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ドイス「K]・2006年02月の日記(モザンビーク・青年海外協力隊)


 2006年2月27日(月)

先週末は、マプトの隊員連絡所にて過ごしました。最近毎週来ている気がするけど、まぁ美味いものを首都で食べて、皆で話をするというのは気が晴れるので最高です。
 
 昨日、買い物ついでにcosta de sol(太陽の海岸)に行ってきた。
 いや、むしろ観光地の海岸の先の村まで初めて行って来た。

 前々から漁師の村(漁村とでもいいましょうか)があるのは知っていたんだけど、そこまでシャパ(ミニバス)が出ているのを知らなかったのです。

 漁村の海岸には当然、船(小さな木製のもの)がたくさんあって、沖にも多くの船が出ていました。
 浜辺では水揚げされた魚が大量に売られており、中にはヒョウ柄のエイや、ツゥバランというサメがありました。
 
 サメもエイも尿素くさいのであんまり食べたくないのですが、興味があって、これはいくらだと聞くと、サメの2kgくらいのばら売りで250円くらいでした。
 漁民はしきりに
「これはいい肉だ、ステーキだ」
とか言って進めてくれました。

 他の長細い魚を指差して、
「バナナ、バナナ」
とか言ってくるし、なかなか楽しい一時でよかったです。

 マプトからすぐ傍なのに、ポル語を話す人も少なそうだったし、すごく田舎の雰囲気のする場所でした。もうちょい海がきれいならもっと遊びに行くのになぁ。

 
 そして、今日はJICA事務所に行って第4号の報告書を提出。
 プリンターの調子が悪く、なかなか印刷ができなかったので困りましたが、頼まれた同僚のナマーシャ隊員の分と合わせて提出です。
 
 いつもは報告書にあわせて日本の家族や友人にあてた近況報告を一方的に送っているのですが、今回は3ヶ月間も日本にいて、大して書くことがないので、送りません。

 さっき銀行に行ってお金を下ろそうと、一時間近く列にならんで来ました。
 が、自分の番になって、小切手を渡しましたが、途中でコンピュータのシステムがダウンしたらしく、返されました・・・。
 がっかりですね。どうも今日はコンピュータ関係についてないな。 



2006年2月25日(土)

今日は、金曜日。
 
 モザンビークにいるときは、ほぼ確実に金曜日には飲みにいきます。
 ま、今週は暑くてよく飲みにいきましたが。
 
 ナマーシャには、数軒しか飲み屋がなく、選択肢が少ないのが困ります。
 3ヶ月は日本にいたといえ、1年半もここにいると、毎回同じ味には飽きます。
 っていうか、もうウンザリです。
 
 同じナマーシャの隊員の人と、今日は気分を変えようということで、近所のホテル(3つ星)にいきました。ちなみに隊員だけでこのホテルのレストランを使うのは初めてです。
 
 客・・・0人。我々の貸切です。
 ホント、誰がこんな田舎のホテルを使うんだろ。
 赤字経営は間違いないでしょう。

 机の上にセッティングされた皿もナイフもフォークも、いつから机の上に置いてあるのかは謎ですが、雰囲気だけはいいですね。
 ここで飲むビールは、高いものの、ウマイ。
 雰囲気って、大事ですね。電気がついてて、明るいのがいいです。
 ちなみにクーラーまで効いていて、自分達の払う金で電気代をまかなえるのか不思議です。
 
 期待していた料理は、今日はイカか魚かニワトリしかなく、その辺の飲み屋と大してかわりませんでした・・・ちょっとがっかり。
 結局、ニワトリを食べましたが、普通の味でした。
 値段は普通の倍くらいしたのに。。

 高級にあやかって、ワインを飲もうかと思ってましたが、値段を聞いて、諦めました。高いよ〜と文句を言うと、
 「ここはホテルです」
 とウエーターに言われてしまった。
 
 味は普通、値段は倍・・・こりゃもう行く事はないな〜。



2006年2月23日(木)

昨日の夜中の12時くらいに(日本時間の朝方)、地震があったらしい。
 
 友達から、「揺れた??」と電話があったものの自分は気付かず(というか任地ナマーシャはほとんど揺れていない)、その友達が寝ぼけていたんじゃないかと半分思っていたくらいでした。
 
 が、朝の4時半・・・ぐっすりと寝ているところに、JICAのボランティア調整員から電話があって
 「大きな地震があったので安否の確認です」
 という緊急連絡網が回り始めました。

 なんでもマグニチュード7.5というので、かなりの大きな規模です。
 
 日本でもニュースで流れたほどの地震で、心配してくれた日本の友人などがメールをくれました。
 どうもありがとうございました。
 え〜、無事です。

 これまでのところ、JICA関係者全員の無事も確認されていますし、日本人で怪我などの被害も聞いていません。
 
 今日、テレビでそのニュースについて少し見ていたけど、大した被害は出ていないようだけど(家の被害や怪我人は少しでたようです)、なんせ地震なんておこるような地域ではないので、初の地震体験にモザンビーク人は皆驚いて、そして家が崩れるのを心配して、夜中ずっと家の外で過ごしている住人の様子が流れていました。

