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日々雑記いろいろあらーな2004年8月
ポカポカ春庭のいろいろあらーな2004/08      
日付1 タイトル 今日の一冊 著者
2004
08/03
夏色に命輝く(2)朱夏 No.136『朱夏』
No.137『朱夏の女たち』
(み)宮尾登美子
(い)五木寛之
08/04 夏色に命輝く(3)朱夏つづき
08/05 夏色に命輝く(4)炎帝
08/06 夏色に命輝く(5)炎天 No.138『現代俳句』
No.139『独航記』
(や)山本健吉
(へ)辺見庸
08/07 夏色に命輝く(6)炎昼、炎暑
08/10 夏色に命輝く(6)炎昼、炎暑
08/11 夏の鎮魂(1)晩夏
08/12 夏の鎮魂(2)真夏のハイビスカス
08/13 夏の鎮魂(3)サランヘ
08/14 夏の鎮魂(4)命の蛍
08/17 夏の鎮魂(5)送り盆
08/18 夏の鎮魂(6)へいたいおじさん
08/19 夏の鎮魂(7)平頂山村殲滅 No.140『もうひとつの満州』
No.141『七三一部隊−生物兵器犯罪の真実』
(さ)澤地久枝
(つ)常石敬一
08/20 夏の鎮魂(8)青深峪(あおふかだに) No.142 歌集『山西省』 (み)宮柊二
08/21 夏の鎮魂(9)アニミズム
08/24 オリーブグリーン(1)的を射る
08/25 オリーブグリーン(2)心の金メダル
08/26 オリーブグリーン(3)スプラッシュ! No.143『ゼウスガーデン』 (こ)小林恭二
08/27 オリーブクリーン(4)一瞬の夏
08/28 オリーブクリーン(5)オリンポスの果実 No143『一瞬の夏』
No144『オリンポスの果実』
(さ)沢木耕太郎
(た)田中英光
08/31 オリーブグリーン(6)夢の帆柱



ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏色に命輝く(2)朱夏
at 2004 08/03 06:31 編集

 「朱夏」は、青春と白秋の間。四季のひとつ。また、青春時代に続く人生のひととき。真っ赤な太陽の色がイメージされる。

 小説『朱夏』は、宮尾登美子の自伝的作品。少女時代を描いた『櫂』に続く、結婚後の時代を描いている。
 結婚し(旧)満州に渡った二十歳の綾子が、赤ん坊をつれて敗戦の夏を生き抜く、激しい朱夏。
 戦下の朱夏は、逃げまどう人々の血の色でもある。綾子は亡国の民となり、真夏の満州で飢餓と病気におびえながら生きのびる。

 五木寛之『朱夏の女たち』は、35歳前後の3人の女性の「自分探し」がテーマ。
 喫茶店経営者樹里と歯科医夫人朋子とテープ起こしのバイトをしながらライターをめざす七重。それなりに暮してはいるけれど、このまま年を重ねていっていいのかなあという気持ちが、朱夏の女たちの胸に揺れ動く。

 私が2歳の娘を保育園に預け、大学に学部から入り直したのも、ちょうど35歳のときだった。中学校国語教諭から大学日本語講師へのシフトって、傍目には同じような仕事の、たいして代わり映えしないように思えるものだろうが、私にとっては激動の季節だった。自分を探して朱夏をすごした。

 とにかく、めちゃくちゃ忙しい朱夏。
 自宅から自転車で20分の大学に入学し、学部3年生の終わりに日本語教育能力試験に合格。学部4年生のとき息子を生んだ
 授業中のにわか雨に「しまった、ふとんを干して来ちゃった!」と叫んで教室で笑われたり、生まれたばかりの息子を背負い、娘のままごとの相手をしながら、「提出期限に間に合わせよう」と、卒論書きに励んだり。
 息子をおんぶして大学院の入試二次面接にかけつけた。

 乏しい家計を奨学金がささえた。奨学金で二人の子の食い扶持をまかない、今も育英会に返済を続けている。

 娘を小学校へ送りだし息子を保育園に預けて大学院へ。やっとのことで修士課程を修了したとき、娘は9歳。卒業式父兄席にすわって母の大学院修了を祝ってくれた。<夏色続く>
☆☆☆☆☆☆
春庭今日の2冊
No.136(み)宮尾登美子『朱夏』
No.137(い)五木寛之『朱夏の女たち』

ポカポカ春庭のいろいろあらーな
2004/08/03 今日の色いろ=夏色に命輝く(3)朱夏つづき

 大学院2年目からは、生活費捻出のため日本語教師の仕事をめいっぱい入れた。授業がない土日や夏休み冬休みには、夫の会社(ずっと赤字続き)の下働き。出版社へのメッセンジャーや校正アシスタント。
 「まるで仕事ができない奴」と、夫に叱られ続けた。いつも注意力散漫だから、校正者としての能力は決定的に不足していたみたい。おまけに方向音痴なので、メッセンジャーに出かけても、道をまちがえたり、乗り換えの路線をまちがえて、とんでもない方向へ進んでしまい、約束の締め切り時間に間に合わない。

 「夫婦が協力して家庭を築き上げる」という結婚前の理想は、「家事育児にはいっさい関わらない」という夫だったので、「絵に描いた餅」に終わった。
 ひとりで家事育児をこなし、日本語教師として働きながら大学院で学び、学校がない日は夫の仕事の手伝い。よくもまあ、あんな日々をすごせたものだ。真夏のエネルギーに満ちていたんですね。今はくたびれ果てております。

 仕事を続けながらの大学院生。いつまでたっても修士論文が書き上がらない。思い切って日本語学校教師をやめ、修論執筆に専念してやっと修士号を得た。
 しかし、大学院を修了しても就職口はない。日本語教師養成通信講座のスクーリング講師をして1年。単身赴任という条件をのみ、文部省(当時)からの派遣講師として中国で教えることになった。子供の世話はしないという夫なので、実家に子供たちをあずけ、背水の陣だった。

 派遣先は、『朱夏』の舞台となった地であった。NHKのテレビドラマ『大地の子』の舞台でもある。
 『大地の子』ロケ隊がやってきて、エキストラを募集しているというお知らせが講師室にも伝わった。エキストラのほとんどは中国人を採用しているが、何人か日本人も必要という。他大学の老先生といっしょにエキストラをすることになった。

 日本に帰ることなく旧満州の地に倒れた開拓団。墓もなく荒野に眠る人々への墓参団、という役回り。
 朱夏時代の私の姿。NHKドラマ『大地の子』のワンシーンに、数分間残っている。

遠き朱夏 女盛りなんてあった?(春庭)
============
もんじゃ(文蛇)の足跡
 7月10日に「宮尾登美子の世界」展を見て、タッキー義経じゃ、どうしようかなと思っていた来年の大河、やはり宮尾登美子の原作だから見ようと思い直す。

 10日の宮尾展イベントで、平家琵琶と笛の演奏による宮尾登美子「新平家物語」の語りを聞き、「平家琵琶っていいなあ」と思った。昔の人は琵琶法師の平家語りを楽しみにきいたんだろうなあ。

 三谷幸喜ファンとしては、香取慎吾のあの一呼吸ためこむセリフまわしの新撰組もそれなりに楽しめているから、きっとタッキー義経も大丈夫だろう。香取慎吾は、近藤勇役として良い配役だったと思う。こぶしが口に入れられるのだから!

ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏色に命輝く(4)炎帝
at 2004 08/05 18:28 編集

 夏を表す漢語は、朱夏のほか「炎帝」がある。
 真夏の太陽が、覇王のように東から西へ燃えさかり、帝王として天空を横切っていく感じがする。

炎帝に召し使はれて肥担ぐ(上田五千石)
弟子となるなら炎帝の高弟に(能村登四郎)

 しかし、現代の子どもたちにとって、「エンテイ」は、夏を意味するのではなく、「伝説のポケモン」のひとつ。伝説のエンテイ、炎となって燃えるタテガミをひらめかせて天地をかけめぐる。

炎帝やポケモン図鑑に熱中す(春庭)

 夏休みになると遊びにやってくる孫を、心待ちにしているおじいちゃんおばあちゃんが多い。
 しかし、去年の夏は、孫が夢中になっているポケモンカードの話題に、じいちゃんもばあちゃんもついていけなかった。

 今年こそはリベンジ。ポケモンにも強いじいちゃんとして、孫の尊敬を勝ち取らねば。じいちゃんは、孫が来る前に、もう一度ポケモン図鑑で復習する。何がなにに進化するのかも、ちゃんと覚えた。今年は孫といっしょに楽しむぞ!はりきっているおじいちゃん。
 でもね。この夏の孫は、ポケモンカードを卒業して、ロールプレイングゲームに夢中になっているかも。

 映画『結晶塔の帝王』の伝説のポケモン「エンテイ」は、結晶塔にとじこもるミーの心が生みだした幻想のモンスター。
 エンテイは父も母もそばにいないミーのために幻想の「父」としてふるまい、ひたすら子の願いを実現しようとする。

