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ドイス「K]・けん玉普及を目指して日本一周ヒッチハイクの旅

 


 

9月20日(金)・・・・旅、43日目(利尻富士登頂)

 はあ、今日一日のんびりとしたら急いで広島に帰らなくてはならないのか。のんびりとは言っても山に登るんだけど。取り敢えず5時半に目を覚ました。くそ寒い。冷え切った体を少し動かして、筋肉を起こした。歯を磨いて、軽く飯(パンのかけら&ソーセージ)を食べた。幸いなことに天気は快晴☆ 真っ青な空。テントは張ったままで、中に荷物を置いて服と食料、カメラに日記(大切だから)をリュックに入れて出発。サンダルで登る予定だが、どうしても限界を感じたら靴を履くために一応もらった靴も持った。
 
 ガイドには上り5時間、とある。2時には降りてきたいと考えていた。登るのは早いほうだと思うから。500mほど歩くと、寒露名水というのがあって、最北の名水だ。水を飲みだめして登りだした。最初の1時間ほどはけっこう楽な道、サンダルでも余裕です。靴は持っているものの、履きたくは無い。ここまでサンダルでやってきたという意地があるから。

 6合目まで行くと、すごいいい景色。島を見下ろすと周りは青い海。礼文島、樺太も見える。まさに絶景かな。登れば登るほど気温が下がり、風は強くなってくる。高い木はなくなり、火山爆発でできた利尻島の溶岩肌が露出してくる。
 
 登りだして2時間弱、8合目で2人の登山客に追いついた。I野さんとT橋さんです。

「サンダルで登ってきたんですか?!」

と2人は驚く。話したり、写真を撮ったりして、頂上でまた会いましょうと言って抜かして行った。そしてキツイのは8合目から。まさに「登山」。傾斜はかなりきつくなり、溶岩むき出しの足場。サンダルの穴は広がる一方だ。

 9合目には「ここからが正念場」と書いてあり、その通りでした。そして、さっきまでは晴れていたのに、濃い霧が出てきて、景色は見えなくなってしまった。急斜面のガレ場をロープを持って必死で登った。強風と寒さで、手先・足先の感覚は無くなっていた。ウインドブレーカーを出して着た。降りてくる人に何人か出会ったけど、みんなすごい装備&靴。

 かなりきついながらも山頂に辿り着いたときには嬉しかった〜!!

1719M(1721Mの場所は閉鎖されていた)、100名山の最北峰。穴の空いたサンダルで、3時間20分で登りきりました。寒い・・・。なけなしのジュースとみかんとお菓子を食べていたら、石野さんと高橋さんが到着した。石野さんは辛そう、足がつっていた。2人はユースホステルで知り合って、一緒に登ってきたようだ。話したり、けん玉をして、3人で山頂を楽しんだ。おれのカメラは電池が切れていて、山頂では1枚しか撮れなかった。いい写真ではなかったので、巻末で別写真を載せておきます。
 
 山頂では、礼文島の方は霧で見えなかったが、宗谷岬、サロベツは見えてきれいだった。1時間半ほどいて、3人で降りた。下りはきついキツイ。急な坂だし、溶岩が足を取る。サンダルと足の間に石が入り込んで痛い。裸足と変わらない。まあペースはゆっくりで、なんとかI野さん達についていけるけど、最後の2時間は足の痛みが激しかった。まあ帰りは休憩も多くとって、何とか3人で楽しく(最後はみんな無言、無気力だけど)帰れた。1人だったら辛かったかもしれない。旅の最後の登山でいい人達に出会えてよかった。テントを片付けて、3人で温泉にいった。利尻富士、ふもとから見てもかなり綺麗だ。また来て登りたいとも思う、靴履いて。

 温泉では昨日いたじいちゃんがいた。シベリア抑留の話とか戦争の話を聞いた。テントは昔、「幕社」って言われていたそうだ。豆知識。 たしかに戦争はイヤですね。
 
 いやー、降りてきたときは正直腰が痛かったけど、温泉で回復。降りる途中から「ビール、ビール」と言っていたI野さん。3人で缶ビールを飲みました。T橋さん(右)は埼玉の人で、色んな山に登っているらしい。おれも信州の山のいくつかには登ったことがあったから共通の話題もあった。一緒にユースホステルの近くまで歩いていって、夕陽ケ丘という場所でテントを張った。明日は十五夜、今日もきれいな月が出ていた。

 ご飯は一緒に食べ、奈良県から来たおじさんも混じって、4人で居酒屋に行った。刺身にホッケ、美味いです。昨日はパンのからをかじっていたのに今日はビール付。休肝日は昨日の1日だけでした。
 最北の島、礼文に利尻は最高の思い出になりました。夜も案外寒くなくてゆっくりと寝れた、明け方以外は。


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