『一本も撮らなかったけれど、「自分も一緒に映画を
撮れてるような錯覚」はあった。』(7)


『光る女』で二億の赤____
誰もこれをとめることは出来なかった

__ディレカンの総括にもどろう。本当に苦しくなったのはやっぱり『光る女』から?

長谷川 うーん。なにしろ現場で2億近い赤字出しちゃったからな。東京映画祭が悪いんだ。『台風クラブ』の次の制作費を出すと。しかも3億6千万出すと、最初は言ったんだよ。それを結果 審査委員会が、いくつかの受賞作に割り振りやがったんだ。1億8千万と9千と9千とかに分けたんだ。相米にしてみれば、企画も夢も膨らませたわけだよ、次は3億6千万で撮れると。

__それで武田泰淳の『富士』をやると言ってたわけだ。

長谷川 自分の中で1回、そう思っちゃった分、ずいぶん安く出来るものとして、『光る女』を出したんだろうが、まあ出来なかったんだな。

__3億と1億8千万じゃ、ほぼ半分だもんな。

長谷川 夢を膨らませたのは、相米だけじゃなくて、ディレカンという会社の夢でもあったわけだよ。これで『台風クラブ』の赤が返せると。文化庁の1千万ももらったし、次の映画の制作費も提供された。冒険的な独断専行、結果 良ければすべて良しだと。実際『光る女』が普通に終わってれば、そうだったのかも知れないんだ。宮坂個人商店化しつつある会社のシステムも、それはそれでいいんじゃないの、という事になったのかも知れない。俺なんかが少々異論を唱えてもね。

__どうして、そんな膨大な赤字になったんだ?

長谷川 ある映画が赤を出すには、いつもいくつもの要因があるんだと思うよ。しかもそれは必ず複雑に絡み合ってるから、たちが悪い。ただ『光る女』の場合、そのベースには、ディレカンという会社の自転車操業体質が大きく存在したと思う。まず企画の原点で製作費が半減された。やめてもいいんだよ、この段階で。しかし、やめられない。半減された制作費だって、喉から手が出るほど欲しいんだ。それを当てにして自転車漕いでるんだから、もう。で、企画を変えてホンを作ってみた。長い、予算が合わない、インが迫る、ライターはもうこれ以上切れないと言う。やめてもいいんだよ、この時点でも。しかし、やめられない。もう前渡しの制作費は自転車操業に使い切ってる。で、宮坂としては相米に再度カットを要請する。この時点で相米の自意識は被害者意識に反転する。「そんなに無理言うんなら、やめてもいいんだぜ、俺は」冗談じゃない。やめられるのは最悪だ。次の制作費はクランクインしなきゃ入ってこない。少々の赤字は覚悟で、ともかくインしてくれ、になる。相米は被害者意識のまま撮影に入る。切り詰めようと思って撮るが、ホンも準備も無理なままインしてるし、本来、100頁のホンを2時間半に撮ってしまうタイプの監督だから、悶え苦しむばかりだ。スタッフの中にも「もともと、この企画は『台風クラブ』の御褒美じゃないか。相米の好きなように撮らしてやろうぜ」という気分だって生まれてくる。監督なんてものは、相米じゃなくても、そういうスタッフの気分に甘えるのは得意中の得意だ。監督スタッフ全員一丸となって「いい映画」を作るために突っ走る……。ここまできたら、もう誰にも赤字をとめることなんか出来やしないさ。

__うーん。ゴジが言うことは分かるような気もするが、結局のとこ何を言いたいのか……本当に誰にもとめられないんだろうか。

長谷川 いや、俺も監督だから監督の擁護を多少してるのさ。映画の赤字なんて監督ひとりで出すものではないと。しかし、監督が本当に死ぬ 気で赤を出さない覚悟でやっても、やはり2億の赤は出るのか、それは少し違うだろうという疑問でもあるんだ。何故なら、これはディレカンの映画だからな。相米がどこかのプロダクションに出向して、大赤字出したのなら、俺だって、「そうかい、馬鹿だねえ」で済むのさ。誰がこんなにくどくど検証したり総括したりするもんか。
  同じ87年に根岸が『永遠の1/2』を撮ってたんだ。根岸は九州ロケに行っても10万、20万削ってね。自分の会社の作品だからと、ともかく頑張って予算を合わせて帰ってみると、同じにっかつ撮影所を使ってる『光る女』がまだ撮影中だ。夜中の1時、2時まで外人さんが4、50人たむろしていて「今日も出番がなかった」と言ってハイヤーで帰って行く。その様を見て「さすがに俺も頭にきたよ」と根岸がぼやいた。例によってあいつはオープンに言うから、暗くはならないんだが……。