 ミーによりそい、ミーを外の世界から守るエンテイ。外の世界からやってくるサトシたちは、エンテイにとっては敵。エンテイはサトシのポケモンとも戦う。
 しかし、最後は。自分を「パパ」として愛してくれた子が真に幸福になるよう、現実の世界へと送り出す。安全な結晶の幻想のなかにとじこもるより、厳しく辛い現実であるかも知れない外の世界へと、ミーを向かわせる。

 エンテイには、子の願いに寄り添おうとする「母性」と、子を外へ導き出そうとする「父性」の両方が存在している。
 両親そろわなくても、あるいはミーのように両親ともいなくても、子の成長にとって、自分を見守り励ましてくれる存在は不可欠。その役を果たすのは、夏休みの祖父母でもいいし、近所のおっちゃんでも、バイト先のタコ社長でも。さまざまな出会いが必要。

 子どもが心豊かに育つために、よりそう心と見守る目を、誰かがだれかに分けてあげられる社会でありたい。

 この夏、じいちゃんもばあちゃんもパパもママも、親戚、ご近所のかたも、子どもたちがのびのびと夏の盛りをすごせるよう、生き生きと生きていく力を得ることができるよう、見守っていてくださいね。どこの子も、世界の宝物ですから。<夏色つづく>

ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏色に命輝く(5)炎天
at 2004 08/06 11:40 編集

 「炎帝」のほか、暑さが燃え上がるような炎のつく季語「炎天」

炎天の犬捕り低く唄ひだす(西東三鬼)

 三鬼の「炎天〜」を、山本健吉は「ハムレットのセリフを思い出す」と、評している。
 墓掘り人夫が唄いながら掘り続けるようすを、ハムレットがながめて言う。「あいつは自分の仕事に何の感情も持たないのか?」ホレーショが答える。「慣れてしまえば何も感じなくなるんです」

 山本の評の要約。「血塗られた手として仕事を続けるうちに鼻唄さえ出てくる犬捕りを、三鬼は背筋のぞっとするような感覚を受け取っているが、それだけではなく、犬捕りへの親近感も表現されている」。
 親鸞が「わが心のよくて殺さぬにはあらず」と言ったのと同じ内省が、三鬼の「低く唄いだす」から見えてくる、と山本は言う。
 
 私は、この句から辺見庸のエッセイを思い出す。
 辺見は、火事のように真っ赤な色をみせるつつじ花壇に目をとめる。「今猩々」という種類のつつじという。
 その花壇は、保健所が集めた野犬の処理場の中にあった。野犬といっても、ほとんどは人が捨てた犬。

 不要になって捨てられた犬たちを、男は毎日黙々と殺し、焼き続ける。仕事だから。
 男は仕事のあいま、つつじの手入れに余念がない。肥料をやり、より色鮮やかな花を咲かせようと苦心する。犬を焼却処分した灰は、よい肥料になるのだという。
 辺見の目に、躑躅(つつじ)は「巨大な血溜まり」のように見えてくる。(『独航記』の中の「躑躅の男」)

 ハンターに捨てられた猟犬。年をとって役にたたなくなったから、不要。マンションで洋服を着せられ冷暖房の中で愛玩されたペット。引っ越し先はペット不可だから、もういらない。引っ越しのとき、燃えるゴミといっしょに捨てる。
 人間の都合で、「燃えるゴミ」のように捨てられ、ゴミよりも「養分のある肥料」になる灰。

 猟犬の髑髏の灰も、チワワの細い骨の灰も、花壇にまかれ、色鮮やかな躑躅に変わる。
 「躑躅(つつじ)という漢字は、髑髏(どくろ)という字に似ている」と言った漢字マニアの留学生がいた。

 犬殺しをせぬのも、人質の首を刎ねぬのも、「わが心のよくて殺さぬにはあらず」。
 ある炎熱の日には、自分の手が「血溜まりの花」を摘むことにならぬとは、誰が言えようか。いや、人々は今日もこの炎天に「戦争のために使う税金」を払うために、せっせと稼いでくる。すでに、躑躅と髑髏は重なっている。

 8月6日に、「水をください」と叫びながら炎熱地獄のなかに死んでいった人々を忘れてしまうなら、私たちの手もまた、血溜まりの花をつかんでいるのだろう。

 一瞬の閃光に焼き尽くされていった人の無言の叫びを聞く耳もたず、「武器を売るのも経済活動」と言う人たちを認めてしまうなら、私の手もまた、、、、。<夏色つづく>

☆☆☆☆☆☆
春庭今日の二冊
No.138(や)山本健吉『現代俳句』
No.139(へ)辺見庸『独航記』

ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏色に命輝く(6)炎昼、炎暑
at 2004 08/07 10:00 編集

 炎天のほかに、いかにも「炎」が暑そうな「炎昼」「炎暑」「炎熱」。
 乾ききる「大旱」、極まる暑さ大きな暑さの「極暑」「大暑」

炎昼いま東京中の一時うつ(加藤楸邨)
炎昼に製氷の角をどり出る(秋元不死男)
みじろぎもせず炎昼の深ねむり(野見山朱鳥)
炎昼やビル陰ランチの工事びと(春庭)

 ビルの谷間の道路で工事をしている人たちが、日陰で弁当をひろげているのを見る。日陰といってもアスファルトの照り返しはきつい。そのまま道路で昼寝する人も。炎昼の深ねむり。

炎暑の扉 街へひらきしが用あらず(加藤楸邨)
生きてゐるかぎり 豚は炎暑の鼻世界(加藤楸邨)

 生きているかぎり豚のように食べ続ける春庭にとってもまた、炎暑は厳しい。暑い暑いと言ってグウタラして動かないのに、食欲はなくならないから、夏やせというのをしたことがない。今年の夏も、「生きているかぎり豚」ですごす。

大旱の赤牛となり声となる(西東三鬼)

 炎天下、人も草もぐったりとしている中、炎熱が化身したような大きな赤牛が見える。何もかも燃え尽き、乾ききったような空気の中に、本当に赤牛がいるのか、それとも暑さの中の幻想なのか。暑さが固まって牛の形になったのかもしれない。
 暑さの赤牛は、暑さの中から絞り出すような声をたてる。声は燃える空気を伝い、ぐったりしている人と草に届く。

兎も片耳垂るる大暑かな(芥川龍之介)
念力のゆるめば死ぬる大暑かな(村上鬼城)
じだらくに勤めていたる大暑かな(石田波郷)

 春庭は、大暑でなくてもじだらくに勤めているのだから、大暑ともなれば、もうぐうたらと何もしない。「何をせずとも東京の大暑かな」とおまじないをとなえると、あら不思議「何もしなくても、まあ、しょうがないよ。ヒートアイランド、暑いんだもんね」で、毎日ジダラクぐうたらとすごせる。

 炎天はますます燃えさかる。しかし、太陽暦では、立秋は「太陽の中心が黄経135度を通過する日」と定められている。2004年は8月7日が立秋。
 暦のうえでは、8月8日からは秋になる。とてもそうは感じられないけれどね。
 立秋といえども今日の暑さかな。まだまだ暑い。<夏色つづく>

ぽかぽか春庭の「いろいろあらーな」夏色に命輝く(7)首夏、盛夏
at 2004 08/10 11:32 編集

 朱夏のほか、「夏」がつく語は、立夏、初夏、首夏、盛夏、晩夏。少しずつ季節は移ろう。
 夏のはじめのうちは「首夏しゅか」「初夏はつなつ、しょか」

初夏に開く郵便切手ほどの窓(有馬朗人)
見習いの稚き初夏のメス洗ふ(平畑静塔)
インク壷港の首夏を映しおり(井越芳子)

 「インク壷〜」の句を、大岡信は「一読してさわやかな初夏の港の光景を詠んでいる句(中略)ただ、インク壷に港の景色が鮮明に映る?」と評している。

 句には、味わう人それぞれの受け止め方がある。私は、インク壷に景色が直接映っているのだとは思わなかった。

 窓辺に机が置かれている。窓からは初夏の風が吹き込み、白いカーテンがゆれる。机の上の小さなガラスの壷には、ブルーブラックのインク。
 カーテンの揺れ具合により、インク壷は夏の光を反射する。ブルーブラックは、たちまち海の色になる。
 夏の港から船が白い帆を揚げて出ていこうとしている、、、、。

 私には、現実の港ではなく、作者の心象風景の夏の港が映し出されているように感じられた。
 夏のはじめの心象風景。

人質の首切り落とす砂漠首夏(春庭)

 砂漠には初夏も盛夏も晩夏も、そんな微妙な夏の移り変わりはないとは思うが、、、、。
 時節柄、砂漠近い地域での惨劇と、首という語が重なって連想されたので、角川春樹「向日葵や信長の首切り落とす」からのコラージュ。

