「だんご3兄弟」大ブレークのナゾに迫る〜後編“「だんご3兄弟」大ブレークのナゾに迫る〜前編”はこちら Cyber Click! 前回は時間切れで、中身も“尻切れトンボ”になってしまい、誠に失礼をいたしました。 今回は、その“尻切れトンボ”になってしまった前回の後を受け、「『だんご3兄弟』大ブレークのナゾに迫る〜後編」ということで、「だんご3兄弟」「黒ネコのタンゴ」に続き、「およげ!たいやきくん」と「帰って来たヨッパライ」の2曲を振り返らせていただきつつ、改めまして、「だんご3兄弟」大ブレークのナゾに迫ってみたいと思います。
続きましては、「黒ネコのタンゴ」から6年後の1975(昭和50)年の暮れも押し詰まった12月25日、まさに、クリスマスの当日に発売された「およげ!たいやきくん」であります。
そして、発売から3週間後の1976(昭和50)年1月12日付のオリコン週間チャートで、いきなり、1位でランクインし、3月15日まで11週間にわたってトップの座を維持、1年間で実に450万枚を売り上げ、現在にいたるまで、約四半世紀にわたって、その記録は破られておりません。
そして、「だんご3兄弟」「黒ネコのタンゴ」「およげ!たいやきくん」という風にバカ売れソングの系譜を辿ってみた時に、私としては、是非、押さえておきたい歌が、フォーククルセダースの「帰って来たヨッパライ」であります。 一般的には、「黒ネコ」「たいやき」辺りまでを想起した後は、子供向けの大ヒットソングということで、「ちびまる子ちゃん」の主題歌「おどるポンポコリン」(B.B.クィーンズ、1990年)であるとか、「ポケットモンスター」の主題歌「めざせポケモンマスター」(松本梨香、1997年)などのアニメ・ソングが類似ケースとして指摘されているようでありますが、誤解を恐れずに、「だんご」「黒ネコ」「たいやき」なども、子供にも大人にも、自分たちなりの解釈を可能にする“ナンセンスソング”という大きな括りで捉えた場合、特に、世代を超えて支持されたという意味合いの大きさも含め、そうした系譜の先駆的作品として位置付けられるのが、「帰って来たヨッパライ」だったのではないかと思えるのであります。 「60年代通信」をご覧いただいているような皆様には、先刻、ご承知のことでありましょうが、この「帰ってきたヨッパライ」という曲は、京都をベースに活動していたアマチュアのフォーク・グループ「ザ・フォーククルセダーズ」が解散記念に自主録音したレコードであり、それを地元の放送局が深夜番組で流したところ、大きな反響を呼び、中央のレコード会社から発売されることになったものでありました。 テープの早回しという、当時としては、斬新な手法で録音された「帰って来たヨッパライ」は、その歌詞のナンセンスさもさることながら、曲作り・音作りという面からも、極めて衝撃的な作品であり、当時、小学校6年生だった私も、大いに驚いたものであります。 テレビで放映される際も、確か、TBSの「歌のグランプリ」だったと思いますが、フォークルは全く画面に映らずに、人形を使って、「帰って来たヨッパライ」の歌詞通りの場面を再現しながら、曲を流していたりしたのを覚えています。その辺りの画面作りは、そのまま、後の「たいやき」や「だんご」にも、通じるものがあるわけであります。
まず、ベスト10のバリエーションの豊富さに驚かざるを得ません。 「黒ネコのタンゴ」のヒットは、この時点から、わずか2年後のことでありまして、「黒ネコ」が初めてトップの座を獲得した1969(昭和44)年11月10日付のベスト10をみると、私的な区分方法によれば、ポップス系歌謡曲が4曲、フォーク系歌謡曲が3曲、演歌系歌謡曲が2曲、洋楽曲が1曲、そして「黒ネコのタンゴ」というような状況でしたが、この1968(昭和43)年1月25日付のベスト10を、同様の方法で区分してみますと、ポップス系歌謡曲が4曲、演歌系歌謡曲が3曲、洋楽曲が2曲、それに「帰って来たヨッパライ」ということで、もちろん、どちらにしても、週によってそれなりの変化はあったのでしょうけれども、ポップス系と演歌系、洋楽系のバランスは、より均衡がとれていたような気がします。 