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「持統朝廷」以降の「倭国王権」と「新・日本国王権」
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続日本紀「文武紀」の「記事」移動の痕跡について
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前章で見たように「続日本紀」の「文武紀」記事については、「孝徳紀」の記事に対応していると考えられますが、そのような仮定を設定した場合、「孝徳」の「在位年」と「文武」の「在位年」の年次差は「五十二年」となりますから、この年数離れて対応する記事ないしは移動した結果より整合する記事というものが「続日本紀」に存在することを示唆します。そのような例を渉猟してみることとします。
「跪伏之礼」について
民部省と大蔵省の地位の差
「諱字」と「書紀」編纂
「造船記事」と「惣領記事」
「田中法麻呂」の「喪使」として「新羅」派遣について
「始置鑄錢司」記事について
「隼人征討」記事
「大野城」などの修造記事
「国司」と「国宰」について
「東国国司」への詔について
「律令制定記事」
「位記」記事について
「文武紀」の年次移動について(総括)
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