 同じ「首夏」でも、砂漠にくっつけると、乾燥きわまったような酷薄な暑さと渇きがイメージされる。

闊歩する孔雀に天も地も盛夏(福田寥汀)
ペディキュアはハイビスカス色ミュール盛夏 (春庭)

 ミュールの句、片仮名単語を並べて俳句を作る試みのひとつ。キャッチコピーのようになるのがカタカナ俳句だが、けっこう気にいっている。
 伝統もよいけれど、新しい電灯をともすのも好き。ことばの未来、明るかれ。

 立夏から立秋まで、ブルーブラックのインク壷に映る港の色、暑熱が凝ったような赤牛の色、爪に塗られたハイビスカスの色、それぞれの夏色がそれぞれの人の心に染められる。<夏色に命輝く終わり>



ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏の鎮魂(1)晩夏
at 2004 08/11 09:19 編集

 夏の末。「晩夏」「夏深し」「夏終わる」。

紅くして黒き晩夏の日が沈む(山口誓子)
さらば夏の光よ男匙洗う(清水哲男)
晩夏光刃物そこらにある怖れ(大野林火)

 「刃物そこらにある怖れ」も、現実のナイフや包丁などの刃物というより、心をつきさす言葉などもふくめた、作者の心象の中の刃物ではないかと思う。
 しかし、今年の夏ばかりは、この句から悲しい事件を連想してしまう。

 7月18日、夏休み入りに先立ち、長崎県佐世保市コミュニティセンターで「怜美さんとのお別れの会」が開かれた。小6同級生殺害 御手洗怜美さんにヒマワリを捧げ、冥福を祈る。夏休みを暗くすごすことのないように、クラスメートたちに心の区切りをつけてほしいから、と怜美さんのお父さんから申し出があって開催された会という。

 怜美さんのお父さんから子どもたちへ「あなたたちのすぐそばに、あなたたちを一番愛している人がいることを忘れないでください。死という形でなくても、あなたたちが目の前からいなくなったら悲しむ人がいることを決して忘れないでください。そして自分の人生を大切に生きてください」

 クラスメートたち、楽しく明るい夏休みを過ごしているだろうか。

 小学生中学生が関わる事件が増えてきた中、この佐世保事件とマレーシアからの転入女子生徒による新宿男児突き落とし事件など、夏の間もずっと心にひっかかていた。再び、親鸞の言葉が身に染みる。「わが心のよくて殺さぬにはあらず」
 生徒集団の中に、心の居場所がなかったという新宿の加害女生徒。だれひとり、この女生徒の心に寄り添う人がいなかったなんて、、、、。

 自分が加害側になることの怖れもなしに「クラスではみんな仲良くいたしましょう」「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」と、お題目を教室標語として貼っておれば事足りて、世はなべて何事もなしと、優雅に夏休みをすごせる人もいるが、、、、。

 映画『16歳の合衆国』を見た。
 もの静かで内気な知性的高校生、16歳のリーランドが、ガールフレンドの弟ライアンを殺してしまう。知的障害をもつライアンを施設から家までおくってやったり、仲良くしていた彼がなぜ?誰にも理由が分からない。

 リーランドは犯罪少年の矯正施設に収容され、パール教官の担当クラスになった。パールから渡されたノートには、自由の女神の写真が表紙にあしらわれ「United States」とタイトルがある。
 リーランドはその下に of Leland と書き込む。「リーランドの合衆国」でもあるし、「統合されたリーの土地」「リーランドの統一された状態」でもある。

 リーランドは「人生は、寄せ集められた断片の総和より大きい」ということばを、心に深くとめている。
 断片をひとつひとつ寄せ集めて、リーランドは心の中をノートにつづる。

 大人たちは少年犯罪の理由を知ろうとする。理由を知って「親子関係に問題がある」とか「イジメが原因」などの理由をつければ、罪を犯した心を理解した気になって安心する。

 しかし、ひとりの人間の心の奥底、心理の統一された状態など、カウンセリングしたからといって、わかるものではないだろうし、本人にも説明しきれないのかもしれない。人の心の闇をすべて明らかにすることはできないのだろう。

 「哀しみに満ちた人生」がキーワードのひとつとなっている映画だが、見終わっても哀しみの塊がずしりと心に重い。ラストの哀しみもカタルシスにはならない。

 だれも、自分は絶対に正しく、人を傷つけることなどないまま生きていると、いい切れはしない。だれも、心の中に闇の部分を持っている。
 どこにも「罪持つ人を、石もて打つ資格」のある人は、いない。

 だれも心の中に刃物あるをおそれ、そこらに刃物あるをおそれながら命をみつめる。
 夏は命の季節。命をみつめ命を育み、命を鮮やかな色に染め上げる季節。
 すべての生きとし生けるものの命が、何よりも子供たちの命が、輝く夏色でありますように。<夏の鎮魂つづく>


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏の鎮魂(2)真夏のハイビスカス
at 2004 08/12 21:07 編集

鉄の雨きび畑に降りし真夏(春庭)
飛行基地も四囲も真夏の篠つく雨(横山白虹)
 
 真夏というと沖縄を連想する。
 1年前、2003年夏に見た映画『ホテルハイビスカス』。
 沖縄の「客室は一室だけ」のホテルハイビスカスが舞台。(いつもは一泊4500円だけど、今なら食事付3000円!!)
 真夏のひざしのもとで、たくましく生きていく一家にひきつけられた。つらい現実もあるけれど、人々は底抜けに気がよく、力強く、生き生きとしている。
 とてもいい映画だったので、2004年3月に、もういちど見た。

 太陽(てぃだ)かあちゃん。ビリヤードと三線が上手な父ちゃん。小学校3年生の美恵子。かあちゃんと黒人兵士の間に生まれたケンジにいにはボクサーをめざす。白人とのハーフさちこねぇねぇは高校生。山羊をつれての散歩が日課のおばあ。
 美恵子に拾われた行き倒れのバックパッカーだが、もとからいっしょに暮しているように家族の中になじんでしまう泊まり客、能登島くん。

 よそのバーで働くかあちゃんは一家の大黒柱で、太陽で、ハイビスカスの花のように明るくきれい。いつもはビリヤード場で昼寝しているとうちゃんも、いざとなれば、具志堅さんのパイナップル畑で力を発揮する。

 森の精霊キジムナーを探しに出かけた美恵子が出会う、基地の中に住む「まやー喰いおばあ」も、森に住むキジムナータンメー(じいさん)も、出てくる人たちはみな不思議な生命感に満ちている。

 かあちゃんのことをからかわれた美恵子は、友達とケンカする。暴力をふるったことで父ちゃんに叱られて、家へ帰るにかえれない。
 夜の公園。ひとりぼっちでブランコをこぐ美恵子。いつのまにか美恵子と同じくらいの年齢の不思議な女の子がきて、いっしょにブランコに乗る。

 女の子は、お盆にみんなに会いに来た父ちゃんの妹だった。父ちゃんの妹は、「いくさぬゆ」のあと食べるものがなくて、亡くなってしまったのだ。
 むかえにきた父ちゃんは、妹が美恵子に会いに来たことがちゃんとわかる。

 「お盆だからって、ご先祖様にごちそうをあげたりするのはバカみたい。、ご先祖様がほんとに食べたりするわけじゃないのに」と思っていた美恵子にも、命のつながりの不思議さが感じられる。

 沖縄の人たちは、戦争で亡くなった人のことも、戦後食べ物がなくて亡くなった人のことも、忘れたりしない。忘れないけれど、今生きている人たちは、今のひとときを笑ってすごす。
 心のなかでご先祖さまを大切にしながら、三線をひき、歌をうたってすごす。酒を飲み、踊ってすごす。
 亡くなった人たちもそうやって、今生きている人が楽しくすごしているようすを見て、笑ってくれる。

 つらいこと苦しいこともあるし、基地に囲まれた厳しい現実もあるけれど、何よりも、スクリーンから沖縄の夏の光があふれてくる。美恵子をはじめホテルハイビスカスのみんなから、私はたくさんのエネルギーを受け取ることができた。
 基地フェンスの中でも外でもハイビスカスは真っ赤に咲き誇る。

 「ホテルハイビスカス」中曽根みいこの原作マンガでは、もっと基地の話や「いくさぬゆ」のころの話がずしんと重いというので、映画もよかったけれど、それとは別にマンガを読んでみるつもり。

 国内で唯一、地上戦が行われた沖縄。6月23日、沖縄線を終結した日。沖縄慰霊の日も、夏の大切な一日。<夏の鎮魂つづく>
===============

もんじゃ(文蛇)の足跡:

 沖縄の文化がとても好きだが、沖縄へまだ行ったことがない。7月末に、新宿でエイサー祭りがあった。新宿東口の広場で行われた前夜祭で、「琉球國祭り太鼓」の演舞を見た。小さい子もとても上手に踊っていて、迫力満点の太鼓とエイサーだった。沖縄で一万人エイサーがあるとき行って、いっしょに踊りたいなあ。

