ドイス「K]・2005年10月の日記(モザンビーク・青年海外協力隊)
2005年10月31日(月)
寝すぎのせいか、腰が痛かったです・・・
宮部みゆき
有名な「クロスファイヤー」という小説は以前に読んでいたが、今回読んだ短編がそのクロスファイヤーの元というか、同じ登場人物が出てくるもので、面白かった。
念力というか超能力を扱った作品だけど、本当に身近にありそうな感じがする。普通でないものを普通に描いているので、どんどんと読んでしまいました。
あとは何をしたっけ・・・このドイス「K」の協力隊の部分で持ち物を少し書き足したり、今度から使うトップ写真を探したりしました。そうそう、長らくおかしなまま放置していた、写真集2の見れなかった写真を更新しました。
ついこの間に活動しただけなのに、なんだかかなり前のことに感じてしまう。。。
今はモザンビークの国事情とか、食べ物とか、できれば観光案内なんかも書けるようにと考え中。暇なので。でもしんどいのでゆっくりと。
では、明日の朝は最低気温が6度(奈良県)という予報でうんざりですが、寒さにまけずにいきましょう。
そうそう、第3次小泉改造内閣が発足しましたね。
2005年10月30日(日)
帰国して2週間。ようやくスーツケースの中身を出して、片付けました・・・。
まだわかんなんですが、これでもう一回モザンビークに行って帰国してもお土産はいらないなぁと思うくらい、色々出てきました。絵とか、彫刻とかとか。2ヶ月前に買ったお気に入りのヤジロベー風の鳥があったので、部屋に飾りました。後は缶ビール(ドイスM)の形をした置物とか。
昼間、友達が訪ねて来てくれました。奥さんと2人の子どもと一緒に。お土産にとタイヤキをもらいました。1歳の娘と、まだ赤ちゃんの息子。1時間程度でしたが、タイヤキ食べながら久しぶりに話ができて嬉しかったですねぇ。娘さんがジュースをこぼして、友達が「ごめんなさいは」と言うとき、頭をペコリと下げるのが可愛い子どもです。
今日はもう30日。あさってからは11月になるのですね。どうも日付感覚がないまま毎日を過ごしています。
来週の日曜日には全国もしかめ大会(全日本けん玉道もしかめ選手権)が開かれます。今年は日本にいるのに出れないのは悔しいですが、仕方ありませんね。
では、良い一週間の始まりを。
2005年10月29日(土)
土曜日の今日は、雨。なぜか週末になると天気が崩れるようで、私が帰国してくるまえからこれは続いているらしい。4週連続。
今日は、東京のNHKホール(だと思う)で、青年海外協力隊の40周年記念式典が催されたようでニュースで見ました。これまでに27000人が世界81カ国に派遣されたそうです。
これからも多くの人が世界中に派遣されると思います。協力隊は、まだあまり広く知られた存在ではないと思いますが、多くの人が協力隊の活動に興味を持って欲しいなぁと思います。
今日も、ハリに行って来ました。そのせいかすごくリラックスして、体が楽です。
眠けが襲ってきたので、おやすみなさい。
2005年10月28日(金)
今日も晴れの一日。しかし、家から出ることもなく、のんびりとさせて頂きました。
ニュースを見ていると、奈良の二月堂(お水とりで有名)が国宝に指定されたそうです。奈良県に住んでいるものの、奈良市からは少し遠いので奈良公園とか東大寺とかにも数えるほどしか行ったことが無いのですが、地元から国宝が指定されるのはなんとなく嬉しいものです。
一度くらいお水取りも見にいきたいなぁ。二月堂の由来は、旧暦の二月にお水取りを行うから・・・らしい。奈良県には今回の指定を含めて64個の国宝建築物があるそうです。我が地元、五條市にも八角堂という国宝があります。モザンビークにいた間に世界遺産に指定された場所もあるし、奈良県は歴史と自然が豊かな地です。是非一度は訪れてください。って何の広報をしているんやら。
夕方、広島大学けん玉サークル「DAMAけん」の総帥さん(部長のこと)に用があって電話をしました。丁度練習の始まる時間だったようで、側には1、2年生のメンバーが数名けん玉の練習をしていたそうです。卒業して1年半経ちますが、今も元気に活躍しているメンバーがたくさんいるのは本当に嬉しいです。
もうすぐ全国もしかめ大会(11月6日)が開催。広島県は他の会場(東京や大阪など)と日程がずれ、20日に行われるそうですが、DAMAけんのメンバーが活躍されることを応援しています。2年前に私が優勝した会場で開催されるようです。
2005年10月27日(木)
今日はすごく体が楽だった。ハリのお陰かな。最近は深く眠れる気がするし、いい感じ。外には出なかったが、晴れて気持ちのいい天気だった。外に行かないのはもったいないなぁ。
ホームページの中身を少しいじってみた。協力隊の部分に持ち物とか書いた。
