『死に顔を見ていないから、
パキさんも孟さんもオヒゲも
まだ、生きてるんだ』
(9)



ゴジのデビューは、わしがキャメラだ

長谷川 姫田さんに最初に会ったのは、幡ヶ谷の今村プロの事務所だった。「おう、オマエか、今度入った新人は」って、なんか獰猛なアザラシみたいなオッサンだなと思ったよ。ヒゲ生やして凄く怖そうだけど、子供みたいな愛嬌があるんだ。これがあの『赤い殺意』『にっぽん昆虫記』の大キャメラマンかと、いそいそお茶出したりしてた。今平さん以下、みんな「オヒゲ」って呼んでたけど、俺は「オトウサン」て呼んでなつくようになった。実際、俺のオヤジと同じ年くらいで30も年上だからなあ。
 当時、今村プロは『神々の深き欲望』と磯見忠彦監督の『東シナ海』が同時に沖縄でクランクインしようかという頃で、オヒゲは『東シナ海』のキャメラマンだった。『神々〜』は俺がつく前の最初の1年は、オヒゲがキャメラマンだったんだが、再開2年目から栃沢正夫さんというドキュメンタリー畑の劇映画経験ゼロの人にチェンジしてた。当時42歳の今平さんが、姫田真左久から、自由になりたい時期だったんだろうな。 沖縄から帰って、女が出来て、金が無いから「管理人夫婦」と自称して今村プロの事務所で同棲してたんだが、これが廃屋同然のシロモノでね、ガキが生まれることになったんだが、女が「ここでは子供は生めない。絶対凍死する」と言うんだ。困ってたら、オヒゲが「笹塚のマンションの隣の部屋に来いよ」と呼んでくれた。当時オヒゲも2番目の若いカミさんもらって、子供が生まれたばかりだったんだ。その後、オヒゲは多摩ニュータウンに引っ越したんだが、また呼ぶんだよ。「ゴジ、多摩ニュータウンは良いぞう」って。俺も日活に通 うようになってたから、ま、便利でいいかと、引越した。都合10年以上、隣組として付き合ってたんだな。オヒゲと俺が、それぞれのガキを2人ずつ連れて団地内を歩くと、あれは異様な光景だったなあ。年齢的には完全に親子孫3代なんだが、オヒゲの息子の伸也だけ、まるでオヒゲの縮小版なんだよ。「あいつら、どういう大家族なんだ?」という奇異の目で見られた記憶がある。オヒゲは磯釣りが大好きでね、よく伊豆半島へ一緒に行った。不漁でも、ちょっとだけ哀しそうな目で、黙々と粘る釣り人だったよ。
 当時からマメに日記つけてたね。持ち運びできる手帳に、非常に丁寧な字で、今日はこういう映画を見てこう思ったみたいなことを全部書いてる。美術学校出だからスケッチの絵なんかもあって、「わあ、青年みたいな人だなあ」と思った。このあいだ線香あげに多摩ニュータウンの家に行ったら、遺影のそばにうずたかく手帳が積んであった。死ぬ までつけ続けてたらしい。あれはもう、それだけで文化遺産みたいなもんだよ。

荒井 姫田さんと言えばロマンポルノというぐらい、クマさんとのコンビは絶妙だったけど。

長谷川 面白いもんだよな。最初はあんなに嫌がってたのに......。ロマンポルノの撮影が始まったばかりの頃、俺が「字ぐらい書ける」ライターとして日活本社に行った時、観たことのない色の黒い男が、電話で一生懸命「だから姫田さんお願いしますよ」とやってるんだ。それがクマさんだったんだよ。『濡れた唇』のキャメラマンとしてオヒゲを引っ張り出そうとしてるんだが、オヒゲが難色を示してるらしいんだ。「いや、僕の映画にしますから」とかさ。当時はスタッフも混乱期でね「ピンク映画やるくらいなら」と要領のいいのはCMに行ったりしてたけど、大半のスタッフは「食うためには仕方ない」と、嫌々ペンネームでやってたんだ。監督、助監督、製作部以外は全員ペンネームだったんだよ。
 4、5日後に、撮影所の製作部で、オヒゲが「なんで俺だけ名前ださにゃイカンのや」って怒ってるんだよ。「神代のデビュー作も俺が撮った。神代にあそこまでアタマ下げられたら、撮るのは撮るが、名前は違うやろう」と。製作部長のナバちゃんが「でもね、姫田さん、これからわしらコレでやっていくんじゃないですか。なのに、皆がペンネーム使って、恥ずかしい事みたいにやってたら、やっぱり駄 目ですよ。ここはひとつオトウサンが本名でやって下さい。そしたら皆、自信持ってやりますから」と。なかなか立派な説得だったよ。結局、オヒゲも折れて、その後全スタッフがタイトルに本名出すようになったんだ。

荒井 良い話だよな。当たり前とは思うけど。

長谷川 オヒゲを含めて、日活のスタッフがエライと思ったのはね、あんなに嫌がってたのに、いざ撮影現場に入ると「手抜き」も出来ない映画バカたちなんだ。それと、予想外のアナーキーな楽しさを味わったんじゃないかなあ。裕チャンも小百合もいない、「明るく楽しい日活映画」じゃない、裸の現場でね。ただ、オヒゲほどロマンポルノが性に合った人もいなかったろうな。彼自身もあの頃が1番楽しかったんじゃないかなあ。でもロマンポルノって、やっぱりセックスの好きな人に向いてるとは思うけど。
 俺が「燃えるナナハン」でデビューしようかってことになった時に、同じようにオヒゲが製作部長に怒鳴り込んでたのは憶えてるよ。俺は山崎善弘キャメラマンを選んでたんだ。暴走族モノだしスタント多々だし、ここは体力とパワーの善チャンでいこうってことで準備してたらね、オヒゲが「ゴジがデビューするのに、わしがキャメラじゃないわけがなかろう」って怒ってるんだ。結果 、1週間後に流れたから、どうでもいいことになったんだが。なんか、それでも嬉しいもんだよな。「そうか、オヒゲも俺がデビューする時は撮りたいと思ってくれてるんだ」って、悪い気はしなかった。
 ただ、その前に監督こそしてないが、一緒にいろいろやってるからな。『アフリカの光』なんかクマさんがホン直しをぐじゃぐじゃやってる間に、オヒゲと二人で北海道ロケハンやったんだ。 『青春の蹉跌』は、ライターとキャメラマンだったけど、ラストシーンは俺とオヒゲで撮ったし。クマさんは例によって使い上手なんだ。「ゴジわかんないよ、フットボール」とか言ってな。フットボール部分は全部撮らされた。東大の俺の後輩と、明治のフットボール部呼んで、試合作ってね。ラストシーン、ショーケンが死ぬ カット、「日活じゃ金かかるってノーだろうが、一応東宝映画だから、こういうのやってみようよ」と提案したら、オヒゲが「それは面 白いなゴジ」って乗って、スライダーと移動を使って、フォーカスと絞りを合わせたまんまで、ワンカットの中でノーマルからハイスピードに持ってく、みたいなことをやった。結果 、クマさんは短く切ってケツだけ使ったから、あれならただのハイスピードでも良かったんだけど。回転が上がるまでの間を使うと、クマさんの感覚では、ナルシスティックでかったるかったんだろうね。「いやあ、恥ずかしいじゃん」とか言ってたんだと思うよ。

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