個別の作品を見ていきますと、2位にはグループサウンズ(GS)の王者・タイガースの代表曲の一つである「君だけに愛を」が入り、3位に黛ジュンの「乙女の祈り」、5位に中村晃子の「虹色の湖」ということで、いわゆるGS歌謡が続いておりまして、8位の加山雄三の「幻のアマリリス」もフォーク・テイストの強い曲ではありますが、加山雄三もワイルドワンズやランチャーズと関わりが深く、エレキ歌謡とGS歌謡の先駆的存在であったという意味合いで広義のGSというような捉え方をさせてもらうと、私がポップス系に区分した4曲というのは、全てGS系の作品とも言えるわけで、この時期のGSの勢いの凄まじさを思わずにはいられないわけです。 さらに、「マサチューセッツ」のザ・ビー・ジーズ、「モンキーズのテーマ」のザ・モンキーズも、当時の認識としては、外国のGSというような捉え方もありましたから、かなり乱暴ではありますが、これもGS系の範疇に入れてしまうと、GS系が6曲ということになってしまいます。 そういう状況の中で、黒沢明とロスプリモスの「ラブユー東京」、美空ひばりの「むらさきの夜明け」、森進一の「命かれても」と、私が演歌系歌謡曲と括らせていただいた3曲は、きっちりとベスト10の一角を(三曲ですから三角というべきかもしれませんが…)占めていたわけですから、当時のチャートは、やはり、バリエーションの均衡ぶりというような意味では、現在よりも、はるかに健全だったのではないかという気がします。 前回の“「だんご3兄弟」大ブレークのナゾに迫る〜前編”で、「だんご3兄弟」が初登場でトップに躍り出た3月15日付のチャートを紹介させていただき、その時にも、言及させていただきましたけれども、2位以下の曲名は、ことごとくアルファベットが入るものでありますし、アーチスト名も、2位の宇多田ヒカルを除くと、すべてアルファベットであり、本当に、日本のチャートなのか、外国のチャートなのか、訳が分かりません。 シングルCDの購買層の大半が10代の若者だということもあるのでしょうが、そんな事情は、1960年代も、70年代も、80年代も、90年代も変わらないわけでありまして、1970年代には、小沢昭一センセイが「俺たちオジさんには、今、唄う歌がない」という曲を歌ったほどでありましたが、そういう状況でも、それなりに、歌謡曲も演歌も売れていましたし、オジさんたちだった「今」の歌を唄っておりました。 要するに、現在の状況というのは、一番売れる層に向けて、映画やテレビやCMとのタイアップというような安易な手法でしか、楽曲をプロデュースできないレコード会社の姿勢に、大いに問題があるのではないかという気もしてくるわけであります。 特に、企業にとっては、これだけ厳しい経済状況が続くと、経営幹部は、近視眼的に、とにかく「売り上げ」に直結することしか考えなくなってきてしまうわけで、そうした会社の姿勢が、現場の制作意欲さえスポイルしかねないような状況になってきているのではないかということは想像に難くないわけではありますが、J−POPあるいは歌謡曲のファンとしては、会社の姿勢に負けない、現場の皆さんの奮起を期待したいと思います。どうか、頑張ってください。 まあ、今回の「だんご3兄弟」にしても、テレビ番組の中から生まれた偶発的なヒット曲ではあるわけですが、少なくとも、チャートを眺めていて、曲名にしてもアーチスト名にしても、「やたらにアルファベットを使えばいいってもんじゃねえだろーが、バカヤロー」とこみ上げてくる怒りを禁じえないオヤジとしては、「だんご3兄弟/速水けんたろう、茂森あゆみ、ひまわりキッズ、だんご合唱団」という漢字とひらがなが沢山出てくる名前の曲がトップにいることに、快哉を叫ばずにはいられないわけであります。 さて、「おかあさんといっしょ」という番組の性格上、お子さんのいらっしゃらない皆様は、恐らく、テレビの画面で「だんご3兄弟」をご覧になったことがないのではないかと思われますので、歌詞とともに、アニメの画像も紹介させていただこうと思います。 特に、5番の「こげ目のことでけんか」という辺りの歌詞は、画面を見ていないと、どういうことか良く分からないのではないでしょうか。 じっくりと、ご覧下さい。 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ だんご3兄弟作詞/佐藤雅彦・内野真澄 作曲/内野真澄・堀江由朗 編曲/堀江由朗
