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話しことばの通い路Workshop for Nipponianippon Communicative Language& Culture Studies


コミュニカティブアプローチ
ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語教師日誌2006

  

ニッポニアニッポン語教師日誌 日本語教室はあいがいっぱい

日付2006 ニッポニアニッポン語教師日誌
03/27 日本語教室は「あい」がいっぱい
04/03 留学生文化交流発表会 Show & Tell(1)
05/10 再会ボスニアヘルツェゴビナ
01/03 可能形の練習・琴がひけます
07/23〜27 留学生文化交流発表会 Show & Tell(2)
日付2007
02/15 留学生文化交流発表会 Show & Tell(2)
02/16〜25 教員研修生研究レポート発表会
 フランスへ行くときはジュテーム、ドイツ旅行では「イッヒリーベデッヒ」、ケニアでは「ナクペンダ」中国では「ウォーアイニィ」。韓国では「サランヘ」
日本語教室はあいがいっぱい
日本語はおもしろい(18)日本語教育の現場から「あい」から始める日本語のおけいこ

ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座 あいうえおのおけいこ
日本語学習、「あい」は最初に覚えてね、誰かに愛を語る日のため

 初級、ゼロスタートのクラス。最初はア行とカ行の練習。
 「あかred」「あおblue」「おかhill」「きくchrysanthemum」「こけmoss」「かきoyster」「いけpond」など、ア行とカ行の仮名だけでできている単語を練習します。(平仮名練習テキストによって、選ばれている語は違うけれど)

 次に、サ行が加わると、語彙をぐんと増やすことができる。「あさmorning」「かさumbrella」「あしfoot,leg」「いしstone」「すしsusi」など、組み合わせがふえていく。

 絵カードと文字カードを組み合わせて教えていくので、最初は、具体的に絵で表せる語を教えます。
 絵にできない抽象的な語は、できるだけ避けたほうがいいのですが、私は、特別にひとつだけ抽象的な語を教えます。「あい」
 絵カードは、人と人のシルエットの間にハートマークを書き入れた絵。(最近は、この「人と人」がはっきり「男と女」に描き分けられたものは避けています)

 1時間目、「ひらがなア行カ行」「日本語のあいさつ」2時間目、「サ行タ行」「自己紹介の言い方」などを含めて、最初の日のレッスンが終わるとき、私は、「あい(愛)」を紹介しています。

 サバイバル言語として、「あいさつのことば」「数字の言い方」「これ、ください」「いくら?」などは、世界中どの地域でも、日常生活で最初に必要とされます。
 そして、若者が一番先に知りたがる言葉は「I love you」
 みな、覚えたがる。

 そこで、「ア行」がじょうずに書けるようになったところを見計らって、「あい」は「love」「I love you」は、「あいしてます」と、教えます。みな、いっしょうけんめい「あいしてます」「あいしてます」と、練習する。人生に必要なことばは、強制しなくてもちゃんと覚えます。
 「あい」は最初に覚えてね、誰かに愛を語る日のため(春庭)

 文型として「〜ている」を教えるのは初級のずっとあとのことですが、「あいしてます」をひとつの単語のようにまとまったことばとしてまとめてしまう。
 「はじめまして」のあいさつを、最初は「初め」+「丁寧の接辞ますのテ形、〜まして」などと分析的に教えずに「はじめまして」と、ひとまとまりのことばとして教えるのと同じで、「あいしてます」をひとまとまりのことばとして扱うのです。

 「おはようございます」「こんにちは」「ありがとう」などの挨拶ことばが言えるようになったら、次は自己紹介の言い方を練習します。
<つづく>
(2006/03/13)

ボスニア・ヘルツェゴビナ、ラトビア、バーレーン、オマーン、コスタリカ、グアテマラ、パナマ、パレスチナ、、、、どこにあるか、世界地図をぱっとさせる?
日本語はおもしろい(19)日本語教師日誌 留学生は世界中から

ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語教師日誌 世界の国からこんにちは

 「春庭さんが教えているのは主にどこからきた学生が多いのでしょうか」というページビューの質問を受けました。
 お答え。いろいろです。世界中からです。
 私は、国立大学2校と私立大学3校に出講しています。5つの大学で、レベルがことなる7つのクラスを受け持ち,
9種類の科目を担当しています。

 私立大学の担当のひとつは、日本人学生対象の日本語教師養成コースでの日本語教授法。クラスの人数は30〜40人。二つ目の私立大学では日本語学(概論、日本語音声学など)を日本人学部学生に教えます。

 三つ目の私立大学では、アジアの学生を中心としたクラスで日本語文章表現(作文)と日本事情(日本の歴史と文化)を教えます。クラスの人数は20人〜30人。

 国立大学は、留学生のための日本語集中コース。
 1校では日本語中級前半レベル。現在は漢字、作文、会話の授業。1クラス10名前後。
 もう1校では完全初級レベル。漢字と会話の授業。1クラス10名前後。

 国立大学の留学生は、交換留学生と文部科学省招聘国費留学生が主なので、国籍は、世界中の国からです。
 この10年余りで、国連加盟国191ヵ国のうち、半分の80余国からの留学生を受け持ちました。あと10年で、残りの半分の国の学生とも出会いたいものです。

 今までに出会った学生の国籍をあげるなら、
アジア28ヵ国)韓国、中国、台湾、モンゴル、フィリピン、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマー、インドネシア、スリランカ、バングラディシュ、インド、ネパール、パキスタン、イラン、サウジアラビア、オマーン、アラブ首長国連邦、バーレーン、クェート、レバノン、イスラエル、パレスチナ、ヨルダン、シリア、トルコ

ヨーロッパ21ヵ国)フィンランド、スエーデン、ノルエー、ドイツ、ポーランド、ウクライナ、ロシア、ラトビア、エストニア、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スイス、オーストリア、イタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、イギリス、

アフリカ12ヵ国)モロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビア、エジプト、エチオピア、セネガル、ガーナ、ナイジェリア、カメルーン、ケニア、南アフリカ

南北アメリカ16ヵ国)カナダ、アメリカ合衆国、メキシコ、ドミニカ共和国、グアテマラ、コスタリカ、ホンジュラス、パナマ、コロンビア、ペルー、ブラジル、ボリビア、パラグアイ、ウルグアイ、チリ、アルゼンチン

オセアニア5ヵ国)ニュージーランド、オーストラリア、西サモア、ソロモン諸島、パプアニューギニア

 私立大学外国語学部日本語学科。アジア中心の留学生30名前後。今まで在籍した学生の国籍は、中国、韓国、台湾、タイ、マレーシア、クエート、イランなど。日本語能力試験1級合格レベル(上級)の学生たちに、日本事情(日本の歴史と文化)と日本語文章表現法(作文)を担当しています。

 というぐあいで、私の担当は多岐にわたっています。
 大学ではなく、中学高校におきかえると。中学高校一貫校社会科の先生が、ひとりで、中1から高3までのレベルが異なる学級で、地理・日本史・世界史・公民・現代社会・環境論・国際社会論等の課目を毎週教えているようなものと考えてみてください。
 あるいは、高校理科の先生がひとりで、天文学・気象学・化学・物理・生物・科学思想史などなどを教えている、ともたとえられます。
 たいへんです。

 授業の下調べ教材準備も時間がかかるし、作文の添削をして、すべてにコメントを書き入れて返却するなどという面倒なことも毎週していますから、授業時間外の仕事が膨大です。
 でも、講師料は授業時間分だけですから、皿洗いのバイトをしている留学生より時給計算が低くなるという週もあります。
 貧乏です。

 非常勤講師、大学ヒエラルキーの中の最底辺で、時間労働を切り売りする日雇い労働者です。
 非情です。
<おわり>(2006/03/27)

世界中から集まった留学生のクラス、異文化がとびかう教室風景、のぞいてみませんか
留学生の文化交流発表会 Show & Tell(1)

日本語はおもしろい(20)日本語教師日誌 日本語教室は「あい」がいっぱい!その1

ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座 文化を知らせ合うShow & Tell
 世界中から集まってくる多種多様な留学生達。日本語コースでのクラス日誌を大公開。

「タイ伝統舞踊の首飾り」

 日本語初級会話の教室。
 タイのナーンは、タイ舞踊に使う銀の首飾りとタイ舞踊の衣裳をつけた踊り手たちの写真を見せました。
 「この写真。写っている、、、、They are my students、えー、あー、My students、、、、、」
 教師からの助け船「私の教え子たちです」

 「あー、私の、おしえごたちです。卒業式のパーティで踊りました。せんせい、パーティ、いいですか?」「ええ、日本語でもパーティですよ」
 「はじめに、伝統のメーキャップします。それからドレスを着ます。ドレスは、タイシルクです。そして、首に銀の飾りをつけます」

 写真に写っている10人のかわいい踊り子たちのうち、4人は男子高校生という発表に、みんな、「わあ、きれい!女の子よりも女らしい」と、驚きました。

 日本語研修コースの仕上げとして、初級クラスの留学生たちに「自分の文化やことばをクラスメートに日本語で説明する」という授業を行っています。
 いろんな文化やことばに出会えて、毎年わたしも楽しみにしている授業なのです。

