2 - 3 - 1 キュクラデスの東方化様式


 キュクラデス諸島では七世紀に入ると幾何学様式から東方化様式へと移行するが、その様式はコリントスなどよりもアッティカに近い[1]。デロスグループAdの描写はプロトアッティカの初期に似通っていて、その動物像は大きな眼をのぞけばシルエットのみで描かれ、四肢や体はいずれも細い[2]。その数は少なく、アンフォラが主であり、単独の工房で生産されたと考えられている。その製作地はパロス島が有力だがまだ決定的な証拠はない。

 テラ島ではパロスの幾何学様式におけるWheelグループの形式を踏襲したLiner Islandアンフォラを製作した[3]。両者の違いは後者に高い脚部が取り付けられていることで、胴の下半部はほとんど黒一色で塗りつぶされている。上半部にはフリーズ状の画面が配され、それがさらにメトープ状に区分されて中央に動物が描かれる。その動物はほとんどが輪郭線によって描かれ、その内側は点や波線によって埋め尽くされている。

 またこの時期に作られたのが大英博物館にある、頚部から上にグリフォンの頭部をかたどった注口を取り付けたオイノコエで、パロスで作られたと考えられている(図1)[4]



図1

 ナクソス島ではこれらよりも大型のアンフォラが作られていた[5]。Heraldicグループは亜幾何学様式を残すもので、胴上半部中央と頚部に配されたパネル状の画面に、頭と体の一部を除いてシルエットで描かれた動物を表した。また中には人物を描いたものもあり、そのほとんどは輪郭線によって描かれ、戦士と女性が向かい合う場面を描いた例では女性の衣服のほかボイオティア式の盾が実に細かな描写で表されている。

 七世紀の中頃になるとプロトアッティカのBlack and White様式に影響されたと思われるものも登場し、アレスとアフロディテを描いたアンフォラでは女神の名前がイオニア書式で記されている。

 これを引き継いだような大型のアンフォラはメロス式と呼ばれるものだが、実際にはパロス島で作られたと考えられている[6]。キュクラデス諸島の陶器としては唯一他の地域に輸出され、アフリカ北部からも出土している。その多くは長い頚部と円錐形の脚部および蓋を持つ大型のアンフォラだが、中には小型のアンフォラやヒュドリア、皿なども作られている。

 その装飾の特徴は渦巻とクロスハッチングを施した方形文との組み合わせである。また、後のアッティカのレベス・ガミコスのように胴部の両側に二つずつ把手を並べ、これを眉毛に見立ててその下に目を描いた例も見られる。その描法は輪郭線とシルエットを組み合わせたもので、丁寧に描かれてはいるが躍動感はない。白や茶色など様々な色彩が加えられ、後期の例には刻線も用いられた。

 画題の中では神話上の人物を描いたものが多く、中でも有翼の馬のひく戦車に乗る神々の像が好まれた。この様式の誕生は七世紀の中頃と考えられ、大型のアンフォラの多くはその後半に位置づけられ、中には六世紀の初めに作られたものもある。

 こうした彩色によって描かれる陶器のほか、キュクラデスでは浮彫によって主に神話の場面を表した大型のピトスも作られていた[7]。その年代は七世紀の中頃で、浮彫は主に頚部に施されるが、胴部にも表されたものもある。その主題はほとんどが神話で、トロイアの木馬やアテナの誕生、ペルセウスのメドゥーサ退治など、ここに初めて登場する主題も多く、ギリシア神話の図像学研究にとって重要な資料となっている。

 これらキュクラデスの陶器は一部の例を除いて地域内の需要のために作られていたが、黒像式の時代になるとそれすらも生産が少なくなっていった。一部の地域ではキオスの陶器を真似たものがわずかに作られたが、既に特筆すべき陶器は作られなくなっていた。

[1] キュクラデス陶器については、Payne, H. G. G., "Cycladic vase-painting of the seventh century", JHS 46, (1926) pp.203-212, Dugas, C., Delos 17, (1935)参照。
[2] デロスグループAdの陶器については、Dugas, C. and Rhomaios, C., Delos 15, (1934), Mustakas, C., AM 1954, pp.153-158, Sheedy, K., "Three Vase-Groups From The Purification Trench On Rheneia And The Evidence For A Parian Pottery Tradition.", BSA 80, pp.151-190参照。
[3] Linear Islandグループについては、Dragendorff, H., Thera 2, (1903), Pfuhl, E., AM 28, pp.183-193参照。
[4] British Museum A547 from Aegina, H.41.5cm.
[5] ナクソスの陶器については、Karusos, C., JdI 52, pp.166-197参照。
[6] メロスの陶器については、Conze, A., Melische Thongefasse, (1862), Papastamos, D., Melische Amphoren, (1970), Zapheiropoulou, Ph., Problimata tis Miliakis Angeiographias, (1985), 参照。
[7] キュクラデスほか、地中海地域のレリーフピトスについては、Sch廓er,J., Studien zu den griechischen Relief-pithoi des 8.-6. Jahrhunderts v. Chr. aus Kreta,Rhodos,Tenos und Boiotien (1957)参照。