ワールドオープンけん玉大会(2006年7月9日大阪市キッズプラザ)
『もしかめ世界一決定戦』
フラービオ、優勝 (記録8時間00分00秒)
大会終了後、優勝杯と。左:窪田、右:フラービオ君 (写真撮影:細川武志)
2006年7月9日、大阪市北区扇町のキッズプラザ1Fで行われた、第5回ワールドオープンけん玉大会(主催:日本けん玉協会関西総支部)の「もしかめ世界一決定戦」にて、モザンビーク代表であるフラービオ・アルマンド・マカリンゲ君(21歳)が8時間の世界記録(タイ)を出して優勝しました。
フラービオ君は、モザンビーク共和国マプト州ナマーシャ中学校の3年生。
ドイス「K」の管理者、窪田保を中心に、青年海外協力隊員らからけん玉の指導を受けてきました。今年の4月に行われた本大会のモザンビーク予選では7時間23分という記録を出して、代表に。
初の海外、気候の違い、7時間の時差、室内の騒音、黒人は1人・・・など、上げるとキリが無い程の不安要素の中、2人で目指してきた「優勝」の二文字を彼は掴み取ってくれました。
けん玉を初めて僅か1年9ヶ月での8時間の記録達成は、けん玉を知る人も知らない人も大いに驚かされました。
二年前、第2回目から欠かさずに参加してくれたけん玉教室。
一緒にけん玉を持って、ナマーシャの村を2人で歩き回った夏休み。
大会に向けて、一緒に練習をした時間。
大阪での大会、7時間を越える彼の姿を、安定したもしかめを見ていると、色んな事が思い出されました。
楽しいことばかりではなかった。
ロクでもないことばっかりが身に降りかかる毎日。
「バカヤロウ」と罵りながら過ごした2年間。
一人では、私はきっと何もでき無かった。辛いときも、嬉しいときも、彼は最高の笑顔と、明るいキャラで私を支えてくれました。
8時間を達成し、フラービオが会場の舞台の上で倒れこんだとき、涙が溢れて止まりませんでした。
優勝、おめでとう。
そして、ありがとう、フラービオ。
最高の感動を与えてくれた、最高の友達、フラービオの本大会での活躍を紹介したいと思います。
本大会にフラービオが参加するに当って、一番心配だったのは、フラービオの体調。
初めての海外旅行では、何をするにも、何を見るにも体力を使っているもの。
7時間の時差があって、夜も思うように眠れなかったという最初の数日間。
引率の教頭先生が、ゴチャゴチャと口を出してくるので、それも大きなストレスになっていたようです。
「練習はいいから、休め」と言っても、不安な様子で、
「練習しないと、負けてしまう」と言って、無理に練習を続けるフラービオ。
大会の2日前には、引率のナマーシャ中学校の教頭先生と離れてリラックスするために、私の実家にフラービオだけを連れて帰りました。
やっと、落ち着いて眠れたのか、大会前日にして、やっと普段の体調を取り戻したフラービオでした。
体調さえ良く、一番緊張するもしかめ開始30分間を乗り越えられれば、優勝はほぼ間違いないとというのが、最初の予測でした。

大会当日、開会式で。。
モザンビークの他、モンゴルからの代表選手も出場しています。
出場選手は日本人が大半で、全部で150名ほど。「技の部」と「もしかめの部」が行われました。
会場は、キッズプラザの1F。
終日、人の出入りが激しく、一日の利用客数は3000人にも上るそうです。

