注酒器
オイノコエ / Oinochoe / ΟΙΝΟΧΟΗ

オイノコエは背面に垂直の把手を持つ、液体を汲み、注ぐための容器で、ワインを意味する「ΟΙΝΟΣ」と注ぐを意味する「ΧΕΩ」からなる語である。この名称がこの器型に対して用いられたことは文献からほぼ明らかになっている。

オイノコエには様々な形式のものがあり、いくつかに分類されている。オルペと呼ばれる最も初期に現れた口縁部から脚部までがS字型になったものを始め、頚部と胴部とが区別された口縁部がクローバー状になり、把手が高く上に持ち上がった1型、これに近いが把手の短い2型、口縁部から脚部までが連続した輪郭を持ち、クローバー状の口縁部を持つ3型あるいはクースなどが代表的である。このほかにもそれぞれ形式の違いで4-10型までに分類され、8型などはオイノコエというよりも現代のマグカップに近い。

黒像式の始まりから赤像式の終わりまで継続して制作されたが、形式によって流行した年代が異なっている。オルペが最も古く、1,2,3型などは黒像式に多く見られるが、それ以外は黒像式の例はほとんどなく、赤像式のものに限られている。 装飾はそれぞれの器型あるいは年代によって異なり、パネル状の画面を持つものとそうでないものとがある。
オルペ / Olpe / ΟΛΠΗ

オルペはオイノコエの中でも口縁部から脚部までがS字型になって水平の口縁を持ち、垂直の把手を持つものである。オイノコエの中では最も古くから見られ、黒像式の始まりとともに姿を現している。六世紀の終わり頃まで生産されてはいたが、ほかのオイノコエに押されてその数は減少していった。赤像式では全く生産されず、より厚い口縁部を持つ5型のオイノコエへ発展していったものと思われる。

装飾は年代によって異なるが、パネル状の画面を持つことが多く、装飾はあまり多くない。 形式的にはあまり変化しないが、黒像式後期には赤像式の5型に近い口縁の厚い例も見られるようになった。
Cf. Missisipi1977.3.76 (Perseus Project).

大きさ:20−30cm前後。
オイノコエ(1型) / Oinochoe type 1

オイノコエのうち、頚部と胴部とが区別され、口縁部がクローバー状になり、把手が高く上に持ち上がったものは1型と呼ばれ、用途は液体を注ぐためのものである。その最初の例はすでに黒像式の初期に見られ、赤像式においても制作され続け、その終末よりも少し先に姿を消した。

黒像式の場合、初期の例では頚部などに装飾を施したものがあるが、後のものは胴部の画面を除けばほとんど装飾を持たないものが多い。また後期にはレキュトスのように白地の上に描かれた例も多く見られるようになった。この器形が本来青銅器のものであったためか、口縁部と把手との接合部に人間の頭部を型取った浮彫状のものが取り付けられることもある。赤像式では胴部にパネル状の画面を配置することが多く、口縁部と把手の接合部にパルメット文が描かれているものもある。
Cf. Harvard 1954.142 (Perseus Project).

大きさ:20−30cm前後。
オイノコエ(2型) / Oinochoe type 2

オイノコエのうち、頚部と胴部とが区別され、口縁部がクローバー状になり、把手が短いものは2型と呼ばれ、用途は液体を注ぐためのものである。その最初の例は530年前後の黒像式で、赤像式においても制作され続けた。五世紀の前半まではそれほど数は多くなかったが、後半になると大量に生産されるようになり、雑な描写による劣った作品が量産された。
Cf. Harverd 1959.189 (Perseus Project).

