60年代のマンガ

冒険ガボテン島  


 「快獣ブースカ」や「忍者部隊☆月光」の資料が揃わないうちに、手元に資料のある「冒険ガボテン島」へのリクエストが来てしまいましたので、「ブースカ」や「月光」をお待ちになっていらっしゃる皆様には申し訳ありませんが、今回は、先日Eメールを頂いた“40男”さんの「あの絵がもう一度見られたら、どんなにうれしいことか」という声にお応えしようと思います。
 “40男”さんは、Eメールの中で、「冒険ガボテン島」について「昭和40年前後のものだと思うのですが」と書かれていらっしゃいましたが、テレビアニメの方は、1967(昭和42)年4月4日(火)から同年12月26日(火)まで39回にわたり、TBS系列で放映されました。
 これまでも、たびたび書かせてきていただいているように「60年代のテレビ」と「60年代のマンガ」のどちらで取り上げるべきか、迷ってしまう作品も少なくないわけでありまして、この「冒険ガボテン島」なども、そうした作品の一つかというような気もしますが、私の場合、「ガボテン島」については、ほとんど迷うことなく、「60年代のマンガ」というカテゴリーにインプットされております。
 と申しますのは、私の記憶の中では、「冒険ガボテン島」という作品は、「少年ジェッター」に続いて久松文雄センセイが『週刊少年サンデー』で連載されたマンガという印象が強く、テレビアニメの方は印象が薄いからであります。

 放映時期を考えてみますと、1967(昭和42)年4月からということでありますから、私は、新潟県長岡市立川崎小学校の6年生になったばかりでありまして、野球少年だった私は、すでに、やまなみAチーム(川崎小学校の野球部は「やまなみ」というチーム名で、5年がBチーム、6年がAチームでありました)のメンバーとして、日々、野球のことしか頭にないというような生活に入り始めていた時期であります。
 しかも、6月から始まる市内大会に向け、雪も解けてようやくグランドでの練習が本格化しようという4月というようなタイミングの放映開始でありますから、毎日、授業が終った後、文字通り、ボールが見えなくなるまで練習し、練習後は、友人たちと学校周辺の肉屋さんのコロッケなどを食べながらダベっているような状況の私にとって、平日の7時から始まるアニメというのは、ほとんど、視聴対象外になっていたものと思われます。
 したがいまして、現在のように、お気に入りの番組はビデオに録っておいて、後から繰り返し見るということなど出来なかった当時、この「ガボテン島」が私の記憶にインプットされるに当たっては、時間に拘束されずに見ることのできるマンガ雑誌が、その中心的な役割を担うことになったであろうことは想像に難くありません。 というようなわけで、この「冒険ガボテン島」は、「60年代のマンガ」として取り上げさせていただくことになりますが、手元に残っている資料としては、朝日ソノラマの復刻盤の3枚組LPレコードとその解説書が、絵柄的にも、最も参考になりそうですので、これをベースに、このコーナーを進めていこうと思います。

 まず、「冒険ガボテン島」の登場人物ですが、朝日ソノラマのキャラクター紹介(上の画像)でご覧いただくと、右上が物語の主人公的位置づけをしめる竜太、その下が竜太の妹のトマト、中央上が、竜太のライバル・イガオ、左の上がガボ、その下のメガネの少年がキューリであります。
 私の手元にあります『テレビアニメ大全集(1)』(秋元文庫)では、それぞれの人物について、次のように説明しています。
竜太…勇敢で男らしい少年。少々意地っぱりだが、リーダーらしい行動力と責任感をもっている
トマト…竜太の妹。兄おもいだが、家もこいしい女の子
イガオ…自尊心が強く、竜太とことごとく対立するが、結局は協力することになる
キューリ…いつも本を片手にした、物知り少年。いろいろな事を知っているので役に立つ
ガボ…食いしん坊で肥った男の子。少々間抜けだが、心はやさしい。
 さらに、子供たちが島で知り合い(?)、友達になる動物として、ケロ(中央の真ん中)とゴリ(中央下)も説明されています。
ケロ…トマトと仲良しになる、九官鳥のような鳥
ゴリ…ガボと仲良くなるゴリラ
 それから、『テレビアニメ大全集』では説明されていませんが、左下が、洞窟に住む島の主のようなオショウと呼ばれる長老の鳥で、子供たちに危険が迫ると、その経験と知識で、子供たちを救う役割を演じていました。