1. 串にささって だんご だんご 3つならんで だんご だんご しょうゆぬられて だんご だんご だんご3兄弟
2. いちばん上は 長男 長男 いちばん下は 三男 三男 あいだにはさまれ 次男 次男 だんご3兄弟
3. 弟想いの 長男 兄さん思いの 三男 自分がいちばん 次男 次男 だんご3兄弟
こんど生まれてくるときも ねがいは そろって 同じ串 できればこんどは こしあんの たくさんついた あんだんご だんご
4. ある日兄弟げんか けんか こげ目のことでけんか けんか すきまのあいた だんご だんご でも、すぐに仲なおり
5. 今日は戸棚で ひるね ひるね 3人そろって ひるね ひるね うっかりねすごし 朝がきて かたくなりました
春になったら 花見 花見 秋になったら 月見 月見 一年とおして だんご だんご だんご3兄弟 だんご
だんご だんご だんご だんご だんご3兄弟 だんご3兄弟 だんご3兄弟 だんご! ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「だんご3兄弟」を歌っているのは、「おかあさんといっしょ」の歌のお兄さんとお姉さんでありまして、2人は3月いっぱいで、すでに、「おかあさんといっしょ」からは降板しておりますが、最後の最後に、日本の歌謡史にその名をとどめる大ヒットを放ったことになるわけであります。 その2人をご紹介させていただきます。 歌のお兄さんは、「速水けんたろう」さんです。 本名は谷本敦雄さん。1962(昭和37)年1月2日生まれ。広島県福山市の出身で、大阪電気通信大卒。86年に芸能界入りし、歌手として「書きかけのLove Song」「愛の鎖」などを発売。DJ、ナレーター、声優としても活躍し、93(平成5)年からNHK「おかあさんといっしょ」に出演していました。 歌のお姉さんは、茂森あゆみさんです。 本名は同じ。1971(昭和46)年12月15日生まれ。熊本県熊本市の出身ですが、中学から声楽家を目指して上京、武蔵野音大付属高を経て、武蔵野音大声楽科卒。大学3年の時にNHKのオーディションを受け、速水けんたろうさんと同様、93年(平成5)4月から「おかあさんといっしょ」の第17代歌のお姉さんに。趣味は水泳、ショッピングだそうです。 2人とも、歌手あるいは声楽家を目指していたわけでありまして、「歌のお兄さん」「歌のお姉さん」として、最後の最後に、自分たちの歌った曲が大ヒットするという幸運に恵まれたわけであります。 新聞のインタビューで、「だんご3兄弟」の大ヒットについて、2人は、次のようにコメントしておりました。 --------------------- ――大ヒットをどう受け止めているか。 茂森 6年間にわたって毎月新曲を歌い、ほかにも何百曲と子供の歌を歌ってきただけに、突然のヒットに戸惑っています。 速水 番組中で歌った曲の中には、僕が作詞、作曲したものもあるだけに、少々複雑ですね。でも多くの人に喜んでもらえ、うれしい。 ――この曲の魅力は。 速水 軽快なタンゴのリズムに覚えやすい言葉の繰り返し、アニメーションの面白さ、兄弟愛など多彩な要素がうまくミックスされたところかな。 ――世代を超えて浸透した理由は。 茂森 この曲は子供にも大人にも歌いやすい音域で、みんなで楽しく歌えるんです。一時的なブームではなく、末永く愛される歌になってほしいですね。 【「読売新聞」3月13日付夕刊】 ---------------------