 受け持っているクラスのうち、ある日本語研修コースの場合。
 10月からの後期クラス。大学院進学クラスは、各国の優秀な先生が選抜された「教員研修生」が多い。教育学部大学院での研修を1年続けた最後には、日本語による論文発表があるので、日本語力は重要です。

 4月からの前期クラスは、医学部工学部などの大学院進学予定の学生が多く、日本語コースの成績は直接進学には影響しません。大学院教育を英語だけで行う分野も多く、英語ができれば研究にはさしつかえないという先生もいる。日本語は「日本での生活していければよし」という程度を要求されるだけです。

 英語による専門分野の試験成績のほうが重要視されることを知っている学生の中には、「日本語?ノープロブレム!」と、あやしげな日本語でも気にしない学生もいます。
 ノープロブレム?もうちょっとちゃんと勉強しなさいよ。こうやって熱心な教師が手取足取り教えているのだから。

 タイのナーンは、自国では英語の先生をしています。教育学部で英語科教育法の研究をする予定です。

 2006年2月。もう日本語コースも終わりに近づいたある日の練習。
 「はじめに、次に、それから」という「順番を追って手順を説明する」という表現の練習で、折り紙の兜を作りました。
<つづく>
(2006/04/03)

折り紙教室も日本語授業の一環。日本文化を楽しく学びながら、日本語も上達します
日本語はおもしろい(21)日本語教室は「あい」がいっぱい!その2 

ニッポニアニッポン語教師日誌>文化を知らせ合うShow & Tell(2)折り紙のカブト作り

 折り紙のカブト作り。
 上手に作ることそのものが目的ではなく、「はじめに、次に、それから」という「順番を追って手順を説明する」という表現の練習、口慣らしで日本語を言ってみることが大切。

 デモンストレーションとして、私が「はじめに〜」「次に〜」と、順をおって折り方を説明し、学生は私の説明通りに折っていきます。
 途中で教えるほうが「あれっ、おかしいな」なんて、間違えたりして。
 ホームステイで、おばあちゃんから折り方を習ったというパキスタンの学生にヘルプしてもらいました。

 日本では国費留学生(日本国文部科学省奨学金給費生)という立場ですが、自国では、中学校・高校、大学などの先生をしていた人たちです。ヘルプも慣れたもの。
 折り紙、私がまちがえちゃっても、皆寛大に、「大丈夫、ノープロブレム」と言ってくれます。

 最初は普通の折り紙を使います。折り方を順に説明して、練習。
 次は大きなチラシ広告を四角に切って、頭にかぶれる大きなかぶとに挑戦し、「ジャパニーズ・サムライ・ヘルメット」のできあがり。
 みんな自分の頭にカブトをかぶって、嬉しそうでした。

 教師の折り紙紹介のデモンストレーションの次の週は、学生による「自国文化」の紹介Show & Tellをしました。

 「こんにちは」「はじめまして」の練習から始まった会話の授業、4ヶ月間で初級レベルの文法事項を「新幹線授業」でひととおり習ったとはいえ、まだまだうまく口がまわらないクラスです。
 4ヶ月の「仕上げ発表」のひとつとして、私は「Show & Tell」を楽しみにしています。自国の文化をクラスメートに日本語で説明する、という口語表現発表、上手にこなす学生もいるし、まだまだ日本語が不十分な学生もいます。

 文化紹介。
 かって、ブラジルの男性が見せてくれた「カポイエラ」。武術と踊りが合体した興味深い動きでした。
 韓国の女性が演奏してくれた「短笛タンソ」。インドネシアの竹の楽器アンクルンの演奏もすてきな音色でした。
 ネパールの絵はがきによる名所案内。ヒマラヤの雪に覆われた高峰、美しかった。
 子供の頃から習ってきたというタイ女性によるムエタイ(キックボクシング)の型紹介、、、、、、。

 どの学生も一生懸命説明します。みな、自国の文化を誇りに思っているからです。
 「自国の文化発表Show & Tell」は、教師冥利につきるとても楽しい授業です。日本に居ながらにして、世界中のさまざまな文化を知ることができるのですから。
 毎年、音楽発表あり、「こどもの遊び」紹介あり、学生の個性が発揮されます。

 どんなことでもいいので、自分の得意なこと好きなものについての発表を、日本語で行うことになっているのですが、ときには日本語につまってしまい、英語での説明がはさまることもあります。それでもかまいません。
<つづく>
(2006/04/06)

留学生、お互いの文化を知らせ合う発表会で、失敗もあり笑いもあり
日本語はおもしろい(22)日本語教師日誌 日本語教室は「あい」がいっぱい!その3

ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座 文化を知らせ合うShow & Tell
「パンジャブの絞り染めスカーフ」

 初級クラスの音声表現発表は、学生自身が「日本語で発表しよう」という意欲をもって、発表のために自分から積極的に辞書をひいて単語をしらべたり、発音の練習をする自発性が大事。
 「完全な日本語で、まちがいなく発表しよう」として緊張するよりは、ときどき英語まじり、クラスメートが和気藹々に日本語を口にしてみるという機会なのです。

 今期の初級日本語クラスの学生達、初級文法を超特急でならったものの、まだまだ日本語会話は一人前とはいえません。
 しかし、自国では中学高校の先生をしている人たちですから、立派に発表ができました。

 パキスタンのフミは、頭にまいていたスカーフをはずし、「これは、私のふるさとのスカーフです。バンジャブの布です」と、絞り染めの過程について説明しました。

 「はじめに、ビーズをひとつ布の上におきます」「次に、ビーズを包みます。We wrap it. そして tie,? bind? します?」
 教師の助太刀。「tie and bind、日本語は、しばります、結びます。でも、今は「くくります」がいいですね。ビーズをくるみ、糸でくくります」

 「イトで、くくります」と、フミは説明を続けます。
 教卓に、調べてきた単語ノートを置いてありますが、ノートを見るより、教師に頼ってしまう。ま、いいか。

 「ビーズ、もうひとつ。もうひとつ。たくさん。たくさんビーズをつかいます。次に、dye。せんせー、ダイ?忘れました」
 「dictionary form 染める。masu form染めます」「OK! つぎに、そめます」

 フミの説明を要約すると、「染色液の中に布を入れると、糸でくくったところは染まらず、白い輪が残ります。最後に布を洗ってかわかすと、スカーフにビーズの大きさに合わせた大きな輪、小さな輪を組み合わせたきれいな模様が出来上がります」。

 バンジャブ地方の女の人のスカーフの巻き方と、イスラマバードやカラチでの巻き方はそれぞれ違うと言って、いろんな巻き方を見せてくれました。

 南太平洋の島からきたジョー。島では数学の先生です。
近隣の住民を束ねる族長の責任も果たして、島では重要人物として暮らしてきました。妻子を島に残して単身での留学です。

 島から離れたことがなく、一人暮らしもはじめてのことだったので、最初はホームシックにかかってたいへんでした。
 ゆったりした島の暮らしから、目がまわるような日本の生活にスムースに移行できずに、すっかり自信をなくして、落ち込む一方でした。

 島では高学歴者、有能な教師として尊敬されていたのに、日本語ではカタコトの日本語すら話せず、授業についていけない落ちこぼれになってしまったのですから、たいへんなショックだったと思います。
<つづく>
(2006/04/15)

世界中から集まった留学生のクラス、異文化がとびかう教室風景、のぞいてみませんか。南太平洋からきた留学生、シンカンセンスピードの日本の生活に疲れ意気消沈ののち、、、
日本語はおもしろい(23)日本語教師日誌 日本語教室は「あい」がいっぱい!その4

ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座 文化を知らせ合うShow & Tell「南太平洋の楽器アウニマコ」

 語学の習得には、学習方法の慣れも大切。
 たとえば、パキスタンのフミは、家ではパンジャブ語で生活しますが、小学校ではウルドゥ語、ハイスクールや大学では英語を習ってきて、母語以外のことばの習得に慣れています。

 しかしジョーは、家ではピジンイングリッシュ、学校ではクイーンズイングリッシュ。どちらも「学習」ではなく、自然に身につけてきました。英語とタイプの異なる言語を習うのは初めてのことで、語学学習方法に慣れていません。

 単語カードをつくって単語を覚えるとか、母語の文法と比較しながら単語の並べ方を覚えたり、動詞の活用を覚えたりという「語学習得方法」につまずいて、混乱してしまっていたのでした。

 すっかり落ち込んだジョーを元気づけたのは、、、、、、ふるさとのことばでおしゃべりすること。
 ジョーの国の大使館は現在日本に設置されておらず、ある会社の社長が名誉領事を引き受けています。領事館に問い合わせをしてみたところ、同じ国から日本に来ている留学生はジョーのほかたった一人でした。
 でも、その一人に連絡がつき、ジョーは休みになると同国の人に会いにいきました。電車で1時間半かかりましたが、遠いとは思いません。
 ふるさとのことばで思う存分おしゃべりをして、ふるさとの話をいっぱいしてくる。くつろいだひとときを持つことで、ジョーはしだいに元気になっていきました。

 3ヶ月たって、ジョーはようやく日本語の生活になれてきました。日本語はまだまだ上達したとはいえません。でも、彼は日本がだんだん好きになって、クラスにもなじんできました。Show &Tellのために、はりきって準備をしてきました。

 ジョーは、バックから丸いつつを何本も取り出しました。
 「これ、おなひと、がきです」
 クラス一同、???