 連載マンガとしては、テレビアニメとして放映される前年の1966(昭和41)年に、『週刊少年サンデー』の第50号から開始されておりまして、さきほども書きましたように、私の記憶では、久松文雄センセイが「スーパージェッター」に続いてお描きになった作品だったと思います。
 「読者の皆様からの暖かい励ましのお便りコーナー」や「60年代の謎・なぞ・ナゾ」で“稲葉小僧さんも説明されているように、テレビアニメのキャラクター・デザインも久松文雄センセイで、原案は「エイトマン」の脚本も担当された豊田有恒センセイでありました。各回の脚本は、豊田センセイ自身もお書きになっていますし、やはり、同じ「エイトマン」で脚本をお書きになっていた辻真先センセイなども担当されています。
 『宇宙船別冊・60年代ヒーローグラフィティ・懐かしのソノシート世界』 (朝日ソノラマ)によりますと、テレビアニメの方は、「宇宙少年ソラン」の後番組ということになっております。

 一応、『テレビアニメ大全集(1)』(秋元文庫)で「宇宙少年ソラン」の放映時期を調べてみますと、1965(昭和40)年5月8日(火)から1967(昭和42)年2月28日(火)まで、TBS系列で毎週火曜日の夜7時から30分番組として放映されたことになっています。
 この「冒険ガボテン島」の放映開始は、1967(昭和42)年4月4日(火)からですので、まるまる中1カ月あいているのが気にはなりますが、制作プロダクションがどちらもTCJ(現エイケン)で、「宇宙少年ソラン」の脚本も、豊田有恒センセイや辻真先センセイが担当されていたようですので、恐らく、「冒険ガボテン島」は「宇宙少年ソラン」の後番組であったということは間違いないでしょう。ということは、「冒険ガボテン島」も森永製菓の提供だったということになるのでしょうか。

 ちなみに、「宇宙少年ソラン」では、ちばてつやの初期の代表作であり、少年野球マンガとしても不朽の名作の一つとして知られる「ちかいの魔球」の原作者でもあった福本和也センセイも脚本を担当されていたようです。福本和也センセイは、「エイトマン」でも脚本を書かれたりしています。
 そんなことは、「宇宙少年ソラン」の時に書かなければいけなかったと自分でも思うわけですが、行き当たりばったりでページ作りをし、極めて整理状態の悪い資料をひっくり返しながら作業を進めている私の場合、どうしても、こういう脈絡のない書き方になったりしてしまいますので、ご了承いただきたいと思うわけであります。
 さらに、ちなみますと、「冒険ガボテン島」や「宇宙少年ソラン」でシナリオをお書きになっていた豊田有恒センセイや辻真先センセイは、日本の連続テレビアニメ第1号作品である「鉄腕アトム」でも脚本を担当されていました。

 さて、例によりまして、前振りが異様に長くなっておりますが、そろそろ、「ガボテン島」そのものについて、お話を進めさせていただこうと思います。
 「お便りコーナー」や「謎・なぞ・ナゾ」で“稲葉小僧”さんもお書きになっているように、子供たちがひょんなことから、無人島に漂流し、様々な冒険をしながら、力を合わせて生きていくというもので、原案をお作りになった豊田有恒センセイも、「十五少年漂流記」や「ロビンソン・クルーソー」などを念頭に置き、そうした名作をモチーフにしつつ、独自のストーリー展開を進められたものと思われます。
 一応、無人島であるガボテン島に子供たちが漂流するまでの経緯を簡単に紹介させていただきます。

 主人公の竜太は、ある夜、遊園地の潜水艇に乗るため、妹のトマトと共に忍び込みますが、潜水艇には、すでに、竜太のライバル・イガオやキューリ、ガボなどの仲間たちも乗り込んでいました。
 竜太とイガオは、潜水艇の中で取っ組み合いのケンカを始め、そのハズミで、潜水艇の起動装置が入ってしまい、係留していたクサリが切れて、子供たちを乗せたまま、潜水艇は外海に出ていってしまいます。
 子供たちは懸命に潜水艇を元に戻そうとしますが、うまく行かず、何日も漂流しているうちに、燃料も切れてしまいます。
 そんな時に、運悪く、嵐に巻き込まれてしまい、漂流の果てに辿り着いたのが、無人島のガボテン島だったというわけです。
 私が持っている『名盤復刻!朝日ソノラマ・テレビ漫画全集』(日本コロンビア)という3枚組のLPレコードに収録されている当時の朝日ソノラマのソノシートでは、食べ物を探しに、森や海に分かれて出かけていった子供たちが、危険な目にあいながらも、それを切り抜け、最後は、島の火山が爆発し、自分達の住んでいた小屋も灰になってしまいますが、竜太が「皆んな、こうして無事に元気でいるんだから、また、頑張っていこう」と仲間を励まし、みんなも、再び、元気を取り戻し、また、力を合わせて生活を始めるというようなストーリーになっています。

