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ステップ15 日本語教育能力試験

   日本語教師としての能力をはかる試験のひとつとして、日本語教育能力試験があります

15−1 日本語教師の認定

 日本語を教えるために、日本語教師としての能力を高め、その力を認定してもらう方法として二つの方法があります。

 A)日本語教育能力検定試験 合格
 B)420時間の日本語教育専門講座を受講

 (A)は、英語や国語のような国の機関が発給する「教員免許」では、ありませんが、公的な資格と見なされています。

 (B)は、420時間分の「日本語教師養成講座」を受講し、単位取得したという認定資格。

 (B)の認定資格を得るために、二通りの方法があります。

B(1)日本語教員養成コースを持つ専門学校で、日本語教育専門課程420時間以上の講習を受講する。
 B(2)日本語教員養成コースを持つ大学で、日本語教育に関する40単位以上の単位を取得する。
 
 このどちらかのコースで得られる資格。簡単ではないけれど、こつこつ努力すれば、日本語教員の資格が取得できます。

 それぞれの学校独自に単位を出すので、学校によっても資格付与の方針が異なります。
 しっかり授業を行い、厳しい試験をクリアできた学生を厳選して単位を出す学校もあります。
 しかし、受講料稼ぎが目的のかなりイージーな授業で単位を出す学校も、皆無とはいえません。

 420時間の講習を受けて資格を得た先生だというので、授業を任せてみたら、学生からの基本的な質問にも答えられなかった、などの声も聞いたことがあります。

 「大学へ行く」と「大学に行く」は、どう違うのですか、「その階段をノボッテ、二階へいってください、と、その階段をアガッテ、二階へいってくださいは、どちらの表現がいいのですか」、「お二階へご案内、は、いいのに、お三階へご案内、はダメっていうのは、理由がありますか」など、初級中級上級、それぞれに日本語への疑問質問が山のように出てきます。

 「教えてください。『やはり』と、『やっぱり』は、どちらがいいですか」「あ、そりゃ、ヤッパ、やはりだろうね」「え、ヤッパですか?」「だからぁ、ヤッパは違クテェ、やはりのほうがいいんだよ」
 なんてことになって、学習者は「やはり」か「やっぱり」か「やっぱ」か、ますますわからなくなった、なんてことにもなります。

 「ちがくて」は、若い世代の用法。「ちがう」という動詞を形容詞のように活用させているのです。

 文法説明をこむずかしくこね回すのではなく、日本語がわからない留学生にわかるように説明しなければなりません。


15−3 日本語教育能力検定試験

 日本語教師の資格、420時間講習受講のほか、もうひとつ、「日本語教育能力検定試験」があります。
 この試験、昔は文部省(現在は文部科学省)の所管だったけれど、現在は「財団法人日本国際教育支援協会」主催の試験になっています。

 こちらの試験に合格するのは容易なことではありません。毎回、日本語教師志願者8000〜10000人が受験して、合格率は10〜15%。
 一回の試験で合格するのは至難の業で、たいてい2回3回と受験し、ようやく合格できます。

 春庭が1発勝負で合格できたのは、受験したのが1988年の第一回目の試験だったから。以前の出題は、文法や言語学関係の問題が多かった、ということや、最初の年というのは、試験を作るほうも試行錯誤た、という事情もあり、1回目で合格できました。運がよかった。
 現在の試験は形式も変わり、出題内容もかなり変わっているので、今受験したら、一発合格は難しいかも。

 今年2006年度の試験は10月に実施されました。
 今期、日本語教授法の授業を受けている学生のひとりが、「お試し受験」をしてみました。
 実力はまだ不足していますが、お試ししてみることで、どれほど試験問題が難しいものなのか実感できるので、日本語教師志望者には、現在の実力とは関係なく、受験をすすめています。

