JCBゴールド会員向け会員誌『THE GOLD』が「60年代通信」を紹介“インターネットには、顔をほころばせてくれるような暖かい情報も”Cyber Click!
これまでも、色々な雑誌やホームページなどで「60年代通信」を取り上げていただいた際には、「60年代通信」を支えてくださっている皆様へのご報告は主宰者の責任であり、義務でもあると考え、逐一、個別にページを作らせてきていただいている経緯もありますので、今回も、遅くなりましたが、皆様に、ご報告させていただこうと思います。 既に、「お便りコーナー」や「60'sえれじい」などでも書かせてきていただいておりますので、ご存じの方はご存じかと思われますが、今年(1999年)の2月に、『THE GOLD』を編集されている小学館のご担当の方から、同誌の新規連載企画である「インターネットは道具箱」というコラムで「60年代通信」を取り上げたいので、掲載許可をいただきたいというEメールをいただきました。 どういう形であれ、一人でも多くの方に「60年代通信」というホームページの存在を知っていただき、“60年代”への思いを共有していただけるようになることは、主宰者としての喜びでもありますので、「是非、お願いします」という旨のEメールを返させていただきました。 4月19日には、早速、『THE GOLD』の掲載記事を見てアクセスしてくださったYAさんという方からEメールを頂戴しましたので、すでに、4月中旬の時点で、『THE GOLD』の5月号は、JCBのゴールドカード会員の皆さんのお手元に届けられていたようであります。 私の手元に、その掲載誌をお送りいただいたのが、ゴールデンウィーク明けのことでありまして、その後、海外出張なども入り、忙しさに紛れて、皆様へのご報告が遅れてしまったという次第であります。 この「インターネットは道具箱」というコラムをお書きになっている井上夢人さんという方は、まだ、インターネットが日本で一般的になったかならないかくらいの早い時点で、確か、八ヶ岳山麓辺りにオフィスを構え、早くから、SOHO的な環境で作家活動を始めていらっしゃった方だと記憶しております。 『THE GOLD』のコラムの末尾では、井上夢人さんは次のように紹介されています。 いのうえ ゆめひと 作家。1950年生まれ。映画製作、フリーライターなどを経て、82年岡嶋二人の共作筆名で書いた『焦茶色のパステル』で江戸川乱歩賞受賞。インターネットで小説『99人の最終電車』を連載中 昭和でいえば20年代の半ばにお生まれになられた井上夢人さんは、私よりも5歳年上でいらっしゃることになりますが、物心ついた辺りから近所の5〜6歳上のお兄さん達に遊んでもらい、一緒に外国の映画を見に連れて行ってもらったり、いきなり軟式ボールの野球仲間に入れてもらったりしていた私にとっては、井上夢人さんの年代の方が経験されていた物事を、背伸びしながら、一緒に体験させてもらっていたような部分もありますし、いわゆる団塊の世代、あるいは、全共闘世代といってもいいかもしれませんが、常に、その背中を追いかけさせていただいてきた人間の一人というような言い方も出来るのかななどと思っております。
「懐かしい気分に浸る」という中見出しが添えられているコラムの冒頭で、井上夢人さんは、次のように、お書きになっていらっしゃいます。 オヤジだなあ、と言われそうな気がするが、月光仮面、赤胴鈴之助、まぼろし探偵、怪傑ハリマオ、隠密剣士、忍者武芸帳---などという言葉を耳にすると、なんだか顔がほころんでしまう。読者の中で、「おお、まぼろし探偵! ずっとラジオで聞いてた、聞いてた」と思った方がおられたら、おそらくあなたは僕と同年輩でしょう。 小学校に上がった頃から、社会へ出る直前までの十数年間。自分が自分として形成されつつある時代に見たり聞いたり肌で感じたりしたものは、我々の一生を左右する。 それまでろくに口を利いたこともなかった仕事先の課長が、ふと「青島幸男って、以前、下着のコマーシャルに出てたよね。今時、こうゆうの流行んないよー、とかって」とつぶやいた途端に、なんだか急にその人との距離が縮まったように感じてしまうのは、やはり時代の共有感覚がそうさせるのだろう。 「小学校に上がった頃から、社会へ出る直前までの十数年間。自分が自分として形成されつつある時代に見たり聞いたり肌で感じたりしたものは、我々の一生を左右する」という井上夢人さんのご指摘は、恐らく、とりわけ、1960年代に幼少期、思春期を過ごした我々だけでなく、すべての世代の人々にとって、それが、40年代であろうと50年代であろうと、あるいは、70年代であろうと80年代であろうと、共通するものでありましょうし、一般論として、そういう言い方は成立するのだろうと思います。 ただ、改めて、私の強い思い入れを書くことをお許しいただけるなら、1960年代というのは、やはり、戦後日本の高度成長とも重なる時期であり、それは、日本史的に見ても、大げさに言えば、世界史的にみても、その発展の速度というような意味合いからは、他に類を見ない時代だったでしょうし、とりわけ、60年代の半ば、1964(昭和39)年に日本で開催された東京オリンピックという一大イベントは、その前後で、日本人の生活様式や日常感覚というものを大きく変えることになった分水嶺として、象徴的に位置付けられるものではないかと思うわけでありまして、まさしく、その時期に幼少期、思春期を過ごした我々の世代にとっては、自分たちの「一生を左右」した60年代を考えることは、ひょっとしたら、そのまま、「日本人を左右」してしまったかもしれない時代の意味を考えることでもないかと思ったりしているわけであります。 「60年代通信」のトップページでも書かせていただいている通り、「1960年代を中心に、前後する50年代や70年代も含めて、それぞれの時代の様々な事象を振り返り、大袈裟に言えば、その歴史的な意味などを検証しつつ、同時代を生きた皆さんとともに、甘いノスタルジーにも浸ってみようという」のが、自らの非力をも顧みず、私が、この「60年代通信」というホームページを始めさせていただいた、そもそもの動機でありました。 