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ドイス「K]・けん玉普及を目指して日本一周ヒッチハイクの旅

 


9月26日(木)・・・・旅、49日目

 まんが読まなかったらよかったと、眠いながらも7:20に起きて支度した。T志君は高校生だから早起きして学校に行きます。
 
 朝ごはんを食べて、おにぎりを2つもらって出発した。ありがとうございました。
 
 朝5時半くらいにI藤君からメールがあって

「8時に電話して、出なかったら無理だと思って」と

いうことだった。電話をすると意外にも出て、京王線の駅で待ち合わせて本部に行った。Tさん達が来るのは10時、少し待って中に入った。M元さんや会長も到着。おれは会長に会うのは初めてだ。会長は週に1回はここに来て話をするらしい。おれは大会で遠目にしか見たことがなく、正直「カタイ人」のイメージしかなかったから少し緊張していた。M元さん達がおれのことを話してくれているらしくて、会長は知ってくれていた。
 
 今回の旅のことはもちろん、色んなことを会長から聞けた。今までは会って話したことがなかったから会長が何を考えているのかはもちろん知らなかったけど、今回話が出来てよかった。
 何よりもけん玉の事を本当によく考えている方で、事務局の必要性、NPO法人化の必要性・意義、そして「個」の世界ではダメだということ、プラスチックけん玉について、ISO基準、国際化、その他にもまだまだ・・・はっきり言ってこれだけ広い視野で未来のけん玉界のことを考えている人はいないだろう。

 文部科学大臣杯のことについても聞いた。文科杯は世に11個しかない、なぜそんな格式高い杯がけん玉についているのか・・・それは現会長と当時の文部大臣が友達、という理由。そんなことを書いて、ウサンクサイと非難しようとしているわけでは無い。

 文部杯を夢見た初代会長、故・藤原一生さん。人とのつながりで夢を実現させたという大きな人徳のある方だ。おれがこうしてけん玉をしているのも初代会長が協会を作り、本を出したことが大きい。一度はお会いしたかったという気持ちが強いです。

 現会長は、幅広い人脈はもちろん、グローバルな視野を持っているように思う。少し話したときから、会長の考えにおれは感激した。何よりも遊び心を持ち続けているところがすばらしい。昨日で67歳になったとは思えないほどに考え方が柔軟だ。中国での普及も考えていて(ここでは詳しくは書かないけど)、その話を聞いておれの胸は高鳴っていた。自分が一瞬夢見たことを会長も考えていたなんて思ってもなかった。話を聞いた瞬間、何が何でも行きたいと思った。
  
 話で終わる可能性もまだあるけど、おれは行きたい。新しい土地で何かをやる(別にけん玉じゃなくても)って事は、自分の世界を確実に広げてくれるから。この日、おれは会長と話が出来て本当によかった。別に中国の事がどうのこうのじゃなくて。
 
 トップの人の考えを直接聞いて「この人が会長でよかった」と正直に感じた。

  おれはけん玉が日本一上手いわけでも無いし、実績もナッシング。ただの新米会員なんだけど、この一年でけん玉を通じてしてきた経験は大きいと思っている。これがこれから活きてきたらいいなあ。
 
 M元さんに東名まで送っていただいた。途中で江ノ島を見たりして、高速の中に入ってもらい、サービスエリアでラーメンを食べてお別れした。本当にありがとうございました。日記を書いているとおじさんが話しかけてきて、大阪まで送ってくれることになった。2台目の長距離トラックだ。


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