 「日本語教育能力検定試験」
 第一部の日本語文法、日本語史、言語学などの基礎知識を問う問題。問題量がハンパでなく多いので、考えている時間はありません。パッパと答えていかなければ、最終問題までいけません。
 毎年30ページに100問前後の出題があり、これを90分で解答する。長文問題もあるので、一問につき30秒ほどで解答しなければならない。

 第二部は、音声問題。リスニング、これも出題形式に慣れていないとむずかしいです。約30問のリスニング問題を30分で解答する。CDによる出題、聞き逃したらアウト。
 第三部は教授法など。80問+記述問題に120分で解答する。
 朝から夕方まで、丸一日、知的格闘技ともいえる問題と格闘します。

 一番簡単な部分、過去問をちょこっとお試しでやってみましょう。

 リスニングの一番簡単な問題。アクセントについて。日本語の高低アクセントの問題です。日本語標準語では、「雨」と「飴」のアクセント、高い音か低い音か、メロディで意味を聞き分けます。「ア」が高く、「メ」が低いメロディが雨。逆が飴。

 2004年度の第一問の3番「今の住所は、わかやま市です」と4番「最寄り駅はわかやま市駅です。」

 録音されたアクセントを聞き分けて、正しいアクセントを選ぶ。
3番 a低高高高高 b高低低低低 c低高高高低 d低高低低低  
(正解c 「わ」が低いアクセント、「かやま」が高く、「し」が低くなる)

4番 a 低高高高高低低 b低高高高高高低 c低高高高低低低 d低高高高低高低
(正解a) 「か」から「し」まで高く、「えき」が低いアクセント。


15−4 試験問題をためしてみよう「先生と生徒」

 2004年度過去問の中から、教授法の問題.、日本語教育理論に関する出題をひとつ紹介。
1)「(日本語のための)独創的な教育理論」を考えるうえで、ふさわしくないものはどれか選びなさい。
a)ジェンダーの視点 
b)言語規範主義の視点 
c)文化多元主義の視点 
d)メディアのもつ権力性への視点

 正解は(b)です。
 規範主義すなわち「正しい日本語というものが存在すると考え、正しい日本語を変えていくべきでない」という「規範主義的な言語観によって日本語教育理論を考える」というのは、これからの日本語教育にとって、ふさわしい考え方ではない、というのが正解。

 日本語教師は、規範的日本語を知りつつ、常に「変わりゆく日本語」に敏感でなければいけません。たとえば、ラ抜き可能形。
 現在のところ規範的な日本語としては、「でれる」「みれる」は、認められていません。 第二グループの可能形は、教科書に「食べられる」「出られる」と書いてあります。「明日の会議、出席できますか」「はい出られます」

 しかし、若い世代の人と話す機会の多い留学生には、「でれます」も、私は教えています。実際の会話では「でれます」の方を聞くからです。
 「若い人は、食べれます、みれます、でれます、と言います。若い人の可能形です」と、紹介しています。

 そのうち、「ちがう」の「テ形」は「ちがって」「ちがっていて」だけれども、若い人は「ちがくて」といいます、と、教えなければならない日もくるでしょう。
 日本語は、太古から現代まで、歴史の流れのなかで、常に変化してきました。

 私たちが平安時代とは異なる日本語を話しているように、千年後の日本語は、現在と大きく違っていることでしょう。「せねン ぐぉ わぁ、オックィ ちがくてぇ、いんじゃあ。(千年後は大きくちがっているでしょう)」と、言っているかもしれません。もっとおっ

 では、次に、今年2006年度の「日本語教育能力検定試験」の問題の中から、第一部第一問の「仲間はずれをさがせ」という問題をいくつか紹介しましょう。

 日本語教育能力検定試験。
第一問は一番カンタンなクイズ形式。選択肢の中から、仲間はずれをひとつ選択すればいいのです。カンタンだと言ったけれど、日本語の基礎的知識が必要です。

 春庭からのヒントをつけておきますから、仲間はずれをさがしてみてね。
 30秒以内に答えてください。(実際の試験では、100問を90分で解答する。長文問題もあるので、一問に30秒以上はかけられない)
2)ふたつの語の組み合わせの内容が、
他とちがっているものを選べ。
a 親・子 
b 夫・妻 
c 父・母 
d 先生・生徒 
e 先輩・後輩

ヒント:ペアの組み合わせ、語として成立するために、相手の存在が絶対に必要なのはどれ?

