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今月の9日(1998年5月9日)に、第5回のページを作ってから、2週間も経ってしまいました。前回では、外包紙が、過去のものと同じものばかりでしたので、3個分を1回にまとめてしまいましたが、今回は、新しいバージョンのものが出てきましたので、再び、以前のように1個で1ページを作ってみようと思います。。
この結果、どうやら、「ロッテ アストロボーイ フーセンガム」の外包紙には、5つのバージョンがあるらしいということが判明いたしました。
念のため、整理させていただきますと、今回の右手で手招きしているような感じのものを「やあ、こんにちは」バージョン、下の4枚の画像を、左から巡に、「ヨーシ、いくぞ」バージョン、「さあ、こちらへ」バージョン、「空を超えてラララ星のかなた」バージョン、「力こぶ」バージョンというように、仮にネーミングさせていただきますと、(1)「やあ、こんにちは」、(2)「ヨーシ、いくぞ」、(3)「さあ、こちらへ」、(4)「空を超えてラララ星のかなた」、(5)「力こぶ」と5つのバージョンが確認されたことになります。
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さて、気になるお値段の方ですが、今日は、このページをご覧になっている皆様への特別奉仕価格として、5個で10円…じゃなくて、気になる「てんすうけん」でありますが、通算8個目となる「やあ、こんにちは」バージョンの外包紙の「ロッテアストロボーイフーセンガム」には、「1てん」券が入っておりました。
過去8個の「てんすうけん」の内訳を振り返ってみますと、2てん券が1枚、1てん券が4枚、はずれ券が3枚ということで、勝率(はずれ券じゃない率)は6割2分5厘ということになりまして、パ・リーグの場合ですと、首位の日本ハムに4厘及ばず、2位ということになりますが、セ・リーグの場合ですと、広島を1分4厘も上回り、単独首位を確保することが出来る数字であります。
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続きまして、例により、内包紙の企画ものを詳しく考察してみたいと思います。
まず、「アトム物語」の部はTの〈誕生の理由〉で、次のように解説されています。
「科学省長官、天馬博士は交通事故で最愛の息子・飛雄を失い、アトムを作り出す」
この「60年代通信」にアクセスいただいている皆さんにとっては、アトムが、交通事故で飛雄を亡くした天馬博士が作ったものであることなどは、先刻ご承知のことかと思いますが、改めまして、アトム誕生の経緯を確認させていただこうと思います。
アトム研究のバイブルとも呼ぶべき労作『鉄腕アトム大辞典』は、飛雄について、次のように説明しています。
「天馬博士の息子。『トビオ』とも見える。(中略) 場面はさまざまながら、共通するのは自動車事故で死亡するということ。細かく見ると、自家用車を運転中に大型車と激突するのが『アトム誕生』。『アトム大使』『アトム今昔物語』では天馬博士が買ってくれたおみやげのモデルカーで走行中に大型車と激突する。その結果アトムが誕生することになるのである」
また、マンガでもアニメでも、この交通事故の場面以外には、殆ど登場することのなかった飛雄でしたが、『鉄腕アトム大辞典』によると、実の母である天馬星江は、飛雄を回想して、次のように話しています。
「トビオは早口で、ときどき舌がまわらなくなったわ。それから、おかあさんの話を聞くとき、ちょっと上目づかいになった。歩き方は大マタではやかったわ。ときどき首を左右にふって、肩をすくめるくせがあったわ。服を着かえるときは、あんがいだらしなくって、きちんとたたんだことはあまりなかったの。たいていぬぎっぱなし。おふろはぬる湯好きで、ときどき足を湯ぶねの中でバタバタ…」
天馬星江の回想しているトビオの仕種や癖などは、それなりに、鉄腕アトムの特徴などにも反映されていたような気がします。
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キャラクター紹介の内包紙は、その飛雄の父であり、鉄腕アトムの生みの親でもある天馬博士であります。
「アトムの生みの親。前科学省長官で、しばらくはアトムと共に幸せに暮らしていた」
トビオ同様、マンガでもアニメでも、アトム誕生の前後以外には殆ど登場せず、お茶の水博士ほどには、その人となりが知られていない天馬博士について、『鉄腕アトム大辞典』では5ページも割いて解説されています。
