「驚きももの木20世紀/ブルーコメッツの苦悩」 放映記念 連動特別企画
『週刊マーガレット』1969年5月19日号
GS人気投票第3回中間発表
〜あなたの好きなグループサウンズは何位?
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今日(1998年11月3日)は火曜日ですが、「文化の日」でお休みであります。
私は、土曜日の徹夜がたたってしまったのか、結局、昨日も、風邪でダウンして会社を休ませてもらいましたので、結果的に、四連休となってしまった愚か者ですが、それはそれとして、せっかくの「文化の日」ですから、今日は、昭和40年代前半の日本に吹き荒れたGS(グループサウンズ)文化の嵐の中心にあったグループの数々が登場する『週刊マーガレット』(1969年5月19日号)の「GS人気投票中間発表第3回」をネタとして取り上げさせていただき、先週の金曜日(1998年10月30日)に放映された「驚きももの木20世紀/ブルーコメッツの苦悩」の記念連動特別企画ということにさせていただこうと思います。
何でも、すぐに特別企画にしてしまうオヤジですので、特別企画の有り難味も薄れてしまっておりますが、とにかく、特別企画ということになるのであります。
放映記念の連動特別企画といいながら、連動すべき本体である「驚きももの木」の方は、画像のキャプチャーだのテープ起こしだのと、色々手がかかる上に、今日は、この後、昨日お休みしてしまった会社の仕事も片付けなければなりませんので、とりあえず、GSものの企画用に準備してあったネタである『週刊マーガレット』のGS人気投票企画から取り掛かることにします。
当時、GSの人気投票企画といった手合いのものは、色々な雑誌や番組などで行われていた定番ものとも言うべきものではありますが、この頃、ちょうど小学生から中学生になったばかりだった私達の世代にとっては、最も身近な存在だった『週刊マーガレット』の人気投票というのが、私達の世代にとってのGS人気のバロメーターとしては、最も適当な素材ではないかなどとも思ったりしているわけです。
私の手元にある『週刊マーガレット』で、GS人気投票の関連記事が掲載されているのは、第3回中間発表の1968(昭和43)年5月19日号だけで、最終結果はどうなったのかなと気になるのが人情というものでありますが、とりあえず、これしかありませんので、ご辛抱いただいて、いつか、必ず、この人気投票の最終結果の情報を入手することをお約束させていただきます。
決して、私が狂信的ファンだったブルコメの順位が第3回中間発表で一番高かったから、その掲載号だけを恣意的に取り上げているとか、そういうことではありません。そんなことが出来るくらい豊富な資料の山に囲まれて、この「60年代通信」を作りたいものだと思いますが、貧乏サラリーマンの私の財力では、それは到底、叶わぬ夢なのであります。
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ということで、いつもながら、タラタラとつまらない能書きが長くなってきておりますので、早速、本編に入っていくことにいたしましょう。
まず、第3回中間発表における順位を、確認させていただきますと、1位タイガース(10万6286票)、2位ワイルドワンズ(6万1305票)、3位ブルー・コメッツ(5万3468票)、4位ビレッジ・シンガーズ(5万0383票)、5位テンプターズ(4万1663票)、6位スパイダース(3万8559票)、7位モンキーズ(2万6278票)、8位ジャガーズ(2万2623票)、9位カーナビーツ(2万1126票)、10位フォー・リーブス(2万0787票)ということになっております。
毎度のことながら、左の画像では、上の「今週は中間発表の第3回目です/あなたの好きなグループサウンズは何位?」という見出しの文字はともかく、本文の文字は読めないと思いますので、恒例によりまして、私が打ち込ませていただきます。
まず、右ページを右の行から順にいきます。
「★今週は、第3回目・第17号募集分の発表です!!あなたのえらんだグループは、第何位かしら!?」「★今週は、テンプターズが7位から5位にあがってきました」「★東京のジャズ喫茶ではNO1の、人気グループです」
「★そのほかは、ワイルド・ワンズ、ブルコメとヴィレッジの2位・3位あらそいが、気になりますね!!」
さらに、右ページ下にある投票した人達に抽選であたる「すばらしい賞品」という囲みの中です。
「◆一等賞◆三名 カラー・テレビ 日本でも最高級のカラー・テレビで、すきな番組を見てね!」
「◆二等賞◆百名 特製ステレオ スピーカーがふたつついた、すばらしいプレイヤーです。」
「◆三等賞◆千名 ベスト10グループ・ブロマイドセット」
「◆四等賞◆千名 グループ・サウンズ・レコード」
「◆中間賞◆百名 マーガレット特製温度計」
左ページには、5位から10位までのグループ名と写真のほかに、11位から15位までのグループ名も入っています。票数は書いてありませんが、11位リンド&リンダース、12位フォーク・クルセイダース、13位バニーズ、14位ザ・ダーツ、15位ゴールデン・カップスという順番になっております。