黒像式の場合、装飾は1型とほとんど変化はなく、胴部に画面が配置されるほかは装飾はほとんどない。赤像式の場合も同様であるが、白地の例も僅かに見られる。

大きさ:20cm前後。

クース、オイノコエ(3型) / Chous / ΧΟΥΣ

クースはオイノコエのうち口縁部から脚部までが連続した輪郭を持ち、クローバー状の口縁部を持つもので、オイノコエの3型に分類される。クースという名称は注ぐを意味する「ΧΕΩ」を語源とし、アテネで行われたワインの完成を祝うアンテステリア祭において中にワインを入れて子供たちに配られた容器に対して用いられる。黒像式のものはこれに当てはまらないためオイノコエの3型と呼ばれる。赤像式のものはすべてがこの祭で使用されたものではないが、この形式を持つオイノコエはいずれもクースと呼ばれる。

黒像式のものは六世紀の後半に現れたがそれほど数は多くない。赤像式では五世紀後半になると特に盛んに製作され、画家や工房の特定の困難な雑な描写のものも多く、大きさが数センチしかなくて恐らく実用ではなく子供の墓の副葬品として製作されたような小さなものも見られる。  黒像式も赤像式もパネル状の画面のものが多く、赤像式の特に小型のものはその用途とのつながりを思わせるような、子供の姿を描いたものがいくつも見られる。
Cf. Rhode 25.067 (Perseus Project).

大きさ:20cm前後のものが多いが、副葬用と思われる小型のものは10cm以下のものが多い。

オイノコエ(4型) / Oinochoe type 4

オイノコエのうち、頚部と胴部が区分され、口縁が水平で広いもので、ほかのオイノコエ同様に液体を汲み、注ぐためのものである。 黒像式のものは全く存在せず、これに近いような形式のものが数点存在するのみである。赤像式では五世紀の第二四半期になって初めて現れたがその数はほかのオイノコエよりも少なく、赤像式の終わりよりも先に姿を消した。
Cf. Boston 13.197 (Perseus Project).

パネル状の画面のものは少なく、画面の上下のみを区切ったものが多い。装飾も画面の枠として用いられるほかはほとんど見られない。

大きさ:20cm前後。

オイノコエ(5A型) / Oinochoe type 5A

オイノコエのうち、口縁部が水平で胴部の細長いものは5型と呼ばれるが、その中でも把手の短いものが5A型と呼ばれる。
Cf. Yale 1913.143 (Perseus Project).

黒像式の例は見られないが、オルペの中でも後期のものはいくつか共通した特徴を持っている。赤像式ではその初期から既に見られるが、全体的にその数は少なく、またほかのオイノコエよりも先に姿を消している。装飾はほかのオイノコエよりも派手に描かれることが多く、把手や口縁部にも装飾が施されている。またが面も胴部だけでなく頚部にも配されたものが見られる。

大きさ:30cm前後。


オイノコエ(5B型) / Oinochoe type 5B

オイノコエのうち、口縁部が水平で胴部の細長いものは5型と呼ばれるが、その中でも把手が長く、上に持ち上がっているものが5B型と呼ばれる。

黒像式の例は全く存在せず、赤像式でも六世紀の末から五世紀の前半までしか製作されていない。またその数も少なく、5A型の一変種といったほうがよいかも知れない。

大きさ:30cm前後。


オイノコエ(6型) / Oinochoe type 6

オイノコエのうち、頚部が長く八の字に広がり、胴部が台形状になり、注ぎ口が尖ったもので、黒像式には存在せず、初めて現れたのは六世紀の末頃で、五世紀の中頃まで生産されたがその数はきわめて少なく、十数点が残るのみである。

装飾は少なく、画面は胴部ではなく肩のなだらかな部分に配されることが多い。

大きさ:10−20cm前後。


オイノコエ(7型) / Oinochoe type 7

オイノコエのうち、口縁部がやや短くて広く、また階段状になって注ぎ口側が高くなっているもので、注ぎ口の形態はやや前方に突き出ているものもあるが、多くは上方に伸びたものである。
Cf. Raleigh G.79.11.5 (Perseus Project).

黒像式の例はわずか数点しかなく、赤像式でもその製作期間は五世紀の初頭から中頃までに限られており、その数は少ない。  装飾は後の年代のものほど派手になり、画面は胴部のほか頚部の正面にも配置されていて、像を描くほか、鱗状の文様を描いた例も多い。

大きさ:20cm前後。


オイノコエ(8A型)、マグA / Oinochoe type 8A or Mug A


オイノコエのうち、マグカップ状の形式で、オイノコエとはいえないような形式のものは8型と呼ばれる。このうち把手のあるものが8A型と呼ばれ、マグ形式の中では最もポピュラーなものである。

黒像式には存在せず、赤像式では六世紀の終わりから五世紀の中頃までに生産されたがその数はあまり多くない。  装飾はほとんどなく、正面に一人か二人程度の像を描くことが多い。
Cf. Harvard 1960.352 (Perseus Project).