これからモザンビークに派遣される人は増えてくるだろうし、あんまりいいこと書いてないけど参考にしてもらえれば嬉しいですね。
昼過ぎ、けん玉協会の関西総支部長の方から電話を頂いた。帰ってきた連絡もしてなかったので失礼をしたが、来年への話を色々持ちかけてくださり、嬉しい。
モザンビークでのけん玉でもお世話になっている。たくさんの人に支えられての協力隊活動だし、早く元気になって活動を再開したいなぁ。ま、ゆっくりとだけど。
昨日から、宮部さんの本をまた読んだ。今回は「人質カノン」という短編集。
これまで長編しか読んだことなかったけど、短編もおもしろい。短い中にも、重いテーマを描いており(自殺とか、いじめとか)、現代の人の心を表現していた。
失恋によって自殺を考えた女性が、偶然出合った小学生と共に夜の小学校に忍び込んでノートをとりに行く短編が一番好きな感じでした。
読んでると、場面が目に浮かんでくるんですよね、宮部さんの小説は。
どの本でもそうですが、細やかな描写があるので頭には結構はっきりと場面が出てくる気がします。
明日はもう金曜日。そとに散歩にでも行きたいなぁ。
なんかおじいちゃんみたいな生活だ〜。
2005年10月26日(水)
無事に検査を終えてきました。MRIの筒の中は、電子音のメチャでかいのがなっているのでうるさいですが、電磁波をだすのに必要なことだとか。
結果はやっぱり異常無。もう少し様子を見ましょう・・・ってことになりました。ま、異常ないのはいいことです。が、診察室で「あ〜、なんともないですねぇ」と2分もしないうちに出て行くのは寂しい気もする。うそでもいいからもうチョイ真剣に診てほしいな。。。
会計でお金を払うとき、
「え〜、窪田タモリさんですね。この番号でお待ちください」
と受付のお姉さんにスラッと言われて、タモツですけどと反論することなく、指示に従いました・・・これまで保の字を「ヤスシ」とか間違われたことはあったけど、タモリは初めてです。MRIに入って、診察も受けて、2100円でした。MRIってこんなに安かったかなと不思議に思いました。
ハリにも行きました。普段行く鍼灸院の先生はベテランの先生で、今日はいろんな事を分かりやすく教えてくれました。最初に脈を診て、どんなハリをするかを決める先生は鍼灸の職人。
近年では中国古来の方法通り脈を診て、どこが悪いかを、どこ(どのツボ)にハリをするかを鍼灸師は減ってきているそうで、将来の鍼灸を心配されていました。脈をみて(手首に指をあてて)300数十種類あるという「脈の種類?」を分類して治療を施すということをするには、学校を出て師匠について最低でも5年という期間修行しないといけないという職人業(大工さんに例えて話してくれました)のようです。医学的には証明されていないことの方が多いけれど、歴史の上に立った経験的な知見は充分に信頼できるように思います。少ないリスクで、回復という結果を得られるのが一番です。
色々忘れましたが、ツボは「駅」、ケイラクは「線路」という例えはこれからも頭の中にしっかりと残りそうです。
体は確実に楽になってきていると思います。
2005年10月25日(火)
一歩も外にでないという一日が過ぎ去りました。
昨日からすこし読み始めた宮部みゆきさんの小説「長い長い殺人」を読破しました。一連の殺人事件を、関係者のサイフの視点で語るという技術の使われた作品で、面白かったです。登場人物はもちろん、サイフにも個性があって持ち主の呼び方や、自分を呼ぶときの表現にも「おれ」「わたし」などの違いがあります。あんなに複雑な人間関係をサイフがちらっと見たり聞いたりした情報だけで書き上げるのは、すごいなぁと思いました・・・なんか推理小説の楽しみ方を間違っているのかもしれませんが、書き方や表現の仕方に感心しながら読んでいます。
明日は2回目の検査。MRI(エム・アール・アイ)という磁気を利用した検査機の筒の中に入って来ます。
朝1番の予約なので、久々に早起きしなきゃな。起きれるかなぁ。
日本シリーズは、3試合連続でロッテが10点ゲーム勝利だそうです。
ハンバーガー屋さんチェーン店「ロッテリア」の大阪の支店ではロッテが優勝した時に備えて警戒をしているとか・・・暴動なんて起きないと思うけどなぁ。
夜、蛍光灯の下で本を読んだりパソコンをするのに慣れてしまうと、モザンビークの薄暗い部屋の灯り(なので2つ付けています)に戻れるか少し心配になってしまいます。
そうそう、1年半前に派遣前訓練の時のポルトガル語の先生が電話をくれました。メールはたまにしていましたが、話をするのはかなり久しぶりで嬉しかったですねぇ。ブラジル人の先生は日本語もペラペラ(訓練中には、忘れた漢字を質問してました・・・)の先生ですが、会話はポルトガル語。でも、この数週間、まともにポル語を使っていなかったので、たまに何を言っているのか分からなかったりも・・・たまには勉強もしないとな。
