
2006/12/31
ヘレンケラーのunlearn
ことばは私の商売道具。
日本語を学びながら考え、教えながら考える。今年もさまざまなことばに出会ってきた。
なつかしいことばに再会してしみじみ昔を振り返る。乳母車、ねんねこ、骨正月、、、
新しいことばを知った。ボデゴン、ヘリテージング、こざこざする、、、、
年末、12月27日に、新聞の対談記事とそれにつづくコラムで知ったことば。「unlearn」
2006/12/27、朝日新聞。哲学者鶴見俊輔さんと医師徳永進さんの対談。お二人は生きて死ぬことについて、人生の意味について語り合った。
鶴見俊輔は、対談後の感想をコラムに書いている。そのなかで、鶴見が学生時代にヘレン・ケラーから聞いたということばを紹介している。
「unlearn」
私は、learnの対義語としてのunlearn、すなわち「過ちや悪いくせを捨て去る」「学んだことを自分から忘れる」という辞書に出ている単純な意味以外に、このことばの持つ含みを考えたこともなかった。
鶴見が紹介しているヘレンケラーのことば。
大学生の鶴見にむかって、ヘレンが言った。
「私は大学でたくさんのことをまなんだが、そのあとたくさん、まなびほぐさなければならなかった」
このときのヘレンのことば「unlearn」を鶴見は「まなびほぐす」と訳している。
「まなび(ラーン)、後にまなびほぐす(アンラーン)。
鶴見はヘレンのことばを聞き、「アンラーンということばは初めて聞いたが、意味は分かった。型通りにセーターを編み、ほどいて元の毛糸に戻して自分の体に合わせて編みなおすという情景が想像された。」
鶴見は60年以上も前の戦時中、敵国アメリカで学生生活をおくった。60年以上も前にきいたヘレンのことばが、今も鶴見の胸に宿り輝いている。
さらに、鶴見は、ホスピスの医師として生と死をみつめてきた徳永進医師を評して「徳永は臨床の場にいることによって、「アンラーン」した医者である。アンラーンの必要性はもっとかんがえられてよい。」と、コラムを結んでいる。
「アンラーン=まなびほぐす」このような日本語訳をはじめて知った。
学び続けることを自分の人生と思って日々をすごし、「学びを教えること」で日々の糧を得ている、それが私の生活であり人生だ。
これまでも、私の生活は、「学び(learn)をほぐす(un)、学びほぐす(unlearn)こと」を続けてきたのである。
しかし、そのことを「unlearn=まなびほぐす」という一語で表現できるとは思っていなかった。
いいことばに出会えた。
今年、生と死について考え込むことが多かった。
学校でイジメにあって死を選んでしまった子供。北陸のある町で、廃棄された火葬場の焼却炉の中、老夫婦が自ら火を放って心中したという痛ましい事件。戦火のとだえぬ国のニュース。
そして、今年2月からことばをかわすようになったウェブ友。
医師からあと10ヶ月の命と宣告された友は、命をみつめてけんめいに病と向き合ってきた。この年末になって「手がしびれて文字が打てない」という悲痛な文を残したあと日記更新が途絶えている。
私には重すぎる課題だった。いっしょうけんめい学べば学ぶほど、死と生について考えることが難しくなっていくように思えた。
「学ぶことlearn」にばかり目がいき、「まなびほぐすunlearn」が不足していたのかもしれない。
鶴見は言う。「大学でまなぶ知識はむろん必要だ。しかしおぼえただけでは役に立たない。それをまなびほぐしたものが血となり肉となる。」
2006年に出会ったたくさんのことばたち。
ことばに出会い、それを学びほぐし、我が血となり肉になるように、2007年もことばと向き合って生きていきたい。
2007/01/24 水
ことばのYa!ちまた>アンラーンとアンティーチ(unlearn & unteach)
昨年の12月31日に、2006年の締めのことばとして「アンラーン」について書きました。
新聞の対談ページに書かれていた鶴見俊輔のコラムに「ヘレンケラーに教わったことば、アンアーン」と、書かれており、深く心に残ったので、大晦日のことばとして春庭コラムに引用しました。
このヘレンケラーのことば「アンラーン」鶴見俊輔の訳語「まなびほぐす」に感銘を受けた人は、私のほかに大勢いたことと思います。
