青年海外協力隊 (モザンビーク 理数科教師)
短期隊員との活動記録 『びりびり日記』 その5
極楽
2005年8月15日(月)。終戦日のこの日は朝から3つの授業があるんだけど、この日から授業の時間割が変更になった。日本では夏休みの今、モザンビークでは3学期の途中である。こんな時期に変更するなよ、と思うのが日本人的な感覚ではあるのだけど、仕方ない事情というものが学校にもある。
最近、3人の先生が辞めて、というかクビになってしまったのが原因。
2人はあまりにも授業をしないため。1人は生徒を妊娠させてその両親に訴えられているため。
生徒に手を出すこと自体はなんら珍しいことではないモザンビークでは誰もそんな事件では驚きません。「へぇ〜」とか言ってんのは自分くらいなもので・・・・。本人だってまだ学校の中に住んでいるし、「ガハハ〜」と笑いながら廊下で喋っている状態。せっかくなれた時間割のリズムで生活をしていたのに・・・・・。
短期隊員6名がモザンビークに到着するのは、明日。
今頃もう飛行機に乗ったかなぁ。1年とちょい前には自分も同じ飛行機で、27時間もかけてこのアフリカにやってきたことを思い出す。赤い大地が印象的だったな。
明日は空港に迎えに行って、一緒に帰ってくるので授業を休む、と校長に言いに行ったら、いない。
「あれ、校長先生は?」
校長付の秘書のお姉さんに聞くと、なんと今日から休暇(1か月)を取ったというじゃないですか。
明日から、うちの学校が申請した6人のボランティアが到着して仕事が開始されるというのに、なんでいきなり長期休暇をとるねん・・・・・。わからない、というよりは、その誰にも気を使わない神経がある意味うらやましい気がする。
先生は減るし(今年は10人以上の先生が辞めていった)、校長はいなくなるし、この学校の先は長くないな。
最近じゃ朝一番の授業(7時開始)をやっている教室は9年生と10年生(日本で言えば中学2,3年生)の11クラスのうち、4つか5つくらいという状況。
仕方ないので、中学部の教頭先生(サライバさん)に報告をしておく。
16日(火)。朝一番の授業だけをして、バスに乗り込んで首都マプートへと向かう。この乗り合いバスの名前は「シャパ」。日本のボックスワゴン車、ハイエースの中古車に座席の数を増やしてバスに改造した車。定員は基本的には18人だけど、混雑時には20人以上、時には25,6人まで詰め込む非常に窮屈な思いのする乗り物。日本では定員は9人か10人なのに。
空港へはJICAの車で迎えに行く。15時到着予定だけど、実際にゲートから出てきたのは16時くらいかな。人数も多いので、荷物はノーチェックで通る。
良かった。彼らのもって来てくれたお土産の日本食グッズが見つかったらめんどくさいことになっていたかもしれない・・・・。
