『一本も撮らなかったけれど、「自分も一緒に映画を
撮れてるような錯覚」はあった。』(2)


ディレカンの理念ををともかくも実現した
『人魚伝説』『逆噴射家族』

__そして、 “ピンク朱に染まれ!”を皮切りにゴジが良く言う「なんだかんだ言っても、ディレカンでしか出来なかったものがあるじゃないか」という映画として『人魚伝説』『逆噴射家族』が出来上がっていくわけだが、撮る順番なんてみんなで決めたわけ?

長谷川 そんなものはないさ。機が熟した順に撮影に入っていけば良いと思ってたし……ただ会社が出来たばかりの頃かな、池田に言われたんだ「ゴジ、ディレクターズ・カンパニーなんて偉そうなこと言っても、所詮はお前がお前のために作った会社なんだから、早いとこお前が映画作って、5千万使って潰しちゃえよ」ってな。ショックだったよ。「何だ、こいつそんなふうに思ってるのか」って、殴ってやろうかと思うくらい悲しかった(笑)。まあ池田らしい斜に構えた言い方だったんだろうが、そん時は「意地でもこいつに最初に撮らしてやろう」と思った。

__『人魚伝説』『逆噴射家族』、二本ともATGだね。

長谷川 佐々木史朗=ATGと提携できたのは大きかった。当時まだビデオ収入って今ほど見込めなかったから、四千万前後の制作費のこういうアクの強い映画はリスクも大きかったんだ。史朗さんよく付き合ってくれたよ。感謝してる。

__根岸が『人魚伝説』をプロデュースして、ゴジと高橋(伴明)で石井聰亙の『逆噴射家族』をプロデュースをするってどういう感じだったの?

長谷川 根岸、池田は日活時代同期の助監督でね、ディレカンに池田を引っぱり込んだのも根岸だったんだ。池田もロマンポルノで監督デビューしたけど、なんだかんだあって日活やめて「もうメシ食えないから映画なんかやめて田舎へ帰るんだ」と落ち込んでたらしい。「俺がプロデューサーやって池田を男にしてやるんだ」ぐらいの意気込みでやったと思うよ、根岸は。ロケ終わったら、髪の毛真っ白にして帰ってきたもんなあ。

__そうそう、池田がロケセットに借りた由緒ある日本間を血糊で目茶苦茶にしちゃって……生きて帰れないと思ったって。

長谷川 それに比べりゃ、俺なんか楽してたのかもしれん。現場の仕切りは殆ど伴明に任せっきりだったから。

__刑務所なんか入っちゃったから(笑)。

長谷川 いやいや『逆噴射家族』がクランクインしたのは、八月にムショ出てきて翌年だからそれは関係ない。もともと『逆噴射__』は俺が脚本とトータルの責任は持つけど現場は自信ないと。それでタッグを組もうじゃないかって、伴明を引っ張り込んだんだ。

__ボンは現場のプロデューサーとしてやったんだ。

長谷川 伴明は実によくやったよ。ピンクの奴ってスゴイなあと思った。俺らがやってたロマンポルノなんて甘いもんだと。いや昔、荒井が言ってたような蔑視も尊敬もピンクにないけど(笑)、連中は監督同士で監督、助監督のやりっこをするくらいのアナーキーな関係性があるだろ。

__ああ。ヒエラルキーが厳然としてないというか。少数だからね。ちょっと人間がいなければ代わりにという。それと作品に対する幻想もあまりないんだよ、たいしたもんじゃない、と。2、300万の制作費で、延びたって一週間くらいで撮ってるとね。

長谷川 うーん、ゲリラの強さなのかね。日活だってダイニチからロマンポルノになってから随分たくましくなった。

__ポルノだ、ピンクだと差別してるわけじゃないと言ってるけど、ゴジの中には作家主義、作品主義があるよ。

長谷川 それほど立派なもんじゃないさ。出自が今村プロだから、そうだと思うだけでさ。悪いのはみんな今平さん(今村昌平監督)だよ。俺だってポルノかピンクの助監督でスタートしてれば、こんな映画も撮れないシコった監督にゃならなかった。なにしろ最初の現場が構想10年、撮影2年の映画だもんな。