その動機のベースには、「何よりも、当時、幼少期や思春期という人生の中で最も輝いていた私達を育んでくれた時代、それは、まだ、日本が決して豊かとは言い難かった時代でもあるわけですが、そういう時代への感謝の気持ちを捧げたいという思い」もありましたし、「豊かではなかったかもしれないけれど、優しさと温かさが私達を包んでくれていた時代への愛しさ、懐かしさ、といった気持ちを、ご覧いただく皆様に共有していただくことができれば」という願いも、ホームページを立ち上げる時の私の熱い思い入れの中には込められておりました。 そして、実際に、ホームページを作りこんでいく中で、「公私ともにシンドイ時期を迎えている私たちの世代にとって、あの時代の意味を考えることは、ひょっとすると、これからの時代を考えることにも通じていくのかもしれない」というようなところにまで考え方が及ぶようになり、趣味で細々と始めさせていただいたホームページではありましたが、僭越ながら、自分のライフワークとして、この「60年代通信」を皆さんにお楽しみいただきながら、自分としても、何か、色々なことを考えるキッカケを見つけさせていただくことが出来るのではないか、などと思うようになった次第であります。 そうした私の先走った思いはともかくとしても、取り敢えず、「優しさと温かさが私達を包んでくれていた時代への愛しさ、懐かしさ」といったような辺りは、井上夢人さんにも感じ取っていただくことが出来ましたようで、前段の導入部に続いて、井上夢人さんは、「60年代通信」について、次のように、言及してくださっています。
インターネットには、最新のテクノロジーやら話題のニュースやら、今年の流行やらが溢れるほどに流れている。しかし、その中に、ふっと顔をほころばせてくれるような暖かい情報も潜んでいる。『60年代通信』というWebページをアクセスしてみると、そこには1960年代に見たり聞いたり話題にしたりしたものたちが、ずらりと並んでいる。 たとえば『狼少年ケン』というテレビ漫画があった。(あの頃はアニメなどとはいわなかった)『いつーもおいらは泣かーないー。どこーまで燃えるいーのち〜』などと友達と主題歌を歌っていたことや、キャラクターのシールを集めるために気持ちが悪くなるまでココアを飲みまくったことが、ページを眺めているうちに思い出されてくる。『渡辺のジュースの素』なんてページまであって、そうそう、あのコマーシャルソングを歌っていたのはエノケンだった、とうなずいてしまう。あの粉末ジュースは、飲んだ後、舌が真っ赤になったっけ。 時代の共有感覚というのは、単語一つで生まれるものだ。 「伊賀の影丸」というキーワード一つで、昭和30年代に少年だったおじさんは「阿魔野邪鬼(あまのじゃき)」とか「鏡月(きょうげつ)」といった忍者たちを必死で甦らせ、記憶力を競い合いはじめるのだ。
この「インターネットは道具箱」というコラムには、見開き2ページが割かれており、左側のページでは、「60年代通信」の「伊賀の影丸」のページの画像も紹介していただき、今回のコラムで取り上げられた他のホームページと一緒に、「60年代通信」のURLまで掲載していただいておりまして、4月半ばから5月にかけての「60年代通信」のアクセス増にも、少なからず、貢献していただいたようであります。 井上夢人さんは、「60年代通信」に続きまして、懐かしいホウロウ鉄板の看板などのコレクションを見ることの出来る「Yodakey's Home Page」というホームページの「KANBAN WORLD」というコーナーや、睡眠環境アドバイザー(?)の方が作っていらっしゃる「菊屋」というホームページで、蚊帳についての薀蓄などが披露されている「蚊帳」というコーナーなども紹介していらっしゃいます。 何れも、今は、もう、あまり見ることの出来なくなった風景や物事を、インターネット上でバーチャルに体験できるという意味合いでは、「60年代通信」に通じるものがあるホームページと言えるのではないかと思います。 井上夢人さんは、さらに、こうした情報をインターネット上で検索する手段として、私が会社の仕事として情報提供もさせていただいているNTTグループの検索エンジン“goo”も紹介していらっしゃいます。 井上夢人さんのトライアルによると、gooで「昭和30年代」をキーワードに検索すると、1万2228件もの該当ページが表示され、さらに、「広告」という言葉を追加して、805件、さらに、「看板」を追加したところ、137件にまで絞り込むことが出来たそうです。 井上夢人さんは、このコラムを次のように結んでいらっしゃいます。 インターネットを、ちょっとだけタイムマシン代わりに使ってみるのも、おもしろいではないか。 ということで、「60年代通信」に限らず、自分の興味・関心のあるキーワードを軸に、懐かしページを探してみるのも面白いのではないかと思います。 ちなみに、gooのトップページ(http://www.goo.ne.jp)には、ページ上部に検索語を入れるウィンドウが設けられているほか、ページ中ごろから下にかけては、ホットチャネルというコーナーがあり、ニュースやファイナンス、スポーツ、エンターテイメントなど、様々なカテゴリーの最新情報が提供されておりまして、私の会社は、その中の「ch.6 トラベル&地域情報」というところで、海外旅行情報などを提供させていただいておりますので、もし、ご関心がおありになる方は、ぜひ、一度、ご覧いただければと思います。 最後は、会社の仕事の宣伝になってしまいましたが、よろしくお願いいたします。 どうも、ありがとうございました。 |
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