 教師が「ジョーのニホンゴ」を日本語に翻訳。「This is instruments played by women .これは、女の人の楽器です。ジョーさん、もう一度紹介してください」
 「これは、おんなのひと、がっきです」
 ちょっとは、よくなったから、ま、いいか。次へ進みましょう。

 ジョーは、にこにこして、アウニマコという珍しい竹の楽器を披露してくれました。私もはじめて聞く音色です。

 長短の竹の筒が、何本もある。それを片手に2本、または3本、まとめて握る。
 握った2本の音が和音になるように、組み合わせは決まっている。
 床に平に筒の底があたるようにしてポンとうちつけると、共鳴して、とてもよい響きをだす。一人が規則的なリズムで右手と左手を交互に鳴らし、もうひとりは、複雑なリズムを打って、楽しい合奏ができる。

 最初は私が規則正しいリズムをとって、ジョーさんが複雑なリズムを担当。
 あと次々にクラスメートが演奏に挑戦してみました。
 竹の美しい響きが心地よいリズムをきざんで教室に広がりました。

 「きれいな音ですね」「いい楽器です」と感想をいいつつクラスメートが楽しそうに演奏しています。そのようすを見ているジョーの顔には、ふるさとの音楽文化への誇りが浮かんでいました。
 
 バングラディシュの「ベンガル虎」の紹介、フィリピンの棚田の紹介、インドネシアの影絵の紹介など、それぞれの留学生が、一生懸命自国の文化を紹介し、今期の「Show & Tell」も、とても楽しくすごすことができました。

<Show & Tell おわり>
(2006/04/27)



日本語はおもしろい(24)日本語教師日誌 

世界中から日本へやってくる留学生。6年前に教えたボスニアヘルツェゴビナの学生に再会しました

再会ボスニアヘルツェゴビナ

 午前中、「〜へ、いっしょにいきませんか」「いいですね。ぜひ」、「すみませんが、予定があるので、その日はちょっと、、、、」などの文型で、「さそう、さそわれる」「さそいをことわる」などの練習をする。

 4月から日本語学習をはじめて、2ヶ月が過ぎたクラス。4ヶ月間で日本語初級の研修を終えると大学院の修士課程や博士課程へ進学する留学生たちの集中コース。研究論文は英語で提出する学生がほとんどだが、日常会話をこなすまでを4ヶ月で修了するのは、なかなかハードなスケジュールだ。

 学生同士ペアで、音楽会や美術館へさそう練習をさせる。「えっと、○○さん、デートに行きませんか」「えっ、デート?デートはどこにありますか」など、さそうのにも四苦八苦のペアもあり、他の学生大笑い。

 教科書には出てこないけれど、学生ことばのやりとりで覚えた「デート」を、ちょっと使ってみたかった学生の積極性はかうけれど、英語由来のカタカナことばは、英語の意味の通りにはいかないことも多く、日本語らしい使いこなしをするのは、難しいときもある。

 「日本人学生の住んでいるところが、○○マンションというから、大邸宅に住んでいるのかと思ったら、ただのアパートメントハウスでびっくりした」と話す留学生もいる。そうね、英語だとマンションは、大邸宅だものね。

 以前、「きのう、トルコを食べました」というので、トルコ料理店にでもいったのかと思ったら、Turkeyの訳語を辞書でひいて一番最初にでてきたのが、トルコだったという。
 「Turekey は国の名前でトルコだけれど、turkeyを食べた、 は、日本語では、別の意味。七面鳥を食べた、になります」と、教えて誤解を解いたこともあった。
 「まちがいもまた楽し」の、日本語クラス。

 いっしょに出かける日時を相談して決め、待ち合わせの時間と場所を決めて、ペア練習は終わり。

 最後に、留学生に「せんせい、12時です。お昼ご飯をいっしょに食べませんか」「いっしょに食堂へいきませんか」と、言わせる。
 時計を見て「じゃ、これで午前中の授業は終わりにします。えっと、食堂って、学生食堂ですか。」「ええ、大学の食堂です」「おいしいですか」「ええ、おいしいですよ」「やすいですか」「はい、とても安いです」「じゃ、いっしょに行きましょう」
 いっしょに学生食堂へ行くことにした。

 留学生と歩いていると、見かけない留学生が話しかけてきた。「あのう、ちょっとおたずねしてもよろしいですか」と、とてもなめらかな日本語。来日してまだ2ヶ月の今のクラスの人達とは大違い。

 「ええ、なんでしょうか」「あの、先生は、私の日本語の先生だった、○○先生じゃありませんか」と、私の名を言う。え?
 「わたし、先生に教えていただいたボスニアのスーです」ボスニア?
 「6年前、S大学留学生センターの学生でした」「あ、S大学の。そうそう、ボスニアからの留学生、教えたことがあります。ボスニアからの留学生を教えたのはひとりだけですから、印象的でした。今は、この大学の学生?それともS大学?」
 名前もわすれてしまったし、ごめんね、写真でも照合しないと、当時の印象を思い出せない。でも、ボスニアという国名は強烈な印象だった。

 「S大学で日本語を学び、母国に戻って修士課程を修了してヨーロッパで働きました。もう一度留学のチャンスを得て、今度はこの大学で研究しています」と、6年間からみるとはるかに進歩した日本語で語る。

 「6年前、先生の元気なクラスが大好きでした。また、お目にかかれて、うれしいです」と、スーは笑顔をみせる。
 「今も火曜日はS大学で教えてますよ。ここでは金曜日に教えています。2階の講師室にいるから、話をしにきてね。ボスニアの話を聞きたいです」

 ボスニア・ヘルツェゴビナは、旧ユーゴスラビア連邦から別れた国のひとつ。イスラム教徒とキリスト教徒が国土を争奪して、第二次世界大戦後のヨーロッパでもっとも激しい戦闘が行われた。内戦は1992年から3年半続き、多くの犠牲者と難民が出た。

 内戦が終結し、まだ国情が安定していない頃に留学してきたので、印象深い学生だった。ボスニアからの留学生は、スーのほか、会ったことがない。

 スーはとてもすてきな笑顔の女性になって、研究に励んでいるようすだった。何よりも私の名を覚えていてくれたことに驚いた。
 私がS大学に出講するのは週に一度だけ。私生活にまで関わりの深い専任教員を覚えていることはあっても、週に一度だけの授業で、たくさんいる講師のなかのひとりにすぎないのに、よくぞ6年間、名前を忘れないでいてくれました。
 「先生からたくさんの元気をもらいました」と言うスーに再会して、こちらも嬉しかった。
 
 2度目の留学で、前とは違う大学に来たのに、偶然同じ教師と出会うというのも、縁だろう。よい留学生活がおくれるよう、研究がうまくすすむよう、祈りたい。
( 2006/07/05)



可能形の練習 琴がひけます 

2006/01/03 火
ニッポニアニッポン語教師日誌>可能形の練習(1)日本語の歌がうたえます

 動詞可能形について、理解が行き渡ったと思ったら、口慣らしの練習をさせる。
 学生に自分のできることをいろいろ言わせてみる。
 パソコンの絵カードを見せて、「○(yes)」カードと「×(no)」カードを出し、○をパソコンの絵の前につけて「私はパソコンが使えます」と、教師が例題を出す。つかう→つかえる。可能形を板書。

 次に学生に「○」カードと「×」カードを渡し、「おはし」の絵カードの前に「?」をつけて、出す。これは「Can you use chopsticks ?」と教師がたずねた、という意味。教師の例題があるので、学生は「○」を出し、「私はおはしがつかえます」と答える。学生によっては「×」をだして、「私はおはしがつかえません」

 次に、泳いでいる絵カードを出し、教師は絵カードの前に「?」カードを出す。
 学生は「私は泳ぎます」などと答えたりするので、「泳ぎます、は、基本形dictionary form ですよ。可能形 potential formはなんでしたか?」と、思い出させる。五十音表の「エ段」を示して、1グループ動詞(五段活用動詞)は、活用語尾がエ段2グループ動詞になることを確認。「およぐ」→「およげる」

 学生「私はおよげます」、教師「どれくらい?How long?」、学生「私は2km泳げます」、教師「どこで?プールでですか、海で、ですか」、学生「わたしは、うみで、2kmおよげます」
 「そう、すごいね。クワンさんは海で2km泳げます。私は海で泳げません。私はプールで100m泳げます。」などと会話をかわし、次の学生へ。

 学生同士ペアにして、相手のできるスポーツ、演奏できる楽器、得意なことなどを質問しあう会話タイム。クラスメートの意外な得意技を知ったりする。

 「私は日本語の歌が歌えます」と言った学生、皆のリクエストに応えて、国で覚えたという『島唄』を披露した。アルゼンチンでは、2002年W杯アルゼンチンチーム応援歌が「日本語でうたう島唄」だった。
 日系人じゃなくても、国中のサッカーファンはみんな日本語で歌えるのだという。♪島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ〜♪