 私は当時、「鉄腕アトム」や「鉄人28号」「W3(ワンダースリー)」「スーパージェッター」など、朝日ソノラマのソノシートを何枚か持っていましたが、この「ガボテン島」は買ってもらった記憶がありません。
 恐らく、すでに、こういうものへの関心が薄くなってからの作品だったためかとも思われますが、『名盤復刻!朝日ソノラマ・テレビ漫画全集』(日本コロンビア)というLPレコード3枚組の解説書を見ますと、この「冒険ガボテン島」のソノシートには、付録として、ガボテン島の絵地図のようなもの(右の画像)がついていたり、海にちなんだ読物なども盛り込まれ、初期の頃のソノシートに比べると、内容的にかなり充実したものになっています。
 読物付録という感じの「大海のふしぎ」と「海にいどんだ人々」と企画モノを読んでみますと、結構、内容が充実しておりまして、「冒険ガボテン島」の本編よりも、こちらの読物付録の方が面白いくらいであります。
 「大海のふしぎ」の方は、■海面がのぼってくる!!、■ユウレイがあやつる船、■磁石でできた島、■古代魚シーラカンスなどについて説明があり、「海にいどんだ人々」では、コロンブス、マジェラン、アムンゼン、ヴァスコ・ダ・ガマなど歴史上の実在の人物だけでなく、ロビンソン・クルーソーなどのフィクションの登場人物も解説されています。
 当時は、こういう読物が、『週刊少年サンデー』や『週刊少年マガジン』などの週刊マンガ雑誌にもふんだんに盛り込まれており、私の場合、学校の教科書などよりも、よほど、こういう読物で色々なことを学んでいったような気さえしております。

 せっかくですから、「大海のふしぎ」の中から、いくつか、抜粋して、紹介させていただきます。

■海面がのぼってくる!!
 アメリカのマサチューセッツ州からフロリダ州にかけての海岸では、わずか18年の間に海面が30センチも高くなったと言われている。
 アメリカだけでなく、世界中で同じことがおこっている。
 日本でも、新潟県のある陸地は、毎年すこしずつ海の中にしずんでいるのだ。
 いつの日にか、世界中の陸地が海の底にしずんでしまうかもしれない。おそろしいことだ!
■ユウレイがあやつる船
 1851年、バーミュダ諸島のエリス港に4年前に出港したミネルバ号が戻ってきた。だが、乗組員は既に白骨になっていた。
 いったいだれがアフリカからミネルバ号を操縦してきたのだろうか?
 乗組員の故郷へ帰りたい気持ちが、船を連れ戻したのだろうか?
 あるいは乗組員のユウレイが船をあやつって戻ってきたのだろうか?
 この謎は、今も、解明されていない。
 まったく不思議な話だ。

■磁石でできた島
 北大西洋に、天然磁石でできたセーブル・アイランドという島がある。
 この島のまわりには、何百という船のざんがいが集まっている。
 恐ろしい磁力のため、羅針盤が狂って、難破してしまったのだ。
 船ばかりでなく計器が狂って墜落した飛行のざんがいもあるというのだから、まったくおどろきである。
 こわい話だ。
■古代魚シーラカンス
 1938年、南アフリカのローズ大学のスミス教授が、土地の漁師から奇妙なさかなを発見したという報告を受けた。しらべてみると、このさかなは、古生代デボン紀〜3億年前にいたというシーラカンスだった。
 恐竜よりずっと昔のさかなが生きていたのだ。

 続きまして、「海にいどんだ人々」からも抜粋。

コロンブス
 15世紀後半の探検家。イタリアからポルトガルにうつり、のちにスペインの女王イザベル一世の後援をえて---など、細細と書かなくてもごぞんじのはず。あまりにも有名なアメリカ大陸の発見者である。とはいうものの、ご本人は死ぬまで自分の見つけた陸地が新大陸だったとは知らず、アジアの一部だと思い込んでいた。
 そのせいか、大陸の名は、アメリゴ・ベスブッチにとられてしまった。世が世ならコロンブス合衆国というはずだったのに…。

アムンゼン
 1872年に生まれたノルウェー人。地理的な位置からいっても、当然、彼は、まず北極に興味をいだいた。
 ところが1909年、北極征服はアメリカ人ヒアリーによってなされてしまったのだ。キミたちだったら、この辺でペチャンコになるところだが、アムンゼンはへこたれなかった。
 ただちに目をもう一つの極地〜神秘の大陸・南極に転じ、3年後には、もう南極点に達していたというのだから、すごいエネルギーだ。見ならおう!

 というようなことで、こうした読物と自分の好きなマンガとがセットでインプットされると、学校の授業や教科書などとは比較にならないほどのインパクトで脳みそにプリンティングされ、こうした雑学知識だけで、けっこう、学校の試験なんかも乗り切れてしまったりしていたような気もします。

 ということで、最後は、「冒険ガボテン島」とは関係のない話になってしまいましたが、リクエストを頂戴しました“40男”さん、こんなところで、いかがでしょうか。
 皆さんも、リクエストしたい作品などがございましたら、遠慮せずに、どんどんEメールを送ってください。














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