 答えは(d)です。当たった?語彙論の基礎です。

 a、b、c、eは、一方が存在するなら、かならずもう一方の語が存在する、「必須ペア」の組み合わせです。

 「子」が存在するなら、必ずこの子の「親」がいる。「妻」を名乗るなら、法的であれ事実婚であれ「夫」が存在する。「先輩」と呼びかけることができるのは、その人の「後輩」にあたる人。子に母があるなら、生物学的に必ず子の父も存在する。

 しかし、「先生」は、別段「生徒」が存在しなくても「先生」と呼ばれる人が存在できる。
 たとえば、お医者さん。町の診療室で「先生」と呼ばれています。「先生」と呼びかけている人は、この先生のお弟子さんじゃなくてもいいわけです。「生徒」ではない患者さんたち、みんな「先生」と呼びかけます。
 後輩がいなければ、先輩が存在できないのとは、ペアの内容が違います。

 生徒がいなくても、先生は存在できる。つまり、「先生」という語にとって、「生徒」の存在は必須ではありません。


15−5 試験問題をためしてみよう「動詞の活用」

 文法、仲間はずれさがし、第二問です。動詞活用形の基礎を問う問題。
3)活用形が、他とちがっているものを選べ
(30秒で答えてください)
a 行く 
b 書く 
c 咲く
d 炊く
e 泣く 

ヒントは、「た」をつけた形「タ形」にしてみること。音便形のちがいがみつかります。

 活用形なんて、むか〜し国語の時間に習った気がするけれど、完璧忘れていますよね。でも、ほんとは、日本語母語話者、この活用ルール、頭の中の言語野にきちんと整理されています。ちゃんと話せているのですから。でも、無意識に使い分けているルールを、意識化しておかないと、学習者の誤用を指導できません。
 活用をしっかりたたきこんでおかなければ、日本語教育、最初につまずいてしまいます。

 現代日本語動詞の活用の型は全部で三種類あります。第一グループの動詞(五段活用)と、第二グループ(一段活用)と、第三グループ(カ変・サ変)です。

 出題されているa〜eの動詞は、すべて第1グループ動詞(カ行五段活用)です。第1グループの動詞は、音便形が異なるものがあります。

 正解は「a」です。
 「ます」をつけると、いきます、かきます、さきます、たきます、なきます、になる。カ行五段活用の動詞、「ます」の前は「き」になる。
 ところが、「た」をつけてみると、行った、書いた、咲いた、炊いた、泣いた。
 b〜eは、イ音便(い・おんびん)の形になり、「た」の前は「い」です。でも、「行く」は「行った」になり、「た」の前は「促音の、っ」、促音便の形になります。

 「かく」「かきます」「かいた」、「さく」「さきます」「さいた」、他のカ行五段活用の動詞は、規則的に変化する。でも、「行く」は例外なのです。
 ルール通りに活用させていくと、「行く」「いきます」「いいた」になるはず。
 「きのう、学校へいいた」と発話している日本語学習者がいたら、「あ、音便の規則が定着しているけれど、『行く』が例外だと教えたことを、忘れちゃったんだな」と、見当をつけて指導しなければなりません。


15−6 試験問題をためしてみよう「動詞の活用」

 2006年度日本語教育能力検定試験。仲間はずれ探しの出題をつづけましょう。
4)助詞「の」を用いた文の性質が、他とちがっているものを選べ
a 今日会議があるのを知らなかった 
b 泥棒が侵入するのを目撃した 
c 急激に気温が下がるのを感じた 
d 運動会で走っているのを撮影した