 「私はモンゴルの字が書けます」と発言したモンゴル人学生、黒板に自分の名前を見事なモンゴル文字で書いて見せた。「へぇ、すご〜い」と、一同感心。でも、彼に書けるのは、自分の名前だけ。
 モンゴルでは1994年から、モンゴル文字教育が復活した。しかし、ほとんどの人はソビエトの影響下にあった時代のキリル文字(ロシア・アルファベット)に慣れているから、一般にはキリル文字のほうが普及していて、なかなか全員がモンゴル文字を使いこなすところまではいっていない。

 ピアノの絵カードを「?」カードといっしょに出す。「私はピアノが遊べません」と、学生が答えることもある。playは、「遊ぶ」という訳語を最初に習うので、「play piano」を「ピアノを遊ぶ」と思ってしまうのだ。そこで「ピアノをひく」を導入して、可能形の確認。ひく→ひける

 「タンソ(短簫=韓国の短笛)、合奏できます」「ギターがひけます」など、楽器にまつわる得意技を述べる学生も多い。
 韓国で、短笛は学校音楽教育に取り入れられて、日本の小学生がリコーダーを吹くように、皆がじょうずにふけるという。
 スペインでは、今でもギターを弾きながら、思いをかけた女性の家の窓の下で演奏することがあるのだ、とスペインの学生が言っていたが、ほんとかなあ。映画みたいだな。

 私も20代のころ、ギターを買って習ってみたことがある。「アルハンブラ宮殿の思い出」くらい弾きたかったが、「禁じられた遊び」も弾きこなせないうちにやめてしまった。
 「わたしは、ギターがひけません」

 今、習いたいと思っているのは、木琴(シロフォン、マリンバ)、中国の楊琴(やんきん)。木琴は音板をばち(マレット)で叩き、楊琴は弦をばちで叩いて演奏する。
 みんなといっしょに合奏したいのはインドネシアのアンクルン。

 アンクルンは、竹でできた楽器を横に揺らすとカラカラと美しい音が出る。ひとつのアンクルンはひとつの音階。これをハンドベル演奏のように、数人で音階を分け合って、自分のパートの音を鳴らし、合奏する。<つづく>
00:05 |

2006/01/04 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>可能形練習(2)王様のために琴をひきます

 2005年12月のこと。いつも真面目なタイの学生がめずらしく欠席した。「風邪ひいたのかな」と思って、同じタイ人学生にきくと「トゥンさんは、大使館へいきました。王様の誕生日なので、ことをひきます」と言う。
 
 国民が敬愛するプミポン国王の誕生日を祝うため、在京タイ王国大使館が祝賀記念レセプションを主催した。そのパーティに、タイ古典音楽の演奏者として選ばれたのだという。

 学生のいう「ことをひきます」というのは、おそらく琵琶のような楽器を平にして置く、タイの琴。ばちではじいて弾く「チャケー」という、楽器をさしているのだと思うが、大使館パーティでの演奏者に選ばれたのはたいしたものだと感心した。

 「トゥンさんはギターがひけます。とても上手です」という話は、クラスの会話でもたびたび聞いていたので、趣味でギターを弾くのだろうくらいに思っていたのだが、伝統音楽の分野でもなかなかの腕前らしい。

 タイの古典楽器。「床に置いた琵琶」のような琴「チャケー」、中国の胡弓に似た二弦のソー・ウー、タイ式木琴のラナート・エーク、などがある。

 タイの民族楽器、ラナートという木琴の音色を、タイの映画ではじめて知った。
 『風の前奏曲』という、タイのラナート奏者を主人公にした映画。ラナートの響きは、ほんとうにすばらしかった。

 トゥンさんが王様のために弾いたのは、ラナート・エークだったのだろうか。
 ラナートの響きが日本の風にのって、タイにおわす王様まで届いたにちがいない。
00:11 |


留学生文化交流発表会 Show & Tell(2)

2006/07/23 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(1)今期の文化発表ソロバンと料理とギター

 日本語教師の「役得」として、私が毎期楽しみにしている授業、会話クラスでの「自国の文化発表」があります。
 毎回、学生たちは、はりきって自分たちの文化をクラスメートに紹介します。観客はクラスメートのほかは、担当教師の私だけなので、日本語をまちがえても平気、ときには英語まじりで、楽しく発表をしています。

 今期の「10人のうち6人がスペイン語母語話者」という陽気なクラスでも、にぎやかに文化発表会を行いました。
 前週に、私が「そろばんでの計算方法」と「百人一首」を紹介しておきました。それをお手本にして、「説明する」というパフォーマンスを行うのです。

 私の見本の次に、パキスタンのシャーさん、「わたしは、今日説明します」と、手をあげました。
 ちょうどこの日、パキスタンの民族衣装をきて登校していたので「パキスタンの男性の伝統衣裳について」という発表をしたい、というのです。

 パキスタンの民族衣装はシャルワールカミーズという、ひざ丈のワンピースのような上着とズボン。男性用は無地。女性用は花柄などもあります。
 男性用上着の丈が短いとき、ズボンの裾が広い、ズボンの裾が細いほど、上着の丈が長くなる。

 新婚4ヶ月目のシャーさん、婚結婚式のときは、上着の前部分に花の刺繍を縫い込んだものを着る、などの説明を、しました。
 一生懸命説明したのですが、日本語でことばにつまると、英語で説明をはじめ、それを私が日本語にしたあと、リピートする、というやり方になってしまいました。

 やはり、準備なしにいきなりでは、日本語での説明はむずかしいということになりました。それぞれ準備をして、次週発表しましょう、と宿題にしました。

 文化発表の話を「日本語教員養成クラス」でしたところ、日本人女子学生が「ぜひ、見学させてください」と申し込んできました。発表の当日の授業が休講になっているので、時間があるというのです。
 「日本の文化のなかで、簡単で楽しいものをえらんで、あなた自身も発表すること」という条件で、見てもらうことにしました。

 文化発表会当日。
 はじめに、自己紹介。先生以外の日本人が教室に来たのは初めてなので、みな最初はちょっぴり緊張して、それぞれ自己紹介をしました。
 ホームビジットの前に何度も練習した日本語の自己紹介なので、じょうずに言えます。緊張もほぐれました。
 日本人学生サヤさんは日本語教師になりたいと、がんばっているところです。
 
 最初は女性3人がそれぞれの「お国料理」の作り方を発表しました。
 メモを見ながら、ときどき「センセー、手伝ってください」と、教師に助けを求めながらでしたが、インドネシアのリルは「ピサン・ゴレン(揚げバナナ)」、ペルーのアナは魚料理「セビチェ」を、イランのサラはペルシャ風デザートを紹介しました。

 料理の説明はたどたどしい部分もありましたが、授業が始まる前に、前もって黒板にレシピをに書き込んでいたので、材料や作り方がよくわかり、どれもおいしそうな料理と思えました。

 コスタリカのホセは、ギターが得意。13歳からクラシックギターの練習を始めたのだそうです。彼が披露した曲は、ブラジル人の作曲家の現代クラシック曲でした。
 すばらしい音色で、しばしクラシックギターコンサートに聴き惚れました。

<つづく>
19:41 |

2006/07/24 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(2)今期の文化発表、サルサのあゆみと牛追い祭り

 キューバのフリオは、「今日、みなさんに、サルサの歩みを教えます」と、説明を始めました。「サルサのあゆみ?サルサの伝統についての歴史的な紹介かしら」と、思ったら、「How to dance SALSA」をする、というのです。
 「あ、それなら、サルサのあゆみ、じゃなくて、サルサのステップを教える、と言うほうがいいですね」

 フリオが辞書で「step」を調べたら「歩み」という名詞がでていたので、これだ!と思って「Salsa step=サルサの歩み」と表現したのでしょう。私の手持ちの英和も、stepの一番最初の和訳は「歩み」です。

 日本語で「〜の歩み」と表現したときとき、赤ちゃんとか馬とか、実際に一歩一歩歩く姿が問題になるような場合のほかは、「〜の歩み」は「〜の歴史」のニュアンスになることまでは、英和辞典にも西和辞書にも載っていません。

 文脈ごとの語の意味範囲まで的確に教えるには、もう少し学習がすすんで、初級を終え中級に進んでからにしたほうがいい、初級では「今の場合は、ステップがいいですよ」と言うにとどめておきます。

 フリオが自分で持ってきたスピーカーに、ICレコーダーを接続すると、サルサミュージックがかかりました。
 金曜日午後の国際教育棟、授業をしている教室は、私のクラスだけなので、どれほど大きな音を鳴らしても、他の教室から苦情が出ることもないのが、ありがたい。

 フリオが「いちにさん、ウノ・ドス・トレス」と、リズムをとってステップを踏むのをマネして、日本人女子学生のサヤさんも、イランのサリさんもステップを踏んでみました。

 もちろん私もノリノリで。でも、私のステップをみて、フリオは「あ、これはサルサではありません。メレンゲです。サルサとメレンゲは、ちがいます」と、教えてくれました。
 はい、覚えました。サルサとメレンゲは、べつのダンスです。

 スペインのファンは、「バスク地方の牛追い祭り」を紹介しました。彼自身はバスクの出身ではないのですが、私がバスク語とバスク文化に興味を持っていることを知って、発表テーマに選びました。