__『神神の深き欲望』か。タイトルがもう凄んじゃってる。(笑)

長谷川 「刷り込み」だよ。映画ってものは構想10年撮影2年かけて製作するもんだって、生まれた途端にインプリントされちゃったんだ。監督という呼称もそうだ。監督=今平=神様というのを最初に刷り込まれちゃった。なにしろ今村プロには監督は今平ひとりしかいないんだから。だから今平さん以外を監督と呼ぶのは、生理的に出来ない時期がずいぶん長かった。日活へ行ってからも「なーんだ、監督なんて30人もいるんじゃないか」とそれは凄く楽しいんだけれど、ついクマ(神代辰巳)さん、パキ(藤田敏八)さんて呼んじゃうんだ。

__ましてや、石井のことを監督って呼べるか、か(笑)。

長谷川 うーん、難しかったな正直。石井とは出会いがな、俺が30歳デビューしたての監督、あいつが20歳の自主映画青年の頃からだから。「ゴジさん」「石井」でずうっときてるのを、今回はプロデューサーだからって急に「監督」って呼べなかった。なんか照れ臭いんだ。その点伴明は偉かった。現場に行くと、石井を当然のように「監督、監督」と呼んでやってるんだよ。まあ、伴明の性格だから、石井が態度が悪かったりすると、裏に呼んで脅かしたりしてたらしいけど、しかしスタッフの前では彼は完璧に現場プロデューサーに徹してるんだよ。予算もキッチリ合わせたしな。確か50万くらいしかオーバーしなかった。石井は石井なりに、自分の映画にしようと監督の我儘もしたんだろうが。俺なんかだと、どっかで我慢させると、どこかで大判振る舞いしちゃって、映画のバランスがとれなくなったりするかもしれない。そいういうことが自分で怖かったわけだよ。

__それはゴジの作風があるからな、言えなくなっちゃうんだろうな。たぶん高橋は、自分もそうやって撮ってきたんだよ。

長谷川 あいつには予算を合わせる体験的自信があるんだな。ここは我慢させても映画は違いはせんと、体感したものがあるんだろ。俺なんかとは撮ってきた本数が違う。2対60何本だったんだからな、当時すでに、しかし、俺だって企画とホン作りにはとことん付き合って頑張ったんだぜ。

__「構想10年」か(笑)。

長谷川 いや、そこまで立派じゃないけど。でもなんだかんだ殆ど1年はかけたよ。

__でも、石井は内心では嫌がってたんじゃないの?何でもいいから、早く撮らせろよって。

長谷川 そりゃないさ。石井とは約束したんだ、一緒に組んでやろうという最初の時に。「ホンだけはキッチリ時間かけて作ろうな。『爆裂都市』みたいにやるんなら、俺はプロデューサー引き受けないぞ」と。『爆裂都市』なんて走り書きのメモみたいな台本でクランク・インしてたからな。いや、俺だってそういう映画の良さも分かってるつもりだぜ、一騎阿成に走りきるみたいなさ。でもそれは短いモノの時に有効なんでさ、1時間半、2時間の映画をそれでやろうとしたら、やっぱり息が切れるよ、誰でも。ましてや、石井は本来30分がベストの監督だと思ってるから、俺は。あいつの映画の中では『シャッフル』がいいもんな、完成度も高いし。で、石井自身にも『爆裂都市』の反省みたいな気分が強い頃だったから。「ホンに時間」は両者納得ずくだったんだ。