ヒント:「こと」におきかえられるかどうか

 正解「a」 
 「a」の「の」は、「こと」に置き換えられる。「今日会議があることを知らなかった」は自然な表現です。しかし、他の「の」は、「こと」に置き換えると不自然な日本語になる。「泥棒が侵入することを目撃した」は、不自然です。

 日本語学習者が「私は、友だちがプールで泳いでいることを見ていました」という作文を書いたとき、日本語教師は、これでは不自然な日本語となると教え、「泳いでいるのを見ていました」と添削してやります。

 文法用語で説明をするのは、できる限りさけます。文法用語で説明すると、ますますわからなくなります。言語学や日本語学研究者になるつもりの日本語学習者には、文法用語をつかって説明してもいいでしょう。
 しかし、ほとんどの学習者は、「日本語学」を学ぶのではなく、「日本語をつかって仕事や生活をする」あるいは、「日本語をつかって、研究、学習する」のが目的ですから、「動詞の名詞化をするとき、助詞の「の」をつかうか、形式名詞『こと』を使うか、うんぬん、、、」と、説明すると、よけいにこんがらかってきます。

 それよりも、たくさん例文を示してやることによって、学習者が例文の用法から自分で察するようにしてあげる方法をとります。

 「こと」と「の」を使い分けている例文をたくさんあげてやらないと、まちがえてしまった学習者は、用法を察することができません。

 「私の趣味は泳ぐことです」はよいが、「私の趣味は泳ぐのです」はダメ。「友達が泳ぐのを見ていました」はOK。でも、「友達が泳ぐことを見ていました」は不自然な文になる。

 日本語母語話者(生まれたから日本語を自然に身につけた人)は、無意識にきちんと「の」と「こと」を使い分けています。
 頭のなかで、えっと、動詞を名詞化するときに、この場合は「こと」じゃなくて「の」が正解だよな、と、頭のなかで選んでいるわけでもなく、自然に使い分けができます。

 しかし、この使い分け、日本語学習者にはとてもむずかしいのです。
 日本語教師は「無意識に日本語を使っている」では、教えることができません。学習者の立場にたって、日本語を意識化する必要があるのです。


15−7 試験問題をためしてみよう「動詞のタ形」(動詞の完了と過去)

 2006年度、日本語教育能力検定試験より、次は動詞の「タ形」の内容を問う出題。

 学校で教えている現代国語文法では「過去の助動詞」として扱われている「タ」ですが、日本語教育では「動詞のタ形」として扱います。なぜ「過去形」とよばないのかというと、理由があります。次の問題をやってみましょう。

5)助動詞「た」の用法が、他とちがっているものを選べ
a バスはちょうど今出てしまった。
b よし、その事件、おれが引き受けた! 
c そういえば、明日は振り替え休日だった。 
d さあ、買った買った!買わなきゃ損だよ!

 ヒント:過去の「た」と、それ以外の「た」

 正解は「a」です。
 「a」だけが、すでに終わっている事象、過ぎた出来事を表現しています。
 「さあ、買った買った」と店員が声を張り上げているのは、お客さんに、過去の出来事を表現しているのではありません。「これから買いなさいよ」と、これから先の出来事をおすすめして表現しているのです。

 たった今、引き受けることを決意した「現在の気持ち」を「よし、引き受けた」と、表現します。

 「タ」が、過去のことだけを表現するのではないこと、わかっていただくための例文。 
 冷蔵庫の中にビールが入っているかどうか、確かめようとドアをあけ、今、目の前にあるビールを見て、「あった、あった」と「タ」をつけて表現する。

 これは、「過去に、冷蔵庫の中にビールが存在していた」と言っているのではなく、今現在目の前に見つかったことを表しています。
 これを、日本語教育では「気づき、発見のタ」として扱います。古典日本語の「完了の助動詞タリ」の用法が変化したものです。