さらに、左ページの囲みの中は、投票した人たちの中から毎週100人に温度計が当たることになっていたようで、その当選者100人の名前が発表されています。
そして、左ページの一番左には、「★いよいよ、来週は、最終発表になります!!おたのしみにおまちください」とありますから、この人気投票の最終結果は、『週刊マーガレット』の1968(昭和43)年5月26日号に掲載されているわけでありまして、この号をゲットすることも、私の宿題の一つということになります。
さて、ここで、一つ、気になるのが、グループ名の表記でありまして、1位から15位までのグループのうち、「ザ」が付いているのは14位の「ザ・ダーツ」だけでありまして、他のグループ名は全て無冠詞であります。
実は、『週刊マーガレット』には、この時期、「グループサウンズの人気者バラバラ解剖」という企画もあり、沢田研二や瞳みのる、渡辺茂樹、清水道夫といった人たちが個別に取り上げられており、そちらでは、グループ名として「ザ・タイガース」「ザ・ワイルド・ワンズ」「ザ・ヴィレッジ・シンガーズ」という具合に、ちゃんと冠詞が添えられております。
人気投票の本文の方は省略形だったのかもしれませんが、少なくとも、ブルコメの場合は、「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」が正式な表記であり、私などは、「ブルー・コメッツ」という風に中黒を入れられても、何か落ち着かないものがあるのに、当時でも、媒体によっては、「ザ・ブルー・コメッツ」などという、小学生ファンだった私にも許せないような表記をされたりすることもあったことも思い出します。
ということで、また、本当に、重箱の隅をつつくような話に入り込んできておりますので、話を元に戻しましょう。
グループ名の表記の問題は、また、何れ、きちんと整理することにしたいと思います。
この「60年代通信」も、最近は、タイガースの親衛隊(という表現も懐かしい…)のようなGSウォーキング・ディクショナリーともいうべきお姉様方にもご覧いただけるようになってきておりまして、東京のむむむさんやLAのMさんなどには、今更、何をか言わんやといったところでありましょうが、一応、人気投票の得票順に、この時期の各グループの状況なども併せまして簡単に振り返ってみようと思います。
1位/タイガース(10万6286票)
この『週刊マーガレット』が発売された1968年4月から5月にかけての頃といえば、すでに、3月に発売された「銀河のロマンス/花の首飾り」という両A面盤が爆発的なヒットとなり、「花の首飾り」はタイガースのシングル盤としては初めてヒットチャートの1位を獲得、
4月15日付けのチャートから5月27日付けのチャートまで、連続7週間にわたってトップの座を維持していた、まさに、その只中だったわけであります。
ヒットチャートを離れても、既に、この時期は、「僕のマリー」のデビューから1年ちょっとが経過し、「シーサイド・バウンド」「モナリザの微笑」「君だけに愛を」と着実にヒットを重ね、名実ともに、押しも押されもせぬGSの人気No1グループの地位を揺るぎないものにしておりました。
個人的な思い出で言いますと、この年の7月にリリースされた「シー・シー・シー」も、「花の首飾り」に続いて、7月22日付けのチャートから9月2日付けのチャートまで連続6週間にわたってトップを飾ることになるわけですが、その「シー・シー・シー」が大ヒットしている最中に、私は、姉と友人のO君と一緒に、新潟県長岡市の駅前にある厚生年金会館で、まさに光り輝くザ・タイガースのショーを見たのであります。ちょうど、タイガースが長岡駅に到着した時に、駅前に居合わせたO君のお母さんは、「本当に肌も透き通るようで、ピカピカ光っていたわ。若い女の子が夢中になるのも無理はないわね」と興奮してウチのお袋にも話をしていたほどでありまして、この時期のタイガースというのは、今のSMAPなど及びもつかないほどの輝き方をしていたのではないかとも思ったりしてしまうわけです。
2位のワイルド・ワンズが6万1305票ということで4万票以上の差があり、最終週を待たずに、既に、得票数的にもブッチギリ状態でありまして、最終結果でタイガースが1位であったことは間違いないものと思われます。
上で紹介した、人気投票の記事本文でも、「ワイルド・ワンズ、ブルコメとヴィレッジの2位・3位あらそいが、気になりますね!!」と書かれており、タイガースの1位は不動のものであることは、すでに、規定事実として認識されていたようです。
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2位/ワイルド・ワンズ(6万1305票)
この時期のワイルド・ワンズの2位は、チャッピーこと渡辺茂樹の加入によるところが大きかったのではないかと思われます。
ワイルド・ワンズは、この年の1月に発売された「愛するアニタ」がチャートの11位を記録した後、4月にリリースされた「バラの恋人」はチャートの6位まで上昇する大ヒットとなり、ワンズにとっては、唯一のチャート・ベスト10入りの曲となったのでありました。
