政治学とギリシア陶器

政治と陶器との関わりは他の分野ほどははっきりしていません。唯一検討が可能なのはアテネの陶器ですが、しばしば取り上げられるのは、偕主ペイシストラトスから民主派への移行とそれに伴う陶器画の変化です。ペイシストラトスはしばしば自らを英雄ヘラクレスと同一視したといわれ、実際彼の時代の陶器にはヘラクレスの活躍ぶりが頻繁に描かれています。一方の民主派は偕主のにおいの残るヘラクレスを嫌い、アテネ民主政治の象徴としてテセウスを偉大な英雄に仕立て上げました。陶器画を見ても、それ以前にはせいぜいミノタウロス退治が描かれる程度だったテセウスの様々な活躍がたくさん描かれるようになった一方で、ヘラクレスは極端に描かれなくなります。

民主派の勝利との関係でいえば、民主化の象徴たるハルモディオスとアリストゲイトンが何度か描かれています。彼らはペイシストラトスの息子ヒッパルコスを暗殺したため(その動機は個人的なものでしたが)民主化の後に英雄とされた人物です。
このほかにはリュディア王クロイソスが描かれたものが一点ありますが、これは彼を政治家として描いたのではなく、ヘロドトスの「歴史」の場面を描き出したもので、もはや彼は半ば神話的人物になっていたと思われます。またラコニアの陶器にはキュレネのアルケシラオス王を描いたものがありますが、これはラコニア式陶器がキュレネから数多く出土していることとともに両国の関係の深さを裏付けるものといえるでしょう。
こうした装飾の面からの関りのほか、より明確なのがアテネで僭主になりそうな危険のある権力者を追放するための投票に用いられた陶片です。その中には文献には記されていない人物の名前があるほか、筆致の研究から同じ人物がたくさんの陶片に同じ政治家の名前を記していることがわかっています。これは敵対する政治家を追放するための陰謀であったとする説が有力ですが、当時の識字率はかなり低かったため、代わりに名前を書いて投票したのだという説もあります。