 冷蔵庫のぞいている人が「あ、ビール、あったよ」と表現したとき、それは「過去にビールがあったのであって、現在はないのだ」と、受け取る人はいません。
 日本語母語話者は、「あ、冷蔵庫にビールがあった!」「ほら、むこうから電車がきた!」「今日はサンマ安いよ、買った買った、大安売りだ」などの「タ」の意味内容をきちんと理解し、使い分けています。
 無意識に自然に意味のちがいを聞き分けているのです。

 母語として日常の会話で使うには無意識で十分ですが、教えるためには、「タ」の意味内容を意識化し、分析しておかなければなりません。そのうえで、「テンス(時制)」などの文法用語を使わずに、日本語がまだよくわかっていない学習者に、「さあ、買った、買った」は過去ではないことを、教えていきます。「

 「タ」がついた動詞は「過去形」と思いこんでしまった学習者、次のような表現が理解できなくなります。

 教師が「明日、最初に教室に来た人は、窓を開けてくださいね」と、クラスにいる日本語学習者に頼みました。
 「はい、わかりました」という返事が返ってこないので、どうしたのかと思っていると、日本語学習者たち、不思議そうな顔をしています。

 「先生、明日は、未来です。過去ではありません。明日教室に来た。過去形です。なぜ、明日なのに、過去形で言いますか」と、質問してきました。

 「開ける」は現在形、「開けた」は過去形ですよ、と、教えている先生に習ってきた学生もいるし、自分で「タ」は、英語の過去形と同じと思いこんでしまっている学習者もいます。
 「さあ、そこ、どいた、どいた、道あけとくれ!」と言われても、「どいた、どいた」は、過去のことを言っていると思ってしまいます。

 「明日最初に教室へ来た人は、窓あけて」という表現を理解できない学習者がいたとき、なぜ、明日の動作を「タ形」であらわすのか、指導者はわかっていなければなりません。

 「明日、最初に教室に来た人は、窓をあけてください」という文の指導。
 いろいろな指導法がありますが、私は、時計と日課表をつかいます。時間ごとの行動をかき、明日の予定表を学生に示します。

 明日、9時に教室へ来るとします。「教室へ来る」という動作が終了したあと、窓をあけます。
 9:10に「窓をあける」という動作をする前に、9:00「教室へ来る」という動作は、完了し、終了しているのです。

 窓を開ける前に、「来る」という動作は完了しているはずなので、「教室へ来た」と、完了の「タ」をつけて表現します。窓を開けるのは「教室に来るという動作が完了した人」です。この完了動作を「教室に来た人」と、表現しているのです。
 明日のことを述べる場合でも、「窓をあける」という動作の前に完了している動作をいうので、「明日、最初に教室に来た人」となります。

 連体修飾文の中の時制と、述部にくるときとでは、テンスの表現もかわってきます。
 「明日、最初に教室に来た人」は、OKですが、「明日、山田さんは、最初に教室に来た」とは、言えません。

 完了の表現を持っている言語の人には、完了と過去の意味の区別がわかりやすい。
 しかし、日本語は、「完了のタ」と「過去のタ」は、同じ「タ」なので、日本語母語話者は、完了と過去の区別を特別に意識せず、無意識に表現しています。

 母語の表現と同じものなら、学習しやすいし、まったく母語にないことは、学習したあとも使いにくい。

 世界中の国からやってくる日本語学習者にとって、どこがむずかしくて、どこがつまずきやすのか。
 学習者の母語によって、難しいと感じることが異なります。学習者の言語と日本語の異同を知ることも、日本語教師にとって、大切です。


15−8 試験問題をためしてみよう「動詞〜ている」(アスペクト)

 2006年の日本語教育能力検定試験、次に、日本語動詞アスペクトのちがいを確認する出題。
6)「ている」の用法が、他とちがっているものを選べ
a 窓の外を見ている 
b 大声で叫んでいる 
c 道ばたに倒れている 
d 手をたたいている 
e グランドを走っている