ウチの場合、先月の11日、私が「だんご3兄弟」のシングルCDを借りてきた夜に、3姉弟による大合唱となったわけでありますが、この時点で、長女が小学6年生(12歳)、長男が小学4年生(10歳)、次男が幼稚園の年少(4歳)という年齢構成でありましたけれども、長女と長男は、とっくに「おかあさんといっしょ」の対象年齢から外れているにも関わらず、この歌が大好きで、ご覧の画像の通り、3人揃って、大きな声でCDのカラオケに合わせて歌っておりました。 前回も書かせていただいた通り、長女と長男は、3番の「自分がいちばん 次男」のところだけ、とりわけ大きな声で歌っておりまして、現在、我が家で一番年齢が低く、最も可愛がられている次男に対するやっかみも、多分に含まれているような印象を、愚かな親としては受けてしまうわけであります。 それにしても、「自分がいちばん 次男」のフレーズは、日本全国の次男の皆さんに対する偏見を生じさせかねない歌詞でありますし、財団法人・日本次男協会とかいうのがあったら、強力なクレームが出かねないところではないでしょうか。 また、これも、前回、書かせていただいた通り、まだ、日本語の語彙が極めて限定されている次男の場合、「花見」を「ハナビ」、「こげ目」を「コメゲ」などと歌い、長女や長男から、繰り返し、誤りを指摘されておりますが、そんなことは、全く意に介していない様子でありまして、相変わらず、「コメゲ」、「ハナビ、ハナビ」と大きな声で歌っております。 さて、この特別企画ページは、まがりなりにも、“「だんご3兄弟」大ブレークのナゾに迫る”ということで作らせていただいているわけですので、一応、“なぜ、ヒットしたのか”という辺りに話を進めていきたいと思います。 まず、私は、この「だんご3兄弟」という曲を、世代を超えて広く支持されているという意味合いで、「帰って来たヨッパライ」「黒ネコのタンゴ」「およげ!たいやきくん」と同列に置いて捉えさせてきていただいているわけですが、何れも、詞の内容がそれなりに面白いということと同時に、曲もシンプルで覚えやすいものになっています。 とりわけ、この「ダンゴ3兄弟」の場合、上で紹介させていただいた歌詞をご覧いただいてもお分かりになるかと思いますけれども、ワンコーラス当たりの詞が短く、紹介させていただいた歌詞は、NHK出版から発売されている『だんご3兄弟の楽譜』を参考にさせていただいたわけですが、その『だんご3兄弟の楽譜』によりますと、詞の構成としては、1番から5番までがあり、サビの2カ所と最後のリフレイン部分も含めると、全体で8部建てになっております。曲のパターンとしては、A−A−A−B−A−A−A’−Cという形であります。 いまどき、5番まである歌というのは非常に珍しいのではないかと思いますが、A’まで入れると6番まであることになりまして、その繰り返し効果というのは、結構、ボディブローのように効いてきているのではないかと思います。 さらに、曲全体でみると、「だんご」という言葉は、なんと、25回も出てまいりますし、「だんご3兄弟」という言葉も、7回にわたって繰り返されておりまして、一度、聴いたら、いやでも耳に残ってしまうわけです。 下の画像をご覧いただいても、お分かりかと思いますが、ウチの次男の場合、「だんご」「だんご」と繰り返して歌っているうちに、最初は普通に歌っていても、「だんご」のフレーズを繰り返すたびにテンションが高まり、最後は、手や足がタンゴのリズムに合わせて、勝手に動き出してしまうというようなことになってしまいまして、そこまで計算づくで作られた歌なのかどうかは分かりませんが、結果として、そういう効果があることは間違いないようで、その辺が、幼稚園の年少組の3歳児や4歳児の心を捉えてしまう大きな要因となったのではないかと思われます。 曲の長さにしても、最近は、5分や6分を超えるような長尺モノが多い中で、この曲は、わずか2分足らずという短さでありまして、その辺りも、幼い子供たちにも、最後まで、飽きられることなく聴いてもらえた大事なポイントではないかと思います。