 「サン・フェルミン(San Fermin)の祭り」
 スペイン語で「パンプロナ(Pamplona)」、バスク語では「イルーニャ(Irun~a)」と呼ばれる町で行われます。
 人と牛がおいかけっこをする「エンシエロEncierro(牛追い)」が、7月の初旬に行われるのだそうです。

 ファンは、小さな町の街路を牛と人とが走りぬけるようすを説明してくれました。
 私が俳句の話をしたとき、ファンは即座に「あ、知っています」と、日本語で「なつくさや つわものどもが ゆめのあと」と、一句をクラスメートに披露しました。日本文化通のファンですが、日本語会話力はクラスで一番弱いのです。

 ファンの日本語説明の足りないところは、実演でカバーです。
 わたしが指を頭の上にたてて角にみたて、牛の役をして、ファンが牛に追いかけられて走る人の役をして、教室をふたりで走りまわりました。

<つづく>
14:40 |


2006/07/25 火
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(3)今期の文化発表、氷河とくす玉

 バスクは、スペインのピレネー山脈側、フランスに近い地方で、独得のバスク語を話します。バスク語は、インドヨーロッパ語族ではないので、ヨーロッパのどの国のどの地方の言語とも異なっており、言語系統がわからない言葉です。

 バスク地方出身者で、日本で一番有名な人は、フランシスコ・ザビエル。
 「ポルトガルから鉄砲とキリスト教がもたらされた」と、歴史の時間に教わったのみだったので、ポルトガル人だと思っていたザビエルがバスク人だと知ったときは、「へぇ、へぇ」と思ったものでした。

 ザビエルは、バスク地方のナバラ王国(バスク語ではナファロア王国)の総理大臣の息子でした。
 ザビエル(Xavier)は、バスク語とナバール語を話して育ったそうです。19歳でパリ大学へ進学。当時の学問修得での使用言語はラテン語でした。

 Xavierの、ポルトガル語での発音はシャヴィエル。現代スペイン語ではハビエル Javierに相当する名です。
 今期のクラスにもハビエル君がいます。アルゼンチン出身。

 ハビエルは、アルゼンチン・パタゴニア地方のペリトモレノ氷河を紹介しました。パソコン持参で、去年パタゴニア地方を旅行したときの写真をスライドショウにして見せました。
 ロスグレシャス国立公園(Los Glaciares National Park)の 真っ白な氷の大きな固まりをみて、雪や氷がめずらしいインドネシアのリルは、大感激。「氷の上を歩けますか」など、質問をしました。ならったばかりの可能形、ちゃんと会話に使えました。

 ハビエルの説明によると、氷河トレッキングツアーがあり、ガイドの案内で、クレバスをさけながら氷の上を歩いていけるそうです。

 氷河をかこむアルヘンティーノ湖を船ですすみ、氷河に近づいていくところ、氷河の大きさや厚さなどは、黒板に図を書いて、なかなか興味深い説明ができました。
 毎年、氷河の一部が崩落して湖に流れ落ちる。一日10cmから1mも氷河は移動しているのだそう。

 エルサルバドルのアリーが発表したトピックは「子供のパーティに欠かせないもの」
 何が欠かせないかというと、それは、キャンディがいっぱいつまったくす玉。名前は「ピニャタ」
 アリーは、手作りのくす玉を作って持ってきました。

 子どもたちがパーティをしている写真の紹介と説明のあと、ファンが手伝って、手作りくす玉を割りました。
 教室の床にキャンディが散らばりました。節分豆まきのあとのようです。学生たちは子供時代にかえったようすで、楽しそうにキャンディをひろいました。

 「キャンディをなめながら、あとの授業を受けていいよ」、ということにしました。普段は、「語学授業は口を動かして発音するのだから、食べ物を口に入れてはだめ。のどがからからになると困るから、飲み物は許可するけれど」と、釘をさしているのですが、今日は特別。

<つづく>
00:03 |


2006/07/26 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(4)今期の文化発表、お手玉と折り紙かぶと

 サヤさんのお礼の「日本の文化発表」は、「お手玉」。
 学生たちは、キャンディを舐めながら、サヤさんの発表に見入ります。
 「日本の子供の伝統的な遊びです」というごく簡単な説明だけにして、あとは実演。

 わたしも、サヤさんもお手玉ふたつでしか遊べません。かわりにホセとファンがお手玉三つをつかったジャグリングをしてみせました。
 興味を持った学生からサヤさんに「お手玉はどこで買えますか」という質問がでました。またまた可能形での質問。日本人相手にちゃんと可能形が使えたので、日本語教師、教えがいがありました。

 サヤさんは、「これは、百円ショップで買いました」と、答えました。小さなお手玉が5個、きれいな紙製の箱に入って100円。
 「わあ、これで百円は安い、国へのいいおみやげになる」と、学生は買いたいようすです。
 この値段、百円ショップの仕入れ先を考えると、メイドインチャイナか、ベトナムか、という製品と思いますが、ま、そこは気にしない。「日本的なおみやげ」として、国元では喜ばれることでしょう。

 サヤさんの発表のつぎは、私の授業。
 「教科書の89ページをひらいてください」と言うと、学生達「ええっ、こんなに楽しくすごしたあとなのに、まだ、教科書の勉強をするの」と、不満そうな顔で教科書をだしました。

 88ページには「手順を説明する」という文例がのっています。料理の手順、ワープロの使い方の説明など。
 89ページは、「折り紙かぶとの作り方説明」です。

 教科書の勉強といっても、文法の復習やドリルではなく、「おりがみ」の実習だったので、みんな「ホッ」という顔で、私が配った四角い紙を手にしました。
 最初に小さい白い紙で手順を説明しました。「はじめに、三角に折ります。もう一度三角に折ります。つぎに、、、、」という手順を守って、みなじょうずに折れました。

 次に新聞を広げた大きさの広告チラシを真四角に切ったものを渡します。小さい紙で折った通りに繰り返し、自分の頭にちょうどいい大きさのカブトが出来上がり。

 ファンは、カブトをかぶって、すっかりサムライ気分。教室にある指事棒を竹刀のようにふりかぶって、チャンバラのマネをします。日本文化に強い興味を持つファン、きっとクロサワ映画か何かで、チャンバラシーンを見たのでしょう。

 最後にサヤさんを囲んで、それぞれカブトをかぶって写真をとりました。日本で買ったケータイで、はい、カシャリ。

07:41 |


2007/02/15
留学生文化交流発表会 Show & Tell(3)
2007/02/15 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>2007年2月初級日本語留学生による文化発表Show & Tell(1)ニャンドゥティは蜘蛛の巣

 今期も、受け持っている日本語研修コース初級の留学生たちによる「自国の文化発表Show&Tell」を1月末から3週に分けて「クラス活動メインイベント」として実施しました。

 最初の週は、日本人学生ふたりの参加を得て、折り紙教室を実施。ひとりは紙風船、ひとりはアヤメの花の折り方を指導。私は、鶴担当(これしかできないので)。
 留学生を3つのグループに分けて、それぞれ自分の作品を完成させました。
 自国の文化発表は、タイ、ミャンマー、インドネシアふたり、フィリピン。

 2週目は、大きな広告チラシをつかって、自分の頭にかぶれるカブトをおりました。
 自国文化発表は、イラン、ベトナムふたり、パラグアイ。
 3週目の発表は、メキシコ、中国、マレーシア。
 各学生が自国の文化を紹介する、私のお楽しみ授業。今期もさまざまな発表がありました。

 タイのエーさんは国王の肖像のあるタイのお金を紹介しました。お札の表にあるプミポン国王は昨年統治60周年のお祝いを行い、国民に親しまれていること、裏側には歴代の国王の肖像があることを発表しました。
 フィリピンのフェルさんも自国のペソ札に描かれた名所を紹介。

 ミャンマーのオンマさんはみみずくの飾りものを皆にみせて、ミャンマーではドアの前にこれをぶら下げておくと、客や福が入ってくると信じられている、と紹介し、日本の招き猫にあたる、と文化比較を発表しました。

 インドネシアのリラさんは市場の写真と市場に並べられている果物の紹介。同じくインドネシアのメナさんは古い時代の遺跡を写真で紹介。遺跡がたくさんあるのだそうです。

 イランのアリさんは「ペルシャ絨毯」の紹介。
 アリは、小さめの絨毯を広げて見せ「これは機械でつくりましたから、高くありません。手で作った絹の絨毯は高いです」と説明。「日本の円で買うといくらくらいですか」と質問を受けました。

 イランのお金のリアル、日本の百円コインは約8300イランリアルに換算されるということも、留学生たちはへぇと初めて知り、しばし、自国通過と日本円の換算率の話になりました。百円コインがいちばんわかりやすいというので、百円ショップで買えるものなどをイメージしながら、両替談義。
 日本の百円コインはマレーシアの3リンギ、フィリピンの40ペソに換算される、など。
 
 パラグアイのハラは、ニャンドゥティ・レースを皆に見せました。
 きれいなレース編み、ニャンドゥティ(Nanduti)とは、蜘蛛の巣という意味。蜘蛛の巣のように繊細にレースが編みこまれています。
 カラフルなニャンドゥティをつなぎ合わせたドレス、すべて手作りですから、とても高価なものだそうです。
 パラグアイの通貨グアラニー。百円コインは5000グアラニー。