 ヒント:動作継続か、結果存続状態か。

 正解は「c」です。

 「a、b、d、e」は、「〜ている」が、動作が継続中であることを表現しています。
 見る→見ている→見た/叫ぶ→叫んでいる→叫んだ、というように、動作進行中(継続相)を行ってから「完了・過去」の表現「タ」がついた形となります。
 このアスペクトを示す動詞を「継続動詞」と呼びます。

 アスペクトとは、「動詞の相」をいいます。すなわち、動詞が実行される動きの順序、動作や出来事がどの段階まで実現したかを表現する文法的な表現です。

 日本語動詞は、「動作継続アスペクト」と、「結果存続アスペクト」をもつ動詞の二種類を区別することができます。
 動詞の「〜ている」を教えるときに、学習者が混乱しないように、日本語教師は動作継続になる動詞と、結果の存続状態になる動詞を区別して指導する必要があります。

 結果存続状態の動詞は、ひとつの動作が終了・完了してから、その状態が続きます。「服を着る」という動作が終了して「服を着た」となります。そのあと、ずっと「服を着ている」という状態が続くのです。

 倒れる→倒れた→倒れている、結婚する→結婚した→結婚している、照明がつく→照明がついた→照明がついている、など動詞は、「結果存続動詞」といいます。

 日本語動詞のアスペクト研究の端緒をになった金田一春彦は「死ぬ」「(電気が)つく」などの動詞を「瞬間動詞」と名付けました。
 瞬間的に動作・作用が終了し、そのあとにその状態が続くからです。「死ぬ」という動詞を考えてみましょう。

 路上に猫の死骸を見つけた人が、「あ、猫が死んでいる」と叫びました。「死んでいる」という現在の発見以前に、「死んだ」となっており、「死ぬ」の動作は、息をひきとった瞬間に、終了しています。

 「死ぬ 死んだ 死んでいる」という順番で動詞の内容が推移し、発見者の目の前にあるのは「死んでいる」という「状態」です。
 「死ぬ」から「死んだ」の途中経過を表現したいなら、「死にかかっている」「死につつある」など、別の表現が必要です。

 「死ぬ」から、瞬間的に「死んだ」となり、そのあとずっと「死んでいる」という状態が続く、瞬間的におわった動作作用の結果が残存し、状態として続くので、現在の日本語学では「結果存続動詞」「結果状態動詞」と呼びます。

 「〜ている」は、英語の進行形と同じ。つまり「be ~ing」と同じ、と思いこんでしまう学習者もいるので、日本語教師は気をつけて指導しなければなりません。
 継続動詞なら、「歩く 歩いている 歩いた」となり、「今、私は歩いている」は、動作継続の進行形「Now, I am walking」と、同義と考えてよい。
 しかし、結果動詞の「〜ている」は要注意。

 「東京に住んでいます」をI am living in Tokyo.と、言ってはいけないと、英語の時間に教わったとおもいます。
 英語だといっしょうけんめい文法を理解しようとするのに、現代語の日本語文法については、考えたこともなかった、と日本人学生たちは言います。

 「死んでいる」の「〜ている」と「歩いている」の「〜ている」の内容は、ちがうのだ、ということを日本語教師志望者に気づかせるよう話をすると、「へぇ、今までそんなちがいがあるなんて、知らなかった」と、言います。
 考えなくても無意識に使い分けてきたのです。

 「私は半年前、2006年4月に、日本へ来ました。2006年5月から、東京に住みます。東京は、おもしろい町です」という作文を日本語学習者が書いたとき、「東京に住んでいます」と、添削してやることは、たいていの日本人母語話者は、できます。

 でも、「Now, I live in Tokyo、だから、『住みます』がいいです」と、主張する日本語学習者がいたとき、自信をもって「日本語には日本語独自の文法があり、日本語らしい表現があるのだ」という信念で指導するためには、日本語動詞アスペクトの理論を知っていたほうがいい。

