無尾目アカガエル科  大きさ 110cm〜185cm  分布 北海道、本州〜九州、徳之島、沖縄、石垣島
 原産地 北米東部 
外来種 特定外来指定生物
 1918年に食用としてアメリカから移入し、養殖したものが、逃げて全国に広がった。ショクヨウガエルとも呼ばれる。鳴き声が、ブゥオーンブゥオーン、とウシに似ていることからウシガエルという名前がついた。日本ではもっとも大きなカエルで、他のカエルや昆虫だけでなく、ネズミや小鳥などを食べることもある。繁殖期は5月〜9月で、6000〜4万個の卵を産む。
 繁殖力が強く、日本固有の生物の生息を脅かすため、2006年第二次指定により、
特定外来指定生物となった。現在、特別な許可がなければ、飼育や繁殖、また飼育していたものを放すなどの行為は禁じられている。
 ウォッチングのコツ・・・水辺を歩くと小さな個体は良く見かけるが、大きな成体はすばやく逃げてしまうので、なかなかじっくり観察できないかも。夏は夜間に水辺周辺を歩いているところを見かけることがある。釣りの最中、投げ込んだ釣り糸についているウキをめがけて、何度も何度もアタックしてくることがある。ウキとエサを間違えているのだが、けっこう笑える。
ウシガエル、日本に来る!
 大正7年(1918年)4月18日アメリカのニューオリンズから船に乗って、12つがい24匹のウシガエルが日本にやってきた。食用として、というより、国内農業の救済と外貨獲得を視野に入れた、産業的な目的が強かったようだ。3ヶ月後、初の産卵に成功、その2年後、茨城県と滋賀県の水産試験場で、国の事業としてウシガエルの養殖研究が始まった。両水産試験所から無償で配布された仔ガエルとオタマジャクシは、48都道府県に及び、昭和5年の時点で、その数なんと52万匹になったそうだ。

ウシガエル、信じられないその値段!
 ウシガエルは当初、信じられないくらいの高値で取引され、昭和2年には、1匹なんと120円(当時、公務員の月給が70円)にもなったという。養殖と言うより、投資の対象のような扱いであった。しかし、本格的な養殖を手がけた農家はごく少数にとどまり、ウシガエルの値段も下落していく。このころから、ウシガエルたちはひそかに養殖場を逃げ出しはじめた。

ウシガエル、輸出のホープに!
 昭和7年にアメリカに向けた輸出が始まる。が、太平洋戦争がはじまると輸出は中止され、養殖場はほとんど閉鎖された。そして、養殖場を逃げ出したウシガエルは、いつの間にか全国で野生化していった。
 戦後、野生のウシガエルを捕獲することで、再び輸出がはじまった。昭和22年から25年にかけて、輸出高は一気に700トンにのぼり、ウシガエルは「ドル箱を稼ぐホープ」と呼ばれた。獲りすぎによって一時期、生産高を減らした時期があったものの、輸出は続いた。


ウシガエル、突然の大事件!
 昭和44年967.7トンまで増えたウシガエルの輸出は、その直後に突然禁止されてしまう。日本の冷凍ウシガエルから5〜15ppmのBHC(農薬の一種)が検出され、アメリカの輸入が禁止されたのだ。以後、輸出高は次第に減り、平成元年以降、輸出記録がなくなる。「食用ガエル」としてのウシガエルの歴史はここで終わったのである。

                       参考文献 : 『カエルのきもち』 千葉県立中央博物館監修

平成18年8月   滋賀県大津市堅田(琵琶湖周辺)

↑ ライトを当てても逃げない夜のウシガエル

 とてもうまそうには見えないウシガエル。味は、案外臭みがなくて、トリのささみみたいな味だ。世界中に移植され、食されているということは、まずいモノではないのだろう。日本での別名は「食用ガエル」。でも、結局日本では家庭料理として定着することはなかった。カエルを食べるなんて、この国の人たちにはキモチワルイ以外のナニモノでもない。
 大して消費されない間に、ウシガエルはエサとして移入したアメリカザリガニとともに、あっという間に日本中に広がってしまった・・・・。その歴史をちょっとだけ垣間見てみよう。