8月12日の花言葉:ハイビスカス・・新しい恋(by hanamizuki)
新しい恋に出会いに新宿へ、、、、、と行きたいですけれど、娘といっしょに新宿で食べ放題カフェへ。食い気親子です。


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏の鎮魂(3)サランヘ
at 2004 08/13 10:31 編集

 『ホテルハイビスカス』の、たった一室だけの客室のたった一人だけの泊まり客、のう天気な能登島くんを演じた和田聡宏は、今期のテレビドラマ『東京湾景』で、仲間由紀恵の恋人、ガテン系書道家の役。

 原作の吉田修一『東京湾景』と、テレビドラマの共通点は、東京湾両岸が舞台、出会い系メールで知り合うという設定だけで、あと半分の設定は韓国映画『ラブストーリー(原題は「ザ・クラシック」)』に似ている。
 運命に引き裂かれた母の恋。時代がうつり、娘が愛した人は、母が愛した人の息子、、、、、。

 『ラブストーリー』は、古典的な純愛映画。母ジュヒと、娘ジヘの恋物語。
 大学生の娘が、母が若い頃書いた日記と手紙を読む。手紙の中には、母が高校生のころ愛した人ジュナへのせつない恋がつまっていた。「議員の娘」ゆえに、許されなかった恋。

 ジュヒは議員の娘であり、親友テスと婚約する定めと知ったジュナ。恋をあきらめるた
め徴兵に応じ、ベトナム行きを決意する。ジュヒの親に疎まれる自分より、富豪の息子テスの方がジュヒを幸福にしてやれるだろうと。

 ベトナム行きの若者を送り出す人々の熱狂。
 ジュヒは、兵士を乗せて出発する列車を追う。しかし軍服のジュナは遠ざかっていく。韓国のベトナム参戦が、若い恋人の間を遠く隔てた。

 そうだ、韓国はベトナムに兵を送っていたんだった。ベトナム戦争反対デモのはしっこに加わったことのある私も、30年余が過ぎると、韓国がベトナムに参戦していたこと、記憶から薄れていた。
 40年前の夏、1964年7月18日に、韓国からのベトナム派遣軍第一陣が釜山港から出発。

 '64年から8年半、最大兵力時5万人部隊、のべ32万人の韓国の若者が徴兵され、ベトナムで戦った。韓国人戦死者数5千人。枯れ葉剤散布などによる後遺症が未だに残る元兵士多数。

 ベトナム参戦への代償として、アメリカから10億ドルの経済援助をひきだした韓国は、その後驚異的な経済発展をとげた。

 ベトナム戦争では、ベトナム人戦死者200万〜300万人。資料によって死者数に幅があるのは、生死不明者や行方不明の非戦闘員が多いことによるらしい。死者の半数から三分の二以上が非戦闘員という。
 米国軍人は5万7千人が亡くなり、多くの若者が心身に傷を負った。死と向かい合った記憶、逃げまどう村人を殺した記憶。たくさんのつらい記憶に押しつぶされ、心を病んだ人々がいて、今もなお療養を続ける人も数多い。
 「ベトナム戦争の残した影」について、さまざまなレポートが伝わっている。

 しかし、韓国から派兵され亡くなった人、心身傷ついた人の話を、私はこれまで読んだり見たりすることがなかった。
 この映画を見て、「ベトナムで戦死した韓国人、傷ついた韓国の若者も数多かったのだ」と、今更ながら思った。
 ベトナムのジャングルで戦っていてジュナは、爆撃を受け盲目となる。

 韓国からの発信が、どんどん入ってくるようになった今だから、これからは、今まで私たちが意識を向けなかった部分や、報道されにくかったさまざまな情報も、受け取ることができるだろう。
 韓国の現代史について、専門家でない一般の人でも、今まで以上に詳しく知ることができるにちがいない。
 ヨン様に夢中の人たち、韓国の歴史にも興味をもってくれたら、うれしいです。<夏の鎮魂つづく>


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏の鎮魂(4)命の蛍
at 2004 08/14 09:57 編集

 『ラブストーリー』で印象的な画面は、母の恋にも娘の恋にもある、蛍飛び交うなかで、恋心を確認し合うシーン。
 引き裂かれる運命にあったジュヒとジュナ。夏の田舎の川にでかけ、川辺で夜になってしまう。命そのもののように蛍が舞い飛ぶなかで、ふたりはみつめあう。言葉に出さなくても気持ちは伝わる。サランヘ、愛してる。

 蛍はその光の幻想的な印象から「恋」や「命」にまつわる伝説も多い。
 この世のものとは思えないほど美しいが、光っていられるのはたった7日間という、はかない蛍。

 蛍とぶ夏の夜。蛍の神秘的な光を命の発露と感じ、静かに穏やかに眺めていられる夜があることを幸いと思う。

川ばかり闇はながれて蛍かな(加賀千代女)
かたまるや散るや蛍の川の上(夏目漱石)
ゆるやかに着て人と逢ふ蛍の夜(桂信子)

 お盆のころになるとテレビで放映された『火垂るの墓』。放映のたびに、娘や息子といっしょに見て、いっしょに泣く。幼い節子が蛍の光のなかですごすシーン、見るたびに泣ける。

 娘は保育園のころ『火垂るの墓』を見て、「ぜったいに戦争はいや」と思い、核の冬を描いたアニメ『風が吹くとき(レイモンド・ブリッグズ原作)』を見て、人類が核を持ったことの恐ろしさを感じたと言う。

 ジュナが目の光りを失うことになった戦争、『火垂るの墓』の節子が食べるものもなくやせ細って死んでいった戦争が、この地上からなくなることを祈りつつ、盆をむかえ、8月15日を迎える。<夏の鎮魂つづく>
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もんじゃ(文蛇)の足跡:

 オリンピック・ギリシャ大会開幕。
 競技場の中に出現した太古から命をはぐくむ海。海の上に、蛍のように光が舞い踊る演出。新しい命をおなかに宿す女性が海の上の銀河の光の中に立つ。命の蛍はDNAの二重螺旋となって輝く。

 古代オリンピア競技の間はすべての戦争が停止されたという。今回はそのような停戦の申し合わせは成立せず、オリンピックの間に命を落とす兵士もいるかもしれない。願わくは、すべての争いをなくし平和を願うオリンピックの心が、アテネから世界中に広がることを!  


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏の鎮魂(5)送り盆
at 2004 08/17 10:23 編集

 日本の8月は、旧盆に家に戻ってくる亡き人々をしのぶ月。私の亡き両親も姉も、8月の風とともに戻ってきた。
 16日、故郷の町は祇園山車祭りの最終日。20台の華やかな山車が勢揃いし、にぎやかなお囃しが響く中、菩提寺へ。送り盆をすませた。

祇園山車祭囃子の響く空故郷の寺へちちはは送りぬ(春庭)

 この「先祖の霊が戻ってくる」という観念は、本来のインド仏教のものではない。インドから中国を経た盂蘭盆会(地獄に堕ちた死者を救済する)行事と、日本土着の祖先神信仰(山や海と人里の間を祖先霊が行き来する)などが習合してできあがったものだという。

 仏壇や盆棚におく位牌。位牌も本来のインド仏教にはない。中国の儒教では、死者の名を書き留めた札を用いた。これを宋時代以後の中国仏教がならったものという。

 子どものころ田舎の家では、目に見える盆の形「盆だな」を作った。
 仏壇から写真や位牌を移し、キュウリやトマトやスイカを供える。

普段は気にしない古い位牌を見た子どもたちは「これ、だれだっけ?」と訊ねて、自分たちが生まれるずっと前になくなった人たちの話を聞くことになる。
 今いっしょに暮している家族だけじゃなく、自分の命は遠い遠いところから繋がってきているんだなあと、感じるのが旧盆の期間だった。

 私の母には姉と3人の弟がいて、盆には実家に集まった。生きて集まる兄弟のほか、母には、戦死した弟と、幼いうちに病気で亡くなった弟と妹がいたことも、こんな機会に知ったのだった。

 病気でなくなってしまった久米夫ちゃんと愛子ちゃんが、どれほどかわいい子どもだったか、母は何度でも「あんなかわいらしい子は、今までどこに行っても見たことない」と言っていた。
 私には叔母にあたる愛子ちゃんは、小さなかわいい女の子のまま、盆に戻ってくるのだ。

 戦士した叔父の遺影は軍服姿であるので、私たちは「へいたいおじさん」と呼んでいた。へいたいおじさんの遺骨は、墓にはない。
 フィリピンで戦死した知らせと共に届けられた白木の箱には、遺品の時計と万年筆がはいっていただけだった。