 自分の母語にひきつけて外国語を理解しようとするのは、当然のことです。
 英語を習い始めた中学生のころの私は、なぜいちいち「ひとつのりんご」と「ふたつ以上のりんご」を分けて言わなければならないのか疑問に思いましたが、「英語は、そうなんだから、へりくつこねてないで、とにかく覚えろ」という答えしか返ってきませんでした。

 それで、英語が好きになれなかった思い出があるので、日本語学習者が抱くどんな疑問にも、いっしょになって考えていきたいと思っています。
(なぜ単数複数を区別するのか、については、このページに書いてあります)
nippongo0603b.htm

 とにかく理屈はぬきに、丸暗記する、というのも、外国語学習のひとつの方法であることは確かです。しかし、納得しないと先へすすめない学習者がいるのも事実。

 日本語母語話者にとって、英語の関係代名詞や完了形などは、つかいにくいのと同じく、助数詞がない言語の人にとっては、たくさんある助数詞の表をみると、じつにたいへんだ、という気持ちになるし、授受表現(やりもらい)がない言語の人にとっては、やりもらいが「だれがだれに」しているのか、わからなくなってしまうのです。


15−9 試験問題をためしてみよう「言語の対照」

 過去問題から、言語学・日本語学の基礎の出題をみてみましょう。
7)助数詞(〜個 〜冊 〜台 〜枚 など)に相当することばをを持っている言語とそうでない言語がある。助数詞にあたる言語がないものを選べ
a 中国語 
b 朝鮮韓国語 
c タイ語 
d ベトナム語 
e ヒンディ語(インド)

 正解はe

 助数詞を学ぶとき、a、b、c、dの言語の人たちにとって、自分の母語の単語を日本語におきかえればいいだけだから、学びやすい。
 完全にイコールではないものの、中国語では一个、日本語では一個と、覚えればよい。
 しかし、助数詞がない母語の人にとっては、ひとつひとつ覚えるのがたいへん。

 「やりもらい」も、習得しにくい表現のひとつです。
8)やりもらい(動詞+あげる、動詞+くれる 動詞+もらう)などの表現がある言語とそうでない言語がある。つぎのなかから、やりもらいの表現がある言語を選べ。
a 中国語 
b 朝鮮韓国語 
c シンハラ語(スリランカ) 
d マレー語(マレーシア) 
e ペルシャ語(イラン)

 正解)c

 シンハラ語の母語話者にとって、「送ってあげましょうか」「宿題をおしえてもらいました」などの表現を、すぐに理解することができます。しかし、授受表現がない学習者にとっては、だれが何をするのか、わからなくなってしまうのです。

 「授受表現」がない言語の学習者が、知り合った日本人と話しています。
 「私の娘は日本語教師志望なんですよ。あなた、日本語勉強中なんでしょ。私の娘に、日本語を教えさせてください。あなた、日本語教えてもらってやっていただけませんか」と、頼まれました。

 「えっと、まだ日本語がわかりません。わたし、教えません」
 「ええ、だから、娘が教えてやれるようにしてもらいたいの。あなた、教えてもらってやってください」
 「えぇ?教えるのは、だれですか?」
 いったい、だれが、だれに何をするのか、混乱するのです。

 日本語教育能力検定試験、2004年度問題からの出題。
9)a〜dの中から、屈折語ではない言語を選べ。
a トルコ語 
b アラビア語 
c スペイン語  
d デンマーク語 
e ポーランド語

 答え a 

 トルコ語は、日本語と同じ膠着語。すなわち、内容を表す語に機能をあらわす助詞などがくっつく。膠(にかわ)でくっつけるように、内容語と機能語がくっつくので膠着語という。
同じ膠着語である、モンゴル語、韓国朝鮮語、トルコ語などの母語話者にとって、語順が日本語と同じなので、日本語は、英語などよりずっと習いやすいことばです。