当初、4人編成だったワイルド・ワンズは、この年の初め、「愛するアニタ」の発売後に、渡辺茂樹がキーボードとして加入して5人編成となり、この「バラの恋人」では、その渡辺茂樹がリードヴォーカルとフルートを担当、首を傾けながら歌うその愛らしさに若い女の子達は熱中したのでありました。
「サヨナラ日劇ウエスタンカーニバル」の時に、植田さんもおっしゃっていましたが、確かに、一時期は、「ジュリー、ショーケン、チャッピー」と並び称されたものでありまして、GS人気を二分したジュリー、ショーケンにも迫るような人気だったこともあったのでありました。
ちなみに、この年に発売された曲としては、さらに、「花のヤングタウン」(7月)、「青い果実(“フルーツ”と読みます。後年の山口百恵の曲と漢字で書くと同じタイトルになりますが、全く別の曲です)」(10月)の2曲があり、「花のヤングタウン」はチャート最高位18位、「青い果実」は同じく21位ということで、翌年の「赤い靴のマリア」以降がチャートの50位以内にも入らなかったことを考えると、ワンズ人気のピークも、まさしく、この1968(昭和43)年だったということが言えると思います。
さらに、ちなみますと、GS人気に陰りが見え始めたこの年の後半に発売されたシングルも含め、作曲は、すべてリーダーの加瀬邦彦によるものでありまして、「驚きももの木」でも指摘されていた通り、GS当初のスタイルであるメンバーによるオリジナリティという意味合いでは、ワイルドワンズも、ブルコメ、スパイダースに匹敵する頑張りを見せていたことになります。
3位/ブルーコメッツ(5万3468票)
さて、「驚きももの木20世紀」では、久しぶりにブラウン官の主役を演じさせていただき、元ファンクラブの会員としても、感涙にむせんだばかりのブルーコメッツでありますが、「苦悩」していた割には、こんな『週刊マーガレット』などという対象読者としては年齢層が低いと思われる媒体の人気投票でも、堂々3位につけておりまして、今に思えば、これも、また、オジさん達の悩みを一層深くさせることになっていたのかもしれません。
1968(昭和43)年の5月といいますと、ブルコメの場合、シングル盤の発売時期では、「白鳥の歌」がリリースされたタイミングになります。
「驚きももの木」風に言いますと、すでに、前年の夏には、「真っ赤な太陽」で美空ひばりと共演してバックバンドとしての頂点を極め、さらに、暮れには「ブルーシャトー」で日本レコード大賞を獲得して、NHK紅白歌合戦にも2年連続の出場を果たし、この年の初めには、米国に渡り、あのザ・ビートルズも出演した「エド・サリバン・ショー」にも出演するなど、およそ、日本の音楽グループ、あるいは、レコード歌手、アーチストとして、考えられる最高の栄誉の数々を手にしていたのであります。
この「60年代通信」では、ブルコメ特集のシングル盤ディスコ・グラフィーのコーナーでブルコメの全シングルについての解説を試みてはおりますが、一応、この年の分だけ、おさらいをさせていただきますと、1月の「こころの虹」(チャート最高位5位、売上27.6万枚)、5月の「白鳥の歌」(同15位、11.7万枚)、7月の「草原の輝き」(同15位、12.6万枚)までがCBSコロンビア・レーベル、9月以降はコロンビア邦楽レーベルとなり、歌謡曲への路線転換を明確に打ち出した曲として大きな話題を呼んだ10月の「さよならのあとで」(同3位、35.0万枚)、12月の「雨の赤坂」(同20位、10.7万枚)というラインナップになっておりまして、つごう5枚のシングル盤が発売されております。
レコード・セールス的には、今、改めて、振り返ってみれば、どれも立派なヒット曲だったわけですが、「驚きももの木」でも指摘されていた通り、ブルコメというグループ自体にとっては、急激に盛り上がったGSブームが翳りを見せ始める中で、その音楽的な路線については迷いは深まる一方といったような状況だったものと思われ、その辺りについては、「驚きももの木」の番組を仔細に分析すると同時に、可能であれば、ジャッキーさんや他のメンバーの皆さんへの追加取材なども試みさせていただきながら、この「60年代通信」の中で、さらに、具体的な事実を拾い集めながら、その真実に迫ることが出来ればと考えています。
ということで、本来であれば、一気に、この『週刊マーガレット』の人気投票で登場する15グループについて、簡単に振り返ってみるつもりでしたが、ここに至りまして、1日中、パソコンに向かいっぱなしの私に対するカミさんをはじめ家族の風当たりが強くなり、天気が良い休みの日にどこにも出かけないという事態が許されない雰囲気になってきました。
この辺で、今日のページ作りを切り上げないと、いよいよ家庭崩壊という最悪の状況に突き進むことになりかねませんので、一旦、作業を中断し、これから、家族で多摩川の河原にお弁当を食べに出かけてまいります。
ということで、夕刻に多摩川の河原から帰ってまいりましたが、この後は、会社の仕事をしなければなりませんので、4位以降のグループについては、今週末辺りにでも、改めて、ページ作りをすることにさせていただきます。
誠に、申し訳ございませんが、諸般の事情をご賢察いただきますよう、よろしくお願いします。
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