香油容器
レキュトス / Lekythos / ΛΗΚΥΘΟΣ

レキュトスは細長い胴部と背面に付いた垂直の把手、頑丈な口縁部が特徴で、香油を入れる容器として使用された。レキュトスという名称はこの器形のほかにもアリュバロスアラバストロンなど香油入れ全体に対して用いられていた。

黒像式の初期から既に存在していたが、六世紀の後期まではその器形が一定せず、球形に近い胴部を持つものや卵形の胴部のデイアネイラ型と呼ばれるものなど様々なものが現れた。六世紀後半になると先に述べた特徴のほかに肩の部分がはっきりと区別された一般的なレキュトスの器形が誕生し、六世紀末頃からは黒像式によるレキュトスが大量に生産され、その中には煙突のような口縁部を持つものも見られた。またシックステクニックによって描かれた例も見られる。赤像式でも数多く生産され、それらは大型で胴部に最大径を持つ標準型と肩に最大径を持つ二次型とに区別されている。また五世紀の前半にはやや下膨れで丸みを帯びた胴部を持つスクワットレキュトスが生まれ、時代とともにその数を増やしていった。また五世紀の終わりにはどんぐりを逆さにしたような形のエイコーンレキュトスもいくつか見られる。

レキュトス(デイアネイラ型) / Deianira Lekythos

レキュトスの中でも卵形の胴部を持ち、厚い口縁部を持つものはデイアネイラ型と呼ばれ、黒像式の始まりから六世紀の中頃まで生産されたがその数は少ない。
Cf. Tampa 86.15 (Perseus Project).

装飾はほとんどなく、胴部に一段か二段の画面を配置することが多い。

大きさ:およそ20cm前後。

レキュトス(標準型) / Standard Lekythos

レキュトスの中でも肩の部分がはっきりと区別されたもので、大型で胴部に最大径を持つものである。五世紀の第二四半期頃には葬礼用として使用された白地レキュトスが現れ、五世紀の末まで盛んに製作されたが、四世紀に入ると完全に姿を消してしまった。
Cf. Rhode 22.216 (Perseus Project).

装飾は肩にパルメット文やつぼみの連続文などを描き、胴部の大きな画面の上下にメアンダー文などを描くのが一般的であった。描かれた内容は多様だが、白地レキュトスの場合は葬儀など死に関連する画題がその多くを占めた。形式的には年代とともに細長くなる傾向があり、特に頚部が長くなっている。また白地レキュトスはかなり大型化して容量が増えてしまったため、内側にもう一つ小さな壺を取り付けて油を節約しようとした例も見られるようになった。

大きさ:黒像式の場合30cm前後が多いものの、六世紀末からは20cm以下のものも多くなる。赤像式でも30cm前後だが、白地レキュトスは次第に大型化し、五世紀末には1メートルを越すものもある。

レキュトス(二次型) / Secondary Lekythos

レキュトスの中でも肩の部分がはっきりと区別されたもので、概して小型であり、肩に最大径を持つ。五世紀の第二四半期頃から製作されるようになり、五世紀中頃には大量に生産されたが、その終わり頃にはほとんど製作されなくなった。そのほとんどは白地のものである。

装飾は葬儀や墓参など死に関わるものが多く、同じく死に関係する神々なども描かれるが、標準型のレキュトスに比べて描写は劣り、雑なものが多い。
Cf. Rhode 06.050 (Perseus Project).

大きさ:およそ20cm前後。

スクワットレキュトス / Squat Lekythos

スクワットレキュトスは下膨れで球形に近い胴部を持つレキュトスで、香油入れとして使用された。初めて作られたのは五世紀の前半だが数は少なく、一般的に描かれるようになったのは五世紀中頃からであった。その後は香油入れとして最も一般的なものとなり、赤像式の末まで生産され続けた。

装飾は胴部の画面の上下にパルメット文などを配列し、背面の把手付近に複雑なパルメット文を描くことが多い。ほかの器形同様年代とともに細長くなる傾向はある。
Cf. Erlangen (Antikensammlung Erlangen Internet Archive).

大きさ:20cm前後のものが多いが、10cm以下のミニチュア的なものもある。

エイコーンレキュトス / Acorn Lekythos

レキュトスの中でもどんぐりを逆さにしたような形で胴部下半部が凸凹の表面になっているもので、五世紀の後半に製作されたがその数は少ない。

装飾は一般のレキュトスとほとんど変わらないが、胴部下半部は陶土の地の色がそのまま残されている。
Cf. Boston 95.1402 (Perseus Project).

大きさ:およそ20cm前後。

アリュバロス / Aryballos / ΑΡΥΒΑΛΛΟΣ

球形の胴部を持つ香油入れで、多少の問題はあるものの、おそらくはこの器形の陶器をアリュバロスと呼んでいたと思われる。

アリュバロスには把手が一つのものと二つのものがあり、前者はコリントス式を起源とするものである。またアラバストロンが主に女性によって用いられるのに対し、アリュバロスは男性、特に陸上競技者によって用いられ、香油を全身に塗って運動後の汚れを掻き取るのが習慣であった。陶器画には紐を付けて腰から吊り下げたり、壁に掛けたりしているものが見られる。コリントスを模倣した例のほうが古く、六世紀の前半に現れている。赤像式では把手の二つのものが多く、また女性や黒人、ヘラクレスサテュロスなどの頭部を型取ったアリュバロスも数多く生産された。装飾は陶器そのものが小さいことから簡素なものが多い。
Cf. Paris, Louvre CA2183 (Perseus Project).

