、言うMさん。視力が保てるかどうかは手術してからでないと何とも言えないそうだけれど。言葉を失う。
全盲のMさんが子育てをしていくことだけでもたいへんなことだろうと思うのだが、赤ちゃんも視力がないとしたら、困難はもっと大きいだろうと想像される。
Mさんはとても美しいかわいらしい方。目は閉じていても、いつもニコニコ笑顔で話をしている。
ご主人は弱視の方で全盲ではないとしても、仕事があるから、子育てのほとんどはMさんが担うことになる。ヘルパーさんも来てくれるというけれど、なまやさしい子育てではない。「重い」どころの話ではないのだ。演劇の中のことではなく、現実に全盲の母が、視力を保つことは難しいと言われている赤ちゃんを育てていこうとしているのだ。
劇のテーマ以上に現実は重い。私自身が抱える現実も、人様が知れば「大変ねぇ」と評されるだろうが、Mさんはもっとたいへん。
困難の大きさをくらべても仕方がないけれど、私がMさんの立場だったら、Mさんのように笑顔を保っていられないだろう。
ってゆーか、最近の私の顔は毎日暗くて憂鬱そうな泣き顔。笑いなさい、ほほえみなさい、鏡の中の私。あはっ、やっぱり私には笑顔は無理だ。無理矢理作ったゆがんだ笑顔じゃ、笑ったことにならないな。
年末は去る年をしみじみ振り返る時間が多くなる。泣いても1年、笑っても1年とは言われるけれど、笑えない年もありますよ。
それでもね。命があるから。まだ命を保っているのだから、がんばります。

2004/12/22 22:25「年忘れ」
仕事でいっしょの方々と、12月21日に忘年食事会をした。
今年は年度末の2月と夏休み前の7月が新大久保の韓国料理店「オモニの店」だったので、今回は趣向を変えて、銀座でフランス料理、ということになった。
そんなに気の張る店ではなく、気楽なフランス家庭料理の店と、幹事さんは言う。
でも、東京に住んで20年以上すぎたのに田舎者気分がぬけないから、銀座に足をむけることは少ない。買物はだいたい新宿や渋谷ですんでしまう。夜の銀座を歩くのは久しぶり。
銀座、中央通りはクリスマスツリーが並木になっている。夜はイルミネーションが輝く。有名ブランドのビルが並び、ミキモトパールのツリーもきれい。
銀座って「大人のおしゃれな街」というイメージがある。やっぱり私には似合わない街だなあと思いながら歩く。
銀座というより、東銀座に近い小さな店。食前酒。前菜は鴨とフォアグラのテリーヌ。かぼちゃのポタージュ。メインは若鳥のコンフィ。デザートはケーキ三種盛り合わせ。というコース。
女性5人。おしゃべりがメインの食事会だから、食べながらも皆よく話す。男子器械体操チームのおっかけをして、競技場めぐりをした話。童話を出版した先生は「作品を読んだ高校生が読み聞かせ作品として選び、朗読コンクールで入賞した。朗読CDを送ってきてくれた」という。
いろんな旅行の話も。ニューヨークハーレムのジャズハウスでおおみそかカウントダウンしたこと。ドイツで「琴演奏のゴスペル」ライブをして各地の教会を回ったこと。イギリスは料理がおいしくないけれど、インド人経営のカレー屋や中国人コックのいる中華料理の店をさがすといいことなど。独身の人、子育てを終えて身軽な人、世界を飛び回って楽しんでいる。私は聞き役。
「今年もよく働いた、来年もがんばりましょう」そんな気持ちで「よいお年を」の挨拶をかわす。みな、「明日22日、年内最後の仕事が残っているから」と、早めにおひらきにした。

2004/12/24 09:07「クリスマス」
12年前のクリスマス。母と子どもふたり、肩寄せ合ってすごしたささやかな聖夜。
「孤児孤妻肩寄せ合って聖夜過ぐ」
貧しくとも暖かく過ごした頃があった思い出が現在への何よりのプレゼント。
今も貧乏は変わらないけれど、我が家にはもうサンタさんが来ることもなくなったし、25日が終わるころの売れ残りケーキを買うこともない。
サンタもケーキもないけれど、それでもメリークリスマス!あなたへも、わたしへも。

2004/12/25 22:23「クリスマスキャロル」
25日クリスマスの日。視覚障害の友人といっしょに劇団昴の『クリスマスキャロル』を見た。友人はここ数年の間、毎年見ている演目だ。
昴の舞台はハンディキャップのある方々への配慮が行き届き、視覚障害の方のためのヘルプガイド音声、聴覚障害の方のためのセリフを文字表示する電光板など、演劇理解の補助が工夫されている。
今回、友人は「もう覚えたから」と、視覚障害者用のヘルプガイドの音声イヤホンもつけずに、晴眼者と同じように聞いてみる、という試みをするという。