 中国のファンさんも、中国の元のお札や写真での名所紹介
 マレーシアのシリィさんは、マレー風お手玉の遊び方を紹介。また、マンゴスチンやランブータンなどさまざまな果物を酢と砂糖でつけたデザートを作ってきて、皆にふるまいました。おいしかったです。ごちそうさま。

<つづく>
2007/02/16 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>留学生による文化発表Show & Tell(2)グアダルーペのマリア

(文化発表会のつづき)
 ベトナムのタウさん、メキシコのアニーさんは、ノートパソコンを駆使して自国の風景や名物を紹介しました。

 タウの紹介したメコン川で暮らす水上民族の話はよくわかりました。川のボートで一生をすごし、食事もトイレもすべての生活が水上という人々の暮らし。
 「ボートで荷物を運ぶ仕事をしたり、ボートに果物や野菜を積んで売ります」タウの日本語説明にうなずく留学生たち。

 「子供たちの学校は?」というクラスメートから出た質問に、タウは「学校の近くまでボートで送っていって、子供はボートを下りて学校へいきます」と、答えていました。

 アニーは、クラスで一番日本語が弱い。楽しそうにクラスになじんで漢字学習もいやがらずに取り組んでいるのだけれど、なかなか日本語が身につきません。
 アニーは発表のことばをメモしてきて、いっしょうけんめい説明しました。しかし、アニーがメキシコのマリア信仰について話すことば、私にもよくわからない部分がありました。

 ひととおり日本語で話した後、学生たち、アニーの日本語説明を理解しようとするのをあきらめて、英語でもう一度教えて欲しいと頼みました。
 教室共通語の英語に切り替えて説明。

 キリスト教カソリックには、ローマカソリック本山バチカンの法王から「真のマリア出現」と認定をうけている存在があり、「世界三大聖母マリア」として、熱心な信仰を集めています。

 ひとつは、1917年5月13日にポルトガルのファティマに出現したマリア、もうひとつは、1858年2月22日にフランスのルールドに出現した聖母マリア。ルルドのマリアは、私も聞いたことがあります。

 三大聖母のなかで、新大陸に出現した聖母がいちばん古く、1531年12月9日、メキシコに聖母マリアが姿を現しました。
 マリアはインディオ男性の前に姿を見せ、「私をグアダルーペのマリアとよび、教会を建てなさい」と告げました。

 ローマ法王はこのマリア出現を奇蹟と正式に認め、12月12日をグアダルーペのマリア祝日としました。
 メキシコ人は、今もなおこのグアダルーペのマリアを民族の象徴として深く敬愛し、メキシコ人統一の精神的シンボルにしています。
 毎年12月12日のマリア祝日には、大勢の人が集まって、信仰のあかしをたてます。

 「ああ、そういうことだったのか!」
 皆、パソコンに表示された宗教画やマリア像の意味がわかって、納得。
 アニーのつかう日本語がなぜわかりにくかったのか。それは。

<つづく>
2007/02/17 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>留学生による文化発表Show & Tell(3)サクラメントは秘蹟

(文化発表のつづき)
 なぜ、アニーの日本語はわからなかったのか。
 彼は母語のスペイン語で説明を考え、ひとつひとつの単語を辞書でひいて日本語に翻訳しました。
 初級の日本語学習者には難しい単語を並べたので、日本語らしきことばで説明しているようなのに、クラスメートにはその単語の意味が正確に伝わりません。
 辞書をひいて調べたはずの本人も、その単語の正確な発音はできず、私にも意味がわからなかったのです。

 たとえば「メキシコはひーせき、じゅようです」と、アニー流の発音で説明されても、私にも何が言いたいのかわかりませんでした。
 「え?ヒーセキ、ジュヨウ?宝石の需要があるのですか?メキシコ人は宝石が好きなの?」なんて、話がとんちんかんになってしまった。

 「秘蹟sacrament」というまだ習ったことのない単語を出して「メキシコ人にとって秘蹟は重要です」と、言いたかったのです。

 初級の日本語表現にとって、無理矢理単語を翻訳するよりは、今知っているやさしい日本語の単語と文型を組み合わせて、どれだけ自分の考え思いを表現できるか、そのアレンジ力が重要となります。

 初級クラスで今までに習った文型だけで「メキシコ人はキリスト教を信じています。特に、マリア様が大切です。毎年12月12日はマリア様の祝日です」と表現すれば、十分に他のクラスメートにも理解できる日本語になるのに、やたら難しい宗教説明になってしまったのでした。

 母語や英語では研究の専門的なことも、高度な宗教談義も表現できるのに、日本語となると「小学生のような表現」になってしまうことが、彼らにはもどかしいのです。それでつい、難しい単語を使ってしまう。

 難しい単語や専門用語は、あと1年するとたっぷり使うチャンスがあります。
 クラスの半数の「教員研修生」は、1年後に教育研究の成果を日本語で論文にまとめて発表することになっているのです。

 う〜ん、アニーさん、母語のスペイン語はもちろんのこと英語も上手ですけれど、もっと日本語学習がんばりましょうね。

 次回は、1年前に私のクラスで日本語を「あいうえお」からスタートした留学生たちが、1年後には立派に教育学研究の発表を日本語で行った報告です。

<おわり>

留学生教員研修生研究レポート発表会
2007/02/18 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>留学生研究発表会(1)教員研修生の研究

 現在日本語研修コースに在籍している13人のうち、6名は理系大学院へ進学、7名は教員研修コースへの進学予定者です。
 2月9日金曜日、3月に研修を終える留学生の研究レポート最終発表会があり、今教えている7名の教員研修コース留学生を発表会場の会議室へ連れて行きました。
 1年後、2008年の2月には、今、必死に初級日本語を学習している留学生たちが研究発表を行う番です。

 博士課程へ進学する残りの6人は、残って文法の授業。
 H先生の文法授業をパスできた教員研修生たち、「ラッキ〜」って顔しています。

 発表の日本語は難しい専門用語もあるので、初級日本語コースの学生には、聞き取りが無理なことはわかっていますが、発表の形式や雰囲気を知るだけでも効果があります。
 発表のイメージを今から持たせ、モチベーションを与えるために、先輩の発表をきかせることにしているのです。

 発表するのは、去年私が初級日本語を受け持った学生たち。
 2005年10月から2006年2月まで初級日本語を学び、2006年4月から1年間、教育学部で中級上級の日本語を学びつつ、教育学の研究を続けてきました。
 教育研究、教授法指導法の研究の成果をまとめた留学生が、日本語で発表するのです。

 2005年10月、彼らは「こんにちは」「ありがとう」を知っているくらいで来日しました。私は彼らの日本語授業を5ヶ月間担当し、「あいうえお」「はじめまして」から教えはじめ、初級日本語の文法や会話、漢字などを教えました。
 初級日本語学習を終えたあとは、教育学部大学院の日本語研修と、美術教育専攻、数学教育専攻、科学教育繊巧などの専門分野指導教官におまかせすることになります。

 「わたしはジョーです。どうぞよろしく」さえも、たどたどしく、口がまわらなかった留学生が、堂々と日本語で自分の研究成果を発表する、晴れの日です。
 発表する留学生もドキドキですけれど、わたしも「この1年間で、どれだけ日本語が上達しているでしょうか」と、ドキドキしながら発表をききました。

 9日の発表を行ったのは、南の島の族長兼ハイスクール数学教師のジョー、タイの英語教師ナーン、パキスタンのパンジャブ地方出身のフミ、インドネシアのクリス。
 カフェ日記2006年3月16日〜20日と、本宅HP『話しことばの通い路』の「留学生文化交流発表会」に彼らの紹介を書きました。
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/200603A

nippongoai0608a.htm


 ホームシックにかかって元気をなくしたジョーが紹介した南島の竹の打楽器アウニマコ、フミが紹介したパンジャブの絞り染め、クリスが紹介したジャワ島の影絵ワヤン。ナーンが紹介したタイ古典舞踊の衣装、去年の文化発表会、楽しかった時間がよみがえります。
 みんな日本語はまだまだヘタでしたが、とても楽しく互いの文化を紹介しあいました。

 あれから1年、今日は、「研究成果の発表」です。日本語での質疑応答もあります。ジョーの顔は緊張ではちきれそうです。
 始まる前に、「がんばってね」と、ジョーに声をかけました。「あ、センセー」と、ジョーはにこにこしました。

<つづく>
2007/02/19 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>研究発表会(2)日常経験と化学

 今うけもっている初級日本語コース在籍の教員研修生たちは、先輩の発表をきいたあと、「先生、私は、もう明日、荷物をもって帰国します」と、言い出しました。
 「1年間で、とてもあんなにじょうずに発表できないと思います。あきらめて、今、帰国したほうがいいかも」

 逃げ帰るなんてとんでもない。今年じょうずに発表した研修生たちも1年前、「あいうえお」から初めて、専門的な発表ができるまでになったのです。
 発表原稿は、日本語の先生や専門教育の指導教官たちがアドバイスをし、日本人学生がチューターとして留学生にひとりずつ付き添って手助けし、アシスト完璧の状態で発表に至ったのですから、いま心配している初級の学生たちも、大丈夫。