12月31日の時点でのグーグル検索では、「アンラーン まなびほぐす」についてネットの中にあったのは、札幌大学の先生である三上勝生(ミカミマサオ)さんのブログ(12月27日付け)だけだったけれど、今は、「このことばに触発された」と書いてある文章をいくつも見つけることが出来ます。
グーグル検索で「アンラーン まなびほぐす」のアンド検索で、一番上に三上さんのブログ、3つ目に春庭コラムが出てくるので、アンラーンについてコラムを書いたのは、私が早いほうだったのでしょう。
2007年1月23日付けのA新聞夕刊に、大江健三郎もこの「アンラーン」に目をとめたことについて書いていました。
大江健三郎、敬愛する作家のひとり。
去年、ジュンク堂のコーヒーショップで開催されたトークショウに応募し、当選して、講演を聴くことができました。1970年代に大学の文学部講堂で講演を聴いて以来、時々講演を聴いてきましたが、壇上での講演でなく、コーヒーショップの小さな空間だから、身近に拝聴でき、うれしかった。
大江は、「アンラーン」のセットのことばとして「アンティーチ」について書いていました。
またまた、新しいことば。私は英語が不得意だったので、本当に、単語についてしりません。私がふだん使っている小型辞書には、アントート(untaught)=「無教育の、無知の、教えられたのではなく、自然に習得した」は、出ていましたが、アンティーチ(unteach)は搭載されていません。
小学館のランダムハウス大辞典に、unteachをみつけました。アンティーチ=前に教わっていることの反論を教えるなどして、前に教わったことを忘れさせる。前に教わったことの誤りをわからせる。
(例文)We are unthaught by the world what we have been thaught at college.(大学で教わったことと反対のことを世間によって教えられている)
大江は、unlearn とunteach を「学び返す」「教え返す」と、訳し、対のことばとして心に留めていたのだそうです。
unteachの用例として、文化人類学の研究者ジェイムズ・クリフォードのことばを引用し、リーダーズ英和辞典の訳語を紹介しています。
unteach=「既得の知識(習慣)を忘れさせる、(正しいとされていることを)正しくないと教える、.......の欺瞞生を示してやる」
大江は、自分自身の仕事を「小説を書くことによって、unlearnとuntezchを二つながら書斎で試みることをするようになり、その手法を探ってきたとも気がつくのです」と述べています。
高校時代を共にした親友であり妻の兄であった伊丹十三をモデルにした長編三部作「おかしな二人組(『 取り替え子(チェンジリング)』『憂い顔の童子』『さようなら、私の本よ!』」を、大江自身の「後期の仕事=late style」と位置づけたうえで、この三部作をunlearnとunteachの仕事として受け止めているということを、大江の文章から感じました。
「学びほぐし」「おしえ返す」このふたつのことば、「teacher」として仕事を続けている私にとって、常に心にとめておくべき語として、ますます深く感じ取りました。
<おわり>
11:59
2006/10/29
世界三大美術館のひとつ、ロシアサンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館は、エカテリーナ二世の収集品所蔵から出発し、現在では世界中から美術愛好者を集めています。
フランス語にもロシア語にもウトいので、「エルミタージュ美術館」のエルミタージュが、フランス語で「隠れ家」を意味することを、これまで知らなかったし、映画の『エルミタージュ幻影」を見たときも、気づかなかった。
路地裏のバーに「エルミタージュ」なんて名付けられているのを見つけたとき、「こんな小さなバーでも壮大なエルミタージュって名をつけて、せめて名前だけは華麗にっていう気概を示しているのだろうか」と思っていたのだけれど、「壮大華麗な美術館」を意味していたのじゃなくて、「隠れ家」の意味で使っていただけだったのかも。
山口智子がガイド役になった日本テレビ系のドキュメンタリー番組「女帝エカテリーナ愛のエルミタージュ」(24日午後9時〜)をビデオにとっておいたのを見て、はじめてエルミタージュとは隠れ家を意味すると知りました。
