3日目(8月4日 月曜日)

ホテルで2回目の朝食を取った。ホテルの朝食は「ヨーロッパ風(コンチネンタル・ブレックファースト)」と「イギリス風(ブリティッシュ・ブレックファースト)」の2種類があって、我々は「ヨーロッパ風」の方だ。
「ヨーロッパ風」と言えば聞こえが良いが、要はパンとコーヒーだけの粗末な朝食の事だ。コーヒー以外にもフレッシュジュースと紅茶、ミルクと種類は豊富で、バイキング形式で好きなだけ取れる。パンもトースト、フランスパンなど何種類かあったが炭水化物一色だ。それとは反対に「イギリス風」は、タマゴやベーコン、ハム、ソーセージなどがあり、蛋白質が豊富なメニューが揃えてある。でも、だいたい

イギリスの食事はこんなもんである。


美味しいものを食べたい人はイギリスには行かない方がいい。
粗末な朝食を腹一杯食べ、今日は今回の旅行のメインとも言うべき、バッキンガム宮殿に行く事にした。バッキンガム宮殿は現在エリザベス女王が住んでいるので、本来なら絶対立入り禁止の所だ。日本で言えば差し向き皇居の中の東宮御所のようなものだ。
ところが、チャールズ皇太子の住んでいるウィンザー城が数年前に使用人の寝タバコが原因で火事となり、その修繕費用を稼ぐために5年に限り、それも夏の2ヶ月間だけ一部を公開しているもので、確か後2年くらいしか中に入れないという。

バッキンガム宮殿を見ないでイギリスに来たとは言えない!


バッキンガム宮殿の前はいつもどおり入場が始まる9時前にバッキンガム宮殿に着いて、衛兵の交代で有名な門の前に行った。しかし様子が変だ。門は空いているものの、観光客は誰も入れないようだ。暫く門の前で様子をみていたが、誰1人として入れない。ガイドブックには、右手にチケット売場があると書いてあったので、行ってみるとクローズしており、「チケット売場は閉鎖中。次回は97年の夏です」と書いてある。今は、97年の夏に間違いない。それにしても、今日だけ休みなら、こんな書き方はしないハズだ。確か7・8月が開催期間とガイドブックに書いてあったハズだけど、どうなっているんだろう・・・・誰かに聞いて見たいが、英語でどう言えばいいのかチョット心もとないので、聞く勇気が出ずにあたりをウロウロするばかりだ。とその時女房が

あれは何!


と、バッキンガム宮殿から200mくらい離れた別の建物の門の前で、50人くらいの行列が出来ているのを見つけた。バッキンガム宮殿はダメでも、何か見れるかも知れない。行列に向かって走って行くと、1人の英国女性が走って来て我々を追い抜いて前に並んだ。
それほ程ものなのか? 一体何の行列だろう。と思いながら、はずむ息が整うまで暫くそこで回りを見回したりしていた。するとTV局が来ている。何かある。
暫くして、我々の前に割込んで並んだ英国女性が、女房に「今何時ですか」と聞いてきた。これがチャンスとばかり、「一体ここで何があるんですか」と聞いてみた。早口の英語でよく聞き取れなかったが、どうも

ロイヤルファミリーが来る


らしい事が分かった。ロイヤルファミリーといっても沢山いるんだろう。日本人に馴染みのない人もいっぱいいるに違いない。でも、バッキンガム宮殿も空いてないし、ここで何か見れればいいや。どうせ時間はたっぷりあるし。と待ってみる事にした。
クラレンス・ハウスの中で待つ一時間程待つと、やっと門が開いた。門の前で厳重な荷物検査をされ中に入ると、外門に続く道路ぞいにさらに内門があり、その前に近衛兵が2人立っていた。内門の前の道路を隔てて反対側の歩道に、腰くらいの高さの柵がしてあり我々はその柵の中の歩道に入る形になった。歩道には、今まで並んでいた人たちと、沢山の報道陣がいた。道路には警察官が数人いて、ものものしい警戒だが、なぜか皆ニコニコして和気あいあい、警官が何か言うと皆が爆笑している。人々は手に花束や国旗、「Happy Barthday」と書いた垂れ幕をもっている人がいる。
はは〜ん。ロイヤルファミリーの誰かの誕生日なんだ。そういえば来ている人は、ほとんどが英国人のようで、観光客は少ない。ましてや日本人は我々しかいない。報道陣も含めて200人ほど入った所で入場は打ち切りとなった。入れなかった人たちが大勢外門の向こうにいるのが見える。ここに入れたのは、結構ラッキーだったのかもしれない。そう言えば、外で並んでいる時に、「何人くらい入れるのか」と心配そうに話している人がいた。
中でさらに1時間くらい待っていると、赤い服を着た3人の老紳士がカートに犬のぬいぐるみを載せて前を通った。皆、拍手喝采。きっと子供の誕生日かもしれないな。さらに1mもの大きさのシャンペンを持って来た人。騎馬隊、楽隊などが、中に入って来た。だんだん盛上がってくる。相当待たされた後、内門が開いて、ワー!と言う大歓声があがった。 中からピンクの花柄の洋服を着た品のいい老婦人が出てきた。
なんとエリザベス2世の母君(クイーンマザー)ではないか。キュートでかわいらしい人だ。思わず、

