学研の『中学コース』が3月号を最後に休刊
60年代の中学生も大いに楽しませていただきました
関係者の皆様、長い間、どうも、ご苦労様でした!!
中学1年から3年までを対象に発行されてきた学習研究社の『中学コース』が、現在、発売されている1999年3月号(表紙=左の画像)をもって、休刊されることになりました。
既に新聞などでも報道されておりますし、中学生のお子さんをお持ちの皆様などの中には、もちろん、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますけれども、私たちの世代にとって、学研の『中学コース』と旺文社の『時代』シリーズは、ワンセットの媒体として懐かしく思い出されるものであります。
『中学1年コース』の最終号では、「中一コース・42年の歴史がよみがえる!/表紙プレイバック」というグラビア企画が展開されておりますので、そのグラビアの表紙写真などをお借りしながら、思い出の『中学コース』を振り返らせていただこうと思います。
関係者の皆様には、感慨も一入のことと思いますが、60年代に中学生活を送った私たちの世代も、色々と思い出が甦ってきて、それなりの感慨を禁じ得ません。
関係者の皆様への感謝の気持ちも込めながら、この送別特別企画ページを作らせていただきます。
学研の編集部の皆様、長い間、どうも、ご苦労様でした!!
そして、私たちの中学生活を応援していただき、どうも、ありがとうございました!!!
『中学1年コース』の1999年3月号の9ページには、「読者の皆さんへ」というタイトルで、次のような編集部からのメッセージが掲載されております。
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読者の皆さんへ
突然ではございますが、編集部からお知らせがあります。
「中学1年コース」をはじめとする中学コース3誌は、この3月号をもって休刊いたします。
創刊以来およそ50年間、中学生のための学年総合誌として、今日まで続けられたのも、ひとえにどくしゃのみなさんや、おうちの方々の心あたたまるご支援、ご協力の賜物と、編集部一同深く感謝しております。きっと、お兄さんお姉さん、お父さんお母さんも読者だったという人も多いことと思います。長い間、ありがとうございました。
「中学コース」としてみなさんとお別れすることはとても残念でなりませんが、スタッフ全員気持ちを新たにし、これからも中学生のみなさんに喜んでいただける商品づくりをめざしてがんばります。
これからの中学生活がさらに充実したものであることをお祈りするとともに、再び学研の出版物でお会いすることを約束し、休刊のことばとさせていただきます。
本当に今日までご愛読ありがとうございました。
中学一年コース/編集長・本田一雄
スタッフ一同
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実は、私の長女が、この4月から中学に進級するのでありますけれども、これまで、毎月、小学館の学年誌を買ってあげてきた私は、来月からは、『中学一年コース』を買ってあげようと思っていましたので、戸惑っております。
上の写真にもありますように、「記事プレイバック」のグラビアには「パパやママも読んでいた!!」というキャッチが踊っておりますが、まさしく、私も『中学一年コース』を買っていました。
昨年(1998年)の3月にアップした「60年代の広告」の「少年漫画雑誌編/シチズン・セブンスター」のところでも書かせていただきましたが、私は、中学入学当初は学研の「中学1年コース」を愛読しておりましてので、この雑誌は、小学校から中学校へ進級する際の、何とも言えない緊張感とともに、懐かしく思い出される雑誌なのであります。
右の画像は、「中学1年コース」の1965(昭和40)年7月号と1968(昭和44)年6月号の表紙でありまして、1960年代の後半に「中学コース」を読んでいた私たちの世代にとっては、当時の雰囲気が伝わってくるような懐かしい表紙ということになります。
特に、左側の表紙写真の「中学1年コース」は、私の記憶にはっきりと残っているものでありまして、感慨深いものがあります。
以前にも、どこかで書かせていただいたと思いますが、私には、4歳年上の姉がおりまして、姉もやはり「中学コース」を愛読していましたが、まだ、日本にドーム球場などない時代に、姉が読んでいた中学1年コースに、アストロズの本拠地であるヒューストンにアストロ・ドームが完成したことを伝えるグラビア記事が掲載されていて、当時、野球少年だった私は、びっくりして、その記事を読んだことをはっきりと覚えています。
「中学1年コース」の今月号(1999年3月号)に掲載されているグラビア記事「表紙プレイバック」によりますと、「中学1年コース」という名称での創刊は1957(昭和32)年の4月号だったそうですが、その前身ともいうべきものとして、1950(昭和25)年に受験生を対象とした「中学コース」が誕生し、さらに、1956(昭和31)年には、“中学生活の楽しさを伝える”「中学初級コース」に変わり、現在に至るコースの基礎が築かれたと説明されております。
左の2枚の画像は、左側が1950(昭和25)年の9月号の表紙でありまして、さすがに、時代を感じさせるように思える半面、逆に、結構、新鮮でモダンな感じがしないでもありません。右側が1956(昭和31)年4月号ということでありまして、私が満一歳の誕生日を迎える頃の表紙ですが、学生服を着て学生帽を振っている男子中学生の顔を見ると、さすがに、古き良き時代の中学生という感じであります。