私は子どものころに本を読んだっきり、読み返してもいないし、舞台もみていない。あらすじは知っているが、細かいところなんか忘れている。久しぶりのクリスマスキャロル。でも、クリスマスの日に見るには何よりのお芝居。
お金儲けだけが生き甲斐のスクルージ。たった一人の肉親である甥からクリスマスの食事へ招待されても「ばかばかしい」と、とりあわない。
クリスマスイブ。真夜中にクリスマスの精霊が現れる。過去と現在と未来のクリスマス。
スクルージが、三人の精霊の導きによって人間らしい心をとりもどし、人々との心の交流の中に入っていく物語。
25日が千秋楽だったこともあり、カーテンコールでは役者たちも涙ぐむ感動のフィナーレだった。私も涙があふれる。
でも、職場の忘年会でフランス料理を食べながらの楽しいおしゃべりの中でも感じた「自分はこの中になじんでいけない」という思いと同じ、「仲間に入っていけない、はじかれてしまう何か」「同調していけない何ものか」が、重く存在する。
世界から拒絶されたままの感覚で生きている。世界と親和する感覚シンクロナイズする感覚の、対極の感じが、重く澱のように沈む。
無理矢理のコミットメントを願うつもりはないけれど、今のような閉ざされた心理状態からは解放されていきたい。

2004/12/28 12:02「Tsunami」
世界の平和を願う声をかき消して戦闘激化、夏の猛暑。数多くの台風来襲による風水害土石流。地震。放火によるらしい火事。一年をふりかえると、今年はなんと災害が続いたことか。
心痛むことの多い歳末。さらにさらに、この年の果てに大津波。
家を失った人、漁船漁網など生活の手段すべてを失った人。大切な家族を失った人。本当につらいことと思う。
日本人宿泊客などもいる観光地の情報すらなかなか状況を把握しにくいというが、それにもまして、寒村僻地、貧しい地域ほど被害が大きいらしい。電話もつながらない地方ではどれほどの被害があったのかを伝えることもできないのだ。
被害の状況を伝える手段もなく、救援も届かないという。
日本の地震ニュースでは「この地震による津波の心配はありません」などの報道があり、私たちの脳裏には地震と津波はセットとなっている。しかし、日本と同じくらいにTsunamiを意識している地域は少ない。
一般的な英語辞書に記載されていることばのうち、日本語を語源としてしている数少ない語のうちのひとつが、「Tsunami」
辞書の説明に使われている「Tidal wave」と同義と思ってしまう人もいる。Tidal waveは、潮の満ち干によって起こる。「地震によるbig wave」という説明を載せている辞書もあるけれど、満ち潮引き潮との区別がつきにくく、Tsunamiの恐ろしさを伝えることはむずかしい。
これほど情報が世界を駆けめぐる時代でありながら、津波のこわさを知らない地域もたくさんあるのだ。
インドネシアスマトラ島沖で地震が起きた、というニュースが報道されたとしても、それが津波を引き起こすということを知らないで、そのまま海辺から離れなかった人が多かった。
地震が起きてから3時間後に津波が届いた地域など、災害報道さえいきわたっていれば、逃げる時間はとれたのに。
皆が逃げ出したのは、現実に何メートルもの大波が押し寄せ、水の壁が迫ってくるのを目にしてから。
新幹線なみの早さで伝わるという津波だから、見えてから逃げても遅い。
地震と津波のニュースを聞きながら、私たちも同じかも知れないと思った。地球のマグマは今も内部で煮えたぎり、地震は各地で起きている。紛争の火種は燃えたぎり、戦闘も各地でなくならない。
しかし、私たちは、それを遠い地域の遠い災害だと思っている。目の前に水の壁が押し寄せてくるのを目にするまでは、はるか遠いと思っている。
やがて自分たちに降りかかる問題だと気づいたとしても、ゴオッという津波の音がきこえてくるまでは心配してもしかたがないと思っている。
イラクで戦闘がやまないのも遠い。アフリカの少女たちが売春でしか餓えをしのぐ手段がないのも遠い。絶滅危惧種の動植物が消えていくのも遠い。
温暖化もオゾンホールも、直接私たちの目の前に20メートルの水の壁となって襲いかかってくるまでは、遠い出来事だから、今から心配することもない。
だから、なべて世はこともなし。こうして、新年はやってくる。
新年は冥土の旅の一里塚。一里分、水の壁が近づきます。
「大波の呑みこむ木々も船家も巨人倭人も流されて消ゆ」(春庭)

2004/12/29 10:56 「雪」