2005年10月24日(月)
月曜日が休みだという会社で勤めている友だちが家に来てくれました。 最初はその友だちのお姉さんとお姉さんの子どもも一緒に来てくれました。前に見たときはめっちゃ小さかった子どもが、一気に大きくなっていて、しかもしゃべれるので 驚きました。年を聞いても「2シャイ」とちゃんと答えれるのに驚いたりもしました。う〜ん、かわいい。
同級生の友だちが「おじしゃん」だったか「おっしゃん」だったか忘れましたが、「オジサン」扱い(まぁ叔父なので当然か)されているので、少し年を感じました。 自分は少し怖がられたのか、その子は家に入るのを嫌がってしまい、玄関前でバイバイでした。
パソコンに入っているモザンビークの写真などを見たり、友だちの仕事の話をしたりとこの数週間に無いくらい言葉を発した一日でした。 けん玉の話にもなって、少しだけけん玉を触りました・・・・これはヤバイ。感覚が全くないのです。けん玉には自信が多少あるのですが、今は 誰にも見せれないですね。。。「風車ふりけん」とか、「しまいけん」とかを少ししてかなりのヤバさを感じました。
「宇宙遊泳一回転飛行機」をしても、まったく思うように操れず、凹みました。というか、2、3分けん玉をしていると頭がガンガンしてきたのでやめました。
しばらく連絡を取ってなかった大学の時の友だちから協力隊についてどんな感じか知りたいというメールをもらい、同じものを目指す友だちがいることが なんだか嬉しかったです。モザンビークに来ないかなぁ。
2005年10月23日(日)
雨のため、一家揃って家の中に引きこもるという状況で、なんの変哲もない一日でしたが、我が家では今日コタツが出ました。寒い。
おそらく近所でもかなり早い目のコタツ登場だと思われますが、暖かいのは幸せ。
寝ているのも暇(というかハリに2回行って、頭痛も半減)なので、インターネットをぼけ〜っとみていたり、携帯用のサイトも作ろうかなと思ってみたりした一日でした。
日本シリーズが始まって、競馬界では3冠の馬がいるし、国体秋季大会は始まるし、スポーツの秋ですね。
夕方6時になるともう暗くなっている・・・日が短くなっていくのも不思議な気分。この前までは日の入り時刻は遅くなっていたのに。
昼間、友達が家に来てくれました。元気そうで良かったです。ちょっと前に、帰るのは来年の秋やなぁとメールをしていたので、これもまた不思議な気分。
最近テレビでけん玉見たと言ってたけど、誰のことなんだろう・・・
携帯も、少し練習して勘が戻ってきました。でも句読点を打つときに指が勝手に「あ」の場所に動くのはなぜ??
帰国して一週間。のんびり生活にも飽きてきたなぁ。
けん玉は触らず終いの一日でした。
2005年10月22日(土)
メチャ寒いですね。最低気温は一桁??モザンビークの年間最低気温並み。
雨まで降っているし・・・
今日は、重い腰を上げて?郵便物を出しに行きました。ついでに携帯電話の契約にも。郵便物は、JICAに送るものや、モザンビークの隊員仲間からの頼まれもので、もっと早く送るべきだったのですが。
携帯電話も、DOCOMOショップにて昔使っていた携帯を持ち込んでの新規加入。う〜ん、店内が妙に明るいし、店員さんもなんでそんなに笑顔なの??モザンビークの人々に接客態度を教えてあげて!しかしこちらは、どうもイマイチ上手く話ができない気がする。ってか、わからん。話が早い
料金プランは?と聞かれても選択肢が一杯あるし・・・
番号(3つから選べた)はどれになさいますか?って、別にどれでもいいし・・・
1年割引がお得ですが?と言われても数ヶ月しかいないつもりだし。でもなんか損した気分もする・・・入って1年以内に止めたら解約金がいるとかなんとかかんとか。
自分がちょっと前に使っていた電話なのに、どうやってメール打つねん!どうやって数字書くねん!なんやねん。
小さな画面を見ていると、頭が痛いし目がチカチカするし・・・いや、モザンビークにも携帯はあったのですよ。白黒の、ローマ字のショートメールしか打てないヤツが(高いのを買えばカメラ付だってあります)。なので、日本人同士でショートメールするときは、全てローマ字。konnitiwa ogenki desuka? のような感じで。だから何か携帯で打とうとすると、ローマ字で打つ癖が抜けなくて、指が勝手に動いてしまうんです。これにも早く慣れなくては。
で、タイトルの「お札」ですが、お金のことです。どのお札もめっちゃ綺麗ですねぇ。郵便代を払うとき。携帯電話の充電器(モザンビークで分解しましたので新たに購入)を買うときに財布から出した千円札。全部新札ですか??