ジャイアンツの桑田投手を、ちょっと明るめにしたような笑顔の表情が印象的であります。勝利投手となり、笑顔でスタンドのファンに応える桑田投手、といったところでありましょうか。
さて、つまらないヨタ話を書かせていただいてしまいましたが、今に連なる「中学一年コース」が創刊されたのは、1957(昭和32)年4月号からのことであります。
グラビア記事「表紙プレイバック」の裏には「中一コース・お宝写真がいっぱい/記事プレイバック」という企画も展開されておりまして、その「記事プレイバック」によりますと、初期のコースには、マンガや推理小説などの読み物も充実していたそうでありまして、特に、マンガの方は、1958(昭和33)年以降、手塚治虫、石森章太郎、赤塚不二夫、望月三起也といった錚々たる漫画家たちが誌面を賑わしており、もし、神田の古書店などに出ていたら、数千円から数万円というような値付けになってしまうのではないかと思われます。
読み物の方も、柴田錬三郎、横溝正史、小松左京、眉村卓、筒井康隆、西村京太郎といった大家が名前を連ねておりまして、是非、当時の「中学一年コース」の現物を手にしてみたいものだと思うのは、私だけではないでしょう。
右の2枚の画像の右側は1961(昭和36)年4月号の表紙でありまして、そろそろ、私たちの世代の頃の「中学コース」の表紙の雰囲気に近づいてきております。
「記事プレイバック」では、1967(昭和42)年5月号の読者プレゼントとして「サーキットセット」、いわゆるレーシングカー・セットの企画があったことが紹介されておりまして、当時、小学生だけではなく、中学生にとっても、レーシングカーの人気が高かったことをうかがわせます。
1967(昭和42)年の12月号では、綴じ込みの「コース・カレンダー」の写真に、この年、F1で優勝したホンダの車の写真が使われておりまして、「記事プレイバック」では次のような記事が紹介されております。
「'60年代は、日本が車社会に突入し、ふつうの家庭もしだいに乗用車を持つようになっていった時期なんだ。そして、レースで日本の車が外国の車といい勝負をするようになると、みんなが自動車レースに熱中して、ふつうの家にあった車まで、スポーツカー風になっていった。当然、中学生の男のコにもスポーツカーは大人気。机の周りにペタペタとポスターをはったりしていたよ」
それから、テレビの普及で、タレントの話題などが「中学コース」に掲載されるようになったのも、1960年代からだったようで、「記事プレイバック」では、「勉強の『最大の敵』、テレビで人気があった番組は?」の見出しで、次のように書かれています。
「'53年に登場したテレビは、'60年代になると映画にかわって娯楽の中心になった。男のコの好きな番組('65年)の第1位は『太閣記』で、2位にはアメリカの戦争ドラマ『コンバット』が続いている。好きなタレントの1位は植木等。その出演番組からは多くのギャグが生まれたよ。テレビが『勉強の敵』といわれ始めたのもこのころだ」
さらに、その時々の中学生の暮らしぶりなども紹介されておりまして、1965(昭和40)年4月号では、家の廊下の隅に、自分の勉強スペースを確保してもらっている少年の写真が掲載されています。そういえば、私の姉も、廊下の突き当たりの押入れのスペースの上段をベッド兼プライベートスペースのような形にしてもらっていたものでありました。
1968(昭和43)年4月号では、北海道のある中学校で、校則により3つの髪型しか認められなかった記事が写真入りで掲載されています。
また、昨年(1998年)の3月にアップした「60年代の広告」の「少年漫画雑誌編/シチズン・セブンスター」の中で、このシチズンの時計の広告を見ると、何故か、「中学一年コース」のことを連想すると書かせていただきましたが、そのことを裏付けるような記述が、この「記事プレイバック」の中にありました。
現代の中学生のフダン着スタイルの定番は「ウォッチ」「ジーンズ」「スニーカー」だそうでありますが、往年の「中学コース」にも、その時々の中学生の定番モノの記事が掲載されていました。
1969(昭和44)年4月号では「ウォッチ」ではなく「腕時計」が定番モノの記事で取り上げられ、その時計の写真の説明文として、「昔のコースにはウォッチの広告がよくのっていた。特に、入学前に発売される4月号には、お祝い用で毎年のように紹介されていた」と書かれておりまして、私の連想を裏付ける形となっています。
私の“パブロフの犬”的な反応は、ちゃんと、根拠のあるものだったわけであります。
1970年代以降は、右の「表紙プレイバック」の画像にもありますように、中学生向けながら「恋の記事も増えて来た!」り、「タレントさんが表し登場!!」することも珍しくなくなっていきます。
現在、私の手元にあります最終号となる「中学一年コース」1999年3月号の表紙を飾っているのはジャニーズJr.でありまして、本誌内にも、TOKIOやKinkiKids、V6などのジャニーズ系タレントの紹介記事や、広末涼子、榎本加奈子、SPEEDなどのグラビアページが連なり、さながら、芸能誌のような趣きさえ感じさせます。
私たちのころは、芸能誌の老舗であった「月刊平凡」や「月刊明星」などがあったわけですが、そうした老舗の芸能誌が既に廃刊となった今、学研の「コース」シリーズだけでなく、「小学4年生」や「小学6年生」などの小学館の学年誌なども、芸能ネタをカバーせざるを得ない状況になってしまっているのかもしれません。
ということで、今月号で休刊となる学研の「中学コース」シリーズへの送別特別企画ということで、急遽、ページを作らせていただきました。
最後まで、お読みいただいた皆様、どうも、ありがとうございました。 |