*さんへ
雪になりましたね。できれば気ぜわしい年末でなく、お正月になってのんびり部屋から雪見酒でも飲めるときに降ってほしいところです。
関東東京の雪は交通がたいへんになるので、通勤の足も心配ですね。お一人で雪をみているかなあと思って「雪見舞い」です。
今年1年ほんとうにいろいろありがとうございました。いただいた言葉でどれだけ助かったことでしょう。いつもトラブルのタネを抱え込み、ときには作り出し、自分から落ち込んでしまうタチの私、年がら年中悩みっぱなし。
ついつい、愚痴をこぼしてしまい、申し訳なく思っています。体調の悪いときでさえいつもこたえてくださって、ありがとうございました。
来年の愚痴もよろしくね。って、またまた年末最後の?愚痴です。
津波についての文、up to dateに書いていること、私の思いと共通しあえると嬉しく思いました。
しかし「春庭下手歌」への厳しい足跡があり、めげています。
私は、今回の津波で被害にあった人への思いと、地球と人類へ押し寄せてくる津波(地球破壊への様々な事象)に気づこうとせず、あるいは気づいても遠いこととして動こうとしないようすを悲しく思って五七五にしたつもりなのです。
地球を我が物のように思い上がる人類(巨人)と、押し寄せる災いを遠いものとしか感じられない小さな人間(倭人)、どちらも悲しい存在のように思えたのです。
しかし、言葉が足りなかったあるいは不適切だったのでしょう、12/28「いろいろあらーな」のコメント欄にあるようなやりとりがありました。
===============
2004/12/28 22: 2 xinxinxing 津波について歌っているなら不謹慎です
という足跡を書いてくださった xinxinxingさん、津波や人命について、何か「不謹慎なこと」がありましたら、メールください。ただし、ご意見ご批判は、春庭の書いたものを読んでからにしていただければ幸いです。
春庭、下手を承知で、言葉足らずの駄句へぼ歌を書いています。へたなことは重々承知ですが、不謹慎といわれるようなこと、人様に誤解を与えるようなことを書いたとしたら、表現が足りないことに対して謙虚になるべきだと考えます。
しかし、津波についての歌、へたではありますが、不謹慎なつもりはみじんもありませんので、ご批判の点をもう少しくわしく教えてくださいませ。
投稿者:haruniwa (2004 12/28 23:33)
------------------------------------------------------------------------
突然の書きこみ、お詫び申し上げます。
しかし、私の友人も今回の地震および津波によって被害を受けております。上手い下手を言うほどの歌についての見解などございません。しかし、その歌を足跡コメントに使われているのを、お見かけし、一言足跡につけてしまいました。ここにコメントを最初に書けばよかったのですが、気付かずに怒りの勢いで足跡に書き込んでしまいました。不徳のいたすところです。しかし、なんらかの関係者に読まれたとすれば、この歌がどういう気持ちになるかを察していただきたいとおもうのです。
投稿者:xinxinxing
=======================
「身近な人が今回の津波災害に遭遇した。被害に遭った人に対して不謹慎な歌だ」という批評を受け取り、誤解をまねくような歌になってしまったことを残念に思っています。
ひとつの歌をめぐって、人によって受け取り方がさまざまになるのは、どんな名句名歌でも、ありうることだし、まして、言葉足らずの春庭ヘボ歌では、誤解を招くこともしかたがないことなのですが。
それにしても、災害に遭われた人々を痛ましく思って作った歌を「不謹慎」と受けとる方もいるということは、言葉によって伝える力が不足しているということですから、悲しく残念なことです。
歌や句を専門に学んだこともなく、師匠も結社もサークルもなく、ただ下手の横好きで言葉を並べて句や歌にすることに、限界があるのでしょうけれど、やめようとは思いません。まだまだ言葉の修行が足りないのです。これからも言葉への思いをかみしめながら、言葉修行を続けていくつもり。批判をくださった方には、感謝したいと思います。
東京の空にふりしきる雪を見ながら、つらいことの多かった今年1年を振り返っています。苦しいこと悲しいことばかりではなかったのだけれど、私自身の人生にとっては家族の問題仕事の問題、背負いきれない課題を、よっこらせと背負い直して、それでも新しい年に向けて立ち上がらなければと思います。一歩一歩歩いていくしかありませんから。
