宇宙パトロール ホッパ   

 ここのところ、といっても、1週間とか2週間とかいうようなレンジではありませんで、もう数カ月間にわたり「テレビ」とか「マンガ」の更新頻度が落ちてきておりまして、この辺の新ネタを期待してアクセスいただいている皆さんには申し訳なく思っています。
 今回は、リクエストをいただいた「宇宙パトロール ホッパ」または「宇宙少年ジュン」を取り上げさせていただきます。前回の「遊星少年パピイ」以来、実に、3カ月ぶりの「テレビ」ネタということになります。
 まず、放映期間ですが、1月3日に稲葉小僧さんから頂いたEメールにもあった通り、1965(昭和40)年2月1日(月)から10月11日(月)までの9カ月間。NET(現・テレビ朝日)系列で毎週月曜日の夜7時から7時半まで、30分1話完結で44回放送されています。
 ですから、放映期間では、前回、取り上げさせていただいた「遊星少年パピイ」とモロにダブっておりまして、ホッパの方がパピイより4カ月早く放送が開始されたことになります。
 稲葉小僧さんからのEメールにもあったように、放映開始時には「宇宙パトロールホッパ」のタイトルでしたが、27回目から「宇宙ッ子ジュン」に改題されました。
 右の画像は、朝日ソノラマのソノシート・ブックの表紙ですが、こちらは、「宇宙パトロールホッパ」というタイトルで、その下には、「とびちるエラン水!」「宇宙少年ジュンの大奮戦!!」という煽り文が書かれており、主人公の少年・ジュンの名前が強調されています。また、稲葉小僧さんのEメールでも紹介されていた番組の挿入歌として「ジュンの歌」というものもあり、恐らく、番組の放映中に、ジュンの名前を前面に打ち出した方が視聴率的にも効果が高いというような展開になったものと思われます。

 主題歌の一部は、私も覚えていますので、多分、結構ちゃんと番組を見ていたのだろうと思いますが、やはり、「遊星少年パピイ」と同様に、連載マンガとして「宇宙パトロールホッパ」を読んでいた記憶は全くありませんし、基本的なストーリーについては、全く覚えていません。
 ですので、その辺りの確認をさせていただかなければなりませんから、私の手元にあります、「名盤復刻!朝日ソノラマ・テレビ漫画全集」の解説から、ホッパの基本ストーリーをおさらいしてみようと思います。
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 美しい銀河系の中に、科学と文化の、すばらしく発達した、平和な星・ホッパ星があります。
 このホッパ星の平和をみだそうとする、悪い武装地球人に、おそわれた地球の少年・ジュン君は、あぶないところで、ホッパ・パトロール隊にすくわれました。
 ホッパ星にきた、ジュン君は、宇宙から悪いひとを、なくすため、ホッパ人のような、すばらしい身体になって、ホッパ・パトロール隊に入る決心をしました。
 ホッパ人になる手術は、大成功でした。
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 また、『テレビアニメ全集』(秋元文庫)では、次のように解説されています。
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 地球から飛び出した宇宙船に事故が発生、宇宙を漂流しているところを、ホッパ星の宇宙パトロール隊に救助される。
 ホッパ星は、銀河系のかなたにあって、地球でいえば30世紀程度の文明を持った高等惑星である。
 宇宙空間を自由に飛びまわれる宇宙艇を持ち、宇宙の安全と平和を維持するために宇宙パトロール隊を組織していた。
 ホッパ星人は、カッパによく似た体型と、体質を持っており、頭のテッペンにお皿があって、その中に、重水素でできたエラン水をたくわえ、それをエネルギーとしていた。エラン水が切れると、活力が低下し、へたってしまうのだ。
 ホッパ星のパトロール隊に救助された地球のロケットの中にいた地球の少年ジュンは、ホッパ星に連れていかれ、サイボーグ化された。
 ジュン少年は、ホッパ星の宇宙パトロール隊員となり、ダルトン隊長や仲間の隊員たちとともに広い銀河系を舞台に活躍するのである。
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 番組の制作は東映動画で、東映動画にとっては、「狼少年ケン」「少年忍者・風のフジ丸」に続く、テレビアニメ第3作ということになります。
 連載マンガは、全く記憶にありませんので、ホッパの場合は、完全にテレビ・アニメだけの作品かと思いましたが、手元の資料を調べてみましたら、月刊マンガ雑誌『ぼくら』で1964(昭和39)年の11月号から連載が開始されています。「遊星少年パピイ」も『少年』の1964(昭和39)年11月号から連載が始まっていますので、連載マンガとしては、全く同時期にスタートしていたわけです。
 私は全く覚えていません、と書きましたけれども、『ぼくら』の1964年11月号から連載されていたとすると、「風のフジ丸」と同時期ということになりますので、その時期には、私は、ほとんど毎月のように『ぼくら』を買っていましたから、当然、目にはしていたはずで、「宇宙パトロールホッパ」については、連載マンガとしては、それほど、関心を持っていなかったのだろうと思われます。
 ちなみに、連載マンガの方は、井上英沖という方が書いていたそうでありまして、この井上英沖という人は「遊星少年パピイ」も書いていらっしゃいますから、同時期に、『ぼくら』と『少年』で「ホッパ」と「パピイ」を書き分けていらっしゃったことになります。

