収録石燕妖怪一覧 その五
 川赤子 せうけら おとろし 大首 反枕 古籠火 垢嘗 絡新婦  陰摩羅鬼

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川赤子  P91
 「山川の藻屑のなかに棲むといふ川赤子」
 続百晦 国書版P141  「山川のもくずのうちに、赤子のかたちしたるものあり。これを川赤子といふなるよし。川太郎、川童の類ならんか。」

 両者とも特に何の変哲もない解説ですが、実際には「川赤子」という名の妖怪の伝承は存在しません。ただ、川に棲む赤ん坊の姿をした妖怪の話はいくつか残っており、そういう意味では石燕の完全な創作とも言えないようです。川赤子の登場する『今昔画図続百鬼 巻之中 晦』には、他にも提灯火や輪入道、皿数えや油赤子など、実際に怪談・伝承として存在した(と思われる)妖怪に石燕が独自の名を付けたものが目立っていますから、これもその類なのかもしれません。
 ちなみに多田氏は、「川赤子」とは釣りの餌であるイトミミズを表す言葉でもあり、そのため絵の中でも釣り道具が描かれているのではないか、と述べています。
 水木氏はこれを「泣き声で人を惑わす妖怪である」と解説しました。
 隣のページには河童が載っています。


せうけら  P262
 「自然と引窓の開くに驚いて見上る眼にうつるセウケラの怪」
 百鬼風 国書版P78  解説なし

 しょうけらは塗仏わいら同様、狩野派の絵巻に伝わる妖怪の一つです。
 六十日ごとに巡ってくる庚申の日には、寝ている人の体内から三尸虫というものが抜け出し、その人の罪を天帝に告げ、命を奪わせるとされていました。そこで庚申の日には眠らず、三尸虫を体内から出さないようにするというのが、「庚申待」と呼ばれる行事です。そしてこの三尸虫の害を防ぐために唱える呪文に、「しゃうけらはわたとてまたか我宿へねぬぞねたかぞねたかぞねぬば」というものがありました。このことから、このしょうけらという妖怪は、三尸虫のことなのではないかと推測されています。
 藤澤氏の解説では天窓を勝手に開ける妖怪となっており、さらに水木氏は、天窓から家の中を覗き込む妖怪であると解説しました。
 隣のページにはおとろしが載っています。


おとろし  P263
 「不信仰にして神をないがしらにする者を鳥居より入らせぬオトロシの怪」
 百鬼風 国書版P81  解説なし

 狩野派の絵巻に伝わる妖怪の一つです。古くは「おとろん」「おとろ/\」などと表記されていましたが、現在はこの名前で定着した模様です。しかし「恐ろしいもの」という意味から察するに、本来はうわん同様、漠然とした「お化け」を表す語なのではないか、とも考えられています。
 「不信心者を懲らしめる」という有名な解説の原形は、やはり藤澤氏にあるようです。もちろんこれを広めたのが山田氏や水木氏であることは、言うまでもありません。
 隣のページにはしょうけらが載っています。


大首  P266
 「雨夜の星明りに鉄漿黒黒とつけたる笑顔の巨大な大首の怪」
 続百明 国書版P168  「大凡物の大なるもの皆おそるべし。いはんや雨夜の星明りに鉄漿くろぐろとつけたる女の首おそろし。なんともおろか也。」

 藤澤氏の解説はそのままです。もともとこのような大首の怪の話はいくつも残っており、その特性もそう変化することはなかったようです。「大きな顔」という、ビジュアル一本で押し通している妖怪だけに、無理もないかもしれません。
 ちなみに「雨夜の星明り」とは、「あり得ないこと」、また転じて、「あり得ないようだが、ごく稀にはあること」という意味だそうです。
 隣のページには反枕が載っています。頭と関わりがあるからでしょうか。