エカテリーナ女帝が愛人とすごす「隠れ家」に収集したコレクションから展示が始まり、今では世界有数の美術館に発展。
ドイツの小貴族の家からロマノフ王家へ嫁いだエカテリーナ(ドイツでの名はゾフィ)
18世紀絶対王政絶頂期のロシア宮廷では、公用語はフランス語でしたが、ゾフィは2歳からフランス人家庭教師によって教育をうけてフランス語は達者でした。
ロシア皇太子の妃候補となってからはロシア語も学習。もちまえのすぐれた頭脳でさまざまな教養を身につけ、兵隊の人形で戦争ごっこするのが一番の楽しみという夫ピョートル3世をしのぐ信頼をロシア貴族社会に得ました。
夫から帝位を奪うクーデターが成功し、女帝として20年在位。
「隠れ家」では、公式に名が記録されているだけでも5人。一説には数十人の愛人とすごし、収集した美術品をながめて過ごしました。
2003/05/13
佐藤雅彦の『毎月新聞』に、竹中平蔵と対談をしたことについて書いてあった。平蔵によると「エコノミーとは、ギリシャ語のオイコノミー(共同体のあり方)が語源なんだって。「へーぞう!」と思った。へぇ×10。「へぇじゅう」
経済の根本とは、共同体をどうあらしめるか、という問題に帰着するわけだ。
ここからふたつの考え方が出る。
1 「経済とは、金かねカネと、金の流れをどうこうするばかりじゃ、だめである。共同体のあるべき姿を考えることが肝要」と思うか、
2 「共同体といっても、結局は金をどう分配するかということなんだよ」と考えるか。
2006/02/06 月
2003/01/30
2003/1/22
「シェークスピア」と聞くと、ヒゲをはやして、頭はハゲのおっさんの肖像画が思い浮かぶ。
顔だけでなく、姿も想像すると。
シェー・クス・ピア。
彼は、「おそ松くん」に出てくるイヤミ氏のように「シェー」のかっこうをして、手と足を曲げている。そして、「クス」と笑って「映画を見るなら、『恋に落ちたシェークスピア』をどうぞ」と言うのだ。映画紹介雑誌ピアを手に持って。
どうしても、日本語の音節で区切るなら「シェー・クス・ピア」になる。
しかし、ウィリアム・シェークスピア(William Shakespeare )の姿を、英語で想像すると、、、
シェイク・スピア。
彼は、雑誌のピアなんか持っていない。手には槍。それを振り回している。
Shake、は「シェイクする、揺り動かす、振り回す」。speareは、spearと同じ。「槍」である。シェイスクピアの先祖は、槍を振り回していたナイトだったのかもしれない。
2006/04/19 水
プラド美術館展「ボデゴン」
桜日和の上野公園。東京都立美術館で、「プラド美術館展・スペインの誇り、巨匠たちの殿堂」を見ました。(6月30日まで東京都美術館、7/15〜10/15大阪市立美術館で展示されます)
エル・グレコ、ティツィアーノ、ゴヤ、ベラスケス、ルーベンスなど、プラド美術館所蔵の名画81点を鑑賞し、重厚かつ美しいヨーロッパ美術を堪能しました。
エル・グレコ「十字架を抱くキリスト」、ベラスケス「道化ディエゴ・デ・アセド、エル・プリモ」、ティツィアーノ「ヴィーナスとオルガン奏者とキューピッド」、ルーベンス「フォルトゥーナ」、ゴヤ「カルロス4世」などの傑作だけでなく、今回、スルバラン、サンチョス・コエーリョなど、これまで私が鑑賞したことがなかった画家の作品にもふれました。
今回新しく覚えたことば「ボデゴン」
スペイン語で静物画のこと。
英語では静物画のことを「スティル・ライフstill life」という。
「静物画」は美術の専門用語ですが、学校の図画美術教育でも使われてきたから、もともと知られていることばでした。
けれど、「スティル・ライフ」というカタカナことばが、広く活字になったのは、池澤夏樹の1988年の小説タイトルからだと思います。
スティル・ライフは、直訳すれば、「静かな生き物」「静物」となる。
ところがフランス語では静物画をナチュレ・モルトnature morte と呼ぶ。直訳すると「死んだ自然」
英語の静物画は、画家の目の前で静かに生きている林檎や花や壷などをカンバスに写し取ることを意味しているのだろうし、フランス語では、自然の中に生きて存在していた草花が切り取られて花瓶などに納められている情景、狩猟によってしとめられた動物や肉、壷や皿などの陶器、それらを「今は生きていないもの、死して美の対象となって存在しているようす」として描いている、と、私は勝手に解釈してきました。