大きさ:およそ5−10cm前後。

アラバストロン / Alabastron / ΑΛΑΒΑΣΤΡΟΝ

アラバストロンは細長い胴部に小さな口縁部を持ち、把手はなく、まれに小さなつまみや穴の空いたものが見られる。アラバストロンはエジプトでエバステ女神の壺を意味するアラバステを語源とするものと考えられ、文献からこの器形に対して用いられた名称であることがほぼ確実である。

アリュバロスが男性用であるのに対してアラバストロンは主に女性用であり、陶器画にもしばしば描かれている。六世紀の後半に生産されるようになり、その末頃から数多く作られるようになった。また赤像式の例も多く見られるほか、白地の例も存在している。しかしいずれも五世紀半ばをすぎると製作されなくなってしまった。陶器全周を画面として扱うことが多く、装飾はその上下に描かれる。またパルメットなど文様のみを描いたものも多い。また年代による形式の変化もわずかしかなく、多少長くなる程度である。
Cf. Tampa 86.84 (Perseus Project).

大きさ:およそ15−20cm前後。

アスコス / Askos / ΑΣΚΟΣ

丸く扁平な胴部の側面に斜めに短い口がつき、アーチ状の把手が付くのが特徴で、その形がワインの革袋に似ていることからこれを意味するアスコスという名前が用いられているが、古代にもこの名称を用いたかどうかは明らかではない。

この形式が現れるのは五世紀の初頭で、黒像式の例は見られない。そして五世紀の後半には姿を消してしまう。またこの形式のものとは別にザリガニの爪の形をしたロブスター型アスコスもあるが、その数も時代も限られている。  装飾はかなり簡素で、胴部の両面に小さな像を描くことが多いが、特に後期のものは雑な描写のものが見られる。年代による形式の違いはほとんどない。
Cf. Rhode 25.074 (Perseus Project).

大きさ:幅およそ10cm前後。ロブスター型は幅およそ15cm前後。

コトン / Kothon / ΚΩΘΩΝ

コトンという名称は本来坏の一種に用いられるものであるのでこの呼び名は正しいものではない。浅い椀状の胴部に幅広い三つの脚部と蓋がつき、ピュクシス、特に三脚型ピュクシスと非常に似通った形式を持つ。その違いはピュクシスの場合蓋と本体の最大径がほぼ同じなのに対し、コトンは蓋が小さく、本体の口縁部が窄まっていることである。その形式からおそらくはプレモコエの先駆けをなすもので、恐らく香油入れに使われたのではないかと考えられる。黒像式にしか存在せず、特にその初期に多い。
Cf. Paris, Louvre CA616 (Perseus Project).

装飾は三脚式ピュクシスと同じように脚部にそれぞれパネル状の画面を持ち、蓋にフリーズ状の画面を持つほか、口縁部にもフリーズ状の画面を持つことが多い。

大きさ:およそ10cm前後。

プレモコエ / Plemochoe / ΠΛΗΜΟΧΟΗ

プレモコエは広く浅い鉢型の胴部に飾りの付いたつまみを持つ蓋と高い脚部を持つもので、恐らく香油を入れた容器だと考えられている。プレモコエという名称は溢れるを意味する「ΠΡΗΜΗ」と注ぐを意味する「ΧΕΩ」からなり、文献からこの形式の陶器に対して用いられていた名前であることが明らかになっている。また陶器画においては特に婚礼の場面に登場することから儀式的な場面でのみ用いられたのかも知れない。
Cf. RISD 16.040 (Perseus Project).

プレモコエで像の描かれた例は存在せず(例外としてボイオティア式の一例に黒像式で描かれたものがある)、口縁部や蓋に装飾が施される程度である。

大きさ:およそ15cm前後。


アンフォリスコス / Amphoriskos / ΑΜΦΟΡΙΣΚΟΣ

アンフォラを模した小型の陶器の総称だがその多くはパンアテナイア型を真似たものである。しかし年代によって大きさも形状も異なる。
Cf. Berlin inv.30036 (Perseus Project).

黒像式の場合は装飾そのものもパンアテナアイ型を真似てアテナを描いたりしているが、赤像式の場合は多様である。

大きさ:およそ10−20cm前後。


リュディオン / Lydion / ΛΥΔΙΟΝ

アンフォラのような丸い胴部に大きな口縁部、細い脚部を持ち、把手がないのが特徴で、小アジアのリュディアで生産されていた陶器の形式を真似たものである。その用途は香油入れと考えられているが、黒像式しか存在せず、その数も極端に少ない。

装飾は胴部にフリーズ状の画面が配されるが、概して小型であるためにあまり丁寧な描写ではない。
Cf. Harvard 1960.307 (Perseus Project).

大きさ:およそ10cm前後。