__しかし、予算を余らせる監督もいて、オーバーする監督もいる。評論家はそんなこと監督の個性だぐらいにしか思わないんだろうけど、そうはいかないよな、社の存亡に関わる赤なんだから。しかも徒党を組んでるーー鉄じゃなくて“鉛の団結”程度とは言うけどーーその時に自分が作ったんじゃない赤のリスクを皆で背負えるのか、背負えないか、それが根本問題だと思うんだ。だって、雇われてるんじゃなくて、自分たちで作った会社なんだからさ。

長谷川 それはまったく、お前の言うとおりだよ。結果 、俺たちが背負ったのは、「全員の年俸カット」という宮坂の提案だったんだ。 『光る女』が終わって少ししてから、宮坂が本当に済まなさそうな顔をして「会社が持ち直す少しの間だけ、月々のものをなしということで、やらしてもらえないだろうか。もちろん、僕も渡辺もなしでやるから」と皆に言ったんだ。

__「そんなのいやだ、俺に責任はない」という声はなかったの?

長谷川 なかったな。少なくとも、声に出してはね。本来は相米だけにすべきだったんだろうが、『人魚伝説』段階ですでに、最も正しく最も厳しいドライなルール作りには失敗してるから。それに資金操りの苦しさが、相米の分だけをカットして楽になるような、軽いものじゃないことは、皆分かってたからな。監督全員がカットすれば、月々何百万かは宮坂が楽になると。

__しかし、それじゃ俺は食っていけない、という監督だっていただろう?

長谷川 スタートの頃から比べれば、皆それぞれにプロにはなってたからな。年俸分くらいは外で稼いで、会社にいれてたか。ただ、それぞれに事情はあるだろうから、SOSは言うことにしようと。それに宮坂と渡辺は出稼ぎ出来る状況じゃないんだから、現状維持で死ぬ ほど頑張ってもらうと。そういう線に落ち着いたんだ、とりあえずは。

__で、何か根本的な打開策はあったの?

長谷川 そんな、簡単にあるわけじゃないよ。資本金1千万の会社で年商が5億、6億という会社が、現場製作費で2億の赤を出したら、それを取り返すのは基本的には不可能だよ。2億という借金は、1年経てば3億4億になったりするからね。金利が高い時期だったし……普通 、利口なら……利口と言っちゃ語弊もあるんだろうが、あそこで会社を潰すんだろうな。そのほうが今ほど世間にご迷惑をかけずに済んだのかも知らん。

__暗いなあ。

長谷川 暗いさ。暗い話をさせてるのは、お前だろうが。

__しかし、誰かがキッチリ総括する必要はあるんだよ。そうなりゃやはり、ゴジが「言い出しっぺ」なんだから……

長谷川 分かってるよ。「言い出しっぺ」の上に、結局何もしなかった、出来なかった負い目で、延々喋ってるんじゃないか。

__だけど『台風クラブ』でゴジが金策に走り回ったって言うけど、この10年で、ゴジ以外にそういうことをした監督はいないだろ。

長谷川 そんなことはないだろ。それぞれ自分の映画に関しては被ってるよ。井筒(和幸)もそうだろうし、有形、無形に被ってるじゃないか。俺の場合は結果 、残念ながら自分の映画がないだけでさ。

__それにしたって自分のギャラがないとかいう程度で、自分を金を持ってきてはいないだろ。

長谷川 そうでない奴も何人かいるよ。会社の経営困難、資金繰りのために、宮坂に頼まれて自分で金を用意して、それはそのまま返らないものとなってるという人間はね。金額は色々だとしてもね。  おい、話題かえようぜ。

__よし、じゃ何かいい話してみろよ。

長谷川 うーん、年俸ストップしてかなり経った頃な、池田が肝臓患って入院したんだよ、何ヶ月か。俺なんかお花持って見舞いに行ったりしたんだが。退院してからも、自宅療養で1年くらい働けない年があったんだ。「大丈夫かなあ、あいつ。女房はいるけど、給料なしで生活出来てるのか」と思って宮坂に「なんとかしてやれんかな」と言うと、怒ったように「とっくの昔に死なないようにしてありますよ」と言うんだ。何だかすごく嬉しかったね。ディレカンも色々苦しいけど、まだまだ立派に会社してるじゃないか、みたいなさ。

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