 各国から選ばれて日本に研究にやってきた優秀な教員たちですから、努力を続ければ大きな力を発揮できるのです。
 「だいじょうぶ、あなた達も、来年は立派な発表ができますから、心配しないで」

 今回発表した教員研修生たちに引用の許可を得たので、1年半でこのような研究を発表できるようになる、という例として、日本語での発表レポートの一部を紹介しましょう。

 発表トップバッターはインドネシアのクリス。パソコンのパワーポイントを駆使し、化学の実験風景や手作りの化学教材を聴衆に見せながらの日本語説明です。

 「化学実験の授業を通して、日常生活の中で実際にみることのできる化学反応を生徒が理解し、興味をもてるようにする」というのが、授業案に示されている「授業の目的」です。

 1年半前は、私に「ほら、この『しんふんをよみます』とかいてあるところ、点々わすれてますよ。『しんぶん』ですよね」なんて、注意を受けていた留学生が、化学教育についての研究を堂々と発表しています。

 「問題と背景」に書かれているクリスの日本語を、引用します。
化学は日常生活の中にあふれている。残念ながら、ほとんどの化学の授業では、実用的な内容は重要視しされていない。インドネシアや日本のような国では、学生は基本的な概念を理解せずに、答えを導くための経験方法を学習するような状況に置かれている。化学は、知識として覚えるというよりは、実用的であるべきものである。

 立派な日本語です。

 クリスは、洗剤と水の化学反応の親水性・疎水性、油分子と石鹸分子の混和性などの理解を、教える授業実践をしました。
 実験授業を通して、生徒が自ら興味を持って取り組める授業案をしめし、日本の高校で実際に授業を実施したあとのアンケート分析を発表していました。

<つづく>
2007/02/20 火
ニッポニアニッポン語教師日誌>研究発表会(3)風船で分子構造、お菓子で化学

 クリスは分子モデルを細長いゴム風船、丸い風船をつかって、示し、赤い色の風船は油分子、水色は水の分子など、目で分子がどのようにくっついたり離れたりするのか、わかりやすく示していました。

 その上で、日常生活で毎日行う「シャンプーで髪を洗う」「石鹸でくつ下を洗う」などが、どのような化学反応によっているのか、生徒に理解させる授業案を示し、生徒が授業を理解できたか、興味をもてたか、などのアンケート結果を分析していました。

 日本でも、「化学記号を覚えるのもたいへん」「化学式の計算方法が面倒だから、大学入試に化学がある学部はさける」など、化学嫌いが増えているようです。

 クリスが身近な事例から化学の実験を行った授業はとても興味深いものでした。
 「日本と同じ化学の単元のあるインでネシアでも、実際に授業を行って検証していきたい」と、レポートをまとめていました。

 風船を使って分子構造を視覚的に理解させていくクリスの授業報告を聞いて、私の娘が単位制高校で受けた化学の授業を思い出しました。
 娘は高校で、「生涯教育開講科目」になっていた「お菓子と化学」という授業を履修しました。

 定年をあと1年後にひかえた化学の先生が、「教員生活の最後に、自分の思いどおりの楽しい化学授業を行ってみたい」という決意で、趣味のお菓子づくりを生かした「日常生活に密着した化学教育」をすることになりました。

 都の「生涯教育」として「お菓子づくりをしながら、日常生活に関わる化学を学ぶ」というカリキュラムを組み、応募した都民が参加します。同時に、在籍している現役高校生もこの授業を履修すれば化学の単位がもらえるのです。

 小学校のころからお菓子づくりが大好きだった娘は、「理科は生物と地学だけ履修すれば、卒業単位は足りるから、化学はパスのつもりだったけれど、お菓子づくりならがんばれるかも」と、科目登録しました。

 100分授業の前半はみなで楽しくお菓子を作ります。砂糖を混ぜるのも、粉がふくらむのも、化学が応用されています。粉や卵やバターの化学反応を引き出すのがお菓子づくりなのです。

 たとえば、重曹の正式名は炭酸水素ナトリウム。酸性物質(ヨーグルトやレモンなどのすっぱい材料)といっしょにすると、化学反応を起こして炭酸ガスを発生し、お菓子がふくらみます。

 また、ベーキングパウダーは、でんぷんのなかに数種類の化学膨張材が混ぜ込まれています。水分を加えると室温で反応し、炭酸ガスを発生します。パン生地がオーブンの中で加熱されるともう一度炭酸ガスを発生し、生地の膨らみを助けます。

 授業後半は、お菓子やパンを作る過程で見た化学反応を化学式で確認したり、計算したり。日常生活のなかにたくさんの化学反応があることを学びました。

 娘はついに元素記号を全部は覚えませんでしたし、化学ペーパーテストの成績はまあまあという程度でしたが、お菓子づくりの手際は抜群だし、熱心に受講したので、化学の成績は5段階評価で「5」でした。
 「化学なんて不得意に決まっている」と毛嫌いしていた娘ですから、うれしい誤算でした。また成績以上に嬉しかったのは、毎週娘が作ったケーキやクッキーの「おみやげ」を食べられたこと。おいしかったです。

 小学校や中学校の科学教育でも「まず興味をもたせる」「日常生活はさまざまな化学や物理を応用してなりたっている」ということから始めれば、楽しく科学教育が行えるだろうと思います。

 クリスはインドネシアに帰って、きっとよい科学指導者になれることでしょう。

<つづく>
2007/02/21 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>研究発表会(4)楽しい英語

 発表二番手は、タイのハイスクールで英語を教えてきたナーン。
 ナーンは、日本の中学校英語教育について分析をしたレポートを発表しました。

 ナーンのアンケート分析によると、日本の中学生は、なんらかの形で、学校の授業のほか、英語塾、会話教室など英語を学んでいる割合が高い。また、中学校に入学前に英語学習を始めていた生徒は54%、中学校で初めて英語にふれた生徒は48%、と報告している。
 実情として、中学生の半数以上が小学校時代に何らかの形で英語に触れてから中学英語授業を受け始めているのだという。

 日本の英語授業は、アクティビティ(教室活動)が工夫され、適切な教授法が計画されているが、英語に関して、ほとんどの生徒は外国人と会話したいと望んでいるのに、その機会はあまりない。
 英語が将来必要になるだろうと予測している中学生は88%もいるのに、一方12%は将来英語に関わる仕事をしたくない、と思っている。

 ナーンの結論部分の日本語を一部引用します。
日本の中学校英語授業では、英語と日本語の両方が使われていた。しかし、教師はできるだけ英語を使用するのが望ましいと思われた。
 また、生徒たちはクラス全体のディスカッションに参加していない姿が見られたが、これも、今日した楽しく面白い教室活動を準備することで解決できるのではないかと思われた。

 質疑応答では、タイの英語教育との比較などが出されました。
 ナーンは「タイでは、小学校から英語教育がはじまるので、中学校では英語の基礎ができあがった状態で学習をはじめます。
 したがって、日本の中学生とタイの中学生を同レベルで比較することはできませんが、今後、日本の小学校で英語教育を始めたあと、日本の中学校での英語教育がどのように行われていくのか、研究を深めていきたい。」
と、希望を述べていました。

 韓国の英語教師ヒョソンさんの報告では、韓国は1997年に小学校3年生(8歳)から英語教育を始めており、まもなく、小学校1年生からの英語教育が導入されことになっているそうです。

 小学校英語教育を受けた世代とそうでない世代を比べると、同じ英語テストをおこなったときに、800点満点で45〜50点の差がでて、小学校から英語教育を受けた世代のほうが成績がよかった。
 単純に点数だけで英語教育の成果ははかれないが、早く英語をはじめたほうが、圧倒的に有利との考えをヒョソンさんは持っています。

 ただし、韓国では、ネイティブの教師が正式な小学校教師として英語を担当していることにより、効果がある程度だせたのだ、という話をききました。

 日本の英語教育は、韓国とは事情が異なりますが、小学校から英語教育を導入することに、タイのナーンも韓国のヒョソンさんも賛成で、できれば小学校1年生から英語のことばあそびや歌などをいれて、「楽しい英語」を教えるべきと考えていました。

 私は、中学校や高校の「英語を話すことも英語で論文を書くことも自在にはできない先生が教科書を教えることもあり、たまにネイティブのALT(英語指導助手)が会話を受け持つという現行のカリキュラム」のまま授業を続け、なおかつ「受験英語で勝ち残らなければ、評価されないという現状」のままにしておいて、小学校英語教育を拙速で導入することに反対する意見を述べたことがあります。
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/200612A

 「母語と異なる言語を楽しむ」という喜びを子供たちに与えられない授業をするなら、英語ぎらいの子供をふやす結果になるだけで、塾で英語学習をしていける層とそうでない層の格差を生むだけだろうと思います。

 ナーンさんの発表をきいて、せっかく小学校英語教育導入するなら、やはりしっかりした児童英語指導者の養成と、中学高校を含めた9年間12年間の全体を見通したカリキュラムをきちんとたてないと、結局母語も英語もダメという中途半端な言語能力しか持てない子供に育ってしまう、という感を強くしました。

<つづく>
2007/02/22 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>研究発表会(5)反比例の箱