そうではない!スティルライフの語の解釈、これまで勘違いしていたのかもしれない、と思ったは、ボデゴンという語を知ったからです。
スティル・ライフもフランス語のナチュレ・モルトと同じ意味であり、両方とも日本語に翻訳するなら「死せる自然、死に至る自然を描いた絵」とすべきだ、と気づきました。
スペイン語では静物画を一般にボデゴン(bodego'n)と呼びます。
このボデゴンという単語のもとの語は、ボデガ(bodega)=「酒蔵」です。
ボデガを、大きく表現する言い方(増大辞)が「ボデゴン」。
ボデゴンは、酒蔵が拡大されたもの。ワインセラーや、酒のツマミを作る台所や、居酒屋の内装まで全部含みます。
台所で働く料理人や、酒や水を売る売り子までの描写を含めて、「台所絵画」「厨房画」=「ボデゴン」と呼ぶのです。
スペイン語でボデゴンというときは、英語やフランス語の「静物画」も含みつつ、さらに、台所の食材や器具、台所仕事を描いた絵画、食事の様子などまで描写されます。
ベラスケスのボデゴン「セビージャの水売り」や「卵を料理する老婆と少年」も「静物画」と呼ばれるのは「静物画ボデゴン」というよりも「風俗画ボデゴン」「厨房絵画ボデゴン」なのです。
<つづく>
08:51 |
2006/04/20 木
プラド美術館展「静物画」
スペインのボデゴンが、英語スティルライフ、フランス語ナチュレ・モルトと同じような静物画の意味で用いられるようになったのは18世紀後半になってからで、それ以前は風俗画と静物画の両方を表わしていました。
したがって、18世紀以前のスペイン・ボデゴンは、「静物画」と翻訳するより「厨房画」と言ったほうが、適切な場合が多い。
スルバランやサンチェス・コタンのボデゴンの傑作をながめながら、「静物画」を見始めた小学校中学校のころのことを思い出しました。
小学校図画や中学校美術の写生の授業で、静物画を描くには、「目の前に存在し、今を生きている」ことを表現した色づかいで林檎を描写したり、花を描いたりするものだと指導されました。
上手な人の絵をクラスに示して、先生は「この絵は生き生きとしているね」「花の命が描き込まれているね」などと評したものでした。
私は写生が大の苦手で、「見たままをそっくりに写生すると上手だって誉められるのなら、絵なんか描かないで、写真うつすのが一番いいじゃないか」と思っている生意気な生徒でした。
「静物画」とは、教わった通り「果物や花や花瓶などの目の前に存在しているものを、見た通りそっくりに描く」ものだ、と思ってきました。
絵を自分で描くのは苦手でしたが、絵を見るのは大好き。近代絵画の楽しみ方を中学3年生のとき、美術科教師の松岡先生に教わりました。
絵を見る楽しさを知り、写実派、印象派以後の絵画を見て歩くようになりました。
野獣派立体派表現派、、、、近代現代の絵画を画集でみたり、美術館めぐりをするようになりました。
印象派の描く自然光景は、光りに満ちあふれ、生命の謳歌を表現しているように感じました。
印象派や後期印象派の静物画、生き生きとした色遣いの果物や台所用品などが画面に並んでいました。
松岡先生は美術教師退職後も長く地元で「松岡美術研究所」を主宰し、美術指導にあたっていた方です。絵を見る楽しさを教えてもらったことへの感謝を先生にお伝えすることもなく、もう亡くなってしまいました。
でも、教師の仕事って、そういうものかと思ってもいます。ひっそりと人生の喜びの種をまき、自分が知らないところに出てきた芽も花も見ないままのこともある。
2度目の大学生活のとき、1985年86年にルネッサンス、マニエリスム、バロック、ロココ絵画の見方を、若桑みどり先生に教わりました。
『薔薇のイコノロジー』など、若桑先生の著作に感銘を受け、前は好きではなかった印象派以前の作品も見るようになりました。
近代絵画以前の西洋画の静物画、いつも黒っぽい背景のなかに描かれています。
暗い背景から浮かび上がってくる花も果物も、私にはなんだかこわい感じがするのです。
狩猟の獲物として吊されている兎や鳥だけでなく、今をさかりに咲き誇っている花々も、つややかな果物も、ひっそりと静かにたたずんでいるようす、私には「花や果物の命の謳歌」とは感じられず、なにか、よくわからないまま遠い世界にひきこまれていくように感じることが多かったからです。