大英帝国万歳!!


クイーンマザー!!と叫びそうになった。皆「Happy Barthday,Mum!」と言って、「Happy Bathday to you 〜」と合唱した。そこへ騎馬隊の行進、楽隊の「Happy Bathday」の演奏が続く。クイーンマザーは、門の中央に立ち、報道人や我々に対し笑顔で挨拶した後、子供たちからお祝いの花束や手紙をもらった。
そして、なんとこちらに歩いて来て、歩道に並んでいる我々全員に1人1人挨拶して回ったのだ。目の前で皇太后がにこやかに微笑みながら、何か言っている。これこそクイーンズイングリッシュだ!でも全然分からない。私も何か言わなくては。「私は日本からきました。誕生日おめでとう。」と言おうとしたら、隣のおばちゃんが先に何か言った。皇太后はそちらを向いてしまったので、きっかけを逃してしまった。
残念な事をした。皇太后と話をした数少ないであろう日本人の1人になれたのに!
皇太后は1900年生まれで今年97歳の誕生日を迎えたそうだ。ビクトリア女王が崩御したのが1901年なので、ビクトリア朝に生きた最後の皇室ということになる。この日の夜のBBCニュースではトップで取り上げていた。翌日の新聞も各紙一面の扱い。その週のニューズウィークでは表紙を飾った。きっと日本でも報道されたに違いない。いやー、いいものが見れた。さあここを出よう。と思ったが、誰もその場を動かない。なぜ? まだ何かあるの? 皆帰らないのに、我々だけ帰るのは何か失礼なような気がした。しょうがないので、

また訳の分からないまま待つ事にした。


皇太后とその娘エリザベスU世それから1時間おきくらいに、皇太后とチャールズ皇太子と2人の王子、皇太后とエリザベス女王とチャールズ皇太子という組合わせで、それぞれ内門から出てきて挨拶をした。正に目と鼻の先で、ロイヤルファミリー全員を見る事ができた。ダイアナが見れなかったのは残念だったが、お家の事情だからしょうがない。
待っている間に仲良くなった英国人のおばあさんも、しきりに「あなたたちはラッキーよ」と言っていた。全くイギリスに来た甲斐があったというものだ。
そのおばあさんはロンドン郊外のキューガーデンの近くに住んでいて、東芝の従業員に英語を教えているという。日本にも一度来たことがあるそうだ。我々が日本人と分かって、ゆっくりした分かりやすい英語で話してくれたので、かなり会話ができた。英国人がお勧めの観光スポットも教えてくれた。
そのおばさんが、日本の日光に来た事があるというので、お返しに日本の諺を教えてあげた。"Don't say good before you see Nikko."
「日光を見るまで結構というな」と言ったつもりだけど、ちゃんと伝わったかどうかは「おばさんのみ知る」である。

やっと終わって、外にでると午後2時ちかくになっていた。4〜5時間もいたことになる。お昼ご飯はというと、昨日コンビニで買ったチーズとパンを待っている間にチョコっと食べて済ませた。こちらでは我々も少食だ。そのおばさんのお勧めで、午後はロンドン塔に行く事にした。
ロンドン塔はよく観光写真で見かける、ロンドン橋の上にある二つの塔だと長いこと信じていたが、どうも違うらしい。ロンドン橋の河岸にあるお城(宮殿)がそれだ。
ロンドン塔(The tower of London)は11世紀のウィリアム征服王の時代に建てられ、その後、宮殿、要塞、監獄や処刑場、武器庫、造幣所、動物園、宝物庫と900年の時代とともにその役割を替えてきている。
入場に15分程並んでチケットを買い中に入る。チケットを買う時、前の人が「ワナダルト」と言っている。"One adalt"(大人一枚)が、リエイゾンで縮ま
ってそう聞こえるのだな。されば、こちらは大人2枚なので、

つなだると!