まぁいなかった1年間で図柄が変わったので、ほとんど新札みたいなもんですけど。向こうのお札は、ボロイが基本。帰ってきた日にお土産にあげようとしたら家族から「いらんわ、そんな汚いの」と言われるほど。
今日はスーツケースの底に入れた箱の中から、10000MT(約50円)札をさらに20枚発見しましたが、汚い、ぼろい、穴あき札はセロハンテープ。そんな状態なので、思い出の品として、ずっと封印しておこうと思います。
写真一番上は、マシなお札。
夜には、すでに帰国されたモザンビークの先輩隊員と電話で話ができて、懐かしかったです。まだそんな時期でもないはずだけど、プチ同窓会でもしたいなぁ。
日本にいなかった間に、極小サイズのけん玉を家族が買ってとってくれていました。
久々に触るけん玉が、この小さなけん玉とは・・・皿にも乗せれない。
明日には普通サイズも触ろうかな〜。
2005年10月21日(金)
今日もハリに行きました。その時に道路を渡るために、信号で待っていたのですが、車がいなくなったら無意識に「渡ろう」という感覚になりました。
モザンビークでは、首都なら一応信号はありますが、あまり気にしたことがなかったくらいにどうでも良い存在でした。車がいなければOK。いても、当らなければOK。むしろ遠慮していたらいつになっても渡れません。
でも、ここは日本、ジャパン。信号を守って、車に乗ったらシートベルト。
走っている車も、全部『新車』かと思うくらいにきれいですね〜。今ここで走っている車のうちの一部は、あと15年位経ったらアフリカの大地でまた走ることになるのかなぁ。モザンビークにも、日本の中古車がいっぱい走っています。自動車学校とか、幼稚園などのお迎え用のバスなどがそのまま「○○幼稚園」とか「○○自動車学校」のような字がそのままに走っているので、街を歩けば必ず日本語に出会えます。
話は飛びますが、どうも何を見ても、小さくなった??と思ってしまう今日この頃。家の畑、道幅、建物の大きさ、スーパーの大きさ・・・別に向こうで大きなものを見慣れた記憶はないのですが、大陸と島の差かな?!
昼、薬を飲んで寝ていたら夢にけん玉を練習している光景が出てきました。なぜか「裏地球回し」ばかりしているのです・・・けん玉知らない人が読んだら意味不明ですね。まぁ、あまり目立たないですが、地味に難しい技ですかね。
もう少し体調が良くなったら、けん玉の練習もしないとなぁ。
2005年10月20日(木)
今日は、昼の2時まで寝てしまいました・・・昨日寝たのが夜の10時だから、え〜っと、つまりは16時間??寝ていたのです。ちなみに、今は睡眠薬ではないですが、深く眠れる薬を飲んでいるので、そのせいもあるのですが。
実家に帰って、ホッとしたのかな。しかし何時に起きても、お釜の中に温かいご飯があるのは最高の幸せ。
東京から送ったスーツケースを未だに開けていないのが、今日の悩み。頼まれた郵便物などもあるし、がんばってオープンするかな、明日こそ。
そうそう、成田に着いた時から気付いてはいたのですが、日本のトイレットペーパー。幅が広いんですよ。モザンビークで使っていたものより。向こうでは1ロール30円くらいで買えます。
しかし、トイレの紙の幅が違うと、拭きやすい!今度、何cmなのか両国のものを比べてみたいものです。普通に水も流れるし、トイレに行くときの「めんどくさい」という感覚がなくなった気がします。
出発前にもお参りに行ったお寺にも参ってきました。
日本は寒い・・・この前までいたモザンビークではこれから暑くなろうという時期なのに、また寒い季節がやってくるのかと思うと、変な気分です。
2005年10月19日(水)
朝から病院に行って、検査を受けてきました。
すごいよ、日本の病院は。2時間でCT検査、血液検査、診察の全てが終わり、「え?このために帰ってきたの??」みたいな感じです。
「CTに異常はないね。血液検査も全ての項目正常値で、全くの普通」だそうで、健康体の太鼓判を押されました・・・。
「まぁ少しゆっくりすれば収まるよ」ということで、多分ストレスと疲れが原因のものだろうとのことです。一応MRIも来週に予約してきました。
ま、頭の中の出血とか腫瘍とかの心配がなくなっただけ、安心。かな。あんまり心配してなかったけど。
病院の帰りに、小さい頃から好きだったコロッケ屋さんのコロッケを買って帰りました。美味しい。
昼には、鍼灸院にも行って、ハリをしてきました。疲れや緊張を取るには最高のハリ。実は柔道をしている頃からハリは好きなのです。痛いイメージもありますが、不思議に痛くなく、気持ちいいのですね〜。東洋の医学もすばらしい。
