特集−黒い雨は本当にいい映画なのか
長谷川和彦 黒い雨と今村昌平を語る

●インタビュアー 荒井晴彦

「映画芸術」No.358 1989年.秋 p.4〜22


 「原爆」は映画における水戸黄門のインローのようなものではないだろうか、『TOMORROW−明日』 と『黒い雨』の「評価」を見聞きして思う。シンラツな物言いが売りの人の『黒い雨』大絶賛に驚き、『黒い雨』にグランプリを与えないカンヌはおかしいと突然ナショナリストになってしまう人に首をひねった。「原爆」がテーマ、それだけでもう何十点か、そこには映画外的な何かが働いてしまうのではないだろうか。この映画、面 白い、面白くないと言わせない何か。そこで「原爆」をナイター中継延長のインローにしてしまった監督と話してみようと……。

胎内被爆者の 「個人的な体験」

荒井 「黒い雨」を見て、丁寧に作っているなって感心した。だけど、何も感情が動かないんだ。盆栽を鑑賞したって感じなんだ。タイトル・クレジットがなかったら、今村昌平の映画って分んないんじゃないかな。

長谷川 まあ、小栗(康平)が、クレジットされてても、あんまり驚かないよな。

荒井 そうそう、良心派なら誰でもいい。

長谷川 俺はこの映画に関しては特殊な観客なんだ、胎内被爆児だから。勿論、胎児だから被害直後の光景は見たことないんだけど。やはり(他人事じゃなくて)自分事なんだよ。オフクロは原爆病院に入院してたしね。小学校の頃、俺と同じケースの奴が死ぬ わけだ。俺は胎内五ヵ月で安定してたんだけど。三ヵ月までの不安定な胎内被爆事っていうのは、わりと胎内で死んだり、奇形でうまれたりしたようだ。

荒井 六ヵ月とか、臨月とかいう方が安定してるというか、危険性は少なくなるわけ?

長谷川 人間に近い分だけ強いんだろうね、たぶん。

荒井 生まれた赤ん坊っていうのはどうなの?

長谷川 胎内にいるっていうのは、間違いなく、ある種のガードだから、裸で被爆するよりは良かったかもしれないね。オフクロは被爆二日後に広島市中を往復してる。
 その頃、俺の家族は広島から二十キロくらい東にある西高屋っていう村に住んでた。そこへ陸軍の中尉だったオフクロの弟が広島で被爆して逃げてきた。まあ、逃げてきたとは言わないけどね。(被爆の騒ぎで軍刀がなくなって)俺のオフクロのところに行けば、義兄さんのがあるだろうってさ。「将校が軍刀なしじゃ指揮はとれん」と、それを取りに帰って、そのまま倒れた。脱走と見なされたら困るからオフクロが市内の師団本部まで報告に言ったわけだ。でも、彼はとても動ける状態じゃなくて、被爆から11日後くらいに死んだのかな、そのくらい酷かったんだろうね。
 オフクロは西高屋村の小学校教師で、朝礼の時にピカッといってドンって落ちたのを見てる。その2日後、一日中(広島市内を)歩き回って帰ってきたんだけど。

荒井 オフクロさんは直接被爆じゃなくて、市内往復で被爆したってこと?

長谷川 いわゆる「二次放射能」ってヤツだ。最初、原爆とかわかんないしさ、オフクロも。この映画と同じように……自分が酷い目に遇ったとは思わないで戻ってきたわけだよ。
 俺が小学校六年生の時かな、オフクロが発病したのは。今でいう白血病かなあ。白血球が異常に減るんだよ。原爆病のあるパターンなんだよ。それで、原爆病院という、入院したら85パーセントは生きて出てこないって所へ入院した。
 それに至る前に、俺と同じパターンの被爆児たちの死亡記事が新聞に載っていたのを(親が隠すみたいにしているのを)なんとなく知っていたよ、俺は。
 当時、米軍の「A・B・C・C」アトミック・ボム・カルチャー・センターというのが比治山の上にあって、……カマボコ型の建物で……。

荒井 調査してたわけ?