と言ってみたところ、「なんですか?」と聞き返されてしまった。あわてて「つーあだると」と言い直すと分かってくれた。思い付きの応用は失敗の元だ。
ロンドン塔は今は宝物庫兼観光スポットとして使われている。見ものは何といっても、ジュエル・ハウス(宝物庫)にある数々のお宝!
ロンドン塔の中でジュエルハウスの入場待ちジュエル・ハウスに入るのに、長蛇の列が出来ていて、小雨のパラつくなかここでも1時間待たされた。今日は、よく待たされる日だ。並んでいると、外国人に「どのくらい待つのですか?」と聞かれてしまった。私に聞かないでほしいものだ。ここの最高のお宝は、エリザベス女王の戴冠式に使われた王冠だ。本物とあって警備は厳重で、部屋全体が金庫になっている。歴代の王が使った王冠や笏、金食器(銀じゃない)などがこれでもか、と置いてある。これを「何でも鑑定団」に鑑定してもらったら、いったい幾らになるんだろう。じっくり見ると1日かかってしまうくらい見る所が沢山あったが、夜はコンサートに行く予定があったので、適当な所で切り上げて一旦ホテルに帰った。
コンサートはプロムスといって、BBCが夏の間だけ低料金で開いているカジュアルなものだが、コンサート会場がロイアル・アルバート・ホールという格式高い豪華な建物である事が魅力だ。女房は出発前に買ったよそいきのワンピースを着て、私も少しまともな格好をして出かけた。コンサート会場は期待を裏切らない素晴らしいものだった。が・・・コンサートが始まってものの10分で

爆睡して


ロイアル・アルバートホールで開催されているプロムスしまった。第1部が終わる頃、女房に起こされた。女房はカンカンに怒っていて、隣の人たちが私がイビキをかいて寝てるのを見てクスクス笑っていたという。全く面目ないが、時差ぼけのなか今日は一日中立放しで疲れてたんだから大目にみてよ。
第2部はマーラーの交響曲1番だったが、また寝るといけないので休憩の合間に外に出た。
外は9時過ぎというのにまだ明るいので、1駅歩いてナイツ・ブリッジまで行き王室御用達の超豪華デパート、ハロッズの夜景を見て、タクシーでホテルに帰った。
ロンドンのタクシーは、乗る前に運転手に窓越しに行き先を言い、OKと言われたら自分でドアを開けて中にはいる。降りる時も当然自分でドアを開け、降りてから料金を払う。この時チップを1割程度渡すのが通例である。が、夜間料金割増しが£2も付いて思ったより高かったので、お釣をもらった後、何も知らないふりをして、チップを渡さなかった。運転手は何か言いたそうにしていたが、運転手に向かってニッコリ笑って「サンキュー」と言い強引に振り切った。

知らないふりは結構使える。


どの道、知らない内に英国ではやってはいけない事を色々とやってしまうのだろうから、このくらいは許容範囲だろう。
ホテルに帰ってから、日課のパブに行き、黒ビールとソーセージ&マッシュというパブ飯を食べながら、明日の計画を練った。
明日はいよいよレンタカーを借りて、ロンドン郊外をドライブである。行く場所は決まっていなかったが、昼間出会ったおばさんが、オックスフォードがいいと言っていたので、そこに行く事に決めた。日本で、買って持ってきた英国の道路地図を見ながらルートを検討した。なにせ日本ではまともな地図がなくて、やっと見つけたのはA2サイズ1枚に英国全体が書いてあるという大雑把な物だったので、これでまともに行って帰ってこれるのか不安がつのる。
でも、まあなんとかなるだろう。とにかく「M40という高速道路に乗って、オックスフォードの標識で降りて、そこから先は持ってきた地図では分からないので、人に聞きながら行く」という精緻な計画を酔っ払って完成させ、3日目を終わりにした。 


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