2005年10月18日(火)
けん玉協会の事務局に寄って、お昼ごはんを食べた後帰りました。 事務局は東京に行った際には必ずと言っていいほど寄らせてもらう、東京の家?です。懐かしい空気に、最近のけん玉話題、そして30周年記念誌も購入しました。
久々の家。
こんなに玄関の段差が低かったかな?畳の色、トイレの扉のトッテの高さetc、なんだか少し記憶と違う。
夜、ガスコンロをつけようとした時、ついついマッツを探してしまいました・・・日本のコンロはマッチがなくても付くのですね。早く慣れなくては。
明日、病院にて診察&予約が取れれば検査をします。
2005年10月17日(月)
晩、東京のけん玉友達(先輩ですが)と会いました。
1年3ヶ月前に出発する前日に集まって飲んだ以来の再会でした。食事を一緒にして最近のけん玉話や、モザンビーク話をして楽しい時間・・・でも自分はあまりテンションが上がりきらないままで、しんどそうな顔を見せてしまったかなぁと後になって少し心配中。いや、それ以上にオカンがはじけすぎたのが・・・
また体調が完璧になってモザンにいければまた出発式をしようということでわかれました。きっと後3日くらいで治るかな〜
東京はあいにくの雨。明日はけん玉協会の事務局に寄って帰ろうと思います。
2005年10月17日(月)
昨夜(16日)、無事に成田に着き先輩隊員の方に空港まで迎えにきてもらっていたので、案内までいてもらって新宿に着きました。
南アフリカを出発して13時間で香港に着き、そこから4時間半で成田に到着・・・う〜ん、なかなかしんどかったですが、飛行機の画面に出てくる「飛行マップ」?の中で種子島の上空を飛んでいるあたりで「帰ってきてしもたんかぁ」と思いました。
成田に着き、明るい光に包まれた滑走路に着陸しましたが、別になんとも感じることはなく、普通に帰国しました。
シャトルバスでは吐いた(何も出てこない)ものの、ホテルについて久々の日本食はコンビニのスシとカップ麺でしたが、これもまた何も感じることなく普通でした。帰国報告をJICAのアフリカチーム長に電話したところ、「けん玉の窪田さんですか」と言われたのには驚きましたが、知ってくださっていることが嬉しかったです。
今日、昼ご飯は、ホテル地下にあるテナントに入っている店で「さばの味噌に定食」を食べました。美味い。マジで。食べたかった魚の「さば」「サンマ」をすでに一個制覇しました。
味よりも感動なのは店員さんの対応の良さ(写真撮ってもらおうかと思いましたが、恥ずかしいのでやめました)と、注文から5分もかからずに食べれる素晴らしさ!モザンビークでいつも1時間も待って食べていたのは何だったんでしょうか・・・。モザンでは食事に「水」は絶対についてこないのですが、これまた「お冷」が美味い。食事を終えた瞬間に出てきたコーヒーには、どっかで覗いていたんか?と思うほど驚きました。
走る店員、店に入って20分で出て行く客、レジで1分待っているだけで「こっちはまってんだよ〜」と店員さんに文句を言うビジネスおじさん。とにかく日本(東京)のペースにも新鮮さというか驚きを感じます。
JICAの入っているビルの下(スターバックス)でコーヒーを飲み、周りでMDを効きながら勉強する中学生(高校?)、うつむいて携帯を打っている皆々様・・・行き帰りに使った無言のタクシー運転手さん、どのチャンネルを見ても日本語のテレビ(当りまえ?)、いろんな光景に日本を感じました。。。
今日午後、JICAの顧問医の先生に会って、検査する病院の紹介状をいただきました。明日、地元の奈良県に帰ります。
2005年10月14日(金)
なんだか、あれよあれよというまに療養一時帰国の日がやってきてしまった・・・。
これを書いているのは、南アフリカの空港横のホテルです。普通隊員は南アフリカには入国できないのですが、特別?に。
朝から2人の生徒が電話をかけてきてくれました(例によってワンコールです。もちろん。)。でも昨日もかけてきてくれるし、自分の持っている生徒にきちんと挨拶でずにモザンビークからでるのは何だか後ろ髪引かれますね。まぁ授業だけなら900人(成績付けがあるのは5クラス250人だけ)を相手にしているので、どの道きちんとはできないかな・・・
こちらからTELをかけ直しても、向こうは早口で喋って先生の電話代をかけさせまいとしてくれている様子が、嬉しいような寂しいような・・・長電話という習慣というものはありません。用件だけ言って、すぐに切るというのがここでの普通の電話の様子です。