  昼間のウシガエルは、たいていボチャ、と水の中に飛び込む音と、「きゅる、る、る」「きゃっ」と言う独特の鳴き声で気づかされる。こちらが先に気づく前に、彼らのほうが早く気づき、こちらが気づいたときはもう逃げられた後、と言うパターンが多いのだ。まだ成体になっていない小さな個体はちょくちょく見ることができても、特に大きな成体は撮影どころか、発見することもけっこう難しいのだ。    
 

← 千葉県木更津市にて

 写真は木更津市で撮影したもの(イシガメ撮影と同所)。
 イシガメを撮影するため、岸で草むらに隠れて粘っていたら、水中からのっそり浮いてきた。岸から離れていたこともあり、気づかれないまま撮影した。
 
 (平成15年6月 撮影)

← 渡良瀬遊水地にて

 写真は渡良瀬遊水地で撮影したもの。産卵の時期はこんな場面を稀に見かける。車のほとんど通らない道のわきに出ていた。
 すでに車に気づき、逃げる体勢で草むらに向きを変えた。車中からフロントガラス越しに撮影した。


  (平成14年7月 撮影)

← オタマジャクシ

 直径10cmの入れ物にぴったり。
 この大きさのオタマジャクシだ。同じ池に、他のカエルのオタマジャクシはエサになってしまう・・・。
 恐るべし、ウシガエル・・・・・

 ちなみに、冬に見つけたおたまじゃくしは、ほぼまちがいなくウシガエルかツチガエルのオタマジャクシだそうだ。

← でかーい!!

 なぜだか「きゃー」と鳴きながら、水中に逃げていくので、見つけることは意外と容易だ。でも、この大きさ、いかにもどんくさそうだが、案外、運動能力は高く、かんたんには捕まらない。。
 
昆虫(大型)、アメリカザリガニ、魚
の他、ネズミなども食べると言う。

 繁殖期は6月、7月がおもで、6000〜20000個の卵を産む。産んだ卵は水面に広がり、時に一畳ほどの範囲で散らばる。

 日本全国に生息し、今では北海道にもいる、なんて話もあるらしい。でも、寒さは苦手のようで、移入当時、東北地方には定着しなかったと記録にある。
 

ウシガエル

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昼間のウシガエルは・・・・・・?

 琵琶湖周辺で夜の散策中、ウシガエルがのんきにぼーぼー鳴いている。見た目に比べて、かなりすばやいカエルだから、昼間はなかなかじっくり観察できない。でも、夜間はわりとのんびりしていて、観察のチャンスは大だ!
 鳴き声の方をそっとライトで照らしてみると・・・・。お!いたいた。ウシガエルだ。

参考文献 : 『カエルのきもち』 千葉県立中央博物館監修
                          晶文社 (本体1600円)

 僕のふるさと、北海道にウシガエルは生息していなかった。時おり、ペット屋やスーパーで大きなウシガエルのオタマジャクシが売られていて、子どもたちのヒーローだったりした。
 人の手によって日本に移植されたウシガエルは、アメリカへ食肉として輸出されていた時代があた。それから数十年・・・・。数奇な運命をたどったこのカエルは、2006年2月、特定外来生物に指定され、ついに飼育を禁じられる生き物になってしまった。

 たった24匹からはじまった日本のウシガエル。在来種を押しのけて繁栄したのは、その生命力の強さからだろう。
 いまや特定外来生物として排除の対象となったこのカエル。たしかに日本本来の自然環境への影響は小さくない。でも、このカエルを移入したのは、大正時代の当時の日本政府だったと言うことを忘れてはなるまい。
 国を挙げての移入計画、アメリカ輸出、太平洋戦争、農薬汚染、外来種問題・・・・。近代日本がぎっしり詰まった、なんともフシギなウシガエルの運命である。
 彼らはこれからどこに行くのだろう・・・・・。

平成18年7月   茨城県古河市・利根川周辺

 春から夏にかけては、夜間、田んぼの周辺で散歩している大きなウシガエルを時おり見かける。大きな成体をじっくり観察する絶好の時期だ。夜のウシガエルは人が近づいても平気な顔をしている。逃げないことが多いのだ。特に雨の後の夜が良い。


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公開:平成18年10月28日

↑ 目の後ろの大きな鼓膜が特徴