大きさ:10cm前後。


オイノコエ(8B型)、マグB / Oinochoe type 8B or Mug B


オイノコエのうち、マグカップ状の形式で、オイノコエとはいえないような形式のものは8型と呼ばれる。このうち把手のないものが8B型と呼ばれる。

黒像式には存在せず、赤像式では五世紀の初頭から中頃までに生産されたがその数は少ない。装飾はほとんどなく、正面に一人か二人程度の像を描くことが多い。

大きさ:10cm前後。


オイノコエ(8C型)、マグC / Oinochoe type 8C or Mug C


オイノコエのうち、マグカップ状の形式で、オイノコエとはいえないような形式のものは8型と呼ばれる。このうちやや縦に長いものが8C型と呼ばれる。

黒像式には存在せず、赤像式では五世紀の初頭から中頃までに生産されたがその数は少ない。装飾は少ないが、ほかのマグ形式のものに比べて画面がやや大きいために多少複雑な構成で描かれることもある。

大きさ:10−15cm前後。


オイノコエ(9型) / Oinochoe type 9


オイノコエのうち、口縁部から底部までが連続し、幅が広くて重心が低いもので、黒像式は存在せず、赤像式も五世紀中頃のものが数点存在するのみである。
Cf. Berlin F2414 (Perseus Project).

装飾はほとんどなく、胴部に小さな像を描く程度である。

大きさ:20cm前後。


オイノコエ(10型) / Oinochoe type 10


オイノコエのうち、口縁部がくちばしのようにとがり、把手との接合部に円形の飾りを持つもので、恐らく青銅器を模した形式のものであろう。

黒像式の例は数点が存在するのみで、赤像式も五世紀中頃を中心に十数点が残る程度である。装飾は画面の上下の枠として使用される程度で、構成も単純なものが多い。黒像式の例は頚部が太く、赤像式の時代になるとやや細くなる傾向が見られる。

大きさ:20−30cm前後。


キュアトス / Kyathos / ΚΥΑΘΟΣ

キュアトスは椀型の胴部に垂直の、大きく上に伸び上がった把手が付くのが特徴で、ワインなどを汲み、注ぐのに用いられた。キュアトスという名称は青銅器の柄杓などに用いられていたことがわかっているが、この器形の陶器に用いられていた可能性はあるものの確実ではない。把手の上端の飾りや把手と口縁部との接合部に取り付けられた人の顔を型取った装飾などはこの器形が本来青銅器のものだったことを暗示している。

黒像式では530年頃に初めて現れ、五世紀になると盛んに製作されるようになった。一方赤像式は六世紀末から五世紀初頭の短い期間しか製作されず、その数も少ない。黒像式の場合、正面に大きく二つの目が描かれるのが一般的で、その間に一人の人物像が描かれた。赤像式ではフリーズ状の画面を配したものも見られる。製作期間が短いために年代的な形式の違いはほとんどない。
Cf. Harvard 1969.15 (Perseus Project).

大きさ:10−15cm前後。


エピキュシス / Epichysis / ΕΠΙΧΥΣΙΣ

「注ぐ」という意味を持つ水差しで、胴部が平たくつぶれていて、リブ状の飾りがつく。頚部は細く、注口が尖っている。把手はやや上に持ち上がり、10型のオイノコエに近い。ほとんどは南イタリアで制作されたもの。

Cf. Wuerzburg (Martin von Wagner Museum).

大きさ:10cm前後。

ラギュノス / Lagynos / ΛΑΓΥΝΟΣ

胴部が低く膨らんでいて、肩が広く平らで、頚部が長く、垂直の把手がつく。主にワインを入れたと考えられている。
Cf. Saarlandes 82 (Universitaet des Saarlandes).

大きさ:20cm前後。