こういうことを書いていると、ほとんど、1960年代のエレキブームやビートルズやGSに拒絶反応を起こしていた、当時の大人達と同じようなことを自分も言うようになってしまっているのかなという気もしないでもありませんが…。 それと、やはり、この曲のプロデュースに深く関わられた佐藤雅彦さんという方の、時代に対する問いかけのセンスというのが、ズバ抜けているのかなという気もしておりまして、その意味では、この「だんご3兄弟」も、「バザールでござーる」とか「ドンタコスったらドンタコス」のように、極めてCM的な感覚で、理屈抜きの楽しさというものを上手に伝えることに成功している曲なんだろうと思うわけであります。 発売から1〜2週間のうちに、この曲の替え歌が色々なバージョンで巷に出回っていることを見ても、この曲が秘めている理屈抜きの楽しさというものを如実に物語っていると思います。 ワンコーラスが短く、リフレインが多いので、替え歌も作りやすく、H系のものも相当数あるようでありますが、その中から、シングルCDの発売直後に、Eメールで私の元に届けられた「談合3兄弟」という替え歌の歌詞を紹介させていただきます。 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ 「談合3兄弟」1. 事前調整談合 だんごう ルール違反だ談合 だんごう しかし やりたい談合 だんごう 談合3きょうだい 2. こんかい指名は ○○○○ 次に指名は ××× それどこじゃない △△△△ 談合3さんきょうだい 3. りえきのでない ○○○○ さきのみえない ××× グループあぶない △△△△ 談合3きょうだい こんど入札するときも ねがいは そろって おなじねだん できれば こんどは りえきりつ たくさんついた公共事業 だんごう 4. あるひ きょうだいげんか けんか ねだんのことでけんか けんか りえきのでない ねだん ねだん でも すぐになかなおり 5. きょうは処分でひるね ひるね さんにんそろってひるね ひるね うっかりしてたら年度末 あかくなりました けいきよくても談合 だんごう わるくなっても談合 だんごう 日本の伝統談合 だんごう 談合3きょうだい だんごう 談合 だんごう 談合 だんごう 談合3きょうだい 談合3きょうだい 談合3きょうだい だんごう! ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ いやー、何度、歌っても、秀逸であります。 ちなみに、○○○○、×××、△△△△のところは、本来、日本を代表する企業グループの名称が入りますが、さすがに、不特定多数の皆様にご覧いただいているホームページの性格上、かなり差し障りがありますので、敢えて、伏せさせていただきました。 こうして、替え歌で歌ってみると、「談合」「だんごう」のリフレインが、如何に効果的であるかを実感できるような気がしてきます。本来、禁忌、つまり、タブーである「談合」という言葉が、これだけ、あっけらかんと、楽しいメロディーに乗せられた面白さというのは、たまらないものがあるわけで、元唄の「だんご3兄弟」とは、別の意味で、元唄以上に痛快な歌になってしまっているところが凄いと思います。特に、本来は、日本経済を支える屋台骨のような企業グループ名が実名で出てまいりますので、私のような零細企業に勤務する貧乏サラリーマンにとっては、やっかみも含めて、タマらない快感を覚えてしまうわけであります。 ○○○○、×××、△△△△の部分は、ご覧の皆様が、ご自分で適当にハメ込んで、お楽しみいただければと思う次第であります。 ワン・ツー・ワン・マーケティングの時代に、こうして、各人がカスタマイズして楽しめるというノリシロを残している辺りにも、実は、この「だんご3兄弟」が大ブレークした秘密があるような気もします。 その替え歌バージョンの数の多さということでも、この「だんご3兄弟」は、日本歌謡史上、空前絶後の作品ではないかと思われます。 ということで、いつにも増して、メチャクチャ長いページになってしまいましたが、「60年代通信 HOT TOPICS」として、急遽、作らせていただきました“「だんご3兄弟」大ブレークのナゾに迫る”を終らせていただきます。 こんなバカみたいに長いページに、最後まで、お付き合いくださった皆様、誠に、どうも、ありがとうございました。 “「だんご3兄弟」大ブレークのナゾに迫る〜前編”はこちら | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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