 びっくりして、窓から飛び降りて怪我をした人もいるそうです。

 50年に一度くらいは地震があるとは聞いていたものの、まさか自分がいるときに起きるなんて・・・。
 でも、規模の割に被害が少なくて、一安心ですね。



2006年2月22日(水)

雨、夜中からかなり激しい雨になりました。朝になっても止まず、昼にようやく落ち着きました。長い停電がなかったのでホッとしましたが。
 
 ここナマーシャは、赤土です。
 雨が降ると、ドロだらけになり、靴もズボンも赤く汚れるのが雨の憂鬱です・・・


 今日は、学校に学校にて教頭先生と話を色々しました。

 実は4月にけん玉大会を計画(昨年も同じ時期にしたもの)していて、そのことで話をしていました。
 日程はほぼ決まったので、来月に入った辺りから、生徒と共にけん玉大会に向けて準備を進めていこうかというトコロです。



2006年2月21日(火)

ハイ。まじで暑いです、毎日毎日・・・
 
 最近は、寝るときも扇風機をまわしっぱなしにしているのですが、昨晩は暑くて目が覚めました。汗びっしょりで。
 
 停電・・・モザンビークでは、いくら首都に近いここナマーシャでも停電は普通におこります。夜中の気分よく寝ているときに停電して、汗だくの目覚めはがっかりですね。
 
 でも最初は停電だと気付かずに、扇風機が壊れたのかと思って、かなり焦りました。まだあと3ヶ月は暑い季節なので。

 2時間くらいで電気も戻って、快眠です。
 
 でも、朝また停電になって、汗だくで目覚めました。
 
 暑いので、昨日も今日もビールを飲みに行きました。
 
 暑いのは正直イヤですが、暑い季節に汗を掻きながら暮らすのはとても自然なことだな〜と思うようにします。

 
 話は変わりますが、今日は学校で仲の良い生徒に日本語を教えていました。
 
 去年からすこしずつ勉強しているのですが、今日は文字を教え始めました。

 「あ、い、う、え、お、か、き、く、け、こ」

 までが今日の課題でした。

 いつか日本にきて、日本語で会話をしてみたいものですね。



2006年2月9日(木)

今日はナマーシャ中学校のパソコンをする部屋(テレセントロ)で久々のホームページの更新をこころみました。
 
 まぁ、更新だけでなくて、メールの返信とか何かと用はあったのですが、、、
 
 日本で数ヶ月いたので、久々のモザンビークの通信事情が妙に遅く感じます。実際遅いのですが、イライラしてしまいますね。
 
 そして、なぜか更新できない・・・なぜだ??
 1時間ごとに30コント(150円くらい)の時間制なのですが、一時間やっても結局更新できず、延長を・・・そして結局2時間奮闘しても更新できず・・・。

 かなりがっかりの一日でした。
 
 仕方が無いので昨日書いた日記はミクシィの方に先に公開することにしました。これを書いているのは、我が家のマイPC。明日学校に持っていって、再度更新に挑戦しますが、できることを祈るばかりです。
 
 
 帰モザンビークしてからの、生活はちょっとリッチです。
 
 100%のフルーツジュースを飲むようになりました。
  
 水はミネラルウオーターしか飲みません。
 
 床はカビがヒドイので、ベッドを買いました。

 首都にてひき肉を買いました。すでに食べ尽くしましたが。
 
 前までのモザンビーク生活の経験を活かして、水と栄養には特に気をつけています。食の他にマルチビタミンの錠剤も飲んでおります。

 かなりの人(モザンビークの同僚や生徒)に、「太ったな」と言われました。
 
 お前は何を食ってきたんだ〜?? と突っ込まれる毎日です。

 でも、この暑さですでに体重は減り始めているような気がします。



2006年2月8日(水)

モザンビークへ帰ってきました〜。

まず・・・暑いねん!! というのが最初の感想。
史上最高の寒さの日本の冬で3ヶ月すごした体にはコタエました。

さて、任地のナマーシャにももちろん帰ってきました。

部屋の扉が開いていました。そう、鍵(扉の木ごと)がぶっ壊されてました。

犯人は校長先生でした。

中に置いてあった金、500コント(約20USD)が無くなってました。

犯人は・・・わかりません。
同居人は「知らない」と言っています。


冷蔵庫のビール、ジュース、当然全て無くなっていました。

米が無くなっていました。

ガスが無くなっていました。

ゴキブリが、大量に発生していました・・・・。

部屋の中はホコリとクモの巣に侵されていました・・・。

泣きそうに・・・はなりませんが、3ヶ月の時間の長さを感じました。


モザンビークでは、あまりにも普通の日常が始まりました。
しみじみと帰任を喜ぶことも、感動することも無く、時間は再び流れ始めました。掃除の毎日でした。

まだ基本的には引きこもっているので、少しづつ活動をしていこうと思います。

更新が遅くなってすみません。戻って3週間の感想がこれだけなのは辛いところですが、まぁこんなものでしょう。