どのように死んだのかさえわからないような戦死。敵に撃たれて死んだのか、敗走中に熱帯の病にかかって死んだのか、密林の中で飢えて死んだのか。母は「8月15日を命日と思って供養する」と言っていた。

 日本の夏は、8月6日9日、15日などの「忘れてはならない日」を心にとめる月でもある。
 春庭の原民喜コラージュ
遠き日の石に刻みし夏の花(春庭)

 広島市の原民喜詩碑には、彼の絶筆「遠き日の石に刻み/砂影おち/崩れ墜つ/天地のまなか/一輪の花の幻」が刻まれている。
 詩碑の最初の一行と、原爆を描いた小説『夏の花』タイトルをコラージュしただけだから、俳句ともいえないけれど、夏の鎮魂を心に忘れないためのつぶやき。<夏の鎮魂つづく>


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏の鎮魂(6)へいたいおじさん
at 2004 08/18 00:30 編集

 数々の失われた命に思いをこめてお盆をすごした。今年のお盆は、日程が故郷の祇園山車祭りにも重なり、高校野球にもオリンピックにも重なり、忙しくにぎやかな期間となった。

 古代ギリシアですべての戦闘を停止してオリンピア競技が行われたのとは異なり、今年のギリシアオリンピックは停戦が成立しなかった。そのことは残念だったが、若者たちが鍛え上げた身体で競技を繰り広げ、力の限りを尽くすのをみることができた。

 選手たちのこれまでの努力の日々が思われ、勝って金メダルをとった人にも、予選敗退で泣きながら競技場を去る選手にも等しく拍手を送りたいと思う。

 オリンピックと停戦問題だけでなく、スポーツの場と歴史や社会との関わりについて。
 先日のサッカー試合における重慶スタジアムのブーイング事件。
 「スポーツに政治や過去の歴史の問題を持ち込むべきでない」という日中双方の公式見解。その通りと思う。

 しかし、このブーイングがなぜ起こったのか、という歴史をまったく知らないでいた日本人が数多くいたことも事実。ブーイング事件の前に「重慶大空襲」という歴史事実を知っていた人が、どれくらいいただろうか。

 重慶無差別空襲は日本軍によって1938−1943年に行われ、約2万6千人の死傷者が出た。(国民党支配下の統計で、死傷者数には諸説があるが)
 東京大空襲と同じ「戦略爆撃(戦闘前線ではなく、一般市民殺傷を含む都市爆撃)」がアジアで行われたのは、この重慶から。
 
 日本の非戦闘員が、空襲で原爆で何十万と亡くなったことを思い出すと同時に、日本以外の土地で、多くの非戦闘員が日本軍によって亡くなったことも忘れてはならないだろう。
 日本国内の戦死者300万人。アジア各地の死者は2000万人にのぼる。

  私も、高校までの教育の場で「加害者としての日本」については、多くを知らなかった。大学の歴史授業で現代史を学んだとき、15年戦争の間に日本がアジア各地で行ったことにも目を向けなければならないことを知り、中国へ単身赴任した際に、日中関係史をおさらいした。

 重慶のサッカースタジアムブーイング事件は、両国の友好のためには快い出来事ではない。しかし、無差別空襲によって非戦闘員が殺されたのは、日本だけではないこと、日本が自らの加害の歴史を振り返ろうとしてこなかったことを、被害を受けた国の人は快く思っていないということを、日本の人が知るきっかけにはなった。

 「反日教育の弊害」「民度が低い」などと、中国側の態度を非難するだけでは、よりよい友好関係をこれから先に築いていくことができなくなってしまう。これからのよりよい関係を築くためにも、過去の不幸な歴史も学ばなければならない。

 被害を受けたことだけ思い出し、加害事実にふれようとすると、即「自虐史観」「戦略爆撃や捕虜虐待非戦闘員虐殺など、どこの国でもやってきたこと」と、言い出す人たちもいる。
 歴史を振り返ることを怠り、「おのれのみ正しい」と考えるのでは、決して世界の平和にも日本の国益にも寄与しないことに気づいて欲しい。

 留学生と共に学ぶ日本語教師は、加害事実にも直面する仕事。ときに「徴用され、過酷な労働を強いられた祖父がいる」という留学生もいるし、「私の親戚は日本軍によって殺された」と話す留学生にも出会う。

 中国、フィリピンなどアジア各地で残虐行為を行った日本軍もあった。
 原爆の記録がアメリカで公にされる際に、わざわざ日本軍がマニラで行った残虐事件も併記し、「日本人はこのような残虐な行為をする民族なので、原爆を落としたのも、平和のためにやむを得ないことだった」という印象を与えるようにして、ようやく広島長崎の悲惨な写真なども公開を許されたという。

 マニラ事件のほかにも、日本軍がアジア各地の住民につらい思いをさせた行為は、数々あっただろう。しかし、現地の人たちの中には、敵であった兵士を鄭重に葬ってくれる人もいた。
 「私たちの村で、たくさんの日本の兵士が死んだ。遺体がそのままになっていたので、村の人たちは共同墓を作り、今でも村人が墓を守っている」という話を聞かせてくれたフィリピンから来た留学生がいた。
 「お国に帰ったら、村の人たちに私からのお礼を伝えてくださいね」と、頼んだ。

 私の「へいたいおじさん」も、フィリピンの地で倒れたまま、遺骨は戻っては来なかった。もしかしたら「へいたいおじさん」も現地の人の丁寧な手向けを受けたのかも知れない。あるいはまた、ジャングル奥深く埋もれて横たわっているのかも知れない。
 遺骨がどのようであれ、へいたいおじさんの魂も8月の風になって、私たちのもとにもどり、しばし故郷の緑の中に憩ってくれただろう。

 ひとつひとつの命を思い出しながら、今は、今ひとときの夏を生きる。<夏の鎮魂つづく>


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏の鎮魂(7)平頂山村殲滅
at 2004 08/19 07:08 編集

 私の朱夏時代。10歳の娘と5歳の息子を実家に預けて、半年間、中国で単身赴任の仕事を続けた。私がすごしたのは、かって満州と呼ばれた土地だった。
 宮尾登美子『朱夏』の主人公綾子や、『大地の子』の開拓団の人々が逃げまどった土地でもあり、日本軍による加虐の地でもある。

 休みの日を利用して中国東北部を見て回った中、七三一部隊博物館、平頂山記念館などを訪れた。
 凄惨な人体実験を行った七三一部隊については、森村誠一『悪魔の飽食』などで知られるようになり、来館名簿に日本人訪問者の名前も書いてあった。

 しかし、平頂山記念館のほうは、マスコミで取り上げられることも少ない。私がこの記念館を知ったのは、澤地久枝『もうひとつの満州』による。

 平頂山村。1932年9月、平頂山村400余名、周辺の村を入れると一千名余の村民皆殺しが、日本軍によって行われた。逃げのびた数名の証言がなければ、一村がそっくり消え去ってしまった虐殺は、歴史から抹殺されたままだった。

 記念館には、遺体の骸骨が、折り重なったそのままに展示してある。兄が妹をかばい、母が子を守ろうとして折り重なっている姿が、一村全滅して埋葬する人もないまま遺骨となった。
 歴史の証言として、あえて埋葬せずそのままガラスの展示室の中に残されている。

 敗戦後、平頂山村皆殺し事件の中国側の軍事裁判によって処罰されたのは、末端のBC級戦犯(撫順炭坑職員の民間人)だけ。直接の責任者たちは、敗戦までにさっさと安全な場所へ去り、死ぬまで沈黙したままで戦後日本を生き続けた。

 七三一部隊の幹部たちも、人体実験データをアメリカに渡すことによって、訴追をまぬがれた。幹部たちは製薬会社を作り、血液製剤を売って戦後の繁栄を謳歌した。
 ウィルスに冒された非加熱血液製剤投与で薬害エイズを起こしたのは、この七三一部隊幹部たちが作った会社。人の命を何とも思わない体質は、戦時中も戦後も変わらなかった。

 戦争という極限の状況で、あとをたたない非戦闘員への虐殺。
 ベトナム戦争時の非戦闘員虐殺の例をとろう。米軍によるソンミ村虐殺事件は、マスコミでも大きく報道され、日本の人々も知っている。
 しかし、北ベトナム軍はフエで2800人の市民を虐殺した。韓国軍は66年にビンアン村で村民1000人を虐殺した。
 1932年の平頂山村での村人虐殺もまた、戦争の中で遂行された歴史のひとつ。

 空襲や沖縄地上戦、原爆などの「被害」を語る人はいたが、「加害」を語る口は重い。だが、戦争の悲惨を伝えるために、加害の側の証言も必要だ。
戦争という場では、だれもだれも、人間の心を忘れて戦争ロボットになる。「戦争だから、命じられたから、やらざるを得なかった」という証言であれ、残さなければ。