反枕  P267
 「返された枕にふつと目ざむれば南を北にする姿恐ろしい変化」
 百鬼陽 国書版P66  解説なし

 「枕を返す」とは、寝ている者の枕を逆にすることを言うそうですが、絵を見る限りでは、寝ている人の方が頭と足を逆にしているようです。そこで……かどうかは知りませんが、藤澤氏も「南を北にする」という文を解説に入れ、いわゆる「北枕」と結び付けています。
 民俗学者の宮田登氏の説によれば、枕を返すという行為は、寝ている者の魂を戻れなくするという意味が込められているそうで、固く戒められていたことだったそうです。このような行為をなす妖怪はいくつも伝わっていますが、石燕が描いた反枕もその一つなのかもしれません。もっとも、なぜ仁王のような姿をしているのかまでは不明ですが。
 隣のページには大首が載っています。


古籠火  P270
 「石の燈籠も火に燃ゆることあり そは古籠火の怪のなす業」
 徒然上 国書版P272  「それ火に陰火・陽火・鬼火さまざまありとぞ。わけて古戦場には汗血のこりて鬼火となり、あやしきかたちをあらはすよしを聞はべれども、いまだ灯籠の怪をなすことをきかずと、夢の中におもひぬ。」

 石燕の解説から察するに、創作された妖怪であることは明らかなようです。
 藤澤氏は石灯籠に火をつける妖怪であると解説していますが、水木氏や山田氏の著書では、「古い灯籠に独りでに火が灯るのは、この妖怪の仕業である」となっています。ちなみに水木氏はこの妖怪を「ころうび」と読ませていますが、石燕のオリジナルでは「ころうくは」となっています。
 なお、日光二荒山神社の灯籠は、怪をなしたことで有名です。
 隣のページには垢嘗が載っています。


垢嘗  P271
 「湯殿を清潔にせよ湯殿に垢を溜めると垢嘗の怪が嘗めに出る」
 百鬼陰 国書版P38  解説なし

 石燕の『画図百鬼夜行』シリーズ中、天狗や河童など有名所の並ぶ序盤に突然現れるこの妖怪ですが、『古今百物語評判』に書かれている「垢ねぶり」のことではないか、と言われています。風呂屋や荒れはてた屋敷に棲むものだそうですが、当時はそれなりに有名だったのかもしれません。
 「風呂の掃除を怠ると出る妖怪」というのが現在の一般的な解説ですが、これも藤澤氏の解説がもとネタのようです。
 隣のページには古籠火が載っています。


絡新婦  P274
 「蜘蛛の網に怪し火燃やして中に現はるる絡新婦」
 百鬼陽 国書版P49  解説なし

 藤澤氏の解説は、絵をそのまま表したもののようです。
 「口から青い煙を吐くとそれが小蜘蛛に変じ人を襲う」とは佐藤有文氏の本で見た解説ですが、水木氏もこれを使用していました。
 隣のページには原本同様、が載っています。燃えている動物、という意味でも一致します。


  P275
 「主として古屋敷の垣を伝ふて流るるが如き鼬火の踊り」
 百鬼陽 国書版P50  解説なし

 鼬(いたち)という文字ではありますが、石燕は「てん」と読ませています。当時は鼬と貂が混同されていたそうで、一説には老鼬が貂になるとも言われていました。ちなみに絵では火柱を起こしていますが、これは鼬がなす怪だそうです。
 藤澤氏の解説は、見たままのようです。
 隣のページには絡新婦が載っています。


陰摩羅鬼  P280
 「道楽和尚の誦経おろそかなれば仏壇に堕経を叫ぶ陰摩羅鬼」
 続百晦 国書版P137  「蔵経の中に、『初て新なる屍の気変じて陰摩羅鬼となる』と云へり。『そのかたち鶴の如くして、色くろく目の光ともしびのごとく羽をふるひて鳴声たかし』と清尊録にあり。」

 中国の古書である『清尊録』には、死体の気が変じた怪鳥が寺の法堂で寝ていた者を叱りつける話が載っており、これを陰摩羅鬼と呼ぶとしています。
 藤澤氏の解説にもとネタがあるのかどうかはよく分かりませんが、仏教が絡んでいることは間違いないでしょう。この解説は水木氏や山田氏も使用しています。
 隣のページには青鷺火が載っています。


2003.4.27 update