そのすべてを引用させていただくわけにもまいりませんが、まず、『マンガ少年』版の「アトム大使」から、その履歴の部分を紹介させていただきます。
「ひのえうま年うまれ、群馬の人。本名牛太郎、家は代々馬鈴薯さいばいをいとなむ、練馬中学を卒業後、馬力に馬力をかさね、馬く高田の馬場にある科学省任官試験にダークホースとしてパスした。海馬の件級では博士の右に出る駒なく、ついに科学省長官に出馬、いまに馬脚をあらわすなどとやじ馬に馬鹿げた下馬評をされている」
見事に馬づくしの履歴紹介でありますが、名前だけは、馬之助とかではなく、牛太郎となっている辺りに、手塚治虫の遊びが感じられて、嬉しくなってしまいます。
さて、この『鉄腕アトム大辞典』の著者であられます沖光正氏は、天馬博士の生まれた年について、丙馬の生まれであるということから、1966(昭和41)年生まれで、アトムが完成した2003年の時点で、37歳だったものと推定されております。沖氏は、「海馬(タツノオトシゴのこと)の研究で科学省の長官になれるんだろうか?」と疑問を呈してもおられますが、「37歳以前に科学省長官に就任したと考えられるから」、「それだけ優れた科学者なのだろう」し、「もしかしたら大天才なのかもしれない」という結論を導いています。
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最後になりましたが、シールも、これまでとは違うバージョンが出てまいりまして、シールについては、少なくとも、今回入っていた左の画像のものと下の5つの画像と、合わせて6つのバージョンのあることが確認されました。
外包紙といい、このシールといい、なぜ、こんな時期に総集編のようなことをするのだろうと、訝しく思いはじめている方もいらっしゃるかもしれませんが、そのイヤな予感は当たりであります。
実は、今月の9日に、再び、中河原のライフに「ロッテ アストロボーイ フーセンガム」を買いに行ったのでありますが、何と、すでに、ガムのコーナーの棚には、「ロッテアストロボーイフーセンガム」という商品は陳列されていなかったのであります。
その後、府中の京王ストアや聖跡桜が丘の京王ストアなど、京王線沿線の大型スーパーやお菓子屋さん、セブン・イレブンやam-pm、ファミリーマート、スリーエフといった近所のコンビニなどを回り、この「ロッテアストロボーイフーセンガム」を必死で探し続けておりますが、今日(1998年5月23日)現在、まだ、この商品が置かれているお店を発見するにはいたっておりません。
このままでは、せっかくの「60年代通信」初のプレゼント企画が、その途半ばで頓挫することを余儀なくされてしまうことになりかねません。。
商品を見つけた時点で、まとめ買いをしておけばよかったのに、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、現在、極貧状態にあるため、たかだか50円のガムさえもまとめ買いができないというようなキビシイ財政事情で、如何とも出来なかったわけでありました。
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そこで、皆様にお願いがあるのですが、首都圏の1都3県くらいであれば、どこであろうと出かけていって、何としても、20てんを達成するまでは、この「ロッテアストロボーイフーセンガム」を購入する覚悟でありますので、お近くのお菓子屋さんやスーパー、コンビニなどで、この「ロッテアストロボーイフーセンガム」を発見された際には、ぜひ、ご一報いただきたくお願い申し上げる次第であります。
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| ここまでの累積点数…1+0+0+2+1+1+0+1=6点 | ||||
ということで、今回の8個目までの「てんすうけん」の累積点数は、6点ということになり、20点の目標達成まで、あと14点というところまで来たわけですが、改めて、「ロッテアストロボーイフーセンガム」が発見されるまで、「60年代通信」ホームページ開設1周年記念の超小型特別企画としてスタートした「同時進行ドキュメント兼読者プレゼント」は、しばらく、お休みさせていただくことになります。
皆様からのご連絡をお待ち申し上げておりますので、ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
皆さんも、写真や広告などを見て、蘇ってきた記憶や思い出など、ぜひ、お便り下さい。