 加害の側から「死ぬまでに記録しておかなければ」と、重い事実を語る人の勇気をくみ取り、私たちは真摯に聞きとらなければならない。<夏の鎮魂つづく>

☆☆☆☆☆☆
春庭今日の2冊
No.140(さ)澤地久枝『もうひとつの満州』
No.141(つ)常石敬一『七三一部隊−生物兵器犯罪の真実』


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏の鎮魂(8)青深峪(あおふかだに)
at 2004 08/20 07:44 編集

 宮柊二『山西省』に詠まれた中国戦線。

壕の中に坐せしめて撃ちし朱占匪は哀願もせず眼をあきしまま(宮柊二)
磧(かはら)より夜をまぎれ来し敵兵の三人迄を迎えて刺せり(同)
ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す(同)

 宮はこれらの作について「自分の記録としては意味があるが、できれば他人には読んでほしくない」という内容のことばを残している。
 人に読まれたくないほど辛い記憶、しかし、書き残さずにはいられなかった魂の叫び。
 書き残すことも読まれることもつらく苦しい作品。だが、戦争を知らない私たちこそ、読むべきであろう。

 宮の歌に描かれた「兵士としての行動」は、日中戦争のなかのひとこま。
 人を殺すことを命じられ、命令に従わなければ自分が命を失うことになる、という極限下で、匪賊を銃殺し、敵兵を刺し殺す。

 正式な宣戦布告を経ずに、なし崩し的に戦線が拡大していった日本と中国の戦争では、毛沢東率いる八路軍、国民党蒋介石の軍のほか、各地の軍閥やゲリラ兵(匪賊)とが入り乱れて戦った。

 「国家による戦争」の中で行われた行為であり、戦中は「手柄」として褒め称えられた殺戮である。しかし、それを詠んだ宮の一文字ひと文字に、人の命をみつめる魂の叫びを感じずにはいられない。

 戦後40年を経た宮の感慨。
中国に兵なりし日の五カ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ(宮柊二)

 宮柊二が言い切った「戦争は悪だ」、この言葉を噛みしめる夏。
 しかし、「悪」は「平和を維持するための戦争」という言葉の包装紙でくるめば、「悪」ではなくなるらしい。
 宮もかって「亜細亜の平和のため、五族(漢族満族蒙古族朝鮮族日本族)共和のため」と信じ「聖戦」として戦ったのだ。

 宮が人を殺すために過ごした5年の歳月をふりかえり、絞り出すように言う「戦争は悪だ」の声は、「私たちの豊かな生活を保障するため」「石油の安定供給」「アメリカあっての日本経済」このような恫喝の前には、意味を持たない言葉となって、深い渓谷に落ちて消えていくのだろうか。

胸元に銃剣うけし捕虜二人 青深峪(あおふかだに)に姿を呑まる(宮柊二)

 国際法を遵守するなら保護すべきであった捕虜。皇軍兵士は、「上官の命令は陛下の命令!」と命じられれば、銃剣でその胸を刺し貫く。捕虜は名も無き兵士のまま、青葉深い谷底にその姿を呑まれていく。

 「国家繁栄のため」「同盟国アメリカとの友好関係維持のため」と命じられれば、私たちも「戦争は悪だ」という宮の叫びを、青深峪に突き落とすのか。

飢えさすらう満州の朱夏 夕日(ひ)は巨塊(春庭)
「日の丸」が顔にまつわり真っ赤な夏(中村草田男)
<夏の鎮魂つづく>

☆☆☆☆☆☆
春庭今日の1冊
No.142(み)宮柊二 歌集『山西省』


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」夏の鎮魂(9)アニミズム
at 2004 08/21 00:42 編集

 私の宗教的感覚は「アニミズム信仰」に近くて、山にも川にも海にも一寸の虫にも一枚の葉っぱにも、この世のすべてにスピリットがあると感じるのが好き。
 死生観についても、一番イメージが近いのは、「千の風になって」や「葉っぱのフレディ」に描かれたような世界だと思う。

 芽吹き、若葉となって日の光をいっぱいに浴びる。青葉濃くなり、夏の日差しから人々を守る木陰を作る。秋、真っ赤に命を燃やし、冬、風とともに枝から去っていく。体は土にもどり虫を養い、魂は風となって宇宙をかけめぐる。

 実際のところ、魂というのは、脳のシナプスにあると思っている。シナプスとシナプスの間を化学物質が行き来するとして、宇宙規模に拡大したシナプスの間をかけめぐる、というイメージ。シナプスファンタジー。
 両親や姉の魂も、墓の中や極楽地獄にいるのではない。風となって宇宙のシナプスの間を行き交い、私のまわりをとんでいる。M31も銀河もアンドロメダ星雲もひとっとび。

 私が彼らを思い出すと、私の想念のなかに風となってやってくる。それでいい。この「偏在する何ものか」を「スピリット」と呼んでもいいし「光明」ととる人もいようし、サンスクリット語のamitaと捉える人もいる。私の場合、「風」でも「気」でも、何でもよい。

 「ご先祖供養」というのも、私は、人類の祖というミトコンドリアイブも、脊椎動物の祖というピカイアも、全部ご先祖と思っている。
 絶滅した動物たち、まとめて供養。次に絶滅するのは人類かもしれないしね。

 DNAの連続からいうと、ご先祖とはいえないであろうアノマロカリスとかハルキゲニアなどのカンブリア期の生き物も、面白い形だから好き。オパビニアは、「ナウシカ」のオウムのモデルかも。全部まとめて供養。

 「唯一の存在」への帰依を絶対とし、我が神を信じている人以外は仲間と認めず差別する、っていう宗教もある。でも、私のアニミズム神たちは、そんなケチな神様じゃないんです。太っ腹です。すべての存在を、平等に受け入れてくれる。
 なにせ、山も川も木も草も、鰯の頭もへっついかまども、オパビニアも、すべてのものがスピリットで、すべての存在が神だから、神だってゴマンといて、十分手が足りている。すべての人や生き物の魂を全部受け止めても、おつりがくる。

 行事も全部とりいれる。節分謝肉祭花祭り。七夕お盆にハロウィーン。クリスマスにはプレゼントを待ち、ラマダンあけには食い放題。

 盆の時期には、盆むかえをして、盆送りをする。
 心のなかでお迎えして、風となってやってくる両親や姉、ご先祖の霊を、心の中に受け止めるのだから、心に「盆だ!」と思えば、盆の行事なのである。
 盆だなを作ったりして、目に見える形として先祖を迎えるのも大切なのだが、魂の供養にはさまざまな方法がある。いまのところ、目に見えないココロ中心にやっているだけ、、、、。

 私のご先祖は、盆棚作って茄子やきゅうりをお供えしなくても、ちゃんとココロにもどってくる。第一、ピカイアは茄子を食わない。
 ミトコンドリアイブが胡瓜で作った馬に乗って帰ってくるっていう図も、なかなかシュールでよろしいのだが。

 盆をすごし、再び風となって宇宙を巡るみたまへ。「ひとりひとりの力は小さいかも知れないけれど、平和を守る努力を続けるから、見守っていてくださいね」<夏の鎮魂おわり>


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」オリーブグリーン(1)的を射る
at 2004 08/24 06:50 編集

 オリーブ色は、オリーブの実の色。くすんだ暗めの緑。オリーブグリーンはオリーブの葉っぱの色。または熟す前の実の色。灰がかった黄緑。

 アテネオリンピック表彰式。オリーブの葉で作った冠が、誇らしげに勝者の頭に載せられる。オリーブグリーンが頭上に輝く。

 我が家の子供ふたり、今年の夏はオリンピック一色だ。(ッテユーカ、昼夜逆転で夜中にテレビを見る以外のことをしていない生活)
 娘は高校3年間水泳部、息子は中学3年間水泳部だったから、ふたりして地上波で放映された水泳競技をほとんど全部ライブで見たのにはじまり、柔道体操レスリング陸上マラソン。アテネに合わせて昼夜逆転生活。昼寝て夜通しテレビ観戦。我が家は昼夜二部交代制生活の夏。

 メダルラッシュの中でも、「とる、とる」と確実視され、マスコミ露出度の高い競技もあるし、地上波テレビ生中継もないとっても地味な競技もある。そんな地味なアーチェリーで、銀メダルを獲得した山本博選手に感激!