__石井が自分で書いてたの?

長谷川 最初は漫画家の小林よしのりさんを石井が連れてきて、二人でやってたけど、最終的には「やっぱりプロの力も必要だ」と神波(史男)さんにも参加してもらった。俺は意見も言うしアイデアも出すが、絶対に書かないというスタンスでね。「家の地下掘って部屋作っちゃおう」みたいなアイデアは、俺の悲しい生活実感から出たりした。当時、クソ狭い公団住宅に親子4人で住んでて、本当に地下室掘っちゃおうかと、追い詰められて考えてたからね。

__結構、楽しそうにやってたんじゃないか。

長谷川 そりゃ、映画が前に進んでると感じられる時は楽しいさ。仮に他人が監督する映画でもね。パキさんやクマさんの助監督やってる時の気分に近かったのかな。「こんな金のかかるアイデア、プロデューサーに怒られちゃうな」と喋ってて、「おっと、プロデューサーは俺なんだ」みたいなさ(笑)。でも嫌なこともあったよ。新宿の喫茶店で延々数時間、ああでもないこうでもないと打ち合わせしてた時な。ちょっと顔知ってるくらいの自主映画評論家みたいな青年が偶然同じ喫茶店の奥のほうに何人かでいてさ。そいつらが店を出ていく通 りすがりに、吐き捨てるように言いやがったんだ。「石井の映画だろう。石井の好きにやらしてやれよ」……頭にきたなあ。いや、きっちり面 と向かって言われたんならいいんだ。コソ泥みたいな言い方しやがったから、本当に頭にきてね、思わず追っかけてってブン殴っちゃった。「おまえら、ワケも分からずに偉そうに言うな!」って。いや、俺はシラフでひと殴ったりしないんだぜ。もともと気は小さいんだから。

__そいつらから見たら、自主映画のヒーロー石井がゴジに強姦されてるように見えたんだよ。

長谷川 しかし、石井の好きににやらそうと思って、一生懸命やってるんだからな、こっちも。自分の映画もほっぱらかしてさ。悲しかったよ、やっぱり……。俺たちがイメージしていたディレカンらしい映画作りというものがあったとするーー監督同士が具体的に力を貸し合ってさ。この二本は、ともかくそれは出来たと思うよ。

__なんで二本で、その後が続かなかったの?

長谷川 プロデューサーをしてもいい、そういう奴がプロデューサーの能力を持っているとしたら、勿論その逆もあるんだ。プロデュースされてもいいという能力、あるいは他人にプロデュースしたくさせる能力というかノノ池田にしても石井にしても、思わず誰かが面 倒みたくなるようなところがあるだろう。これもまた、能力であり才能なんだよ。おそらく俺なんかはその部分の能力と魅力が、一番劣ってる。

__日本中のプロデューサーが、鼻をつまんで避けて通 るというか?

長谷川 喧嘩するんなら、表へ出ような(笑)。 ま、やれそうな奴は最初にやっちゃったんだ。で、そのお返しはなかったんだよな、単純に言えば。池田が根岸のプロデュースするとか、石井が俺のプロデュースをしてみるとかさ、そんな展開があれば面 白かったんだろうが……まあ、能力的になかったんだろうな。心情的にも。

__強制する誰かがいなかったの?社則としてとか(笑)。

長谷川 強制して上手くいくものか、ということもあるわな。

__高橋はこのあいだ豪語してたけど、『逆噴射家族』は儲かっているはずだと。

長谷川 現場が50万くらいの赤字で済めば、この規模の映画は絶対に儲かるよ。最終的なTV放映権みたいなものまで含めればね。

__『人魚伝説』はどうなの?

長谷川 うーん、まあ、それは『逆噴射〜』のプロデューサーとして言えば、『人魚伝説』は大赤字の映画だよ。

__急にそこで(笑)。

長谷川 いやいや、赤の程度が違うよ、50万か500万か程度以上には違うよ。なにしろ海洋アクション映画だからな、『人魚伝説』は、台風にもだいぶ苛められたし……。しかし、あの程度の赤でもともかく完成させたんだから、良しとしななきゃいかんかと思った。そのへんが、伴明に言わせりゃ「甘い」って事になるんだろうが……。

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