 休憩をはさんで、パキスタンのフミの数学教授法の研究発表。
 フミさんは、日本で開発されたさまざまな教具を調べ、分析していました。

 日本語で書かれたフミの数学教育研究報告書は、次のような書き出し。
数学は教育の重要な内容の一つで、すべての科学の基礎として万人賞賛されてきた。それによって数学は、重要な教科となった。生徒は数学を学ぶことに寄って世界を理科史成長して幾多のに方法を見につけることができるこれらの方法としては、推論、問題解決力、および思考力がある。数学は化学や技術に応用されている。私たちはそれによって自然科学について探求することができ、私たちの環境をコントロールし、そして社会の期待および生活水準の変化を促す技術を開発することができる

 フミが紹介した教具の例。箱の中を二つの可動式板で区切ることのできる透明なプラスチック箱、二つに区切られた一方に粉を入れます。真ん中の区切り板を移動していくと、中に入っている粉の体積と高さが変化します。

 区切られた板を何センチ移動すると、粉の高さは何センチ変化するか?この教具をつかって、生徒に予想をたてさせたあと、実際に計量する。
 図表を作ってみると、区切り板と粉の高さは、連動して変化していることがわかってくる。結果、反比例の関係であることがわかる。

 ただ、数の羅列や、図表で納得させるより、自分で区切り板を移動させて計測することにより、反比例ということが、どういう現象なのかということを実体験として感じることができる。
 実際の生活のなかで、反比例関係がどのように現れるのかを、自分の目と身体で知ることができる。

 このプラスチック箱の実験をするには、計測の時間が必要になり、時間がかかる。先生が教科書の数値をみながら説明したほうが手っ取り早い。しかし、ただ数を並べて、反比例の式や計算方法を暗記し練習するよりも、はるかにものの考え方が身につくように思えました。

 フミが実施した実験授業案と生徒アンケートや研究授業参加者の反応を分析したところによると、「生徒たちに論理的な思考を的確に促すことができた」と、報告されていました。

 数学教具は、ひとつの教具を様々な内容の学習に活用できるものが望ましいのだとフミは説明しています。
 反比例の授業に使用した透明プラスチックの箱を立方体の体積概念、一次方程式などの授業でも使うことができるのだという。

<つづく>
2007/02/23 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>研究発表会(6)積分の箱

 私が子供のころ、教室にあった数学用教具といえば、大きな先生用のコンパスや三角定規、大きなそろばん、くらいしか覚えていません。
 個人用には、おはじきなどがはいった「算数セット」を購入しました。算数セットは、今でも小学校では購入が続いているのだろうと思います。

 しかし、中学校や高校では、教具の工夫など記憶がない。ひたすら教科書と数字で計算練習をやらされたような気がします。
 なぜマイナスとマイナスをかけると+になるのかもわからないまま、計算だけしていました。
 中学国語教師になって、数学の先生から水道方式の教授法をきいてようやく「なぜプラスになるのか」がわかった。

 私は中学で数学が苦手になってきて、高校では微分積分あたりからわからなくなりました。
 完全文科系の頭なのに、数T、数Uはおろか数Vまでやらなければならず、数Vなんか、教師の説明を宇宙語のように聞いていました。

 私が何年か前にきいた微積分の面白い授業。
 生徒に長方形の折り紙を一枚わたす。
 生徒は税として米を納めなければならない国民です。先生は税を受け取る王様の役。

 この紙の四辺をおり畳んで、箱をつくる。縦横何センチの箱でもよいが、出来あがった箱にすりきりで入るだけ、砂金を与えると、王様が約束した。

 ただし、いちばんたくさん入る箱を作り上げたひとりだけに砂金をあげる。それよりも小さい箱になってしまったら、その箱に入るだけの米を王様に献上しなければならない。
 さて、容量がいちばん大きくなるように、長方形を折り畳んで箱にするには、いったいふちの高さを何センチにすればよいのか。

 金をもらえるのか、米を献上するのか、えらい違いになる。
 積分の考え方で縦横の長さ、ふちの高さを決められるのだそうだ。
 紙を折り曲げてそれぞれが苦心してから、先生から「この紙一枚を使って、最大の体積を得られる計算方法」を聞き出せれば、興味津々で聞けたかも。

 こんな授業なら、微積分の学習にも身が入ったのに、私はさっぱり興味をもてない教え方をされたから(と、自分の数学的頭脳のなさを、工夫のない先生のせいにする)未だに微積分ってなんのことやらわかっちゃいない。数学への適応度ゼロです。

 ジョーは、南島のゆったりした生活からめまぐるしい日本の生活になって、なかなか適応できなかった。ホームシックになり、日本語授業でつまづき、クラスメートの進度についていけませんでした。

 日本語が上達しないジョーを、「あんなにできない留学生、初めて受け持った」と、あからさまに言う先生もいました。
 ジョーは頭の悪い人ではありません。島では数少ない高学歴者であり、近隣をたばねる役目も兼ねてきた指導力のある人です。日本語でつまづいたからと言って、「できない」などとレッテルを貼るべきではないと思いました。

 私がしたことは、日本語の補講ではなく、数学をジョーに説明してもらうことでした。
 私は数学が苦手。数学教師の話すことばが宇宙語にきこえ、何も理解できない教室にいる苦しさを、私は知っています。

 ジョーは数学ができる。数学ができる人を私は「尊敬すべき人」と思う。ときどき数学の式などを黒板に書いて、ジョーに解いてもらいました。
 日本語の説明がたどたどしくても、数学を並べていけば、解が出る問題。ジョーの得意の分野です。

 自分の得意なことを人に教えることは、きっと心によい影響をもたらすと信じました。「他の人より日本語ができない」と、萎縮している気持ちをほどき、昼休みにいっしょに学ぶ一題の数学の式が、ジョーの気持ちにゆとりと自信を与えると思いました。
 そして、たどたどしくても「日本語で説明しよう」と思う気持ちが、日本語学習に向ってくれればバンバンザイです。

 文化発表の授業で、島の伝統楽器アウニマコを演奏し、日本語で説明したジョーの顔は、ふるさとの文化への誇りで輝いていました。
 同じ島から日本へきた人と知り合えたこともあって、ジョーはなんとか「もう島へ帰りたい」という状況を脱して、最後まで日本での「教員研修プログラム」をこなすことができました。

<つづく>
2007/02/24 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>研究発表会(7)ジョーの数学教授法

 2007年2月9日のジョーの研究発表。
 ジョーの「研究の目的」を引用します。
数学は学校教育における主要な教科の1つである。さまざまな学問分野における多くの問題解決に数学の概念をしようすることができることから、数学を学習することはたいせつであり、価値があると考えられます。したがって、数学の指導プログラムを改善することでより効果的に数学を教えることができると考えられる。

 おお、立派な日本語になっているじゃありませんか。
 ただし、数学の研究授業報告部分では、ジョーはいくつかの誤記誤変換を見のがし、そのままプリントしてしまいました。
本研究では、中学校一年生に対して次の問題をもいて授業を実践していただいた。
(注:「次の問題をもちいて授業を実践させていただいた」の誤りと思われます。)
(ジョーの例題)
[問題]2人の男性と2人の少年が皮の反対側に、できるだけ少ない回数で渡りたい。彼らは泳ぐことができませんが、カヌーが一台だけあります。全員カヌーをこぐことはできますが、カヌーは1人の男性化2人の少年しかのることができません。全員が反対側に移るには、川を何回渡ればよいでしょう。ただし、一方の岸から他方の岸へ移動するときに、一回数えます。(注:皮→川 カヌー一台→一艘 男性化→男性か)

 ジョーは「G.Polyaの問題解決方法」という教授法を用いた授業を実践し、生徒の反応をアンケートによって分析しました。

 ジョーの研究結果によると
G.Polyaの問題解決の方法を取り入れた授業を受けた生徒の多くは、問題解決の過程に沿って、問題を理解し、計画を立て、計画を実行し、解決策を振り返ることが数学の問題解決に役立つと述べた

 ジョーは、日本語でけんめいに発表をし、質疑応答もこなしていました。
 質問は同じ教員研修生による「仕込み」でしたが、「カヌーで、岸を渡る問題の答えを教えてください。カヌーの行き来は何回なんですか」というもの。
 ジョーは自信たっぷりに「9回です」と答えました。

 解答 1回目 少年2人a bが向こう岸へ。2回目少年aがこちら側へ戻る。3回目男性Aが向こう岸へ。4回目少年bがこちら側へ戻る。5回目。少年a bが向こう岸へ 6回目少年aがこちら側へもどる。7回目男性Bが向こう岸へ。8回目少年bがこちら側へもどる。9回目少年a bが向こう岸へ。

 ジョーは結論の「提言」として
日本の学校において実施された学習指導は、我が諸島の学校でも適用することができると考えられ、その際、問題解決のための表現を用いたり、ヒントカードを工夫したりすることをより強調するべきである。
と、結んでいます。

 南の島に帰ったのち、ジョーはきっと日本での数学授業研究の成果を生かして、立派な数学教師として生徒たちの指導にあたっていくことと思います。
 いつか、島のこどもたちに数学を指導するジョーの授業を参観してみたいなあ。
 
<研究発表会 おわり>


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