 今回で通算5回のオリンピック出場の大ベテラン、41歳。勤務先高校のアーチェリー部の指導と選手生活の両立をめざしてきた。
 学生時代は、インターハイ3連覇インターカレッジ4連覇と、無敵を誇った。20年前の84年ロス五輪でオリンピック初出場。銅メダル。

 そのあとも、ソウル、バルセロナ、アトランタとオリンピックに出場した。アーチェリーでは国内第一人者となり、もくもくと競技を続けてきた。しかし、シドニー五輪では代表選手に選ばれなかった。だれもが「限界。現役引退か」と思った。

 それでも、自分のために生徒のためにアーチェリーを続けた。
 高校の先生をしながらの選手生活。企業がバックについて、競技中心の恵まれた環境で続けるのとは異なる苦労もあっただろう。

 アーチェリーが、体力筋力の若さだけがものをいう競技ではなく、精神統一、集中力など精神面の強さが大きく影響する競技であることも勝利の鍵であろうが、20年間、競技へのモチベーションを維持するのは、並々ならぬ意志の力があったと思う。

 不況リストラなど落ち込む話題や、定年後の生活不安の話が多い中年世代にとって、「日本の働いている中年のみなさんが、おれもやるぞって思ってもらえたら」と語る山本選手のことばは、これぞ文字通り「的を射た」セリフと、元気がでてくる。

 山本選手が41歳という年齢で現役選手を続け、「中年の星」とわれわれに感じさせてくれたことに感謝。

 「(ロス五輪の銅メダルから)20年かけて銀メダルがとれたので、これから20年かけて金をめざしたい」という山本博。ほんとうにあと20年がんばってほしい。
 私もあと20年はがんばります。<オリーブグリーンつづく>


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」オリーブグリーン(2)心の金メダル
at 2004 08/25 00:15 編集

 へそ曲がりなので、マイナー競技や無名選手を応援したい気持ちが強い。メダルをとると言われている選手が、プレッシャーを押し返し期待通りに勝利する姿もすばらしいが、縁遠かった国の無名の選手が、もくもくと競技を続ける姿を知ることも好き。

 女子マラソン。マラソン発祥地点からアテネへ。坂がきつく、とても過酷なレースだった。
 優勝候補という選手がつぎつぎ棄権した中、東ティモールのアギダ・アマラル(Agida Amaral)選手は、3時間18分25秒で完走。トップ野口みずき選手から50分遅れのゴールだった。

 長い間、独立のための苦難に耐えてきた東ティモール。1999年の独立紛争のとき、アギダさんは難民キャンプですごさねばならなかった。それでも4人の子を育てながら走り続けた。2000年シドニーオリンピックには個人の資格で参加し、同胞を勇気づけた。

 東ティモールは、2002年にインドネシアから独立。2002年5月に行われた独立記念スポーツ大会のとき、有森裕子さんが代表を勤めるNPO「ハートオブゴールド(心の金メダル)」はじめ、たくさんのボランティアが競技運営支援をした。伝統競技として「椰子の木登り競争」などの種目に観衆がわく中、アギダさんはハーフマラソンで優勝。

 東ティモール国としては、今回のアテネが初のオリンピック参加。メダルを得た選手の記録には及ばなかったが、アギダさんの胸には、初参加の国の栄えある代表となった誇りの「心の金メダル」が輝いたことだろう。彼女の42.195Kmにたくさんの拍手をおくりたい。

 メダル争いに食い込まない選手が生中継でクローズアップされることはないが、テレビに大写しになる有名選手の後ろで画面に入り込んでしまった選手や、コーチや応援の人々の表情をみているのも好き。

あの夏の数かぎりなきそしてまたたった一つの表情をせよ(小野茂樹)

 恋する若者が見つめている少女の「数限りなきそしてまたたった一つの表情」。
 テレビカメラの向こうにいる、選手の、数かぎりなき且つたった一つの表情は、ときに悔しそうにゆがみ、ときに自己を誇る輝きに満ちる。自分の持てる限りの力を尽くした選手を見ている私たちにとっても、その限りなき表情は人生への讃歌と映る。

 さまざまな表情を見せる選手たちが「心の金メダル」に輝くのを応援しながら、「チョー気持ちいい!」も、「コーチにとびつきたい」も、十分に楽しませていただいた。
 「心の金メダル」は選手だけでなく、テレビ観戦のお気楽な観客にも、明日への活力を与えてくれる。<オリーブグリーンつづく>


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」オリーブグリーン(3)スプラッシュ!
at 2004 08/26 08:57 編集

 表彰台に登ってオリーブの葉の冠を誇らしげに受ける選手にも、負けて悔しそうに競技場を去る選手にも、これまですごした競技生活のドラマがあるだろう。家族の支えや友情や挫折や栄光のものがたり。
 ふだんはスポーツに縁遠い人も、そのようなドラマの中に、努力を重ねる人の美しさや悔しさを感じながら、応援する。勝った負けただけじゃない、懸命に生きる人の物語を味わう。

 しかし、物語は美しいばかりではない。オーストラリアのヒーロー、イアン・ソープは開会前「(オリンピックや選手は)汚れている」という意味の発言をして物議をかもした。
 直接には使用禁止薬剤に嵌ったりした選手をさしているのだろうが、オリンピック全体が、もはや創始者クーベルタンが提唱した「純粋なスポーツ、アマチュアリズム」などからほど遠い存在になっていることは、だれもが認めている。

 「オリンピックは汚れている」というイアン・ソープ発言の懸念を裏返していえば、今のオリンピックで勝つには、「自分の周囲に支援プロジェクトを形成していく能力=資金力」が重要ということになるのだろうし、手っ取り早く勝つには「ドーピングテストにひっかからないような筋肉増強剤や精神高揚剤を開発したところが勝ち」なのかもしれない。

 すでにねずみの実験では、通常のねずみの2倍の持久力を持つ「マラソンネズミ」が誕生している。PPARデルタという遺伝子を操作したねずみは、通常マウスの2倍の時間、2倍の距離を走り続けることができる。将来は人間に応用され、遺伝子ドーピングを悪用した「マラソン人間」の誕生のおそれがあるという。不気味なニュース。
 だが、競技に勝つことが至上となれば、必ず「どんな手段でも勝ちたい」という人は出てくるだろう。

 小林恭二の小説『ゼウスガーデン』では、いっそのこと「何でもありオリンピック」のほうが公平かもしれないと、肉体改造も薬物もすべてOKの競技会が行われる。結果、「肉体改造、薬物使用のほか、選手のほとんどが手術で脳をいじくってきた」というおぞましい「怪物くん大会」となる。

 そもそも近代オリンピックの開始が「近代国家=ネーションステート」の成立を背景としているのだから、もともと「純粋なスポーツ」ではあり得ない存在だった。

 ふだんは「ボーイズラブ」小説やマンガを楽しむことに専念のharu3さんも、オリンピックのときばかりは、「2004/08/20 9:59 haru3 オリンピックを見てると愛国家になった気がする」
 これこそがオリンピックの目的のひとつであり、haru3はじめ、たくさんの人が、オリンピックの機能に忠実である。

 高校野球では、故郷のチームや今住んでいる地域のチームを一生懸命応援するし、オリンピックでは、自分が所属する国や少しでも関わりの深い国を応援する。それは共同体に生きる人のごく普通の感情といえる。

 一億総「愛国家」になっているのだとしたら、オリンピック設立目的のひとつが、百年間ずっと機能し続けているということなのだろう。オリンピックは近代国家にとってまことに有効な共同幻想装置である。

 水泳柔道体操マラソンと、メダルラッシュは驚異的。
 北島、柴田選手はじめ、テレビの中の水しぶきひとつひとつがまぶしく映った。
 選手の努力やそれを支えた周囲の人たちの有形無形の支援に、心からの拍手をおくる。

 プールにきらめく水しぶき。スプラッシュ!きらめく雫のひとつひとつが選手の努力の結晶でもあり、人々を「想像の共同体」に結びつける紐帯ともなる。

 この紐や帯を、自分の思う方向に利用したがる人々もいることを意識しないと、レニ・リーフェンシュタールの映画『オリンピア民族の祭典』が『意志の勝利』と共に、ナチスに利用されたことの再現となる。
 『民族の祭典』の中で競技する選手たちは限りなく美しい。人々は美しい映像の中で酔い、酔った人々はひとつの方向へ収斂される。
 近代国家幻影への酩酊が悪酔いとならぬよう意識しつつ、選手たちの美しい姿を応援したい。

スプラッシュ!雫のひとつぶひとつぶが 水かく手足のメダイヨンだね(春庭)

<オリーブグリーンつづく>
☆☆☆☆☆☆☆
春庭今日の一冊
No.143(こ)小林恭二『ゼウスガーデン』


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」
at 2004 08/27 06:33 今日の色いろ=オリーブグリーン(4)一瞬の夏

 オリンピックの機能をつきつめていけば、「参加することに意義がある」という近代オリンピックの精神の建て前よりも、「国の名を背負って勝つこと」という本音が中心になるのも当然の結果。

 近代オリンピック百年を経て、近年のスポーツは、「一大プロジェクト」として管理しなければ、勝利することは難しい。要するに、金のないところは勝てない。金(カネ)が金(キン)を生み出す。
 ひとりの天才的な素質を持つ選手がいたら、その周囲に支援チームを形成していくことが必要。