開会式を行ったメイン会場から数十m離れた場所に設けられた特設ステージにて、「もしかめ世界一決定戦」が行われました。
モンゴルの代表選手。、
日本歴代記録3位を持つ広木選手。
日本歴代記録5位を持つ塚口選手。
そしてモザンビーク代表のフラービオの計4人で争われた本大会。
午前11時53分、開始。
大会の注目度は高く、各テレビ局が取材に来ていて、カメラ5台に囲まれてのスタートでした。
会場の気温はおよそ30度。
普段もしかめ大会は11月くらいの比較的涼しい時期に行われますので、参加選手の全員にとって、厳しい条件だったと思っています。
会場の中は一般に公開されている場所で人の声、さらには、イベントの太鼓の音など、高記録を出すには向いていない状況でした。
1時間30分を手前にして、日本選手一人が落球。1時間33分でモンゴルの代表選手も。
2時間56分で広木選手が落球して広木選手と2人で争われていた優勝争いは、フラービオに軍配が上がりました。
見ているこっちのほうが緊張していたのですが、フラービオは順調にもしかめを続けています。
優勝が確定したので、目指すは記録。
モザンビークで出した、7時間23分の自己記録を超えるのが、目標です。
しかしこの暑さ。長ズボンを履かせたのは、失敗だったかと、結構悔やみました。
3時間を越えても、水分補給はいらないと言うフラービオ。
かなりの汗をかいているのは見ていて分かっていたで、心配していましたが、彼のペースに任せるのが一番です。
結局8時間までで、4回の水分補給を行いました。
とはいっても、もちろん、止まるわけではありません。
左手で、ペットボトルを受け取って、ストローで飲みます。
会場の見物客を驚かせたのは、彼の身体能力と言うか、体力。
普通は、足とか、方とか、血が溜まって、痛くなって、動かせない状態になるのですが、彼は「痛い」と言いながらも、足を少し屈伸させたり、左手でマッサージをしたりしながら、もしかめを行うのです。
カッチカッチカッチ・・・・・
5時間が過ぎ、6時間が過ぎ、彼の自己最高記録をも破っていきました。
正直、この条件だったら、5、6時間で落としてしまうだろうと思っていたので、驚きました。
上にも書きましたが、彼のもしかめを見ていると、モザンビークでの2年間が思い出されてきました。晴れの舞台で、優勝を掴み取ったフラービオ。
テレビ局の密着取材もいるし、泣くのだけはいやだなぁと思っても、7時間50分くらいから、すでに涙が溜まってしまいました・・・

夜8時前。
見ていた観客全員のカウントダウンに見守られて、8時間のもしかめが終了しました。
ばったりと倒れこんだフラービオを見て、涙が一気に溢れました。
3年前、自分が8時間の記録を達成した時もうれし涙でしたが、その時よりも遥かに嬉しい瞬間になりました。

優勝カップを受け取るフラービオと。
多分、大会に参加するまで、フラービオは不安で不安で仕方なかったと思います。
大会終了後も、2人で目を真っ赤にして何度も抱き合いました。
8時間の記録を出す難しさも、不安を乗り越える難しさも、少しは知っているつもりですので、彼の喜びも良くわかりました。
泣くほど嬉しい出来事を、フラービオに経験させてあげることができ、本当に良かったです。
見ていたこっちも、最高でした。
優勝杯と。この大きなけん玉は、写真を撮るためのもので、モザンビークには持って帰れませんが、一生の記念になると思います。
後ろが、本大会主催者の矢野様
右端が、教頭先生のリカルディーノ先生。この先生は日本ではまさに「お荷物」でしたが、フラービオのパスポートやら、学校の書類などを揃えてくれた、影の功労者です。
大会を終えて・・・・
なにを言っても、根性のないことばっかりを言って、やろうともしないモザンビーク人達にうんざりしてきた2年間。
「おれたちは貧乏だから」
「私達は遅れているから」
自分の国に自信を持てない人。
自分に自信を持てない人。
そんな発言を聞くたびに感じてきた、変な寂しさ。
理科の実験授業を広めることよりも、もっと大切なことを伝えたかった。
「やれば、できる。」
このたった6文字の事を伝えたかった。
「バカヤロウ」と叫び続けた、けん玉教室。
「コノヤロウ」と叫び続けた、試験監督の時間。
結局、うまく伝えることはできなかった。
フラービオだけには、わかってもらえたかな?
長々と書いてしまいましたが、本大会の関係者の皆様のお陰で、このような素晴らしい記録と記憶が残ったと思っています。この場を借りて、深く御礼申し上げます。
ありがとうございました。
2006年7月24日
窪田 保
そんなフラービオ(本名:フラービオ・アルマンド・マカリンゲ)君の日本滞在記録を少しだけ
