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9月4日(水)・・・・旅、27日目
再出発してからは一番よく眠れたかもしれない。7時に車に行って、出発。微妙に天気は悪く雨が降りそうだ。車中では、N野さんは秋田県批判とか国際競争や理想の政治の話ばっかり、疲れた。秋田駅まで送ってもらい、さよーなら。駅ビルは郊外の田舎度からは想像できないほどにきれいなものだ。3階のサテンで日記書いてます。腹が痛くなってトイレに行ったら、大の方の中に入っているやつがなかなか出てこない。10分以上待って切れそうになった。
さて、男鹿(おが)の方に行くか。男鹿は秋田県の西部にちょこっと出ている半島です。わからない人は地図を見ましょう。男鹿に行くには秋田駅周辺のごみごみしたプチ都会を抜け、7号線に出なくてはならない。うーん、秋田駅で降ろしてもらったのは失敗だ。テクテクと歩いて7号線を目指す。結構遠いけど、やっぱり体は慣れてきたようだ。荷物は重いけど、1時間くらいなら余裕で歩ける。
コンビニで現在地を確認しながら、1時間半ほど歩いて7号線に出た。近くに小学校があったけど、男鹿のほうで行こうと思い、入らなかった。7号線に出てからもヒッチできる場所を探して30分、サンクスと吉野家が並んでいる場所の前でしていた。しかし、20分が経ち、30分が経ち、1時間が経過しても誰も止まってくれない。
たまに車の中から手を出してくる人がいたものの、何だここは?!こんなにもいい場所なのに。コンビニに止まっているトラックはみんな寝ているし…あまりにも暑いから吉野家で休憩、並卵を食べた。330円。また前でヒッチし出したが、誰も止まってくれない。
思い切って歩き出した。こんないい場所を捨てるのはもったいないけど仕方ない。ここは2車線、町を抜けて一車線になれば全ての車がおれに目を向けてくれるはずだ。しかし1時間歩いても1車線にはならない。諦めて、そこにあったバス停でヒッチハイク再開。30分したらやっと止まってくれる人がいた。
「どこまで行くの」
「男鹿半島に行きたいんですけど」
「男鹿か〜、わかったぜ、乗ってくれぇ〜」
とえらいノリにのいい25歳、仕事中。
何でも昔ヒッチハイクしたことがあって、見つけたら絶対に乗せてあげようと決めていたけど、この辺にはヒッチしている人はいないらしい。
「やっと今までの恩返しができるよ」
といっていた。仕事は大丈夫なんかな。
「仕事よりも大切なことがあるぜ〜」
と言って男鹿の岬まで連れて行ってもらうことになった。海岸沿いは落石で通行止めになっているらしく、寒風山という山を経由して行くことになった。寒風山は木がほとんどなく、草ばかりの山。車で上まで行ける。秋田市の方向が一望でき、海岸線がきれいだ。そして八郎潟が見渡せる。八郎潟は日本で2位の湖だった(と思う)が埋め立てられ、大潟村を作って米を栽培している。
景色はいいんだけど、さすがは「寒風山」。寒いというか風が冷たい。ここで初めて東北の寒さを実感した。そして、ヤバイと感じた時でもあった。秋田でこれだけ寒かったら北海道は?? 秋田名物のきりたんぽを食べた。旨い!秋田はやっぱり米どころ、秋田小町の産地です。蒸して、練って、棒に巻いてあぶったきりたんぽは日持ちがいいらしい。昔は猟に行く人が持って行って食べたそうだ。そんな話を聞きながら車は岬(入道崎)に向かっていった。
「なまはげライン」という道を進む。この辺りは“なまはげ”の発祥地。はあ、もう4時だ。今日の学校行きは諦めた。けん玉はおやすみ。途中で、なまはげ橋、青鬼橋、赤鬼橋を通った。なまはげ橋には立派ななまはげの像が立っていた。入道崎までの道はガラガラだったのに、岬にはたくさんの人がいた。
どうやらこの後の、日本海に沈む夕日を見に来ているようだ。まあまだ1時間以上あるけど。そしてここは北緯40度の地点でもある。九州・佐多で見た31度線から北緯だけで9度(約900km)も北上してきたのか。31度線を写真に撮っておけばよかったと思った。絶壁を2人で降り、海岸へ行ってみた。すごい海岸、足場の石はとがっている。そこの薄くなったサンダルで、気を使いながらあるいて、行ける所まで行った。左足の底はもう1cmくらいしかない。まあ穴が開くまではがんばろう。W部さんの中国に行く話を聞きながら帰った。車の中でも「旅はいいよなー」「旅と旅行は違うね」という話で盛り上がり、楽しいドライブとなった。
確かにその通りだと思う。なんていうか、旅は過程を楽しむもので、旅行は目的地を楽しむもの・・・そんな感じかな。この本でもおれはあえて「旅行」という言葉は使っていない。W部さんは青函トンネルを昔、友達と歩いて渡って、最後の500mくらいで警察に捕まったそうだ。TUBEの前田と飯島直子が結婚した時(もう離婚したけど)、ルックルックっていう番組でトップニュースで流れたらしい。20歳になる3日前で名前は出なかったらしいけど。すごいわ。
近くの駅まで送ってもらって別れた。おれは地図を見て、公園で寝ようと思い歩いた。寒風山に行く前に買ってもらった2Lのジュース(DAKARA)を入れた紙袋が破け、中の大量のお菓子、タオルとかが落ちた。どうやって持ち運ぶねん。
すごい変な持ち方をして、何とか運ぶ。1kmほど行くとラーメン屋発見。中華丼を食べて、休憩していた。その時、広島のI田さん(けん玉協会の広島支部長)から電話がかかってきた。約1ヶ月ぶりに声を聞いた。元気にしているかどうかの電話で嬉しかった。「元気で、思うようにやっています」と答えた。どこかで長く滞在することがあったらけん玉を送ってくれるということだった。荷が増えるのはキツイけど、けん玉はもっとほしいから嬉しいが、受け取る方法がないからね。広テレの取材がもしあったら持ってきてもらうとか?!
公園のベンチの上で横になっていたらだんだんと寒くなってきた。まだ8時前、東北恐るべし!テントを張って寝ることにした。福井県で出した時以来のテントだ。中に入り、寝袋に包まって寝る、しかしどんどん気温は下がる。夜中の2時、3時とかは凍え死にそうなくらいに寒かった。
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