こんな「根っから暗い春庭」ですが、来年もよろしくお願いします。

ぽかぽか春庭2004やちまた日記「年末総ざらい読書ノート」
2004やちまた日記
2004/12/30 12:48「年末総ざらい読書ノート」
落ち込み悲観の奈落スパイラルから回復しなければと、年末に部屋の片づけもせずに気分UPをいろいろ試みた。
銀座へ出たついでに東銀座の歌舞伎座一幕見で、玉三郎が踊る『阿国歌舞伎夢華』を見たり、M1グランプリをワハハと大笑いしながら見たり。玉三郎はきらびやかな衣裳、優艶な踊り、とてもきれいだった。M1は、アンタッチャブル、麒麟もおもしろかった。笑うと免疫力が高まるというのを信じて、笑ってすごす。
楽しむことも大事、笑うことも大切。でも、やはり気鬱の根本原因は去らないから、少したつとまた憂鬱になってしまう。
部屋の中はかたづかないまま、足の踏み場もない物置状態。本も積み上がっている。服は椅子の上に投げ出されている。テーブルの上も物置状態で、皿を並べるスペースは半分もない。換気扇は壊れたのをはずしたまま、新しいのを設置できず、ビニールで穴をふさいでいる。
1年の締めくくりをどのようにするかは、人それぞれ。
家の中をすっきりと片づけ、おもちおせちも準備万端、年賀状も書き終え、年越し蕎麦も用意済み、という人もいるし、わたしのように、「年賀状、くれた人がいたら返事を書く気になったら書く。2004年の賀状はもらったまま一枚も返事書かなかったから、2005年はぐんと少ないはず。部屋の中は散らかったままほこりだらけのままでも、気にしない。おせちは冷凍品を解凍」といういいかげんな年越しをする者もいないではない。
そんな私でも、1年を振り返ることはする。私の場合、自分のアイデンティティにとって、「どんな本を読んできたか」ということが大きな割合を占める。何を読んだかを振り返ることが1年を思い出すこと。
ところが、読んだはずなのに本のタイトルや著者が思い出せない。ほら、ほら、主人公はこういう人たちでこういう内容、と思い出すのに、本のタイトルも著者も思い出せないのだ。認知症?
1977年から、私はノートに読んだ本のタイトルと著者名を読了日に記録してきた。
2003年前半に読んだ本のタイトルは以下のページ7月31日に記録してある。
0307c7mi.htm
しかし、2003年の後半から、読書記録を書き留めていないのだ。
2003年9月からネット日記を書き始めて、2003年の9〜11月は「過去に読んだ本を著者名アイウエオ順に思い出して、本にまつわるエピソードを書く」というコンテンツだったので、毎日1冊づつ過去に読んだ本を読み直すことだけで、新しい本を読む時間がほとんどなくなった。それで、読書記録を記入する習慣がストップしてしまった。
今年前半は「色の名から連想する話」にしたので、新しい本を読む時間は去年よりとれた。しかし、本のタイトル著者名を記録する習慣は復活しなかった。それで、日記にタイトルを記録した本はあまりない。書き留めてあったのは十数冊でしかなかった。
本箱にきちんと並べてあれば、ひと目でわかるのだろうが、本棚は満杯。寝床のまわり、押入れの中、棚のすみ、どこでも空きスペースに乱雑につっこんであるから、ぐちゃぐちゃ。私は世に名高い「片づけられない人」のひとりなのだ。(居直り)
それでも、今年読んだのと、去年までに読んだのとを区別しながらわけてみたら、30冊くらいは分別できた。図書館で借りた本などは、もう確認できないからいいや。読んだ本のタイトルを忘れたっていうことは、読まなかったのと同じなんだろうから。
内容は覚えているのに、タイトルも著者名も思い出させなかった一冊。棚の奥につっこんであった。タイトル『花篝・日本女流画人伝』著者澤田ふじ子だった。ほかにも、すっかり忘れている本もあるだろう。「全部は記録してないけど、2004年はこんな本を読みました」は、以下に記録。
0412book.htm
☆三っつは、私にとって読む価値があった本。☆五つは、「私にとっては最高」の本。
青木るえか「主婦は踊る」去年の「主婦ですみません」以来のファン。ネットの「WEB本の雑誌>青木るえかの官能の部屋」も、時折読みにいく。文庫本になったら必ず買う。私にとって、古本屋でなく新刊文庫を買うというのは、相当なことだ。
ナンシー関亡き今、ナンシーのあとを次ぐ位置に存在する(私と娘にとっては)大切な作家。読みながら大笑いできる。.