昨日は「先生がいなくなると、だれがここに残るんだ・・・おれは泣きそうだよ。けん玉はどうするの?」というような内容で、少し暗かったですが、自分が「すぐに帰ってくるから」・・・確証はありませんが・・・と言っているので、今日は「じゃあ、また」みたいな感じで明るく話ができました。
2人とも最初はけん玉教室で顔を覚えた生徒です。もしけん玉がなかったら誰も相手にしてくれなかった、、とはもちろんいいませんが、けん玉はこの1年間、自分の仲間作りや、絆作りに不可欠だったものだと確信しています。
隊員仲間が見送ってくれる中、視察の旅ツアーの皆さんとチェックインするのは本当に複雑でしたけど、またすぐ戻れますように・・・。
そうそう、母がこの日記の10月10日(ナマーシャに行った日)を読ん」で、
「道端からたくさんの人が手を振ってくれた」という部分を、
「大げさすぎる。うそ書きなぁ」と言っていたので、「何人かの人が」と訂正させていただきます。試験期間中で、すでに誰もいない学校を思えば、まぁ結構な人と握手をして、手を振って別れたつもりなのですが・・・
自分の住んでいた家を見た瞬間に
「しんどくなるのはこの部屋のせぇや」「床にカビ生えとるし、空気がにごっとる」と言いまくる母のほうがおおげさな気がするけどな。
ま、おおげさ家族ということで。。。
明日には13時間おフライトを経て、香港。それから4時間半で1年3ヶ月ぶりの日本です。今日の一時間のフライトでもフラフラだったけど、大丈夫かなぁ、マイ頭。
ずっとん眠れますように。
アフリカ大陸モザンビークから少し休憩します。
写真は、視察の旅ツアーの皆様と。
2005年10月13日(木)
もう今日は一時帰国の前日・・・と言っても実感が湧かないわけですが、本当に日本に帰るのですね。これまでは飲んでいる時とか、「一回日本ですし食って温泉入れたら最高やんなぁ」と隊員仲間で話をよくしていましたが、やはり二年間の活動を終えて帰るのと、今回のこの突然の一時帰国では、気分が違うと思います。複雑・・・というのが正直な気持ちですね。
でもナマーシャに行った日には少し遠出ということもあり、吐くし、フラフラになるし・・・ちょっと帰って休憩したほうがいいという決心もついています。
今日は夜、在モザンビーク日本大使の公邸にお招き頂き、隊員のご家族との食事回に混ぜていただきました。自分はお酒は飲めなかったのですが、おいしい料理や、ねぎらいの言葉なども頂き、非常に良かったです。
母は、もう二度と入ることはないないだろう(?)大使館や公邸での時間を楽しそうにする母(ちょっと最後よっぱらいすぎ)を見れて、初の海外を満喫してもらえたようで、嬉しかったです。でも公邸で写真を撮りまくるのは恥ずかしかった・・・。
自分たち隊員を大事にしてくださる大使を始め、大使館の職員やJICAの職員の皆様には本当に感謝しています。
2005年10月12日(木)
今日の晩御飯は、いつもお世話になっている大使館の派遣職員の方と中華を食べに行きました。これまで、首都に上がるたび、楽しみにしていた中華料理屋「ドラゴン」です。
なんと、中華風のおかゆがあることを発見!外で食べるのは脂っこいものばかりで、最近は食欲が全くなかったのですが、このおかゆを一口食べた瞬間に久々に食欲を感じました。あ〜、中国人、エライ!
チャイナ服を着たモザンビーク人が店員。
2005年10月11日(火)
ポラナホテルでは部屋からインターネットもできます。う〜ん、モザンビークもなかなかやるじゃないですか・・・。
今日は、遅い朝食を食べ、昼からは隊員仲間も混ざってみんなでレストランにて食べて飲んでいました・・・。ホテルの庭を散歩し、海を見下ろして写真を撮りまくってました。昨日行ったナマーシャとは全く違う光景。同じモザンビークですが、こんな豪華な場所もあれば、昨日マイ母が自分の部屋を見た瞬間に言った「こんな部屋に住んどいかい!これが病気の原因やで」というような場所、そして大部分の人が住んでいる草で作られた家で、住んでいる状況・・・色んな場所が存在・混在するのがここモザンビークです。
今日は食事をしているときに、一番の友達でありけん玉の生徒であるフラービオ君からワンコールが来てかけなおし、話ができました。昨日出会うことができなかったのでメチャ残念に思っていただけに、喋れてよかったです。
今日は昨日の疲れを取るためにも、外には出ませんでした。お陰で吐き気や頭痛も少しマシになりました。帰る頃にはすでに治っていたりして。
写真は昨日、教員宿舎から荷物を出したあと、近所の人と撮った写真。
2005年10月10日(月)
今日は日本では体育の日かな?
