『一本も撮らなかったけれど、「自分も一緒に映画を
撮れてるような錯覚」はあった。』(6)


定例企画会議が生み出した
黒沢のデビュー作『神田川淫乱戦争』

長谷川 じゃ、お前の知らない話をしよう。これもかなり初期の定例会議での事だけど、黒沢(清)が撮る映画の事を皆で話してたんだよ。ま、黒沢の映画だけじゃなくて、皆それぞれに自分の企画の悩みを話したり、脚本を回し読みしたり、という雑談よりはちょっとだけ真面 目な会議だったんだが。黒沢の悩みは、当時深かったんだ。あいつだけ、まだ8ミリ映画しか撮ったことのない、世間に監督として認知されない存在だったからね。本人も自分は8ミリしか撮っていないから、35ミリで1回撮ってみたいと。35ミリの自分の映画が、他人に見せるに値するものなのかどうか、やってみたいんですと。

__黒沢って、もともとはゴジの助監督だったの?

長谷川 『GORO』という雑誌の“若手監督VS8ミリ監督”みたいな特集で出会ったんだ。俺が30歳、あいつが20歳って時に。10本くらい8ミリ見せられた後、それを撮った学生と喋るんだ。2本だけそれぞれに面 白い作品があって、それを撮ったのが、石井と黒沢だったんだよ。石井は「僕も1本撮ったからには、監督ですから、長谷川監督に負けないように頑張ります」と当時から威勢が良くて、対照的に黒沢は「プロになれるかどうか、現場で勉強したいんですが……」ともごもご言ってた。まあ、変な奴だから、面 白いかも知れんと思って、『太陽を盗んだ男』の制作助手のいちばん下に付けたんだ。その後、相米のデビュー作にカチンコで付いたのかな。

__そうそうたるメンバーの中に、ひとりだけ無名の黒沢を入れたのは、何か理由があったの?

長谷川 正直言うと、あれは最初は俺の我儘だったんだ。相米は監督になっちゃったし、俺も助監督がいなくてね。3,4年撮らずにいると、無理を言える助監督さんはまわりにいなくなってた。皆、生活があるし、それぞれ新しい人脈の中で職業助監督をやってるし。

__そういえば、助監どまりでいい。監督になる気はありません。という職業助監督が増えてるらしいな。

長谷川 で、黒沢だけはいわゆるプロの助監督というんでもなく、フラフラしてるみたいだったし、いつかそのうち、変な映画を撮りそうなヤツだ、と思ったから、監督候補の助監督として入れることを提案したんだ。彼を常雇いにして金を払ってね。余力があれば、今後そういう人を増やしていこうじゃないかと。それで黒沢は俺が推薦して、俺が使いたい助監督であると。

__ずいぶん、勝手な提案じゃないか。

長谷川 その時の皆の反応が、まったく正しかったんだ。「ゴジだけ、助監督を付けるってのはおかしい。それに、8ミリだって監督は監督だろう。どうせ入れるんなら監督として入れるべきだ。その上で、ディレカンが売り出す新人監督として、ゴジが責任を持って監督デビューさせるべきだ」と。

__正しいね。

長谷川 だろう?誰かが「名前で損してるが、意外に巨匠になるかも知れない」なんて……

__そりゃ、明より清の方がまだ面白いんじゃない(笑)。

長谷川 だから俺も責任あるしさ。「ともかくお前が監督したいものを、どんどん書いて読ませろ」とやってたんだが、こいつが何だか、訳の分からない脚本ばかり書いてくるんだ。妙な味はあるんだけど、何と言うか「自主映画」なんだ、やっぱり。

__ああ、黒沢は自分で書くんだな、脚本は。

長谷川 うん。書くのは早い。『太陽を盗んだ男』の時も、あいつと相米を傍において書いてたんだが、相米が観念的な事を論文みたいに書くのに対して、黒沢は必ず具体を書いてた。必ずしも、分かりやすい具体ではないんだけど。で、あいつのデビュー作、困ってたんだ。今みたいにビデオが蔓延してないから、ジャンルがないんだよ。そういう変なもののマーケットがさ。

__そうだな、最近はアリバイ的な劇場公開はするが,ビデオセールスがメインということで、変な映画もOKという傾向はあるもんな。

長谷川 で「ピンクはどうだ?」って事になったんだよ。当時、ピンクがまだ500万くらいで作ってる頃でさ。ピンクなら全部被ったって500万じゃないか。しかもそんな事にはならない。向こうも出すし、こっちも出す。大体、向こうが出したもので作るというのがピンク業界だから。それなら赤を出した時の責任母体としてディレカンがあれば成立するんだから。ところが「ピンクなら今すぐにでも撮らすぞ」と提案された黒沢が「ピンクですかあ、僕、セックスはどうも……」とグズグズ言ったわけだよ。その時に根岸が怒ったんだ。「お前、何を考えてるんだ。監督になるんだろ。35ミリでピンクだよ。文句あるのか。プロになるんだろ。自主映画やってるのなら、ここに座る必要ないだろ」と。俺じゃないから、そういう口調ではなかったかも知れんが、意味は大体そういう事だったよ。

__正論だ。

長谷川 皆がいる所で正論言うのが、根岸は偉いな。俺も同じようなこと、黒沢に言ってはいたんだ。ただ俺の頭には「こいつは自主映画のお兄ちゃんだから」というのがあってな。そう煽っても出来る事と出来ない事があるだろうと。確かに俺も、ロマンポルノのホン書いたり助監督はやっていても、監督として撮ってないから。それに、自分も裸やエロって得手じゃないと思ってるしね。