 さて、アニメの方に話を戻しますと、「宇宙パトロール ホッパ」の演出を担当されていた小山礼司という人は、芸大の日本画家を出て東映動画にアニメーターとして入社し、東映の劇場マンガ映画である「少年猿飛佐助」「わんぱく王子の大蛇退治」などの美術設定を担当し、後年、東京ムービー制作の「巨人の星」でも美術デザインを担当されたそうであります。
 右の画像の悪者の顔などをみますと、同じ東映動画の劇場マンガ映画「西遊記」に出て来た悪者と同じ顔をしておりまして、こういう顔が、東映動画の悪者の系譜として受け継がれているのかなと思ったりもしているわけであります。
 『テレビアニメ全集』(秋元文庫)によりますと、「宇宙パトロール ホッパ」の声の出演は、次のようなラインナップとなっております。
 ジュン(南谷智晴、曽我町子)、ダルトン隊長(小林清志)、ドック博士(島田彰)、ダー隊員(はせさんじ)、プー(野沢雅子)、ダルトン夫人(杉田郁子)、フック(大竹宏)、ホック長官(中島元)、ヒューラー総統(神山卓三)、テファニー(浅川みゆ起)、バット(羽佐間道夫)、署長(鈴木泰明)、ルビー(太田淑子)、アイアン(内海賢二)
 ということで、主人公のジュンは二人の方が担当されておりまして、「宇宙ッ子ジュン」に改題された時に交代されたのでしょうか。交互にやっていたりすると、視聴者側が混乱してしまいますから、恐らく、改題時に、交代されたのではないかと推測されますが、どなたか、ご存知の方がいらっしゃったら、ご教示いただければと思います。

 私の手元にある「宇宙パトロール ホッパ」というタイトルの朝日ソノラマの音源では、南谷智晴さんがジュンの役をやっていらっしゃいますから、恐らく、番組開始当初は、南谷さんという方がジュンの声を担当されていたものと思われます。
 で、曽我町子さんといえば、我々の世代にとっては、なんといっても、「オバケのQ太郎」であります。
 「オバケのQ太郎」の方は、テレビアニメの放映が1965(昭和40年8月)から1967(昭和42)年の3月までですので、ホッパとは2カ月ほどダブる形になります。仮に、放映期間の後半で「宇宙パトロールホッパ」のジュン役を曽我さんがやっていらっしゃったとすると、ホッパとオバQの声が同じだったことになるわけで、それはそれで、番組のイメージも随分と違いますから大変なことのような気がしますけれども、プロの声優さんにとって、その声色の使い分けなど、何の問題もなかったのかもしれません。
 それはそれとして、その曽我町子さんは、オバQだけでなく、「サイボーグ009」の007などもやっていらっしゃいますし、ルビー役の太田淑子さんといえば、「ジャングル大帝」のレオであり、「リボンの騎士」のサファイヤでもあり、ということで、声の出演も、今から思うと、錚々たる皆さんだったわけであります。
 なお、主題歌や挿入歌については、1月3日に稲葉小僧さんから頂いたEメールを御参照ください。

 さて、最後になりましたが、この「宇宙パトロール ホッパ」の番組スポンサーでありますが、朝日ソノラマの裏表紙には、右の画像のように大丸の広告がはいっており、「大丸提供・宇宙パトロールホッパ」とありますので、少なくとも、キー局であるNETなどでは「宇宙パトロールホッパ」の番組スポンサーは大丸であったことは確かなようです。
 私が見ていた新潟放送(BSN)の場合、新潟県には、新潟にも長岡にも大丸はありませんでしたので、恐らく、大丸以外のスポンサーが番組を提供していたものと思われますが、私は、覚えておりません。
 ただ、新潟市のことはよく分かりませんが、長岡市の場合、このホッパが放映されていた昭和40年代初めというのは、駅前の繁華街である大手通りが全盛期の賑わいをみせていた時期でありまして、その大手通り沿いには、狭い地域に4つものデパートが乱立しておりましたので、その何れかが大丸の系列で、キー局と同様に、そのまま大丸がスポンサーとして入っていたり、系列の地元デパートがスポンサーに名を連ねていたり、というようなことはあったかもしれません。
 何れにしても、昭和30年代後半から昭和40年代前半といえば、まだ、スーパーなんかが出始めたばかりの頃であり、コンビニなど影も形もなかったわけでありまして、夜7時から7時半というゴールデンタイムのアニメ番組のスポンサーとして大丸が登場している辺りに、百貨店・デパートが流通業界の王者として君臨していた60年代が象徴されているような気がするわけであります。










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