マプトにて療養すること3週間。今日は職場への一時帰国の挨拶と、荷物を少しまとめるためにナマーシャ中学校へ行ってきました。
職場での挨拶、家の荷物を整理するのはなんだか寂しい気持ちもありますが、「また戻ってくるよ」と言い張って、帰ってきました。
私の理科の実験室にはまだ400本近い新品のけん玉が置いてあるのです。
それを使って、日本とモザンビークの友好の一つの架け橋になるように・・・来年こそは全国大会を開けるようにと、とってあるけん玉です。支援していただいた方や、応援してくださっている方のためにも、一度ゆっくり休憩して、是非戻ってこようと思いました。
会いたかった人や、生徒に満足に挨拶できないままに日本に帰るので、かならず戻ってきて、もう一回やり直したいと思います。
部屋を整理していたら、近所の子どもが「けん玉もってきてね」と訪ねてきてくれたり、道端からもたくさんの生徒や知人に手を振ってもらいました。
さ〜て、帰って体調が回復したら、本気で練習を再開するかなぁ。
ナマーシャの帰りに見える「アフリカらしい」光景が妙に頭に残ります。茶色の大地に、低木と草原・・・動物こそいないですが、いい景色ですよ。
モザンビークを訪れる際には、是非ナマーシャへも立ち寄ってくださいね。
今日はマプトの「ホテルポラナ」というモザンビークでは一番歴史のある有名なホテルに泊まっています。まぁ、日本のビジネスホテルよりも値段的には安いんですけどね。
写真はナマーシャからの帰り道の母。
車はJICA号。
2005年10月9日(日)
今日は、JICAの職員の方や隊員に再びオカンを託し、自分は寝ていました・・・まぁ途中で隊員仲間がお見舞いに来てくれたので、少し起きて話をしましたが。
スーパーや、魚市場を案内してくださったようで、これにも大満足な母。
物乞いの子どもを初めて見た・・・と言っていました。そういえば日本だと子どもが道端で物乞いをする光景には出会わないですよね。
まだまだ貧富の差は大きく、そんな生活をしている子ども、大人、お年よりもたくさんいる風景に慣れてしまった自分としては、何だか自分がスレた気分もしました。
夕方からはモザンビーク料理屋(ザンベジア州の料理屋)に出かけ、伝統的な料理にも触れ、ワインも頂き、大満足な様子です。
近くの席に坐っている子どもが「かわいい」「かわいい」と話しかけては写真を撮り、生演奏をしているバンドの人と写真をとり、かなりマプトが気にいった様子。
ホテルに帰ってきても、庭を歩いてかわいい子どもを見つけて、英語の単語を並べてその両親と会話をしようとする母。まぁあんまり通じなくて自分が間に入るのですが、写真をとって楽しそうに写真をとっている姿を見ていると、すこし気分もよくなった気がします。ウガンダの女性と、白人の南アフリカかなぁの方と、会話を少しして、久々に英語を使った気がする日でした・・・あんまり喋れないんですけどね。
10月10日の午後4時だったか、7時だったかから、モザンビークで10年以上仕事をしている方の人生ドラマというかドキュメントが日本テレビ系列にて全国放送されるようです。これをアップデートするのと放送がどちらが先か分かりませんが、是非モザンビークの様子をご覧ください。
明日は自分の任地ナマーシャへ行きます。
体調を崩してもう3週間近く仕事も休んでいるので他の先生には気まずいですが、一度日本に帰る挨拶と、少し荷物の整理をしてきます。
2005年10月8日(土)
初の海外の母。まぁアフリカなんて身内でもいないとなかなか来ないですけどね・・・。長旅の疲れもあるし(飛行機で成田からマプトまでは27時間)、昼近くまでのんびりとしてもらって起きました。ホテルの朝食は10時までなんですが、食べれず・・・。
週末でマプトに上がってきているという隊員3名に、母の案内役をお任せして、私はずっと寝ていました・・・動くときついのです。一日3時間位かな、寝る姿勢以外で耐えれるのは。
食事に行って(なぜかタイ料理屋さん。でも美味いんですよ。お土産物屋もあり))、きれいなショッピング街や、その裏の汚い(というと語弊があるかな・・・)地元味な市場などを案内していただき、本当に隊員仲間には感謝です。
夕方に戻ってきて、隊員仲間とはお別れ。
添乗員の方と共に、夕食を食べに行きました。
初めて訪れる国で見る、オンボロなタクシー(壊れている?)や、割れたフロントガラスが、母にとってはすごく印象的だったのかな。すごく気に入っている様子です。
「サソリ」というモザンビークではかなり高級なレストランに行って、シーフードなどを頂きましたが、実際問題、自分には食欲がなく・・・絶好調の時にきたら思い切りがっついていただろうなぁ・・・
黒人が周りにいて(ここでは当たり前だけど)、面白いという母。やたら握手したり写真を撮ったりと大満足な様子。言うには「みんな手が冷たい」だそうです。
最後自分たちのテーブルに付いてくれたウエイターの兄さんに日本の10円玉をあげていました。久しぶりに見た10円玉。小さいですね〜、日本のお金は。