今年☆四つは三冊。『茶色の朝』は、「いろいろあらーな」7月8〜10日に紹介済み
井上ひさし『東京セブンローズ』は、連載中は出版されたら読もうと思い、出版されたときは本の厚さと値段から文庫になったら読もうということになって待っていて、結局古本屋で100円になるまで買わなかった。やっと読んだら、これは100円じゃおそれおおくてもったいなくてと拝みたくなるような「細部に神やどる」作品だった。
GHQ相手美人局っていうラストエピソード、最初は尻すぼみなラストのような気がしたけど、今はまあこれはこれでいいと思える。一庶民が克明な日記を書き続けることで浮かび上がってくる戦中戦後の歴史。
山口淑子藤原作弥『李香蘭私の半生』は、1994年に中国吉林省に赴任するとき、この地域に関する本を集めて読んだ中の一冊。他の「旧満州関連本」もたくさんあり、「さらっと通読」だけで終わっていたので、今年読み直した。
山口淑子の口述をもとにした、藤原の綿密な取材がすごい。この中で私が心打たれたのは、李香蘭自身の半生よりむしろ「無名の人々」の人生だった。
たとえば、「東宝文芸部員児玉英水、南方戦線で戦死」など、もし李香蘭の人生に関わることがなかったら、私がその名を知ることもなかった人々の辿った運命を、出来る限り誠実に追って調べ記録している。
「セブンローズ」は「庶民の日記」という体裁をとった小説、「李香蘭」はノンフィクション自伝であり、ジャンルは異なるが、「書き続けることのすごさ」を感じさせる二冊である。
そして、歴史の中で名もなく死んでいった人へのオマージュが感じられる本。誠実に生きて名もなく死んでいったすべての人を輝かせる力を「書き込まれた細部」が放っているように思えた。
書籍広告や書評を参考にして面白そうなもの自分に合いそうなもの見つけて買う本が多いが、古本屋、新刊書店の棚を眺めていて偶然目にとまる本もある。『蚕の村の洋行日記』も、偶然買った一冊。
群馬県の養蚕農家の人々が明治のはじめごろ、蚕種を売るために欧米へ出かけて行ったときの記録。
日本事情の授業の「異文化接触」関連に役にたつかなと思って購入。
国家をあげての事業だった岩倉具視らの米欧視察の記録とは異なる、庶民の目での欧米文化との遭遇記録がおもしろかった。
ナイアガラの滝を見物にいって、滝そのものより、そのときに初めて体験した滝壺へ降りていくエレベーターにびっくり感心しているようすとか、生き生きと「新文明との遭遇」を書き残している。
と、読んだ本を思い出すだけですぎていく年末。
子どものころ、年末の大掃除が大嫌いで、「大人になったら、せっかくの冬休み、掃除なんかしないで、読みたい本を読み散らして大晦日まですごしたい」という願った。
子どもの頃の願いごとは、ほとんど「却下!」になってしまったが、この「年末に掃除をしない」ことだけは、願いがかなった。「塵芥、埃にまみれておおみそか」
2005年も「ホコリ高き」正月をむかえることになる。

2004/12/31 18:07「雪の大晦日」
降り出した雪がどんどん広場も梢も白くしていく。これは雪景色の元旦になるかなと思いつつ雪の中を買い物に行く。しかし、夕方には雪は雨に変わり、足下も梢もびしょびしょになっていく。上野アメ横に行ってみようかとおもったけれど、なぜか中途半端に後楽園で降りる。
地下鉄後楽園駅から東京ドームへ若い女性がいっぱい。トキオ、キンキキッズたちジャニーズ事務所アイドルのカウントダウンライブに集まっている人たちだ。うきうきと大好きなアイドルのライブを待っている人、「入場券ゆずってください」と書いたプラカードを胸の前に持ってじっと立っている人。
今年最後の商戦に声を張り上げて売り上げを伸ばそうとしている人、買物する人。蕎麦屋に入って年越し蕎麦を注文する人。それぞれの時間のなかに2004年が終わっていく。
いつもは入ったこともないラクーア下のスーパーで買物。
カフェ足跡でことばを寄せてくださった方、日記コメントやメールを下さったかた、すべてのみなさまに、ありがとう。
よいお年をおむかえください。

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