 インドヨーロッパ語は、語の形が変化することによって、機能のちがいをあらわす。このように語の形が変わることで、文法的な性質の違いを表す言語を屈折語といいます。
 日本語は「わたし」という語に「が」「を」「の」がくっついて(膠着して)、「わたしは」「わたしを」「わたしの」となって文中の機能をあらわすが、英語は、語の形を変える。「 I 」「 my 」「 me 」
10)中国語の特徴として、まちがっている説明を選べ。(2004年度アレンジ版)
a 孤立語である 
b 声調言語である 
c  SVO型言語である 
d 有声音・無声音のちがいで、異なる語になる 
e 標準的中国語の場合、原則としてひとつの漢字に、ひとつの読み方しかない

 答え d

 中国語と日本語は、言語の系統が大きくちがいます。
 膠着語で、SOVの語順である日本語。一方、中国語は孤立語で、SVOの語順です。

 日本語母語話者にとって、中国語の声調(四声)の区別が聞き取れない。また、有気音・無気音の区別がたいへんです。
 一方、中国語母語話者にとって、日本語の有声音(清音)無声音(濁音)の区別がむずかしい。谷とダニ、缶と癌、虎と銅鑼(ドラ)、これらの聞き分けに苦労する。

 中国からきた学習者が、教室で、「てんき、いいですか」というので「えっと、ちょっと曇っていますが、まあ、降りはしないでしょう」と、答えたら、「(曇っていて、薄暗いので)電気つけてもいいですか」と、許可を求めたているのだった、なんてこともあります。

 中国語は、同じ漢字文化圏なので、中国語母語話者が日本語を学ぶとき「漢字から意味を推測できるから簡単」と思っている学習者もいます。
 日本語母語話者も、「中国語を習うのは、英語よりは楽かも」と、思ってしまうようです。

15−10 日本語教師と外国語

 母語以外の言語を習うとき、どこが難しいかは、母語によってことなり、日本語の文法が難しいと思う学習者もいれば、「とにかく漢字がむずかしい」とネをあげる学習者もいます。

 学習者の母語の特徴を知っていると、つまずきの原因もわかることが多いです。
 3千から5千もある世界中の言語すべてに通暁すべきだというのではなく、5千ある言語も大きくわければ、3〜5つの大きなグループに分かれるので、まず、大きなグループごとの特徴を知ること。

 世界中からさまざまな母語のさまざまな国から集まってくる日本語学習者。
 10月から後期の授業、今期も「教え子世界一周」が、できました。

 今期、国立大学2校の日本語クラスで受け持つのは、中国、韓国、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシア、バングラディシュ、ミャンマー、イラン、ロシア、スエーデン、メキシコ、アルゼンチン、パラグアイ、オーストラリア、の16ヶ国。
 異文化の話に花が咲く教室、楽しいですよ。

 日本語教育研究の日本人学生に、いろんな国の学生から教わった「世界こぼれ話」を披露しているうちに、日本語教師になってみよう、という気になる学生もでてきます。

 日本語教育能力検定試験の「仲間はずれをさがせ」問題をやってみて、「ふだん何気なくつかっている表現が、日本語学習者にとっては、理解しにくいものだったりすることがわかって、おもしろかった」と、興味を持ってくれます。

 日本語教育能力検定試験、なんとかなりそう、と思いましたか、なかなかたいへんだなって、感じましたか。
 「お試し」で、やってみたのは、第一部、第二部、第三部、全部で200問以上ある出題のうちの、10問です。問題はまだまだ190題ありますから、挑戦してみてください。

 「日本語文法には弱いけれど、読み書きおしゃべり、日本語でなんでもできる」と、いう方、おしゃべりできるなら、学習者の会話相手おしゃべり相手として、自分の日本語力を生かすことができますよ。ボランティアで、学習者とおしゃべりしてもらえるとありがたいです。地域のボランティア日本語教室などで、日本語学習者とお話してくださいね。

<おわり>

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