 選手各人の努力は貴いし、応援する人々も純粋な気持ちをもって応援していることはわかっているが、選手の育成強化、管理にどれだけ金をかけられるかが勝利のポイント。
 勝利した選手は、栄誉を手にするが、もちろんそれだけではない。所属会社やチーム、契約しているスポーツ用品会社などにとっては、「金を生む木」である。

 ビジネスとしてメリットがなければ、今回のアメリカ野球チームのように、国を代表する選手を送り込むこともしない。この場合のビジネスとは、金儲けのための経済だけでなく、ネーションステート運営も含めた広い意味でのビジネス。

 日本で初の水泳個人種目金二冠を達成した北島選手の周囲にも、スポーツ科学の粋を結集した支援の輪があった。
 スポーツ栄養学により、効果的な食事をとることは一流選手にとっては、当然のこと。スポーツ医学研究により、筋肉を科学的に形成する。競技映像をコンピュータに取り込み、解析して泳法を研究する。また、合理的コーチング。コーチや支援者の精神的な支え。
 このようなチームの総合力によって、北島の努力が大きく結実したのだ。「オリンポスの果実」を実らせるには、選手個人の努力だけではできない時代。

 柔道二連覇という偉業を成し遂げた谷亮子選手。本当に偉大。その快挙の達成にも大きな支援プロジェクトがあった。
 谷選手の「練習相手5人」の派遣費用、約1000万円は所属自動車会社が負担。また、「客席からの応援が励みになる」と、やわらちゃんが一言いえば、即、応援団そろいのピンクのハッピ、ピンクのやわらちゃんタオルやうちわなどを用意する。この応援グッズだけでも数百万円の支出というが、会社にとっては、社のイメージアップのための宣伝費と思えば安いものなのだろう。

 オリーブグリーンに輝く冠は、選手個人の栄誉とともに、支援チームの「選手を育て上げる夢」達成の象徴でもある。
 人材と資金力を結集したチームによる、総合力止揚としての勝利。

 このような、支援プロジェクトを形成しえない小国の選手や、資金集めに苦しむマイナー競技の選手にとって、苦しい競技生活が続くのかもしれない。それでも、彼らは練習を続けるだろう。自分に挑戦するその一瞬のために。

 選手個人の長年の努力も、支える人々の支援も、ただ「見つめる人」としてテレビで応援するだけの私にも、どのヒトコマも、その一瞬一瞬が、人生にとっては、たった一度きりのひととき。一瞬一瞬を生きる「一瞬の夏」。<オリーブグリーンつづく>


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」
at 2004 08/28 09:42 今日の色いろ=オリーブグリーン(5)オリンポスの果実

 スポーツは自分でやるのも観戦するのも面白いが、競技や選手の生活を描いた小説やノンフィクションを読むのも楽しい。
 ボクサー、カシアス内藤を描いた沢木耕太郎の『一瞬の夏』など、スポーツノンフィクションが好き。

 1932年ロサンゼルスオリンピック。ボート選手の恋を描いた田中英光の小説『オリンポスの果実』は絶版になったという。田中は1949年に師匠太宰治の墓前で自裁した。体はこの世から消えても作品は長く残っていたが、ついに『オリンポスの果実』も遠く消え去ったのか。

あの夏に「読めよ」とアイツが投げくれし『オリンポスの果実』絶版となる(春庭)

 と、感傷にひたりたいのだが、図書館古書店で探さなくても、青空文庫で読めます。入力ボランティアの地道な努力のおかげで、著作権切れの作品がネット上で読める。私の好きな「無料!」で。

 スポーツの楽しみ方。1、自分でやる。2、観戦する。3、スポーツノンフィクションや小説を読む。そして、4、特定の選手やチームを応援する。ファンクラブに入会したりや私設応援団として応援をすることを生き甲斐にしている人も多い。

 体操の塚原直也選手は、今住んでいる住居のご近所出身。10歳からの努力が、大きなオリンポスの果実となって結実し、夢をかなえた。
 アテネオリンピック体操団体で金メダルを得た塚原のことば「やっと夢がかなったって感じです」 

 小5で体操の練習を始めたころから応援してきた近所の人たちは、自分のことのように「直也君、よくやった」と感激している。
 一人の少年が両親と同じ器械体操を志し、努力を積み重ねてきた姿を応援していくことが、近所の人々にとっても元気の素だったのだ。

 しかし、両親ともオリンピック選手で体操指導者という恵まれた環境で育ってきた塚原選手の歩みも、順調なばかりの競技生活ではなかった。アトランタでもシドニーでも夢はかなわなかった。
 3度目のオリンピックでようやく手にした「夢の実現、オリンポスの果実結実」。おめでとう。

逆立ちしておまへがおれを眺めてた たった一度きりのあの夏のこと(河野裕子)

 塚原のゆか演技。倒立演技をしながら彼が見ていたのは、きっとテレビの向こうで応援していた私よ。<オリーブグリーンつづく>
☆☆☆☆☆☆☆
春庭今日の二冊
No144(さ)沢木耕太郎『一瞬の夏』
No145(た)田中英光『オリンポスの果実』


ポカポカ春庭の「いろいろあらーな」
at 2004 08/29 08:24 今日の色いろ=オリーブグリーン(6)夢の帆柱

 この夏の24時間テレビでは「あなたの夢はみんなの夢」をキャッチフレーズにしていた。
 オリンピックの大舞台で、ひとりの選手の夢と、支える周囲の人の夢が一致して実現したとき、オリーブグリーンの葉が輝く。

八月の吾が入り江にぞ並みゐたるゆめみるひとのゆめの帆柱(紀野恵)

 ヨット男子470級で関・轟ペアが銅メダル獲得。男子ヨットでは初のメダル。海の上でも「ふたりの夢はみんなの夢」となって、大きく夢の帆がふくらんだ。

 青い波と空をみつめながら帆走するヨット競技。一度は自分の力で操縦してみたいと憧れの的だったが、今まで挑戦するチャンスはなかった。ヨットと聞くと「お金持ちの若大将」専用のような気がしてしまう世代である。

 現在ヨットに関して、一番関心を持っているのは、NPO「セイラビリティジャパン」の活動。様々な条件をもつ人と一般の人がいっしょに活動し、高齢者にもハンディキャップのある人にも、ヨットセーリングの楽しさを知ってもらうために活動している。
 アクセスディンギーという転覆しないように設計されたヨットで、一般の競技に使用するのはもちろん、高齢者、体力の弱い人やハンディキャップのある人も自力で帆走できるよう改良されている。

 HP「水辺のユニバーサルデザイン」でのアクセスディンギーについての説明。

 「アクセスディンギーは、あらゆる年齢層の人、そして、あらゆるレベルの視覚障害、肢体不自由、知的障害を持つ人達がセーリング出来る事を目標に持つ小型ヨットです。ユニバーサルデザインのアクセスディンギーは、最も厳しい肢体不自由の障害を持つ人でさえ自分自身で操船する事を可能にします。
障害を持つ人は新しく自分にセールする能力を見つけ出すことで、自分の可能性を発見する事ができます。
私達の主な目標は、各地にアクセスデンギーの小さなフリートを作ることです。」

 特別な能力を与えられた人の、特別なスポーツの勝利だけが感動を生むのではない。アクセスディンギーのような「あらゆる人が挑戦でき、自分の可能性を発見できる」スポーツこそ、私には望ましい。
 私の夢の帆柱は「アクセスディンギー」 nobiさん、応援しています!

 傑出した成果を結実させる選手にも、敗退した無名の選手にも、オリンポスの果実は実る。
 選手だけじゃない。NPO「ハートオブゴールド心の金メダル」のボランティア、NPOセイラビリティジャパンのボランティア、青空文庫ネット入力ボランティアはじめ、日常の中で、日々の活動を地道に続ける一人一人の頭上に、オリーブグリーンが輝いているとおもう。
 そして、毎日の自分の「やるべきこと」を続けている、一人一人の胸に「心の金メダル」が光る。

 年末に脳梗塞で倒れたあと寝たきりとなった伯母が、不自由になった発音で「何にもできなくて、皆の世話になるだけで、、、、、生きているのが申し訳なくて。死にたい」と、涙したとき、私は言った。
 「今、生きている姿をみんなに見せることが、伯母さんの今の仕事なんだから、死にたいなんて絶対に言っちゃだめ。神様から与えられた寿命を生き抜くことが何より貴い仕事なんだから」
 この夏に誕生日を迎えた伯母は89歳になった。ナーシングホームのベッドで猛暑の夏を生き抜いた伯母へも「生きていてくれてありがとうね。はいっ!金メダル!」

 「心の金メダル」は、ひとりひとりの活動、ひとりひとりの「生き抜くこと」に対して与えられ、その胸に光る。心の金メダルを光らせて、「一瞬の夏」は、永遠に輝く。

 アテネオリンピック閉会後、パラリンピックが始まる。 次の「心の金メダル」めざして。

 新しい夢の帆は、風を受けて、さあ出帆!<オリーブグリーン終わり>

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