帰りのタクシーも、オンボロのボロボロ車に見えるようで(実際ボロイですが・・)、乗る際には「大丈夫かいな」みたいなことをいていた母も、運転手さんの気さくな性格が気に入ったらしく、会話が弾んで?いました。喋るのは私なんですが・・・チップも5コント(25円)あげると運転手はすごく喜んで帰っていきました。
2005年10月7日(金)
夕方の飛行機にて、マイ母が首都のマプト国際空港へ到着しました。
他2名の隊員の両親など5名のツアーに添乗員の人を含めて6名が無事に到着しました。少々疲れ気味にも見えましたが、何事もなく到着して1年3ヶ月ぶりに母の顔を見れてよかったです。
初日の宿は、ホテル「カルドゾ」という結構有名なホテルへ。
JICAモザンビーク事務所長の御話を伺い、各家族で夕食を済ませて、就寝。と思いきや、マイ母は初の海外旅行で気分がハイなのか、他の隊員と共に遅くまで話をしていました。自分は、先に寝ました・・・というか少し動くだけで、しんどい。
この前の短期派遣メンバーからの預かり物に「赤色の大地」と題された旅行記がありました。つい最近のことですが、面白く楽しく、読ませていただきました。2週間での編集は大変だったと思います。どうもありがとう、編集長さん。
他の家族は、モザンビーク北部の「モザンビーク島(世界遺産)」やマプトからインド洋の沖合い約40kmの「イニャカ島」等観光地に行くようですが、疲れているのに大丈夫かな、と人事ながら少し心配。
ちなみに、自分たちはずっとマプトにて過ごします。月曜日に私の任地のナマーシャに日帰りですが、挨拶や荷物をまとめるために行く予定です。
2005年10月6日(木)
私の母が、モザンビークに来ます。
自分がこんな状態なので、迎えに来ると思われるかも知れませんが、「隊員活動視察の旅」というツアーに数ヶ月まえから申し込んで決まっていた来モザンビークです。
3人の隊員の家族5名と添乗員さんが到着する予定です。
自分は母をあまり案内はできないですが、せっかくの初海外を楽しんでもらいたいものです。最初はモザンビークの最北の州「カーボデルガード州」に行きたいなぁと思っていたになぁ。残念・・・
ちなみに私の帰国便はそのツアーに併せて、同じ飛行機で帰ることになると思うので、実際には迎えに来てもらうのと変わりありませんね。
今日はお見舞いに来てくれた2人の隊員とタイ料理を食べてきました。
知る限りではマプトには2軒のタイ料理屋があって、両方とも美味しいですよ。
そのせいかどうかは謎ですが、今日は少し体調もいいですね。
そして今日は少しですが雨も降りました。任地のナマーシャでも降っていたのかは分かりませんが、近所の井戸に水が復活する日を期待しましょう。でも井戸の底はゴミだらけなんで、微妙な感覚ですね。。。
帰ったら井戸に物を捨てるな教育でもしようかな。
2005年10月5日(水)
広島テレビのニュース「テレビ宣言」にて、私の協力隊員としてのけん玉活動や理科教師としての活動が放送されます。
10月7日 18時17分〜19時までのローカルニュース枠にて7分程度。
との事です。療養一時帰国が決定したものの、映像では元気バリバリな姿が流れるはずなので、是非ご覧になってください。広島在住の方は。
今も元気なんですよ。長引く頭痛と微熱とゲリ以外は・・・・。
モザンビーク隊員連絡網で今週の土曜は「鯨とイルカの保護週間だから、土曜日にJICA事務所付近に来ないように」との指示がありました。マスコミのターゲットは日本大使館とJICA事務所らしい・・・。
混乱に巻き込まれないようにします。
2005年10月4日(火)
今日はここモザンビークでは祝日です。
内戦終結(かな?)の合意書にサインをしただの何だの・・・うそだったらごめんなさい。
ま、そんなことで今日は「平和の日」です。
平和を満喫して、電話局の人も休んでいるのでしょうか・・・ネットにつながらないのはなぜだ。
2005年10月3日(月)
今朝、JICA本部の顧問医の先生と相談して、日本へ帰ることになりました。
療養一時帰国というやつで、14日にこちらを出発します。成田には、まだよくわかりませんが16日に着くのかな??
まぁ疲れの結果で、あまり大したことはないでしょうが、きちんと検査をしてみないとわからないですよね。
症状が完治して問題がないようであれば、またモザンビークに戻ってこれるはずなので、まずはゆっくり休もうと思います。
けん玉担いでやってきて、1年3ヶ月。
送ってもらったのも含めるとまだ400本程度のけん玉が来年に向けて(実は結構大きな計画をたてていたのですが、白紙ですね〜)置いてあるので、是非とも戻ってきたいものです。
11月6日は、全国一斉もしかめ大会の日。日本にいても出ることはまず不可能でしょうね。来年だな、すべては。
暇だし、すこしずつモザンビーク情報でも書こうかなぁ。
2005年10月1日(土)
けん玉教室の日だなぁ。
休むしかないわけですが・・・・。
マプトで毎日いても日記に書くことがない