<つづく>
09:24 |
2006/04/21 金
プラド美術館展「スティル・ライフ」
若桑先生の端切れのよい解説のおかげで、それまでは敬遠してきた近代以前の絵画も好きになりました。
若桑先生から聞いた静物画の解説。
「静物画で描写される花は、美しい花もいつかは色あせ、枯れていくのだ、という命のはかなさの象徴イコンとして描かれている。みずみずしい果物もやがて腐っていくものの象徴として、西洋画イコノロジーに基づいて描かれている。
そもそも美女の描写も、やがてはうつろい消えゆく美として描かれるのが、キリスト教を思想基盤とする西洋画なのだ」
中学生の頃、西欧の静物画から「命ある物」の存在だけではなく、果てしない遠いところへ落ち込んでいくような暗い悲しさも感じていたことは、これだったのか、と思いました。静物画から死を感じていたことがやっと納得できました。
ああ、静物画とは、「静かに生きている命」を描くのじゃなかったんだ、「今この瞬間を生きて、やがては死にいくものの象徴」を描写したものでもあったのだと。
静物画について納得したことを、今回改めてことばとして感じ取ったのが、スティル・ライフの訳語についてです。
英語の「Still lifeスティル・ライフ」は「静かな生き物の絵=静物画」と訳されます。しかし、辞書をひらくと、「Still born=死産の」「Still birth=死産」という語があります。
私は、今回の展覧会で「ボデゴン」の数々を眺めながら、英語の「スティル・ライフ」も、本当はフランス語の「ナチュレ・モルト=死せる自然」も、同じことを意味している言葉だったのではないか、という気がしてきました。
ヨーロッパ絵画の静物画は、生と死の象徴の描写であり、「ナチュレ・モルト」を描くことは、神にゆだねられた「生と死」を画面に描くことなのだ、と、ボデゴンの傑作をみつめながら心に感じました。
スペイン絵画のボデゴンも、人物を配した風俗画としてのボデゴンは別として、果物や花や花瓶を描いたいわゆる「静物画」は、スルバランのボデゴンも、エスピノーサやアレリャーノの静物画も、ナチュレ・モルト(死せる自然)であり、神に与えられた生、今をいきるみずみずしい命が、神の手のもとにやがては召されていく存在の象徴なのなのだ、と感じたのです。
「生と死」の静物画は、きっとキリスト教美術の真髄を含み、深遠な教理をイコンとして表わしているのかも知れません。
近代以後の絵画でも、たとえばルドンの花の絵、美しい花が画面いっぱいに咲き乱れている花瓶の描写などでも、私は死せる自然「ナチュレ・モルト=スティル・ライフ」を感じます。神を自然の中に感じ、神につながる生と死を感じるのです。しかし、他のおおくの近代以後の絵画の静物画、たとえばセザンヌの静物には、このような「神に召される命」の象徴だけではない、生きてあることそのものの生命のほとばしりを感じました。
ルネッサンス以後、人が「人間の自己決定権」を神の手から取り戻したことと連動する絵画表現の進展が、静物画の変化のなかにもあらわれているのだろうと思います。
近代以前の西洋美術に関しては、ギリシャ神話&文学やキリスト教の教理を知らないと、表面的な鑑賞しかできないと若桑先生に教わりました。
でも、私はそれらに理解の及ばないまま、ただ「美しいなあ」とか「どうしてこんなに悲痛な顔のマリアばっかりなんだ」とか「十字架とか、ピエタとか、キリストが血をながしている残酷なシーンばっかりだ。血を流して死ぬ光景を見ることで、西洋人はキリストを「人間の罪を負って身代わりになった」と、身近に感じるのかな」とか、勝手な思いこみで鑑賞してきました。
深い鑑賞はできないけれど、ま、いいかな、って思います。
私は私なりに絵をみる楽しみを探して、また美術館めぐりをするつもりです。
春休みのプラド美術館展。すばらしい絵を楽しみ、そしてボデゴンという語を知りました。
ことばの海を漂流し、「スティル・ライフ」は、「静かに生きているもの」ではなく、「死にゆく命」なのではないか、と思ったこと、私にとっては、ひとつのことばに思いを巡らせる「ことばの海をただよう」ひとときになりました。
<プラド美術館展 スティルライフの項終わり>
00:05 |
2006/04/19 水
2006/08/20