__根岸は、ロマンポルノのプリンスだったから。一方ゴジは25の時、ピンクを流産させてる……

長谷川 そう。だから得手じゃない人間には得手じゃないものをやる逡巡がある、というのは分かるじゃないか。相談に乗ってる間、俺は黒沢にその部分,甘かったんだな。で皆で喋って、根岸がそういうふうに言うと、黒沢も「そうですか、じゃ書いてみます」となったんだ。

__それが『神田川淫乱戦争』か。一部で絶賛された。

長谷川 うん。ピンク業界から2度といらないと言われたな(笑)。俺、劇場に見に行ってね。うーんと唸ったな。ディレカンはまた仕事場がひとつ減ったなと。俺がピンクの配給会社でも、この監督にもう1回発注はしないぞと。ただ、素直に感心もしたんだ。ここまでいわゆるピンクにしないのも、大変なもんだ、作家なんだなあと。ラストのスタッフタイトル、黒沢自身の声で読むんだよ。「あれは何なんだ?」って聞くと、「5万円倹約したんです。タイトルのせるとオプチカルですから。僕の声は只ですから」と。エライ、予算の事も考えてるじゃないか(笑)。立派なデビュー作が出来たと思ったよ。黒沢らしいのが良い。しかし、前途は多難だなあと。

__見かけよりタフなのかね,あいつ。

長谷川 そうそう、おかしいんだあいつ。ホンを書いてる時に電話してきてね、「ゴジさん、ピンクのホンって、書いてると立ちますね」とか言うんだ。俺も乗せればいいと思って「それは良いことだ。傑作かもしれんぜ」と。実際俺もあるんだ。初めてロマンポルノを書いた頃、ポルノシーンを書くと立ったり、愁嘆場を書くと泣けたりね。ちょっと恥ずかしいんだけど、なにか、新鮮な体験だった。世のシナリオライターって、皆こうなのかなあと。 ただ、黒沢の奴あれだけウジウジ言ってたのに、立つって言うから、よっぽど凄いエロを書いてるんだろうと思ったよ。完成した映画を見て驚いた。やっぱりあいつはおかしいよ。変態に違いない。あんなものを書いてて、誰が立つかよな(笑)。結果 、ピンク業界からは二度と来なかったけど、何を間違ったか、にっかつが声をかけてきた。やるかと。メジャーになったわけじゃないか、とりあえず。

__うち(メリエス)の山田(耕大)が見て『ドレミファ娘の血が騒ぐ』の企画を……

長谷川 アッ、あれはお前の所の山田か。じゃ、山田も変態なんだよ(笑)。そうか、山田が黒沢の恩人か。その頃、山田はまだにっかつにいたの?

__『ドレミファ娘〜』がポシャった事がにっかつやめた理由のひとつじゃないかな。で、『ドレミファ娘〜』はディレカンで成立する。

長谷川 そうそう。色々あったがそれでも作ったんだよな。しかし、あの二本で黒沢は監督になったんじゃないか。『ドレミファ娘〜』で伊丹十三を口説けたのも、『神田川淫乱戦争』というピンクの怪作があったからだろうし。「定例企画会議」の成果 だよ。

__ピンク、ロマンポルノ、ATGというものと組んでた時は、ディレカン制作の映画も、予算の程度というものも上手くきてる感じがするんだな。それ以上になってくると段々と……

長谷川 器が大きくなると上手くいかないということか? うん。佐々木史朗=ATGがなくなったことは大きいだろうね。勿論、あのまま何回も無理をお願いするのはキツかったと思うけど、初期の何本か見るとピンクとATGとロマンポルノだものな。それは皆、それで表現出来るものをまだ持ってたし。

__企画的にも予算的にも嵌まってたんだろうしさ。黒沢のピンク、池田、石井のATGにしろ、皆、初めてなんだよね。ゴジの最初の『青春の殺人者』も根岸の『遠雷』もATGだけど、かつてATGをやった連中がまたATGというのは……気分がね、バックする感じになるからな、予算的にも。

長谷川 予算が大きくなれば前を向いてるとか、配給がメジャーになればメジャーになっていってるんだとかは、頭では「そういう事じゃない」と思ってるんだよ。ただ、二回続けてスタッフに対して、あの酷い事は出来ないという思いは強かったな。俺はノーギャラ、水谷豊もノーギャラと。トップギャラを取っている鈴木達夫が6ヶ月拘束で60万。制作の平山(秀幸)や榎戸(耕史)に至っては、月3、4万もなかったろう。合宿してるんだから死にはすまいと。そういう状況でも、もちろん現場には、それなりの熱気があったわけだよ。それはキレイに言えば「最初で最後かも知れないゴジの映画」と思ってくれてたかも知れないけど。

__ATGの予算て、その頃はいくらだったの?

長谷川 1800万だった。大島(渚)さんが撮ってた頃に1千万映画と言われてて、池田、石井の頃が4千万前後だとすると、物価の上昇率よりは、増えてる理屈なんだが……

__それは、予算の額の問題というより、ATG映画に要求される商品としての質自体が、変わったんだと思うな。『もう頬づえはつかない』のヒットあたりから。最低予算の実験映画というより、メジャー配給を下から、あるいは横から支える低予算のエンターテイメント映画という具合にね。

長谷川 ATG映画を撮り続けてる頃の大島さんが、「変化球ばかり投げ続けてると、心底、直球を投げたくなる」と言ってたのを、思い出すよ。彼はその時、作品の質のことを言ったんだろうが、それは同時に、その質を支えてるスタッフが、どこまで飲まず食わずで頑張れるか、という問題でもあるわけだから。

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