長谷川 そうそう。被爆者は完全にモルモットなんだけれど。俺、年2回だったかな。割と面 白がって行ってた記憶があるよ。学校は休めるしさ。朝、立派な幌付きのワゴンみたいなジープが迎えにくるんだよ。車なんてバス以外に乗ったことはないのに、ジープに迎えに来られてだな、行くと、日本の病院と違って明るく楽しいわけよ。奇麗だし、お土産なんかもくれるしさ。色々と検査は受けるんだけど、終ると何か食わせてくれるしね。全て良くてさ、楽しみにしてた記憶がある。クラスに一人……はいないけど、2、3クラスに一人くらいはいたよ。俺みたいなモルモット……。
 だから、自分がそういう(被爆者)ことなんだと知ってても、痛いでも痒いでもないんだから、切羽詰まった恐怖感なんてないわけだよ。オフクロが入院した時、「オフクロがそうだってことは、俺も多少は影響あんのかな」って、ある種のショックはあったよな。それと、胎内被爆児の死亡記事を俺にだけ家中で隠してたっていうのがさ……いわゆる、非常に日本人的なものがあって……ガンは告知するか、しないか風のアトミック版だよ。ただ、(俺は)知ってたんだけどな。小学校も6年になると、病院に行って、お土産貰える、楽しいやじゃ、ちょっとなくなるわな。それでも、まあ、そんなにリアルなことじゃなかったよ、俺自身には。
 オフクロはラッキーな方で……一年ちょっと入院したのかな。退院して、いまも生きているけどな。親父はこの間、死んだけど、オフクロの方が年上だから……もう78かな。まあ(被爆者)だから死ぬ っていうんじゃなかったから良い方なんだよ。痩せたけどね。凄く痩せたけど……。
 そういうのがあって、俺が被爆者であるっていうのを気にしたのは、今はもう18になる息子を女房が孕んだ時だね。漠然とは、子供を作っちゃいけないんだと思ってた。ただ、若いし、切羽詰まった感じはなかった。
 俺が23か24になった途端ぐらいかな、今の女房が同棲というか、転がりこんできてて……それが孕んだってことになって……その前に結婚式みたいなモノを前日になって俺が勝手にキャンセルしたりして、女房に悪いなって記憶があって……他にも色々と勝手をしてて……それがいざ妊娠すると『実は俺、被爆者だから子供は堕してくれないか』と言うんじゃ……これはもう人間じゃないなって気がちょっとしてさ(笑)そりゃ、まあ奇麗事でね、若いから、今なら勝負できるって気がしたわけよ。丁寧に丁寧に作り上げた結婚生活っていうもんじゃなくて、フーテンと家出娘が一緒に寝てたら同棲と言われて、ガキ孕んだみたいなことでさ。奇形児が生まれたら、自分で殺してやればいいと思ったわけよ。奇形児が生まれるって思うと、凄く怖かったんだ。だから “自分で殺してやる”なんて凶暴な気分にでもなってないと、その恐怖に圧し潰されそうでな。俺のような胎内被爆児が子供を作ったケースっていうのは、その頃知らなかったし……。
 ガキを作って、まあ、23のガキがガキ作ろうと思ってセックスしてりゃ病気だけど、まあ孕んだっていうから、相手におっつけたようなとこもあったな。“
お前が好きなようにすれば”ってね。そしたら“猫を飼ってるよりは面 白いかもしんない”って。これも酷い奴でさ (笑) もう断る理由がなくなっちゃった。

荒井 子供が出来たのは、それが最初?

長谷川 俺の知ってる限りではね (笑)
 言うと奇麗事になるけど、今から思うと俺、非常に生き急いでいたよ。早く死ぬ と思っているから。

荒井 青春特有の、じゃなくて、胎内被爆児だからという理由で?

長谷川 まあ半分……いや、大半それなんだろうけど。

荒井 青春特有の気分として、子供を回避したいって気持ちあるじゃない。

長谷川 あるある。

荒井 大江健三郎の小説なんか読んで……。

長谷川 そう。あの「個人的な体験」を読んだのは大きかったよ。オーバーに言うと「個人的な体験」と勝負してやろうという気分だった。“産め”とは言ったけど、臨月が近づいてくると、ともかく怖いわけだよ。
 「愛と死の記録」あれも胎内被爆か、生まれた直後に被爆した白血病の話なんだ。人間って、自分が主人公かもしれない悲劇でも、必ずしも悲しいとは思わないんだよ。俺なんかも決して、悲しい、苦しい、じゃなかったよ。なんとか悲劇の主人公を楽しんでやろうっていうか……ただ本音としては、やりたいことをどんどんやっとかないとって、凄く焦ってるわけよ。人生50、60年あるって実感はまるでないんだ。かと言って計画的に、建設的に何をしようっていうんでもないんだけど。ただ、やみくもに生き急いでるって感じでさ。

荒井 それは胎内被爆ってことじゃなくて、時代っていうのもあったと思うよ。俺なんかも同世代だから、分かるんだけど。

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