『死に顔を見ていないから、
パキさんも孟さんもオヒゲも
まだ、生きてるんだ』
(8)



俗にまみれたかった人

荒井 田村さんと同世代のライターの違いって、何だったのかな?

長谷川 助監督上がりで、監督も1本はしたことのある人だからな。しかも「松竹ヌーベルバーグ」華やかなりし頃にね。映画作る現場の空気が好きな人だった。「僕は映画嫌いだから、君たちが話してる映画のことなんか知りません。僕は映画は観ないんです」と突っ張って言ってたけど、撮影現場の話になると、率先して盛り上がってたもんな。

荒井 TVをこれだけ書いてるってことは、そっちはもう割り切ってたのかね。

長谷川 割り切ったんじゃないんだよ。大インテリのくせに、俗人になりたくて仕方なかった人なんだよ、この人は。

荒井 俗にまみれたい。

長谷川 うん、やっぱり助監督やったからだろう、映画の俗な楽しさの部分、人間と人間がグジャグジャやりあう事が好きな人だったんだよ。決して得手ではなかったけど......。人恋しい人なんだよ。映画は人恋しいヤツ向きに出来てるんだ。楽しいもんなあ。作ってる映画がクズでも、皆でワーワーやってると、「ま、いっか」みたいなとこあるじゃないか。それって、ライターって普通 持てないもんな、ライターだけやってると。

荒井 現場知ってるライターと、ただ書くのが好きでライターになったヤツはものすごく違うよ。

長谷川 そのくせ、根っこのクソ真面 目な姿勢は、頑迷なほど崩そうとしなかった。映画の話する時に「志・ココロザシ」とか「作家」とかいう言葉を使うのは、俺、孟さんのが移ったんだもんな。あの人との付き合いの中で、妙に言えるようになった。ディレカンの頃、会議で「俺たち、作家が......」とか言うと、根岸なんか死ぬ ほど嫌がってたもんな。「おい作家はやめようぜ、作家は」って(笑)。ともかく、事の正邪を言語で決めつけたい人だった。俺なんか「映画なんか面 白けりゃ良いじゃないか」だけど、孟さんはそれじゃ駄目なんだよ。「この映画は何のためにどういう意味で作った革命的な映画なんだ」と言えないと駄 目なんだ。「そりゃあんたの勝手な趣味だろう」と腹の立つような価値のくくり方するからね。でもそのくくり方は、たまに会うとすごい勉強になる。自分が言語化出来ないでモヤモヤしてるものを言語で言ってくれるんだよ。

荒井 明快なんだよな。

長谷川 たとえば『太陽を盗んだ男』の試写 のあとにね、ラストの仕上がりを不安がる俺に、「大丈夫だよ、ゴジ。最後、沢田が持って歩いてる原爆入ったバッグの中に、死んでいった人間たちの魂が全部入ってるように見えるよ。最後までゆらゆらしてるじゃないか」みたいな言い方するわけ。そんなキザな、と思うが、彼の確信に満ちた言葉を聞いてると、不思議に「そうか、じゃアレで間違ってなかったのか」と納得出来るんだ。それは、作り手と批評する人間が時々なれる良い関係に近いわけだよ。何故か、元気が出るんだ。「おまえは肉体だけの馬鹿ゴジラだ」と罵ったのもあの人だけど、「長谷川自信を持て」と言ってくれたのもあの人だった。 どうしようもないインテリなのに、野蛮人になりたくて、そのうえ人付き合いは下手なのに、人恋しいもんだから、酒乱の飲んべえになって......最後も、死ぬ 気もないのに、見事に飲み死にした。ま、ああいう変な人とは、もう会えないんだろうな。

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